魔法少女リリカルなのは〜生まれ墜ちるは悪魔の子〜 八話
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 温泉事件からさらに数日が過ぎた。

 

 部屋が夕焼で紅く染められている中でアルフは何かを頬張っていた。

 

「う?ん、やっぱこっちの世界の食事も悪くないね?♪」

 

 アルフの前のテーブルにはドッグフード類が散乱している。

 

「さってと、ウチのお姫様はっと……」

 

 ドッグフードを片手に別の部屋へと移動すると、そこはベッドルームだった。

 

 ベッドの上にはバリアジャケットのまま眠っているフェイトの姿があった。ベッド横の卓上には食べ残された食事があった。

 

「あらら……また食べてない……ダメだよフェイト。ちゃんと食べないと」

 

 アルフは心配そうに言うが、フェイトは努めて普段通りに振る舞う。

 

「ちょっとだけ食べたよ」

「そりゃそうだけど……」

 

 明らかに減った量があまりに少ない。

 

「カリフは?」

「また修業に出てる。最近何もできないとかでストレス溜まってたからね?……」

「ふふ……カリフらしいや」

 

 そう言いながら起き上がると、背中のおびただしい傷跡が目に入り、アルフは悲痛に表情を歪ませる。

 

「……フェイト……大丈夫かい?」

「うん……これくらいへっちゃらだよ」

「でもさ、カリフの言う通りフェイトは働き過ぎだよ……」

「大丈夫だよ。私強いから……」

 

 フェイトの笑顔にアルフはなんだか切なくなるが、頑張るフェイトを絶対に守るという決意をより一層強固の物にさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジュエルシードの効果?』

「あぁ、知っている範囲で構わん」

 

 フェイトとアルフが話している同時刻、カリフとプレシアは電話でやり取りしていた。

 

『そういったところには不干渉でいくはずよ? どういう風の吹きまわし?』

「なに、少し気になったことがあってな。約束と義理は必ず果たす」

 

 そう言うと、電話先から数秒の沈黙があったが、プレシアは少しずつ話す。

 

『ジュエルシードは本来、使用者の願いを叶える物よ』

「願い?」

『そう。だけど、その結晶体自体のエネルギーが大きすぎるが故に願いを必要以上に叶えてしまう不完全な物』

「ほう……では質問を変えるが、もし、魔力の無い者がそいつの魔力を吸ってしまった場合は何が起こるんだ?」

『そうね……そもそもそんな前例はないけれど、多分、リンカーコアの無い体には馴染めずに勝手に排出、もしくは自然消滅が関の山ね』

「……なるほど……分かった」

 

 どうやら、あの時に感じた未知なる感覚は体内に入った魔力……だが、その魔力も消えたというならば未だに引っ込まないこの尻尾はジュエルシードの願いという可能性もあるのか……

 

『そうそう……最近の人形の様子はどう?』

「人形……フェイトか」

『えぇ……ジュエルシードは集まっているのかしら?』

 

 フェイトを人形呼ばわりするプレシアにカリフは首を傾げ、プレシアのフェイトに対する評価を思い出した。

 

「フェイトを人形とは……趣味が良いのだな」

『そんなことはどうでもいいのよ。それで、どうなの?』

「……オレからしたらやりすぎる部分はある。まあ一応集まってきてはいる」

 

 正直、カリフにとってフェイトたちの一家事情は眼中にない。

 

 自分は返された恩の分だけ恩を返すだけ。そんなメンドくさいことに首を突っ込んではいられないというのが本音である。

 

『そう……それなら良いのよ』

「そんなに不安ならお前が直接探せ」『そうしたいのは山々だけど、こっちはこっちでやらなくちゃいけないのよ。絶対に計画は成功させるために』

 

 プレシアの明らかに疲労を我慢している声にカリフは溜息を吐く。

 

「お前等は正真正銘の親子だな」

 

 この何気ない一言はプレシアの心を揺さぶった。

 

『……それはどういう意味かしら?』

 

 声のトーンが落ち、明らかに怒りを灯している。だが、そんなのはお構いなしにカリフは続ける。

 

「? なぜ怒っている?」

『いいから答えなさい。私とフェイトがなぜ似ているのか……』

 

 カリフはプレシアの怒りが理解できなかったが、とりあえず思ったことを言ってみる。

 

「オレから見てお前等親子は頑固なんだよ」

『……私とフェイトが?』

「あぁ、お前等は何かしらの目的のためなら自分のことも厭わないところがよく似ていると思った」

『そう……でも、それだけでは本当の親子とは言えないんじゃない? 親と子でも似てない者同士もいるのよ?』

「それならお前とフェイトとの関係にも言えることだ。お前達が親子では無いという確証もない」

 

 つまり、親と子は似ることもあるし、似てないこともあり得る。

 

 常識に縛られないカリフの行き着く答えにプレシアは何も言えなくなる。

 

「つまり、親と子との関係なんてよく分からないってわけだ」

『じゃあもし、姿形は理想の形でも思考や人格が理想のとは程遠い子供ができたとする。その時、あなたはその子の親だと思うことができるのかしら?』

 

 プレシアの突然の質問に少し頭を捻って1秒足らずで答えた。

 

「知らん」

『え?』

「オレは親になったことはないから知らん」

 

 それも当然か……プレシアはカリフの答えにそう思っていたが……

 

「だが……」

『?』

「理想に叶わなかった子供が生まれてもそれは問題ではない」

『……どうしてそう思うのかしら?』

 

 珍しくプレシアが不思議そうに聞いてきた。

 

 まるで、その答えが自分と違っているかのように……

 

「願望なんてそう叶う物ではない、子供はそいつの虚像とは完全に別人なのだからな」

『別……人』

「そうだ。自分の虚像とその子供がどれだけ似てようが似てまいが、その子供はそいつの虚像ではない、確立した別の存在なのだからな……」

 

 いくら理想を描いても生まれてくる子供はそれにそぐわないかもしれない。

 

 そして、どれだけその子供に理想を押し付けても、その子供の存在は変わらない、虚像とは別の存在である。

 

 つまり、いくら他人のまねをしようともその人にはなれないのと同義である。

 

『……』

 

 その結果に行き着いたプレシアは何も言えなくなってしまう。

 

「話は以上だ」

『え、えぇ……分かったわ』

 

 カリフは電話を切り、すぐにフェイトの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトと私が親子……ね……」

 

 一方で、カリフと話していたプレシアはカリフから言われた話を反芻させる。

 

「……フェイトはフェイト……それ以外の何者でもないし、なれもしない……」

 

 今、プレシアが何を考え、何を思っているのかは誰にも分からない。

 

「……あなたが生きていたら私と同じこと言うのかしら……」

 

 故に、今のプレシアがこの先どうなっていくのかも分からない。

 

「ねぇ……アリシア……」

 

 なぜなら人というのは脆く……

 

「それなら私はどうしたらいいの?……何にすがって生きていけばいいのよ……」

 

 簡単に変わってしまうのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな人ごみの中にもあるのだな……ジュエルシードってのは」

「うん、それで見つけにくいから今から辺りに魔力流を撃ちこんで強制的に発動させるの」

「それなら分かりやすくていい」

 

 実際は結構物騒な計画なのに、カリフは面白そうに促してくるから二人は苦笑する。

 

「じゃあアタシがやるよ」

「大丈夫? 広域魔法は凄く疲れるよ?」

「アタシを誰の使い魔だと? 任せて」

「そう言うならお願い」

「文字通りの忠犬だな」

「うっさい。あと、犬って言うな!」

 

 文句を言いながらも魔法陣を展開させ、辺りに雷が落ちる。

 

「フェイト……」

「うん、あの子も来てる」

 

 カリフの言わんとしていることが分かっていたかのようにバルディッシュを構えていた。

 

「あの子は私が……」

「……毎回思うんだが、オレがいる意味はあるのか?」

 

 どうせ、またなのははフェイトが、ユーノはアルフが相手にするだろうと予測できていたカリフはそう言って溜息を吐く。

 

 それに対してフェイトはクスっと笑って答える。

 

「何かあってもカリフが後ろにいてくれるから私たちも安心できるんだよ?」

「ふ?ん」

 

 それでも納得できてなさそうなカリフに笑みが零れるも、なのはの姿を捉えるとすぐに気持ちを切り替えて構える。

 

 そして、互いにジュエルシードの封印にかかる。

 

「リリカルマジカル!!」

「ジュエルシード、シリアル14!!」

「「封印!」」

 

 金と桃色の閃光がジュエルシードを挟み合うように激突し、ジュエルシードを抑えた。

 

 そして、辺りは静寂に包まれる。

 

 ジュエルシードは沈黙し、なのははジュエルシードの前に立つ。

 

「行ってくる」

 

 フェイトはそのままジュエルシードの元へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトちゃん……」

 

 私は知りたい……フェイトちゃんのことを……

 

(なんで、そんなに寂しい目をしてるのかを……)

 

「やった! 早く確保を!!」

「そうはさせるかい!」

 

 やって来たユーノがなのはを促すが、上空から狼のアルフがなのはに襲いかかる。

 

 ユーノはバリアでアルフの猛攻を防ぐ。

 

 アルフは弾かれるが、体制を保って双眼で二人を捉える。

 

 そして、目の前にフェイトも現れる。

 

「この間は自己紹介出来なかっけど、私はなのは……高町なのは! 私立聖祥大付属小学校三年生!」

[サイスフォーム]

 

 フェイトはなのはの気持ちをあざ笑うかのようにフェイトはバルディッシュを鎌状にさせて斬りかかる。だが、なのはも飛翔することでそれを避ける。

 

 戦いの勢いは増していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……やはりそうか……」

 

 またも遠目で傍観に撤していたカリフは素直に関心した。

 

 その対称はフェイトではなく、高町なのはだった。

 

「温泉の時よりも動きが段違いに上がっている。しかも初めてフェイトに防御させたか」

 

 前々から思っていたことがカリフの中でほぼ確信な物へと変わった。

 

「高町なのは……奴も戦いの中に生きる人間……か……」

 

 フェイト以外にもあの年であそこまで闘える奴がいたとは……

 

「本当にこの世界は面白い……今回は感謝するぞ、孫悟空」

 

 この時ばかりは第二の人生を与えてくれた張本人に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとフェイトの戦いは次第に激しさを増していく。

 

 互いに火花を散らせ、互いの信念をぶつけ合う。

 

「フェイトちゃん!!」

「!」

 

 突然のなのはの声にフェイトは目を見開く。

 

 なのはは確かなる決意を以てフェイトに言葉を紡ぐ。

 

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ変わらないって言ってたけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないことだってあるよ!」

 

 初めて、フェイトの瞳が揺らいだ。

 

「ぶつかり合ったり、競い合ったりすることは仕方ないのかもしれないけど……何も分からないままぶつかり合うのは嫌だ!!」

 

 なのはは叫ぶ。目の前の少女のことを知りたいがために。

 

「私がジュエルシードを集めるのはユーノくんのため、そしてジュエルシードで街の人や大切な人が傷つくのを見たくないから!!」

「……」

「これが……私の理由!!」

 

 なのはは叫んだ。目の前の少女に自分のことを知ってもらいたいがために。

 

 フェイトは揺れた。

 

 目の前の少女の素直な気持ちに触れて……

 

 自分の気持ちも知ってもらいたいと思って……

 

「私は……」

 

 思いの丈を口にする。

 

 その時だった……

 

「フェイト!! 答えなくていい!!」

「!!」

 

 アルフの叫びが場を揺るがせた。

 

「優しい人の達の元でヌクヌクと甘ったれて過ごして来たガキンチョなんかに何も教えなくていい!!」

 

 その言葉になのはは驚き、フェイトは自分を律する。

 

「私たちが今やることは……!」

 

 アルフが言い終わる前にフェイトが動き、後からなのはもフェイトを追う。

 

 二人の向かう先はジュエルシード。先に捕獲した者が勝利となる。

 

 そして、二人がジュエルシードにデバイスを突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠目で一部始終を見ていたカリフは少し驚いた。

 

 突然、別の強い力の波長を感じたからである。

 

「これは驚いた……この前のとは段違いだ」

 

 更なる好奇心を抱いたカリフは傍観を止めてジュエルシードの傍にまで行くためにその場からピシュンと音を立てて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く……」

「あぁ!」

 

 フェイトとなのはのデバイスにヒビが入り、ジュエルシードの光に弾き飛ばされる。

 

 フェイトはなんとか立て直し、なのはは地面に叩きつけられたが、バリアジャケットもあるため大丈夫だろう。

 

「バルディッシュ……」

 

 ヒビ割れたバルディッシュに謝罪しながら手の甲の三角の宝石にバルディッシュをしまう。

 

 そして、前方に浮遊するジュエルシードに向かい、その手に掴む。

 

「フェイト! ダメだ危ない!!」

 

 アルフも傍から見たジュエルシードの危険性に気付くが、それでもフェイトは止まらない。

 

 ジュエルシードは対抗するかのように魔力を爆発させる。

 

「止まれ……」

 

 座り込み、魔法陣を展開させてジュエルシードを抑えこもうとする。

 

「止まれ……止まれ……!」

 

 フェイトの手から鮮血が飛び散る。

 

 フェイトの体力も消耗していく。

 

 酷い激痛に耐え、ジュエルシードの眠りの時をただひたすら待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと離せこのアホが!!」

「え?」

 

 突然、怒鳴り声が聞こえたと思ったら何かがフェイトの手を無理矢理こじ開けて距離を置く。

 

 何がなんだか分からないといったフェイトだったが、すぐに疑問は氷解した。

 

 なぜなら、自分はカリフに抱えられていたのだから。

 

「カリフ……なにを……」

 

 フェイトはどうしてそんな行動を取ったのか分からない様子だったが……

 

「……」

 

 有無を言わせないような表情のカリフにフェイトたちは何も言えなくなってしまった。

 

「アルフぅ!!」

「は、はい!?」

「こいつ退かせろ!! ぜってー動かすんじゃねーぞぉ!!」

「ワオン!!」

 

 アルフとフェイトは初めて見るカリフの剣幕に呆然となり……

 

「なのはぁ!!……とか言う奴とネズミぃ!!」

「「ひゃい!!」」

「……余計なことしたら……分かるか?」

「「イエッサー!!」」

 

 同い年の少年とは思えぬ気迫になぜか敬礼した。

 

 本人の意志を確認した所でカリフは未だに暴走するジュエルシードをまるで獣のような目で射抜く。

 

「……いつまでも調子に乗ってんじゃねーぞ……」

 

 カリフはジュエルシードの元へと足を進めていく。

 

「カリフ!! ダメ!!」

「カリフくん!!」

 

 フェイトとなのははカリフを止めようと叫ぶ。

 

 だが、それでもカリフは進む。

 

「なにやってるんだい!! これ以上進めばタダじゃ済まないよ!!」

「止めるんだ! 君がそれほどの魔力にあてられたら最悪死ぬかもしれない!!」

 

 アルフとユーノも必死にカリフを呼び止める。

 

 だが、本人にはその声が聞こえていなかった。

 

(この……不良品がぁ!)

 

 内心ではカリフの怒りは最高潮に達していた。

 

 その理由はフェイトの手の傷。

 

 カリフは自分を住まわせるフェイトを守るという誓約を決めていた。

 

 居候が終われば、その誓約もこっちから切るつもりだが、今は違う。

 

 カリフのルール……仁義

 

 要はフェイトには恩を返すことを自分の中でルールとして決めていた。

 

 そうでないと、何かに屈した気になるから……何かに敗北した気になるから……

 

 だからこそ、相手が打ち切るかしないかぎり約束を放棄することは彼の中の禁忌(タブー)となっている。

 

 だが、その約束を自分で破ってしまった。今回も大丈夫だという慢心から起こった事故。

 

 当然、彼の怒りはそんな自分とその最たる原因のジュエルシードに向けられた。

 

 とてつもない魔力の奔流を叩きつけられても歩を止めることはない。

 

「そんな……あんな所を魔力も無い彼が進めるなんて……」

 

 例えるなら激流の滝を泳いで昇るのと同義。

 

 そうとしか例えられない。

 

 それだけ過酷な場所を何の苦も無く歩みを止めないカリフに驚きは尽きない。

 

 そして、カリフはジュエルシードの前に辿り着いた。

 

「力をふりかざす奴を黙らせるには……」

 

 右手にありったけの気を込めて……

 

「力で潰す!」

 

 ジュエルシードを握った。

 

「「「「!!」」」」

 

 四人はその無謀な行為に衝撃を受ける。

 

 その行為がどれほど危険かはフェイトで実証済みだというのに。

 

 四人はカリフを助けるために構えた。

 

「そろそろ……」

 

 光と魔力が強まるジュエルシードを握る手に更なる力を込めて……

 

「黙れ」

 

 気を叩きこんだ。

 

 すると、ジュエルシードの光は急に収まった。

 

「「「「……え?」」」」

 

 四人の驚愕がシンクロした。

 

 周りの驚きなんて知らないカリフは手を開け、動かなくなったジュエルシードを手で弄ぶ。

 

 そして、一言

 

「帰るぞ」

 

 それだけ言うと、カリフは一人で跳躍し、夜のビルを駆けて去っていった。

 

「「……」」

 

 なのはとユーノはさっきまでの超現象に身動きが取れなくなり……

 

「……あ、待ってカリフ!!」

「ちょっ……待ってよ?フェイト?」

 

 我に帰ったフェイトとアルフは慌ててカリフの後を追いかけた。

 

 大きな疑念を抱きながらも今日の夜は明けていく。

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