インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#33 |
[side:一夏]
翌朝、朝のホームルームにシャルロットとラウラの姿が無かった。
ラウラは昨日の一件の怪我とか事情聴取とかだろう。
シャルロットは空に呼ばれたみたいで朝食のあと食堂で別れたんだが……
「みんな、おはよう。」
と、そこにいつも通りにダークブルーのスーツにスラックス、水色(本人は((空色|スカイブルー))だと言ってる)のネクタイにIS学園の校章があしらわれたネクタイピンという格好の空が出席簿片手に現れた。
「織斑先生と山田先生は少々体調がすぐれないそうなんで遅れてきます。」
俺は思う。
きっと、二日酔いだ。
「で、重大なお知らせが有ります。」
「重大な…」
「お知らせ?」
ごくり、とクラス中が息を飲む。
空が廊下の方に目配せすると、すぐに教室のドアがノックされた。
もしかして、また編入生か?
と、思っていたら、
「失礼します。」
…あれ、おかしいな。
ここにはいないハズのシャルロットの声がしたぞ?
俺の耳がおかしいのか?
ドアが開き、スカート姿のシャルロットが教卓の横までやってきた。
スカートのから覗く足はなんとも目の毒だ。
「シャルロット・デュノアです。改めてよろしくお願いします。」
俺を含むみんながぽかーん、とする中でシャルロットは自己紹介をして礼儀正しくぺこり、と頭を下げた。
「シャルル君はシャルロットさんでした。まあ、理由は馬鹿共のくだらない((意地|プライド))とかそういうかなり下らない話なんで省略しますが。寮の部屋も変わるのでその時は出来れば手伝って上げるように。」
空の捕捉が入ってようやく教室の中が動き始めた。
「え? デュノア君が、女?」
「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね。」
「って、織斑君、同室だから知ないってことは―――」
「ちょっと待って! 昨日って確か男子が大浴場使ったよわね!?」
一気に喧騒に包まれる教室。
あっという間に教室全体に伝播したそれは異様な熱気を放っていた。
………………なんか物凄く命の危険を感じるぞ
と、タイミング良く、
『ばしーん』とドアが吹き飛んだ。
漫画みたいに、勢いよく吹っ飛んだそれは空への直撃コースをたどっていたが空は難なく受け止めた。
「一夏ッ!」
吼えるように俺の名前を呼びながら現れたのは二組クラス代表にして中国国家代表候補生。
俺のセカンド幼馴染である鳳鈴音。
その表情は烈火の如き怒り一色。背後には昇龍が見える。
「死ねぇぇぇッ!」
ISアーマーが展開され同時に両肩の衝撃砲がフルパワーで解放される。
――これ、死んだな。
ある意味では数秒前に感じた危険が正解だったので喜べるのだが、正直自分の死を喜ぶほど終わってはいない。
明日の朝刊の見出しはきっとこうだろう。
『哀れ、高校一年生男子。同級生女子に殺害される。』
そして続く文面はこうだ
『死体は原型をとどめておらず、目撃したクラスメイトは口ぐちに悲しみの声を漏らした』
「ミンチでした。」「ミンチより酷いよ。」「トマトケチャップでした。」「地面に落ちた柿でした。」「あるいはイチジクでした。」「むしろザクロでしょ。」「いいえ、トマトよ。」「敢えて言おう、破裂したトマトジュース缶であると!」
って、何新聞記事で会話してんだよ。しかも二つ目と最後のはネタが古―――
ズドドドドーーーン!
衝撃砲が炸裂する音が教室に響きわたる。
「ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ。」
怒りのあまりに肩で息をする鈴。
その姿はまるで毛を逆立てて怒るネコの様で―――って、あれ?
俺、生きてるぞ?
いや待て。ISの武装の直撃だぞ?人間に耐えきれるものじゃない。きっと足元には原型をとどめていない俺の死体が……って、普通の床だ。
不思議に思って再度鈴の方向に視線を向けたら、そこに居たのはISを展開したラウラだった。
どうやら鈴との間に間一髪で割って入って、お得意のAICで俺を守ってくれたらしい。
「助かったぜ、サンキュ。……しっかし、よく昨日の今日で治ったな、お前のIS。」
「コアは辛うじて無事だったのでな。予備パーツで組み直した。」
「へぇ、そうなのか。流石は量産前提の機体だな。パーツもしっかり―――むぐっ!?」
いきなり、であった。
いきなり俺は胸倉を掴まれ、ぐいっとラウラに引き寄せられて、あろうことか―――唇を奪われた。
「!?!?!?!?」
思わず、某ロボット大集合なシュミレーションゲームのAI的な反応をしてしまった。
それほどに俺は混乱しており、先ほどまで激情に駆られて人を殺めそうになったばかりの鈴も唖然としていた。
「お、お前は…、お、お前を私の嫁にする! 決定事項だ、反論は許さん!」
「………嫁?」
俺の疑問百パーセントオーバーな様子にラウラが気付いたのか
「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いたのだ。故に、私はお前を嫁にする。」
誰だそんな局地的な常識、一般にとっては非常識を教えたのは。
―――ゾクリ、
「あ、あ、あ………」
パクパクと口を開け閉めして声にならない声を漏らす鈴。
その様子はまるで金魚なのだが、俺にはどうしてもピラニア辺りが獲物を前に顎の体操をしているようにしか思えない。
その心は――
「アンタねぇッ!」
もうすぐ、牙をむいてくるだろうから。
ジャキィン、と衝撃砲が再度展開される。
「ま、待て!今回に関しては俺は被害者サイドだ!」
「問答無用!どうせアンタが悪いに決まってる!絶対、全部、アンタが悪いっ!」
「なんて理不尽ッ!」
俺は生命の危機から脱する為に教室の後ろ側出入り口からの脱出を図る。
―――ハッ、!?
危険を感じて足を止めると目の前をレーザーが通り過ぎた。
恐る恐るレーザーの発振源の方向に顔を向ける
「あら、一夏さん。どこにお出かけですか?わたくし、実はどうしてもお話ししなくてはならない事がありまして。ええ、突然ですが急を要しますの。」
セシリアが、《スターライトMk-III》を手にゆらり、と立ち上がった。
ひぃっ、笑顔になんだけどしっかり口元が引きつって血管マークが大量発生中だ!
しかもその背後ではビットが絶賛展開中。
もうすぐISアーマーも形成されるだろう。
コレはマズイ。
俺は廊下への脱出を断念して窓から飛び降りる事にする。
白式があるし、二階からなら飛び降りても受け身は取れるハズ―――
だん、と目の前に巨大な日本刀が突き立てられた。
あ、こら。刀で地面を刺すんじゃない。刃こぼれしたり、さびたりするぞ。
「一夏、貴様どういう事か説明してもらおうか……」
「待て待て待て!説明を求めたいのは俺の方で―――おうわぁっ!?」
聞く耳持たんと言わんばかりに薄紅色のIS《舞梅》という甲冑を纏った箒が展開したもうひと振りの刀で鋭い斬撃を放ってくる。
わぁ、馬鹿!辞めろ!俺も死ぬし教室が廃墟になるぞ!
身を低くし、なるべく机を盾にできるような体勢で逃亡を図ったのだが…
ぼすっ。
「ほへっ?」
誰かにぶつかった。
半ば自動化したぎこちない動きで顔を上げたら、シャルロットと目があった。
「にこっ。」
声にだしてまで笑うシャルロットに俺の本能が出した判定は『赤』。
『危険、至急退避せよ。―――間に合わないけどな』だ。
自分で言ってるのも何だがかなり悲壮だ。
「一夏って、他の女の子の前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな。」
「あの、シャルロットさん?俺はされたのであって、した訳では無いし―――そして、なぜISを展開させていらっしゃるのですか?」
「なんでだろうね。」
シャルロットの言葉と同時に左腕のシールドがパージされる。
そして露わになるのは六九口径パイルバンカー《((灰色の鱗殻|グレー・スケール))》。
またの名を『((盾殺し|シールド・ピアース))』。
「はは、ははは………」
人間は極限を超えると笑うしかなくなるらしい。
絶対的な死を前に俺は―――
「はい、そこまで。」
パイルバンカーを俺に叩きつけようとしたシャルロットが止まり、衝撃砲を撃とうとしていた鈴が止まり、ビットを展開して俺に狙いをつけさせていたセシリアが止まり、刀を手に今にも飛びかかりそうな箒が空中で止まり、ついでにラウラも止まる。
「篠ノ之箒、」
「は、はいぃっ!」
「セシリア・オルコット、」
「な、なんでしょう!」
「鳳鈴音、」
「ひぃっ!」
「シャルロット・デュノア、」
「は、はい!」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、」
「は、はっ!」
物凄く冷たく底冷えする声で一人ひとりの名前が呼びあげられる。
それに対してそれぞれ、返事をする。
ラウラに至っては最敬礼までした。
「授業終了後、副寮監室まで来る事。なお、それまで織斑一夏への接触を禁ずる。」
「は、はいっ!」
「…よろしい。それじゃあ席に戻るように。鳳さんも自分のクラスに戻る。」
全員が大人しくISアーマーを量子変換して席に、鈴は自分のクラスへと戻ってゆく。
「よし、それじゃあ気を取り直して出席を取るよ。相川さん。」
「は、はいっ!」
始まった通常通りのホームルーム。
けれどもいつもとは違った、緊張感に満ちたホームルームになってみんなドッキドキだっただろう。
俺も、ドッキドキだった。
但し、別の意味で。
* * *
[side: ]
階下でそんな騒ぎが起こっている頃、千冬は屋上で携帯電話を片手に色々と考えていた。
ルルルル、ルルルル……ガチャ。
『も、もすもす、ひねもす?』
ぴ、つー、つー、つー…
ふざけ切った声に千冬は思わず電話を切る。
電話を切って、相手のふざけぶりに呆れかえり、やはり用件は果たさないとならないのでもう一度かけ直す。
ルルルル……ガチャ。
『はーい、みんなのアイドル、篠ノ之束。ここに―――ああ待って待って!ちーちゃん!切らないで!』
千冬が二度目の『通話終了』ボタンに指を伸ばしかけたところで電話相手…
幼馴染にして同じ((義兄|あに))慕った((義姉妹|きょうだい))、そして共犯者でもある篠ノ之束が謝って来た。
「…その名で呼ぶな。いい加減。」
『わかったよ、ちーちゃん。』
全然判って無いな。
そう思いながらも千冬は用件を済ます事にした。
小学生時代からの古い付き合いだが、その頃から千冬にとって束は迷惑かつ自分が見張っていないとすぐに孤立する、手のかかる存在であり、数少ない友人であった。
「……まあ、いい。今日は聞きたいことがある。」
『なにかしらん。』
「お前は今回の件に一枚噛んでるのか?」
『今回?―――はてさて、何があったかな…?』
その声色からして、本当に判っていないらしい。
「VTシステムと、舞梅の事だ。」
『VTシステムね。――あんな不細工な代物、私が作ると思うかな。あんな、想いを汚すような代物を』
「まあ、それは大体予想がついていたがな。で、舞梅は?」
『アレについても、私は関わって無いよ。』
「そうか……」
千冬としては、まるで狙ったかのように箒の手に渡り、そのまま専用機と化してしまった事から束の仕業だと考えていた。
だが、どうやら違うらしい。
『ああ、あのシステムを作った研究所はつい二時間くらい前に閉鎖されてもらったから。ああ、大丈夫。物凄く((性質|タチ))の悪い風邪をコンピュータにひいてもらっただけだから』
物凄くタチの悪い風邪、そしてその対象がコンピュータである事から推測できるのは、コンピュータウイルスだ。
恐らく全てのコンピュータがウイルスに感染し使い物にならなくなっているのだろう。
当然、データは全損している筈だ。
『ちーちゃん。』
「なんだ。」
『舞梅を作ったの、ちーちゃんは誰だと思う?』
「…私はお前だと思っていた。」
『けど、違っていた。他に考えられるのは?』
「順当に行けば槇篠技研だろう。純粋に、箒の手に渡ったのは事故だった……お前はどう思う。」
『………実はね、私の所に舞梅の設計図と実機があるんだ。まるで、お前ならどう改良する?と言わんばかりに。』
「…何?」
『いっくんの白式の時も、何処からともなく調達されてきた、汎用性だけは高い素体とナンバー001のコアが送りつけられてきた。』
「………何が言いたい。」
『これは私の予想なんだけどね………』
「勿体ぶるな。」
『白式の調達も、舞梅を作ったのも―――――――――あっくんじゃないのかな。』
千冬な、思わず携帯電話を落しそうになった。
「バカな、アキト兄さんはもう―――」
『けど、考えてみて。ちーちゃんの暮桜、いっくんの白式、箒ちゃんの舞梅。全部、私に送り付けられてきた素体を私が改造したモノなんだよ?舞梅はこれからだけど。』
消息不明を演じている束にISを送りつけられるような人物は、千冬の心当たりにも一人しかいなかった。
『きっと、あっくんは生きてる。それも、凄く近くで。』
「何故、そう言える。」
『槇篠技研。』
「何?」
『何故か、槇篠技研に私の為の秘密研究室があって予算も付けらてるんだ。おかげで色々助かってるんだけど。』
「……それで?」
『槇篠って、槇村、篠ノ之の略なんじゃないかなって、思うんだ。』
「槇村、篠ノ之………それはつまり……」
『あくまでも予想だけど、あっくんと私が、ちーちゃんたちの為のISを作るために用意された場所なんじゃないのかなって。』
「――――――」
『そして、そのヒントの一端はくーちゃんが持ってる筈。』
「……くーちゃん?」
『槇篠技研でテストパイロットをやってる子。今は学園で教師もやってるんじゃないのかな?』
「ああ、千凪か。」
『うん。空だからくーちゃん。―――思うに、なんだかあっくんに似てるんだよね。』
「…それは私も思った。一夏や箒も同じくな。」
『でね、くーちゃんは副所長さんが『所長がどこからか連れてきた』としか説明されてないし、過去の足取りも判らないんだよ?』
「お前でもか。」
『悔しいけど。それに、所長は誰も見たことも無いし名前も知らない。ますます怪しいでしょ。』
「…そうだな。私の方で機会があったらカマをかけてみる。」
『なにか判ったらまた電話チョウダイ。判った事なくてもいいけど。私は所長について調べてみるから。』
「ああ、ではな。」
『うん、箒ちゃんたちにもよろしくね。って箒ちゃんは昨日の夜に「専用機を持つ事になったからしばらく預かっててくれ」って電話くれたんだっけ。』
ぷつっ。
電話を切ってポケットに仕舞い、千冬は上を見上げた。
雲ひとつない、穏やかな大空。
だが、千冬にはそれが嵐の前の静けさにしか見えなかった。
「…さて、副担任に任せっきりになってしまった教室の様子を見に行くか。」
と、受け持つ一年一組に向かったところ、教室の中はしん、と静まり返っていた。
ただ、ペンを動かす音のみである。
こっそりと様子を窺って見たら、教壇に立っているのは空だった。
物凄くイイ笑顔で、物凄い威圧感を放ちながら。
いつもは騒がしい生徒たちも委縮しているようだった。
「………あいつら、あの千凪をあそこまで怒らせるなんて、なにをしでかしたんだ?」
頭が痛くなる思いだった。
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