Masked Rider in Nanoha 二十三話 今はただ、助けるための変身を |
五代が海鳴に戻って一年が経った。その間特に大きな事件もなく、五代達は平和な時間を過ごしていた。なのは達は仕事が忙しいためか会える回数は多くなかったが、それでも時折顔を見せに来た。
そして、この日もそうだった。はやてが会いに来ると聞いて五代はすずかとアリサと共に出迎えたのだが、そこに予想外の人物が一緒に現れたのだ。
「翔一君っ!?」
「お久しぶりです、五代さん!」
はやてと共に現れたのは事もあろうか翔一だった。しかも更に驚いたのは翔一が押して来たバイクにある。そう、それは五代にとってもう見る事はないと思っていた物だった故に。
それを翔一は笑顔で五代へ見せた。それを確認し、五代は心から驚いたと言った表情を見せ、大声で叫んだ。
「これ、ビートチェイサーだよね?!」
「はい。榎田さんから渡してくれって」
「榎田さん?! ちょ、ちょっと待って翔一君。それ、どういう事?」
驚きの連続に五代はそう言って翔一を見つめた。それにはやてと翔一は苦笑し、すずかは五代の口から出た名前に記憶を呼び起こす。アリサは一人置いていかれたようにしており、それをはやてが気付いて事情説明開始。
それと同じくして翔一は五代へ説明をした。自分があの光で飛ばされた先の話を。そして、そこで託された物を全て。それを聞いて五代は納得し、同時に感謝した。
「そっか……そういう事なんだ」
「はい。あ、それで榎田さんから伝言を預かってるんです」
「伝言?」
「はい。ええと……」
翔一はそう言って一枚の紙を取り出した。それはあの時聞いた伝言をメモした物だ。そして、それを読みながら榎田から言われたままの言い方で五代へそれを告げていく。
―――何か大変な事になってるらしいけど、負けないでね。あ、それとお土産よろしく。
それは榎田だと五代はすぐ分かった。簡単だが、あの人らしい。そう思って五代は苦笑した。それに翔一は次の伝言を伝えた。
―――まったく、本当に完治したかどうか分からないのに変身したらしいな。しかし、山か海かと思ったら魔法の国か……ホントに冒険してるじゃないか。帰って来たらまた体診てやるから。……あまり無理すんじゃないぞ。
それを聞いて五代は笑みを浮かべる。それが誰かもすぐに分かったのだ。相変わらずの言い方だが、やはり自分の身を案じてくれる所は変わっていない。それが五代には嬉しかった。その笑顔を見て、翔一は次の伝言を告げる。
―――どうも君は寄り道に縁があるらしいな。そちらの戦い、俺は助けてやれないがこちらの事は心配するな。……そちらの冒険が終わったら、ちゃんと椿に体を診てもらえ。
その言葉も五代には誰からかすぐに分かった。そして同時に心配するなの意味も。きっと、彼はビートチェイサーやゴウラムの事を言っているであろう事を。故に五代は先程と同じように笑みを浮かべた。翔一はそれに頷いて最後の伝言を伝える。
が、そこで翔一が若干困り顔をした。それに五代だけでなくはやて達も不思議そうに小首を傾げた。一体何故そんな顔をするのだろう。それが彼らの表情から理解出来た翔一はその理由を告げた。
「えっと、たった一言なんです」
「えっ?」
「……窓の鍵、開けとくから」
その翔一の言葉に五代以外の全員が疑問符を浮かべた。今まではどれも五代を励ましたりする内容だったのが、急にまったく関係ないものに変わったからだ。しかし五代だけはその言葉に心から嬉しそうに笑顔を見せる。
それを見て翔一達は益々疑問を深めた。どこが五代を笑顔にさせたのかまったく分からなかったからだ。当然だろう。この伝言の意味は五代と伝言を告げた彼女にしか分からないのだから。
「そっ……か。……うん、そうなんだ……」
故に五代はその一言だけで嬉しかった。彼は知らない。あのダグバと決着を着ける前に会いに行った日の事を。降りしきる激しい雨の中、去り行くその背中を見つめて彼女がそれを消え入るような声で告げていたのを。あの時伝えられなかったであろう想い。それをそこに込めて彼女は五代へ伝えたのだ。
彼女は五代をクウガとして支えてくれた者達と違い、クウガになる前から支えていた存在。その相手からの何にも負けない励ましと信頼。それがその言葉だと五代は知っているから。
そんな五代に色々と聞きたい気持ちになる翔一達だったが、それを聞ける程彼らは雰囲気を読めない訳ではない。結局五代にその言葉の意味を聞けず終いだった。
「あ、それと……妹さんだけは、時間が深夜だったから仕事の関係で電話出来なかったって榎田さんが……」
「そっか……うん、みのりはそうだね。朝早いだろうし、あいついつも眠そうな顔してるもんなぁ」
妹の伝言が無かった訳にすぐに理解を示し、五代は少し寂しそうに頷いた。それでもすぐに茶化すように言葉を続け、周囲の空気を明るくしようとするのが彼らしい。それに翔一達が苦笑した。妹を捕まえてそんな事を言う五代へ軽い注意などをしながら。
そんな周囲の反応に五代はみのりの事を簡単に説明して納得させようとする。その事もあり、すっかり雰囲気がいつものものへ戻ってのを感じて五代は笑顔を見せてこう言い切った。
「それに大丈夫。みのりもきっと榎田さん達と同じ事思ってるから。帰った時、会いに行って安心させるよ」
「はい、そうですね」
その言葉とサムズアップに笑顔の翔一。だが、はやて達はその言葉に素直に笑う事が出来ない。いずれ来るだろう別れ。それがどういう意味かは彼女達もよく分かっているのだから。
その後、五代ははやてから翔一と三人で話があると言われ、月村家の一室にて話をしていた。それは今後の事を踏まえての話。あの空港火災等の大災害が起きても、管理局は陸や海、空と各部署のしがらみやプライドなどが邪魔して中々連携した動きが取れないでいた。
しかも、横の繋がりは弱い癖に縦の繋がりはきつく、下の者達の意見や要望は中々通らないのが現実だったのだ。陸には陸の、海には海の、空には空の苦労があり、色々と部署や管轄によって不満がある事もその一因。そうはやては語り、一旦息を吐いた。
「……でも、それを全て知っとる人は少ない。陸の大半は海や空に不満を持っとるし、海や空も不満持ち。互いの苦労や現状。それをちゃんと知って物を言っとる人は、残念ながら上層部どころか全体にもほとんどおらん」
「そっか。つまり、はやてちゃん達はそれをどうにかしたいんだ」
「そうなんよ。せめて下の方だけでも横の繋がりを思てな。都合良くなのはちゃんは空の所属。フェイトちゃんは基本海や。で、わたしが陸を中心に動いとるし」
「で、どうにかしてそれらの問題を解決……とまでいきませんけど、改善出来るようにしたいなってはやてちゃん達は考えてるんです」
はやてと翔一の話を聞いて五代は頷いた。どこでも同じような話はある。国だったり、警察だったり、組織と呼ばれるものには付き物の話だ。そこではやてが五代に頼んだのは、クウガとして邪眼退治だけではなく災害などの際に救助活動を手伝ってもらいたいという事だった。
クウガの力なら、普通なら諦めるしかない状況からでも救える命がある。翔一もアギトの力でそれをすると決めた事を五代へ告げた。そのはやての言葉と翔一の決意に五代は考えた。クウガの力は確かに守るための力だ。それでも、五代はそれをあまり大っぴらに使ってこなかった。
その理由はクウガの異常性。だが、海鳴はともかくミッドならそれもあまり考えなくて済む事をはやてが告げた。仮面ライダーはバリアジャケットかそれに準ずる物とミッドの者達には考えられているらしく、何より光太郎がRXとして人助けをしていて知名度が徐々に高まっているために。
「……光太郎さんはそれを何て言ってるの?」
「苦笑いしながら、ミッドの人達は心が広い言うとる」
「五代さんも思い出してください。ほら、昔蒐集を手伝ってた時に魔法生物とか見たじゃないですか。あれに比べたら。少し異形なだけのライダーはそこまで驚かないですよ」
翔一の言葉に五代も以前戦った魔法生物を思い出し納得した。確かにクウガやアギトの方が姿形なら人間に近いからだ。
「言われてみればそうだね。で、もしそうなら俺ははやてちゃんと?」
「あ、それなんやけどな、どうしようか迷ってるんです。どっちかって言うと、フェイトちゃんの方がええかなとも思うし」
はやてはそれからこう告げた。現在、フェイトは光太郎と協力し戦闘機人と呼ばれる存在を作り出した相手とその技術を持つ者を捜していて人手が欲しい事を。はやての方は翔一だけで十分な程人手がいる。
それにフェイトの方は相手が相手だけに仮面ライダーの方が都合がいいだろうと考えている事も告げたのだ。それを聞いて五代は頷いた。いざという時、魔法ではなく肉弾戦で戦えるライダーなら、状況などに左右されない。そう判断したからだ。
「それに、災害時もフェイトちゃんの傍の方が色々融通利くんです」
「えっと、執務官だから?」
「そうです。わたしは結局どこかの部隊付きになるから自由には動けないもんで」
はやてはそう苦笑し、小さくため息を吐く。そして静かに語り出す。おそらく五代は、どちらともつかない状態になる可能性が高い事。住居はこのまま月村家で構わない事。有事の際はここの転送ポートから、フェイトからの情報や光太郎の勘、自分の頼みなどで動いて欲しい事を。
送り迎えの転送魔法は完全フリーとなっているリインがやる事に決まっていた。リインは現在八神家の家事を担当していて局員にはなっていないためだ。
その理由はリインの現状にある。はやての現在のユニゾンデバイスはツヴァイであり、リイン自身は既にお役御免となっていた。それに彼女自身も魔法使用自体は問題ないが、邪眼のせいか魔力量が低くなったため満足に前線で戦う事が出来ない状態となっていた。そのため、はやてがリインに家事を仕込み仕事を与えて現在に至る。
ちなみに光太郎は恐ろしい程の勘で事故などを未然に防いだり被害を食い止めたりしていた。それを聞いた五代達は揃って驚き、光太郎の勘は良く当たるとフェイト達は頼りにしている程である事をはやては楽しそうに告げた。
こうして五代は初めてハラオウン家を訪れる事にする。それは光太郎にその話をするためであった。そこで再会した光太郎やフェイト、アルフに笑顔を見せると同時に、アルフの子供化に驚いた。エリオにもすぐに懐かれ、結婚式以来となるクロノとエイミィには微笑ましいものを感じ、リンディの変わりのない姿に驚いたりもした。
そして何かあればリインが来て、ビートチェイサーで一人ミッドを駆ける疾風となる。時に光太郎と、時には翔一と、五代は異世界を疾走する。それは今までと違い、誰かを助けるためだけの戦い。暴力を振るうのではなく、困っている人達を守り、助けるだけの変身だった。
日常ではすずか達の荷物持ちとして働いたり、イレイン達と屋敷の掃除をしたり、更に翠屋の手伝いも継続して行なうという頑張りを見せて周囲に笑顔を振りまいた。光太郎と共にエリオと接する事も進んで行い、元来の子供好きを発揮して五代は彼とも親しくなっていく。
一方、翔一ははやて達と共に様々な場所へ行き、聖王教会のカリム・グラシアや修道騎士でその秘書をしているシャッハ・ヌエラ。更にはカリムの義弟で査察官のヴェロッサ・アコースとも面識を得てその交友関係を広げていく。
それと、ティーダと同じく翔一が世話になったティアナにもはやてが礼を言いたいと言って共に会いに行き、それが縁で二人は面識を得る事となる。そこでティアナは翔一が約束を覚えて家事を教えにこようかと持ちかけた事に喜ぶも、それはもういいからと断るのだった。
代わりにティアナが翔一へある事を教える。それはルームメイトとなったスバルからクウガの話を聞いた事。それを聞いた翔一はティアナにも意外な所で縁が生まれていた事に驚くのだった。
そして、彼もまた時にマシントルネイダーでミッドを駆ける。はやてと共に人に知られる事無い事件から大きく知られる事件まで関わりながら人命を守る戦いをするために。
こうしてクウガとアギトもRXと同様に魔法世界に顔と名が知られ始める。それと平行するように彼らは出会う者達との絆や思い出、時には思いもよらない縁などを経験しながら更に時を過ごす。
そして運命の時は来る。新暦七十五年 四月 機動六課設立。その日、ついに事態が動き出す。
フェイトから来た久々の情報。それを頼りに光太郎は一人ミッド郊外にある寂れた廃屋へとやって来た。フェイトの説明によればこの廃屋は偽装。その地下に秘密裏で何かの研究が行なわれていると思われていた。
だが、その決定的な証拠が掴めず、フェイトは仕方なく光太郎へ連絡したのだ。それを聞いた光太郎は嫌な予感を感じ、アルフへ頼みミッドを来訪。RXに変身してアクロバッターを駆り現場へ急行した。
(……何だここは……。何か不穏な気配がする)
廃墟となった工場跡地。そこを一人歩きながらRXはそう思った。かつてゴルゴムと戦っていた頃、嫌と言う程感じた嫌悪感。それがここから感じられたのだ。
工場内のトラップを掻い潜り、地下への通路を発見したRXは階段を下りて地下へ向かう。そして、そこでRXが目にした物は信じられない光景だった。
「これは……っ!」
薄暗い通路を歩き、時に出会う研究員や警備員を避け、時に気絶させて進んだ先。その大きな空間にあったのは、人が入ったいくつものケース。それも、中に入っている者は全員同じ顔をしていたのだ。
その事に気付いてRXはゆっくりとケースへと近付いた。養液に浸かり目を閉じている存在を見つめ、並んでいる他のケースの中へも視線を向けるRX。そしてある事を確かめたRXは痛ましい声を漏らす。
「培養されているのか……」
RXがそう呟いてケースに触れた瞬間、突如警報が鳴り響く。それと共に現れる大勢の魔導師と武装した警備員。それを見たRXは改めて理解させられていた。ここで行なわれている事は、命の尊厳を踏み躙る行為。そして、この者達はそれを知りながら加担する者達なのだと。
RXはこみ上げる怒りを拳に宿す。同じ命ある者でありながら、どうしてそれを道具のように扱えるのか。その怒りがRXの拳を揺らす。それに誰かが気付いたのかRXへ攻撃を開始した。飛び交う魔力弾。そして実弾の数々。だが、それをRXは全てその体に受けながらゆっくりと歩き出す。
「貴方達はこれを見ても何も感じないのか。命は全て平等なんだ。それを弄ぶ権利は、誰にもないっ!」
「怯むな! 撃てっ! 撃てぇ!」
「……それが貴方達の、いやお前達の答えか!」
そう言ってRXは地を蹴り跳び上がる。それを撃ち落とそうとするが、RXはその攻撃をものともせず地面に降り立つと同時にそこにいた魔導師達を蹴散らした。意識を刈り取り、怯えて逃げる者達は追わず、抵抗する者だけを気絶させていくRX。
その間、たった一分。それで三十名程いた者達は全員沈黙或いは逃走した。しかし、逃げた者も今頃は外で待ち構えているフェイトによって捕まえられているだろうと思い、RXはその視線を動かす。その先に見えるのはここの制御をしているだろうコントロールパネルだ。
「何か役立つデータがあればいいが……」
そう言ってRXはその体を変化させる。それは機械の体。高熱に強いロボライダーだ。ロボライダーは、その能力の一つであるハイパーリンクを使い、ここのデータを全て洗い出す。
その中にロボライダーは気になる物を見つけた。それは、PROJECTF.A.T.Eと銘打たれた物。自分の世話をしてくれている少女の名前と同じ響きに何か感じるものがあったロボライダーは、それを詳しく調べ始めた。そして、愕然となったのだ。
(そんな……ここにいる者達は記憶なども含め完全なコピーだと言うのか?! そして、これを完成させた人物の名に、どうして……どうしてフェイトちゃんと同じ苗字が入っているんだ!?)
その内容。それは、記憶や外見などをそっくりそのまま写した存在を作り出す事が出来るというものだった。そして、その理論を完成させた者の名もそこには記載されていた。
その名もプレシア・テスタロッサ。ここまで来て偶然と言える程、ロボライダーは鈍感ではない。フェイトの名前の由来。それがこれだとしたらフェイトは。そう考えロボライダーは悲しげに呟いた。
「彼女も……誰かのコピーだと言うのか……」
強い悲しみを感じながらロボライダーは残りのデータに何か他にも気になる物がないか調べ、全て調べ終わったのを確認して体をRXへ戻した。RXは自分が見てしまった内容に強い衝撃を覚えていた。
改造人間とは違う哀しみ。それをフェイトも背負っている。そして、それだけに留まらない事もここのデータには残っていたのだ。それは、ここの研究内容に関連する事。そう、ここでは秘密裏に死んだ者の蘇生を謳い、多額の金と引き換えで死者のコピーを作っていたのだ。その中にRXが良く知る者の名があったのだ。
(エリオ君も……そうだったのか……)
エリオと仲良くなったある時、光太郎は彼の昔話を聞いた事があったのだ。エリオがとても荒れていた頃があった事を。エリオはそれを話してどこか悲しそうに笑っていたのだ。そんな自分をフェイトが助けてくれたのだと。
その意味、そしてフェイトがエリオを引き取りたいと考えた理由。それをRXは完全に理解していた。フェイトはエリオの真実を知っていたのだと。それ故にその哀しみを理解し、救ってやりたかったのだ。
そこまで考え、RXは拳を握り締める。戦闘機人だけではなかった。この魔法世界には、命の尊厳を踏み躙る物が沢山ある。それはゴルゴムやクライシスとは違い、完全にこの世界の人間が自らの手でやっている事だ。
それが持つ意味を考えRXは拳を握り締める。命を弄び、死でさえ軽んじるような技術。限りある命の尊さ。それを無視するかの如き行い。悪に脅されてでのものではなく、自らが進んで悪魔の道へ手を出した事なのだから。
(どこまでも……人間は愚かにしか生きて行けないのか……)
そんな時、誰かが近付いて来る気配を感じてRXは意識をそちらへ向けて構える。だが、すぐにそれが誰のものかを理解してRXは構えを解いた。そこに現れたのはRXにこの場所の事を教えてくれた相手だったのだ。
「良かった。無事だったんですね」
「フェイトちゃん……どうして……」
フェイトはやや慌てた様子でそこへ駆け込んできた。そしてRXの姿を見て安堵したように息を吐く。それを見たRXはある事に思い至った。いつものようにデバイスで連絡するのを忘れていた事に。
つまりフェイトは、突入してから連絡まであまりにも時間が掛かったため心配してやってきたのだ。そう理解しRXは謝った。少し考え事をしていたら連絡するのを忘れてしまった事を。それにフェイトは軽く笑った。
「だと思いました。でも、心配したんですよ?」
「ゴメン。それで……逃げて行った人達は?」
「全員確保しました。研究員も同様です。既に陸士隊が来ていてその引き渡しをシャーリーがしてます。それと、私が許可を出すまで誰も来ませんので姿を見られる心配はありませんよ」
「そう。ありがとう」
そう答えるRXだったが、その雰囲気がどこかいつもと違う事にフェイトは気付いた。そして彼が悲しんでいるように感じ、フェイトはその理由を考えようとしたところで周囲に気付いて言葉を失った。
それをRXは見ても何も言わない。フェイトは周囲のケースを見て何か小さく呟くとRXへ問いかけた。知られてしまったんですね、と。それにRXは確かに頷いた。
「……そうですか。もしかして、エリオの事も?」
「ここに……名前が残っていたよ」
「そう、ですか。私の……本当の母さんが、プロジェクトを完成させたんです」
「本当の……そういう事か」
「はい。今の私の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。でも、母さん達の名前につくのはハラオウンだけですから。もしかして気付きませんでした?」
「いや、てっきり父親の苗字なのかと」
RXの言葉にフェイトはなるほどと納得し、そこからぽつりぽつりと語り出した。自身の出生の理由や生い立ち。なのは達との出会いまでとエリオとの出会い。そして、何故養子縁組の話を受けたのかも。
「初めて今の母さん、リンディさんに養子にならないかと言われた時は戸惑いました。そんな発想が私にはなかったんです。最初は受けたら私は母さんの子供じゃなくなるって、そう思ってました。でも、それが間違ってる事にある時気付いたんです」
そう言ってフェイトは懐かしむように笑う。例え養子になったとしても自分がプレシアの娘だった事実は消えない。その証として苗字を残せるし、自分の中には確かにプレシアとの辛くとも嬉しい思い出もあるのだから。
そう考え、フェイトは最終的にリンディの養子となった。それはそうする事が多くの笑顔へ繋がると思ったから。五代や翔一が守ろうとした笑顔。フェイトも同じように笑顔を守りたいと考えたのだ。勿論自分も笑顔になれると考えて。
それら全てを語り、フェイトは告げた。PROJECTF.A.T.Eの基礎を築いた存在がジェイル・スカリエッティである事を。それを聞いてRXは納得していた。何故フェイトがジェイルを追い駆けるのか。その原動力は自身の存在にあったのだと。
自身のような創られた命。それを生み出す技術を世に広めようとしたジェイル。それを捕らえ、罪を償わせるのがフェイトの生き甲斐の一つなのかもしれない。そう考えたのだ。
だが、同時にRXはフェイトへ伝える事があった。それは彼自身の事。そう、彼もまた普通の人ではない。その事を告げなければと思ったのだ。フェイトの出生を聞かされた今、自分だけ黙っている訳にはいかない。そうRXは考えていたのだ。
自身の辛い過去を話してくれたフェイトに対する応えとして己の事を話そうと。それが少しでもフェイトの励みになれば。改造人間の哀しみを乗り越え、強く生きている先輩ライダー達の事を思い出し、RXはフェイトへ語りかけた。
「フェイトちゃん。俺も君に聞いて欲しい事がある」
RXは静かに語った。確かにフェイトの生まれた理由は辛いものがある。だが、それでもフェイトはフェイトとして生きていけばいい。仮面ライダー達も、自分の体を本来とは違う物に変えられても尚、そう強く思って生きているのだと。
改造人間。生まれ持った体を切り刻まれ、作り変えられた存在。自分はそういう存在だとRXは告げた。フェイトはそれに言葉を失う。五代や翔一を知る彼女は、RXも同じように人が不思議な力で変身した者だと考えていたのだ。
だが、衝撃を受けると同時に彼女はRXの優しさと強さに心打たれた。そんな哀しく苦しい事を教えてくれたのは自分に対する励ましと気付いたからだ。そしてそこに含まれたものは同情や哀れみではないと気付いて。
(私を私と言ってくれた。なのはと同じだ……)
フェイトの最初の友人であり、親友である少女。それが自身が打ちのめされた時言ってくれた言葉。それをRXも、光太郎も言ってくれた。コピーではない。フェイトはフェイトなのだと断言してくれたと。
自分とは違う自身の秘密に苦しみ、悩み、哀しみながらも強く生きようとする存在。それが同じ事を言ってくれたのはフェイトにとって嬉しかった。自分も強く生きていけるからと、そう言ってもらえた気がしたのだ。
「とりあえず、ここを出ようか」
「そうですね。あ、その前にデータを手に入れて行きます」
「なら俺がそれをやろう。その方がきっと早い」
そう言ってRXは再びロボライダーへと姿を変える。初めて見る光景に驚くフェイト。だが、それに構わずロボライダーはフェイトが手にしていたディスクを受け取り、それを差し込むとハイパーリンクでデータを瞬時にコピーする。
そしてそのディスクを取り出しフェイトへ手渡した。それを彼女が懐へしまうと同時にRXへと戻るロボライダー。それを眺めてフェイトはやや呆気に取られていたものの、やがて小さく苦笑して歩き出す。
「どうかした?」
「いえ、凄いなぁって」
「そうかな?」
「ええ。……でも、それだって望んだ力じゃない。便利とかそんな風に考えちゃいけないんですよね……」
「フェイトちゃん……ありがとう」
(そうだ。そうやって考えてくれる人がいるのなら、俺は人間のために戦い続けられる)
自身が抱き掛けた人への絶望。それをフェイトの言葉が払い除けてくれた。その想いを込めてRXは心から礼を述べた。それにフェイトはやや照れたように笑みを浮かべる。
静かに歩く二人。黒い仮面の勇者と黒い魔法少女。その背はまるで寄り添うように並んでいた。共に、人に言えぬ悲哀を湛えて。
これをキッカケに二人は益々連携を強めて絆を深めていく。仕事では情報提供役と戦闘役として。家庭では助言役や仲介役として。
光太郎がエリオの事を相談するとフェイトは魔導師の立場で助言を与え、彼女がエリオの事を相談すると光太郎は男として助言を与えた。
更にフェイトが新たに出会ったキャロ・ル・ルシエという孤独な少女を引き取った事で流れがまた動く。キャロとエリオの本来よりも早い出会い。それを見て光太郎は増々ハラオウン家に佐原家の面影を見る事になっていく。
そして、彼もまた機動六課へエリオとキャロと共に参加する事となる。それは、彼なりの決意と誓いのために。
ジェイルラボ内女湯。そこに掃除をする真司の姿があった。トレディアの抱いていた計画は、彼がマリアージュの危険性を自身の身を持って経験した事により破棄された。残ったマリアージュも龍騎とナンバーズによって一体残らず倒され、こうして完全に呪われたロストロギアは消え去ったのだ。
一番強いと思われた軍団長だけが龍騎を苦しめたが、それでもファイナルベントの前には無力で何も出来ないまま散った。そのデータだけは収集され、ジェイルが何かに利用出来るかもと分析している。
そしてトレディアは全てが終わった事を見届け、真司へある決意を抱いてこう述べて姿を消した。
―――君のような存在がいつか世界を変えるかもしれないな……
それに戸惑う真司へトレディアはこう続けた。簡単に武力に頼るのではなく、もう一度だけ誠心誠意心をぶつけて行動してみようと。それを真司は嬉しく思い、自分も出来る限りの事をすると去り行く背中へ誓ったのだ。
それから既に一年以上。その間、真司は合間を見てこの魔法世界が抱える問題を洗い出し、一つの記事を書き始めていた。決してどこかに媚びるのでも否定するでもなく、今をもっと良くするにはどうするべきか。それを自分なりに持てるだけの力でやってみせようと。
「これ終わったら、また続き書かなきゃ」
唯一問題点があるとすれば、既にそれは記事ではなく本のレベルになり始めているぐらいだろうか。真司は問題を書いていくだけでは飽き足らず、それに対する自分の考えや感想。更にはこのジェイル達との日々さえ書き綴っていたのだ。
それを詳しく知る者はいない。ただ、真司が自室でそういう事を書いている事だけは知っている程度だ。一人ジェイルだけはそれなりに細かい事も知ってはいた。彼は何度も真司からインタビューを受けているために。
そうして真司が鼻歌交じりで掃除をしていると、そこへ誰かが走る音が聞こえてきた。それに顔を上げて視線を向ける真司。すると、現れたのはウェンディだった。
「にぃにぃ、手伝うッス!」
「お、そうか。じゃ……」
笑顔で手伝いを申し出るウェンディに真司は嬉しそうに仕事を言いつけようとする。だが、そこへもう一人走り込んでくる者がいた。
「兄貴っ! その、アタシも手伝う!」
「おっ! ノーヴェもかぁ。二人共感心感心。でも……もうここの掃除も粗方終わりだしなぁ……」
真司がそう考え出した瞬間、ウェンディとノーヴェが互いに囁き合うように会話を始めた。そう、二人は純粋に真司の手伝いに来たのではなくトーレの訓練から逃げてきたのだ。というのも、二人はセイン達三人が毎晩真司にマッサージをしていると知り、自分達もと思って昨日の昼にそれを行った。
だがそれをトーレに見られていて、今日の訓練はその憂さ晴らしの意味合いが強い事を察知し、こうして逃げてきたという訳だ。しかも、そのままではトーレが追い駆けてくる事を考慮した二人は、ここへ来る途中ある者達を人身御供にしたのだ。
「……今頃、代わりに双子がやられてるのか」
「そッス。後でオットーやディードに謝った方がいいッスね……」
そう、二人は洗濯を終えた双子を見つけ、訓練場へ行って急用が出来たとトーレに伝えて欲しいと頼んでいた。素直な二人はそれに頷き、仲良く訓練場へ向かって行ったのは言うまでもない。
それを思い出し、揃って手を合わせるノーヴェとウェンディ。それを気付かず、真司はやっと良い事を思いついたと言わんばかりに二人へ告げた。
「じゃ、二人は男湯の掃除を頼む。俺、やる事あるから」
「りょ〜かいッス」
「分かった」
「頼んだぞ〜」
真司の指示に従い、二人は隣の男湯へ向かう。まずノーヴェが脱衣所を、ウェンディが浴室を掃除する事にして動き出した。既にその脳裏からはトーレの事などを追い出して。
一方、訓練場でトーレはオットーとディードが倒れ伏しているのを眺めていた。その表情は少し申し訳ないとばかりに曇っている。そう、二人はついさっきまでトーレに無理矢理訓練に付き合わされていたのだ。ノーヴェとウェンディに頼まれていた伝言をトーレに伝えた二人は、何故かそのまま訓練へなだれ込まされたために。
二人としてもする事はなかったので構わなかったのだが、いつも以上にトーレが厳しい訓練を強いてきたので堪らずへばってしまったと言う訳だった。さすがにトーレも悪い事をしてしまったと思ったのだろう。その近くへ静かに近寄ると二人へ謝りを入れたのだ。
「すまんな、オットー、ディード。私とした事がついやりすぎてしまった」
「いえ、僕らがまだ未熟なだけです……」
「はい。お姉様が気にする必要はありません」
横たわりながら二人はそう答えた。その表情はそれが本心からの言葉だと物語っている。それに余計トーレは心苦しいものを感じ、少し待っていろと告げてISを使ってその場から去った。それに疑問を浮かべる二人だったが、そのまま言われた通りそこで待っていた。
すると、トーレが手にタオルとドリンクを二人分持って戻ってきたのだ。そして二人へタオルを手渡し汗を拭かせる。そしてタオルを回収するのと引き換えにドリンクを手渡した。
「ありがとうございます、姉様」
「わざわざこんな事までしてもらって……」
「いや、これは私なりの詫びだ。だから気にするな」
そう言ってトーレは苦笑した。真面目な二人に教育しているのがあの真司だと思い出したのだ。故にこう告げた。二人も少し真司のように肩の力を抜いた方がいいかもしれないと。その言葉に二人は互いに見つめ合い、その言葉を理解して苦笑した。
真司は肩の力を抜いた状態というより、常に力を抜いたようにしか見えないために。だからこそ苦笑い。あれは真司だからこそ出来る事だろうと思ったからだ。その二人の考えを察したのか、トーレも笑う。
「ま、適度に脱力しろという事だ。いつも全力というのもいいが、時と場合を考えて力を入れるようにな」
「「はい、分かりました」」
「ああ。しかし……お前達はそのままの方がいいかもしれんな」
笑みを浮かべて返事をする二人を見て、トーレはやや力を抜いた姿を想像し、そう微笑んで呟いた。それは紛れもなく姉の顔。その優しい顔に二人も微笑む。そんな穏やかな雰囲気漂う訓練風景だった。
時刻は過ぎて夕方になり、ジェイル達が食堂へ姿を見せ始めた頃、最早厨房となったキッチンでは夕食の支度が行われ慌ただしさを増していた。だが、そこでリーダーシップを発揮しているのは、チンクでもディエチでも、ましてや真司でもなかった。
「チンクはシチューの仕上げをお願いね。ディエチ、パンは焼けたら適度な大きさに切って頂戴。セイン、セッティングは終わった?」
「終わったよ、ドゥーエ姉」
そう、次女であるドゥーエが一手に取り仕切るようになっていたのだ。真司はドゥーエが戻ってきてからというもの、男子厨房に入らずとばかりに料理から遠ざけられていた。実は、真司がレシピ自体をドゥーエやディエチに伝え、とっておきの餃子さえ既にチンクへ伝授していたため彼がやる必要性が薄れたためなのだ。
そして、それ以来キッチンはドゥーエを中心にチンク、ディエチ、ディードが料理番をしていて、セインやノーヴェにウェンディがお手伝いとなっていた。オットーやセッテもしない訳ではないが、主だったのはそういう顔ぶれだった。
そんなキッチンの喧騒を聞きながら、真司は真剣な表情でキーボードを叩いていた。それを横から眺めるウーノやクアットロ。セッテは後ろに立って見つめ、更にオットーとジェイルがその横から見つめる。唯一トーレだけは興味はないとばかりに無視していたが、その視線がチラチラと真司を見ているので本心は異なるようだ。
そんな視線を気にも留めず、真司は文章を綴っていく。今真司が書いているのは、ジェイル・スカリエッティの悲劇とその原因と銘打たれた章だ。如何にしてジェイルが犯罪者となってしまったのか。何故そうなる事になったのかを真司なりに考え、実際の触れ合いを通じて思った事や感じた事などを書き記していた。
「……だ〜! 駄目だ! これじゃ……ちゃんと書き出せてない」
突然真司が上げた大声に視線を向けていたジェイル達が一斉に驚き、その場で少し体を仰け反らせた。丁度それを合図にしたかの如く料理を持ったノーヴェ達が現れる。その匂いに真司は意識をそちらへ向け、嬉しそうに笑った。
「おー、今日はシチューか」
「そうッス。きのこと野菜のクリームシチューッスよ」
「あ、後ディエチとディードが焼いたパンもあるから。よければシチューをつけてどうぞってさ」
テーブルにシチューが入った皿とパンを置きながら二人がそう言うと、それをキッカケにジェイル達も席に着く。そして残りの皿を持ってドゥーエ達が現れ、いよいよ待ちに待った食事の時間となった。
全員が席に着いたのを確認し、真司は手を合わせる。それに全員が続いて手を合わせた。
「「「「「「「「「「「「「「いただきます(ッス)」」」」」」」」」」」」」」
そして始まる楽しく賑やかな食事。ノーヴェがかっ込むように食べれば、セインとウェンディはそれを見て女の子らしくないとからかい、それと対照的に淑女のようなディードとドゥーエやウーノは静かにシチューを口に運ぶ。
クアットロはジェイルと今後の活動について話し合いながら香ばしいパンを手に取り、ディエチはオットーからパンの味を誉められ照れ笑い。トーレは魚か肉が欲しいと呟き、チンクが同じ事をセインが言っていた事を苦笑混じりに告げる。セッテはシチューにパンをつけて食べ、その熱さに軽く息を吐きながらも笑みを見せる。
そんな平和な光景。だが、シチューを食べながらそれを見た真司が零したふとした言葉が波紋を起こす。
「旨いな、今日の飯も。もう俺がいなくても大丈夫だな」
その瞬間、一切の音が消えた。先程まで聞こえていた会話などが全て止まり、全員の視線が真司へ向いていたのだ。
「え……何? どうしたんだよ」
「真司兄……どっかいっちゃうの?」
突然の状況に訳が分からずうろたえる真司だったが、涙目で告げたセインの言葉にようやく理解した。周囲が自分の言った考え無しの一言を気にしている事を。彼はただ冗談のつもりに近い気持ちで言った言葉。それをジェイル達は真剣に受け取ってしまった。
そうジェイル達の反応の意味を悟り、真司は嬉しく思うと同時に申し訳ない気持ちになった。安易に言っていい言葉じゃなかったと感じて。自分がどういうキッカケでここへ現れたかを考えれば迂闊な事は言わない方がいい。そう思うのと彼が席を立って頭を下げたのは同時だった。
「ゴメンっ! 俺、そういうつもりじゃなかったんだ! ホントにゴメン!」
「……いや、いいんだ真司。私達も少し過剰に反応し過ぎたね」
「ジェイルさん……」
「みんな分かっているよ。君がここからいなくなろうとなんて考えていないと」
そう言ってジェイルは周囲を見回す。それに反応し、全員が力強く頷いた。その光景に真司はこみ上げるものを覚える。それは感動。そうたった一言で呼んでしまうと、あまりにも簡単な印象を受けるが激しく強く真司の心を揺らす感情の波。
感謝と感激、そして歓喜。自分をそこまで思い、慕ってくれる事。それを思い、真司は不覚にも涙を見せてしまった。それに全員が気付き、小さく驚く。
「真司さん……」
「まったく、意外と涙もろいのね、真司君は」
「……男だろう。そんな簡単に泣く奴があるか」
「あらあら……シンちゃんってば、弱虫ぃ?」
「だが、それもまた真司らしさだ」
上の姉五人は真司に対し、どこか微笑みさえ浮かべてそう告げる。
「真司兄、泣かないでよ。あたしまで泣きたくなるからさ」
「兄上、お気になさらず。私は兄上を信じています」
「兄様、これを使ってください」
「な、泣くなよ、兄貴。ほ、ほらアタシらも気にしてないから……そんな顔、すんなよ」
「兄さん……兄さんが泣くとみんな悲しくなっちゃうから……」
「照れるなんてノーヴェも可愛いとこあるッスね。あ、アタシも同じッスよ、だからいつものにぃにぃでいて欲しいッス」
「そうです。みんなお兄様の笑顔が好きなんですから」
妹達はそれぞれに表情を変えながら真司を励ますように声を掛ける。
「やれやれ……これじゃ、私は完全蚊帳の外だね」
そしてそんな光景を見つめ、ジェイルは一人どこか嬉しそうに呟くのだった。
こうしてこの日の夕食はちょっとした騒動を起こしたが、それによって余計真司はジェイル達の暖かさに触れ、ジェイル達は真司の一面に触れる結果となった。時に、新暦七十五年二月。まだこの時は誰も知らなかった。この安らぎの終わりが迫っているなどとは。
おまけ
「あ?、情けないとこ見せたな?」
風呂に浸かり、真司は一人そう呟いていた。五分前まではジェイルも共にいたのだが、つい先程上がっていったのだ。今日も実験をするため彼へ夜食の注文をしていった。その希望は梅入り焼きおにぎりとただの澄まし汁。
おにぎりを一つは普通に食べ、残りを澄まし汁に入れて突き崩して食べるのが、最近のジェイルのお気に入りなのだ。そんな事を思い浮かべた真司はふとある光景を思い出した。
「……俺、愛されてるんだな」
脳裏に浮かぶは改めてそう感じる事が出来た今日の出来事。あの後、真司は涙を拭っていつも以上に笑って見せた。それに全員が嬉しそうな雰囲気に戻り、それを感じ取って真司も嬉しくなったのだから。
すっかり本当の家族みたいになった。そう実感し、真司は手に湯をすくうと顔を洗う。流れてきそうになった涙を隠すために。誰に見られる訳でもないが、やはり気恥ずかしかったのだろう。これでよしとばかりに頷き、真司は満足そうに息を吐いた。
「さて、今日はジェイルさんの夜食を作らなきゃなんないし……もう出ようかな?」
「あら? もう少しぐらいいいじゃない」
突然、真司の後ろから声がした。その声に真司は一瞬硬直し、静かに視線を声のした方へ動かそうとした所で嫌な予感がけたたましい音を立てて鳴り響いた。そこでどうしてかを考えるまでもなく理解し、真司はその行動を思い止まったのだ。
そう、ここは風呂場。ならば、下手をすればこれまでのセイン絡みの出来事と同じ結末を辿る事になる。そう判断した真司に声の主はどこか楽しそうに笑う。その笑い声が真司の予想が間違っていなかった事を物語っていた。
「……何の用ですか、ドゥーエさん」
「釣れないわね。何ってお風呂に入りに来たのよ」
「ここ、男湯だから」
「でもセインは何度か入ったでしょ?」
その言葉にギクリという音が聞こえそうなぐらい真司は動揺した。その顔には何故知っているのかという疑問がありありと浮かんでいる。真司は知らないのだ。ドゥーエがセインの行動を知り、試しにとISで変装し背中を流しに来ていた事を。
だから彼女は表情を魔女のような笑みに変えて尋ねた。何故セインは良くて自分はどうして駄目なのかと。それに真司が答えようとするが、そこへそれを遮る声がした。そしてその声が一つではなかった事に真司は驚愕を通り越し呆然となった。
「ドゥーエ姉様、抜け駆け禁止です」
「そうよドゥーエ。大体真司さんを励まそうと提案したのは私でしょ?」
楽しげに告げるクアットロの声に続くように聞こえる茶化すようなウーノの声。それに真司は嫌な予感が強くなっていくのを感じていた。更に駄目押しとばかりに別の声が聞こえてくる。
「な、なぁ、別に風呂でなくても良いのではないか……?」
「チンク、もう無理だ。こうなれば覚悟を決めるしかあるまい」
戸惑いと照れを混ぜたチンクの声と神妙なトーレの声が聞こえてきたのだ。真司は幸か不幸か背を向けているため確認出来ないが、ほぼ間違いなく彼女達は裸であろう事は理解していた。そうでなければチンクの声に照れが混ざるはずはないと。
しかし、真司はウーノの言った励ましの部分に疑問を感じその意味を尋ねた。すると、それにウーノ達がこう答えた。妹達は真司を直接励ましたが、自分達はそうしてやれなかったと。姉として妹さえした事をしない訳にはいかない。その答えに真司は一瞬納得しかけるも、すぐに思い直して首を振った。
「い、いやいや! 気持ちは嬉しいし、分からないでもないけど、別に風呂じゃなくても……」
「妹達とは入ったじゃないですか」
真司の答えにウーノは悪戯っぽく笑みを浮かべて告げた。それを聞いてドゥーエは微笑み、クアットロは同意し、チンクとトーレは何も言わず沈黙する。無論、真司がその反応を見る事が出来るはずもない。ただ、返す言葉を持たないのも事実。
結局、この後真司はウーノやドゥーエからどんな事をしてもらったかを詳しく話せと言われ、かなり照れながら説明するはめになる。無論、五人によって具体的に励まされる事もなく、からかわれたり悪戯されたりとむしろいじめられたのは言うまでもない。チンクとトーレだけはそうではなかったが。
そして最後に待っていたのはもうお決まりとも言える出来事だった。
「じゃ、私が頭を」
「なら、私は右腕」
「くっ……左腕だ」
「じゃあ……背中かしら?」
「ま、待て。私の担当がないぞ!」
「あら、チンクは前でいいじゃない」
「「っ?!」」
「こぉら。シンちゃんは動揺し・な・い・の」
最後の最後にはチンクまでもからかわれ、この日の入浴は真司にとって天国のようで地獄でもあった。ちなみチンクはクアットロと一緒に背中を洗う事になり、真司は安堵したような残念に思ったような複雑な心境になった事を追記する。
ジェイルラボ内廃棄所。そこに置いてあるトイが入ったケースへあの謎の生物の触手が伸びる。それは次々にトイへ刺さってはまた別のトイへと刺さっていく。そして全てのトイへ指し終えた生物は触手を自分の手に戻した。
―――当面の駒は得た……。後は……
誰も近寄らない空間。そこに響く不気味な声。静かに育まれる闇の胎動。その覚醒は近い。
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次回からStS編開始。これまでと違い、最初は龍騎がシリアス担当となります。
今後は文章量が増えるため、更新が遅くなります。申し訳ありませんがご理解ください。
説明 | ||
人命救助のためにライダーの力を使う事になる五代と翔一。 一方、光太郎は命を弄ぶような人の業と向き合う事となり、フェイトやエリオの秘密へ知らず迫ってしまう。 真司はジェイル達の気持ちを知り、その温かさに涙するのだった。 ライダーを取り巻く状況は緩やかに変わっていく。それが意味するのは、甦る邪悪との戦いの秒読み。 |
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