満ちる夜(戦国BSR/佐幸) |
いつの頃からか、旦那は満月の夜を好むようになっていた。何かに理由を付けては団子を欲しがる御人だから、大方、食べる口実としてなのだろう。
信じられない事に、旦那にとって団子は酒の肴にもなる。現に今も、俺様が作った炙り団子を美味しそうに口にしながら酒を呷っている。これって満月が及ぼす、奇々怪々な現象じゃないよな。
そんな今夜も、主は縁側を特等席にして月見をしていた。そんな旦那の後ろで、俺様は尻を付けて同じ物を見ている。
「満月の日は一層、夜が静かだな」
お館様と殴り合いをしている、いつもの様は微塵も見せず、旦那は目を細めて、夜の光を静寂ごと愛しげに仰ぎ見る。こちらなんとなく、旦那がこの夜を好む理由を見つけてしまった。
この御人は弁丸様の頃から、とかく忍に狙われてきた。忍を使う真田家だからなのか、夜ともなれば城内は静けさを隠れ蓑に、張り詰めた緊張感を漂わせていた。だけど満月のような明るさでは、影すら己の存在を見せつける目印となる。
「そうだね、忍ばせてくれない程の明るさだよねえ、これ」
「そうだな」
何気なく返答すれば、笑顔でつかさず頷かれた。俺様は安穏とした夜を与えてやれていなかった事に、今更ながらひそりと憂いた。あーあ、何年旦那と居たんだか。ところが。
「普段はお館様の為によく働いてくれているお前たちが、この夜ばかりは、ゆっくりと休めるだろうからな」
全ての真田が忍たちではないだろうが、と付け加えた。
「旦那……」
まさかの理由だった。俺は不覚にも瞠目した顔で、肩越しに振り返る旦那を凝視してしまった。こちらの動揺を気にした風もなく、また一つ酒を傾けては団子を頬張る。
「本当は皆と、月を愛でながら宴でもしたいのだがな」
「俺様には有無を言わさずだったくせに」
「佐助がおらねば団子が出ん。酒も勝手に拝借とあっては次の日なにを言われるか分からぬではないか」
「……俺様は厨の長でなく、真田忍隊の長なんだけど」
「何を当たり前なことを。お主ほど忍びの中の忍びおらぬぞ」
「どうも」
おざなりに頷けば、ふふ、と酔いの香る笑みを浮かべた。
「佐助とて、普段は忙しく動き回っているであろう。今宵ぐらい俺の隣におれ」
ああ、この人は、どこまで分かって言っているのか。
人ならざる忍にとって仕事の出来ない夜は、人である者たちの休息だった。ところが主にとっては、忍たちが人のように安眠を許されている夜だとしていた。
安らぎは、こちらに与えられていると。
「ねえ旦那、確かに毎回じゃ大変だけど、たまになら宴も良いよ。本当に、たまにだったらね」
「まことか」
ぱあっ、と明るい声で聞き返すから、旦那の隣に移動しながら「うん」と答えた。すると月の光も相まって、主の笑う陰影が深くなった。忍たちとの宴を楽しみにする稀有な武将。満ちた月の下で、本当に満たされたのは、真田の影たちに相違ない。
ならば一つ、月光の下で訂正してもらわなければ。
俺様たちは他の誰でもない、旦那の為に忍働きをしてるってことをね。旦那がいなきゃ、そもそも安らぎという意味すら知らなかったのだから。
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佐幸と言うにはカプぽく見えないから真田主従かな。ブルームーンの日に投下したかった、人様の配布用で奪われるように書いたSS。 | ||
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