fate/zero ~君と行く道~ |
13:彼の理由
決して祝福されぬ生を受けた
憎しみと殺意を一身に浴びながら
彼は英雄となる道を選ぶ
全ては彼が見つけた幸せの為に
日も上がり明るくなった午前のこと。勇希と桜は朝食を箸で突ついていた。
今日のメニューは米とベーコン、目玉焼きに味噌汁、ほうれん草のサラダ。
勇希としては時間をかけてちゃんとしたものを作りたかったのが本音だが、桜が起きるまでベッドから離れられず、急いで作ったものと予め保存しておいたものしか出せなかったのだ。
それでもそんじょそこらの者が作るそれとは天と地との差があるのは彼の腕前故だろう。
それでも勇希本人は何かもの足りなさ気に顔を顰めながら味噌汁を啜っていた。
自分だけ食べるのならともかく、他人に食べさせるのならいつでも精一杯の腕前を振るうというのが彼のモットーであり、拘りなのだ。
だが、あのまま時間をかけていては間違い無く朝食と昼食の時間が被ってしまっていただろう。
勇希としては桜にバランスの悪い食生活を取らせる訳にもいかず、涙を呑んでの決断となった。
そんな従者の苦い心境を余所に、桜は嬉しそうにパクパクと目玉焼きの破片を口に運ぶ。
「悪いな桜。もっとちゃんとしたもの作りたかったんだが……」
「ううん。そんなことないよ!すっごくおいしい!」
にっこり微笑む桜に勇希は苦笑で返す。とりあえず味の方は問題がなかったようだと安堵する。
しかしそれも束の間、突然桜が表情を曇らせた。
その様子に勇希はやはり口に合わなかったのかと内心冷や汗をかいた。
「ねぇゆーき。わたしね、ききたいことがあるの。」
とても気まずそうな表情で告げる桜に、勇希は「味のことじゃないのか」と安堵する一方、どうしたのかと目を丸くする。
何か聞き辛いことなのかと思案を巡らせるがそれらしき話題は思い浮かばない。
だが、桜の表情は真剣そのもので、少なくとも彼女にとっては重要な事なのだろうと理解した。
「ゆーきは、わたしのことをよくしってるんだよね?」
「まぁな。何でもかんでも知ってるわけじゃないが…大体な。」
勇希が臓硯の記憶をいくらか吸収した旨は既に伝えてあった為、話のペースが乱される事は無く、桜は更に続けた。
「でも…わたしはゆーきのこと、なんにもしらない。むかしはどんなところにいて、どんなことをしてたのか。」
「……」
その時点で桜が言わんとしていることは大体理解出来た。
何故そのようなことに思い立ったのかは不明だが、まぁ同じ屋根の下で暮らしているのだからふと気になってしまったのだろうと、とりあえずそう言うことにして納得しておく。
「要するに俺の生い立ちを知りたいと?言っとくがあんまり愉快な話じゃないぞ?」
「いいの。それに……」
「何だい?」
「ゆーきだけしってるなんてずるいでしょ?」
悪戯っ子のような顔でそう告げた桜に、勇希は思わず表情を崩した。
やれやれ、どこでそんなやり取りの仕方を教わったんだか?と若干呆れる。
「おかあさんがね、こういうときにはそういえばこたえてもらえるっていってたの。」
「また身内知識かよ……どんな教育してたんだか、親の顔が見てみたいぜ。」
まだ面識の無い桜の家族に呆れつつ勇希は残っていた朝食を一気に食べ尽くす。
そして軽く手を合わせて「ご馳走様でした」と呟いた後、食器を重ねながら答えた。
「とりあえず飯、全部食っちまえ。話はその後だ。」
苦笑しながら告げられた了承の言葉に桜は表情を咲かせて朝食を口にかき込んだ。
その後で元気良く「ごちそうさまでした!」と言って食器を片付けようとした時、頬についていた米を勇希が指で取ると、気恥ずかしそうに顔を赤くする。
それでも何とか復活して、そそくさと食器を洗面所に持って行き、とりあえず片付けを終えて勇希の膝の上にちょこんと座った。
「さてと……まず聞いときたいんだけど、何たって藪から棒に俺の昔語りなんて知りたいと思ったんだ?」
「えっと…その……」
「ん?もしかして何か言い難い理由だったか?なら無理して言わないでも良いぞ?」
珍しく歯切れの悪い桜の様子を見て即座に問うことを断念するが、桜は無言で首を横に振った。
「えっとね…わたし、ゆめをみたの。」
「夢?」
何の話か分からず首を傾げる勇希を見上げながら桜は更に言葉を紡いでいく。
「ゆーきがね、おっきくてまっしろな…え〜と、すなばみたいなところで、かいじゅうとたたかうゆめ。」
その瞬間、勇希は息を呑んだ。顔を硬直させて目を見開くが、すぐに気持ちを落ち着かせていつもの柔らかな表情に戻る。
「それでね、そのときのゆーきがね、すごくさびしそうで…もしかしたらあれって、ほんとにあったことなのかなって、なんとなくそうおもったの。」
根拠も何も無い、それこそ普通なら子供の戯言とバッサリ切り捨てられるような理由であったが、勇希は彼女の言葉を否定しない。
それは確かに嘗てありし日のことであり、自分が経験して来た出来事に他ならなかったから。
暫く忘れていた、絶望に鮮やかな色が与えられたような光景と、地平線を埋め尽くす怪物の群れ。
希望も無ければ救いも無い世界で繰り広げられていた絶望を探す戦いの日々。
思わず感傷に浸っていたせいか暫く言葉を発することが出来ず、その様子に桜が眉毛をハの字にする。
「やっぱり、ほんとのことだったの?いやなこときいちゃった?」
沈んだ声色で問いかけられて我に帰り、桜の頭を軽く撫でつけながら微笑みかける。
「大丈夫だよ。気にしちゃいないさ。それに、案外そこまで卑屈になるような思い出でもないしな。」
「ほんと?よかったぁ。」
ホッと息を吐く様子に勇希は思わず笑い声を漏らす。桜はそれを聞き逃さず、不満気にな視線を向けた。
「もー!わらわなくてもいいでしょ!やなこときいちゃったかなってしんぱいだったんだから!」
「ハハハ、悪い悪い。そう怒るなって。桜があんまりにも可愛いもんだからついつい口元が緩んじまったのさ。」
「むぅ〜〜〜……」
笑われた恥ずかしさと褒められた嬉しさでそれ以上怒ることも素直に喜ぶことも出来ずにふくれっ面を浮かべる。
機嫌をなおしてもらおうともう一度軽く頭を撫でると、桜はくすぐったそうに目を細めた。
「桜。マスターとサーヴァントには、偶にお互いの記憶…思い出を夢として見ることがあるんだ。」
「それじゃぁやっぱり……」
「ああ。桜が夢で見たのは俺が実際に経験して来た出来事の記憶だ。」
そして優希は語り始めた。英雄になれなかった救世主の物語を。
そこはアラガミと呼ばれる怪物が闊歩する世界。
街は荒れ果て、国は滅び、大陸から一切の緑が消え去った絶望を絵に描いたような地獄だった。
いかなる兵器も通用しない怪物を倒す為に、人は他ならぬ怪物の力に頼った。
アラガミの身体を形成する無機物も有機物も一様に分解、吸収してしまう捕食細胞「オラクル細胞」を人間に埋め込み、対アラガミ戦闘員「ゴッドイーター」とし、更にそれらを統括する組織「フェンリル」を創設したのだった。
これにより人々はアラガミに対して抑止力となり得る力を手にしたのだった。しかし結局の所、現状が改善される事は無かった。
確かにゴッドイーターは人類の手にあって唯一アラガミに有効打を与え得る力を持った戦力ではあるが、それでもベースが人間である以上限界はある上に、誰でもゴッドイーターとなれるわけではないというのも大きな要因だった。
オラクル細胞やゴッドイーターの扱う武器である「神器」に適応しない限り戦力にはなり得ず、そしていざゴッドイーターとなったとしても出陣早々戦死、という事態もざらである為、人員があまりにも不足していたのだ。
故にゴッドイーターは精々生き残った人々の暮らす居住コロニー付近のアラガミを倒して防衛に徹するしかなく、状況に大した変化も無いまま時だけ過ぎて行った。
だが、そんな時に運命の子が生まれる。
極東の地でアラガミと戦う、英雄とまで言われた男と、人類の最先端を行く頭脳を持った科学者の女性から生まれた子は、名を優希と言った。
生まれ出ずる前からその名を授けられ、慈しみの想いを注がれていた少年だったが、彼の誕生を世界は祝福しなかった。
母が自分の身体に新たな命が宿っている事に気が付く少し前に、とある事故が発生した。
それはアラガミの核、「コア」と呼ばれる部分が解析中に突然崩壊減少を起こし、研究所を高濃度のオラクル細胞で覆ってしまったのだ。
それにより危険な細胞で肉体を汚染し尽くされたのが優希の母だった。
彼女は身体機能及び五感の大半を失い、ベッドの上で寝たきりの生活を強いられることになる。
その直後、彼女が妊娠していることが判明したのだ。そして驚くべきことに彼女の身体状況とは裏腹に子供は無事だったのだ。
その事に心から安堵する夫婦だったが、同時に非情な現実を叩きつけられる。
衰弱し切った母は何とかお腹の中の子の健康を維持している状態であり、もし出産すれば間違い無く母体に危機が及ぶということだ。
つまりは母が生き残る為には子を産む事を諦めねばならない。
身の安全か、それとも新しい命か、母の決断は早かった。
母は迷うこと無く子の命を選んだ。どうせこのまま老いて朽ち果てるまで何も出来ずに寝ているだけの自分の命など、危ぶんだ所で仕方の無いことと割り切って、彼女は命を賭けた。
夫は涙ながらに妻の想いを受け止めた。そして二人は約束したのだ。必ず一緒に生まれた子供を抱き締めてあげようと。
だが、現実はあまりに非情であった。
優希が産み落とされる数日前、凶報が全世界を駆け巡る。
極東の英雄が死んだ
コロニーに接近中のアラガミの一団を撃退する為に仲間と共に出撃した彼は、見事に敵を全滅させるが、直後に想定外の事態が発生する。
接触禁止種と呼ばれるアラガミの中でも飛び抜けて高い戦闘能力を持った個体が襲来したのだ。
既に体力を消費した彼らでは到底どうにか出来る相手ではないが、みすみす撤退を許すような相手でもない。そこで英雄は囮役を自ら買って出たのだ。
そして彼は総勢20名のゴットイーターを守る為に勝てない戦いに挑んだ。
結果は相打ち。接触禁止種を倒すことには成功したものの、彼自身負傷の度合いが激しく、それが原因でついには命を落とした。
夫は妻との約束を果たせず、志半ばで逝った。
人々の希望であった男の死は全世界に絶望を与えるには十分過ぎた。
だが、彼女だけは挫けなかった。英雄の妻は夫との約束は果たせなくなってもせめて彼の分まで自分が息子に愛情を残して逝こうと心に決めていた。
そして彼の死から数ヶ月後、ついに運命の子は生まれる。既に定められていた名を母の口から与えられ、後の救世主は産声を上げ続けた。
その直後、母は我が子をそっと腕に抱き、満足気に微笑んだ後、静かに息を引き取る。
最強の英雄と最先端の科学者という大き過ぎる代償を払って救世主はここに誕生する。
だが、そんな彼に世界が向けたのは祝福ではなく、憎悪と嫌悪と敵意の眼差しだった。
生まれた後の身体検査で優希の身体の驚くべき真実が明かされた。
それは、彼の体構造がアラガミのそれに酷似しており、尚且つ肉体を形成する細胞の殆どがオラクル細胞であったということだ。
つまりこれは、優希が人の形をしたアラガミであることの紛れも無い証拠であった。
それが分かった途端に人々は二人の偉人の死を子の責任だと糾弾した。
「怪物の子に呪われて二人は死んだ」
「いずれはコイツも人を喰う化け物になるんだ」
「ならばどうするべきか?」
「そんなものは分かり切っている」
「殺せ」
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ」
人々はまるで今まで受けて来た恨みを晴らすかのように、静かに眠ることしか出来ない幼子に理不尽な憎しみを叩きつける。
生まれながらに忌み子とされた救世主は、この後愛情の代わりに憎しみを一身に受けながら育って行くこととなる。
結論から言えば優希は殺されることなどなかった。ただ、それは誰かの慈愛で生かされた訳ではない。
あくまでも使い道があるからという意図があったからだ。
優希は生まれついての身寄り無き子だ。故にその身柄はフェンリルに預けられることとなる。
そこで彼が受けたのは文字通りの実験動物としての扱いであった。
毎日大量に血液を取られ、様々な薬物を打たれ、更には虐待に近い戦闘訓練を積む日々。
常人ならば心が腐り果てて当然の日々の中にいて、彼は“笑って”いた。
決して精神に異常をきたした訳では無い。彼には苦痛以上に心を満たす幸せがすぐ側にあったのだ。
それは両親の同僚達であった。
同時期に父と共にゴッドイーターとなった者。
忌み子として生まれ、死神などと呼ばれた者。
復習の念に縛られ、自分を見失いそうになっていた者。
愛する者を揺るぎ無い意思で救われた者。
リーダーとして仲間達を守る為に己を犠牲にしようとした者。
それぞれが優希の両親によって救われた者達だった。
彼らは今は無き友の為に優希の支えであろうとした。その結果、優希は人との繋がりと絆の尊さを知り、尚且つその幸せを理解したのだった。
皆が側にいれば幸せ。皆の笑顔を見てると幸せ。大切な人を喜ばせたら自分も嬉しいし満足出来る。
この思想を基に、優希の存在意義は決定づけられた。
それは「自分の為に他人を幸せにする」ということ。
利己的であるが故に利他的な行動に出る。そんな何とも矛盾した道を彼は突き進むことを決めたのだ。
これは人を守るだけで無く、その人物を幸せにすることで一緒にいる自分も幸せになれるという持論から生まれたモノで、優希はそれに従いある決意をする。
それは仲間達が一様に望んでいる「アラガミがいなければ良いのに」という願いを叶えることだった。
元来アラガミはどれだけ倒しても肉体を形成するオラクル細胞は消滅せずに周囲に拡散し、やがて散らばった細胞同士が結合して新たなアラガミとなる為、実質的にアラガミの殲滅は不可能である。
しかし、優希はその術を見出していた。
優希の身体の大半はオラクル細胞で構成されており、その為他のオラクル細胞と結合し、それを吸収する能力を有していたのだ。
つまり、倒したアラガミを直接摂取する事でオラクル細胞の拡散を防ぎ、少しずつでも確実に数を減らして行くことを考えついたのだった。
無論このやり方ではどれだけ時間が掛かるのか分かったものではないが、だからといって何もしないほど優希は諦めが良くなかった。
そして彼は戦場に立つ。己の目的を果たす為に。
初任務は単独での小型アラガミの群れの討伐。
本来ならば初任務は小型種一体程度の相手をベテランの者と共同で行うのがセオリーなのだが、それがこんな無茶な内容になったのはフェンリル上層部の安易な考え故であった。
「ちょっとやそっとで死にはしない。何故なら奴は化け物なのだから。」と。
優希を人間扱いしていない者達の殺意すら篭った真意を悟りながらも優希は任務に就き、そして初陣にも関わらず獅子奮迅の大健闘を見せ、無傷で任務を完遂する。
その後、彼は帰還する前に兼ねてより目論んでいたことを実行に移す。
屍となったアラガミに歩み寄り、何とその肉体に噛り付いたのだ。
気味の悪い感触と異臭で吐き気を催すが、それすらも飲み込んでアラガミを咀嚼して行く。
そして迎えのヘリが来るまでに、優希は全てのアラガミを“捕食”した。
その姿は正しくたった今自分が喰らったモノたちと同じく、恐ろしくて醜悪なものだった。
だが、自分に対する嫌悪感など後回しにして優希は結果の検証に務めた。
オラクル細胞の拡散は無い。自分の身体にも変化は見られない。
これだけでも確信出来た。自分の予想は当たっていたと。
だが一つだけ、確認出来ないだけであったが、優希が予測した“とある事態”が自分の身体にもたらされていたことに、この時彼はまだ知らなかった。