IS(インフィニット・ストラトス)―皇軍兵士よ気高くあれ― |
第00話 蒼穹に散る命
1945年8月13日―某海域上空―
雲一つ見当たらない、澄み渡るような色をした蒼穹がどこまでも広がっている。
だが、本来なら波の音や海鳥の鳴き声しか聞こえてこないようなその場所は、今や数多くのレシプロ戦闘機が跋扈する戦場と化していた。
片や翼に星のエンブレムを掲げる漆黒のレシプロ戦闘機、F6Fヘルキャット。
片や翼に赤い日の丸を頂く深緑のレシプロ戦闘機、零式艦上戦闘機。
それら日米を代表する主力戦闘機が蒼天の世界を上へ下へ、右へ左へ縦横無尽に飛び回り、各機が標的と定めた機体を追い回す。
ある者は回避も虚しく撃墜され、またある者は逆に背後を取って返り討ちにする。殺し、殺され、殺され、殺す。ただひたすらそれだけが繰り返され、蒼穹の空は敗者となったヘルキャットや零戦の黒煙による歪な花火で彩られていく。
そうして、多くの人間が己の愛機とともに蒼穹の空へと散華していった。
なれど、空にどれだけ人命を媒介とした黒花火が咲こうと、この場にいる人間は誰一人として戦闘を停止しようなどとは思はない。
むしろその逆、まるで“一機でも多くの敵を葬ることこそ、散っていった仲間に対する最大の手向け”とでも言うように、彼らは己の持てる全てを尽くして猛攻を続けていた。
無論彼らとて人間、死への恐怖は当然あるし、なろうことならこんなところで死にたくなどないと思っている者も大勢いるはずだ。
それでも、彼らは引かない。彼らには彼らなりの正義や信念というものがあるから。
ある者は祖国に勝利を捧げるため
ある者は祖国の家族や恋人の元に帰るため
ある者は亡国の道を行く祖国を救うため
ある者は家族や恋人を侵略者から守るため
一人一人、その身に抱く正義や信念、そして戦う理由に差異はあれど、彼らは己の信ずるものの為に戦っている。
故に彼らは止まらない。ヘルキャットか、零戦か、どちらか全てが藻屑と成り果てるその時までは。
(もっとも、その戦いもそろそろ終わりに近づいているようだがな)
翼をもがれたヘルキャットが地上に墜落していくのを横目に見ながら、帝国海軍『特務零戦隊』の桐島春樹は心中でそう呟く。
元々、日米両陣営の戦力差は歴然だった。だが、エースパイロットばかりで構成された『特務零戦隊』は絶望的なまでの機体数の差を己の技量一つで補い、果敢に敵編隊に飛び込んで多くのヘルキャットを撃墜してきた。
その甲斐あって、零戦隊は最小限の被害で数や機体性能で勝っていたヘルキャットと互角以上に戦えたのである。
だが、いくら零戦隊のパイロットの技量が優れていようと、大国アメリカが誇る“数の暴力”を前にしてはさすがに限界がある。
何せ資源の枯渇と度重なる敗戦のせいで機体と搭乗員の数が不足している帝国海軍航空隊とは違い、物資も搭乗員も潤沢なアメリカ海軍航空隊は落とせど落とせどヘルキャットの“おかわり”が投入される。それはじり貧にもなるというものだ。
「ツイヨン(四機撃墜)。……………クソッタレ、いくらなんでも多すぎる」
新たに一機、春樹の放った機銃弾の餌食となったヘルキャットが墜落していくのを確認しながら、春樹は苛立ち混じりに呟いた。
彼の言葉通り、現在ヘルキャットの数は当初の倍以上に膨れ上がっている。それに引き換え、零戦隊で生き残っているのは自分も含めて僅か10機にも満たない。それさえも時間の経過とともに一機また一機と数を減らしていく始末だ。
これで基地に残されている部隊が増援として派遣されてきたならまた話は違ってきただろうが、前述したように今の帝国海軍にそんな余力は残されていない。最早全滅は時間の問題だった。
だが―――――――
「―――まぁいい。ここでの最優先目的は既に達成されたからな」
そう誰に言うでもなく呟き、今度は不適な笑みを浮かべる。
彼らがこの場で戦闘を行っている理由、それは別動隊が目標であるアメリカの艦隊にたどり着く為の囮、言ってみれば陽動だった。
その別動隊というのは、今や知らぬ者などいない、言わずと知れた特攻隊。それも絶大な破壊力を秘めた人間爆弾『桜花』を駆る桜花特別攻撃部隊だ。
(事が順当に進んだなら、今頃は桜花を搭載した一式陸攻が敵艦隊のいる海域にたどり着いたところだろうな。今回の桜花は新型爆弾を搭載しているらしいが、果たして鬼畜米英どもにどれだけの被害を与えられることか…………)
それだけが唯一の気掛かりだが、まぁ一介の戦闘機パイロットがそのようなことを考えても詮無きこと。それに、彼自身も次の瞬間にはそんなこと考えていられなくなった。
ガガガガガガガッ!!
「ッ!? 後ろか!!」
機銃掃射を行いながら、背後から一機のヘルキャットが接近してくる。
それに対し、春樹は得意の『左ひねり込み』で機銃弾を回避。さらにヘルキャットの背後へと回り込み、照準機にヘルキャットを捉えるとすぐさま操縦幹の引き金を引く。
ガガガガガガッ!!
直後、両翼に搭載された二十ミリ機銃が火を噴き、機銃掃射によって砕けたヘルキャットの破片が蒼穹を舞った。
「ツイゴ(五機撃墜)」
長い炎の尾を曳き、ヘルキャットがきりきりと回転しながら堕ちていく。
それを一瞥しつつ、春樹は次なる獲物を求めてヘルキャットの編隊に視線を巡らせる。
だが、そこで“あること”に気付き、舌打ち混じりに呟いた。
「くそ、もう弾丸が残ってねぇ………」
弾丸だけではない。よく見れば、燃料計の針ももうすぐゼロを指そうかというところまで減っているし、先程までは少数ながらも見受けられた僚機の姿もどこにも見当たらない。
最早戦闘の継続など不可能な状況である。
(潮時、か。……いや、この場合は年貢の納め時と言うべきか)
機外脱出や撤退は端から考えていない。そんなことをしても、周囲のヘルキャット全てを出し抜き戦闘空域を離脱するなど不可能だし、現実的な問題として基地に戻れるだけの燃料も残されていない。精々脱出直後に機銃弾の豪雨に晒されるか、途中で追い付かれて撃墜されるのがオチだ。
ならば、どうするか。そんなこと考えるまでもない。
(…………俺の役目は、一機でも多くの敵機を撃墜すること。ならば―――――――)
思考し、追い縋るヘルキャットの機銃弾を回避しながら、春樹はヘルキャットの編隊に視線を巡らせる。
そして、手近な空域を飛行していたヘルキャットの中から一機を選び、それを睨み据える。
どのみち生き残ったところで、春樹にはもう帰りを待っていてくれる家族も帰るべき故郷も存在しない。それ故、今この場で死んだとしても何ら問題は存在しない。
それならば――――――
(この命、俺から全てを奪った鬼畜米英どもの殲滅に使うまでっ!!!)
内心でのみそう宣言し、春樹は残りの燃料全てを使いきる勢いで零戦の速度を上げる。
すると、直ぐに後方のヘルキャットが逃がすまいと機銃掃射を仕掛けてくる。だが、自慢の操縦技術でこれを紙一重で回避する。
後方のヘルキャットはこれに追い縋り、さらに機銃掃射を行う。だが零戦の前方に僚機の姿を認めると、ヘルキャットは機銃掃射をやめた。
流れ弾による味方誤射を恐れたのか、あるいはただ弾薬が底を着いただけなのか、どちらにしろ、この機体のパイロットのとった行動は間違いだった。
その後も別の方向から機銃掃射が加えられたが、春樹の零戦を撃墜するには至らず、ついに零戦は標的と定めたヘルキャットに肉薄する。
(義父さん。義母さん。春乃。春華。こんな俺を拾い、家族として育ててくれて本当にありがとうございます。そして――――今までお世話になりました)
(零戦。短い期間だったが、俺はお前と出会えたこと、そしてともに戦場を駆け抜けられたことを誇りに思う。今まで本当にありがとう)
最愛の家族と己の愛機の両方に感謝の念を捧げ、春樹はカッと目を見開いた。
そして――――――――――――
「うぉぉぉぉぉ!!! 天皇陛下、バンザァァァァイ!!! 皇国日本に栄光あれぇぇぇ!!!!」
力の限り、腹の底から声を張り上げる。
そこで、ようやく春樹の存在に気付いたらしいヘルキャットのパイロットが此方を見上げ、一瞬パイロットと目があった。
だが、もう遅い。
「俺から全てを奪った報い、その身に刻め!! 鬼畜米英ぇ!!!」
射殺すような視線をぶつけ、直後一本の矢と化した春樹の零戦はヘルキャットに全身全霊の体当たり攻撃を敢行する。
刹那、ヘルキャットと零戦は激突の衝撃によってグシャグシャに潰れ、バラバラになった両者の破片が蒼穹を舞った。
こうして、大日本帝国海軍『特務零戦隊』所属、桐島春樹飛行兵曹長は日本近海の洋上にて15年という短い生涯を終えたのであった。
説明 | ||
帝国海軍航空隊『特務零戦隊』に所属する桐島春樹は、祖国を、そして大切なものを守るため、命を賭して戦い、戦場にその命を散らした。だが、彼は唐突に現れた女神(自称)により、新たな世界に転生させられることとなる。そして彼は新たな世界でもう一度戦場を駆け抜ける。そう、全ては大切なものを守るために。 ※オリ主・オリ設定ものです。その手の作品が苦手な方、またオリ主の設定に対して「不謹慎だ!」と思われる方は戻ることを推奨します。基本は原作に沿って話を進めていきますが、所々で原作ブレイク上等という場面があるかもしれませんし、所々でおかしな点が見受けられるかもしれません。それでも構わないという方は本編へどうぞ。 | ||
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