【南の島の雪女】キジムナーの少女のふくしゅう
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【あらすじ】

僕、クラスメイトの女子から手紙をもらいました。

手紙の中には「放課後、木の下で待っています」という文面が。

 

これって、その、たぶん…いやいや。

そんなわけないじゃないか。

でもちょっとだけ期待して、木の下に来てみれば、

いつの間にか、女子にぐるぐる巻きに縛られて、身動きのとれない状態に。

 

え、これってどういうこと? 僕が『人質』だって!?

意味がわからないよ。なんで僕が人質に。

ああ、いったいどうなるんだろう…

 

【主な登場人物】

・白雪 … 雪女。故郷でいろいろとやらかし、沖縄まで逃げてきた。

      沖縄では雪の術を使えないため、無力。

 

・風乃 … 高校生。霊感があり、幽霊と仲良くすることができる。

      逃げる白雪をかくまい、一緒に住んでいる。

 

・茜  … 風乃の同級生。正体は「キジムナー」という沖縄の妖怪。

      報奨金目当てで、白雪を捕まえようとしている。

 

・緋那 … 茜の親友。正体は「キジムナー」という沖縄の妖怪。

      茜に白雪捕獲を手伝わされている。

 

・中城若葉 … 風乃の同級生で、風乃の隣の家に住んでいる。

        茜の作戦に巻き込まれ、不幸な目にあう。

 

・南国紳士 … 黒いスーツを着た紳士風の青年。正体は、ハブの妖怪である。

        不幸な目にあう若葉を助けようとする。

 

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【若葉、呼び出される】

 

「若葉、ちょっといい?」

 

「茜? 緋那も。

 どうしたの?

 ふたりとも、僕に何か用?」

 

学校の休み時間。

教室の席に座って、ぼけっとしていた若葉。

突然、茜と緋那に、小声で呼ばれる。

 

「これ、あとで読んで」

 

茜は、若葉にそっと手紙を差し出した。

 

「な、何かな。この手紙は」

 

「いいから。あとで読んで。

 さ、緋那。もう行こう」

 

「う、うん…」

 

茜は、スタスタと、若葉の前から去る。

少し遅れて、緋那がわたわたと去る。

 

「何だろう」

 

若葉は手紙をひらいた。

文字を読む。

「今日の放課後、公園のガジュマルの木の下で待っています」

と書いてあった。

 

「放課後、ガジュマルの木の下で待っています!?

 こっ、これは…!」

 

思わせぶりな内容。

手紙をもつ指に力が入る。

ぎりぎりとにぎられた手紙に、シワが刻まれていく。

 

「だ、誰もこの手紙、読んでないよね」

 

周りにのぞかれてないかと、あたりを見回す。

 

みんな、雑談か、寝るか、弁当を食うか、寝るか、もしくは寝るか、で忙しいようだ。

若葉のもっている手紙など見向きもしない。

 

「よし、誰も見てないな」

 

教科書で手紙を隠しながら、もう一度読む。

手紙の文字をかみ締める。

 

(やった、これで僕も素敵な学生生活を送れるぞ!)

 

心の中でガッツポーズを決める。

 

「若葉、さっきから、何きょろきょろしてるの?

 背後霊でも探しているの?」

 

若葉の背後から、幽霊のようにあらわれる風乃。

 

「う、うわ!?

 風乃!?

 びっくりさせないでよ!

 いきなり後ろから話しかけるなんて!」

 

「背後霊なら昨日からいないよ。

 探すだけ無駄だよ」

 

「背後霊を探すつもりなんて、ないんだけど…」

 

若葉は顔をひきつらせた。

 

「きょろきょろしなくても大丈夫だよ。

 次、背後霊みかけたら、教えてあげるから」

 

「教えなくていいよ!」

 

 

【呼ばれて来てみる】

 

「あ、来た。

 若葉、こっちだよ」

 

若葉は、茜と緋那に誘われたとおり、ガジュマルの木の下にやってきた。

そこには、茜と緋那がいた。

大きなガジュマルの木は、2人を陰で覆いつくしている。

 

「茜、緋那。

 な…何の用、かな。

 手紙みたんだけど、その、

 ここに来てほしい、って」

 

「うん。いやその…

 なんだ。

 別に、何かすごいことを言うつもりはないの」

 

茜は、頬を紅潮させ、手を腰のうしろに回して、

もじもじとしている。

 

「ん?」

 

「入学したばかりで、友達がいないんだ。

 友達に…なってくれる?

 席も近いし、ほら。

 わ、わざわざこういうこと言うのも

 アレだけどさ」

 

茜は、長い髪の毛を、指先でつかんで、くるくるさせる。

 

「い、いいけど…」

 

「私も、茜と同じ。

 若葉に、友達になってほしい、かな?

 ね、お願い」

 

「緋那…。

 うん、ぼ、僕でいいのかな」

 

緋那

「他の人には話しかけづらくて。

 い、いえ、男の人たちが怖いってわけじゃ

 ないんだけど」

 

「若葉って、その…見た目が女の子っぽいし、

 話しかけやすいというか」

 

若葉

「そ、そうなんだ」

 

若葉

(ああ、こんなにかわいい子たちが、

 いきなり2人も仲良くなってくれるんだ。

 僕って、すごい幸せなやつだな。

 でも、このまま仲がよくなって、

 緋那と茜が僕のことを取り合いになって、

 それで仲が悪化して…。

 初めての三角関係。

 ああ、でも、そんなことどうでもいいくらい

 今は幸せだ)

 

若葉、うれしさ爆発し、天国に向かって、まっさかさまに落ちていく。

 

↑以上、若葉の妄想。

 

若葉

「…なんてことがあったら、うれしいなぁ。

 へっ、へへへっ、へへへ。

 じゅるじゅる」

 

机に座りながら、ヨダレをたらして、にんまりする若葉。

想像力豊かな頭の中では、自分を取り合う茜と緋那の姿があった。

 

光一

「若葉のやつ、ヨダレたらして、1人で笑ってるぞ。

 思い出し笑いか?」

 

若葉の様子を見て、気持ち悪そうな表情を浮かべる上原光一(うえはら こういち)。

 

桂介

「春だから仕方ない」

 

志良堂桂介(しらどう けいすけ)は、悟りきった表情で、窓の外を見ていた。

日差しが暖かくなる、4月になったばかりのことだった。

 

 

【呼ばれて来てみる】

 

「あ、来た。若葉、こっちだよ」

 

若葉は、茜と緋那に誘われたとおり、ガジュマルの木の下にやってきた。

そこには、茜と緋那がいた。

大きなガジュマルの木は、2人を陰で覆いつくしている。

 

「茜、緋那。

 な…何の用、かな。

 手紙みたんだけど、その、

 ここに来てほしい、って」

 

「うん。いやその…

 なんだ。

 別に、何かすごいことを言うつもりはない」

 

茜は、頬を紅潮させ、手を腰のうしろに回して、

もじもじとしている。

 

「カネを出せ」

 

「えっ…」

 

「告白されるとでも思った?

 ばーか。

 そんな中学生の妄想みたいな展開、

 あるわけないでしょ!」

 

「ぼ、ぼく、お金なんて持ってないよ。

 本当だよ」

 

泣いて茜にすがりつく若葉。

茜の制服のすそをひっぱる。

 

「ええい、泣いて制服をひっぱるな!

 男のくせに、うじうじしてて、気持ち悪い!

 はなせ!」

 

「うわっ、け、蹴らないでよ!

 痛いよ」

 

茜の蹴りに耐えかねて、しゃがみこむ。

 

「このっ! このっ!」

 

(け、蹴る直前に少し、スカートの中が見えそうだ!

 だ、だめだ! 見ちゃだめだ!)

 

茜が若葉を蹴るたびに、脚があがり、スカートがひらひら動く。

若葉は、上に向こうとする目を、必死に下げていた。

 

緋那

「茜。早くコイツのお金、とろうよ。

 先生や他の人に目撃されたら

 めんどうだよ」

 

「それもそうだね。

 ほら、早く私の手に、財布をのせろ」

 

若葉

「僕、財布なんてもってないよ…

 お願い、ゆるして!」

 

「うそつけ! ちょっと調べさせろ!」

 

茜は、若葉の制服ズボンのポケットに、強引に手を突っ込んだ。

 

若葉

「ち、ちょっと!

 ポケットに手をつっこまないでよ。

 何もないよ!」

 

緋那

「抵抗しちゃダメ。痛い目を見ちゃうよ?」

 

緋那は、若葉の脇を、

うしろから両腕でガッチリと締め、

動けなくさせる。

 

(ひ、緋那の胸があたってる!)

 

若葉の背中に、緋那の胸がしっかり当たっていた。

 

「緋那! はなさないで!

 や、やめてよ、こんなこと!」

 

「はなさないでほしいの?

 はなしてほしいの?

 コイツは何を言っているの。おかしな奴ね」

 

緋那は首をかしげた。

 

「茜、コイツは私が捕まえてるから、早くポケット調べて」

 

「ごそごそ…ん?

 何かカタいものがあるぞ」

 

茜は、若葉のポケットの中に手を入れ、指先にかたいものを感じた。

 

「そ、それは!」

 

「100円か。

 ちっ…お金もってるじゃねーかよ!

 しかもたった100円!

 しけてんな!」

 

「か、返してよ。

 帰りに、チョコレートを買うつもりだったのに」

 

「うるさい!

 チョコレートはバレンタインデーまで待て!」

 

「そんな殺生な!」

 

「まだ、もってるんだろ!?

 おい!

 胸ポケットなんかどうだ!?」

 

茜は、若葉の胸ポケットに指を突っ込み、激しくかき回した。

 

「あ、ああ! だ、ダメだよ!

 そんなところには何もないよ!」

 

「ごそごそ…何かあるな」

 

「ダメ! とらないで!」

 

「胸ポケットに、

 10円玉が入っているじゃねーか!

 ウソつきやがって!」

 

「そ、そんなところにお金が入ってるなんて

 知らなかったんだ! 本当だよ!」

 

「信用できない。

 緋那。ちょっとコイツ脱がそう。

 絶対、いろんなところに隠し持っている」

 

「OKだよ、茜」

 

緋那は、若葉をつかんでいる腕を放す。

若葉の背中から、やわらかな胸の感覚が消えた。

 

「あ、腕をはなさないで、緋那!」

 

「うるさい! ちょっと黙れ!」

 

「あ、ちょ、ボタンをはずさないで、

 え、く、靴下もとるの!?

 や、やめて、やめてください!」

 

「何いきなり敬語になってんだ!

 気持ち悪い! さっさと脱げ!」

 

数分後、制服が、Tシャツが、ズボンが、靴と靴下が、地面にころがっていた。

さらにその横に、泣きじゃくる裸の少年もころがっていた。

 

「ひどい、ひどいです…。

 服、返してください…。

 ひっく、ひっく…」

 

「なんで男のくせに胸を隠してるんだよ!

 ったく、下着の中にすら、何も入ってないとか…。

 ふざけるな!」

 

茜は、指から、若葉の下着をぶらさげていた。

何も収穫がなかったのか、不機嫌そうな顔だ。

 

「下着の中に金(キン)はあるみたいだけどね…ふふふ」

 

緋那は、若葉の大事なところを、ちらりと見る。

 

「ふ、服を返してください。

 せめて下着だけでも!

 こんな姿をみんなに見られたら…

 明日から学校に行けないです」

 

「敬語はやめろって言ってるだろ!」

 

「言わせてあげましょうよ。

 なんか、男に敬語を言われるのって、ぞくぞくする」

 

「…緋那もたいがいね」

 

「ふふふ」

 

緋那は、悪人のような笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、若葉。服、返して欲しい?」

 

「は…はい。返してほしいです」

 

「じゃあ、お金もってきてよ。

 親の財布とかに入ってるよね?」

 

「そ、そんな!

 恥ずかしいです、こんな全部見えてるかっこうで

 外なんか歩けません!」

 

若葉は、両腕で、自分の胸を隠した。

 

「だから、男のくせに胸を隠すな!

 いいから持ってこい!

 これは命令だ!」

 

茜は若葉の身体を蹴り上げた。

 

「あうっ…

 今のはなかなかの蹴りですね。

 お、お願いです。

 いくら蹴られてもいいので、

 どうか、みんなにハダカを見せることだけは

 ご勘弁を…」

 

若葉は、全裸で土下座した。

茜と緋那が、若葉をさげすむような目で、突き刺す。

 

「お前、自分で何を言っているのか

 わかっているの?」

 

「茜、たしかに全裸で外を歩かせるのは

 かわいそうよ。

 下手したら、警察に捕まる。

 1枚ぐらい着せてあげましょうよ」

 

「何を着せるの?」

 

「これを着せるの」

 

緋那は、水着を若葉の前に出した。

女子高校生が、授業で使うタイプの水着だった。

 

「ひ、緋那!?

 なんで水着なんて持ってるの?」

 

「そんなこと、どうでもいいでしょ?

 さあ、早く着てみて。わたしの水着。

 あなたなら似合うはず。

 これを着て、早くお金を持ってきなさい」

 

「で、でも、この水着、サイズが合わなさそうです…

 小学生が着るサイズじゃないですか」

 

「小学生みたいな身体で悪かったな!」

 

茜は、若葉を蹴りつけた。

 

若葉

「あうっ、け、蹴らないでください…」

 

緋那

「サイズがあわないって言ってるけど、

 着る気なの? 若葉」

 

「う…うん。

 僕、男の人から『女の水着が似合いそうだよな』と

 言われたことがあって」

 

「男の人に、って…。

 …まあいい。

 お前、さっさと着ろ。この水着を。

 着て、家まで歩いて、親の財布からお金をとって、

 戻ってこい」

 

「わかりました…」

 

若葉は、女性用の水着を受け取ると、下から履くように身に着けていき

 

↑以上、若葉の妄想。

 

若葉

「…なんてことがあったら、どうしよう…。

 僕が、僕が、女子高生用の水着を着て、

 外を出歩くなんて…あわわわわわ」

 

机に座りながら、顔を青くして、ブルブルふるえる若葉。

想像力豊かな彼の頭の中には、水着を着て、住宅街を歩く自分の姿があった。

 

光一

「なあ、桂介…

 若葉のやつ、

 女の水着を着て外を歩くとか言ってるぞ」

 

若葉の様子を見て、気持ち悪そうな表情を浮かべる光一。

 

桂介

「春だから仕方ない」

 

志良堂桂介は、悟りきった表情で、窓の外を見ていた。

日差しの暖かくなる、4月になったばかりのことだった。

 

桂介

「でも、似合うかもしれないな。若葉に女の水着は」

 

光一

「お前、何を言ってるんだ?」

 

桂介

「春だから仕方ない」

 

光一

「春だから何でも許されると思うなよ…」

 

 

 

【ガジュマルの木の下に来てみれば】

 

「ねぇ、茜。

 どうして僕、木に縛られてるのかな」

 

茜と緋那に言われたとおり、ガジュマルの木の下に来た若葉。

 

気がつけば、体にロープを巻きつけられ、ガジュマルごと縛られていた。

 

若葉の目の前には、にんまりと笑う茜。

茜の隣には、困ったような表情をした緋那が立っていた。

 

緋那

「ご、ごめんね。

 若葉を縛るのは、ほんとは嫌だったの。

 でも私と茜にもいろいろと事情があって…

 許してちょうだい。 ね?」

 

緋那は、若葉に申し訳なさそうに謝る。

 

「若葉。お前は人質よ。

 逃げないように、ガジュマルの木に縛っている」

 

若葉

「人質って、何の!?」

 

「雪女を捕まえるための人質だ」

 

若葉

「ゆ…雪女?

 何を言ってるのかわからないよ。

 僕と雪女にどんな関係があるの?」

 

「お前、宇久田風乃の家の隣に住んでいるだろ?」

 

若葉

「そ、そうだけど…」

 

「なら、知ってるはず。

 風乃が、雪女と暮らしていることを」

 

若葉

「ふ、風乃が雪女と!?

 そ…そういえば、そんな気がする」

 

「そんな気がするって、知らないのか!?」

 

若葉

「知らないような、知ってるような」

 

「ええい、はっきりしない奴だな。

 まあいい。

 説明してやろう。

 風乃の家に、今、雪女が住んでいる。

 そいつを捕まえると、お金がもらえる。

 私たちは雪女を捕まえようと

 風乃の家に入ったが、失敗した」

 

緋那

「そうそう、失敗したの。

 私のお尻にりんご入れるとか、

 家の一部を破壊したとか、

 先生に見つかって怒られるとか、

 さんざんな目にあったの」

 

「緋那! 余計なことは言わなくていい!」

 

緋那

「きゃっ、ごめんなさいっ」

 

若葉

「お尻にりんご?」

 

「そこに反応しないっ!」

 

 

【ガジュマルの木の下に来てみれば2】

 

「つまりだ。これは、私たちの、雪女に対する復讐(リベンジ)なんだ。

 若葉。風乃が雪女をつれてこなければ、

 お前は大変なことになる」

 

若葉

「た、大変なこと?

 どうなるの?」

 

「そ、そうだな。

 大変なことは、えーと」

 

若葉

「殺されるの!?」

 

「そんなことするわけないでしょ!」

 

茜は、何も考えていなかった。

人質とはいえ、さすがにクラスメイトを殺すわけにもいかない。

 

しかし、人質は人質。

悪い目にあってくれなければ困る。

 

茜は頭をふりしぼって答える。

 

「1ヶ月間、ジュースを買ってこい!」

 

若葉

「…パシリ?」

 

緋那

「あかね、それじゃ人質にならないでしょう?」

 

「じゃあ、緋那は何がいいのよ」

 

緋那

「1ヶ月間、お弁当を作ってきてもらう」

 

「大して変わらないじゃない!」

 

緋那

「茜の分まで弁当作るの、大変なんだよね…。

 入学から今まで、ずっと私がお弁当作ってきたけど」

 

緋那は、茜をジトーっと見て、批難するような視線を向ける。

 

「ご、ごめん…

 私の分まで作ってくれて、いつもありがとう…」

 

緋那

「冗談だよう、冗談。茜は素直だなぁ。

 なでなでしようねぇ」

 

「えへへ」

 

若葉

「あのー、僕、どうしたらいいんでしょう…」

 

ほわほわ空間の中にいる、茜と緋那。

置いてけぼりの若葉であった。

 

 

【呼び出された風乃】

 

風乃

「あ、見えた。ガジュマルだ。

 茜、どこにいるんだろう。

 何の用でわたしを呼び出したんだろう…」

 

風乃は、茜に呼ばれ、公園のガジュマルの近くまで来ていた。

視界に、大きなガジュマルの木がうつる。

 

このガジュマルの木に、若葉が縛り付けられているなど知るよしもない。

 

「来たわね、風乃」

 

「あ、茜! そんなとこにいたんだ。

 来たよぉ。用って、何かな?」

 

「これを見なさい」

 

「え?」

 

ガジュマルの木に、若葉がロープで縛られている。

若葉の顔は、風乃を向いている。

若葉は「風乃…」と一言だけ、弱々しくしゃべった。

 

風乃

「ど、どうしたの? 若葉?

 どうして、若葉が木に縛られているの?」

 

「人質だ。早く雪女をつれてこい。

 さもなくば、若葉がひどい目にあう」

 

風乃

「そ、そんな! 若葉が人質だなんて!」

 

緋那

「ごめんね、風乃。

 ほんとは、こんなことしたくないんだけど…

 許してちょうだい。

 早く白雪さんをつれてきて。

 そうでないと、若葉が…」

 

風乃

「若葉が殺されるの!?

 全身の骨を折られて、目玉くりぬかれて、

 中の臓物どぴゅどぴゅ飛び出して、

 脳みそがズルズル流れ出して、

 ぐちゃぐちゃなの!?」

 

「なんでそんな残酷な殺し方なの!?

 違うよ! ぜんぜん違うよ!」

 

緋那

「白雪さんをつれてこないと、

 若葉は、1ヶ月間パシリの刑」

 

「緋那!

 人質がどうなるかなんて、

 わざわざ言わなくていいの!」

 

風乃

「ひ…ひどい!

 1ヶ月間もパシリだなんて、ひどすぎるよ!」

 

「パシリ程度でそんなに取り乱すなよ…」

 

若葉

「僕も! 僕も、パシリはいやだ!」

 

「お前も取り乱すな!」

 

緋那

「私も…パシリはイヤだな(1ヶ月間お弁当つくりの刑がいい)」

 

「お前もかぁぁぁぁ!」

 

 

【風乃は、白雪をつれてこようとした】

 

若葉

「風乃。お願い、雪女さんをつれてきて。

 僕、1ヶ月間パシリなんていやだよ」

 

風乃

「うん、わかった。

 1ヶ月パシリはいやだもんね。

 白雪をつれてくるよ。

 ちょっと待ってて」

 

風乃は、くるりと背を向けると、

自宅に向かって走っていく。

 

緋那

「人質作戦、大成功だね」

 

「いいのかね。 あんな簡単に『つれてくる』とか言っちゃって。

 風乃は、雪女を守ろうと大切にしていたはず。

 それをあっさり終わりにするなんて。

 友情なんて…案外もろいものね」

 

緋那

「茜…」

 

緋那は、悲しそうな目で、じっと茜を見つめた。

 

「いや、なんでもない。

 すこし、感傷的になってただけ。

 緋那、心配しないで。

 お前とは友情以上の固い絆で結ばれてるから…」

 

緋那

「茜、制服のキジがほつれてるよ」

 

緋那は、茜の袖にそっと、触れた。

どうやら、茜をじっと見つめていたわけでなく、

制服のキジのほつれを見ていたらしい。

 

「……あ、ああ、そう」

 

緋那は自分を見ていなかった。

勘違いして恥ずかしいと思う茜さんだった。

 

 

【白雪を呼ぶけれど】

 

風乃は、急ぎ、学校の隣にある自宅に帰り、白雪を呼び出そうとしていた。

 

早く白雪をつれてこないと、若葉は1ヶ月間パシリの刑だ。

それだけは、なんとしても避けなければならなかった。断固として。

 

「白雪! 白雪!」

 

「なんだ、風乃」

 

「茜が、白雪をつれてこいって!

 ちょっと、公園まで来てちょーだい!」

 

「風乃。ちょっと待ってくれ」

 

「何?」

 

「俺は今、お腹が痛いんだ。

 トイレから出てこれない。

 少なくとも、あと10分ぐらいは」

 

「えー」

 

「えー、じゃない」

 

「わかった、茜に伝えてくる」

 

「よろしく頼むぜ」

 

 

 

【白雪がこれない理由を、茜に告げる】

 

風乃は、急ぎ、公園に引き返す。

ガジュマルの木の下で待つ、茜と緋那に向かって、大声でさけんだ。

 

「白雪、今ウンコしてるから、トイレから出られないって!」

 

「ずこーっ!」

 

茜はずっこけた。

 

「へ? どうしてずっこけるの、茜」

 

「風乃…

 もう少し、その…

 きれいに言ったほうがいいぞ。

 は、排泄物をストレートに言って

 恥ずかしくないの?」

 

「きれいに言えばいいの?

 うーん…

 『お白雪様が、お手洗いで、おウンコをしてらっしゃいました』

 とか?」

 

「違う違う!

 ただ丁寧にしているだけでしょ!

 もっと別の表現があるでしょ!?」

 

「ヴァイスシュネーが、トアレットでシャイセしてたの」

 

「は?

 ばいすしねー?」

 

緋那

「ドイツ語でしょ?

 ヴァイスシュネー(= 白雪)が

 トアレット(= トイレ)で

 シャイセ(= 糞)していたって」

 

「え!? 緋那、ドイツ語わかるの!?」

 

緋那

「ドイツ語はわからないけど、

 先日、ネットで翻訳したことがあるの。

 ほら、自宅のパソコンで」  

 

「緋那、変な言葉をネットで調べるんだね」

 

緋那

「うっ…。

 べ、別にネットで変な言葉を

 調べてるわけじゃないよ!」

 

「あとで検索履歴、調べていい?」

 

緋那

「や、やめてよ…」

 

「やめて、と言われると余計に

 調べたくなる」

 

若葉

「か…かっこいいね、ドイツ語!

 ヴァイスシュネーが気に入ったよ」

 

「お前も感心してる場合か!」

 

風乃

「次はフランス語で言おうかー?」

 

「言わなくていい!」

 

緋那

「フ、フランス語だと『メルド』と言うらしいね。排泄物のこと」

 

「緋那も、答えなくていい!」

 

 

【ノドのかわきを、うるおそう】

 

「はぁ、はぁ…

 怒ってばかりいたら、ノドかわいてきた。

 雪女が来るまで、何か飲もう」

 

風乃

「いいねー。飲もう飲もう。

 わたしも、ウンコウンコ言ってたら

 ノドかわいてきた♪」

 

「……」

 

茜はあえて風乃の言動に突っ込まなかった。

これ以上は無駄だと思ったからだ。

 

風乃

「あ、ごめん、茜。また怒らせちゃった。

 ウンコじゃなくて、シャイセだね。

 シャイセシャイセ言ってたらノドかわいたなぁ」

 

「言い直さなくていい!

 緋那! 飲み物買いに行こう!」

 

緋那

「いいけど、お金もってるの?」

 

「ポケットに財布が…あれ?」

 

緋那

「どしたの?」

 

「ない! 財布がない!」

 

緋那

「ねぇ、茜。そういえば、

 お金節約したいから、使わないように、

 家に財布おいてるんじゃなかったっけ?」

 

「ああ…そういえば…

 財布は家にあるんだ…

 忘れてた…がっくり」

 

茜はがっくりうなだれた。

 

 

緋那

「大丈夫だよ、茜。

 私がお金持ってるよ」

 

「緋那、ありがとう。

 恩に着る…」

 

緋那

「えっと、私、財布もってないから、

 制服のどこかに100円を入れたはずなんだけど…

 あれぇ、ポケットに入っていない…」

 

「無理して探さなくていいよ」

 

緋那

「うーん、どこかに」

 

風乃

「ポケットにないなら、ポケット以外のところを

 探せばいいよ!

 緋那、ちょっと調べさせてもらうね!」

 

風乃の手は、緋那の身体に触れた。

 

緋那

「えっ、ポケット以外のところって…きゃあっ!?

 あ、あの、風乃…ちょ、ちょっと、そこは…

 あんっ!」

 

あらぬところを触られ、動揺する緋那。

そんな緋那にかまわず、風乃は、緋那のいろんなところに手をもぐりこませていく。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

風乃は、緋那のポケット以外のところを調べています。

 

…………

 

……

 

 

数分後、風乃の指には、100円硬貨がつかまれていた。

風乃の指は、必死の捜索活動で汗が流れたのか、ぐっしょりと濡れ、ねとねとしている。

 

緋那

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

しゃがみこんで、自分の体を両腕で抱き、両肩を上下させ、息も絶え絶えである。

100円玉捜索活動が大変だったのか、緋那はとても疲れたようだ。

 

風乃

「100円はっけーん!

 びっくりしたよぉ、もう。

 緋那の100円、あんなところに隠れてたなんて…。

 見つかってよかったね」

 

緋那

「う、うん…、はぁ、はぁ、ふぅ…

 よかった、見つかって…」

 

緋那は、顔を赤くして、両肩を上下させ、

身体を両腕で隠しながら、安堵の表情をうかべる。

 

何かをやりきったような表情だ。

 

風乃

「どうしたの、緋那? そんなに息を荒くして。

 出産した妊婦さんみたい」

 

「うるさいわ! この変態!」

 

茜は、風乃の後頭部を、ドカっとチョップした。

チョップされた風乃の頭が、Uの字にゆがんでいく。

 

緋那

「私の身体、あかね以外の人に触られちゃった…」

 

「バ、バカ! 誤解させるようなことを言うな!

 昨日、お前の肩をもんだだけだろう!?」

 

若葉

「僕は何も見ていない、何も見ていない…

 風乃が、緋那に、緋那に、いろいろ触っていたなんて、

 ぜったい見ていない…」

 

若葉は、風乃と緋那の共同作業を、

見ていない、見ていない、と自らに暗示させていた。

本当は少し見ていた。今でも脳裏に焼きついている。

今日の夜は大変なことになりそうだ、と若葉は思った。

 

 

【がんばれ、にせんえんさつ】

 

「今あるのは、100円だけか。

 缶ジュース1本しか買えないな。

 私たち、全員分は買えないか…」

 

風乃

「わたし、2000円もってるよ!」

 

「2000円もってるなら、先に言え!

 緋那を調べる必要なかっただろ!」

 

風乃

「緋那が困ってたから、手伝っただけだもん」

 

「…もういい!

 さあ、あそこに自販機があるから、

 さっさと飲み物を買おう!」

 

風乃

「じゃーん、二千円!」

 

緋那

「それって…二千円札よね?

 あの幻の…」

 

風乃

「そうだよ?

 わたし、二千円札スキだから、

 よくもってるんだー」

 

緋那

「そ、そうなの。

 でも、それ、自販機に入るかなぁ?」

 

風乃

「ためしてみるー」

 

「おい、この自販機は1000円札までしか

 対応してないっぽいぞ」

 

茜の指差す先には「1000円札のみ対応」

と書かれたメッセージがあった。

 

風乃

「やってみないとわからないよ!」

 

「やってみなくてもわかるだろ!」

 

風乃

「トライ精神を持とうよ。

 それっ!

 二千円札、そうにゅーう!」

 

二千円札を、自販機に入れる。

ウィーン、ガシャ、ウィーン。

二千円札は戻ってきた。

 

二千円札を、自販機に入れる。

ウィーン、ガシャ、ウィーン。

二千円札は戻ってきた。

 

二千円札を、自販機に入れる。

ウィーン、ガシャ、ウィーン。

二千円札は戻ってきた。

 

二千円札を、自販機に入れる。

ウィーン、ガシャ、ウィーン。

二千円札は戻ってきた。

 

二千円札を、自販機に入れる。

ウィー

 

「もうあきらめろ…」

 

茜は、風乃の肩に、ポンと手をおいた。

 

風乃

「がんばれ、がんばれ、二千円札!

 負けるな! 負けるな!

 もう少し! もう少し!」

 

「応援して二千円札が入るなら、苦労せんわ!

 いい加減にしろ!」

 

風乃

「あ、入った!

 二千円札、入ったよ!」

 

「おいおい、マジかよ…」

 

自販機は、無理やり挿入される二千円札を吸い込んだ。

しぶしぶ、吸い込んだ。

 

風乃

「……」

 

「……」

 

緋那

「……」

 

風乃

「……」

 

「……」

 

緋那

「……」

 

「なぁ、風乃、これ、

 何も買えないんじゃね?

 いっこうに、飲み物の値段が光らないわけだが…」

 

自販機は、二千円札を吸い込んだまま、反応なし。

何も買えそうにない。

ただ、吸い込んだだけで、飲み物や二千円札は

いっさい返ってこなかった。

 

緋那

「自販機のボタン押しても、何も出てこないよ。

 二千円札、吸い込んだのに」

 

「あーあ、ムダ金つかっちゃった」

 

風乃

「に、に、二千円がぁ…。

 がっくり」

 

緋那

「仕方ないよ、風乃。

 100円のペットボトルを、みんなで飲みましょう」

 

チャリン。

緋那は、自販機に100円を入れた。

 

 

【飲み物を買おうとしたが】

 

100円を自販機に入れ、お茶を買おうとした。

 

「お茶がほしいな」

 

緋那

「さんぴん茶のペットボトルは、

 自販機の一番高いラインにあるね」

 

「よし、買おう」

 

茜は、一番高いところにある自販機ボタンを押そうとして、指をのばす。

 

「うーん…」

 

緋那

「もう少し、もう少しだよ!」

 

「うーん…」

 

緋那

「もう少し、もう少しだよ!」

 

「うーん…」

 

緋那

「もう少し、もう少しだよ!」

 

「と…届かない!

 指が! 指が! 届かない!

 こんなに背伸びしてるのに!」

 

緋那

「わたし達、身長低いからね…」

 

小学生のような身長の彼女たちにとって、

自販機の一番上の飲み物は、買いづらいこと

このうえなかった。

 

【風乃にまかせて】

 

風乃

「私にまかせてよ!

 これでも女子の中では身長高いんだよ!

 自販機ボタンなんて楽勝で押せるよ!」

 

「不本意だが、風乃に任せよう。

 自販機の一番上にある、

 さんぴん茶のボタンを押し…」

 

風乃

「それっ! スイッチオン!」

 

「おい、勝手に押すな!」

 

茜が言い終わる前に、風乃が動いた。

風乃の指は、早かった。

 

スイッチに触れる。

白色のペットボトル飲料が、ボトン、と落ちてきた。

 

「カルビス押しやがった…

 はぁ。

 ノドかわいてるのに、甘いカルビスとか、

 ふざけるなよ…」

 

緋那

「まあまあ、あかね。

 カルビスでも、ノドのかわきは癒せるから。ね?」

 

「…仕方ないね」

 

風乃

「あ、自販機におつりが残ってるよ! 1円はっけん!」

 

「…よかったね」

 

風乃

「1円もらう?」

 

「いらん」

 

 

 

【紳士との遭遇】

 

「あー、はやく、みんな戻ってこないかなぁ。

 僕、ずっと縛られているのイヤなんだけど…」

 

若葉は、木に縛られてて、退屈していた。

新手の放置プレイか。レベル高いな。

そんなことを思いつつも、途方に暮れる若葉。

 

みんな、飲み物を買いに行ってしまっていた。

若葉以外に誰もいない。

 

僕もノドかわいたよ、ちくしょう。

若葉は少しふてくされはじめていた。

 

「ふんふふふーん♪」

 

どこからか、鼻歌が聞こえてくる。男の声だ。

 

「タロー、今日は公園コースを散歩しましょうね」

 

「…誰かの鼻歌が聞こえる。

 犬の散歩中かな?

 そうだ、このすきに助けてもらおう!

 おーい、そこの…」

 

「ふんふふーん♪

 …おや、あなたは。またお会いしましたね」

 

「し、紳士さん!?」

 

タローという名前のペットを散歩させながら、

鼻歌を歌っているその男は、若葉の知り合いだった。

 

「お久しぶりです」

 

いつも黒いスーツを着ていて、丁寧な口調でしゃべる、紳士風の優男。

そのせいで、周囲からは「紳士さん」とか「南国紳士」とか呼ばれていた。

正体はハブの妖怪で、別の名前があるのだけれど。

 

そして、若葉は、南国紳士の連れている「タロー」というペットを見て、驚愕した。

犬じゃなかったからだ。

 

「え? ハ、ハブ!?

 ハブに首輪が!?」

 

紳士は、ハブに首輪をつけて散歩させていた。

 

「ハブのタローを散歩させてたんです。

 いい首輪でしょう?

 ハブ用の首輪なんですよ」

 

「ハブのどこに首があるの…?」

 

若葉は、ハブをじろじろ見た。首輪をつけている、

首輪をつけている部分が、首なのだろうか。

素人目では、そこが首なのか、まったくわからない。

 

「ここですよ、ここ。ここが首です」

 

「はぁ、そうですか…」

 

紳士は、懇切丁寧に、ハブの首がどこなのか教えてくれる。

若葉には、どこが首なのかよくわからないまま、

むりやり納得するしかなかった。

 

 

【タロー】

 

「紹介します、ハブのタローです」

 

「タロー…、ハブにタロー…。

 ネーミングセンスが…なんか…微妙というか…

 い、いや、そういうこと言ってる場合じゃない!

 僕を助けてください」

 

「どうしたのです」

 

「見ればわかるでしょう!

 木に縛られてるんですっ、人質なんですっ!

 僕、わけがわからないうちに、

 変な戦いにまきこまれてしまってるんです!」

 

「戦い?」

 

「僕のクラスメイトの女の子が、雪女を捕まえる、

 とか言っちゃって、

 僕を、人質にしたんです。

 それに、カクカクシカジカ……」

 

「…ふむ。事情はわかりました。要するに、

 風乃様と白雪様のとばっちりをくらったわけですね」

 

「はい…

 僕、もうどうしていいか」

 

「あっ」

 

「どうしました?」

 

「向こうから、風乃たちが来ます」

 

「しばらく隠れ、様子を見ています。

 若葉様が危なくなれば、すぐにお助けいたします」

 

「ありがとう、紳士さん」

 

「安心なさいませ、若葉お嬢様」

 

「僕、男ですよ。

 お嬢様だなんて」

 

「申し訳ありません。若葉様は男性でしたね。

 つい、若葉様のお顔を見てると、お嬢様と言いたくなってしまって。

 かわいらしい顔をしているものですから」

 

「えっ…。あ、ありがとうございます。

 い、いいから、早く隠れてください。

 見つかっちゃいますよ」

 

なぜか頬を紅潮させて、感謝する若葉であった。

 

 

【回し飲み】

 

風乃

「若葉ー、飲み物買ってきたよ!」

 

若葉

「飲み物はいいから、早く僕を助けて…」

 

風乃

「まあまあ、そうあわてない。

 腹が減ってたら戦はできないよ!」

 

若葉

「腹が減ってたら戦はできないって…

 それ、飲み物じゃないか…」

 

「風乃。

 バカなこと言ってないで、早く飲み物を貸しなさい。

 私、最初に飲みたい。ノドかわいてるから」

 

風乃

「どーぞー」

 

「ごくんごくん…。

 ああ、生き返る。

 甘いカルビスでも、ないよりマシだな」

 

緋那

「次、わたし、飲んでいい?」

 

「どーぞー」

 

緋那

「ごく、ごく、ごく…。

 ふぅ、落ち着くわね」

 

風乃

「じゃあ、次、わたし! わたしが飲む!」

 

緋那

「どーぞー」

 

風乃

「ごっくごっくごっくごっく!

 ぷはー!!

 くぅ、やっぱりこれだね! これ!」

 

緋那

「ビール飲むおじさんみたい…」

 

風乃

「ん? あなたもカルビス飲みたいの?

 どーぞー」

 

風乃は、誰もいないところに、カルビスを差し出した。

 

「おい…

 風乃。何してるんだ?

 そこ、誰もいないぞ」

 

緋那

「そ、そうだよ。

 誰もいないところにカルビス渡してどうするの?」

 

風乃

「え? 見えないの?

 ここにいるよ?

 火葬場から全力疾走で逃げてきたから、

 ノドかわいてるんだって」

 

「え? 火葬場?

 い、いやあああああ!!!

 やめろバカ!」

 

茜は「火葬場」と聞き、風乃の隣にいる「見えない誰か」が何者か察知する。

震え、緋那のうしろに隠れる。

 

緋那

「あうあうあうあう…!

 こ、怖いです…!」

 

茜と緋那は、お互い抱き合って、ぶるぶると震えている。

 

若葉

「ガクガクガクガクガク

 ブルブルブルブル」

 

それを見ていた若葉も一緒に震えるのだった。

 

 

【青い若葉】

 

風乃

「どうしたの、若葉?

 そんなに青い顔して」

 

若葉

「ガクガクガクガクガク

 ブルブルブルブル」

 

若葉の顔は真っ青になっている。

目が白く、正気を失っている。

 

若葉は霊的なものが苦手だ。

さっき、「火葬場から逃げてきた人(姿が見えない)」にカルビスを与えていた風乃を見て、

とっても怖くなっていた。

 

風乃

「何か言わないと、わからないよ。

 あっ! そーか、そーか!

 若葉、ノドかわいてるんだね!

 だから元気ないんだね」

 

風乃は、ポン!と手をたたく。

ひとりよがりな理解をし、若葉にカルビスを差し出した。

 

しかし、ムダなことだった。

若葉は、両腕と全身を木に縛られており、

手を動かせない。カルビスを飲むことができない。

 

風乃

「ほら、カルビスだよ」

 

若葉

「ガクガクブルブル」

 

「風乃! 何をやってる!

 違うだろ!」

 

風乃

「ちがうの?」

 

「そいつはな、霊が怖…」

 

風乃

「そうだね、ちがうね!

 動けないもんね。

 若葉は縛られてるから、

 わたしが飲ませてあげないと」

 

風乃は、ペットボトルのキャップをはずす。

 

「チッガーウ!

 ちがうだろっ!

 どう見ても! どう見ても!

 ノドがかわていないだろ! そ・い・つ・は!」

 

風乃

「たんと味わってね、若葉」

 

風乃は、ペットボトルの口を、若葉の唇にズボリと突っ込んだ。

 

カルビスの液体が、若葉の口の中に、洪水のように

ドシャドシャと流れ込んでいく。

 

やがて、それはノドにひっかかり、

 

若葉

「ごぼごヴぉっ!」

 

若葉の口から、カルビスの液体が逆流し、

ぶしゃりと吹っ飛んだ!

 

風乃

「うわっ」

 

若葉

「ごほごほ、ごほごほ!

 何するの、風乃!

 いきなりペットボトルを突っ込ませるなんて!

 苦しいよ!」

 

若葉の唇から、カルビスの白い液体が漏れ出て、あごと首をつたって、

制服の胸の中へ、流れていっている。

 

風乃

「ごめーん、ノドかわいてるように見えたから」

 

若葉

「うっ、うっ…ひどい…

 制服が、カルビスまみれじゃないか…

 白くてべたべたしてて…気持ち悪い…

 僕、なんでこんな目に…」

 

風乃

「若葉、すっごい濡れてるね。

 ちょっと、ふこうね。

 えーっと、ハンカチ、ハンカチ…」

 

風乃は、ハンカチを探したが、どこにもない。

 

風乃

「ハンカチ、ない…

 ちょっと待ってて」

 

若葉

「…風乃?」

 

風乃

「これでどうかなぁ?」

 

風乃は、足をひょいと少し持ち上げると、

靴をつかんで、ぽいと脱ぎ捨てた。

 

「お前、何してんだ…?」

 

いきなり靴を脱ぎ捨てるという、

風乃の不可思議な行動を見て、

首をかしげる茜。

 

風乃

「靴下、靴下、っと」

 

風乃は、靴下を脱ぐと、素足をさらした。

 

風乃

「ほら、若葉、靴下でふくよ」

 

若葉

「やめてよっ!」

 

風乃

「大丈夫、靴下は臭くないから!

 じっとしてて」

 

若葉

「そういう問題じゃ……むぐっ」

 

風乃は、強引に、若葉の唇まわりをふきはじめた。

自分の靴下で。

 

 

【靴下でふく】

 

「ごめんね…若葉。

 ふくの、うまくなくて。

 靴下で、人の唇ふくの、初めてだから」

 

「だれもそんな経験しないと思う…」

 

若葉の口周りから、汚れが消えていた。

風乃の靴下によって、カルビスをふきとられていた。

 

「ほんとは、パンツでふいてもよかったんだけど、

 今日、もってなくて」

 

「へー、そうなんだ」

 

「そうなんだよ」

 

「えっ…? パン…」

 

「パンツはちょっと臭いかも」

 

「そういう問題じゃないよ!」

 

 

【黒いスーツの男】

 

紳士

「風乃様、お困りのようですね」

 

風乃

「えっ? その声は…」

 

紳士

「パンツ、学校に忘れてたんじゃないですか?」

 

南国紳士は、近くの茂みから、ガサガサとあらわれた。

自慢の黒いスーツに、少しだけ落ち葉がついている。

 

風乃

「紳士さん!

 それ、私のパンツだよ!」

 

紳士

「散歩してる途中で見つけました。

 ほら、返しますよ」

 

紳士は、パンツという名の、白い布切れを、風乃に手渡した。

 

風乃

「ありがとう、紳士さん!」

 

「緋那…

 私、どこから突っ込んだらいいんだろう…

 つらい…」

 

緋那

「茜、ちょっと休んだほうがいいよ」

 

 

【黒いスーツのアツい男】

 

緋那

「茜、あの紳士っぽい男の人、ただ者じゃないよ」

 

「緋那、わかるの?

 あの男の実力を」

 

緋那

「暑い沖縄県で、黒いスーツ着て歩くなんて、

 ただ者じゃないよ!」

 

「たしかに、ただ者じゃないかも…」

 

紳士

「脱いだほうがよろしいですか? 私のスーツ」

 

「脱がんでいい!」

 

 

【黒いスーツの人の名前を問う】

 

「お前、何者なの?

 まさか、パ…パンツを届けに来ただけじゃないでしょうね」

 

茜は、少し恥ずかしそうな顔をしながら、

黒いスーツ姿の男に問う。

 

紳士

「相手に問う前に、

 まず自分の名を名乗ることがマナーですよ。お嬢様」

 

「お、お嬢様ですって!

 初めて言われた」

 

少し嬉しそうな茜。

 

緋那

「良かったね、茜!」

 

紳士

「あのー、人の話、聞いてます?」

 

 

【黒いスーツの人の名前を問う2】

 

「じゃんけん、ぽん!」

 

「ま、負けました…

 お強いですね」

 

「負けたから、お前から名乗ってね」

 

ジャンケンに負けた紳士は、自分から先に名乗ることになった。

ちなみにパーで負けた。

 

「私の名前は鎌田。ハブの妖怪です。

 皆さんからは南国紳士と呼ばれ…」

 

「スキあり!」

 

「うぐっ!?」

 

紳士の急所に、茜の投げた石ころが命中した。

思わず、その場にうずくまる紳士。

 

「やった! 股間に直撃だ!」

 

「人が名乗っているのに、いきなり投石ですか…

 お嬢様はマナーがなってませんね…

 たっぷりと教育して差し上げしましょう」

 

紳士はよろよろと立ち上がる。

 

「ふん、何が教育だ。

 かかってきなさい!」

 

茜は、悪気も反省もまったくない様子だ。

かかってきなさいとばかりに、勝気な様子で、紳士を挑発する。

 

風乃

「キンタマに直撃したのに、平然としているのがすごいね…」

 

南国紳士

「キンタマとか普通に言って、平然としているのがすごいですね…」

 

 

【南国紳士 対 茜】

 

「いきなり石を投げるとは、なかなか乱暴なお嬢様ですね」

 

「お前は、私の敵だと思ったから。

 若葉を取り戻しに来たんでしょう?」

 

「そうですよ」

 

「やっぱり。黒いスーツを着て、若葉をかばうように

 現れたから、怪しいと思ったの」

 

紳士

「若葉様は、私の大切なお方ですからね」

 

若葉

「し…紳士さん」

 

「若葉、なぜ顔を赤らめる!

 ええい、変なことばっかり言うな、このエセ紳士!

 くらえっ…」

 

茜は、コブシを空中にふりあげ、紳士に飛びかかろうとした。

 

紳士

「おっと、動かないほうがいいですよ。お嬢様。

 足元をご覧ください」

 

「足元…?

 えっ!? き、きゃあっ!?

 なにこれ、ヘビ!?」

 

茜の足元には、ハブがいた。

 

ハブは、牙をむき出し、今にも、

茜の足首を噛み千切らんとしている。

 

緋那

「あっ、茜!」

 

茜の足元のハブに気がついた緋那は、

茜のことを助けようとし、駆け出そうとする。

 

紳士

「そちらのお嬢様も。

 動かないほうが身のためですよ。

 あなたの足元にも…ほら、いるでしょう。

 猛毒のハブが」

 

緋那

「えっ、ええ!?

 うそっ…

 や、やだっ!

 いつの間に、足元にハブなんて…」

 

緋那の足首に、ハブがからんでいる。

ハブは、しっかりと絡み付いていて、離さない。

足首を、太い両腕でつかまれているかのような、感覚。

 

もがいても、もがいても、ちょっとやそっとの力でほどけるものではない。

 

さらに、ハブは、牙をむき出し、緋那の足首を噛もうとしている。

 

「茶番をしている間に、

 仕掛けさせてもらいました。

 動かないでくださいね。

 ガブリといきますから。

 痛いですよ」

 

「お…お前! 許さん!」

 

茜は憤慨する。

しかし、足元の恐ろしいハブを見ると、とても動こうとは思わなかった。

 

「言ったでしょう。私はハブの妖怪だって。

 ハブを自由自在に操ることができます。

 この公園内にだって、まだまだいっぱいのハブがひそんでいるんですよ。

 お嬢様がたは逃げられませんよ…」

 

「は、離せっ、離せー!」

 

茜は、足首をがたがたと動かすが、

ハブは絡みついたまま、びくともしない。

 

緋那

「あうあう、どうしましょう…」

 

緋那は、足元のハブの表情を見て、脚をぶるぶると震わせる。

今から噛まれるかもしれない。すごい痛いかもしれない。

しかも猛毒だ。死ぬだろう。

そんなことを思うと、脚を震わせずにはいられなかった。

 

風乃

「茜、緋那、そんなに怖がらなくていいよ。

 そのハブねぇ、落ち葉とかでできてる偽者だから。

 たぶん毒もないよ」

 

紳士

「風乃様!

 ネタバレ禁止ですっ!

 脅しにならないじゃないですか!」

 

風乃

「へ? そうなの?」

 

「え? このハブは偽者?

 …じゃあ、こうしてやる!」

 

茜は足元のハブを、激しく踏みつけた。

 

紳士

「…たしかにそのハブは、本物のハブではありません。

 ですが、ちょっとやそっと蹴ったくらいでは、

 壊れませんよ」

 

「ふーん…それなら」

 

茜は、髪留めをとり、ポニーテールを崩す。

髪留めを失った髪は、ばさりと長く伸び、一瞬で、黒から赤へと変化する。

燃えるような赤く、長い髪。

それは、茜が「人間でない」というまぎれもない証拠だった。

 

紳士

「なっ…お嬢様の髪が赤くなった!?

 まさか、お嬢様は…」

 

「そうさ、キジムナーだよ!

 とりゃっ!」

 

茜は、全力をこめた蹴りを、偽ハブに直撃させた。

どすんという振動音が響き渡る。

偽ハブは破壊され、ぼろぼろになり、落ち葉や土へと戻っていく。

 

「あー、やっと自由になれた」

 

足を縛っていたハブはいなくなった。

自由になった足のつま先を、ひょひょいと動かす茜。

 

紳士

「驚きましたよ…

 まさか、キジムナーが関わっているとは」

 

「こっちだって驚きだよ。

 ハブの妖怪なんかが、人間を助けるなんてさ。

 妖怪が、どうして人間に肩入れするの?」

 

紳士

「私は、人間に肩入れしているわけではありません。

 妖怪と人間が、争い、傷つけあわぬよう、

 取り締まっているだけです。

 お嬢様がたは、キジムナーという妖怪でありながら、

 人間である若葉様を人質にとっております。

 とうてい、許されることではありません」

 

「で、どうするの?

 私たちを捕まえるの?」

 

紳士

「もちろんです」

 

「そう簡単に捕まってたまるか」

 

紳士

「…何もわかってないですね、お嬢様。

 逃げ切れるとでも思っているのですか。

 さっきも言ったでしょう」

 

紳士の左右に、細長く、ぬるぬるした物体が

にょきにょきと、6〜7本、地面から現れる。

 

紳士

「この公園には、いっぱいのハブがひそんでいると!」

 

紳士の声を合図に、6〜7本の偽ハブが、

地面をしっぽで蹴り上げると、宙を舞いながら、

茜に飛び込んでいく。

何本ものミサイルが降り注ぐかのように、茜に飛び込んでいく。

 

「そんなヘビ、当たらないよ!」

 

茜は、地面を蹴ると、空へ向かってジャンプした。

ぴょん、というジャンプではない。

3階建ての家を飛び越すくらいの、高い高いジャンプだった。

 

茜は、ハブたちを飛び越し、着地。

茜のすぐそばには、ガジュマルの木が立っていた。

若葉が縛られている、ガジュマルの木が。

 

風乃

「すごい、サーカスみたい…。

 あんなに飛ぶんだ…」

 

風乃は、感心の目で、茜の姿を見つめた。

 

紳士

「キジムナーの身体能力はすごいですからね…。

 あの素早さと運動神経、力の強さ。

 なかなか、手ごわい相手です」

 

「ガジュマル、力を貸して」

 

茜は、ガジュマルに、右の手のひらを触れさせた。

ぽう、とガジュマルの中心が、一瞬だけ光る。

 

ガジュマルから、棒のようなものが、にょきりと現れる。

 

風乃

「何か出た!?」

 

「これはただの木の棒よ。

 でも、硬くて長いんだ。

 これでボッコボコにしてあげる。紳士さん」

 

茜は、2メートルほどの長い木の棒を、ガジュマルから取り出した。

棒の先端を、紳士に向かって、つきつける。

 

紳士

「木から、武器を作り出せるのですか。

 さすがは木の精霊キジムナー…。

 木を自由に操れるのですね」

 

「そのとおりよ。

 さあ、どこからでもかかってきなさい!」

 

紳士

「どこからでもかかっていいのですか?

 じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「え?

 き、きゃあっ!?」

 

茜の頭上から、何かが落ちてきた。

 

それは偽ハブだった。

ガジュマルの木の上に、ひそんでいたのだ。

 

それも、1匹ではない。

5〜6匹ほどまとめて落ちてきた。

 

偽ハブたちの重さに耐え切れず、転倒する茜。

木の棒が茜の手から離れ、からんと地面に落ちた。

 

「やっ、やだ!

 ハブたちが、こんなにいっぱい…!

 こないで…きゃああっ!」

 

草むらの上に転がる茜に、5〜6本の偽ハブが、容赦なく絡み付いていく。

 

「う、うそっ…

 ガジュマルの木にハブを潜ませていたなんて…

 あうっ!

 ああ、ちょと、うう、

 は、はなしてよ、こ、このハブ…いやぁっ!」

 

ハブたちは、茜のワキや、脚の間に、にゅるりと入り込んでいく。

 

茜は、ハブがぬるぬるして気持ち悪いやら、

身体中に絡みついてくすぐったいやらで、

おかしな気分になっていく。

 

もがいても、もがいても、ハブの縛りはきつくなるばかりで、

ついには、目や唇しか動けないような状態になった。

 

茜の身体は、ハブに征服されてしまっていた。

 

「ひ…卑怯だぞ…

 ハ、ハブを隠してばっかりで、さ…

 …うぁっ!

 な、殴り合いの勝負、しましょうよ…」

 

「私は、女性を殴るのは趣味ではありません」

 

「…はっ! あっ、甘っちょろいことを!」

 

「殴りませんが、縛ります」

 

紳士はにっこり笑う。

 

「…変態!」

 

「何を言っているのです。

 殴るより縛るほうが、ずっと紳士的じゃないですか」

 

「紳士的!?

 こんな変な縛り方をして言うセリフか!」

 

「申し訳ありません…お嬢様。

 私のハブは、こんなに乱暴な縛り方は普通しません。

 私の体調が少し優れず、ハブが暴走しているのかもしれません」

 

紳士は、気分が悪いのだろうか、顔を青くさせた。

 

「たっ…体調不良?

 さっきまで、あんなに、ふぁっ、あんっ、

 ぺ、ぺらぺら、しゃべって…いたくせに…はぅぅ…」

 

茜を縛るハブがうごめき、茜の体をくすぐる。

偽者といえど、あまりにリアルなウロコの感触。

くすぐったいやら、むずむずするやら。複雑な気分が交差する。

茜はおかしくなりそうだった。

 

「お嬢様が私に石を当てたせいです。

 妖怪といえども、アソコに石を当てると、気分が悪くなります」

 

紳士は、そう言って、股間を手で軽くおさえた。

 

「そっ…そんな…

 石を当てたせいで、なんて…んあっ!?」

 

茜のワキの間にもぐりこんでいるヘビが、激しく動く。

奇妙な感覚に、思わず、声をあげてしまう。

 

「紳士さん…はぁっ、はぁ…

 おねがい…、うあ…

 早くハブを…どけ…

 おかしくなりそう…」

 

茜の息は激しくなり、肩を上下させている。

 

緋那

「茜! 今、助けに行くから!」

 

緋那は、足元の偽ハブを、やっとのことで振りほどくと、

茜に駆け寄っていく。

 

緋那

「茜から離れて!」

 

緋那は、茜の身体に絡み付いているハブをほどこうと、ハブに手を伸ばす。

 

しかし。

 

緋那の行動は、最善のものではなかった。

 

緋那の片腕に、にゅるりと何かが絡みつく。

先ほど、ほどこうとしたハブだ。

茜の身体から、緋那の身体へ移動してきた。

 

緋那

「え!? ハ、ハブが…」

 

「緋那、ダメっ…!

 早くっ…離れ…てっ、んっ!

 ダメだよ。絡むよ!」

 

緋那

「あ、ああっ、腕にハブが絡んで離れないよう!

 茜、助けて!」

 

「ば、ばかっ…

 緋那、私、う、動けな…ひゃんっ!」

 

茜の脚を、ヘビの舌がチロチロと這いずり回る。

くすぐったい。気持ち悪い。

2つの感覚が複雑にまじりあい、

自分の感じている感覚が、わからなくなっていく。

 

 

風乃

「うわー、

 紳士さんのハブ、すごいがんばってるね…

 女の子2人をきつく縛るなんて…」

 

紳士

「うーん、なんか今日のハブさんは気性が激しいですね…

 すごくはりきって、絡み付いてるように見えます」

 

風乃

「茜と緋那を、いつまで縛るの?」

 

紳士

「抵抗する気をなくすまで、縛りつづけます」

 

風乃

「わお…」

 

 

 

【必殺スネークパンチ】

 

いつの間にか、茜と緋那はお互い抱き合うようなかたちで、

ハブたちに縛られていた。

 

お互いの顔と顔が向かい合っている。

その間に10cmの隙間もない。

 

「茜、大丈夫、私、まだ、片腕が動く…

 まだがんばれるから、あきらめないで…」

 

冷や汗なのか、激しく抵抗したせいなのか、

茜の全身が汗でびっしょり濡れていた。

 

汗の冷たさが、茜の服越しにひんやりと伝わってくる。

 

「緋那…もういいよ…

 わたし、なんだか、動きすぎて

 疲れてきたみたい…」

 

茜の瞳は、真っ黒になっていた。

その真っ黒で虚無な瞳に、抵抗の光はない。

 

首から下は、すでに細長いモノに支配されていた。

制服の隙間すべてから、にょっきりと、ハブの頭やしっぽが生えている。

舌が肌をチロチロと舐めても、茜は、何も感じないでいた。

 

「あかね! 寝ちゃ…ダメ、ダメだよ…

 がんばって…んあっ…」

 

緋那の背中の肌に密着したハブが、そろーっと上下に動く。

思わず声をあげてしまう。

 

紳士

「さて、もう少しすれば、2人とも大人しくなるでしょう。

 若葉様を助けにいきましょう」

 

風乃

「はーい」

 

紳士と風乃は、ハブに絡まれている茜と緋那を放置し、

若葉の縛られているガジュマルの木に近づいた。

 

紳士

「若葉様、さあ、今助けま…」

 

若葉

「ブクブク…」

 

若葉は、ガジュマルの木にロープで縛られた状態で、口から泡をふいて、気絶していた。

 

紳士

「若葉様!?

 これは…気絶している!?

 な、なぜ若葉様にまで、ハブが絡んでいるのでしょう!」

 

若葉の身体にも、2〜3匹のハブが絡み付いていた。

気持ち悪さに耐えかねて、気絶してしまったのだろう。

 

風乃

「ありゃー…

 いっぱいのハブを見て、びっくりして気絶しちゃったのかなー」

 

紳士

「若葉様を襲ったハブも、私のハブです。

 これはまずいですね…

 私のハブが、コントロールできなくなっています」

 

紳士は、若葉の首筋や脚に絡んでいるハブに手を伸ばし、

ほどこうとする。

 

風乃

「ねー、紳士さん。

 ちょっと見てほしいものがあるんだけど」

 

紳士

「風乃様、それは後にしてください。

 今から、若葉様の身体のハブをほどきますので」

 

紳士は、風乃の声を無視し、若葉に巻きついているハブを

つかんで、ぱっぱと離していく。

さすがはハブの主。馴れた手つきで、ハブを瞬時にはがしていく。

 

風乃

「むぅ…」

 

風乃は、頬をプックリふくらませ、不機嫌そうな顔をする。

 

風乃

「ねぇ、そこのハブさん。

 紳士さんが話を聞いてくれないんだよー。

 いやんなっちゃうね」

 

風乃は、顔を下に向け、ハブに話しかける。

風乃の制服の左袖の中に、1匹のハブが頭をもぐりこませていた。

 

風乃も、いつの間にかハブに襲われているが、

紳士は若葉の解放に夢中で、まったく気づかない。

 

風乃

「うわぁ、ハブさん、ひんやりしてるねー」

 

ハブのウロコの冷たさが、風乃の肌をひんやり刺激する。

 

ハブの頭は、風乃の背中の肌に当たる。

首、胴、しっぽ。

ハブのすべてが、風乃の背中の肌に当たり、

にゅるにゅるりと通り抜けていく。

 

未知の感覚を、風乃は楽しんでいた。

 

風乃

「おおう…

 なんか、ハブさんが、私の身体を通り抜けてく…」

 

やがて、ハブは、風乃の制服の右袖から、頭を出す。

まるでトンネルだ。

 

風乃

「あっ、袖からハブさん出てきた。

 すごーい、私の腕から、ハブが生えてるみたい。

 ようし…紳士さんを驚かせてやろうっと」

 

風乃

「紳士さーん」

 

ぽん、ぽん、と後ろから肩をたたく。

 

紳士

「なんですか、風乃様。

 私は今、いそがし…」

 

紳士は風乃がうるさくて、つい、後ろを振り向いた。

 

風乃

「風乃流スネークパンチ!」

 

風乃は、袖から出てきたハブを、「スネークパンチ」と称し、

紳士の顔面につきつけた。

何が「風乃流」なのかは、誰にもわからない。

 

紳士

「うごふっ!?」

 

紳士の顔面に、ハブの頭がどかんと直撃した。

ぐしゅり、とにぶい音。

 

紳士

「うぐぐ…」

 

当たりどころが悪かったのか、紳士は顔が青い。

 

自分の鼻をおさえながら、ふらふらと立ち上がると、

風乃に何か言いたそうな表情をしたが、

しかし、何も言い出せず、そのままばたりと倒れる。

 

ふたたび起き上がる様子はない。

 

風乃

「紳士さん、紳士さーん!

 ありゃりゃ…のびちゃった…

 やりすぎたなぁ」

 

風乃は少しだけ後悔した。

 

 

【主人公は遅れて登場するもの】

 

「風乃の奴、いったいどこにいるんだ?

 俺を呼んだくせに、出迎えもしないのか…」

 

白雪は、公園の入り口にいた。

風乃がどこにいるのか、きょろきょろと辺りを確認する。

 

見つからない。

 

「いないな…。

 はぁ…めんどくさい。

 俺はこれから、掃除に料理に洗濯をせねば

 ならんのだぞ…」

 

肩を落とし、ため息。

白雪は公園の奥へとトボトボ歩いてゆく。

 

「ぎょっ!?」

 

ガジュマルの木のある広場にさしかかったそのとき、

白雪は、思わず声を失った。

 

茜と緋那。ハブにぐるぐる巻きにされ、気絶している。

 

南国紳士。はらっぱの上、顔面蒼白で倒れている。

 

若葉。口のまわりをブクブクとさせ、縛られ、突っ立ったまま気絶。

 

風乃。ハブを身体に巻きつけて、きゃははと遊んでいる。

 

凄惨な事件現場。そんな言葉がぴったり合う。

風乃1人だけが正常(?)だった。

 

「…こほん」

 

状況を確認した白雪は、ひと呼吸おいて、木の陰に隠れた。

 

どうしてこんなことになったのか、

知りたくないし、関わりたくもない。

一応、風乃は無事っぽいからOKとしよう。

 

白雪の頭の中で、結論が導き出されていく。

 

「関わらないでおこう。俺は何も見ていない」

 

白雪は、木の陰に隠れたまま、こっそりそろりと公園から去る。

 

炊事洗濯が俺を待っているのだ。さらば。

白雪は、家路を急いだ。

 

おわり。

 

説明
雪の降らない沖縄県で、雪女が活躍するコメディ作品。
南の島の雪女、第7話です。(基本、1話完結)
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南の島の雪女 沖縄 雪女 コメディ 

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