fate imaginary unit 第七話 |
彼女が本を投げたのと同時刻に権藤統二は砂浜の上にいた。
あたりには誰もいなかった。
このあたりは外灯もなく夜中になってしまうと何も見えなくなってしまうので誰もいなくてもなんら不思議はない。
加えて世界事情を考慮しても夜に出歩く者もいないのは当然だった。
「なるほど。全ては神のお告げか」
この状況は統二にとって有利に働いていた。
儀式とやらに必要なものはとりあえず調達しておいた。
あとは夢で見た通りのことを行えば問題はないだろう。
統二は昨晩見た夢を思い起こすように目を閉じる。
すると不思議と自分の口からまるで誰かが乗り移ったかのように言葉が発せられた。
自分の体がまるで違う何かに操られる感覚。
「あー。閉じよ〈みたせ〉。閉じよ〈みたせ〉。閉じよ〈みたせ〉。閉じよ〈みたせ〉。閉じよ〈みたせ〉。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を――」
澱みなく紡がれるその言葉は闇夜の空に固く響いた。
――遡ること三十分前。
間桐巳苑は間桐家の蟲蔵で召喚の魔法陣を準備している途中だった。
「相変わらず、汚い場所だな」
こんな機会さえなければ二度と入りたくない。
巳苑はそう言って悪態を吐いて後ろを見た。
「何か用かの?」
後ろでは臓硯が口を醜い笑みの形に歪めて巳苑のことをじっと見ていた。
ただでさえ、この場所に来るのも不快だったというのに臓硯と一緒にいることが更に巳苑を不快にさせた。
「術の詠唱もなにもかも問題ない。だから出ていってくれないか?」
巳苑が悪意を込めた視線を臓硯に送るが、本人はどこ吹く風のようにカラカラと嗤った。
「冗談を言うな巳苑。こんな面白いもの滅多見れるものではないのだぞ」
そう言ってどこかに行く様子も見えなかったので、巳苑は深くため息を吐いて儀式に集中することにした。
あと少しの辛抱だ。
この戦いが終われば臓硯を殺すことがきっと出来る。
そんな思いを胸に秘めながら。
「―――」
彼女は願う英霊に聖杯に、この御身に流れる血の根絶を。
*
「まったくこんなギリギリに私達の住まいが出来るなんて私達ずいぶん災難ですわね。姉さん」
「そうね。あなたが私のセンスを疑うから余計に時間がかかってしまったわ」
「そうなんですよね。まさか姉さんが私のセンスを理解してくださらないから驚いてしまいました」
かの双子も冬木の街にいた。
彼女達は他のマスターの候補達よりも先にこの街で拠点となる住処を作っていた。
名前は『双子館』
その名が示す通り同じ構造上の建物が別々の場所に建っているである。
見た目こそ同じだが、お互いがお互いのセンスを受け入れられないために内装は完全別物である。
「さて、そろそろ私、サーヴァントを呼び出さなければならないのだけれど?」
「妹。それは私の役目よ?なんて言ったって当主はこの私なのだから」
「可哀想に。未熟な自分の論理の中でしか生きることが出来ないみたいね。ならこうしましょう。二人で儀式を行いましょう」
「二人で?」
妹の提案に姉は眉を顰める。
「えぇ、二人で」
妹の顔はまるで笑顔の面を張り付けたかのように感情がない笑みだった。
二人はお互いを見ると互いにまたいつものことか。そう言わんばかりに深いため息をほぼ同時に吐いた。
「癪なのだけれど、ここでいがんでる間に他のマスターに襲われる方が癪だわ。特別に許可してあげるわ」
「あら、姉さん。それはこちらのセリフです」
儀式を行えるほど魔力が溜まっている場所は二つの館を結ぶ一点しか存在しなかった。
新たに探すほど悠長なことは言ってられない。
「もしかしたら違うクラスのサーヴァントが同時に現れるかもしれませんよ?」
「そうしたらいきなりあなたを殺せるのね?妹」
「はい。私が姉さんを殺すことが出来ます」
笑みを崩すことのない彼女達は二人して二つの館を結ぶある広場に出る。
「「――」」
二人はゆっくりと詠唱を始める。
何を望む?
全てを。
英霊に。
聖杯を手に入れるため。
「「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―」」
*
巳苑の中の蟲が珍しく活発に術者の体の中を這いずる。
滅多に消費しない量の魔力を消費しているからであろう。
しかし、今の巳苑にはその痛みすらも快感に感じられた。
「――誓いを此処ここに。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者―」
巳苑は途中で妹の顔を浮かべる。
もうすぐこんな悲劇は終わるから。
妹だけは全うな道を生きてもらいたい。
それだけが悲願だった。
物事には犠牲がつきものだ。
6人のマスターとサーヴァントの命で足りなければ自らも差し出そう。
*
メイルの詠唱も最終段階に入っていた。
聖遺物はこの戦争の命題である聖杯である。
聖杯の名前を冠すほどの英霊はそういない。
いずれにしても『彼』を召喚出来れば勝てないわけがない。
メイルはそう踏んでいた。
「――汝三大の言霊を纏まとう七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―!」
最後の一節まで言い切るとメイルはようやく一息ついた。
全ての詠唱は終わった。
後は聖杯の仕事だ。
彼らの願いは無事英霊と呼ばれる者達に通じ、各々の魔法陣の中には人影が現れる。
遥か時代を超え、数百年、数千年あるいはこの世ではない世界から招かれた存在。
魔法陣が時々雷を帯びてバチッと白く光る。
辺りに民家があったらボヤ騒ぎと通報されるくらいの煙だった。
その現象の一つ一つが召喚された英霊の凄まじさを物語っている。
そして、あまねく場所で召喚されたサーヴァントという名の英霊達は一様に自分の眼前にいる人間に問う。
「問おう、汝が私のマスターか?」
説明 | ||
さて、今回で三度目となる聖杯戦争に臨むマスターは粗方揃ったようだ。 此度は失敗することなく御三家は目的を達することが出来るのであろうか。 それとも――。 |
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