空っぽの宝箱
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遠州教育隊、(( 天来| てんらい))高校プラネットスターズの面々が同居している櫛江家。

朝食を片付けたあとのその茶の間で、赤髪の少女と何体かのロボットがにらみ合っていた。

胡坐をかきながら整った釣り目を細めているのは、飛行型機装『ガルダアルカイド』のパイロット(( 鳴浜多喜乃| なるはま たきの))。

円筒のボディでトーテムポールを作っているのは、櫛江家に住み着いているロボ中隊『トイポッズカンパニー』のアーミー達だ。

彼女たちは今、知力を尽くして対決していた。

しりとりで。お題は食べ物。

 

「なまこ!」

 

「コンペートウ」

 

「う? うに?」

 

「ソレ イッタヨー」

 

「ぬう、働けあたしの灰色の…… あそうだ、うどん」

 

「ハイ マケー」

 

「ああっ!? しまった!」

 

「朝っぱらから楽しそうだなあ、大将」

 

多喜乃が痛恨の敗北を喫した時、ポッズを蹴散らしながら現れた少年が全然楽しくなさそうに毒づいた。

『ファントムコメット』のパイロット、((吉岡由常|よしおか よしつね))である。

 

「イタイナー!」「コノヒトデナシー!」

 

ポッズのヤジを聞き流す彼に、多喜乃は不満たらたらのへの字口を作って敬礼した。

 

「少尉殿! そう言われてもやることないであります! 外出許可ください!」

 

「都合の悪い時だけ敬語使ってんじゃねえぞコラ」

 

宇宙開発時代の名残で、地球の軌道上には未だに数え切れないほどの宇宙ゴミ、デブリが浮いている。

核機雷の爆発やデブリ同士の衝突などにより、時折数百メートル四方の宇宙ごみが地球へ落下することがある。

そんなわけで今日の遠州市域には曇り時々晴れの天気予報に加えて、外出禁止令が発令されていた。

屋外で訓練できないパイロットには事務の仕事が宛がわれたのだが、今まで事務方をやったことのない多喜乃にはお手上げの仕事である。

 

「そもそも宇宙の事情なんぞ下っ端将校がどうこう出来る問題じゃねえよ。仕事しろ」

 

「何言ってんの当たり前じゃん」

 

「……喧嘩売ってんのか? それにな、お前のやった帳簿計算が全部間違ってたんだがどうなってる」

 

「さーてと、幸とガタユキに茶々でも入れてくるかな」

 

由常の声を無視して、とにかく暇な多喜乃は立ちあがった。

が、踏み出そうとした足は全く動こうとしない。

多喜乃が目線を下げると、アーミー達がその三本脚で踏ん張ってカーゴパンツを引っ張っていた。

 

「タカラモノ。 カッタラ アゲルッテイッター」

 

アーミーたちの力は存外強く、カーゴパンツの繊維が悲鳴を上げるほどだ。

多喜乃は慌ててジャケットのポケットから何かを掴みだすと、彼女たちの前に差し出して見せる。

 

「わかったわかった。じゃあD分隊のみんなにはとっておきのこれをあげよう。じゃじゃーん! ビール瓶の王冠」

 

あまりにもしょっぱい宝物に由常はしらけていたが、アーミー達はそれで良いらしい。

 

「ワーイ」「タンク ニ カザルー」

 

「どこで拾ってくんだそんなもん」

 

「空飛んでるときに光物を見つけるとついつい拾っちゃうんだよな」

 

「カラスかお前」

 

 

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由常を煙に巻いた多喜乃が客間の襖をそろりと開けてみると、

背中をこちらに向けて整備員の (( 安形征正| あがた ゆきまさ))と隊長の ((櫛江幸| くしのえ さち)) が話し合っていた。

大男の安形は真っ二つに折れた何かの部品を恨めしげに見つめ、

幸は小さな指で畳に広げたファントムコメットの設計図を指さしている。

 

「ラジエーターの予備はあっても、肝心のボルトが品切れか。困ったな」

 

「豊田の整備工場から取り寄せられないんでしょうか?」

 

「ファントムは戦中クラスの骨とう品だからパーツの在庫があるかは怪しいね。まあ、とはいえ……」

 

「なーにが壊れたのさ?」

 

「ひょえっ」

 

多喜乃は背後から一回り小さい幸を抱きすくめ、顎を彼女の頭の上に乗せた。

 

「あれ、吉岡の手伝いしてたんじゃなかったのか」

 

「いいじゃんいいじゃんそれよりどした」

 

「昨日、ファントムコメットのボルトが壊れたんだけれども予備が無いんだ」

 

「へー」

 

安形の話しを聞いた多喜乃はしばらくぼーっとボルトを眺めていたが、

はっとした表情を作ると勢いよく立ちあがった。

 

「どうしたんだ、エラー起こしたウェイトレスロボみたいな顔して」

 

「ふっふっふ。あたしが日々コツコツ拾い集めてきた宝物をとくと見よ!」

 

自慢げな多喜乃は、ポケットから壊れたボルトと瓜二つなものを出してみせた。

それを見て、安形は真顔のまま顎を大きく開き、幸は驚きしきりで握りしめた両手をぶんぶん振る。

この二人の反応が一々面白いことに、最近気づいてしまった多喜乃である。

 

「な、なんでお前がもっとんやそれを」

 

「どんなもんよ。ま、あたしのコレクションの中でもショボイもんだ。あーげる」

 

「わー…すごいです! どういうタネですかっ!」

 

「いや、手品じゃないってさっちゃん」

 

「よし、これでもう一つあれば完成だな」

 

「へ?」

 

「実は二つとも折れちゃったんですよ。すみません、もう一つ出せませんか?」

 

「だから手品じゃないって、もう持ってないし」

 

「うーん、だったらスクラップ場から探し出すしかないな。何せ古い部品だから」

 

安形が頭をかいた時、多喜乃はある思いつきをひらめき天を指さす。

もしかしたら、自分でも皆の役に立てるかもしれない。そんなアイデアを。

 

「それならあたしにいい考えがあるぞ!」

 

 

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多喜乃が駆け回って集めたトイポッズの大集団で、茶の間は文字通りイモの洗い場と化す。

座ることもできない安形と幸は立ちんぼのままだ。

由常は押し寄せたポッズの大群に襲われて行方不明になっていた。

はしゃぐ多喜乃がちゃぶ台から第一声を放つ。

 

「ちゅうもーく!」

 

「ナンダ ナンダー」「殿中 ニ ゴザル」「ア、 バカッポイ ネーチャンダ」

 

「ポッズさんたちにお願いがあるんです! あとバカっぽいって言った子出てきなさいぶっ飛ばすぞ」

 

「ええと、このボルトと同じ形のものを、郊外のスクラップ置き場から拾ってきてほしいの」

 

幸のお願いを聞いたポッズの反応は芳しくない。

 

「エー」「フニャー」「オヒマヲ イタダキタク候」「ブンブンブーン ヘリコトブー」

 

「やる気ないなあ」

 

ポッズの反応を見下ろす安形に、ポッズの親でもある家政婦ロボットのエリスが答える。

 

『ロボットとはいえ、ポッズにも士気はあります。今回の件は幸さんとあまり関係ない上、宿敵……ゴホン、苦手な由常さんに関わるお話ですからね』

 

「なるほど」

 

「ロボットに咳払いは要らねえだろが」

 

憎しみに満ちた声がポッズの海の底から届くものの、安形とエリスは聞こえないふりをする。

 

「アソボー」「ジャンケーンホイホイ ドッチカクスー」「拙者タチ ユビ イッポンシカ ナイデゴザル」「ブンブン」

 

「ねー聞いてよー……」

 

途方に暮れる幸とは打って変わって多喜乃のテンションはそのままだ。

彼女には秘策があった。

 

「で、ここからが本題だー! 見事、ボルトを見つけられた分隊には素敵な宝物を用意します!」

 

すると、多喜乃の魔法の言葉に釣られて今までうるさかったポッズ達は急に黙り込む。

驚く幸に振り向いて、多喜乃はウインクしてみせる。

彼女はポッズの御し方をすっかり分かったつもりでいた。

 

「じゃーん! 海外のコインだー! 拾った奴だけど」

 

多喜乃が勿体ぶって出した1と刻印された鈍い銅色の硬貨。額面に刻まれた金額はそう高くない。

それでもポッズだけでなく、安形と幸も思わず目を丸くする。

何十年も続いた大戦により、数多くの国交や『国そのもの』が無くなってしまって久しい。

普通に暮らしていて、海外の通貨を見る機会など滅多に無かったのだ。

 

「スゴーイ」 「クレ」「ホシイブーン」「ゴアー」

 

トイポッズがやおら張り切りだした脇で、幸は申し訳なさそうに伺う。

 

「ほんとにいいんですか? そんな貴重なものを」

 

「いいよいいよ、けっこー見つかるもんだし。一枚や二枚ぐらい見つけてきた分隊全部にあげるさ!」

 

「ち、ちょっとまて鳴浜! そのボルトは」

 

急に慌てだした安形の言葉を多喜乃は片手で遮る。

多喜乃としては、空を飛ぶしか能のない自分が役に立てるかもしれないのだ。

そんなチャンスを無駄にはしたくなかった。

 

「ノープロブレム! あたしとトイポッズを信じろ!」

 

「そうじゃなくて。そのボルト、確かに品薄だけども」

 

安形がそう言っている傍から、わーきゃー騒ぐポッズは玄関へと次々になだれ込んでゆく。

 

ポッズを笑って見送る多喜乃と対照的に、安形は眉間にしわを寄せてうつむいて、

襤褸雑巾のような由常が足首を掴んでいるのを見ると、今度は天井を見上げた。

 

「ああ、僕は嫌な予感がするよ」

 

「おいてめえちったあ助けろや」

 

「……助けを求める前にポッズと仲良くする努力をしたらどうなんだ、全く」

 

 

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遥か昔の工業品に使われていた細長くいびつな形のボルト。

貴重な部品だが、かといって全然見当たらない部品でもない。

一平方キロメートルのスクラップ処理場をくまなく探せば確実に二ダース分は見つけられるだろう。

 

多喜乃に降りかかった喜悲劇。

それは張り切るポッズが、その一平方キロメートルを全て探しまわってしまったことで起きた。

結局、昼が過ぎる前に24分隊全てがボルトを持って帰ってきてしまったのだ。

だが約束は約束である。

そうして、多喜乃は予想していた一枚や二枚どころではなく、大切なコインのすべてを失うはめになっていた。

 

離れの屋根の上で、多喜乃は膝を抱えて座り込んでいた。

曇り空が生み出す風はびゅうびゅう吹き付け、多喜乃の白い頬を叩きつける。

なんで自分は拗ねているんだろうか。大事なコインを全部あげてしまったからか、それともヘマをやらかしたからか。

自分の心を覗いている最中に、今はあまり聞きたくないポッズの声と、ブーツを木に食い込ませて屋根へ登ってくる音が耳に届く。

 

「コッチデゴザル」「ホイサッサー」「ゼッケイカナ ゼッケイカナ」

 

アーミーやスカウトを身体に纏わりつかせた安形が、雨どいを伝い屋根へとよじ登ってきた。

一瞬目が合うものの、気恥ずかしさからかそれとも怒りからか、多喜乃は彼から目線を逸らせた。

 

「もうじき破片が降ってきて危ないぞ。櫛江さんも心配してる」

 

「いいよ、身体は機械だし」

 

「機械化されてない部分のほうが多いんだろ。危ないのには変わりないさ」

 

多喜乃は、大空へ飛び立つために色んなものを捨ててきた。

筋肉を人工のものに変えて、軽量化のために骨を抜き、脳と機械の翼を繋げるために神経を挿げ変えた。

兵舎にいい思い出もないし、唯一の肉親である母の居所など知らない。

それだけ犠牲にしても自分は役立たずなのだろう。

だから転属先が潰れかけの天来教育隊しかなかったのだ。

いっそゴミらしく、宇宙ゴミに押しつぶされた方が楽なのではないかという捨て鉢な気分にさえなる。

そんな重苦しい思いが多喜乃の心を締め付けていた。

 

「ほっとけよ、関係ないだろ」

 

「あるさ。鳴浜は大切なチームメイトだ」

 

恥ずかしい台詞を吐くこの男の気持ちが、多喜乃にはどうにもわからなかった。

どう応えていいか分からず、多喜乃はそっぽを向いた。

 

「由常が訓練中にへし折った校庭の木について知ってるか?」

 

多喜乃は反応を返さない。

安形は続けた。

 

「あの木材で鳴浜に小物入れの箱を作ってみようと思ってるんだけれど、どうだろ? せっかくの宝物をポケットに入れたままだと無くしそうじゃないか」

 

安形の持ちかけに、少女は心を開きかけた。

だがこの時は興味よりつまらない意地のほうが勝った。

 

「勝手にしろ」

 

「手厳しいな」

 

突き放す言葉にも、安形はただ苦い笑い声を返しただけだった。

安形が怒るどころか、笑う理由がわからない。それにいきなり贈り物を寄こす理由も。

多喜乃は背中を向けたまま心細い声で問いかけてみた。

 

「……なんでそんな大層なものくれるんだよ」

 

「ポッズを止められなかったお詫びと、一生懸命頑張ってくれたお礼かな。鳴浜のおかげで部品を探し回らず済んだからね、ありがとう」

 

お金は掛けてあげれないけど、と言って安形は申し訳なさそうに答える。

感謝の言葉を告げられて、心の中で戸惑いと恥ずかしさがないまぜになり多喜乃の顔は熱く火照る。

顔を隠すため、膝小僧をより強く抱きしめた時だった。

多喜乃の眼の前が明るく瞬いた。

 

 

雲を切り裂いて、真赤に輝くデブリが宇宙から太平洋へと舞い降りてきている。

グレイの空に黄金色の尾を描きながら、数え切れないほどの光跡は水面の手のひら目掛けて落下してゆく。

煌びやかなその輝きに多喜乃は心奪われた。

やがて、使命を終えて散る牡丹の花びらのように、デブリ達は宙で散った。

隣で同じ景色を見ていた安形が多喜乃へ語りかけた。

 

「明日、浜辺に行けば新しい宝物が流れ着いてるかもしれないぞ」

 

人工の星屑たちは、果ての見えない海へと白い波しぶきを上げながら次々に飛び込んでいく。

何時の間にか、不思議と多喜乃の心はすっかり晴れ上がっていた。

安形の言葉のおかげか、デブリの輝きが見せた美しさからか、それはまだ少女自身にも判然がつかない。

デブリの故郷への帰還を見守り終えてから、多喜乃はやっと安形へ振り向いた。

 

「じゃあさ。宝物を探すの手伝ってよ。お詫びには宝箱だけじゃ足りないから」

 

少女は生来の陽気さを取り戻す。

いたずらっぽくはにかんでみても、緩んだ頬から覗く明るい喜びは隠し切れていなかった。

 

 

 

 

 

「小さなデブリが降ってくる前に家へ戻ろうか。といってもどうやって降りればいいんだこれ」

 

「タカラモノサガシ ボクラモ テツダウー」「タキノ イイヤツ ヨシツネ キラーイ」

 

「それならポッズちゃーん、さっきの約束はチャラにできない?」

 

「ダメー ソレハソレ コレハコレ」

 

「アガッ……」

 

「手厳しいなあ」

説明
現在進行中の『STAY HEROES!』、短編となります。
とはいえ本編読んでいらっしゃらなくともだいじょぶです。
時間軸としては第四話から数日後のお話です。
登場人物はヒーロー、といってもこの短編では変身しません。
主人公は多喜乃ちゃん。
(第一話→http://www.tinami.com/view/441158)
投稿予定日より一週間ぐらい遅れてしまいましたね…でも短編はいい感じに仕上がったので許してやってください。
あと、マイクロポッズの名前をトイポッズへと変更しています。
ご意見やご感想いただければ幸いです。

次→ http://www.tinami.com/view/487926

投稿一覧 http://www.tinami.com/search/list?prof_id=40636
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