インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#39
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[side:簪]

 

「箒、まだ躊躇ってるの?」

 

「し、しかた無いだろう。」

 

更衣室でなかなかに着替えようとしない、往生際の悪いルームメイトに私はため息をついた。

 

「そんなんじゃ織斑くん、他の人に取られちゃうんじゃないの?」

 

「うっ………」ぐさり。

 

「オルコットさんとか、」

 

「ぐ…」ぐさり。

 

「鳳さんとか、」

 

「うぅ…」ぐさり。

 

「デュノアさんとか、ボーデヴィッヒさんとか、」

 

「うぅぅ……うあぁ……」ぐさり、ぐさり。

 

だんだんと箒が衝撃を受けたようにのけぞり、うずくまり、最後には床に手をついて打ちひしがれていた。

 

見事な[orz]状態。

 

そのうち床に縦線が生えてきそうなくらいに。

 

 

「ほら、箒はスタイルいいんだし。」

 

「うぅぅ………」

 

「一か月、同じ部屋だったんでしょ?大丈夫だって、自信を持ってよ。」

 

「うう、だが……」

 

「だったら見せ慣れてる学校指定のヤツにすればいいんじゃないの?」

 

個人的にはあの胸の大きさであの水着は逆に破壊力が高いような気もするけど。

 

「持ってきてるんでしょ?」

 

「ま、まあ……一応………」

 

「だったら、ほら。着替えなよ。」

 

 

 

それから数分かけて箒を着換えさせて海に出る。

 

「あー、かんちゃん、しののん。」

 

「あ、本音。」

 

「布仏か。」

 

ちょうどそこに本音が居た。

 

本音の水着は…『水着?』と疑問になるキツネのきぐるみパジャマっぽい感じ。

 

「かんちゃんは、水着新しいやつだね〜。」

 

「うん。」

 

実は、そうだったりする。

私が今着てるのは競泳水着っぽいデザインの、黒に水色のラインが入った水着。

 

ビキニもいいんだけど、姉さんや箒みたいにスタイルが良くないと似合わないから妥協の結果こうなったんだけど……まあこれはコレで良いかなと思ってる。

 

「で、なんでしののんはスクール水着なの〜?」

 

「そ、それはだな……」

 

「白いビキニを用意したはいいんだけど、見せるのが恥ずかしいんだって。『誰に』はあえて言わないけど。」

 

「あ〜、おりむーなら向こうに居るよ〜。」

 

本音が指さす方向では織斑くんがボーデヴィッヒさんとデュノアさんの二人とチームを組んで、一組の人とビーチバレーを楽しんでいた。

 

あ、ボーデヴィッヒさんの顔面にボールが直撃して……織斑くんが顔を覗き込んで―――あ、逃げ出した。

 

 

「ほら、箒。選手交代が必要みたいだよ。」

 

「お、おい!簪。お、押すな。」

 

ぐいぐいと押してコートのそばまで押しやる。

 

「織斑くん織斑くん。選手の交代は要る?」

 

「お、簪さん――」

 

私が織斑くんに声をかけた途端に私の背後に隠れようとする箒。

 

もう、私よりもいろんな意味で大きいんだから、隠れられるわけ無いでしょ。

 

 

「――と、箒か?」

 

びくっ、と私の背後で箒が大きく身をすくめた。

 

やれやれ、と私はなんとか箒を振りほどいて織斑くんの眼前に立たせる。

 

「箒ったら、せっかく新しい水着があるのに見せるのが恥ずかしいからってスクール水着なんだよ?」

 

((大・暴・露|いっちゃった♪))。

 

「かかかか、簪ッ!」

 

「へー、箒も新しい水着買ったのか。どんな奴なんだ?」

 

「……………」

「白いビキニ、だってさ。」

 

箒は黙ってるから私が代わりに全部バラす。

 

 

「織斑くん、見てみたいと思わない?」

 

「まあ、箒が嫌なら諦めるがな。」

 

ふむ、つまり『見たい』ということね。

 

「箒ってスタイルいいから、ビキニが本当によく似合うと思うんだけどどう?」

 

「うーん、確かに……」

 

織斑くんが箒をちらりと眺めてからそういった。

 

その視線が恥ずかしいのか胸とかを隠そうとする箒。

けどね……それって余計に強調しちゃうから。

 

「確かに、デザインとかは見てみないとわからないけど、きっと似合うと思うぞ?店員も似合わないと思ったら勧めないだろうし。」

 

「っ!」

 

見てわかるくらいに箒が赤くなってゆく。つま先から。

 

そしてそれが頭のてっぺんまで到着したとき、熱暴走を起こしたのか箒は海へと走って行った。

 

そのまま海に入り、泳ぎ始めるとあっという間に見えなくなってしまう。

 

「おーい、準備運動はちゃんとしろよー!」

 

「………そういう問題なのかな。」

 

私としてはなんで箒が逃げたのかを問うべきなんじゃないかなと思うんだけど。

 

「みんな楽しんでるね。」

 

「あ、空く――千凪先生。」

 

突如として出現した空くんは七分丈くらいのズボンに半そでTシャツの上に袖無しパーカーを羽織った格好。

 

「さっき、ものすごい勢いで誰かがすっ飛んで行ったけど…あれは?」

 

「えっと、箒が織斑くんに――」

「大体わかった。とりあえず一夏を絞めればいいんだね?」

 

「ちょ、空!?」

 

 

「千凪せんせーい!先生もビーチバーレーやりますかー?」

 

「見回り中だから、あとでね。」

 

そさくさとその場を離れようとした空くん。だけど……

 

「なんだ、まだそんな格好をしているのか。」

 

「あ、ちふ――織斑先せ………」

 

織斑くんが声に反応して、それに合わせて私たちも織斑先生の声がした方向に向こうとして…思わず、固まった。

 

そこにいた織斑先生はいつものスーツ姿じゃなくて黒い水着姿だった。

鍛えられたスタイル抜群の((肢体|からだ))を惜しげもなく陽光に晒している。

 

「ん? なんだ。なにかおかしいか?」

 

「い、いえ…」

 

同性だけど、思わず見惚れそうになった。

 

「まあ、いい。それよりも千凪だ。」

 

がっし、と襟を掴まれて逃げられない空くんはなんとか逃げようともがいている。

なんだか普段教卓についてる時の凛々しい姿からは想像できない、悪戯がバレて逃げようとしてる子供みたいな姿。

 

「せっかく水着を用意したんだろう。教職員も多少はゆっくりする時間がある。少しは楽しめ。」

 

にやり、と笑う織斑先生。

 

「こいつはお前らにくれてやる。好きにしろ。ああ、安心しろ。千凪先生は日頃の仕事量の多さゆえに午後は緊急事態が無い限り仕事が無いように調整してあるからな。」

 

まあ、確かに。

授業やって、書類仕事やって、一年寮の副寮監やって、他学年含む((生徒指導|おせっきょう))やって、相談乗って、整備まで見て、箒の特訓やって…と盛りだくさんだよね。

 

ぽい、と私たちに空くんの身柄が引き渡される。

 

うん、これはやるしかないよね。

 

「えっと………二人とも、怖いんだけど………?」

 

がっし、と腕を掴んだ私とデュノアさん。

 

「織斑先生。千凪先生の水着ってどこにあります?」

 

「ああ、同室が山田先生だから、そちらに訊くといい。山田先生の部屋は私の部屋の隣だから織斑に訊けばわかるだろう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「おーい、一夏。行くよー!」

 

デュノアさんが織斑くんを呼びつける。

 

「い、一夏っ、この二人を止めて!」

 

「………………すまん。」

 

織斑くんは空くんの助けを求める声に対して合掌した。

 

「誰かっ、誰か、助けてっ!」

 

空くんの声はただ七月の青い海と大空にむなしく響き渡るのであった。

 

さーて、お着換えターイム。

 

 * * *

[side:   ]

 

そのあと、結局空は出てこなかった。

 

一夏があとで聞いたところ、山田先生に水着を出してもらった時に逃げられてしまったとか。

 

その為、簪はしばらく不機嫌だった。

 

機嫌が直ったのは夕飯になってからだったのだが、その夕飯で今度はシャルと箒の機嫌がやや悪くなる事件があった。

 

足がしびれてマトモに食事の進まないセシリアに一夏が食べさせてあげようとしたのだ。

 

その結果騒ぎになり、千冬の一喝を貰う羽目になったが。

 

 

そして不機嫌になったセシリアの機嫌取りに一夏は部屋へ誘った。

そして、一夏が意図しない方向性で理解(正しくは誤解)したセシリアは半興奮状態で箸を進めるのであった。

 

 

―――と、言うのが時間を数時間ほどさかのぼった話。

 

先ほどまで千冬とセシリアの二人にマッサージを施し、千冬によって追いだされた一夏が二度目の風呂を満喫して脱衣所から出てきた時、

 

「やっほー、いっくん。はろはろー、元気してたかな?」

 

背後からがばっ、と抱きつかれた。

 

「た、束さん!?」

 

一夏にとっては行方不明のハズのIS開発の立役者、天才にして天災、姉の友人(?)、幼馴染の姉であり義姉である篠ノ之束が、何故かそこにいた。

 

まあ、『どうせ束さんだから』で大体の事は納得できてしまうので一夏は突っ込む気も大分失せているが。

 

「そーだよー。あー、いっくん随分と鍛えたみたいだね。かっちかちだよ。」

 

ぺちぺちさすさすと腕やら首やら背中やらを叩いたりさすったりする束に一夏は困惑せざるを得ない。

 

何故か。

 

それは束の腕は相変わらず一夏をホールドしているからである。

 

『一体腕が何本有るんだ?』

それが今の一夏の脳裏を埋め尽くす疑問である。

 

「んふふ〜。槇篠技研謹製、本物そっくりな義肢の発展版なサブアームだよ。」

 

そう言われて、確かに空も使っていた義肢は本物そっくりだったな…と思い返す一夏。

 

「で、今日は何しに来たんです?」

 

「んーとね、箒ちゃんと舞梅の様子見。あとはくーちゃんとお話ししに、かな。」

 

「…くーちゃん?」

 

「そうだよ。――おっと、見つかったら捕まってちーちゃんに絞められちゃうだろうから束さんは逃げるよ。」

 

バイバーイ、と走り去ってゆく束。

 

一夏はただ呆然と見送る事しかできなかった。

 

 

「い、一夏ッ!」

 

と、束の立ち去って行った反対側の廊下のつきあたりの角を曲がって来た空。

 

「どうしたんだ、そんなに慌てて。」

 

「篠ノ之博士、イイ歳してエプロンドレスにウサミミカチューシャっていうイタい格好の女の人、見なかった?」

 

「それならあっちいったぞ?」

 

「ありがと!」

 

そのまま走り去って行き、一夏だけが浴場の入り口前に取り残される。

 

「………なんだったんだ?」

 

取り合えず千冬に報告する事だけは確定として、一夏は部屋に戻る事にしたのであった。

 

数刻後、なんとも痛々しい天災兎の((断末魔|ひめい))が響き渡る事になるのだが、この時点でそれを予測できていたのは一夏のみである。

 

「うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

説明
#39:オーシャンズ・イレブン!(後篇)
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