インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#63 |
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「うわ、一夏って小さい頃こんなに可愛かったんだ。」
「あ、懐かしいわね。中学の制服。これって入学式の時のヤツ?」
「ふむ、確かにこれは何と言うか庇護欲がそそられるな。――そのせいで余計に隣に写っている箒が無愛想に見える。」
「うるさい。」
「なんというか、あの織斑先生の幼少時代は…写真を見ても想像できませんわね…」
etcetc。
数冊のアルバムを時代を遡って行く形でわいわい騒いでいると時計の針は早くも午後四時を指そうとしていた。
「ねえ、ふと思ったんだけどさ。」
「どうした、シャル。」
「勘違いかもしれないけど、アキトさんてなんか空に雰囲気が似てない?」
シャルロットの指摘に一夏は息をのんだ。
……その指摘は一夏が春に初めて空と出会った時に抱いたモノと同じようなものだったから。
「顔立ちとかも、性別差とか年齢差を考えれば許容範囲なくらいに似てるわよね。」
『会った事無いから良く分からないけど』と付け足しつつ同意する鈴。
「―――まさか、親子なのでは!?」
「それは――」「そんなこと、あってたまるか」「――へ?」
ラウラの『親子説』に一夏が『それは無い』と言おうとしたら別の声が割って入ってきた。
その声はそこに居る全員がなじみ深い、聞きなれた声。
その主は――
「あ、お帰り。千冬姉。」
「ああ、ただいま。」
すぐさま一夏は立ち上がり、千冬の側まで行って鞄を受け取って片付けに入る。
「あ、お茶は熱いの、冷たいの?」
「そうだな、冷たい方で頼む。」
「了解。」
「ああ、部屋にスーツとか秋物とかを出して鞄に入れてあるから。」
「判った。」
あっという間に身一つになった千冬はアルバムに群がる一団に混ざり込んできた。
「で、何を根拠にアキト兄さんと千凪が親子だというんだ。ラウラ。」
「は、え、ええと、」
がっし、と肩を掴まれ、かつ詰め寄られてどもるラウラ。
その一方でシャルロットは箒にこっそりと尋ねる。
「……織斑先生は、どうしてあんな反応を?」
「……まあ、判り易く言えば私たちと一夏の関係のようなモノだからだ。」
「………成る程。」
聞けば納得であった。
「………まあ、いい。他人の空似という事もあるからな。」
ふと『空だけに空似』という非常にくだらないギャグを思いついてしまった一夏だがぐっと飲み込み、淹れてきた冷茶を千冬の前に出す。
それを一気に、何とも雄々しく飲み干した千冬はすっと立ち上がる。
「この件について、何か知り得た事が有ればすぐに報告しろ。いいな。」
「ハッ!」
「はいッ!」
条件反射で直立敬礼をしてしまうラウラ。
他の面々も自然と姿勢が伸びてしまう。
満足げに頷いた千冬はそのまま部屋のある二階へと引っ込んでゆく。
「な、なんだったんですの?」
「…織斑先生も恋する乙女だったって事だよ。」
「?」
シャルロットの答えに首をかしげるセシリア
ほどなくしてスーツ姿に着替えた千冬が再びリビングに現れた。
「あれ、千冬姉。この後は?」
それを一夏は呼びとめる。
「少し出掛けてくる。夕飯は要らん。―――泊っていくなら節度と申請を忘れるなよ。」
言うだけ言って千冬はリビングを出てゆく。
まさかの『お泊りOK』に騒ぎ始める声を背中に玄関を出る。
「まったく、近所迷惑だろうに。」
騒がしい我が家に背中を向け歩き始めながら携帯電話を取り出す。
「……ああ、山田君。突然で済まないが、これから飲みに行かないか?…普段は口うるさい小姑に管理されているからな。たまにはのびのびというのもいいだろう?」
* * *
Tellllll…
「はい、一年寮、千凪です………はい、お願いします。……………ああ、一夏。どうしたの?…………はぁ!?……織斑先生が?………判った。処理は代理でやっとくから後日印鑑を持って事務室に行くこと。わかった?………お礼を言うくらいなら前もって手続きしときなさいって。」
ガチャ…
「ええと、外泊届が五枚追加、宿泊場所は織斑家っと………」
Tellllll……
「はい、一年寮の千凪……ああ、山田先生。どうしたんですか?………はぁ、織斑先生にお酒に誘われたと…それで?………明日の昼過ぎまで帰ってこないと……あ、はい。それじゃその間はこちらで寮監と担任の仕事は代行しておきます。せっかくの休みですからゆっくりしてください。…はい。ではお疲れ様です。」
ガチャ……
「…山田先生と織斑先生は明日の昼ごろまで不在…っと。」
寮監室の並びにある寮管理室(配電盤とか共有スペースにある照明などの電源スイッチがある『文字通りの管理室』)のホワイトボードにメモを書き足す。
「………休み、か………」
夕刻に差し掛かったというのにまだまだ高い夏の太陽を見上げる。
その目は十五の少女の物ではなく、仕事に疲れた((会社員|サラリーマン))の様であった。
* * *
「お待たせしました。」
「いや…突然呼び出して悪かったな。」
「いえ、休みと言っても部屋で通販カタログ眺めながらゴロゴロしてるだけでしたし…」
駅から少し行った商店街の一角の地下にある店『バー・クレッシェンド』。
初老のマスターが一人で切り盛りするその店はフランス製の調度品で統一されたまさに『大人の社交場』と言うような店だ。
呼ばれてやってきた真耶がカウンター席にかけると、千冬が真耶の分のノーマル&ブラック・ミックスのグラスビールを注文する。
「千冬さんも新しいのを御出ししましょうか?」
「そうですね、頼みます。」
「かしこまりました。」
マスターが奥のサーバーの所へ行っている間に千冬はグラスに残っていた黒ビールを一気に呷る。
既に二杯の黒ビールを飲んでいる千冬は控えめの照明もあって目立たないが僅かに赤い。
程なくして戻ってきたマスターは空になったグラスを下げ、真耶のビールと千冬の黒ビール、それにサービスのキューブチーズを出して、二人から少し距離を置く。
『人は間近に人がいては落ち着いて話せない』と言う事を長年の経験から良く知っているが故の気配りだ。
「乾杯。」
グラスを鳴らし、真耶はちびちびと、千冬はゆっくりとだが長くグラスを傾ける。
そこに新たな来客を告げるドアの音。
「いらっしゃいませ。」
千冬はグラスを傾けたまま一瞥しまた正面に向き戻る。
その新しい客――スーツ姿の女性は真耶とは逆隣…千冬の右側のカウンター席に掛ける。
「マスター、チェリー・ブロッサムお願い。」
「かしこまりました。」
少しばかり離れていたマスターが注文を受けて奥へとゆく。
「………何の用だ、束。」
隣に座った客――束に千冬は視線も向けずに問いかけた。
「えっ?」
思わず声を上げた真耶。
「もう、つれないな。」
対して束は苦笑に近い笑みを浮かべつつスーツの内ポケットから取り出した封筒を千冬の方へと差し出した。
「今日の用事はこれだけ。すぐに退散するよ。」
「……そうか。――で、それはなんだ?」
「招待状。」
それ以上言わないのは『見れば判る』と言う意味だと察して、千冬はグラスを置いて受け取る。
会話が終わり、口を出せない真耶はただただ時間を稼ぐかのようにゆっくりとビールのグラスを乾かす事しかできなかった。
「お待たせしました。」
注文していたカクテルが出てくると束は一気に呷って席を立つ。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「箒ちゃんと違って結構強いからね。」
「…そうだったな。」
束は言った通りに勘定を済ませ席を立つ。
「それじゃ、また近いうちに。今度はゆっくり飲むのも良いかな。」
「…一応、楽しみにしておいてやる。」
「ふふっ、素直じゃないなぁ。―――それじゃ。」
まるで一陣の風のように束が去って行き、漸く真耶は口を開く事が出来た。
「えっと、織斑先生。それは…?」
「招待状、だとさ。」
「招待状…ですか………。なんの招待状なんでしょうかね。」
「さぁ。見るまでは判らん。……が、一つだけは言える事がある。」
「一つだけ、言える事?」
「―――何にせよ、ただ事では済まなそうだ。」
「………また、忙しくなりそうですね。」
「…そうだな。」
グラスに口をつけて僅かに残っているビールを飲む。
「………」
空になりおかわりを注文したところでそれをきっかけに真耶は話を変える事にした。
「そういえば、今日はどうしたんですか。確かお休みだから帰省されたんじゃ?」
「ああ、そのつもりだったんだがな、家に女子が居た。」
千冬が話に乗ってきた事に内心でガッツポーズする真耶。
正直言って重苦しい話はもう勘弁願いたい処だ。
「女子――というと……いつもの篠ノ之さんたちですか?」
「ああ、いつもの五人組だ。」
「……専用機持ちが六人ですか。今すぐ戦争が起こせますね。」
「冗談にならないぞ、それは。」
そう言いながらも、千冬は笑いながらチーズを頬張る。
「姉としてはやっぱり気になりますか?弟さんがガールフレンドといるのは。」
「それなんだがなぁ……」
グラスを傾け喉を湿らせてから千冬は話を続けた。
「……あいつは、臆病だからな。」
「臆病、ですか?」
真耶は不思議そうに尋ね返す。
真耶からすれば正体不明のISだろうと自分より格上の相手だろうと臆せずに挑みかかる一夏と『臆病』という単語がどうも結びつかなかった。
「親しい人を亡くすのが怖いなら、最後の一線を越えなければいい。……そう、心のどこかが思ってるんだろうな。」
「誰か、亡くなったんですか?」
「………七年前にな。一夏にとっては父親代わりだった。」
「…織斑先生にとっては?」
「…私や束の兄分で、保護者代わりで―――――初恋の相手だ。」
だいぶ良いペースで飲んでいるせいか、千冬の口の滑りは何時になく良かった。
「成る程。……どんな人だったんですか?」
「ふむ………簡単に言えば今の一夏か、千凪のような人だったな。」
「成る程。少なくとも面倒見が良い人だって事は判りました。」
「それだけでは無いぞ。アキト兄さんは―――」
酔った勢いか饒舌に惚気だす千冬。
真耶はそれに相づちをうちながら聞き手に廻る事にした。
「おい、聞いているのか?」
「はいはい。朝まで付き合いますからゆっくり語ってください。」
「ふん……」
年下の真耶がお姉さんぶった笑みを浮かべている事が悔しいような、もどかしいような…それでもってどこか可笑しい気持ちになって千冬は残っていたビールをぐぐっと一気に飲み干す。
「そういうセリフは男に言ったらどうだ?」
「そうですねぇ。目の前の人よりも男前な人が現れたらそうします。」
「ではマスターだな。お勧めだぞ。」
「千冬さん。年寄りをからかうものではありませんよ。」
言いながらマスターがおかわりのグラスを出してくる。
だが、それは黒ビールではなくソルティードッグだった。
「……まだ、頼んでない。」
「そろそろ飲みたい頃だと思いまして。」
「…ふん。私の周りはお節介焼きばかりだ。」
今度は憎まれ口を叩くが満更ではないような千冬だったが、先読みされているムードに少しでも抵抗したくて唇を尖らせてから一口味わう。
まるで子供が拗ねているかのような顔だったが、真耶もマスターも何も言わない。
「愛されているって事ですよ。ね、マスター。」
「そうですとも。」
お節介ついでに何か作りますね、と言ってマスターは奥のキッチンへと引っ込む。
まだ子供じみた様子で拗ねている千冬は残っていたチーズを一気に口へと放り込んだ。
「…色々やって、色々あって…みんな成長するんです。一夏くんもきっと…だからきっと大丈夫ですよ。」
優しげな笑みを浮かべて真耶が言う。
千冬は小さく『そうか………』と呟いてもう一口、グラスを傾ける。
「ところで、真耶。」
「なんですか?」
「今のセリフ、年寄りくさいぞ。」
くくく、と笑いながら千冬に言われ
「な、なんですかっ。笑うなんて酷いですよ!」
真耶はむすーっと頬を膨らませる。
「くく…悪かった悪かった。」
千冬は笑いながらグラスを掲げる。
真耶もそれに倣ってグラスを掲げる。
「みんなの成長を願って。」
グラスがカチンと鳴り、氷がカランと軽やかな音を立てた。
夏の夜は、まだまだこれからだ。
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#63:恋に騒がす五重奏 [過去と今とこれからと] | ||
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