fate imaginary unit 第九話 |
「よっと」
朝七時、統二は久々に漁を行った。
漁と言えるほどの量は獲っていなかったが統二の中では漁と同じような気持ちで海を見ていた。
「ふぅ」
久々すぎてつい気合いが入ってしまう。
統二は釣りあげた魚を慣れた手つきで船の甲板に投げる。
船はこの街に来る時に乗ってきた物で、そこまで良い船ではない。
しかし、最低限のモノは揃っていたのでこうして海の方に出てみたのだ。
「流石だな」
「まぁ、餓鬼の頃からやってるからな」
現在小舟に乗っているのは統二を含めて二人。
いや正確を期すならば、マスター一人とサーヴァント一人だった。
「しかし、触媒があんなものでこと足りるとはな」
一段落したので統二はサーヴァントの方を向く。
サーヴァントの方は霊体化する気もないのか、統二と目を合わせた。
「あぁ、あの木片は我が最高の船アルジェリアンの船体の一部だ。私にとってはそれをあんたが持っていたことが驚きだ。なんでこんな極東の国の男が持ってるのか甚だ疑問だが」
統二の前の女性は理由を考えるように両手を胸の前で組んで頭を捻っていた。
「これは水神殿に貰ったのだ」
「水神?あぁ、あんたの背中にけったいな刻印を彫り込んだやつか」
そうだ。統二は答えた。
「神様ってもんは特に何もしてくれないと思っていたけど、あんたんとこの神様は随分とまぁサービスがいいな」
「そうだな」
統二は首肯した。
最初に彼女召喚された時に思わずその目つきに圧倒された。
誰かに圧倒されるなど久しくなかった。
鷹のように鋭い目。
痩身というのに相応しい体躯に統二に並ぶほどの背丈。
その姿はあたかも英雄という言葉をそのまま人間にしたようだった。
もし、この時代にこのような日本人女性がいたら間違いなく惚れていただろう。
統二はそんな場違いな考えを抱いた。
「この赤髭と呼ばれた海賊王を呼び出すとは、中々目が高い。この聖杯戦争の覇権は私達の手に収まったも同然だ」
彼女の自信満々なセリフに統二はうんざりしたように溜息を吐いた。
欧米の女性に会ったこともなかったがどうも自信満々な女性と言うのは面倒だ。やはり女はしとやかな大和撫子に限る。
統二はそんなことを考えていた。
「きっとそう言う奴ばかりが呼び出されてるんだろうな。えっと……」
「ハイレディン。呼びづらかったらライダーと呼んでもいい」
要は私が私と認識出来る名前で呼んでくれれば全く問題ない。
ライダーはそう言った。
ライダーは口を動かしながらも着々と甲板に増える魚をじっと見る。
「こう言っちゃ悪いが、あんたは漁師のままの方が良かったんじゃないか?」
その言葉に、ハハと、統二は苦笑する。
「全くそうは思うが、一度死んだ身だ。恩人に報いるのが日本人として筋じゃないか」
「いや、私は日本人じゃねぇし、そういう恩に報いる美学っていうのか?分からないがそういう美学は持ち合わせちゃいない」
「そうか、流石海賊王だな」
統二はそう言って笑うと、突然竿を仕舞い始めた。
「どうした?」
「なに。そろそろ取り過ぎだ。魚も生き物だが、海ってのも生き物だ。何事もほどほどがいいんだよ」
事実これ以上取っても一日で食べきれる保証はない。
食べきれずに腐らせてしまうほど生命に申し訳ないことはなかった。
足りなくなればまた明日にでも獲りにくればいい。
聖杯戦争が激しくならなければ。
統二のそんな様子にライダーは関心したように目を丸くした。
「あんたがその水神とやらに愛されてるのが分かったわ……」
「この程度で愛されるのならきっと日本人は皆神様に愛されてるな」
統二として皮肉で言ったつもりだったのだがライダーは関心したように頷いていた。
「海ってのはどこでも青いのな」
ライダーは海を眺めていた。
その視線はどこか悲しそうでその先にはきっとライダーが生きていた時代に駆け抜けた海があったのだろう。
ふと、ライダーの目尻に涙が溜まっている気がした。
強気に振る舞う女が時折見せる弱さほど心揺らされるものはなかった。
見惚れるな。
統二はそう自分に言い聞かせると手早く釣った魚を仕舞って冬木の街に戻った。
「これからどうする?手っ取り早くそこら辺の奴ら殺すか?」
ライダーはにこやかにそんなことを言う。先程の感傷などなかったかのように。
馬鹿を言うな。
統二がそれを窘める。
「戦いってのは先に自分の手持ちがバレた奴が負けていくんだよ。それが戦争だろうが聖杯戦争だろうと変わらない。特にアンタなんて前に出たら一発でバレるだろうが」
統二の意見が意外と的を得ていたようで、ライダーは、なるほど、そういうことか…と納得したように頷いた。
頷くには頷いたのだがライダーはどうも腑に落ちないようで顔を少し顰める。
そんなライダーの顔を見て統二は言葉を選ぶように目線を宙にやりながらゆっくりと話始めた。
「しかしだな……機を見つければすぐに攻める」
要は漁と同じだ。
いかにこちらの手をバラさず機を逃さないか。
統二はそう言って空を見上げる。
これから起きる戦争のことなど知らないというような青空であった。
「そういやさ、アンタって何か聖杯に願うことってあるのかい?」
統二の問いにライダーは勿論と答えた。
「当たり前だ。じゃなきゃあんたなんかに召喚ってか呼びだされる義理はない。私の望みはね、全世界の―」
「なるほど全世界の海を支配すると?」
「まだ言ってないんだが?」
「違うのか?」
違わないさとライダーは口を尖らせて言う。
「俺は、その願いこそが俺とアンタを引き寄せたと考えている。この木片もな。まぁ、俺の願いも似たようなものだ」
なに?ライダーはそれを聞くと途端に興味が湧いたのか統二に向かって好奇の視線を投げかける。
「ほぅ。ならば、二人でこの戦いが終わった後、諸国に侵略戦争でもけしかけるか?」
「そうだな。そこまで出来たら上等だな。このままいけば、我が皇国は世界を手に収めるだろう。その先鋒として動くのも悪くないだろう」
統二は浅瀬になってきたので船から降り、自らの手で船を押す。
「……あのさぁ」
統二が地面に降りるとライダーがやけに周りをキョロキョロとしだした。
何かを探している。
そんな言葉ぴったり当て嵌まるような仕草だ。
「なんだライダー」
その動きを不審に思った統二がライダーに問う。
「ここって、もし狙撃されるなら一番されやすいよな。とか思ったり」
その言葉に統二はぎょっとして辺りを見回す。
生憎統二の視力が及ぶ範囲にそのような影は見えない。
見えないことが安全というわけではないのだ。
物陰などに敵が潜んでいる可能性も否定出来ない。
迂闊だった。
統二は自らの唇を噛む。
既に、自分はそういう世界にいるのだという認識がまだなかった。
ここは日本ではあるが、同時に戦地だという認識が。
もし、今狙撃されていたら、なんの願いも果たすこともなく幕を閉じるところであった。
「ライダー。恩に着る」
「なに。さっきからスコープ越しに誰かに見られている気配がしてね」
そう言うとライダーはある一点を見つめる。
釣られて統二もそちらを見るが、やはり特に何かを視認出来たというわけではなかった。
「気配が消えたか……。逃げられたな」
まぁ、いい。とライダーは浜辺に腰を下ろす。
「すぐに事は起こる。気長に待つとしようか」
そう言うと、霊体化して姿を消した。
説明 | ||
彼が得た木片とはなんだったのだろうか。 答えは出ていた。 それはある海賊王の遺物。 その人物は赤髭と呼ばれていた…… |
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