IS/3th Kind Of Cybertronian 第五話 「Close Encounters of the Third Kind」
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日本政府からIS学園に出動要請が来たのは、千冬が書類仕事をしていた時だった。

 

 

―――――正体不明のISが二体、街中で戦っている。

 

 

どんな間抜けであろうと、それがどれだけ深刻な状況なのか理解できるだろう。

ISは、現時点で地球最強の兵器なのだ。

宇宙空間にも対応する人間サイズのパワードスーツが、レーザーやミサイルを撃ち合う。日が暮れる頃には、街は壊滅しているに違いない。

 

IS学園の教員たちは、装備を整えると、ただちに現場に向かった。

街の住民を避難させるために。

そして、正体不明のISを鎮圧するために。

 

鎮圧の任務を請け負ったのは千冬だった。装着している『打鉄』は量産型だが、安定した能力を持った良いISだ。

同僚の真耶は救助活動に参加している。戦闘よりも、そちらの方が性に合っているようだ。

 

街の被害は、思ったよりも少なかった。

一部のビルのガラスが割れ、道路に焼け焦げた穴が空いているが、それだけだ。

どちらか一方の実力が圧倒的に高く、相手を瞬殺したのか、あるいは………

 

千冬は目標を視界に捉えた。報告と違って、一体しかいない。

巨大なライフルを手にした無法者が纏うISを見て、千冬は顔を顰めた。

たしかに、空を飛び、武装し、機械の鎧を身に纏った、人型の存在といえばISしか思い浮かばない。

しかし、今千冬の目の前にいる相手は、一般的なISとはまったくかけ離れた姿をしていた。

 

ロボットのような全身鎧の上に、鷲の毛皮を被っている。

通常、ISに全身装甲は必要ない。シールドに守られているからだ。

ましてや、鷲の毛皮を被せる意味など、どこにも見当たらない。

 

そもそも、シールドやコアの反応さえしないのは、一体どういうことなのか。

コア・ネットワークによる通信も、まったく繋がらない。

 

何かが、明らかにおかしい。

千冬は、自分が地球の常識が通じない、遠い異星にやってきたような気分になった。

 

「貴様がどこのどいつかは知らないが、随分と暴れてくれたな。今すぐ武装を解除し、投降しろ」

 

千冬が肉声で発した警告に対し、謎のISは首を横に振った。

そして、やけに響く声で言う。

 

「キラーウィンドから武器を奪えるのはキラーウィンドだけだ。虫けらのメスじゃない」

 

キラーウィンド。

ISの名称か、それとも操縦者のコードネームか。

名前が分かったのは前進だ。これで、まったく謎ではなくなった。

 

「虫けら呼ばわりとは、大した自信だな。……もう一人はどうした?」

 

「今殺した」

 

キラーウィンドは事も無げに言った。

まるで、飛んでいた蚊を手で叩いて潰したかのように。

この時点で、千冬がキラーウィンドに向けるべき感情が決定した。こいつを捕まえる前に手足の骨を三本ほど圧し折っても、良心は痛まないだろう。

千冬の、近接用ブレードを握る手に、力が籠る。

 

「ついでに、お前も死ね」

 

キラーウィンドの右手が動く。

ライフルの銃口が正面に向けられる。

千冬は瞬時に体を右にずらした。顔があった空間を光線が撃ち抜く。

 

「容赦無しか!」

 

千冬はブレードを正眼に構えた。『打鉄』の武器はこれしかない。

しかし、それで十分だ。武装の多さが、必ずしも強さというわけではない。

キラーウィンドは一発撃ったきり、銃口を下ろしていた。エネルギーが無いから、というよりも、千冬を試しているかのようだった。

 

斬れるものならやってみろ、と。

千冬は努めて表情を変えず、奥歯を噛み締めた。悔しいが、ブレードを打ち込む隙がない。

両者の間に横たわる距離は、およそ十メートル。

ISの飛行能力なら一瞬で詰められるが、敵の懐に飛び込む前に撃墜されるような気がした。

久々の実戦で慎重になり過ぎている―――とは思いたくない。

 

(……隙がないなら、作ればいい)

 

こうしていても始まらない。千冬は動くことにした。

くるりとキラーウィンドに背を向け、前方に推進。形としては、敵からの逃走だ。

すぐに、キラーウィンドがライフルを撃ちながら追いかけてくる。

 

速い。『打鉄』は全力で飛んでいたが、それでも瞬く間に距離が縮まってゆく。

 

だが、それでも構わなかった。元から逃げるつもりはない。

千冬はじぐざくに飛びながら、その時を待った。

 

やがて、何発目かになる光線が千冬の真横を通り過ぎた時、千冬は決行した。

加速を瞬時に停止。同時に旋回し、追いかけてきたキラーウィンドと向き合う。

そして瞬間加速を発動。敵の鳩尾を狙って刺突を繰り出した。

 

動、静、動の切り替えは一秒にも満たない。

ISの特性を利用した攻撃だ。

 

しかし、キラーウィンドは、それを難なくかわした。

半身になってブレードの切っ先を見送ると同時に、振り出した翼を千冬に叩き付ける。

 

「ぐあっ!」

 

体の右側面を襲う衝撃。

千冬は、何年ぶりかに火花が散るのを見た。

アンロック・ユニットの装甲越しであるにも関わらず、まるでトラックに撥ねられたかのようだ。

シールドもいくらか削られた。

 

しかし、千冬はキラーウィンドから離れることはせず、逆に接近した。

距離を開けたところで、敵にはライフルがあり、こちらはブレードしか持っていない。

光線の洗礼を受けずに近付けたのだから、むしろ好都合だ。

 

上段に掲げた刃を稲妻のように落とす。

キラーウィンドが右に避けるが、千冬がそれを読んでいた。

切っ先が跳ね上がり、敵の脇腹を追い掛ける。

剣速は音にも迫る勢いだったが、キラーウィンドは僅かに後ろに下がっただけで、それをかわした。

 

斬、斬、斬、斬、斬。

大気を切り裂く刃は、しかしキラーウィンドには掠りもしない。

 

(見切られている)

 

表情には出さないようにしていたが、千冬は戦慄していた。

敵の動きを見切ること自体は、彼女にも出来る。他のIS操縦者でも、可能な者は何人もいる。

だがそれは、ある程度戦い、剣を銃を交え、相手の手札を知ってからだ。

 

この戦闘が始まってから、まだ五分も経っていない。

しかし、キラーウィンドは、千冬の剣を完全に見切っていた。

 

(こんな男が、今まで世界の何処に埋もれていたんだ)

 

そう思った千冬は、不可思議なことに気付いた。

自分は何故、キラーウィンドを男だと思ったのだろう?

 

その理由は明白だった。

低い声や、体格が男のそれだからだ。

しかし、声など幾らでも変えられるし、全身鎧を纏っていて体格もへったくれもない。

何より、ISを使えるのは女性だけだ。

もし、今目の前にいるのが、本当にISならの話だが。

 

その時、甲高い金属音が鳴り響いた。両手が急に軽くなる。

ブレードの刀身が半ばから断たれていた。落下した刀身が、逃げた主に置いてかれた自動車の屋根に突き刺さる。

見れば、キラーウィンドの左拳から、二本の爪が生えていた。鋭くて、よく切れそうだ。

 

(………量産型とはいえISの、近接ブレードを、簡単に?)

 

動揺は隙を生んだ。

千冬が我に返った時、キラーウィンドは既にライフルを構えていた。

銃口から迸る閃光。アンロック・ユニットの装甲が、二つともほぼ同時に貫かれる。

反撃―――武器は無いし、徒手空拳では太刀打ちできそうもない―――する間もなく胸を撃たれ、その衝撃で、千冬は背後のビルに叩きつけられた。

撃たれた箇所が酷く痛むが、穴は空いていない。その代償として、シールドのエネルギーは大幅に削られていた。

 

「このくらいでいいか。壊したらもったいない」

 

キラーウィンドはそう言うと、ライフルの銃口を下ろした。

 

(もったいない? ……『打鉄』のことか?)

 

千冬が、朦朧とする意識の中でそう考えた次の瞬間、キラーウィンドがその姿を変えた。

まず、頭が胸に収納され……腕が折り畳まれ……足が縮み……千冬は我が目を疑った。

 

キラーウィンドが、巨大な鷲に変身したのだ。

ISの機能ではない。明らかに、操縦者の骨格から変わっている。

考えられるとすれば無人機か遠隔操作だが、そのどちらもまだ実現していない。

千冬は確信した。今、目の前にいる敵は、ISなどではない。

別の、もっと異質な存在だ。

 

「貴様は何者、なんだ……!」

 

キラーウィンドは答えなかった。

ビルの壁面に貼り付いた千冬に近付き、足の鉤爪で肩を掴む。

そのまま、巨鷲は翼を羽ばたかせて上昇。一瞬でビルの屋上を見下ろす高さに達すると、千冬をそこに放り投げた。

千冬は背中から、コンクリートで出来た屋上の床に叩きつけられた。一日に、しかもこんな短時間で二度も、硬い物に体をぶつけられたのは初めてだった。

 

「キラーウィンド・テラライズ」

 

千冬が苦労して上半身を起こすと、キラーウィンドが目の前に降り立った。鷲から、再び戦闘用の体に変身している。

 

「さて、始めるか」

 

何を、と千冬が聞く前に、キラーウィンドのレンズに覆われた目から、赤い光の帯が放たれた。

千冬は思わず両手で体を守ったが、熱や衝撃は感じない。

光の帯は千冬に接触すると、全身を包み込んだ。

 

突然、『打鉄』の装甲が消えた。

装着者である千冬が命じてもいないにも関わらず、すべての機能がシャットダウンしてゆく。

赤い光が消えた時、千冬の体を守っているのは、薄っぺらなISスーツだけだった。

『打鉄』の待機状態である指輪が主の指から離れ、キラーウィンドの手の中に収まる。

 

「今日は良い日だ。邪魔者は消えたし、土産もできた。一石二鳥ってやつだな……鳥の俺が言うのも変だが」

 

「くっ……!」

 

様々な意味で、千冬は裸同然だった。

ISスーツは、拳銃弾ならどうにか防げるが、高出力のビームが相手となるとティッシュも同然だ。

水の中に放り込んだかのように溶けて消え、当然その中身は守られない。

鋭い爪や素手でのパンチでも、結果は同じだろう。

生きている間は諦めるつもりはないが、あまりにも分が悪すぎた。

 

「素敵なプレゼントのお礼に、ここで殺してやろう。その方が、多分幸せだ」

 

キラーウィンドは右手でライフルを持ち、銃口を千冬の頭に向けた。

ISを身に纏い、戦女神の称号を欲しいままにする彼女にとって、それは自分が避けるべき光線や弾が発射される物に過ぎなかった。

しかし、ISを剥がされ丸腰になった途端、多くの者がそうと感じるように、死神が哀れな魂を飲み込むための口に早変わりした。

 

千冬は固唾を飲んだ。

心臓が高鳴る。体温が急激に下がる。

死にたくない。まだ死ねない。

弟を、一夏を残して、死ぬわけにはいかない。

 

恐怖に呑まれないように、千冬は視線をずらした。

キラーウィンドの、指輪を弄ぶ左手に目が停まる。

 

「ISが貴様の目的か? そんな力を持っているくせに、なぜ……」

 

「俺の正体より、他に考えなくてはならないことがあるんじゃないか? 死んだらどこへ行くのか、とかな」

 

キラーウィンドには、千冬とおしゃべりをするつもりはないようだ。

彼の予定では、目の前にいる女の命は、あと一分もしない内に消えるのだろう。

今のところ、その予定は崩れそうにない。

 

千冬は床に座り込んでいる状態で、もし逃げるために立ち上がろうとすれば、その瞬間頭が消える。

屋上には、換気扇や四角形の大きな植木鉢など遮蔽物がいくらかあったが、空が飛べて高出力のビームが撃てる敵が相手では、その役目を果たすことは到底できない。

 

下に降りるための階段はキラーウィンドの背後にあり、その上、脇をすり抜けて逃げられないように、狭いスペースの中で大きな翼を広げている。

 

千冬に残された逃げ道は後ろにしかなかった。

八階建てのビルの屋上からの飛び降りだ。これなら少なくとも、敵に殺される屈辱は味あわずに済む。

つまり、そんな発想が思い浮かんでしまうほど追い詰められているというわけだ。

 

(テレビなら、ここらでヒーローか何かが助けに入るんだがな)

 

そんなことを考えてから、千冬は自嘲した。

そんな都合の良い存在など、この世にはいない。それは、自分が一番よく知っている筈なのに。

 

だがしかし、彼女は知らなかったし、見えなかった。

一人の少年が、階段を上って屋上に辿りつき、こっそりとキラーウィンドの背後に迫っていたことを。

 

「お前の相手は……僕だ!」

 

声とともに、キラーウィンドの首に一対の腕が巻き付く。

腕の主は、青いパーカーを着た、平凡な顔をした少年だった。鷲に変身するハイテク鎧騎士の首を絞めている時点で、平凡とは言い難いが。

 

「お前、まだ生きていたのか!」

 

キラーウィンドが後ろを振り向きながら言い放つ。

 

「撃たれた後、ビルの中に入って変身したんだ。レーダーに映らないし、気配を消してたから気付かなかっただろ?」

 

驚いたことに、二人は顔見知りらしい。

台詞からすると、少年はキラーウィンドに攻撃されたらしい。たしかに、体のあちこちに傷があり、服のところどころが焦げていた。

その程度で済んだのなら大したものだが、いくらなんでも、ISを倒す相手に生身で挑むのは無茶が過ぎる。

 

「やめろ、逃げるんだ!」

 

千冬はそう叫んだが、少年は聞き入れなかった。

その代わりに、血の滲む唇が、謎の呪文を虚空に刻む。

 

「サンダーソード・マクシマイズ!」

 

まるで、金属製のドミノを倒したかのような音が響く。

千冬の見ている前で、少年の体が組み替わってゆく。

 

柔らかい皮膚が青い金属の鎧に。

髪は二本の角を生やした兜に。

顔は直角で描き変えられてゆく。

 

現れたのは鎧武者だ。肩と腰に二枚ずつ装甲板を装備している。

全身傷だらけだが、緑に輝く目には闘志が燃えていた。

明らかにキラーウィンドと同種の存在だが、どうやら友達ではないらしい。

 

鎧武者はどこからか金色の刀身をした剣を取り出すと、逆手に持ち、ためらうことなくキラーウィンドの翼に突き刺した。

刀の切れ味の鋭さか、それとも翼の構造的弱点に刺さったのか、すぐに反対側から切っ先が顔を出す。

キラーウィンドは体を振って、敵を引き剥がそうとしていた。

 

「死にぞこないめ! 今さら何ができる!」

 

「それを今、教えてやる」

 

金色の刀身から、青白い雷光が迸った。凄まじいエネルギーだ。

あまりの眩しさに、千冬は腕を掲げて目を保護した。

キラーウィンドのものと思わしき絶叫が聞こえてくる。自動車のクラクションに似ていた。

刀が刺さった翼を通して、体内に電撃を流し込まれているのだから、地獄の苦しみだろう。

とはいえ、さんざん痛めつけられた千冬としては、同情する気にはなれない。

 

やがて、光が消える。

千冬が腕をどけると、鎧武者はキラーウィンドから離れていた。どうやら振り落とされたらしい。

キラーウィンドは二本の足で立っていたが、無傷ではなかった。

体中から黒い煙が噴き上がっていて、目の部分を保護していたレンズが割れ、内部のセンサーが露出している。

鎧武者は刀を両手で握り、構えた。

敵よりも酷いダメージを負っているにも関わらず、まだ戦うつもりらしい。

 

しかし、キラーウィンドはライフルをしまい、翼を広げた。

 

「……前言撤回。くそ、今日は厄日だ」

 

吐き捨てるように言うと、キラーウィンドはその場で上昇し、瞬く間に青い空へと飛び去っていった。

彼が立っていた場所には、『打鉄』の待機状態である指輪が転がっていた。

鎧武者に襲われた時に、キラーウィンドが落としたようだ。

 

千冬は、まだ気を抜いていなかった。

キラーウィンドはいなくなったが、代わりに謎の鎧武者がいる。

敵の敵が味方とは限らない。

より邪悪な目的を持って自分の前に現れた可能性だってあり得る。

 

しかし、鎧武者は千冬を殺そうとしたり、『打鉄』を奪おうとはしなかった。

膝から崩れ落ち、がしゃっと音を立てて倒れた。

そして、思いもよらない言葉を吐いた。

 

「お腹、減ったなあ」

 

緊張の糸が切れる音を聞きながら、千冬は思った。

もし出席簿があった、それで鎧武者の頭を叩いていただろう。

しかし、そんな物を持ってきている筈がなく、その上とても疲れていたので、千冬はその場に寝転んだ。

救助活動を終えた真耶が迎えに来たのは、それから十分後のことだった。

説明
にじファンから移転。
本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください。
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タグ
トランスフォーマー クロスオーバー インフィニット・ストラトス 

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