IS インフィニット・ストラトス 〜転入生は女嫌い!?〜 第五十一話 〜相棒〜
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「なあクロウ、別に素直に言えばいいんじゃないのか?」

 

「いいか一夏。あの手の女は無断で何かした後が一番怖いんだ」

 

「アンタ、経験でもあるの?」

 

「……まあ、無くはない。とにかく、俺の方はいいとしてもお前らの方はなんとかしなきゃマズいんだよ」

 

現在、クロウ達は不毛な会話を続けていた。場所は花月荘の入口、そこから数十メートル離れた林である。クロウ達はそこに身を隠して作戦を練っていた。作戦目的は如何にして千冬の目を掻い潜るか、である。

 

「ですがクロウさん、それほど問題ではないと思いますが?こうしてクロウさんは無事に戻って来て、福音も無力化できたのですから」

 

「セシリア、俺は一旦撃墜されて行方不明、そのまま復帰したんだ。それはまあいい、理由付けなんていくらでも出来る。だがお前らの方は不味い、不味すぎる」

 

そう、一夏達は千冬に待機を命じられたにも関わらず出撃した。軍隊なら即座に懲罰物である。クロウの方はMIA、戦闘中行方不明のような扱いだったので何とでも言い訳は出来るが。そんな行動をしてあの千冬がどんな事を言うか、考えただけで身震いがする。クロウの頭にはつい何週間か前、セシリアと千冬に追いかけられた記憶がフラッシュバックする。下手したらあれ以上の事になる気がした。

 

「そ、そこまで問題なの?」

 

不安げな顔をしながらシャルロットがクロウに聞いてくる。しかしその質問にはクロウではなく、ラウラが返した。

 

「まあ普通に考えれば無断出撃、それだけでも相当問題なのだが。ですが私は覚悟して行きました。後悔はありません」

 

そう言いながらクロウに向き直るラウラ。その熱意を聞いてクロウは決意を固める。全員の顔を見回しながら告げた。

 

「まあお前らの話を聞く限り作戦は続いていたようだし、問題になるのは精々ラウラが言った無断出撃くらいだろうな。まあそれも若気の至りって事で何とかなる……多分……きっと……」

 

「クロウ、もう諦めて行くほうがいいのではないか?」

 

「……そうするか。じゃあお前ら、行くぞ。一夏はそいつをしっかり頼むぜ」

 

「あ、ああ」

 

「ほら一夏、手伝おう」

 

一夏と箒で福音の操縦者を支えて何とか歩き出す。クロウは花月荘の入口が近づくにつれて断頭台に登る死刑囚の様な気持ちになってきた。元々そんなに距離が離れている訳では無かったのですぐ入口に付いてしまう。まずクロウが入って周囲の確認をした。誰もいない事が分かると後ろを振り向いて一夏達に素早く伝える。

 

「いいかお前ら、真っ直ぐ部屋に戻って大人しくしてろ。俺は千冬の所に──」

 

「ク、クロウ」

 

「ん?何だ一夏、他にいい案でも浮かんだか?」

 

「う、後ろ後ろ……」

 

「は?後ろがどうし──」

 

「行く必要は無い。ここにいるからな」

 

クロウの背後からまるで死刑宣告の様な声が聞こえる。錆びたロボットの様にギギギと音をたてながらクロウが背後を向くと、いつの間にか腕を組んで仁王立ちしている千冬とその後ろに隠れるようにして真耶がいた。真耶は必死になってジェスチャーで“逃げてください”とクロウ達に伝えている。

 

(終わった……)

 

クロウは薄れゆく意識の中でそんな事を考えたのだった。

 

 

 

 

「さて、貴様らの行動について納得のいく理由があったら是非とも聞かせてもらいたいものだな。うん?」

 

あの後結局クロウは玄関で気絶はしなかった。持てる精神力をフル活用し、何とか意識を取り留めたのである。しかし一夏達は違った。比較的耐性の低いセシリアやシャルロットは千冬の発する気に押されてクロウ以上に顔面蒼白になり、口はパクパクと酸素を求める金魚の様な状態だった。そして千冬が有無を言わせぬ命令口調で全員作戦会議室に連行、クロウ以外全員正座で話を聞いている状況だった。ちなみにクロウは部屋にいない。玄関で千冬に発見された時に真耶と一緒に体の状態を調べに行っていた。福音の操縦者は別室にて体を休めている。

 

「貴様ら、自分のした事を理解しているのか?私は確かに“待機”と命じたはずだ。何をどう聞き違えれば“出撃”となるんだ?」

 

「し、しかし教官」

 

ラウラが言葉を発しようとすると千冬の鋭い眼光がラウラを射抜く。その圧倒的な雰囲気にラウラは話すことなく押し黙ってしまった。

 

「しかしもかかしも無い。貴様らは命令を破った、この事実はどうあっても変わらん。罰として──」

 

何が来るのか、と身構える六人。しかし千冬の言葉から出てきた物は予想の遥か斜め上をいっていた。

 

「帰ったら反省文とトレーニングだ。私とクロウでたっぷりと絞ってやるから覚悟しておく様に。以上」

 

「……え?」

 

「織斑、何だその顔は。もっと罰を追加して欲しいのか?」

 

「い、いえ!そうじゃなくて、いやに優しいな──」

 

一夏がその言葉を言い切る事は無かった。どこからか取り出した出席簿にて頭を引っぱたかれる。一夏は正座した状態のまま、頭を抑えてうずくまってしまった。

 

「煩い。確かに貴様らは命令を無視した。しかし作戦を遂行した上、クロウを連れて戻ったのも事実だ。その事を考慮しない訳にはいかないだろう。なにせ本人に言われたのでな」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

一同が驚きの声を上げた時、部屋のふすまがガラリと開けられる。一夏達が振り返って見たのは、IS学園の制服を着ているクロウだった。

 

「クロウ!あ、痛つつ」

 

一夏がクロウに駆け寄ろうとして腰を上げるが足が痺れたのか、途中で前のめりに倒れ込んでしまう。

 

「無理すんな。お前ら、結局何て言われた?」

 

「特訓と反省文だって。アンタ織斑先生に何か言ったの?」

 

鈴が正座のままクロウに問いかける。真耶は千冬の所に駆け寄って何やら耳打ちしていた。クロウも鈴達と対面になる形で畳の上に座り込む。

 

「まあ、お前らが飛び出したのは俺にも原因があるからな」

 

クロウ達が話している横で千冬は真耶の話を聞きながら何度も首を縦に振っていた。全て聞き終えるとクロウの方を向く。

 

「クロウ、結局無事だった様だな。怪我も綺麗に消えている様で何よりだ」

 

「大丈夫って言っただろ?意外とお前も心配性だな」

 

「お前も生徒の一人だ。教師が生徒の心配をするのは当たり前だろう。そこでいくつか聞いておきたい事があるのだが」

 

「分かってる。こいつの事も含めて、だろ?」

 

そう言ってクロウが右腕を上げてみせる。クロウの右手首には赤と青、二色のラインが外周に沿う形で刻まれている銀色のブレスレットがあった。

 

「ああ。お前の事も含めて、お前のISの事も聞いておかなければならん。一夏達の話によれば、姿が違っていたそうだが?」

 

「まあ話すと長くなりそうなんだけどよ──」

 

クロウが全員に向けて話そうとした時、それは唐突に聞こえてきた。

 

『おいクロウ、聞こえるか?』

 

「誰だ!?」

 

クロウはいきなり頭の中に聞こえてきた声に反応して立ち上がる。周りの面々はクロウの奇行に不思議な顔をしているが構っている時ではない。

 

『ったく、さっき会ったばっかじゃねえか。相棒の声ぐらいしっかり覚えとけ』

 

「お前、まさか……」

 

『千冬に説明しなきゃいけないんだろ?俺も手伝ってやるよ。俺を机の上に置きな』

 

「あ、ああ」

 

「おいクロウ、どうした?」

 

千冬から声が飛ぶがクロウは取り合わない。言われるがままクロウは右手首からブレスレットを外して数歩歩くと、そのままブレスレットを机の上に置いた。

 

「クロウさん、どうしましたの?」

 

「……」

 

セシリアから疑問の声が上がるが、クロウは無視を決めこむ。流石に様子がおかしいと感じたのか、シャルロットが立ち上がってクロウの肩に手をかけた。

 

「ねえクロウ、一体どうしちゃった──」

 

しかしシャルロットの疑問が全て出る事は無かった。机の上にあったブレスレットがいきなり強い光を放って輝きだしたのである。

 

「な、何だなんだ!?」

 

ブレスレットは赤と青の光を放ちながら輝き続ける。しかし数秒後、ただ放射されるだけだった光は誰もいない空間に集中し始めた。最後に一際輝くと、部屋全体が光に包まれる。そして光が収まった時、その場にいたのは──

 

「ふぅ、やっと出られた。よおクロウ」

 

「やっぱりお前か。あの時、最後とか言ってなかったけか?」

 

「いいだろ別に、意識が思った以上に定着したんだよ」

 

「まあお前が出てきてくれた事は素直に嬉しいがな」

 

「俺もだよ、まさかこうやって出れるとは思わなかったからな。何事もやってみるもんだぜ。んで、そいつらどうにかしてやれよ」

 

「というかどうにかするのはお前だろ。こいつら全員、お前の事見て驚いてんだから」

 

一夏達は一言も声を上げずにいた。何故なら目の前の事実がとても受け入れがたい物だったからである。何とか一夏が声を出す。

 

「ク、クロウ?その人、誰なんだ?」

 

「だってよ。自己紹介ぐらいしてやれ」

 

クロウに話を振られた人物はIS学園の制服を着た少年だった。130cmくらいの身長にまだ幼さの残る顔つき、銀色の髪に加えて前髪だけ赤と青のメッシュが入っている。何より特徴的なのはその顔だった。その顔は今のクロウをそのまま幼くした顔にとても似ている。

 

「まあそれもそうか。初めまして、でも無いか。俺はリ・ブラスタ。まあブラスタでもリ・ブラスタでも好きな方で呼んでくれ。クロウの相棒だ、よろしく」

 

「「「「「「「「えええええええ!!!!」」」」」」」」

 

一同のその叫び声は旅館全体に響き渡ったという……。

 

 

 

 

衝撃の告白から一同が復活するまで、クロウとリ・ブラスタは座り込んでずっと雑談を続けていた。

 

「それにしてもお前、また腕上がったか?前の世界より操縦技術上がった気がするんだが」

 

「動かす兵器がISだからってのもあるんだろうな。覚えた技術がそのまま使えるってのは大きなメリットだ」

 

「あーそういやお前、格闘術の方も凄かったっけ。まあ俺としてはお前の技術が上がるのは大歓迎だ。その調子で頑張ってくれや」

 

そこでようやく一同が復活、まずは一夏からおずおずお話しかけた。

 

「えーっと、リ・ブラスタさん?あんたってクロウのISの?」

 

「ああ、何か人格が出来ちまってよ。あと一夏、敬語は要らねえよ、お前らも敬語禁止な」

 

生徒達に言い放つ一同。リ・ブラスタは自然体なのだが、話す相手の方はガチガチに緊張してしまっている。この一言は少しだけ面々の緊張を解く事が出来た。そこで今度は千冬がリ・ブラスタに質問を浴びせかける。

 

「それでは聞く。ISに深層意識が存在する事は確認されているがリ・ブラスタ、貴様はいつから目覚めていた?」

 

「ああ、実はこの世界にクロウと一緒に来た時にはもう意識はあったんだよ。ただその時の俺は眠ってたに近い状態だったんでな。クロウと話そうとしても話せなかったって訳だ。あのままだったら俺がこうなるまであと二、三年はかかっただろうな」

 

「ならば何か外的要因があって今ここにいる、という事か?」

 

そこでリ・ブラスタが何かを思い出す様に頭に右手を添える。もはやクロウとリ・ブラスタと千冬以外誰も言葉を発しようとはしなかった。

 

「ああ、いつ頃だったけな?確かつい最近だったと思うんだが、俺の体に何か変な機械取り付けられた時があっただろ?ちょうどあの時あたりからだな、俺の意識が覚醒し始めたのは」

 

「変な機械?」

 

クロウが頭を捻って考えるが一向に答えが思いつかない。意外なことに先にセシリアが何か思いついたようで座ったままクロウの服の袖をちょいちょいと引っ張った。

 

「ん?どうしたセシリア?」

 

「あの時ではありませんか?ほら、私とクロウさんと生徒会長で侵入者を撃退したタッグトーナメントの時です。リ・ブラスタさんの言っている変な機械とは((剥離剤|リムーバー))の事ではありませんか?」

 

「ああ!あの時か!!」

 

クロウはやっと正解に行き着く。確かにブラスタの機体に変な機械を取り付けられたのは、クロウの記憶にある限り後にも先にもあの時だけだ。リ・ブラスタの言っている“つい最近”というキーワードもその裏付けとなる。

 

「じゃああの時解除されなかったのはお前のおかげって訳か?」

 

「あの変な機械を取り付けられた時、何かひっぱたかれて起こされた感じがしてな。結構ムカついたんで反抗したんだよ。それにクロウ、お前あんなチャチな機械でスフィアを積んだ俺をどうにか出来ると思うか?」

 

「……思わない」

 

「だろ?まあとにかく、その時から意識がはっきりしだしてな。おまえが寝てる時なんかに色々語りかけてみたんだが、お前は気づかなかったんだよ」

 

「じゃああの夢の中の言葉は……」

 

「ああ、俺だ。という訳で千冬。お前の疑問に対する答えはこんなもんでいいか?」

 

「ああ、構わん」

 

千冬が黙りこくると、今度は生徒達の中から手が上がる。

 

「じゃあ、俺が聞いてもいいか?」

 

「おう、何だ一夏?」

 

「何でリ・ブラスタってそんな格好してるんだ?あと何でそんなにちっちゃいんだ?」

 

素直な質問が一夏から飛ぶ。箒達も同じ事を疑問に思っているようで、皆一様にうんうんと頷いていた。

 

「ああ、この格好の事か?まあ服はお前とクロウが着ている物だってのは分かるよな?この体だが、髪は俺にも分からん。まあ多分俺の体の色だろうな。それでこの年齢の事だが、これは当然なんだよ」

 

「何でだ?」

 

「そりゃお前、俺はまだ生まれて二、三年くらいしか経ってないからだよ。まあそんな事言っちまうと俺は赤ん坊って事になるから、むしろこの年齢はありがたいがな」

 

「そうなの?」

 

シャルロットが声を上げる。リ・ブラスタは肯定の言葉と共に説明を続けた。

 

「お前ら確か、クロウと俺が出会った時の話を聞いてたろ?あれから逆算してみろよ」

 

「確かに、貴様は生まれて間もない赤ん坊という事になるな」

 

「だろ?まあ箒の言う通り俺はまだ赤ん坊のはずなんだが、知っての通り俺は前の世界でクロウと一緒に色んな経験をした。その中には赤ん坊がするには早すぎた物もあったんでな、その分成長が早まったんだろ。だからこんな子供の姿って訳だ、まあ全部俺の推測だがよ」

 

「クロウの子供の頃……可愛い……」

 

「「は?」」

 

クロウとリ・ブラスタが揃って素っ頓狂な声を上げる。二人の視線の先には目がイッてしまっているシャルロットとセシリアがいた。クロウはジリジリと後ずさりを開始するが、リ・ブラスタは事態を見守り微動だにしない。

 

「ふふふ……クロウさんの子供の頃……是非ともその感触をこの手に……」

 

「お、おいおいリ・ブラスタ。逃げた方がいいんじゃねえのか?」

 

「心配すんなよクロウ。俺の体は──」

 

リ・ブラスタが全て言い終わらないうちにセシリアとシャルロットが同時にリ・ブラスタに飛びついた。両手を広げてリ・ブラスタを包み込む──

 

「「ぎゃふん!!」」

 

事は無かった。二人の体は何故かリ・ブラスタをそのまま通り過ぎ、畳の上をズザザーと滑る。呆気にとられていた一同にリ・ブラスタが説明を始めた。

 

「ほらな。俺の体は((ホログラフ|立体映像))なんだよ。いくら俺でも体を作り出すなんて事、出来やしねえさ。精々次元力を応用してクロウの怪我を治すくらいだな」

 

「うう、酷いですわ……」

 

先にセシリアが畳から体を起こす。そこでリ・ブラスタが近づいて何やら耳打ちを始めた。話を最後まで聞いたセシリアは顔を真っ赤にしてリ・ブラスタに食ってかかる。

 

「そ、そんな事出来ませんわ!!」

 

「今度やってみろって。俺にしようとしたんだ。ただ単に相手を変えるだけだろ?」

 

「ううう……」

 

セシリアは顔を真っ赤にして俯いてしまい、リ・ブラスタはニヤニヤ笑っているだけだった。

 

「酷いよ、リ・ブラスタ。最初に言ってくれればいいのに……」

 

「言う暇無かっただけだ」

 

三人が口論している中クロウ達はそれを微笑ましい目で見つめていたが、ただ一人違う見方をしている人間がいた。

 

(ちっ、触れないのか。あいつらが先に飛び出してくれて正解だったな。危うく私も──)

 

「織斑先生、どうかしましたか?」

 

「い、いや!何でもない。それで山田先生、何か?」

 

「あの、生徒達をもう行かせてあげてもいいですか?クロウさんは検査が終わりましたが、他の皆はまだなので」

 

「ああ、それでは──」

 

千冬が生徒達を急かそうとしたその時、いきなり第三者の声がその会話に割り込んだ。

 

「ああ千冬、少し時間もらってもいいか?」

 

「ん?どうした、クロウ」

 

「ああ、ちょっと言っておきたい事があるんだよ」

 

それはクロウだった。千冬と真耶の会話に入り込んで許可をもらうといきなり立ち上がる。千冬と真耶以外は座って何が始まるのかとクロウの言葉を待っていた。

 

「聞きたい事がある、箒」

 

名前を呼ばれた包囲はビクッと肩を震わせる。クロウには先程の飄々とした雰囲気は無く、まるで大人の様な空気を纏っていた。

 

「今回、お前は自分の専用機を手に入れて舞い上がっていた。お前の姉の進言もあったが、一夏とセシリアでやれば結果は違ったかもしれない。お前の行動は一夏を危険に晒した、それは理解しているな?」

 

「……」

 

「ちょっと待てよクロウ!箒は──」

 

「てめえは黙ってろ一夏。今クロウは箒と話をしてんだ、お前の出る幕はねえよ」

 

ギロリと一夏を睨むリ・ブラスタ。子供の姿でありながら、纏う空気は歴戦の猛者の物だった。一夏は立ちかけていたがリ・ブラスタに睨まれてそのまま座り込む。

 

「お前の行動の結果、下手したら一夏が死んでいたかもしれない。無事だったのはただの結果論だ。しかもお前は何の代償も無しに力を手に入れた。こいつらを見てみろ」

 

そう言ってクロウは手でセシリア達を示す。示されたセシリア達は声を上げずにクロウ達の言葉を聞いていた。

 

「こいつらは努力を重ねて今の自分を手に入れた。しかも一般生徒の事を考えた事はあるか?あいつらだって努力している。そんな中お前だけ一人贔屓されていたらあいつらだって面白く無いだろうし、その行動はあいつらの努力を土足で踏みにじっているのと同じだ。お前はどんな思いで力を手に入れたかった?」

 

「わ、私は……ただ一夏の傍に……いたかっただけだ」

 

蚊の鳴くような声で声を絞り出す箒。大人組の千冬達は止めもせずに事態を傍観していた。

 

「そうか、だったら──」

 

何を言われるのかと首を竦める箒。しかし次にクロウから言われた物は予想とは180°違っていた。

 

「これから頑張れよ。俺から言う事はそれだけだ」

 

「……そ、それだけなのか?」

 

「ん?まだ何か言って欲しいのか?」

 

「い、いや!そういう訳では無いが……その……」

 

「まあ俺はこういう物は一回言えば分かる物だと思ってる。浮かれる事だって初めての戦闘じゃあ、しょうがない事だ。お前のそんな行動をフォローする為に俺が行ったんだしな。それとお前が他の生徒達に引け目を感じるって言うなら──」

 

すると机の上のブレスレットを掴んでクロウが箒の所まで歩いていく。そして左手を上げてすれ違いざまにぽん、と箒の肩の上に置いた。

 

「これから頑張れ。誰にも文句なんて言わせない位に。それが他の生徒達のためにもなるし、お前のその気持ちを貫き続ける事にも繋がるからよ」

 

「クロウ……」

 

「悪いな、柄にもない事言っちまって。千冬、後頼むぜ」

 

そう言ってクロウは銀色のブレスレットを右手に持ったまま部屋を出ていく。後に続く形でリ・ブラスタも外に行くと部屋はいきなり静かになった。

 

「……なんか、クロウって……やっぱり大人なんだな」

 

ふと一夏が声を漏らす。それはその場にいる全員の心の声を代弁していた。一夏に続く様に千冬が厳しい声を上げる。

 

「奴は曲がりなりにも本物の戦いを知っている人間だ、お前らひよっことは格が違う。お前らもああなりたかったらひたすら精進しろ。山田先生、それでは」

 

「は、はい。それでは織斑君は私が連れて行きますので、他の皆さんは織斑先生に従って検査を受けてください。それでは付いてきてくださいね」

 

「あ、はい」

 

真耶が一夏を連れて部屋から出ていく。最後に残ったのは千冬と五人の専用機持ちだった。

 

「お、織斑先生、私は──」

 

「何も言わんでいい。クロウにも言われただろうが、負い目を感じるならより一層訓練に励め。さて貴様ら、ついてこい」

 

そう言って千冬も五人を連れて部屋を出ていく。静かになった作戦会議室は、作戦終了という一つの事実を示していた。

 

 

 

 

夜になると、もちろん生徒達は夕食を取る事となる。しかし今日はいきなりの事が多すぎた。秘密を知りたくなるのは人としての((性|さが))である。その結果、一夏達専用機持ちは多くの生徒達に囲まれていた。ゆっくり食事を楽しもうとするのだが、周りの生徒達がそれを許してくれない。

 

「ねえねえセシリア、教えてくれてもいいでしょ?」

 

「ダメですわ。私達には箝口令がしかれていますので」

 

「そんな事言わずにさあ、教えてよ〜」

 

「だ、だめだってば」

 

セシリア達も必死に拒否しているが女子生徒の勢いは止まらない。しかしその勢いはラウラの一言で終を告げた。

 

「貴様らが進んで二年間近くの監視と、査問委員会による裁判を受けたいというのなら別だがな」

 

ラウラの言葉を聞いて固まる生徒達。流石に現役の軍人の言葉は含蓄があった。恐怖を煽る様に話続ける。

 

「査問委員会は辛い物なのだがな。何時間も続けられる査問と執拗に繰り返し出続ける質問の数々。いやはや、貴様らが進んであれを受けたいというのは賞賛に値するな」

 

ラウラの言葉を聞き終わった生徒達は顔を真っ青にしてプルプルと震えていた。そこで最後の止めとばかりに千冬の怒声が飛ぶ。

 

「貴様ら、食事は自分の席で取らんか!!」

 

その声を聞いて蜘蛛の子を散らすように生徒達が自分の席に戻っていく。千冬はスタスタと一夏達に近づいて疑問を投げかける。

 

「ん?貴様ら、ブルーストはどうした?」

 

「お、俺は知りません。皆はクロウの事知らないか?」

 

一夏が箒、セシリア、シャルロット、ラウラに聞くが、全員首を横に振った。どうやら全員知らない様だ。その様子を見た千冬は訝しげな顔をしながらも、一夏達から離れていく。

 

「そういやさっきからクロウ見てないよな。みんなは見たか?」

 

「私は見ていないぞ。大方、ひと泳ぎにでも行ったのではないか?」

 

「まあ、あとで探してみればいいか」

 

そう言って一夏も食事に没頭する。こうして、臨海学校二日目の夜は更けていった。

 

 

 

 

一夏達が食事を終える頃、海で一人の男が泳いでいた。

 

「──プハッ」

 

「おー、お見事」

 

賞賛の言葉を送るのは銀髪の少年、リ・ブラスタだった。リ・ブラスタは岩場に座ったまま、上がってくる人物を出迎える。少年の傍らには銀色のブレスレットが置いてあった。

 

「そこまで泳げるとは立派立派。俺は泳げないから羨ましいぜ」

 

上がってきた人物はリ・ブラスタの隣に置かれているタオルで体を拭き始める。その人物の上半身には、数え切れない程の傷跡が刻まれていた。

 

「この位普通だろ」

 

「それで、いきなりどうした?泳ぎに来るなんてよ」

 

「泳ぎたくない訳じゃなかったんだが、昨日は一夏達もいたからな」

 

「まあ、その傷はあいつらにとっちゃ悪い意味で目の毒だからな」

 

クロウもリ・ブラスタの隣に腰を落とす。しばし無言の二人だったが、唐突にリ・ブラスタが口を開いた。

 

「俺はお前が誇らしいよ。クロウ」

 

「おいおいどうした?いきなり褒めるなんてよ」

 

「俺はお前と初めて会った時からずっとお前を見てきた。お前はなんだかんだ言いつつも、決して諦める事無く、ぶれなかった。ただ一つの目的の為に突っ走っていた。俺はお前みたいな相棒を持って嬉しかったよ」

 

「……」

 

「まあ恥ずかしい事が全く無いって言ったら嘘になるがな」

 

そこでリ・ブラスタがクククッと笑った。クロウも何を指しているのか理解したので、返答を返す。

 

「まあいいじゃねえか。そのおかげでスフィアを制御出来たんだしよ」

 

「そうだな、しかしあの時は笑っちまったぜ。まさかあんな形でスフィアを制御するとはよ」

 

「俺らしいだろ?」

 

その言葉を聞いてとうとう大声を上げて笑ってしまうリ・ブラスタ。クロウも声は上げないが顔が緩んでいる。

 

「ははは!!確かにな。お前らしいよ」

 

「全くだ。……次元力の制御はどこまで出来る?」

 

いきなりクロウが真面目な声を出す。その言葉を聞いてリ・ブラスタの笑い声がピタッと止んだ。

 

「……悪い、戦闘する分には全く問題ない。むしろそれ以上の事も出来るが、流石に俺とお前で次元を越えるのは無理だ。下手したら一生、な」

 

「そうか……」

 

その言葉を聞いてどこかすっきりとした顔をするクロウ。大きく伸びをして後ろに手をついて体を支える。

 

「まあダメ元で聞いただけだ。気にしないでくれ」

 

「……本当にすまねえ」

 

「いいって言ってるだろ。それにあの時お前に言った事も本心なんだからよ。あいつらを放ってはおけないのも俺の気持ちだ」

 

そして再び黙り込む。そのまま数分、黙り込む二人だがゆっくりとリ・ブラスタが口を開いた。

 

「この世界はどうだ?」

 

「悪くない。兵器が身近にあるのはいただけないが、普通の人間は戦争とは一生無縁の生活をしているみたいだしな」

 

「そうか。……それじゃ、俺はもう行くわ」

 

そう言うと、再びリ・ブラスタの体から銀色の粒子が静かに溢れ出る。クロウも一度目にしているので今回は驚く事は無かった。

 

「次はいつ頃出てくるんだ?」

 

「分からねえ。今回こんな長時間出てきた事自体、奇跡みたいなもんだ。当分は出てこれねえのは確実だ」

 

言っている間に足の方から消えていく。速度はゆっくりだが、確実にリ・ブラスタの体は消えていた。

 

「気にすんな。俺の意識自体は消えねえし、スフィアも問題なく使える。ただ単に俺がこうやって出てくる事が少なくなるだけだ」

 

「……」

 

「さて、じゃあもう一回最後に言っとくか」

 

よっこらせ、という言葉と共にリ・ブラスタが立ち上がる。同じ様にクロウも立ち上がると、身長差からリ・ブラスタがクロウを見上げる形になった。

 

「俺はお前に出会えて良かったと思ってる。この言葉はこの世界の事だけじゃなくて、前の世界の事も含めてだ。ありがとよ」

 

「それは俺のセリフだ。お前のおかげで俺は戦ってこれた。感謝してもしきれねえよ」

 

「お互い様って訳だ。これからはもう二度とあんな考え起こすんじゃねえぞ?」

 

「分かってる。もうあのパンチは勘弁だからな」

 

「そうか、なら安心だ」

 

そう言ってリ・ブラスタが右腕をクロウの方に掲げる。クロウもリ・ブラスタの意図を察して同じ様に右腕を上げた。

 

「じゃあな、相棒」

 

リ・ブラスタはクロウの右腕に自身の右腕を打ち付ける様に近づける。しかしその右腕は止まらずにクロウの右腕を素通りしてしまった。

 

「違うだろ?……またな、相棒」

 

「ああ、そうだな……またな」

 

満面の笑みを浮かべながらリ・ブラスタが消えていく。最後に宙に浮かぶ右腕が銀色の粒子になると、岩場に立っているのはクロウ一人だった。

 

「……」

 

クロウは岩場に座り込み、銀色のブレスレットを右手首につけながら眺める。月の光を反射しながら、赤と青のラインが刻まれているブレスレットは幻想的な銀色の粒子を放っていた。しばらくクロウが眺めているとそれも消えてしまう。

 

(……戻るか)

 

クロウがそう考えて腰を上げようとした時、不意に背中に声がかかる。

 

「クロウ」

 

「……千冬か。いつからいた?」

 

「貴様がリ・ブラスタと話している時からだ」

 

「そうか」

 

振り向きもせずに上げた腰を再び下ろすクロウ。足音が聞こえると、クロウの背中で止まる。

 

「この傷は……」

 

「見ててあんまり気持ちのいいものでも無いだろ。見なくていいぜ」

 

「……分かった」

 

そう言うと千冬は背中側に座った。クロウの背中に自分の背中を預ける形で座り込む。自分の背中に圧力を感じたクロウは、何も言わずにそれを受け入れていた。

 

「……聞きたい事がある」

 

「まあ、無きゃこんな所まで来ないだろうな。んで、何が聞きたいんだ?」

 

「何故、貴様はあんな行動をした?」

 

「……何の事だ?」

 

「何故、貴様は自分の命を投げ出す様な行動までして一夏達を庇ったのだ?何故だ、教えてくれ……」

 

質問している側のはずなのに、千冬の声に何故か涙声が混じり始める。一度大きく深呼吸をすると口を開いたクロウ。

 

「約束したからな、お前と」

 

「……約束?」

 

いくらか考え込む千冬だったが、気づいた様で息を飲む。その行動は背中越しにクロウに伝わっていた。

 

「やっと気づいたか」

 

「まさか……あんな口約束の為に……自分の命をかけたというのか?」

 

「俺は契約を不履行にしない事を信条にしてるんでな」

 

クロウが理由を言うと、千冬から嗚咽が漏れる。いきなりの事に戸惑うクロウは、どうしたらいいか分からなかった。

 

「お、おい千冬。どうした?」

 

慌てて後ろを向こうとしたが、千冬がクロウの両肩を握って止める。クロウは背中越しに千冬の嗚咽を聞く事しか出来なかった。

 

「……から。頼むから」

 

「ど、どうした?」

 

「頼む……頼むから……もう、もう二度とあんな真似は止めてくれ……」

 

「千冬……」

 

段々と千冬の口から発せられる嗚咽が言葉を上回る。最後の方は完全に嗚咽の合間合間に声を出している状態だった。

 

「お前が傷つくのなら……もうあんな約束……どうでもいい。だから、だから……」

 

もはや千冬の口からは嗚咽しか出てこなかった。波の音に交じる様に千冬の声がクロウの耳朶を打つ。

 

「……俺はこの世界で生きていく事に不安があった。所詮俺はこの世界においては異端以外の何物でもない。お前が偽装してくれたとしても、それは偽の物だ。いつかはきっとバレる。一夏達は受け入れてくれたが、他の人間はどうか分からない」

 

「……」

 

千冬はクロウの両肩を掴んだまま、クロウの言葉に聞き入っていた。いつの間にか嗚咽は聞こえなくなり、今度はクロウの声が千冬の声の代わりに波の音に交じる。

 

「その意味じゃ、俺より一夏達が生き延びた方がいい。我ながら似合わねえ事だが、つい最近までそう思ってた」

 

「……つい最近?」

 

「ああ、リ・ブラスタに言われたんだ。“お前は一人じゃない。お前が死んだら、悲しむ奴が何人もいる”ってな」

 

「……そうか」

 

「リ・ブラスタには感謝しかねえよ。俺の最高の相棒だ」

 

そこで千冬がクロウの両肩から手を離して再び背中を預ける。しばらくの間、無言が続いていたが、唐突にクロウが呟く。

 

「……ありゃ一夏か?」

 

「何だと?」

 

「ほら、あの制服。ありゃ一夏じゃねえか?」

 

クロウが指差す先には、確かにIS学園の制服を着た一夏がいた。

 

 

 

(クロウどこ行ったんだ?)

 

一夏は夕食を食べ終えてから、クロウを探していた。まさか探している時に海に入るわけにも行かないので、制服を着ている。今は昨日遊んでいた海岸を捜索中だった。

 

(……戻ってみるかな。箒にこれも渡したいし)

 

良く考えてみれば、クロウはもう大人なのだ。わざわざ自分が探す必要も無いだろうという結論に行き着く。ポケットに手を入れてそこにある物の感触を確かめながら、旅館への道を戻ろうとするといきなり声をかけられた。

 

「い、一夏!」

 

「え?ほ、箒!?」

 

何故かそこには幼馴染みがいた。しかも昨日は見る事が出来なかった白いビキニに身を包んでいた。

 

(そういやあの時にそんなのも選んでた気がするけど……)

 

その時は『こ、こんな物、私が着るはずが無いだろう!!』って言ってたハズなんだけどなぁ、と一夏が考えていると、箒が自分の体を腕で隠してしまう。

 

「そ、その、恥ずかしいから……そんなに見ないでくれ」

 

「あ、ご、ごめん!!」

 

そう言って箒に背中を見せる様にする一夏。自分はいない方がいいのか?と考えた一夏は砂浜を一人で歩くため足を動かそうとする。

 

「箒、泳ぎに来たのか?じゃ、じゃあ俺は先に戻ってるから」

 

そう言って歩きだそうとすると、服を掴まれてしまう。一夏が後ろを振り向くと、そこには自分の服の裾を掴んでいる箒がいた。何故だか顔を俯かせている。

 

「あ、あの、その、少し話さないか?」

 

「あ、ああ」

 

そう言って二人は海を眺める形で浜辺に座り込む。箒は体育座りでちらちらと横目で一夏を見るが、一夏の方も箒の視線に気づく余裕は無かった。

 

(気、気まずい……)

 

一夏が何も話せずに固まっていると、箒がいつの間にか一夏の正面に回って正座していた。ぼーっとしていた一夏は驚いて座ったまま後ずさりしてしまう。

 

「ど、どうしたんだ箒?」

 

「……すまなかった!!」

 

「へ?」

 

「私の、私のせいでお前を危険に晒し、あまつさえクロウに傷を負わせてしまった……」

 

「何だ、そんな事か。俺はそんな事気にしてないし、クロウだって最初だから仕方ないって言ってたじゃないか。結局みんなが無事に戻ってきたんだし、それで良しとしようぜ」

 

しかし一夏の言葉を聞いても箒は引かなかった。唇を噛んで悔しさに顔を歪ませる。

 

「そ、そんな簡単に言われると、私の立つ瀬が無いのだが……」

 

「分かった。じゃあ罰をやるよ。目を瞑れ」

 

一夏の物言いに驚いた顔をする箒だが、一夏の言う通り目を瞑る。何が来るのか、と緊張していた箒だったが不意に額に小さい衝撃が来た。

 

「……え?」

 

「はい、これでおしまい。これからは一緒に頑張っていこうぜ」

 

「……ふ、ふざけるな!!」

 

「うわっ!!」

 

怒った箒が一夏に詰め寄る。箒の顔は激怒、とまではいかないにしても怒っている表情だった。

 

「ふざけるな!あんな物でちゃらにしたつもりか!?私は武士だ、誇りを汚されて──」

 

「あ、あのさ箒、離れてくれないか?そ、その……当たってるんだけど……胸が」

 

「!!!」

 

一夏の言葉に先程の怒りはどこへ行ったのやら、顔を真っ赤に染めて慌てて一夏から離れる箒。一夏に背中を見せる様に座り込んでしまった。気恥ずかしくなった二人はそのまましばしの間無言だったが、箒が顔だけ動かして一夏を見ると、か細い声を上げる。

 

「そ、その……お前もその様な目で私を見るのか?」

 

「え?」

 

「だ、だから……私を……異性として意識するのか、と……聞いている」

 

「あ、う、うん。まあ」

 

一夏がそう返事をすると真っ赤な顔を更に赤くして箒が顔を逸らす。互いに座ったまま視線を交えることなく海岸に座っていたが、一夏が場の空気を壊す様に朗らかな声を出した。

 

「そ、そうだ!箒、渡したい物があるんだけど」

 

「……私に、だと?」

 

幾分顔が元に戻った箒が体を動かして一夏と相対する様に座る。

 

「ああ、ちょっと目を閉じて右手を前に出してくれ」

 

「……分かった」

 

箒が目を閉じて右手を出すのを確認すると、一夏はポケットに手を入れてある物を取り出す。そして箒の右手の上にそっと置いた。

 

「いいぞ、目を開けて」

 

「これは……」

 

「誕生日おめでとう、箒」

 

「あ、開けていいか?」

 

「もちろん、お前のだし」

 

一夏の確認を取ってからゆっくりと丁寧に包装された細長い箱を開ける。その中に入っていたのは綺麗なリボンだった。箒はそれを左手に持って、月明かりにかざす。

 

「ほら、今日ってお前の誕生日だろ?それで、一応プレゼントのつもりだったんだけど……」

 

月明かりにリボンをかざしたまま固まってしまっている箒に、一夏が説明を始める。一夏の説明を聞きながら、リボンを眺めていた箒だったが不意に右手に乗せたリボンを一夏に突き出した。

 

「つ、付けてくれないか?」

 

「あ、ああ。いいぜ」

 

「う、うむ」

 

くるりと回って一夏に背を向ける箒。一夏はゆっくりと付いていたリボンを外していく。

 

「な、何か昔みたいだな」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

会話を続けようとするが全く続かない。一夏はリボンを外すと、新しい物に付け替える。箒の黒髪は月の光を受けて、淡く光っていた。

 

(やっぱ箒の髪って綺麗だな……)

 

一時箒の髪に心奪われて手が止まるが、慌てて気を取り直して作業を続ける。ものの数分もしない内に作業は完了した。

 

「出来たぞ、箒」

 

「あ、ああ。そっちのリボンを渡してくれ」

 

さっきまでつけていたリボンを左手で受け取る箒。座り込んだまま、右手で髪を梳く。

 

「ありがとう……一夏」

 

「気にすんなよ」

 

そう言って二人は並んで海を眺める。辺りに響くのは、波が打ち寄せる音だけだった。しばらく二人とも海を眺めていたが、箒がふと声を漏らす。

 

「一夏は……クロウをどう思う?」

 

「……いつかは一緒に戦いたくて背中を守りたい、目標とする人……かな」

 

「……クロウは大人だ。私達とは比べ物にならないくらい。私はそれを、クロウに言われた言葉で確信した」

 

「そっか……」

 

「私も……あんな大人になりたい物だ……」

 

「なれるさ、箒ならきっと」

 

二人は静かに会話を交わす。二人を静かに月明かりが照らしていた。

 

 

 

 

 

「戻るとするか、千冬」

 

「もういいのか?」

 

「覗き見の趣味は無いさ」

 

クロウは岩場から立ち上がり、尻をパンパンと払いながら歩き出す。千冬もクロウの後に従う形でゆっくりと歩き始めた。

 

「そういや、何でお前水着なんだ?」

 

「ど、どうでもいだろう……本当に今後、あの様な事はしないのだな?」

 

「俺って信用無いな……」

 

改めて念押しされて若干テンションが下がるクロウ。その様子を見た千冬は慌て始める。

 

「い、いや!その様な意味で言ったのでは──」

 

「まあ、お前に心配させたのは悪いと思ってる。詫びに一つだけ何か要望聞いてやるよ」

 

「……何だと?」

 

「だから、詫びに一つだ……け……」

 

クロウは千冬の顔を見てしまった、と思う。何故なら先程まで意気消沈していた千冬がみるみる内に元気になり、必死で何かを考えていた。

 

(マズイ、何かやっちまったか?俺……)

 

「ふふふ、そうかそうか……」

 

そう言いながらクロウに接近する千冬。近づかれた分クロウは後ろに下がるのだがそれもいつまでも続かず、背中に岩肌が当たってしまった。つまり逃げ場無しである。ギラギラと獲物を見つけた肉食獣の如く目を輝かせた千冬にとうとうクロウは追い詰められてしまう。

 

「ふふふ、クロウ。先程の言葉に嘘偽りは無いな?」

 

「……出来れば撤回を──」

 

「却下だ」

 

クロウから言い出した事のはずなのに、何故か千冬が決定権を持っている。その事実に突っ込めないまま、クロウは覚悟を決めた。

 

「分かった、分かったから。もう何でも言え」

 

「……女嫌いを返上しろ」

 

「……何だと?」

 

「そ、その……だから、お、女嫌いを返上しろと言ったんだ」

 

クロウはその要望を聞いて呆気に取られていた。まさかそんな言葉が千冬から出てくるとは思わなかったからである。

 

(精々、私と戦えとかそんなのが来ると予想してたんだが……)

 

「そ、そのだな……もうお前が女嫌いを名乗る意味も無いと思うのでな……そ、その方が私にも都合が……」

 

最後の言葉は尻すぼみになってクロウの耳には届かなかったが、上目遣いで要望の答えを要求する千冬。クロウはしばし思考に没頭した後、答えを返す。

 

「俺は……」

 

「……」

 

しかしクロウはそのまま黙り込んでしまう。居た堪れなくなった千冬は催促する様に目の前の人物の名前を呼ぶ。

 

「クロウ……」

 

「IS学園にはいい女が多かったからな……」

 

その言葉を聞いて千冬の顔がぱあっと明るくなる。千冬の言葉を待たずにそのまま続けるクロウ。

 

「ふらりと入ったラーメン屋の一杯がまずかったからって、世界中のラーメンを否定する事はないか……」

 

「……じゃあ!!」

 

「これでいいか?」

 

そう言ってクロウは千冬の横をすり抜けて宿に戻ろうとする。しかし千冬がその腕を掴んで引き止めた。訝しげな顔をするクロウに、千冬が言い放つ。

 

「だ、ダメだ。まだ本当に女嫌いを返上したか分からない」

 

「じゃあ、何をしたら証明になるんだ?」

 

半ば投げやりに言い放つクロウ。すると千冬は思いっきりクロウの腕を引っ張り、壁に押し当てた。いきなりの事にクロウは戸惑うばかり。

 

「な、何だ何だ!?」

 

「こ、こうすれば認めてやる……」

 

そしていきなり千冬は目を瞑ると、クロウの顔に自分の顔を近づけた。そんな事をされる側のクロウの心境はと言うと、

 

(なななな何だこいつ!何でいきなりこんな事する!?)

 

パニックの真っ最中だった。まさかこんな事をされるなど、全く予想していなかった。しかし真摯な面持ちで目を瞑っている千冬はそのままゆっくりと顔を近づけていく。

 

「千冬……」

 

しかしクロウは見た。千冬の背後に何かが浮かんでいるのを。

 

(ありゃあ……マズイっ!?)

 

「千冬っ!!」

 

「え?きゃっ!!」

 

クロウは千冬の体を掴んでそのまま横に動く。次の瞬間、クロウ達がいた場所に青いレーザーが撃ち込まれた。岩盤に直撃してガラガラと岩が崩れていく。土煙が晴れた時、クロウと千冬が見たものは夜の星空に浮かぶ二機のISだった。

 

「ふふふ……クロウさん、何をしていらっしゃいますの?」

 

「女嫌いを返上してくれたのは嬉しいけど、織斑先生と何をしようとしていたのかな?」

 

夜空にいたのは青とオレンジ色のIS、つまりはセシリアとシャルロットだった。一瞬でヤバイと判断したクロウは相棒を呼び出す。

 

「来い、リ・ブラスタ!!」

 

(こんな事で俺を使うな……)

 

一瞬、リ・ブラスタの呆れた声が聞こえた気がしたがクロウには構っている暇は無かった。リ・ブラスタをRタイプで呼び出し、セシリア達がクロウを止めるために放つ弾丸を避けながら何とか逃げようとする。

 

「シャルロットさん、追いますわよ!!」

 

「うん!!」

 

「貴様ら……」

 

その声に二人は体を強ばらせる。声の主に目を向ければ、そこには幽鬼の様な雰囲気を放った織斑 千冬がいた。ふらふらと危なげに体を揺らしながら一歩、また一歩と二人に近づいていく。

 

「貴様ら、空気という物は読めんのか?せっかく私とクロウが……」

 

「フ、フライングは卑怯ですわ!!」

 

「クロウが女嫌いを返上したんですから、ここからイーブンですよ!!」

 

千冬の発する気に対抗しながら何とか反論する二人。その言葉を聞きつけた千冬の目がギラリと輝いた。

 

「ふふふ、いいだろう……貴様らなんぞ束になっても私に勝てないと言う事をその体に刻み込んでやるわ!!」

 

そして千冬は二人めがけて飛びかかっていく。数分後、岩場に『許してください、織斑先生!!』や『もうしませんからぁ!!』などと言う泣き声が響いていた……らしい。

 

 

 

 

 

「はぁ、死ぬかと思ったぜ……」

 

クロウは無事、宿の自室に到着した。追って来ない事は素直に嬉しかったが、別の思いがクロウの心で渦を巻いている。

 

「千冬の奴、一体何だってんだ……」

 

呟きながら、布団で横になる。そのまましばらく寝ていると、ゆっくりと部屋の扉が開けられ、もう一人部屋に入ってきた。

 

「ク、クロウ……」

 

「お、おい一夏、大丈夫か?」

 

満身創痍と言った様子の一夏を見てクロウは血相を変える。一夏は制服を着ているがその所々は焦げ付いて、髪も少し焼けているのか焦げ臭い。一夏の目も虚ろでよろよろと自分の布団に倒れこむ。

 

「おい一夏、大丈夫か?」

 

「止めてくれ鈴、ラウラ……頼むからISで攻撃するのだけは……」

 

まるでうわごとの様に呟く一夏。その言葉を聞いてクロウは全てを理解した。

 

「……一夏、お前もか」

 

取り敢えず大きな傷は無いのでそのまま放置して自分も床につく。流石のクロウも今日は色々な事があったせいで少々体にきていた。そのまま何も考えずに眠りに着く。

 

 

 

翌日、一夏が福音の操縦者と色々あり更なる傷を負う事となる。ちなみにクロウは黙秘と逃げ回る事を自分に課した結果、何も言われずに終わった。クロウを探していた福音の操縦者を千冬が引き止めて、何とかお引き取り願ったのだ。その場でクロウが礼を千冬に言うと、何故か千冬は顔を赤くして逃げてしまったらしい。

 

 

 

 

こうしてクロウの臨海学校は終わりを告げた。その日のクロウの手記にはこう書かれている。

 

『俺はこの日、大切な相棒と再び出会う事が出来た。しかし何か大切な物も無くした気がするのもまた事実だった。それを失った事でこれからこの世界で生きていくにあたって、更なる問題に巻き込まれる。そんな気が俺の胸にずっと残っていた。しかし悔やんでも始まらない。俺はただ毎日を必死に生きていくだけだ。大切な相棒と一緒に……』

 

 

 

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後書き

 

皆さんこんにちは、Granteedです。

 

……やっちまったああああっ!!!

 

とうとうタイトル詐欺を……しかし後悔はしていない、反省はしている。

 

とまあ色んな事が変わった第51話、何故こんなに長いのか?

 

……ぶっちゃけ作者の気分です、はい。

 

今年の4月から始めて、やっとここまで来る事が出来ました。これもひとえに皆さんの温かい声援のおかげです。

 

次回はちょっと作者の自己満足回を一話挟んで、臨海学校から帰ってきての特訓風景を書いてから、夏休みに突入したいと思います。一応夏休み編の話は

 

・一夏×1or2話、セシリア×1話、シャルロット×1話、千冬×1話+α?

 

という構想になっています。(今の所、ですが)この夏休み編に『このキャラとの絡みが見たい!』という方がいましたら、感想欄にて要望を書くか、直接メールでも送ってください。それでは、スパロボ風に次回予告を……

 

 

 

 

それはありえない物語……

 

「それではゲストの方々です。どうぞ!」

 

「お前ら、来たのか!!」

 

 

 

 

表す言葉は混沌。秩序などありはしなかった……

 

「いや〜、どうもどうも。こんにちは」

 

「よおクロウ、久しぶりじゃねえか」

 

「今更だが、俺とお前が一緒に出ていいのか?」

 

「固い事言うなよ、兄さん。今日は無礼講って事で」

 

 

 

 

繰り出される質問の数々。それらは情け容赦無くクロウに突き刺さっていく……

 

「おおっと、これは随分と直球な質問ですね。“ズバリ、本命は誰だ?”」

 

「俺は……」

 

 

 

 

何かが明かされる次回!!その名は〜クロウの部屋〜

 

 

 

 

Coming soon……

 

 

 

説明
第五十一話です。

最初に言っておく!この話はか〜な〜り、長い!!

上のセリフの元ネタが分かる人はぜひご一報を。

とまあ色々カオスな第五十一話、どうぞお楽しみください。
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コメント
女嫌い、ではなく女誑しにしておけば良かっただろうが(獅子神様)
千冬さんのだけで俺は満足だ(鎖紅十字)
前書きに関しては桜井侑斗(ゼロノス)乙!としか言えんwそしてついに女嫌いを返上したクロウさん。やったね千冬さんチャンスが増えるよ!まぁ、クロウさんは原作からして好意に気づいても、のらりくらりとしてるから漸くスタートラインに立ったって感じだがw夏休み篇も楽しみにしてます。(フジ)
クロウとシャルロットのからみとセシリアのからみが見てみたい(w)
タグ
IS インフィニット・ストラトス SF 恋愛 クロウ・ブルースト スーパーロボット大戦 ちょっと原作ブレイク 主人公が若干チート ハーレム だけどヒロインは千冬 

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