インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#32
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[side:一夏]

 

空のところで夕飯をご馳走になったあと、俺たちはそれぞれ解散して部屋に戻った。

 

途中、箒がなにか言いたそうではあったが、俺から切りだすのは憚られたので黙っておいた。

なんとなく、箒自身の問題な気がするからな。

 

「ああ、そういえば。シャルル。」

 

「どうしたの、一夏。」

 

「山田先生が言ってたろ。今日は男子が大浴場を使えるらしいんだけど…どうする?」

 

「あー……」

 

俺が懸念しているのは先生方の認識ではシャルルも男子だという点についてだ。

男子同士だから、と俺とシャルルが一緒に風呂に入るのは、書類上問題ないが現実としては問題大アリである。

 

なんせ、俺は男でシャルルは女の子だからな。

 

「僕はいいよ。お風呂はそんなに好きって訳じゃないし、コレの中身を見てみようと思うから。」

 

「…なんだそれは。」

 

シャルルが手にしているのは、所謂携帯端末だ。

 

「うんとね、これはあの時に女の人に渡された物なんだけど…」

 

「あの時の女の人っていうと…事情聴取が終わった後の、槇村さんからか?」

 

「たぶん、その人。」

 

でもおかしいな。

 

槇篠技研の槇村さんがなんでシャルルに届けモノがあるんだ?

 

まさかスカウトか?

確かに、シャルルの腕はかなりの物だし、あり得ない話じゃない。

 

「判った。それじゃあ俺は風呂に行ってくる。」

 

「いってらっしゃい。」

 

そんなやり取りの後、俺はようやく、よ・う・や・く、使える事になった大浴場を堪能すべく、鍵を持っているという山田先生を探す作業を始めた。

 

……多分、空の部屋だろうな

 

 

 

 

 

 

で、予想通り空の部屋にいた山田先生に大浴場を開放してもらい、俺は久々の風呂を楽しむ事と相成った。

 

「うおー!」

 

広い、とにかく広い!

 

大浴場には湯船(大)が一つ、ジェットとバブルのついた湯船(中)が二つ、檜風呂が一つ。

更にはサウナに全方位シャワー、打たせ湯まである。

 

なんというか、これは叫ばずにはいられない。

 

「日本国直営万歳!」

日本に生まれてよかった!

 

うおぉぉ、テンションが上がって来たぜぇ!

 

「っと、落ち着け俺。このままじゃ挙動不審な不審者だ。」

 

昂る気持ちを抑えつつ、体をお湯で流し、ボディーソープで身体を洗う。

 

…別に、手ぬぐいと石鹸でもいいのだがせっかくの備え付けだ。遠慮なく使わせてもらうとしよう。

 

 

体を洗って、湯船につかって、それからまた洗って、そしてゆっくりと浸かってから軽く上がり湯を浴びて上がる。

 

これが俺の風呂のルールだ。

 

別に守らなくてもいいのだが、その方が気持ち良く入れるので俺はいつもそうしてる。

 

 

全身を洗い終わったら待望の湯船(大)へ。

 

 

「ふうぅぅぅぅ………」

ゆっくりと身を沈めると、思わず声が漏れた。

 

疲労とか体の凝りとかが溶け出してゆくような虚脱感といい、熱気が連れてくる心地よい圧迫感&疲労感といい……

 

「やっぱ風呂はいいなぁ〜…」なぁ〜…なぁ〜…なぁ〜…

 

俺は特に何も考える事なく、ただただ風呂を満喫する事だけに集中した。

 

 

そのままぼへー、と浸かっているとだんだんと眠くなってきた。

 

疲れていたのもあるし、この暖かさに包まれているという状況もある。

 

「――あー、このまま眠りたい。」

 

本当にやったら、多分溺れ死ぬが。

 

流石に、『世界で唯一の男性IS操縦者、風呂でおぼれて死亡』なんて見出しで新聞に載るのは勘弁して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく眠さと気だるさに身を任せてぼへー、とし続けていたら…

 

 

気のせいか、『カラカラカラ…』という脱衣所の扉が開くような音がした気がした。

 

だが、今の俺の頭は思考放棄中だ。幻聴というのもあり得る。

 

 

今度は『ぴたぴた』という足音。

 

うむ、このきれいな音の発生源はきっときれいなんだな。

 

音が綺麗ならば、発生源も綺麗と相場が決まっている。―――ぼへー……

 

 

「お、オジャマシマス……」

 

「おーう、なんだシャルル。結局きた……の……か……?」

 

………なんだろう、なんか物凄くスルーしてはいけない事をスルーしたような気がするぞ?

 

早く再起動しろ、俺の頭。

 

 

ポクポクポクポクポクポクポクポクポクポク………チーン。

 

「って、シャルル!?」

 

「あ、あんまり見ないで。――一夏のえっち。」

 

「す、すまん!」

 

あれ、なんで俺謝ってんだ?

 

でもこういう場合、謝らなかった方がかなり面倒な事になると俺の中のY因子が告げているので謝っておいて間違いは無いだろう。

 

大慌てで再起動を果たした俺の頭が下した命令でシャルルに背中を向ける。

 

「どどど、どうした?なぜにどうしてやってきたんよ、シャルルさん。」

 

「……僕と一緒じゃ、イヤ?」

 

「そそそ、そんな事はないが……」

 

ひじょーに不味い。というか、困る。

 

俺だって健全な十五歳男子。

何度も繰り返す事になるが人並みにアレやらコレやらも持っている。

 

IS学園という、女の園において半ば禁欲生活を送ってはいるが興味がない訳ではないし、その、アレな色々を――頑張って抑えているだけなのだ。

 

「おおお、俺は上がるぞ。先に入ってたし、もう十分堪能した。あとはゆっくりたのしんでくれ。」

 

俺が湯船から出ようと立ち上がろうとした時、

 

「ま、待って!」

 

シャルルに大声で止められた。

 

びっくりして思わず動作が止まり再び湯船に体を沈める俺。

 

はふぅ………やっぱり風呂はいいわぁ……

 

「そ、その……大事な話があるんだ。大事だから、一夏にも聞いて欲しい……」

 

「…判った。」

 

 

俺はシャルルにしっかりと背中を向けて言葉を待つ。

 

 

ぴたぴた、ぴたぴた、ちゃぷ………

 

嫌な予感。

 

いや、別に『悪い事』が起こる予感という訳ではないが、ひと騒ぎ起こりそうな予感がする。

 

ひたっ

 

「!?」

 

俺の背中に、なにやら触れてきた。

 

くすぐったいが同時になんだかすごく柔らかい。

 

「あのさ、一夏、」

 

「お、おう。」

 

湯船の湯とは異質な暖かさが背中に伝わってきて心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 

「あの、端末なんだけどね……お父さ――父からのメッセージが入ってたんだ。」

 

「親父さん…デュノア社の社長からか?」

 

「うん。」

 

俺は、ふと気付いた。

 

いま、シャルルは父親の事を『お父さん』と呼びかけた…と。

 

「僕が、男としてIS学園に送られた理由も、僕を『自分の子供だ』と認めなかった理由も、デュノア社のテストパイロットにした理由も……お父さんがお母さんの事をどれだけ愛していたかも……全部話してくれた。」

 

「……そっか。」

 

「全部教えてもらって……空の言ってた事の意味がようやくわかったよ。」

 

「? 空の言ってた事?」

 

「『親の心子知らず』だよ。………どれだけお父さんが苦悩したのか、僕の事を守ろうとしてくれていたのか……」

 

シャルルの話を要約するとこうなった。

 

 

 

まず、シャルルの母親(コレットさんというらしい)と父親(こっちはリシャールさん)は学生時代から付き合っていたらしい。

 

二人の仲は良好でコレットさんの親友であるエジェリーさんという人の後押しもあって卒業後は結婚まで一直線だろう……と、予想されていた。

 

だが、家同士の取り決めでリシャールさんに拒否不可の縁談が組まれてしまった。

 

しかもその相手はコレットさんの親友であるエジェリーさんだったのだ。

 

 

リシャールさんは当然反発したがデュノア社を潰す訳にはいかず、渋々エジェリーさんと結婚をする。

 

双方にとって望まぬ結婚を果たしたリシャールさんだったが、エジェリーさんの後押しもあって結婚後もコレットさんとの付き合いは続いていた。

 

世間体としては不倫になってしまうのでエジェリーさんは知らないふりをし続けて二人の仲の後押しをし続けた。

 

 

 

だが、事件は起こった。

コレットさんがリシャールさんの子供(つまりシャルル)を身籠った事を知ったエジェリーさんの親類の一部が暴走、危うくコレットさんは殺されかけるという事件が起きてしまったのだ。

 

事件は未遂に終わったけれどもリシャールさんはそれ以降コレットさんに会いに行く事も出来ず、ただただ生活に困らないように支援を蔭ながらしていく事しかできなかった。

 

 

時は流れて二年前、コレットさんは病死してしまい一人娘のシャルルが遺されてしまった。

 

リシャールさんはすぐさま引き取ろうとしたが、状況的にそれができなかった。

 

何故か。

 

丁度そのころ、第三世代型機の開発でひと悶着あったのだ。

 

……具体的には、最後発故のデータ不足を提唱元である槇篠技研からのデータ購入で賄おうとしたら国がストップをかけてきたというのだ。

理由は『独自に開発されて然るべき物に外国の影響を入れるなど言語道断』――つまりフランス独自開発したものでなければ駄目というプライドが原因で。

 

補助金は大幅カットされ、購入を強硬した場合は経営陣と開発スタッフに国家反逆罪を適用すると脅され、一方で子女に対する政府重鎮縁者との縁談が用意された。

 

その為に、シャルルの事を娘と認める訳にはいかず、保護下に置くために『ISのテストパイロット』として雇う形を取らざるを得なかったという。

 

その後、槇篠技研で修行して帰国したフランス人技師たちの手によって持ち帰られたデータと図面を元にフランス製の第三世代型機の開発が進んだのだが、三か月前…

 

政府に、シャルルがリシャールさんの実娘である事と、第三世代型機に使われたデータや技術が外国(この場合は日本の槇篠技研)から得たものだという事がバレてしまったのだ。

 

開発していた第三世代型機は封印され、危うくデュノア社取りつぶしの危機になったがそこで俺が登場した。

 

世界で唯一の男性IS操縦者。

 

そのデータか、もしくは身柄その物を得るためにシャルルは利用される事になった。

 

政府から『代表候補生』の枠が与えられて編入する事が決まり、男である方が近づきやすい。

むしろ生活を共にする可能性が高いという事から男装の上、男子と偽る事になった。

 

男装を後押ししたのはリシャールさんだというが、それには理由がある。

男が男に籠絡の手を使う事は無いからだ。

 

何時まで経っても籠絡できないといわれても『男のふりをさせているのだから仕方がない』と突っぱねられる。

 

 

そして先日、俺にシャルルが女であるとバレた。

その上、俺が学園の教師に相談させた。

 

その事を知った政府はデュノア社に責任をなすりつけようとしたのだが……それは失敗した。

 

先手を打って槇篠技研が匿名で『フランス政府がデュノア社を脅迫した証拠』をマスコミやネットに一斉放出したのだ。

 

なんでも、技研に社員を頼むと言ったら嬉々として『潰させない』と活動を開始したとの事。

 

その結果政府は非難の対象となりデュノア社擁護の機運が高まって行き遂には政府の中から逮捕者がでるに至った。

 

 

そしてしがらみの大半が消えたリシャールさんは全てをシャルルに告白したという訳。

 

 

 

話を聞き終わって、『リシャールさんが庇って無かったら俺、墜ちてたかもな』と思った。

 

だって、俺は色々あり余る十五歳男子だぜ?

シャルルみたいな可愛い子に迫られたら抑えきれる自信は全くない。

なんとなくだが墜ちた数日後に俺の首が飛びそうだ。文字通り、物理的な意味で。

 

箒と同室だった時だって、頑張って抑え込んだんだぞ?

積極的に来られたら限界突破するっての。

 

 

 

 

「…それでね、今度フランスに帰ったら三人で一緒に墓参りしようって…」

 

「良かったじゃないか。」

 

「……うん。」

 

ちゃぷ、と音がして背中に触れていたものが離れた。

 

そのままちゃぷちゃぷと音が続き

 

ぴと……

 

シャルルの手が俺の背中に当てられた。

 

「ッ!」

 

そのまま手は俺を抱きしめるように動き、シャルルの華奢な体が俺の背中に密着してくる。

 

……これはヤバい。

心臓が過労になりそうな位にバクバクいってるぞ……

 

「…それでね、お父さんが『嫌ならば学園を退学してもいい』って。フランスで、デュノアとは関係の無い『シャルロット』という一人の女の子として生きたいのなら、手は尽くすって…」

 

シャルロット……それがシャルルの本当の、おそらく母親が与えてくれた名前なのだろう。

 

「それで、どうするんだ?」

 

「――僕は、学園に残るよ。」

 

「そっか。」

 

「一夏が、『ここにいろ』って言ってくれたから。僕は、そんな一夏の居る『ここに居たい』って思うから。」

 

「そ、そうか。」

 

そう言われると、なんだか気恥ずかしい。

 

「……それとね、これはお願いなんだけど……」

 

「ん?」

 

「僕の事は、シャルロットって呼んで。」

 

「本当の名前で、か?」

 

「うん。お母さんが付けてくれた、大事な名前だから。」

 

 

「判った。シャルロット。」

 

「うん。」

 

返事をしたシャルル――じゃなくてシャルロットの声は、なんだかとても嬉しそうで、いつもの屈託のない笑顔を浮かべているんだろうなと、顔を見なくても判った。

 

 

「と、ところでなんだが、こ、この体勢は正直色々とまずい事態が起こり得るんだが………」

 

今までは話の重さと意識を外せていたから大丈夫だったのだが、意識し始めてしまった今は俺がこの二ヶ月の禁欲生活で培った堅牢な精神で押しとどめている状態だ。

一般人ならば反応しまくりで大変な事になっているだろう。

 

「あ、ああっ、うん!そ、そうだね!」

 

シャルロットが慌てて俺から離れてゆく。

 

内心、惜しくもあるがあのままでは理性が決壊してしまいそうだ。

 

「俺は先に上がって涼んでるから。正直、逆上せそうだ。」

もちろん、湯にではない。

 

「あ、うん。わかった。」

 

俺は極力シャルロットの事を考えずに脱衣所へと移動する。

 

 

「………はぁ、正直キツイわ。」

 

背中にあたっていた柔らかさとか、温かさとか……

男としては嬉しい限りなのだが、

 

「俺、よく我慢したもんだな。」

 

微かに鉄の匂いがするのはのぼせたせいだと信じたい。

 

 

十分に涼んで着替えを終えたのがその十分後、大浴場近くの自販機で飲み物を買って喉をうるおしている処にシャルロットがやってきたのがその更に五分後の事だった。

 

「お待たせ。」

 

「おう、それじゃあ戻るか。」

 

濡れた髪が妙に艶やかだとか、フラッシュバックしてくる感触やら曲線やらに悶々としつつもなんとか表情には出さないでおく事に成功した。

 

一応教職員――千冬姉と山田先生は酔いつぶれていたので空に二人とも上がった事を伝えてから俺たちは部屋に戻った。

 

それから他愛もない話を少ししてから眠りに着いたのだが、疲労故かそのあたりの記憶はあやふやだった。

説明
#32:『親の心』を子が知る時
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