杞憂感染(戦国BSR/佐弁小説) |
真田忍隊に入ってまだ間もないというのに、猿飛佐助の才能は、折り紙付きだった。漆黒の忍び装束を纏えば、異能である闇と、正に一体となっているようだった。
その佐助の闇が、嘲笑う。今宵を照らす三日月のごとく細めた佐助の目が、敵を捉えた。
「お馬鹿さん」
同じ衣に身を包んだ忍は佐助の歪曲する闇と、僅かな月明かりで光る大型手裏剣に戦く。
「っ‥‥‥」
佐助よりも年上の上忍だというのに、恐怖で震えているのが空気を伝わって届く。これが、昨日までは同じ真田忍隊にいたのかと思うと、反吐が出た。
佐助は大型手裏剣を仕舞い、代わりにどこにでもある苦無を握る。これで人の肉を断つのは初めてではないから、うまく即死をさせずに為せるだろう。
「あんた見つかったのが俺様で気の毒だね」
佐助は敵となった忍の肩に苦無を突き刺した。実をいえば無益な殺生は好まない佐助にとって、拷問といった死を延ばす行為は、持て余してしまう代物だった。だが、今回は違う。
「楽には死ねないよ」
ニタリと佐助が笑えば、従順なフリをした闇も嗤(わら)う。真田を裏切った忍は、自害をする間を作らなかった己を呪った。
これは、弁丸が5才も間近になる頃に起きた話。
甲賀の里より真田家に仕える事となった佐助は、割とあっさり、弁丸付きの忍となった。下忍でありながら年に似合わぬ実力も相まって、佐助の忍び働きは少なくはない。
昼は弁丸の傍に付き、夜は任務をこなす。忍としての仕事が長引けば、弁丸は自然と、佐助を待つ事を強いられていた。本当は待つのは嫌いだった。素直に寂しいし、もし己の見えぬ所で佐助にもしもの事があったらと、やたらと不安になってしまう。
そんなある日の事。佐助と一部の真田忍隊に、弁丸の父である昌幸より、暗殺命令が下された。相手は、真田家の遠い親類にもあたる家臣と、その一派。
命を受ければ理由など関係無く仕事をこなすだけだだが、今回ばかりは勝手が違っていた。
昌幸付きの忍であり、真田忍隊の隊長でもある長が苦々しく吐露する。
裏切りの策略は、弁丸を攫い、死をも構わぬという物。
一見すれば、童である次男坊を殺す事に意味があるとは思えない。しかし弁丸は炎の異能を持っている。刀どころか槍すらも操ろうとしている様に、将来を有望視されるのは必然。
縁が遠すぎて血の薄い者は、異能を含めた噂だけで、あれやこれやと杞憂する。尾っぽを自ら広げ、次第に不安が勝った男は、己の立場が危うくなるのではと鑑みだしていく。
一度感染してしまった妄想は留まる事を知らず、見たことも無い真田の次男坊を恐れた。
そうして恐れを伝染させた一人の男の計略により、安易に乗せられた片手にも満たぬ武将らと、同胞である真田忍隊を寝返らせ、謀反を企む。
甲斐の虎を出すまでもない身内の不祥事の始末を、知将として、一人の父として是とした。
首謀者はあっさり殺した。混乱に乗じた家臣の内の一人と、数人の忍を逃してしまうものの、少数精鋭で固めた佐助たちに有利なのは変わらなかった。
結果、《最後の生き残り》にさせていた忍も、佐助が始末した。夜がしらみ始めた刻限になっても、まだ武士が猿山の一部なっていないと知るや、佐助は血まみれの苦無を握ったまま狩りを続ける。
早く。もうこれ以上、生かしておけない。陽が昇るまでに、もう一山こさえなくては。森に入ったと聞き、虚ろな眼差しで疾駆しながら気配を探る。
「許さない、絶対に許すかよ、見つけてやる、見つけて殺してやる、俺が殺してやる」
時折唇から漏れる言霊が呼んだのか、抜身の刀一本で潜んでいた男を嗅ぎ付けた。血が滴り落ちる程べっとりと付いた苦無では、少し切れ味が落ちるかもしれないが、人一人を殺すには問題無い。枝から枝へと移動していた佐助は音も無く、男の頭上より舞い降りる。
「見ぃつけた」
「ひいっ」
男にとって血と死の匂いを纏った忍は、ただの獣にしか見えなかった。捕食する側と、される側だけの空間。
佐助であった筈の獣は、この瞬間以上、無駄に獲物を生きさせる気など毛頭ない。息を一つ吐かせるのも煩わしい。狩りは、とても簡素で完璧にこなされた。多少、皮膚に引っかかった感触もあったが、さほどの事だ。
むしろ、ただ一つであり最大の失態は、裏切り者の首を跳ねた瞬間を、弁丸に見られた事。
「‥‥‥‥‥‥さすけ?」
「?!」
少し舌っ足らずな声が、肉の塊と化した物体の奥、つまり佐助の正面より聞こえた。物陰よりガサリと出たてきた所だった弁丸は、半ば呆然と立ち尽くし、獣を凝視している。
「あ……」
獣も途方にくれる。どうして五間(約9.09m)も離れてはいない主の気配に気づけなかったのか。そして何故、こんな朝靄のかかる森に一人でいるのか。よくよく辺りを見渡せば、弁丸の寝所から見て裏山に当たる場所まで来ていた。それにしても、だ。
殺す、という一点のみに思考を沈めていた佐助には、分からないことだらけだ。
どうして、どうして、どうして。
しかし主の前で数人分の血を被った姿を晒しているのだけは認識した途端、歯の根が合わずにガチガチと震えだした。
「俺……、どうし、て……こんな所に、……」
掠れた声はまるで、初めて言葉を発するたどたどしさに似ている。そんな獣よりも、はきはきとした発生で弁丸が問うた。
「おわったのか」
「え」
「さすけのしごとは、おわったのか」
少し頬が強ばっているものの、主らしい物言いに、従うものとしての本能のみで、首を小さく下に傾かせる。弁丸は返答をもらうや、「そうか」と頷き、小さな足を踏み出す。
「ならば、弁といっしょにかえろう」
「近づくなっ」
獣は、人の子が土を蹴る音に、過敏に拒絶を示した。
「なぜだ」
童が気にせず獣に近づけば、獣は警戒と恐怖を織り交ぜながら、半歩ずつ下がる。
「お願いです、離れて、駄目だ、見ないで……っ」
首を左右に降り、否定したい現実を目の当たりにする。
あなたに害をなす者が許せなくて、あなたを俺から奪おうとする物が許せなくて。ただそれだけなのに、己という生き物が、あなたにとって許されざるものだった。
しかし逃げようとする獣の腰布を掴み、弁丸は「いやだ」と否やを言わせぬ目で射抜いた。
「いやだ、ぜったいはなさぬ。いっしょにかえるというまで、はなれぬ」
腰にしがみつく格好で、いやいやと首を横に降る。
「いっしょにかえって、弁は、さすけをほめてやるのだ」
突如降って湧いた的を得ない発言に、逃げることしか頭に無かった獣の足が止まる。
「……なに、それ……」
褒める、など、この状況に一番似つかわしくない。
弁丸にとっては、どんな物でも反応が返ってきた事が嬉しくて、内緒の話を教えてあげた。
「父上が、おっしゃっていた。弁はさすけのあるじだから、さすけがかえってくるのを、まつのがやくめだと」
―そして勤めを果たして戻ってきたのなら、主として立派に労え。労に報いる態度を示してこそ主だ。
待つ事の辛さを、理不尽だと噛み締めているだけの息子に、待つ事の意味と重要さを問う。結局は待ちきれていないのだが、昌幸が教えた事を、弁丸は実行する。
「さすけは弁のしのびだ」
獣は知らない。弁丸の抱く不安が杞憂を感染させ、眠れぬ夜を過ごしていたのを。
「さすけは、弁のじまんだ」
忍は知らない。眠れぬ夜は、この忍のただならぬ気配を主が胸騒ぎとして捉えたからだと。
「たいぎであったぞ」
佐助は知る。迷いのない主の瞳に映るのは、猿飛佐助、己である事を。
眉間に皺を寄せた佐助は、目を閉じて膝を折る。目線が合う高さになるや、弁丸は佐助の頭ごと、血で汚れるのも厭わずに、ぎゅっと抱きかかえた。
「さすけ」
「弁丸様……」
他人の血に染まり合い、互いの生きる音に安堵する。二人は無意識に同調し合った。
この音が無くなる時の、そら恐ろしさは想像すら追いつかず、一歩間違えば現実となった夜を思えば、これほど心の蔵が止まる朝はないと。
「弁丸様」
「さすけ、おかえり」
次第に、朝靄の隙間から陽の光が差し込んできた。朝が来た事と、守られた温もりを実感する。佐助も今に至るまで、自覚無き杞憂に感染していた。小さくて細い弁丸の腕の隙間から、暗夜に灯を見る心地で光に目を細めれば、再び目を閉じて陶酔感に浸る。
主の全てが今、己だけに向けられている。その独占を重畳としてしまっている罪を覆い隠し、獣は人であった物を思い出す。
「ただいま、弁丸様」
そうして猿山という屍の頂きで、忍びにも人にも何にもなれずにいた者は、弁丸のいる地へと下山する。弁丸の存在そのものが、佐助にとっての狂気であり、救済である事実を今一度噛み締めた昨日を超え、当たり前の今日を迎えた。
《了》
□余談□
「俺様は湯浴みぐらい一人で入れますし、そもそも水で良いんで、川に行ってきますって」
「何をいうっ一緒に入って洗ってやるぞっ」
「‥‥弁丸様の破廉恥」
「?はれんち、とは、どういういみだ」
ベンマルサマハ ハレンチヲ オボエタ レベルガ スコシ アガッタ
<了>
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新刊「かさねがさね」収録。短編2本の内の1本。読み切りです。A5変形じゃばら折りのコピー本です!お経本の形ですよ、アコーディオンみたいな!よろしければ装丁だけでも見て呆れて頂ければ。 | ||
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