インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#71.5 |
「………」
「………」
その部屋は無言に包まれていた。
その部屋が無人と言う訳ではない。
そこには印象こそ違うが姿の似通った姉妹が居た。
「………」
「………」
何かを言おうとしては言い淀み、それを誤魔化す為にグラスに注がれたオレンジジュースを傾ける姉、((月櫛|たてなし))。
自分からは切り出す事が出来ず、切り出すにも何を話せばいいのかが判らない為に同じく無言でオレンジジュースで口を塞いでおく妹、簪。
「………」
「………」
ここに第三者が居ればそれを仲介か話のタネにする事で喋れたかもしれないが、純粋に二人だけという状況ではそれが出来ない。
故に続いていた沈黙は半刻ほどしたころにようやく破られた。
「………うっ、」
「…?」
「うぅ……ッ!」
突然、楯無が泣き出したのだ。
突然の事に簪は困惑する。
「…そうだよね、こんな妹の友達に嫉妬して襲っちゃうようなダメ姉なんて、見限られて当然よねェ………」
「え、?」
泣きながら物凄く自嘲的なセリフを言い始める楯無。
その顔は心なしか紅い。
「どーせ、((私|わらし))は、妹相手にロクにしゃべれないコミュ障なダメ人間ですよォ。」
「ね、姉しゃん?」
姉の豹変に驚く一方で自身に起きている異常に簪は気付いた。
(あれ、なんかボーっとして…?)
原因を考える、けど頭がうまく回らない。
「いもうとに、大嫌いだなんて言われちゃうような、ダメ姉でしゅよぉ……」
グラスに残っていたオレンジジュースを一気に飲み干し、次の一杯をまた一気に呷る。
まるで自棄酒だと思いつつ、簪はずっと持って傾け続けていたグラスをテーブルの上に置く。
「はは………………」
俯いた楯無は、嗤った。
「っはははははははは、………はぁ」
嗤って、唐突に黙り込んだ。
「ええと………」
簪は、黙って居られなかったがどう、声をかけていいのか判らなくて、困惑する事しかできなかった。
「ねぇ、嗤ってよ。」
「へ?」
「嗤ってよ、嘲ってよ、罵ってよ!簪ちゃんの大嫌いな((お姉ちゃん|わたし))を!」
簪と、楯無の目があった。
楯無の目は、まるで弱った迷子の子犬のようで………簪は見てられなかった。
「ねえ、訊いていい?」
「?」
「今日、なんであんな事をしたの?」
簪に問われ、楯無は少し言い淀んでから呟くように言い始めた。
「……あの子が、簪ちゃんと仲が良かったから。私が出来ないような事を、簡単にやってのけちゃうから……。」
「羨ましかった?」
「………嫉妬してた。」
簪はその『あの子』こと空に言われては居たが本人から聞くと矢張り印象が違う。
「それじゃあ、なんで姉さんは"更識"を出たの?」
「……一度、自分を見つめたかったから。」
楯無は語る。
自分は『簪にとって良かれ』と思って動いてきた。
が、成す事成す事全て上手くいっても姉妹仲に関しては冷える一方であった。
その原因は何なのか。
中からではなく、外から見てみようと思った。
その為には更識の外に出る必要がある。
が、そんな『一身上の都合』で長を止めさせてくれるほど暗部組織は甘くない。
故の国籍変更であったのだ、と。
「………それで、結論は?」
「私には、どうしようもない。コレばかりは……ね。私が何をやっても逆効果だって判ったから。」
楯無は自嘲的に呟く。
楯無が妹の為を思って事を起こすと大抵それが『姉は〜なのに妹は〜』と言いだす輩の材料になってしまうのだから。
だが、簪からすればその言葉は『全ては簪次第だ』と言われているかのように聞こえていた。
簪は知っている。
姉、月櫛は天才である事を。
それも、何かに特化した天賦の才を持つのではなく『努力を才能として身につける』事に関しての天才である事を。
周囲の期待に応える為に、常に努力を続けていた事を。
そしてそれは、((月櫛|じぶん))が周囲の望む"楯無"を演じる事で((簪|いもうと))にその重責を背負わさない為に―――
「あ………」
気付けば、簪は楯無に抱きついて、座っている楯無の頭を抱くような形で抱きしめていた。
「か、簪ちゃん?!」
簪は慌てた声をあげる楯無の頭を優しく撫でる。
「お姉ちゃんの馬鹿。」
だが、その声はこの上なく優しい。
「今すぐは無理でも、絶対に並んで見せる。だって、私は―――」
『努力に裏切らせない天才の、"((私の大好きな更識月櫛|おねえちゃん))"の妹なんだから。』
「……そう言えば、そうだったわね。」
楯無は呟くように言いながら、目じりがじーんと熱くなってきている事に慌てて目を瞑る。
暗部の長として、感情の制御は朝飯前のハズであるのに―――。
一方で簪も言いきってから自分の((発言|ほんね))の余りの恥ずかしさに赤面していた。
自然と体が動いて姉の頭を抱いているが、顔を見られないという意味では正解だったと簪は思う。
「簪ちゃん。今、顔真っ赤でしょ。」
言い当てられて簪はドキッとした。
「そう言う姉さんこそ、泣きそうになってるんじゃないの?」
だが、その言い当てる声が僅かに震えていた事を見逃さなかった簪の反撃に楯無の肩がピクリと動く。
「な、泣いてないからね!?」
「それはどうかな?」
ちょっと意地悪したい気持ちに駆られて簪はそっと抱きしめる腕を外して楯無を視線を合わせる。
楯無の目は『泣いていた』と言われても否定しきれない程度に潤んでいた。
「ほら、やっぱり。」
「そういう簪ちゃんこそ、顔紅いけど?」
「部屋、暑いもん。」
誤魔化しながら簪は自分のグラスを手に取り、残っていたオレンジジュースを一気に飲みきり、おかわりを注いで一気飲みする。
少しでも早く、顔の紅潮を止めるために。
「あー、はいはい。」
一方の楯無も緩んでくる涙腺を必死に引き締める。
ついでにグラスを傾けて顔を隠しておく。
だが、程なくして二人の顔は真っ赤になっていた。
(あれ、?)
(何で?)
考えるが、思考が空回りする。
まるで発熱してるかのように、なんだか暑い。
それを少しでも冷まそうと冷たいジュースを飲むが一向に改善に向かわない。
むしろ悪化しているような気がする。
二人の脳裏に、ある可能性が思い浮かんだ。
―――もしかして、これって……お酒?
程なくして、二人は急激に訪れた眠気に抗えきれずにそのまま椅子代わりにしていたベッドに横になり間もなく寝息を立て始めたのであった。
* * *
「って事が有ったんですよ〜。」
「あらら。それはそれは。」
更識家のとある一室。
そこには月櫛&簪姉妹の祖母、更識((沙代|さよ))と簪の従者にして幼馴染の本音が居た。
何の事は無い。
ただ、簪の従卒として付いてきた。
そして簪が十六代――沙代の夫である空画の元に赴いている間に本音が簪が絶対に話さないであろう話を全暴露しているだけである。
沙代は昔から布仏姉妹を実の孫のように可愛がり、布仏姉妹の方も沙代を実の祖母の様に慕っている。
故の付き合いであった。
「そんな場所を作ってくれたその人には感謝しなくてはなりませんね。」
月櫛と簪の不仲を間近で見ていただけにそれの解決はひときわ喜ばしい事だ。
「オマケにかんちゃんはその人にぞっこんなのです。」
「あらあら。」
「その子が男の子だったり、かんちゃんが男の子だったらウェディングロードまっしぐらな位に。」
「ふふ、いい((親友|おともだち))を見つけたようですね。」
「ちょっと行き過ぎな気もするけどね〜。…む、」
「あら、どうしたのかしら?」
「かんちゃんのお話しが終わったみたい。」
従者が主の動向を確認する為の盗聴器大活躍である。
正しい使い方かどうかは別だが。
「ならば、今回はこれ位にしておきましょう。また、何かあったら教えて頂戴。」
「了解〜。」
そして会話を終了させた処で部屋に簪が入ってくる。
「あら、もうお話しは終わったのですか?」
「うん。訊きたいことは聞けたから。」
「そうですか。それで、いつ学園に?」
「明日の午後にでも。」
「それでは、今夜はゆっくりと色々な話を聞かせてもらうとしましょうか。」
「…うん。」
その晩、色々な話をする事になるのだが、月櫛との和解のシーンについては一切語ろうとしない簪が居た。
だが、簪は知らない。
既に本音によって全て暴露された後であると言う事を。
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再びの人物紹介
更識 沙代(サラシキ サヨ)
月櫛(楯無)、簪の祖母にして空画の妻。
おっとりとして礼儀正しい人だが、空画に言わせれば『じゃじゃ馬で手が付けられない』とか。
本来は作る予定では無かったけどこの話を入れる為に必要になってしまった為に名前が出来上がった為に設定もそんなに存在しない。
なお再登場の予定は今の所は無い。
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