戦極甲州物語 伍巻
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 鹿威しと言えば真っ先に挙げられるは添水であろうか。

 しばしば鹿威しと添水を混濁して誤認している者がいるが、信龍もその例に漏れないらしい。

 

「信龍はもう少し勉強しなさい。武断派だからと言って勉学を疎かにしてもよいわけではないでしょうに」

「うう……」

 

 信玄の左に並んで座る信龍は居心地悪そうに肩を落とした。

 それを見ながらクスリと笑いつつ、信廉は少し信玄を宥めようかを迷うが……やめておくことに。

 見れば信玄は目の前に置かれた砂糖菓子に手を出すこともなく正座でそこに在った。ただ、その在り様は悠然としているとは……言い難い。少し肩に力が入り、閉じた目の上で眉は逆ハの字にいきり立っているし、口も真一文字に引き結ばれている。悠然と言うより憤然と言った方が適当だろう。

 

(兄上ももう少し姉上のご機嫌を損ねないように振る舞って頂けないものでしょうか……)

 

 ここにはいない兄へと不満を飛ばしながらため息を吐く信廉は、せめて信龍を慰めようかと彼女へと視線を動かす。

 が、彼女を見て違う意味で信廉はため息を吐く。

 

「信龍。座り方が違いますよ」

「うえ!?」

「うえ、ではありません。この前も教えたばかりでしょう。両の足は両膝の間に拳が入る程度に開けるのです。そのように大きく開くものではありません」

 

 そもそもにして女として足を大きく開くなんてみっともない。さらに言えば、信龍の着ている服装がまた何とも信廉の機嫌を損ねるものである。

 その虎の毛皮というか着ぐるみはいいとして。いや、女としてその着衣の選択はどうかと思うが、敢えてそれは見逃そう。

 しかし。しかしである。

 信龍は動き難いからと袴を着用せず、わざと大きめの着物を羽織っており、しかも股下で適当に破ってスラリとした足を曝すという格好なのだ。仮にも武田一門がまるでうつけ……そう、『尾張のうつけ』を連想させるが如き恰好でいるなど、普通に考えてありえない。信廉は文化人としても1人の女性としても品格というものを弁えている。だからこそこの妹の格好は許容しかねるものがあった。

 武田の品位というものを疑われかねない。そのように進言したことはあるのだ。

 

――『信龍のこと。もう諦めています』

 

 とは信玄の言。どんなに言っても信龍は止めず、言うだけ無駄だと悟ったらしい。諦めが良すぎる姉に苦言を呈したいところが、あの姉と口論になって勝てる自信はない。気づけば上手く言い包められているときたものだ。変なところでさすが姉上と感心してしまう。

 ならばと信廉は信繁を頼ったのだが……。

 

――『う〜む、確かに……幼少の頃より長きに亘りあの姿ゆえ見慣れてきておったが、改めて指摘を受けると放置するわけにもいかんな』

――『兄上……兄上もノブタツが悪いと言うのか!?』

――『待て待て。一口に信龍が悪いというわけではないのだがな……その、信龍も女子だ。女子が肌を軽々しく晒すものではなかろう?』

――『軽々しくない! ノブタツはこの体に自信がある! 何ならノブタツの蹴りを受けてみるか、兄上!』

――『いや、結構』

――『う〜、残念……でもだよ、兄上? 自信のあるものを隠す必要なんてないじゃないか! そうでしょ!?』

――『む、ううむ……』

――『正しいと思うなら胸を張れ。堂々としていればいい――って昔兄上は言ったぞ!』

――『確かに言った覚えはあるが……』

――『男に二言はない! それが殿方の甲斐性だ!……って信玄の姉上が言ってた!』

――『……ん? これは私が間違っていたのか? いや、しかしやはり……むう、これは前世との価値観の相違なのか?』

――『兄上! 信龍に言い包められてどうするのですか!?』

――『しかしな、信廉。考えてみれば昌豊殿も肌を晒す傾向があるだろう?』

――『ま、昌豊殿は男でしょう!』

――『そうなのだが、この世は男女の差があまりない。ならば男は良くて女はならぬという理屈はこの場合どうなのだろうかと思うてな』

――『何もそこまで深遠な命題にしなくてもよいでしょう! 今は信龍の衣服の問題であって!』

――『だが信龍にならぬと強要することは昌豊殿もまたならぬということ。信廉、昌豊殿のあれを矯正する自信はあるか?』

――『う……』

――『はっきり言おう。私にはない』

――『断言しないでください!』

 

 はっきり言おう。

 

 

 

 兄上。頼りなさすぎです。そして信龍に甘すぎます。

 

 

 

 信繁の言葉なら信龍も聞いてくれるだろうと期待していたのに、信繁は何やら思考の迷路に入ったようで、云々唸って結局そのまま有耶無耶に。

 最後の頼りと信龍の傅役である甘利虎泰に助力を願ったのだが……。

 

――『信廉様……このわしが今まであのご格好に何も言わずにいたとお思いですか?』

 

 虎泰の顔が一気に老けを増したかのように見えたほどだった。どれだけ彼は信龍に苦言を呈し、それを正そうと悪戦苦闘してきたか……その苦労を信廉は彼の皺に見た。魂が抜けたような虎泰につい合掌したのはご愛嬌……とりあえず、家中では『甘利虎泰は皺の数だけ策がある』と言われる彼だが、その実、彼の皺の半分くらいは信龍による心労のせいじゃないだろうかと思ったのは内緒である。

 結局信龍の服装は変わっていない。信廉は事ある毎に少しずつ口を出しているが、何だか最近、自分が小姑になった気がして、この歳で小姑かと考えて1人失意に暮れることもある。自分が間違っているのかと思うことさえある。いや自分は正しいと奮い立たせているが、それもどこまで持つものか信廉自身もうわからないときていた。

 

「こうですよ、信龍」

 

 それでも姉としての面子があるから、めげずに孤軍奮闘している。今のように。

 体をやや動かして信龍の方に正対し、例を見せるべく信廉は姿勢を正す。そして言ったように正座した足をやや開け、そして膝の上に手を組みながら置く。大事なのは、相手からは見えないからと言って油断せず、足の指は右足の親指が下に、左足の親指が上になるようにして、親指だけを重ねること。

 

「それと、体をソワソワと動かし過ぎなのです。落ち着きを持ちなさい」

「うう……だって、信廉の姉上ぇ……」

「我慢なさい、信龍。仮にも武田一門が言い訳など見苦しい」

「ご、ごめんなさい、信玄の姉上……」

 

 吐き捨てるような口調で信玄にまで責められ、信龍は少しずつ体を動かして信廉のように座り直そうとする。

 ただその動きは緩慢で、動くたびに信龍は「はうっ」だの「ふぐぅ……」だのと呻いた。

 察しはついている。足が痺れているのだろう。果たして信玄に責められて呻いていたのは怒られたからか、それとも痺れのせいか。

 さすがに信廉も鬼ではない。それを信玄に告げ口はしなかった。

 ……まあ、信玄のことだから察しているかもしれないが。

 

「姉上も肩肘が張っておられるご様子。その、少し力をお抜きになっては?」

「――張っていません」

 

 一言。即答である。

 これ以上言っても聞きはすまい。憤然とした姿のまま、信玄はそれ以上口を開こうともしなかった。

 せっかく気分を変えて落ち着くためにもと茶の湯を提案したのだが、これでは折角の茶をまずくしかねない。とは言え、信玄は普段ならば柔軟な思考で決して情に流されることはないのだが、存外頑固な一面もあり、こうなってしまうと信廉の言葉も聞き入れようとしない。

 彼女がこうなるのはたいてい決まっている。

 信繁だ。

 あの兄が関わると信玄はこういう態度になることが多い。信繁が悪いか否かに関わらず。

 

「…………」

「はあ……」

「うう……」

 

 信玄の沈黙と信廉の溜息と信龍の呻き。この繰り返しである。

 これでどうやって和めと言うのか。今回の亭主を務める信廉もお手上げである。主客の一体感を旨とする茶道の場であると言うのに、何なのだろうか、この一体感どころか三者三様の分裂状態は。

 

(……兄上のせいですね。そうですね)

 

 もはや責任転嫁でもしないとやっていられないのである。実際、信玄がこうなっているのも信繁のせいなのだから。

 事情は頑なになった信玄が茶室に戻ってきたところで聞いた。とは言え、誘った者として亭主として、この状態であるのをよしとするわけにもいくまい。

 目の前で湯気を立てる釜の蓋を取り、湧き具合を確認しつつ、めげずに信玄に声をかける。後で信繁にはこの借りを返してもらわなければならないと心中で決めつつ。

 

「兄上もお忙しい身。決して姉上を蔑ろにしておられるわけではありませんよ」

「…………」

「『職』たる板垣殿・甘利殿の両将から政務の腕を信頼され、すでに仕事を任されておられるのです。なかなか時間が取れないのも仕方ありません」

「……わかっています」

 

 憤然とした体が崩れ、信玄が唇を僅かに突き出しながらそっぽを向く。

 その姿は妹の信廉から見ても可愛らしい。笑ってしまうのも致し方のないことだろう。

 

「兄上も最低限、食事のお時間は共に過ごしてくださいます。兄上もその時間だけは決して仕事を持ち込まれませんし、兄上の任された仕事量から考えればそれでも大変なはずです。妹として、兄上のご苦労をお察しするのは必要なことでは?」

「ですが! 今日は本当なら私たちとお過ごしになられるはずだったのです。仕事とは言え、それをフイにされたとあって信廉は我慢できるのですか?」

 

 そう、今日は本来、この時間に茶の湯を兄妹水入らずで楽しもうという約束をしていたのだ。

 発端は信廉が茶道の腕を披露したいと思ったことで、それに信玄が便乗した。信玄も出家してからというもの、躑躅ヶ崎館と寺を行き来し、僧侶としての修行と武田の政務の手伝いで忙しく、信繁や信廉、信龍との時間はなかなか取れない状態が続いている。特に政務に軍務にと駆け回る信繁との時間は合わず、妹心に信玄の寂しさを察し、自らも信繁や信玄と過ごす時間が欲しかったので、信繁へと掛け合ったのだ。

 信玄の信繁への憧れや懐きようと言ったらない。信繁も信繁で信玄のことを殊更大事にしている。それは少々信廉や信龍が嫉妬してしまいそうなほど。

 そして先ほど、もうそろそろ時間だというのに信繁が来ないので信玄が呼びに行ったのだが、しばらくして戻ってきた信玄はあからさまに不機嫌な顔をしていて、山本勘助と飯富昌景と話があるから来ないと一言だけ言ってから後はだんまり。

 信繁が約束を軽んじる人間でないことはこの場にいる誰もが知っている。その彼が約束を反故にするのなら、それ相応の理由というものがあるはず。信玄とてわかっていないわけではないのだろう。だが信玄にとって自身が全面的に甘えることのできる相手は兄である信繁だけ。父の信虎は甘え難く、とみにここしばらくの信虎の行動に対しては信廉も信龍も恐ろしさを感じ、おいそれと声もかけられない。だから信玄としては尚の事不満なのだろう。

 信廉にしてもまさか妹の信龍に甘えようとは思わないので、甘えるとなれば信繁か信玄。しかし信玄の寂しさがわかるので自分だけ甘えようとは思えず、さりとて信繁の忙しさもわかるのでこういう時間でも作らなければこれまた甘えられず。

 だから信廉も我慢できるかと問われれば我慢したくない、できないと言いたいところ。だがここはもう少し自制心を利かせようと思う。もちろん、あとでその分を信繁に返してもらうつもりだけれども。

 

「あら、姉上、それでは先ほど信龍に言ったことに反しておられませんか? 我慢できず、言い訳するは武田一門としてどうなのでしょう?」

「く……!」

「じ〜〜〜〜」

「な、何ですか、信龍。その目は?」

「べっつに〜」

「の、信龍! 姉に対してその態度は何ですか!」

「あいはははは!? は、はえうえ! ほほはへはいほ!?」(あいたたたた! あ、姉上! 大人気ないよ!?)

「お黙りなさい!」

 

 信龍の頬を引っ張り、みよんみよんと伸ばしこねくり回す信玄。

 相も変わらずよく伸びる頬だが、とみに最近よく伸びる気がするのは気のせいだろうか。あれだけいつもこねくり回されているからああなっているのではと信廉は思う。

 それでもこれはこれでいいかと思い直す。少なくとも信玄は少しなりとも楽しそうである。信龍は苛立ちをぶつけられたり頬をつねられたりでかなりとばっちりを受けているが、信龍自身の自業自得もあるのでやむをえまい。

 

「姉上、そのくらいに」

 

 それでも適当なところで信玄を止めておく。信玄はまだ不満そうではあったが「まあいいでしょう。信廉に免じてこのくらいにしてあげます」と言って引き下がってくれた。

 

「ううううう……ノブタツ何も悪いことしてないのに……」

 

 口は災いの元だと言ってやった方がいいかどうかを悩むが、それを言うと今度は信廉が信玄に頬をこねくり回されそうなのでやめておく。

 そのあたりは弁えている信廉である。

 あまりに可哀想なので、信廉は今回に限り、正座を解くことを許してやることに。すると信龍は「ほんと!?」と言うや否や、信廉の回答を待たずして足を崩して投げ出した。少々その女子としての所作でない行動に眉を反応させる信廉であるが、そこは信玄。

 

「信廉。見逃してあげなさい」

「姉上が言いますか?」

「はて、何のことでしょう? それより信廉、そろそろお湯の方もよいのでは?」

 

 清々しいまでに白々しい。我が姉ながらいい性格をしている。

 もう何度目かわからないため息をつきつつ、信廉は茶釜の蓋を取って湯の沸き具合を再び確かめる。少し泡が立っており、沸騰してきたようだ。

 そこでお湯を掬い、茶碗へと注ぐ。そこで少し待つことに。お湯は一度沸かした後、少し冷やすのが作法だ。

 

「でも兄上はいったい何の話をしてるんだろ?」

「……さあ。知りません」

 

 信龍を睨みそうになってしまうのは仕方ない。せっかく機嫌が少しは戻ったかと思ったところで蒸し返す信龍が悪い。

 信玄はやや眉を顰めたがそれだけだ。どうやらもう怒りは冷めてきているらしい。

 

「私たちとの時間を潰してまでやることです。それなりに大事な話なのでしょうね。少なくとも妹を放置するくらいには」

 

 ……訂正しよう。この嫌味な言い方からして、まだ怒りは冷めやらぬらしい。

 

「姉上はもう……一言、寂しいと仰られればよろしいものを」

「だ、誰が寂しいなどと! 寂しくなんてありません! ええ、ありませんとも!」

「ノブタツは寂しいぞ!」

「ええ、私も寂しいです。仕方ないとはわかっていますけど」

 

 

 

 

 

「そうか。それは申し訳なかった」

 

 

 

 

 

 と、そこで部屋の外からかかる声。

 その声に驚いたのは……信玄だけ。

 信廉は位置的に襖の方を向いていたので影が映ったから。信龍は足を投げ出して緊張を解いているとは言え、鍛えられた武で気配を感じたのか、ふと顔を襖に向けて気づいたらしい。気づかぬは機嫌を損ねて目を閉じていた信玄のみ。

 

「失礼するぞ」

「どうぞ、兄上」

 

 何やら「あ、え、う……」と言葉に詰まっている信玄を差し置いて、信廉はその様子に笑いを堪えながら入室の許可を出す。

 襖が開き、信繁が少し申し訳なさそうな、殊勝な顔を浮かべて入ってきた。

 

「すまないな」

「兄上! もう話は終わったのか?」

「ああ。だから私も遅ればせながら茶の湯に参加させてもらおうと思うてな」

「やったーーーー! 兄上!――って、ああああ……足が、痛い……!」

「……やれやれ」

 

 信繁に飛びつこうとしてこける信龍。まだ足の痺れが取れないらしい。信繁はいつものことながら苦笑しつつも涙目の信龍を抱き起こしてやった。

 少しの羨ましさを覚えながら信廉がチラリと視線を横にやれば……まだ固まった信玄が。

 信廉の視線に気づき、信玄が顔を向ける。そのやや赤くなった顔は『どうして教えてくれないのですか!?』と言っているのが明白だ。しかしそこは信廉。『お返しです』と意味を込めて笑顔で返す。信玄の顔がさらに赤く染まっていく。

 

「寂しがらせたことは悪かった。だからこの後の政務の時間を少し遅らせるからそれで許せ」

「よろしいのですか?」

「山本殿と昌景殿が板垣・甘利の両将に掛け合ってくれてな。両将も快く頷いてくださった」

 

 実際、信方と虎泰は気前よく許可してくれた。両将としては本来信虎とやるべき政務を信繁が肩代わりしているのだから、信繁の頼みとあって断れるわけもなく、そして同時にもう1つの切実な願いがあった。その願いとは両将を以ってしても手に余ることで。

 

――『信玄様と約束があったというのであれば急がれた方がよろしい。でないと後で私が信玄様の愚痴地獄に晒されるので。というか、急がれよ。あの覇気を纏って愚痴を言われるので、私としては毎回戦の如く気張らねばならない……勘弁願いたい』

 

 信方はそう言って頬に手をやりつつ首を傾げてため息をついたものだ。むしろ早く行けと聞こえたのは信繁の勘違いでは……あるまい。

 信玄の補佐が信方の仕事でもあれど、私事でも信玄が信方に世話をかけていることを信繁は知った。信方の寿命を縮めかねないほどかと信繁は苦笑していたが、信玄の覇気に毎回晒されたと知って笑ってはいられない。しかし……何と無駄な覇気の使い方だろうか。

 

――『お気になさらず。そも本来は我らの仕事でございますれば。それに……信龍様も残念がられておられるはず。早う行って参られよ。そしてできれば信龍様に女子としての所作を少し弁えてほしいと忠言くださると助かります。まあ、これはしがない爺の愚痴ですのでお聞き捨てくださっても結構ですが……』

 

 虎泰は約束のことを知らなかったとは言えすまなかったというふうに謝った上で丁寧に送り出してくれた。ただ最後に聞こえた呟きの如き声での注文はなかなかに難しいことだったが。とは言え、それをいつもくどくどと説く虎泰と「うん、わかった!」と言いつつ全く改善しない信龍を思い浮かべると、虎泰もまた心労が溜まっているのかもしれない。兄としてこれも放置するわけにはいかない。信廉だけに任せるわけにもいかないのだ。

 我が妹たちはどれだけ傅役たちを振り回しているのだろうかと思うと兄として申し訳ない気持ちになりつつ、せめてこれ以上の心労を2人にかけまいと、信龍の頭を撫でながら信繁は思うのである。

 そして信龍と信玄の間に座ると、今度は信玄を見やる。視線を向けられた信玄はと言えば、反射的に顔を背けてしまう始末だ。

 

「……信玄、悪かったと思うている。何とか許してはもらえないか?」

「…………」

 

 信繁からは信玄の顔が見えないが、位置的に信廉からは丸わかりだ。信玄の顔は実に真っ赤で、自分の取った反射行動に自分で自分を責めているのは明らかだった。笑ってしまうのはやむをえないだろう。信玄の鋭い視線が突き刺さるが、援護は出さない。いつも話術で負けてしまう信廉である。今くらいはちょっとした優越感に浸っても罪にはなるまい。

 

「……信廉。覚えておきなさい」

「ふふ、姉上、怖いですよ。兄上、姉上は怒っていらっしゃるわけではなく、ちょっと拗ねておられるだけですからお気になさらず」

「の、信廉!」

「む、そうなのか?」

「ち、違――」

「姉上、顔が真っ赤なのだ!」

「お黙りなさい、信龍!」

「あーーーー! あえうえ! ほおほひっはふほははへへええええ……!」(あーーーー! 姉上! 頬を引っ張るのはやめてええええ……!)

 

 結局、信玄を信繁と2人して止めるまでこの喜劇は続くのであった。

 

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 とりあえず信龍の犠牲――主に信龍の頬で、しばらく経った今もまだ赤いままである――もあって信玄も落ち着き、4人はゆっくりと茶の湯を楽しんでいた。すでに茶請けに用意していた菓子もなくなり、何度か信廉が茶を披露し、揃ってまったりと時間を過ごす。

 一通りの茶事は終わったので、今は各々気を抜いている。信龍は横になって菓子で膨れた腹を撫で、信繁はそれを見て額に青筋を浮かべた信廉を宥め、信玄は静かにお代わりの抹茶を啜っていた。

 

「それにしてもよいお点前だった。もう茶の味では信廉には勝てぬな」

「いいえ、まだまだです。それに兄上には今度、和歌について習っていきませんと」

「ほどほどにな。信廉もあくまで武人であることを忘れぬように。武芸も磨かねばならぬぞ? 公家ではないのだから」

「はい……」

 

 弱点を突かれてはしょげるしかない信廉である。

 信廉自身、自覚はあるのだが、どちらかと言えば信廉は文化人だ。武芸もからっきしというわけではないが、4人の中では信龍にも見劣りしてしまう。

 その上、信繁と信玄もまた文化人としての側面があり、信繁は多彩だ。いったいどこでいつの間に身に付けたのか。それを聞いても苦笑混じりに誤魔化されてしまうのだが。

 するとそこで信玄が1つ息を吐きつつ、片目だけ開けて信廉を見た。

 

「そうですね。そろそろ1人で馬に乗れるようになれませんと」

「あ、姉上!」

 

 機嫌が直ってきたのはいいことだが、直ったら直ったらでこれだから性質が悪い。

 

「姉上こそ、今だに騎乗の際は兄上の助けを必要としているではありませんか!」

「1人でも乗れます。ただ武田一門の女子が大股を開いて飛び乗るのは恰好がつかないのでそうしているに過ぎません」

「ノブタツは飛び乗ってるぞ!」

「貴女はもう少し恥じらいというものを持ちなさい」

「同感だな」

「同感です」

「ひどい!」

 

 憤慨する信龍であるが……3人に揃って冷たい視線を浴びてはこの場で最も発言権の小さい彼女にはどうすることもできず。

 その虎の着ぐるみに食われてしまっているように見えるほど小さくなっていじけ始めた。

 そこでやりすぎたかと信繁が慰めようとするが、その裾を信玄と信廉は引っ張って止める。

 

「兄上。それが甘いと言うのです」

「そうですよ。たまには突き放しておかなければいけないんです」

「そ、そうか……」

「どうせすぐに復活するのですし」

「単純ですからね」

「信玄、信廉……お前たち、何か信龍に恨みでもあるのか?」

 

 

 

「「何か?」」

 

 

 

「うむ、何でもない」

「兄上、弱っ!」

「すまぬ、信龍。この兄も信玄と信廉がこうなると敵わぬ」

 

 長兄としての面子はどこに行ったか。そんなもの、この鬼娘たちの前では通用しないのである。

 頼みの綱だった兄の言葉に、一層いじけてしまう信龍。

 対照的に機嫌を良くしたのか、どこか艶々とした顔で抹茶を啜る信玄と信廉である。その様子を見ながら、信繁はどこかで愛情のかけ方を間違えてしまったのだろうかと自問するしかない。信龍を助けるにもできず、信玄と信廉に意見するにもできず。兄としての威厳が保てていない状況であった。

 

「うう……あ、公家って言えばさ、兄上?」

「うん?」

 

 何とか話題を変えようとする信龍に、信繁は積極的に乗ってやることにする。まあ、せめてもの罪滅ぼしだ。

 

 

 

 

 

「都からお嫁を貰うって本当?」

 

 

 

 

 

 ブフーーーー! ゴホッゲホッ!

 ……そんな音が2つ重なった。綺麗に。

 その発生源に対し、信繁は眉を顰め、信龍は驚いて何事かと目を見やって。そこには互いの顔に向かって茶を噴き、共に激しく咳き込んでいる姉妹の姿が。

 

「信玄、信廉。茶を噴くとは不作法が過ぎるぞ。何とした?」

「行儀が悪いぞ、姉上たち!」

「「〜〜〜〜っ!」」

 

 お前のせいだと言いたいのだろうか。言いたくても咳き込んで言えないようだが。咳き込む苦しさに少し涙目で信龍を睨む信玄と信廉の視線は厳しい。

 だが信龍は信繁の後ろに隠れ、挑発するように舌を出した。

 

「ゴホゴホ……あ、あにうえ……そ、それは本当なんですか!?」

「ゲホ……き、聞いていません、そのような話!」

「まあ、伝えておらなんだゆえ。当然であろう」

 

 婉曲に本当の話であると認めている信繁はあっさりしたものである。

 それに対して、彼のあまりのあっけらかんとした様子に、しかし信玄と信廉は冷静でなどいられないのである。

 とりあえず、信繁が2人の背中をさすってやって落ち着くのを待ち、そこで追及を始めようとする2人の顔に手拭いを押し付けて。

 「ふむぐ……!」「あ、あにうえ……1人でできますから」と抗議する2人だが、信繁は聞く耳持たんと彼女たちの顔をやや責めるように強引に拭いていく。

 そして拭き終わると、信玄も信廉も手拭いで顔を隠しつつ、目だけはしっかりと信繁を見据え、無言で説明を求めた。

 信繁はそれほど驚く話かと肩を竦めて。

 

「先日、京より帝からの勅使として三条殿が来ておられたのは知っておろう」

「それはもちろん」

 

 京の都には現在、天皇だけではなく、当代幕府の第13代将軍足利義輝もいる。

 武家社会になって天皇と公家の力が落ち、そして足利将軍家の力までも応仁の乱以降、急速に衰退してしまっているが、それでもなお形式的象徴的な意味は大きい。この二者との繋がりを持つことは、日ノ本の大名たちなら誰もが望むことである。それは武田家とて例外ではない。武田家は代々甲斐守護の地位を継いでいるが、守護という名が形骸化しても、大義名分としては十分な効力がある。甲斐守護だからこそ、武田家は甲斐を治める権利があると主張でき、これを侵そうとすれば抵抗してもこちらが正しいという言い分が罷り通るのである。

 そして信虎が働きかけてきた結果、京より左大臣である三条公頼が訪れ、信繁に左馬助の位を与えるとのお達しがあった。信虎としてはもう少し上の位がよかったようだが、信繁としては前世と同じ官位なので、この方がしっくりくると思っている。

 もし前世で同じ時期にやって来た三条公頼が信玄に大膳大夫を与えたように、信繁もその大膳大夫の官位をもらっていたら、自分は『典厩』と名乗れないというのもある。

 『武田典厩信繁』――これこそが信繁にとって最も馴染んだ名なのだ。

 

「父上はかねてから朝廷との繋がりを欲しておられたからな」

「しかし、三条様の用向きは兄上への官位のお達しだけではなかったんですか?」

「そのようなのだがな。三条殿を招いて和歌の会など催したのだが、私の作った歌を三条殿が殊の外お気に入られたのだ」

 

 信繁は前世でも武田家中では文化人としても知られ、学識も高かった。それは母である大井の方による高水準の教育を受けた影響が大きい。

 そして甲斐と言えば京では山奥の田舎侍と言って馬鹿にする者も多いと聞く。

 それが武田家の印象を悪化させてはならないので、武田家も今川家同様、教養のあるところを見せねばならぬということで、和歌の会が催されたのだ。そこで信繁が披露した和歌が、公頼にたいそう気に入られたのである。

 

「そこで縁談を持ちかけられた。どうも義元殿の斡旋もあったようでな。三条殿は私を試されていたのだろう」

 

 信玄と信廉が凍りついたように動きを止めた。

 

(くっ、義元殿……余計なことを!)

(兄上の教養の高さが仇になるなんて……!)

 

 信玄も信廉も内心で理不尽と理解しながらも不満を隠しきれない。

 わかってはいるのだ。信繁はもう元服を迎えてからかなり経つ。武家の常識で考えれば未だに奥方の1人も持っていないというのは遅いくらいである。しかしながら信繁に伴侶ができることは信玄と信廉にはまだ考えられなかった。まあ、偏に2人が未だ兄離れできないことが原因なのだが。

 何とか先に解凍した信玄がぎくしゃくしながら訝しそうに首を傾げている信繁へと尋ねた。

 

「あ、兄上はその、え、縁談をお受けになられる、おおおおつもりですか?」

「迷ってはいるな」

 

 信繁にとって伴侶と言えば、前世で自身の室であった2人の女性。

 正直に言って、彼女たち以外に室を持とうという気にはなれない。しかし武田家の今後を考えると、朝廷との繋がりはやはり欲しい。しかも向こうからのお誘いである。これを無下にすることは朝廷や公家との関係をこじらせかねないし、これを斡旋してくれた今川義元の面子に泥を塗りかねない。

 理屈と感情。

 すでにここは前世とは別の世。誰かと一緒になっても裏切りに当たらないのかもしれないが、それはあくまで理屈。信繁にとっては裏切りではないと断定することを感情が許さない。あくまで割り切るべきなのか。しかしそれでは相手に対して不義になるのではないか。それらの考えの板挟み状態なのであった。

 しかし信玄と信廉にそんなことがわかるわけがない。

 

「そ、そうですか」

「なぜ嬉しそうなのだ?」

「だ、誰も嬉しいなどとは……ただ、兄上。一言意見させて頂くなら、兄上に婚儀はまだ不要かと」

「そ、そうです。兄上もお忙しいわけですし、奥などできてもとんと相手にする時間もなく、不仲になってしまいかねませんし」

「……お前たち。まるで私が男として女子を不幸せにしかできぬような物言いだな」

「「そ、そんなことはありませんよ?」」

「わ〜、完璧に被ったぞ」

「「お黙りなさい!」」

「うう……何でノブタツは邪見にされるの?」

 

 信龍はもう少し空気を読めるようになればいいのだ。だが信玄や信廉より若い――童顔であることも相まって幼いと形容しても違和感はない――のだから、それも難しい話かもしれない。

 ふと信繁は気づく。そう言えば信龍はどう思っているのだろうかと。

 

「信龍はどうだ? この兄に伴侶ができることは早いと思うか?」

「え? う〜ん、ノブタツは……ひいっ!?」

 

 いきなり信龍が体をぴったりと寄せるものだから何事かと思えば……信玄と信廉が何やら物凄い、血走ったと言っても過言ではない目で以って信龍を射抜いている。そのくせ笑顔を浮かべて。しかも同じ顔をした2人が揃ってなのだから、嫌に迫力がある。なまじ綺麗な顔立ちをしているだけに、般若もかくやという雰囲気だ。2人と信龍に挟まれた身としては、ひどく居心地が悪い。

 

「2人とも、何故そのような壮絶な笑みを浮かべる? 妹を脅すとは何事か」

「脅すだなどと人聞きの悪い」

「私たちは兄上のために言っているんです!」

 

 本当だろうなと疑いの目を向けてみると、信玄は真っ直ぐに見返してくるが、やはり信廉はついっと視線を逸らしてしまう。

 そこで溜息を1つ。

 怯えている信龍の頭に手をやり、信玄と信廉に睨みを利かせておきながら再度訊いてみた。

 

「ノブタツは、兄上が決めたことならそれでいいと思う」

 

 信龍には縁談・婚姻などというものは知ってはいてもあまり興味が引かれるものではなかった。彼女自身がまだ10を過ぎたばかりという理由もあるが、何より彼女にとって今一番大事なのは、自分を高めていくことである。目標は高く、目の前にいる兄や姉。この優れた兄姉たちに追いつかなければならない。信玄はよく武田一門として、と言う。だからと言うわけではないが、信龍自身、武田一門として自分はあまりに見劣りする存在だと思ってしまうのだ。まあ、これだけ優れた兄姉と武田家臣団に囲まれているのだ。そう思ってしまうのも致し方ないことか。

 ただ、彼女は兄姉を尊敬するあまり、彼らの考えを全肯定する嫌いもある。それゆえの回答だった。

 信繁が決めたことなら間違いではない。単純と言えば単純だが、その実直で直情なところは長所と言っていいだろう。ある意味、頭で物事を深く考える信繁たちには逆にできないことなのだ。武断派と信龍が称されるのはこういうところに理由があった。

 信繁は信龍の意見に頷く。1つの意見としてしかと受け取ったという意味を込めて。

 まだ軍議に出られない信龍としては、子供だ子供だと信虎に言われる身だからこそ歯痒い思いをしているので、この兄は子供だからと断じずにきちんと意見を聞いて受け入れてくれることが嬉しかった。その嬉しさを、兄の腰に抱きつくと言う愛情表現で以って示す。

 

「……信龍。ちょっとこちらへ」

「ん、何々、信玄の姉上?」

 

 そこでずっと納得がいかないと憮然としていた信玄だったが、ふと何かに気づいたように目を瞬かせ、手招きをして信龍を呼び寄せた。猫のように近寄る信龍に、信玄はその耳に口を寄せて何事かを囁く。

 

「――やっぱり嫌だ!」

「は?」

「兄上! 嫁などもらっちゃ駄目だ!」

「……信玄。何を言った?」

 

 少々きつい目をして信玄を睨む信?。信龍はまだ子供ゆえに流されやすい一面がある。それを利用して信龍の意見を自分好みに捻じ曲げる……策士としてはいいのかもしれないが、人としてどうなのか。仮にも姉であるというのに。

 しかし信玄はあっけらかんとしたものである。

 

「いえ。婚姻などすれば、兄上に構ってもらう時間がより減りますよと言っただけです」

「信玄」

「そう怒らなくてもよいではありませんか。婚姻してから信龍にそんなこと聞いてないだのやっぱり嫌だのと言われるよりよいでしょう?」

「む……けだしその通りかもしれぬが」

「ノブタツは寂しいの嫌だぞ!」

「……ふう、わかったわかった」

 

 さすがは信玄である。口八丁とはこのことか。

 なまじ正論であるゆえ反論しづらい。信龍が婚姻というものを良くわかっていない節があるというのはわかっていた。そんな彼女から意見を聞くというのなら、きちんと前提や事情を教えておかなければならない。そうでないと騙されたと言われかねない。さすがに兄妹で騙されたなどというのは行きすぎかもしれないが、少なくとも信龍が寂しがるのは信繁とて避けたい。先ほど寂しいとはっきりと言っていた信龍である。そう言う可能性は高い。

 そこまで考えてのことなのだろうか。そう考えると、それを傍から見ていた信廉はこの姉の思考と口八丁が少々恐ろしくなってくる。

 まあ、信繁がそれで婚姻について考え直してくれるとなれば万歳するというのが信廉の本音でもあるのだが。

 

「信廉は反対ということでよいのか?」

「は、反対と言いますか……私は兄上には本当に好きな方と一緒になって頂きたいと言うか……」

「……そうか」

 

 この戦国乱世の世で大きな家の人間が好きな人間と添い遂げる可能性は低い。政略結婚などあからさまに行われるのだから。今回のこととてまさに政略結婚だ。それ以外の何物でもない。

 しかしわかっていてもそう願いたい。これもまた、信廉の偽らざる本音であった。

 そして信繁も信廉の気持ちを察し、小さな笑みを浮かべる。

 

「信玄は?」

「反対です」

 

 対してこの気持ちいいくらいの反対。信廉は本当にこの姉を尊敬する。

 

「そこまで断言するのならば理由も明確なのか?」

「私が寂しいからです」

「……武田宗家の者としてそれでよいのか?」

「……兄上……」

 

 信玄の声の調子が落ちる。顔も俯き加減で、前髪のせいで目元が隠れてしまっている。

 信繁も信廉も信龍も、信玄がよもや泣いているのではと思って少し真面目に心配したのだが……次の瞬間、信玄は顔を上げて身を乗り出し、信繁の襟元を掴み――!

 

「兄上はどうして私にだけ冷たいのですか!? 信廉と信龍も同じような答えでしたでしょうに! 何故いつも私だけ!」

 

 怒鳴った。

 

「ああ、わ、悪気はないのだ! どうしてもお前が『兄上』と重なって……いや、すまぬ。何でもない」

「また『兄上』と……私は女子です! 兄上の妹です! いい加減にしてください! 兄上こそふざけが過ぎます!」

「す、すまなんだ! おい、信廉、信龍。何とか言うてくれ!」

「今のは兄上が悪いかと」

「うん。兄上が悪い」

 

 さすがに助けの余地がない。信廉も信龍もうんうんと頷きながら拒否する。

 援護を頼んだ信繁自身、ああまたやってしまったと自業自得であることを自覚しているのだから当然のことであろう。

 

「かくなる上は兄上! 今宵は閨を共にするのです!」

「なに!?」

「ええ!?」

「はえ!?」

 

 信玄が壊れた。

 珍しいが初めてではない。何というか、信玄はたまにこうなる。おそらくは考え過ぎたり心労が溜まったりして一気に爆発するとこうなるのだと信廉は推測しているが。

 とは言え、今回はそれを放置するわけにもいかない。聞き捨てならない。

 

「閨を共にすれば兄上も私がれっきとした女子であることを理解せずにはいられないでしょう!」

「寝所で何をするつもりですか、姉上!?」

「ずるいぞ! ノブタツも一緒に寝る!」

「そうじゃないでしょう、信龍!」

「……この歳でもう寝所を共にするのは如何なものかと思うのだがな」

「武田信玄の命が聞けないと申すのですか、兄上!」

「はっ。失礼しました。拝命いたし――」

「拝命してどうするんですか、兄上!」

「はっ!? しまった……武田信玄の命だと言われるとどうも前世の癖で」

「ふふ。拝命と、しかと聞きましたよ。信龍も聞きましたね?」

「うん!」

「信廉は1人でよろしいのでしょうか?」

「ああもう! 私も一緒に寝ます!」

「信廉!?」

「嫌なんですか、兄上!?」

「いえ、異論ありません」

 

 武田の副将。

 その副将としての在り方は、ときに厄介である。

 それを、身を以って痛感した信繁であった。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 

 

【後書き】

 ちょっとはっちゃけ過ぎたかと思いつつもそのままやってみました。こういうテンポでやるときは時間を置くと変になりかねないので、ほぼ一気に書き上げました。当初は時間を置いて少しずつ執筆していたので、何か繋がりとかテンポが狂ってやり直しが続いてしまい、前回と間が空いてしまいました。

 

 信玄と信廉の喋り方、共に丁寧なのでどうやって差をつけるかが考えものなんですよね。信玄は2をベースにしてますので、基本的に威厳があって少し強い感じに、信廉は当然3がベースなので穏やかな感じを出すのに苦労しました。あと1つ簡単な聞き分け方としては、3で颯馬が指摘していた『の』と『ん』なんですよね。ちと気をつけて書いてましたが、信玄のつもりが信廉に、信廉のつもりが信玄になってないか……推敲はしてますから大丈夫だ思うんですけど。

 

 三条公頼がやってくるのは史実と同じで、今川義元の斡旋があったことも史実通りです。位に関してはやはり信繁には大膳大夫より左馬助、つまり『典厩』でないとなあという私の嗜好が大半の理由です。すいません!(苦笑)

 嫁に関してはどうするかなあと思ってます。いても面白そうだし、いなくてもそれはそれで面白そう。ただシリアス面から考えるとそんな理由だけで決められるわけがないと悩まずにいられず、でして。

 信繁に教養があったのは彼が作成した『九九ヶ条の家訓』の中で中国の書物から引用したと見られる文章があったなどで事実とされており、信廉が文化人であることもまた知られています。信龍が武断派であることも史実に倣っています。このままでいくと信廉と信龍は3の毛利隆元と吉川元春みたいな感じになるなあと思ってます。なにぶん私が毛利家の関係が好きだなあと思っているのが表れてきているのか? でも実際、特に信廉と隆元は立場的にも似てるものがあるからなあと言い訳したり。(笑)

 

 それでは今回はこれにて失礼いたします。

 

説明
戦極甲州物語の6話目です。今回はちょっとシリアスを抜きにした軽めの話……のつもりです。
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コメント
兄妹、仲の宜しい事で…羨ましい様な…羨ましくないような…(笑)(トーヤ)
更新乙です。こっちでも変わらず追っかけさせて頂きます。兄妹団欒で実に微笑ましい回でした。(Leon)
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