アルトとシェリルでテスト勉強 |
「で・・・。 『きーん』って、やらないの?」
「・・・。 ばっ、やらない!」
アルトは、急に恥ずかしくなったのか慌てて応える。
「じゃ私がやってあげる! 貸して。」
学園分校 借り上げ寮にて
「ただいま。」
SMSのアラート要員で呼出されていたアルトが、二人の住むアパートに戻る。
シェリルはリビングのローテーブルで勉強をしていた。
時間は、なんとか日付をまたがずに済んだというところ。
開け放したリビングからは、玄関までが見通せる。
ローテーブルからシェリルが顔を上げて応えた。
「お帰りなさい、そんなに遅くならなかったわね。」
笑顔のそんな声を聞くのは、何だか無性に嬉しい。
アルトも玄関で靴を脱ぎながら言う。
「まあ、予備要員だったからな。緊急出動も無かったよ。SMSも明日の授業に響かないように考えてくれているし。」
アルトは、戦役で遅れた美星学園航宙科の卒業を、今は第一にしている。 SMSも時短勤務と、予備要員登録だけだ。
「(卒業単位くらい余裕で取りたいしな・・・。)」
リビングに入ったアルトは、シェリルのテーブルに、薄いオレンジ柄の和紙で包装された箱を置いた。
「空港で珍しい人から預きモノがあった。お土産らしい。」
化粧箱に包まれた菓子折りをシェリルが取る。
「誰?」
「兄さん。どこか新しい公演の打ち合わせとかで、出かけていたみたい。
わざわざ訪ねてくれたみたいだな。タイミングが悪くて会う事は出来なかったけど。」
「あら、こっちに寄って貰っても良かったのに。久しぶりだから会いたかったわ。」
「今度そう言っておくよ。」
そう言いつつ、アルトとしては、シェリルと、あの兄さんを二人きりにするのは、「(ちょっと。)」と思う。
シェリルは話を続ける。
「ね、少しお腹すいてない? ちょうどいいわ、お茶を入れるわね。これ和菓子でしょ?」
「ああ、あんこびっしりの薄皮饅頭だけど、悪くはないよ。」
「知っているの?」
「何度も食べたことがある、おやじが好きなのかな? 兄さんがよく買ってくるんだ。」
「ふ〜んん。じゃ、いただきましょ。」
シェリルが入れてくれた日本茶で、あんこのお饅頭を二人で頂いた。
今日の学校の事、最近のSMSの仕事の事、兄と実家の事、並んでローテーブル下のラグに座り、ソファに寄りかかりながら、穏やかな会話が続く。
アルトがふと卓上を見れば、シェリルが広げていた参考書と問題集が目に留まる。
シェリルは、最近は本当によく勉強をしている。
今も広げていたのは航空法規関連の問題集だった。
アルトの視線に気がつき、シェリルが軽い伸びをしながら言った。
「さあ、アルトが帰って来たから片付けちゃうわ。 ちょっと区切りのいい所まで待ってて。」
「ああ、かまわないよ。」アルトもそんな努力家のシェリルは好きだった。
・・・・・・・・・・
しばらくしてから、シェリルは、アルトがさっきのお饅頭の空き箱で何かを作っているのに気が付く。
手のひらサイズのその内箱は、折り紙にする、という紙ではない。
小さいがわりとしっかりした小箱だ。
「(紙飛行機?じゃ無いわよね?)」
いったん広げて、折り目をつけてからたたんで・・・。
折って、留めて、シェリルの筆入れから勝手にカッターを出して、切って何かをやっている。
シェリルは残ったお茶をすすりながら彼の手元を覗きこむ。
すでに勉強は片付けたが、アルトは気が付きもしない?
「(もう!)」シェリルが少しつっいてやろうと、身を寄せた時、アルトが手の平にその紙細工を載せて、くるつとシェリルに向き直る。
「!」
思いの他、自分のすぐ近でシェリルと目が合ったことに、ちょっとだけ戸惑ったそぶりを見せてから、アルトが言った。
「ほら!バルキリー!」
「・・・。」
シェリルは、アルトの顔と、彼の手のひらの紙細工バルキリーを交互にしばらく見つめる。
それは、それなりに形はバルキリーに見える。
「で・・・。 きーんって、やらないの?」
「・・・。 ばっ、やらない!」
紙細工をうれしそうに見ていたアルトは、急に恥ずかしくなったのか慌てて応える。
「じゃ私がやってあげる! 貸して。」
シェリルがアルトに襲いかかった。
アルトは、紙細工のバルキリーを持つ手を伸ばして、シェリルから遠ざける。
「あっ、こら!潰れるって!」
「いいから貸しなさい!」
「おい、子供じゃないんだから、『きーん』なんて演らなくていいだろ!」
「何よ、自分がやりたいくせに。」
ソファとローテーブルに挟まれた狭い空間で、お互いの手があっちへ、こっちへと伸びる。
「って、だから潰れるー。」
アルトが言えば、シェリルが叫ぶ。
「きゃ!やだ。 変なとこ触らないで!」
「ってか、お前が俺の上に乗っているんじゃないか!」
「だああって〜、 貸してっ!て。」
「まて、もう夜だ、夜中だ!騒ぐな!」