インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#29 |
[side: ]
『あああああああああああっ!』
身を裂くような絶叫。
それは観察室でもその様子をうかがう事が出来た。
「な、何事ですか?」
「非常事態なのは確かだ。山田先生は全教員を招集。部隊を編成して突入準備を。千凪はISでアリーナ内へ先行して突入しろ。」
「はいっ」
「了解ッ!」
千冬の命令に真耶と空はそれぞれ駆け出してゆく。
モニターではシュヴァルツェア・レーゲンが((鎔|と))けて、別物になって行く様子が映し出されている。
それは、IS本来の形態変化…『((初期操縦者適応|スタートアップ・フィッティング))』でも『((形態移行|フォーム・シフト))』でもあり得ないものであった。
千冬はマイクを握り締めて全館放送をいれる。
「非常事態発令!トーナメントの全試合を中止!アリーナ内にいる全員はすぐに避難する事!繰り返す!」
モニターの向こう側では、一夏がなけなしのエネルギーを振り絞って戦おうとしてシャルルに止められていた。
『あいつ、ふざけやがって…ぶっ飛ばしてやる!』
* * *
「くっ………」
箒は苦々しい表情でアリーナの一夏を見つめていた。
それはセシリアや鈴も同様で、
「歯がゆいですわね。」
「なんでこんな時に限って修理中なのよ!」
拳をきつく握りしめ、その手から血の気が引いている。
そんな中でただ一人、簪だけ、
「あ。」
プライベート・チャンネルでの通信が送られてきた。
『簪さん、聞こえる?』
『空く…千凪先生?』
ここ数日、正規の授業担当となった空を『空くん』と呼んで出席簿で頭をぽか、とやられ続けた簪は流石に学習していた。
何処ぞの男子とは大違いで。
『箒を連れて一夏たちの使っているピットまで来てくれないかな。』
『?』
『早く。』
「は、はいッ!」
思わず声に出して返事をしてしまった簪に周囲の訝しむ視線が刺さる。
羞恥に簪の顔色はみるみるうちに赤くなってゆくが、それでも頼まれた事は遂行せねばならないという思いでなんとか打ち勝つ。
「えっと、空くんから『箒と一緒にピットまで来てくれ』って。」
「?何故だ?」
「知らないよ。言ってなかったから。早く!」
空にいわれた事をそのまま使って箒の手を取り駆け出す簪。
「おい、いきなり引っ張るな。わわっ!」
いきなり引っ張られて少々慌てた箒だがすぐに簪のペースに合わせて走り出す。
「今回は、任せるしかありませんわね。」
「ホント、自分が情けないわ。」
セシリアと鈴は自分たちが行っても邪魔になるだけだろうと悟り、ただ見送った。
* * *
「来たね。」
ピットに入るとISスーツ姿の空に二人は出迎えられた。
「これから二人にはちょっと手伝ってもらうよ。」
そう言いながらピットの奥へと進んでゆく空、ついてゆく二人。
「何をすればいいのだ?」
「一夏の強制退去、連行とデュノア君の離脱支援。ああ、ダルキアンさんの回収も必要だね。」
「それなら私は足手纏いではないのか?」
箒はISを持っていない。
専用機持ちの簪ならともかく、今の箒に役に立てる手段など無い。
そう、本人は思っていた。
「あっ!」
ピットからアリーナ内へとゆくカタパルトデッキまで来たところで、三人の前に薄紅が現れた。
「あれは………!?」
「((槇篠技研|うち))の次世代型機のテストベッドとして用意された第二世代型機。銘は『((舞梅|まいうめ))』。」
「………舞梅。」
薄紅色の装甲が、そこで主を待っていた。
「ほら、早く乗る!」
「は、はいっ!」
空に叱咤され、箒は舞梅に身を預ける。
「フィッティング機能はカットしてあるから、訓練機と同じ。打鉄とはちょっとクセが違うけど…それはその場で慣らして。すぐに行くよ。」
空は薙風を、簪は打鉄弐式を展開しカタパルトへと入る。
「織斑先生、こちら千凪。これより突入します。」
飛び出してゆく空。
簪と箒はその後を追った。
* * *
[side:一夏]
俺は激昂し、シュヴァルツェア・レーゲンであった黒いISに殴りかかろうとしてシャルルに取り押さえられていた。
幾ら俺が男でシャルルが女と言えど、ISを装備しているとしていないでは力の差は圧倒的。
俺は為すすべなく取り押さえられていた。
「放せ、シャルル!」
俺はアイツが赦せない。
千冬姉の剣を、技を汚した、アイツを。
あの日、俺が千冬姉に教わった『命を絶つ武器の重さ』と意味を軽んじるアイツを…!
「駄目だよ。白式のエネルギーももうないんだから」
「白式が無くても俺は―――!」
「一夏ぁッ!」
戦う。
そう言おうとしたのだがオープンチャンネルで飛び込んできた箒の声に遮られた。
俺の前に現れる三体のIS。
一体は空の薙風。あとは簪さんの打鉄タイプと、何故か箒が薄紅色の装甲のISに乗っていた。
「((織斑君|・・・))、下がりなさい。」
何時に無く事務的で『反論を許さない』と言外に圧迫してくる空の声。
「でも、俺は…」
「篠ノ之さん、織斑君をピットに強制連行。更識さんはダルキアンさんを回収。デュノア君も下がりなさい。」
「悪いな、一夏。」
シャルルに代わって俺の事を取り押さえ、抱え上げようとする箒に抵抗して腕をすり抜け俺は空に食ってかかる。
「俺にやらせてくれ!空、頼む!」
俺がやらなくてはならない。
コレばかりは、譲れない。
空は俺に目を合わす事無く、展開したライフルを撃つが、見事に全弾切り払われていた。
「やっぱり、銃は駄目か。」
空はライフルを収納し、今度は日本刀型のブレードを呼び出した。
「空っ!」
「三分!三分間だけ待つからその間に準備を整えて来なさい。」
「…ああっ!」
「織斑先生、いいですね?」
『…仕方ないな。サポートは任せる、千凪先生。』
オープンチャンネルで流れてきた千冬姉の声は、それだけで苦笑しているのが良く分かった。
「箒、ピットまで頼む。」
「任せろ。行くぞ、簪、デュノア。」
箒に抱きあげられた俺は、箒ごしに千冬姉の模造品と戦う空の様子をうかがう。
その太刀筋には少しでもいろんな手を使わせようとしている、データ収集をしているかのような印象があった。
「篠ノ之さん、こっちですよー!」
山田先生がピットの出入り口の所で手を振っていた。
「その機体は…?」
ピットで俺を始めとして全員がエネルギーや弾薬の補充を受けている時、山田先生が興味津々と言った風で箒に尋ねた。
「ええと、空――じゃなかった。千凪先生が言うには技研で用意した次世代機のテストベッド機だそうです。一夏の連行用に先生に貸与してもらいました。」
俺の連行用って……
「なるほど。そうだったんですか。」
山田先生も元代表候補生なだけあって、新型機には興味深々らしい。
説明を聞く限りでは『次世代機の為のデータ収集用機』らしいけど。
第二世代型の次世代ってことは、第三世代型ってことか?
あれ、でも槇篠技研って第三世代型の基礎理論を発表した処じゃなかったっけ?
「全機、補給完了。」
「二分四十三秒。」
先生の声に背中を押されて俺たちは視線をかわしあい、頷いてからアリーナ内へと飛び出した。
「待たせたな、空。」
「今は、千凪先生と呼ぶべきだろう。」
オープンチャンネルでの呼びかけに箒の突っ込みが刺さる。
だが、空からの返事は無く、代わりにあるデータが送られてきた。
同時に、『薙風』を中心にした小規模ネットワークが構築される。
その途端、俺の元に届くデータの量が急増した。
「な、なんだこれは?」
「凄い……」
「これだけのデータが有ればミサイルの誘導もかなりの精度でできるかも……」
どうやら箒、シャルル、簪さんも同じらしくオープンチャンネルで呟きが届いた。
『さて、とりあえずだけどアレは攻撃能力のある武器か攻撃行動に反応して戦闘するらしいんだ。その技量は一応織斑先生並。』
空からのプライベート・チャンネルで声が届く。
『簪さんのミサイルの掃射、箒のブラスターとシャルル君の銃撃。それで盛大に気を引いた処で、反対側から一夏が強襲。零落白夜で片をつける。』
ウィンドウが一つ展開されてそれぞれの配置図が表示された。
『手早く片づけるよ』
「おう!」
『ハイっ!』
『了解!』
『ああっ!』
それぞれの返事と共に、それぞれの位置へと散ってゆく。
『ミサイル、行きますっ!』
斉射されたミサイルが襲いかかりエネルギー弾と実体弾の混ざった砲撃が繰り返される。
だが、あるものは切り払われ、あるものはかわされ、――命中弾は一発もでない。
それでいい。誰一人として、命中させる気で撃っていないのだから。
そんな中で、俺はゆっくりと深呼吸をした。
(よし。やるぞ、白式。)
心の中で呼びかけると同時に零落白夜が発動。
本来の刃の倍の長さのエネルギー刀身を展開する。
これじゃ駄目だ。
俺の最速の一撃を叩きこむには、大きすぎる。
意識を集中させて、細く、鋭く尖らせてゆく。
一筋の光が闇の中に差すような、そんなイメージ。
そして、俺の思いが通じたのか雪片に変化が現れた。
それまであった雪片の実体剣は完全に消え、柄だけになる。
その柄から伸びるのは、日本刀の刀身の形に収束したエネルギー刃だ。
よし、イケる。
その刀を俺は納刀した時の位置に持ってくる。
エネルギー刃は短めに、右手で柄を握り締め、左手を鞘を支えるように添える。
そして、
『一夏ッ!』
空の声で俺は、
「おぉぉぉぉぉぉッ!」
一気に踏み切って、((瞬間的に最大まで加速|イグニッション・ブースト))。
相手に反応する暇を与えずに、斬るッ!
黒いISに肉薄。相手が振り返るが―――もう遅いっ!
腰から抜き放ち、一気に展開させたエネルギー刃の一撃で雪片モドキをたたっ斬り、そのまま上段に構えを移してそのまま全力で振り下ろす。
ジジっ、と紫電が走り、黒いISが見事に切断された。
真っ二つになったそれからこぼれおちてゆくラウラを拾い上げる。
こぼれおち行くラウラはまるで捨てられた子犬のような…弱り、迷った目をしていたように見えた。
「…まあ、今回はこれ位で勘弁してやるよ。」
その俺の呟きは聞こえているのかどうかは判らない。
それを知るのはラウラだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
強さとは、なんなんだろうか…
『強さっつーのは、心の在処。己の拠所。自分がどうありたいかを思い、追い求める事なんじゃないかと俺は思う。』
……そう、なのか?
『そりゃそうだろ。自分がどうしたいのかも分らない奴は、強い弱いの前に歩き方すら判らね―だろうさ。』
……歩き、方……
『どこヘ向かうか、どうして、向かうか。』
…どうして、向かうか……
『やりたいことをやったもん勝ち。遠慮とか我慢とかは損するぞ?―――まあ、俺の尊敬する人の言葉の焼直しなんだけどさ。まあ言わせてもらえば、やりたいようにやらなきゃ、人生つまらねぇぞ?』
―――では、何故お前は強くあろうとする。何故強い?
『俺なんか全然強くねえよ。俺もすぐに熱くなる、所詮十五のガキだ。全然強くない。』
……理解できない。あれほどの力を持っているのに、何故…そう断言できる?
『もし、俺が強いっていうなら、それは―――』
―――それは…?
『強くなりたいから、強いのさ。』
―――ッ!
『俺には目標にしてる人が居る。その人みたいに強くなれたらやってみたい事が有るんだよ。』
―――やって、みたいこと?
『誰かを、守ってみたい。自分の全てを使って、ただ誰かの為にその力を振るいたい。』
―――それは、まるであの人のようだ。
『当然だろ。その、尊敬する人ってのは千冬姉の兄貴分でもあるんだぞ?』
――なるほど、な。
『俺はその人みたいになって、手の届く範囲の全てを助けたい。―――もちろん、お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。』
―――!!
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