東方外鬼譚 《愚神礼賛》が幻想入り 第五章
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♯死神と昼寝

 

 

 空が高い………。いや…、低いのだろうか?

距離感のない曖昧な空を見上げながら、軋識は立ち尽くしていた。

今にも夕立でも起きそうな、あるいは季節外れに雪でも振りそうな灰色の空。

そして、そんな空をまるごと反転させたような辛気臭い川。

「本当にあるんだな…」

どこに行くでもなく、軋識は川沿いに歩きはじめた。

「まあ、めったに来るような場所でも無いしな」

歩きながらひょいと、足元の彼岸花を一輪だけ摘む。

一輪くらいいいだろう…、どうせ見渡す限りの朱い花畑なんだし。

「気が付くな」と言う方が逆に無理がある。

同じ状況に立たされて、きっと日本人なら十人が十人とも同じ場所の名を口にする筈だ。

「三途の河って本当にあるんだな」

彼岸花を一通りおもちゃにすると、川面に投げ捨てた。

それにしても広い、長さもさることながら川幅に至っては対岸がまるで見えない。

正直、流れがなければ海だと言われても、全然信じられる広大さだ。

ちなみに流れは、右から左へ流れていており軋識もそれに習って下流へ向かっている。

理由は単なる暇つぶしなのだが、実際は待ちくたびれたのだ。

何に?一般にお迎えと呼ばれる者にである。

「それにしても誰もいないな…」

軋識がここ、おそらく三途の河と呼ばれているこの場所に来たのは既に数時間も前だ。

最初こそ混乱したが、すぐに体の痛みが無い事に気が付き、

何より眼前の風景があまりに想像通りだったせいか、自分の置かれた状況は理解に難しくなかった。

だがそこからだ…、待てども待てども迎らしい船は一艘も来ず。

川岸の石で一時間以上も水切りをしたが、結局我慢の限界に達し今にいたるのだ。

「幽霊とか鬼とかたくさん居るイメージだったんだがな」

どれほど歩いただろうか。

腕時計を見ると随分経っているだが、こんな状況だし過信はできない。

「ん、あれは…?」

見れば川岸になにやら人工物のようなモノが見える。

軋識が駆け寄って確認してみると、それは船一艘がやっと留まれそうな小規模な桟橋だった。

と言うか既に一艘の木製の船が留まっている。

いかにも小舟といった感じで、ゆったり乗るならせいぜい二人が限界だろう。

「ガス屋じゃあるまいし、まさかセルフサービスって事は無いよな……」

辺りを見渡しても船の持ち主らしき人物は見当たらない。

とは言っても、元より人が見当たらないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

「でもまてよ…」

ここに船が在るという事は、誰かがこの船を使ってこちらに来たという事だ。

ならここで待っていればいずれ持ち主が帰って来る筈じゃないか?

「うん、我ながら頭が冴えてるな!」

軋識は桟橋に腰を下ろすと、あらためて周りを見渡した。

どおやらここには風が無いらしく、海で言えば凪のような状態だ。

そのせいか花は揺れることがまったく無く、

そこだけ眺めていると、どこか時間の流れに取り残されたような気分になる。

もっとも、本当に取り残してしまったのは自分の方かもしれないが…。

川はと言うと、陸とは反対に勢いよく流れていた。

前にレンから聞いた話だと「三途の河は業の深い人間が渡ろうとすると

川幅は広く、川底は深く、そして流れは早くなるそうだ。

それにしても誰が痛い思いをしに、そんな荒れた川を渡ろうと思うんだろうね。

僕だったら渡らずに、ずっと岸にとどまって第二の人生を歩むね」

とかなんとか言っていたが、あながち間違いでは無かったみたいだ。

少なくとも投げ出した足の下を流れる川は、

目視できない程遠い向こう岸まで泳ぐには流れが早すぎる。

きっと体力が持たないだろう。

「だから、この船があるんだろうけど…」

軋識はしげしげと船を眺めた。

小型で木造、年季が入っているせいか頼りなくもあり、

見れば見るほどに不安が湧き上がる。

「ま、まさかとは思うけど…、これ捨てられてるんじゃ……」

もしもそうなら、ここでこうしていても何の意味もない。

軋識は立ち上がると慌てて船底を確認した。

「………は?」

結果から言えば水漏れはなく、ついでに櫂もしっかり備えられていた。

そして船頭らしき人物も、そこに居た――。正確には船底で、うずくまって眠っている。

顔を覗き込んでみると17、8だろうか、赤毛の小娘のようだ。

「またガキか――。でも、なんでこんな所で寝てるんだ」

できれば船頭であってほしいけれど、もしかすれば第二の人生を満喫している幽霊かもしれない。

「むにゃむにゃ…」

小娘は大きな鎌を大事そうに抱えながら寝返りをうった。

危なっかしい……。

それにしても、この大鎌は何なんだ。

死神を名乗る『石凪』でもあるまいし何か意味があるのか?

まあ、すべては本人に聞けば済む話だ。

「おい起きろ、目を覚ませ!!」軋識は強めに小娘の肩を揺すった。

「うう、ぅん…ん!」

小娘は半目を開くと勢いよく跳ね起き、そのまま土下座を始めた。

「すすすすすみません、四季さまぁ!!

 こここれには深い事情がありましてでしてして!!」

それは軋識が一瞬身構える程の気合のはいった土下座だった。

しかし、頭を下げる相手を間違えている事に気が付いていないようだ。

十中八九誰かと間違えてるんだろう…、寝ぼけてるのか?

「頭上げろ、俺の顔をよく見ろ」軋識は船のへりに手を付き顔を近づける。

「へ?」

やっと頭がはっきりしたのか、軋識の顔をしげしげと眺めると小首をかしげた。

「えーっと、どちら様でしたっけ?」

小娘は鎌を拾い上げると、船から桟橋に飛び移った。

不安定な船から跳躍するところを見ると、船に乗り慣れていのが分かる。

「そりゃこっちのセリフだよ…」

「あたいかい? あたいは小野塚小町、この川の船頭している死神さ」

小町は鎌をくるりと回すと肩に担いでみせた。

着物とロングスカートをつなぎ合わせた奇っ怪な服装のせいか、どこかミスマッチな雰囲気だ。

「死神が船頭…、ならやっぱりこの川は三途の河≠ネのか?」

「へぇ〜、随分と理解がはやいね。普通だったら結構時間かかるのに!」

軋識はため息と共に、その場にへたり込んだ。

「ここに来たのは、もう何時間も前の事だよ。

 ったく、どれだけ歩き回ったと思ってるんだか…」

「えっ!そうだったのかい!?殊勝な人間もいるもんだね〜。で、えーっと」

小町は頭をかきながら軋識を指差した。

「俺は―――」言葉に詰まる。

しかしすぐに思い直す、ここは三途の河だ。もう隠す必要はない。

「俺は、――零崎軋識」

「軋識ね、彼岸に早く渡りたいみたいだけど、今はまだ無理だ」

こうも堂々と零崎を名乗ったのは、考えてみれば初めてかもしれない。

それにしても、別に早く渡らせて欲しくて探し回っていた訳ではないんだけどな…。

「今は*ウ理って、どういう事だ?」

小町は何かを確認するような眼差しで軋識を見つめた。

「さっきお前さん、軋識は歩き回って探したって言ったろ?

 普通そんなことは有り得ないんだ。

 死んだ人間の魂は、この桟橋の周辺に現れる筈だからね」

筈って…、例外があると言いたいのか?

「要領を得ないな…。つまりどういう事なんだ」

「簡単さ、まだ死にきってい無いってだけの事だよ」

死にきっていない――?

「後はもう死ぬのを待つだけの瀕死者は、希にこっち側に来ちゃうんだ。

 でもそれって正規のお迎えじゃあないから、うまく導かれないで

 変な処に出てきちゃうんだ。例えば今言ってたお前さんみたいな感じにね?」

「なら、――俺はまだ死んでいないのか?」

軋識はすがるような目で小町を見た。

しかし小町の反応は冷たいものだった。

「言っておくけど、まだってだけさ。そのうち完全に魂が身体を離れる。

 今はまだ℃りの魂が見えていない様だけど、すぐに見えるようになるよ」

軋識はがくりと肩を落としす。

まあ、自分の死に方を考えれば確認を取るまでもなく蘇生の余地はない。

そもそもどうして、あんな深い穴に落ちて、今こうして瀕死でいられるのか不思議なくらいだ。

「まあまあ、人間なんていつかみ〜んな死んじゃうんだしさ。

 ついでだし、しばらくあたいの話相手になってくれよっ!」

それだけ言うと、小町は軋識を強引に引っ張って川岸に座らせると自分も横に座った。

「お、おい、俺が言うのも何か変な気がするけど仕事はいいのか?」

「仕事?いいのいいの! どうせ溢れない程度に運んでれば誰の迷惑にはならいんだから」

小町はそんな事気にするな、とでも言うようにあっけらかんとしている。

「いや、迷惑って…」

所詮は他人事だし、これ以上は本人の責任か…。

「それにしても久しぶりだな〜」

小町は軋識の微妙な視線など気にせず、話しを始めた。

「久しぶりって何がだ? 今だって魂は幾らでも周りにいるんだろ」

言いながら辺りを見渡す、当然軋識には何も見えない。

「普通の魂ならね。あたいが言ってるのは、会話が出来るほど精神が安定した外来人≠フ魂さ」

「外来人? 外国人の間違いだろ」

外来人って何だよ、外来種か?外来生物の事か?ミシシッピアカミミガメの事か?

「いや、外来人であってるよ。普通知らないだろうけど桟橋と死神はセットなのさ、

 そして、それぞれ担当する地区が決められている…。

 つまり死んだ土地によって送られる桟橋が違うって事さ」

「…それがどうかしたのか?」外来人云々の話はどこへ行ったんだよ…。

「なあ、軋識。自分が死んだ…、瀕死になった場所がどこだったか覚えているかい?」

小町はそう問いかけると、薄気味悪い笑を浮かべた。

「馬鹿にしてるのか…。■■■県の■■■町にある■■■山だ」

小町の態度に多少不安を感じたが、地名もスラスラ出てきた。

こんな事を聞いて一体何を確かめようとしているんだ?

「ふんふん、ま、正解だね。でも、――間違いだ」

ピキリ、と軋識の額に青筋が浮いた。

まるでレンを相手にしているようだ…。だが、それなら怒ったりしても効果はない。

「もったいぶらずに、そろそろ話したらどうだ――?」

とは言っても、その言葉には怒りが感じられる。

「ははは、『短気は損気』少しはわきまえてるね」

小町はそれだけ言うと立ち上がり、軋識の前に移動した。

「ここで漂っている霊達が死んだのは幻想郷≠ニ呼ばれている土地さ」

「な、何を言って…。俺がいたのは■■■山で――」

軋識は反論の言葉と共に立ち上がった。

「そう、その■■■山に連なる山に囲まれた郷、

 それが幻想郷さ。だからある意味正解だし、ある意味間違いなんだ」

山に囲まれた郷?そんなもの地図には載って―――。

「――あ……」

郷…、確かに見た。地図にも載っていない山奥の集落群。

「お、なんにか覚えがあるみたいだね」小町は興味深そうに軋識を見つめる。

「あぁ…、でも幻想郷って一体なんなんだ?

 どうしてあんな山奥にある。その上、地図にも載っていないなんて!」

混乱し始めたのか、軋識の声は次第に大きくなる。

「当たり前さ。幻想郷は結界に守られている土地。

 神霊や妖怪がいまだ人間と共存する、外からは隔絶された土地なのさ。

 だから結界の外から来た人間を幻想郷では、外来人って呼んでるってわけ」

軋識は一瞬、頭の中で色々な何かがつながった気がした。

神?妖怪?普段だったらそんなもの欠片も信じていないし、どうでもいい。

しかし、今は小町の言葉を否定する事が出来そうになかった。

色々と気にかかる事もあったし、何よりここが三途の川と言うのもあった。

「俗に言う最後の楽園≠チてやつだね!」

「その楽園で、俺は死んだんだけどな?」軋識はため息をついた。

嘘か本当か分からい事ばかりだが、

それでも小町の話す情報は軋識に一応の納得と安心を与えた。

「まあ、気にしない気にしない。

 …そうだっ!それなら、その時の話を聞かせておくれよ!!」

「…?その時って…、どの時だよ」

小町はわくわくと目を輝かせている。

「もちろん死んだ時のことさ! 幻想郷で外来人の死人が出る時なんて、

 大抵は妖怪の仕業だからね。此岸の情勢を知るには、妖怪の動向を知るのが一番なんだ。

 でも、最近は仕事が忙しくってね、なかなか出歩く暇がなかったんだ」

頼む、とでも言うように小町は手を合わせた。

それなら、昼寝する時間を削って出歩けばいいんじゃないか?

「死んだ時って…、俺はまだ死んでないんだろ?

 それに、そんな話聞きたいなんて変わった趣味だな?」

軋識は怪訝そうな顔で小町を見た。

まあ、俺が言えた義理ではないんだけどな……。

「ん〜、正直外の事は仲間の死神にも聞けるしね〜、興味ないって言うか…。

 それに死人相手の商売だし、そのへんのモラルなんて死神に求められてもね〜」

逆に非難するような目を軋識に向ける。

なるほど…、死神も色々と大変なようだ。

「わかったよ! あー、それじゃあどこから話すかな…」

椛と名乗ったあの少女を思い出しながら、軋識は彼女に声をかけられた処から話し始めた。

そして同時に、ある事についてを思案を巡らせていた。

もし仮に、本当に自分が幻想郷と言う、外界と隔絶された場所に迷い込んでしまったとして。

じゃあどの段階でその場所に迷い込んだんだ?

警備の傭兵を殺していた段階では間違いなく外≠フ世界だった筈だ…。

だけど椛と共に見た山間の郷、地図にないあの郷を見た時きっと、

俺は既に内≠ノ入り込んでしまっていたんだと思う…。

ここまで考えれば流石に分かる。

この二つの事象の間に自分がした行動は限られてくるからだ。

『試作機』の破壊――、これしか考えられない。

おそらくだが、その時結界に傷を付けること無く、結界の向こう側まで通り抜ける

事をしてしまったんだろう――。

破壊しに来た本人が、被検体になるなんて笑い話にもならない事だ…。

暴君にあわせる顔が――、いや…、もう身体が無い…か。

 

多少の部分の端は折り、とりあえず軋識は穴へ落ちたまでのあらましを説明した。

小町は最初こそ話の所々にちゃちゃを入れたりもしていたが、

途中からは妙に静かになり、最後には何かを考えるように軋識の話に聞き入っていた。

「その子供は間違いなく白狼天狗≠セよ。人間が敵うような妖怪じゃないって」

こうもあっさり敵わない、と言われると少しへこむ…。

「でもどうして、あのガキが白狼天狗だって分かるんだ?」

ガキのくだりは、かなり端折って話している筈なんだが…。

「妖怪の山で人間を下山させようとする奴なんて、天狗くらいしかいないからね。

 それに帯刀して楓模様の朱塗りの盾を持ってるなんて、他に考えられないよ」

他に考えられないとは、どういう事だろう。

「そんなに有名なのか?」

「有名と言うよりは常識かな? 幻想郷では妖怪のテリトリーを知っておくのは、

 自分の命を守ることと同義だからね。それは妖怪にとっても人間にとっても同じことさ」

確かに、あの集落っぷりを見ると公的機関なんてあるように見えなかったからな。

「君子危うきに近寄らずってところか?」

「この場合は触らぬ神に祟りなしかな」

……なるほど。

「それで神ならぬ妖怪に触れたお前さんは、――何者なんだい?」

「何者って、…なんの事だ?」と言うよりは、どの事を言っているんだろう。

「天狗は優秀な種族の妖怪だ、白狼天狗はその中でも特に身体能力に長けている種族。

 対して人間は、並みの妖怪にも歯が立たないような存在なのに…。

 それなのにどうしてお前さんは、そんな白狼天狗と戦えたんだい?」

小町は野次馬精神丸出しといった感じで軋識に詰め寄った。

俺は説明のあいだ無意識に自分が零崎であるという事を、殺人鬼であることを隠していた。

これは本能と言うか、習慣であり防衛でもある、

逆にレンのように飄々と零崎を名乗る方が希でおかしいのだ。おかしいのだ…。

まあ…、こうなる事は予想していた。小町もこういった話のタネを求めて、俺に話をさせた訳だしな。

「俺は日常的に人殺しをしていてな、少しは戦う事も出来るんだ」

「なんだって?」

あぁ、普通そうなる。それが普通の反応だ。

「つまり殺人鬼なんだ」

なんだろうこの違和感は…、考えてみればこうして自分から殺人鬼≠名乗るなのも初めてだ。

「うーん、じゃあ左手を開いてみておくれよ」

しかし小町の反応は驚きというよりは、半信半疑といった冷静な反応だった。

小町の反応に少し物足りないものを感じながら、軋識は自分の左手を見た。

「…左手?」

だが、そう言われてみればここに来て一度も左の掌を開いていない…。

ただの一度もだ――。

いささか奇妙ではあったが、軋識は言われたとおり手を開いてみた。

「いつの間にこんなもの――」

二人の目線の先、開かれた軋識の掌の上には穴の空いた六枚の硬貨が乗っていた。

まだ自分が善良だと思っていた頃、学校の教科書にこんな形の古い硬貨を見たことがある。

なんて名前だっただろう……。

「和同開珎?」

「いやいや、寛永通宝だって…。でも…、って事は嘘ついてないって事だね」

一人納得した様子の小町だが、軋識にはこの寛永通宝とやらに何の意味があるのか理解出来なかった。

「こんな物で嘘をついていないって事が分かるのか?」

「もちろん。でも、それなら困った事になるな…」

困った事? 一体なんの事だろうか、この状況以上に何か困った事なんてあるだろうか。

「じつは軋識、お前さんの寿命がさっきから伸びてるんだ」

「なんだって!? それほんとかよ!」

それのどこが困ったことなんだ!? 

いや、もしかしたら死神という立場としては良くないことなのかもしれない。

もしそうだとしても、俺にとっては喜ばしい事には違いない。

「間違いないよ、死神は人間の寿命の限り≠ェみえるからね。

 それで軋識、最後になると思うしお前さんに聞いておきたい事があるんだ」

「何でも聞いてくれ」今の俺なら何でも答えれる気がする。

「随分と機嫌がいいな〜。じゃあ聞くけど、底も見えない穴に落ちて、

 ――どうして瀕死で済んだんだい?」

それは単刀直入にして、単純明快な疑問だった…。

しかし、それに対する明確な回答を軋識は持ち合わせている筈はなく。

「そう言われてみれば…、どうして俺生きてるんだ――?」

同じく疑問に賛同するしかなかった。

そうだ…、言われてみればその通りだ。

穴に落ちて数秒のあいだは意識があった…、人間が数秒も落下すれば一体なん十m落下するって言うんだ。

確実に即死級の、――助かりようの無い高さに該当するはずじゃないか?

あまりに当たり前の事実に気付かされた軋識だったが、既にタイムリミットはきてしまっていた。

もちろん死のではない、魂が肉体に帰るときのだ。

「うおっ! なんだ、引っ張られる!?」

軋識の身体は見えない力のようなものによって、強く後方へ引っ張られた。

「どおやらお前さんの肉体が、魂を受け入れる程に回復したらしいね」

「そんな事より小町! お前、何か知ってるんじゃないのか?」

ひとに質問しておきながら、あの態度…。まるで俺が答えられない事を予期していたようにも感じられる。

「そうさね〜、あたいとしちゃあ地底の連中が

 お前さんを助ける理由なんて、想像もつかないからね〜」

小町はニヤニヤと笑いながら、謎の引力に耐える軋識を鎌の柄で小突いた。

「何しやがる!? お、おい馬鹿やめろ!

 地底って何だ、お前にはまだ聞きたいことが山ほど――」

「しつこいな〜! 生き返りたかったんだろ?

 と〜っとと行ってこーい!!」そう言うと今度は強めに突いた。

「おいマジでやめ―――」それが最後だった。

軋識は後方へ倒れ込んでいき、同時に身体は輪郭を失っていく。

そしてとうとう、――霧散するように消えてしまった。

「肉体に返って早々、旧地獄とはね…。業の深い人間もいたもんだ」

ひとり取り残された小町は、誰にともなく呟いた。

もっとも小町の目には多くの魂が写っているし、一人とは言い難いかもしれない。

「――殺人鬼ね」戦争以外で人が人を殺す事はよくある話だ。

でも、あの男はおそらくそう言った部類にさえ括ることができそうにない。

三途の川の渡し賃は、生前の善行によって増減する。

神職に身を置く者に至っては、千両箱を抱えてくることもザラではないし

一般人だってそれの半分以下くらいを船頭に渡し船に乗る。

では六文とは?

大罪を犯した魂が、渡し賃が無く川を渡れず地獄に落ちることさえ出来ない事態にないならないよう

閻魔王がすべての人間に与えた、いずれ輪廻から脱する事ができるようにと言う願いの六文だ。

「困ったな〜。ま、とりあえず四季様には報告しとかないとね」

あんな人間が地上に上がったらいったいどうなるか…、きっと忙しくなるに違いない。

そしたら四季様もストレスが溜まって、あたいは――。

「でも、その前にもう一眠りしよう」そんな事を言いながら、彼岸花を背に敷き寝転がる。

 

「――今日も三途は流れが速い…」

うんと伸びをし、小町は静かに目をとじた。

 

 

 

 

 

 

 

[newpage]

 

あとがき

 

 

軋識は蘇る、何度でも!!

いえ、もともと死んでないっすwww

実は小町の一人称にあたい≠選んだことを深く後悔しています。

次は必然的に地底に話がうつるんですが

資料を見ながら「あれ?お燐って一人称あたいじゃね?」となりまして。

自分としては、う〜んって気分なワケですよ!

別に気にするような事じゃないんですけど、う〜んな気分なんです。

 

あと今回、登場した人物の名前のタグを付けておきましたので、

分らない方はそこからイラストの方をどうぞ。

説明
トンネルを抜けたら死の国だった
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二次創作 幻想入り 《愚神礼賛》が幻想入り 零崎軋識 小野塚小町 四季映姫 

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