新生アザディスタン王国編 第四話@
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新生アザディスタン王国編 第四話

 

 モニターの映像。画面上には「LIVE」の表示。

 野外演劇場を改装した演台の中央に、その姿がある。

 司祭による戴冠を受けたマリナ・イスマイールが、一人演壇に立っている。

 アザディスタン王国の国旗がレリーフされた式台の前に立つ彼女の衣装は、ブルーのロングドレスで、つややかな黒髪も自然に流され、その頭部には宝冠がきらめく。

 カメラがゆっくりと寄る。

 客席前列が画面下に残るくらいでカメラは止まる。

 伏し目がちだったマリナ・イスマイールが顔を上げ、胸で大きく一呼吸したように見えた。

 

『今ここに、新生アザディスタン王国の建国を宣言いたします』

 

 一瞬画像にノイズが走り、電気的な雑音で満たされる。

 演壇横から人影が駆け寄る姿が一瞬見えて、画面はノイズで覆われる。

 その後の映像解析で人影は、行政府管理補佐官であるサーミャ・ナーセル・マシュウールである事が判明する。

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 アメリカ合衆国、ニューヨーク・マンハッタン。

 マジリフ・インベストメントの執務室。

 

 弾かれるように席を立ったシーリン・バフティヤールが、呆然と、まばたきすら忘れた様子で立っている。

 同様に、ドリンクサーバーからコーヒーを片手に戻ってきたクラウス・グラードも、シーリンが見つめているモニターの光景にしばし食い入る。

 その映像は米国内のメディアはおろか、他国でもほとんど中継されていない映像であった。

 かろうじてネット中継されるそれを、現地時間に合わせて早朝に出社してクラウスと共に視聴しようと約束していたのだ。

 だというのに――。

 ようやく事態を理解したクラウスは、携帯端末を取り出して、何処かと連絡をとりはじめる。

 シーリンは、ただ見つめている。モニターが映し出す黒煙と瓦礫を。

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 四肢を放り出したまま、人型が落下していく。力なく、落ちていく。

 兵器として、ある意味究極の形体を追求した結果たる、モビルスーツ。

 手にしていたビーム兵器がすべり落ちていく。

 たとえ地上最強の兵器と称されようとも、動力を失ってしまえばただの鉄の塊にすぎない。

 市街地戦迷彩されたジンクスUが、胸部の破壊跡から盛大に爆煙を撒き散らしながら落下していく。

『ハハ……。ハハハッ……』

 ノイズまじりに搭乗者の声が聞こえた。

 後に名簿を調べて分かったことであるが、搭乗者はアジアのPMCから外部契約された傭兵であった。氏名や素性はすべて偽装だったが、この業界では珍しいことではない。アジア系の青年だったという。

 ノイズから聞こえた乾いた笑い声もいつしか消えて、落下する機体も砂漠の大地に消えていった。

 それを見下ろす機影もモビルスーツで、紅く塗装された特注機だ。ちょうどビームサーベルを懐へ収納しようとしている。

 機体のコクピット内で、黙って見下ろしているパイロットは、インカムから聞こえる通信にも無言である。

『ミスター・ブシドー、分かっているのですか!? 実行犯を殺してしまうなどと!』

 顔面を覆う仮面。

 その奥の眼光は、やり場の無い怒りにたぎる。

「わかっている」

 彼は感情に生きる人間であるが、感情に翻弄される人間ではない。ゆえにその声音はつとめて冷静だ。

「ヤツが生きていようものなら、尚更いいように使われるだけだ。さしずめ『反政府テロ実行犯』などという、分かりやすいレッテルを貼られてな」

 彼が理解したのは、事態が起こってからだった。だから彼は速やかに対処しただけで、そこに私怨はなかった。

 彼は顔面を覆う仮面に手をかけ、握り締める。

 込めた力に震える手は、仮面を軋ませるほどだ。

「まったく、私は何をやってきたというのだ」

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 地球圏よりはるか上空。静止衛星軌道上、民間航宙船の進入を禁止された軍管轄の宙域。

 オービタルリング上で建設途中の巨大な構造物を遠目に、アロウズの航宙巡洋艦が数隻展開している。

 その艦内、モビルスーツデッキへの通路をルイス・ハレヴィ准尉が飲用レーション片手に移動している。

 彼女は今、定期シフトの哨戒任務に就いている。建造中のメメントモリ防衛部隊に組み込まれているのだ。

 アザディスタン王国での護衛任務から引き上げた彼女とアンドレイ・スミルノフ少尉の配置先であった。

 この頃、アロウズ内部で大幅な人事異動があった。ソレスタルビーイング捜索にかかわっていた地上部隊の多くが宇宙に上がったのだ。

 二人が所属するカティ・マネキン中佐の部隊も異動対象であった。

 巨大自由電子レーザー掃射装置、通称メメントモリは、次世代のリーサルウェポンと目されるだけに、その存在は連邦軍内部でも知る者は少ない。最高位の軍事機密とされ、警備も厳重なものである。

 二重、三重に防衛隊が布陣され、付近を航行する艦船のみならず、その辺を浮遊するデブリすらチェックされている。それだけに、メメントモリ本体近傍に駐留するルイスの所属部隊にしてみれば、問題に遭遇するなど、逆にあってはならないほどの厳重さで警備されているのだ。

 見方を変えれば、メメントモリ本体の直援防衛とは大仰な題目であり、実際のところ重要度は低い。つまり、体のいい閑職なのである。

 ほぼ儀礼化した哨戒任務であったとしても、しかしルイスは、モチベーションをけっして落とさない。彼女が軍に身を置く理由からすれば、それは頑なですらある。

 ただ、眼下の青い地表を見てふと思い出す。

 宇宙に上がる前に駐留していたアザディスタン王国での護衛任務を懐かしく思わないでもない。

 

 不意にルイスが振り返る。

 通路の向こうに、彼女を呼び止めたアンドレイ・スミルノフ少尉の姿が見えた。

 彼もルイスと同じく慣性移動だが、途中の壁に足を掛けて加速する。その表情は逼迫したものがあった。

 ルイスに追いつくのももどかしく、彼が大声で告げる。

 その言葉が伴う衝撃は、ルイスの思考を停止させるに充分だった。

 飲用レーションを取り落とし、そのまま通路の壁にぶつかってしまっても、彼女は呆然としたままだった。

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 プトレマイオスUのメインブリッジ内は騒然としていた。

 フェルト・グレイスによってもたらされた情報。

 ソレスタルビーイングの現状は、ヴェーダのバックアップから切り離され、情報収集もままならない。

 指揮官席のスメラギ・李・ノリエガが指示を飛ばす。

「現場の情報をあてにしてはダメ。きっと混乱状態のはずよ」

 応じるのは、オペレータであるフェルトとミレイナ・ヴァスティの二人だけではなかった。

 ロックオン・ストラトスも自身のコネクションにアクセスし、沙慈・クロスロードですらネット端末から情報収集を急いでいる。

「来ました!」

 フェルトの返答にスメラギは無言で応じた。

 今回の事件では、戦術予報士に求められる要素は少ない。むしろロックオンの地上での役回りに期待していた彼女であったが。

「王留美からの追加情報です。どうやら確定情報のようです」

 半ば予想通りの結果に、ブリッジ内の消沈は明らかすぎた。

 それらの中心で、彼はいつもと変わらぬ様子で立ちつくしている。

 両手の拳は握られて、肩は少し張り詰めて、彼の周囲は常に緊張感が伴う。

「世界の……、敵か……」

 正面のモニターの一つに、ニュース映像が流れている。

『連邦政府筋によりますと、新生アザディスタン王国のマリナ・イスマイール女王陛下が逝去されました』

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 JNNに所属していたころからすでに特派として各国を転々としていたから、海外勤務に抵抗もなかった。そういった遠因もあるのだろうが、決め手となったのは――、つまるところフリーになって、私が中東方面を専門に取材するようになったのは、けっきょくのところ半年前まで現地にいたからに他ならない。

 現地の友人たちとは日本に戻った今も交流がある。にもかかわらず、あの事件は突然だった。

 たとえば私の場合はこうだった。

 OPECのアズディニー氏が、連邦政府の中東地域監査官に異例人事された件について、後追い記事をまとめていたときだ。

 垂れ流していた芸能番組に『アザディスタンで爆発事故』と速報テロップが流れたのだ。

 当初、工場の事故か交通機関のトラブルではと、憶測が飛び交っていたが、30分後の特別編成の速報で事態は急展開する。

 その日、アザディスタン王国では、マリナ・イスマイール第一皇女殿下が女王に即位するための式典が執り行われていた。

 そのさなか、大規模な爆発事故が発生したというのだ。

 爆発原因は分からず、皇女殿下の安否も不明。現場は混乱状態だという。

 私は情報収集を続けつつ、現地に向かう準備に入った。

 実際の移動や手続きを含めて、最短でも3日はかかるだろう。同業者の中では完全に出遅れているが、行くしかない。私にとってアザディスタン王国で経験した出来事は人生観を大きく変えたし、第二の故郷と言ってもいい場所になっていたからだ。

 ビザの審査を強引に通して航路を確保。準備している間も事態は急速に進展する。

 爆発の報道から半日を待たずに、マリナ・イスマイール皇女殿下――いや、宣言の後なので女王陛下が正しい――、の逝去が報じられる。

 マリナ・イスマイール女王陛下が最後に訪日されたのは半年前。皇族らしからぬ鷹揚な人柄で、好感度も良かった。そのため陛下の日本国内での知名度は高い。マスコミが大いに騒ぎ出した。

 間を置かずに現地の映像が流出する。

 首都マシュファドの野外演劇場は無残な瓦礫と化していた。しかしながら、多少の知識があればそれらの残骸は、爆発ではなく高熱源による融解と誘爆であることが分かる。もはや事故とは思えない。爆薬などでもなく、ビーム兵器のそれであると。

 そういった周囲の推測を裏付けるように、この惨事が事故ではなく、テロであると公式発表される。

 情報元は連邦政府監査局中東支局。爆破テロ実行犯は、アザディスタン国防軍のモビルスーツパイロットだという。

 式典当日、警備にあたっていたパイロットの搭乗するジンクスUが突如発砲。合計4回のビーム正射を行い会場を破壊した。

 直後、ジンクスUは連邦正規軍と交戦、撃破される。正規軍は後に、止む無く撃破することになったと報告している。

 この時点で私はアザディスタンの友人に連絡している。

 このとき彼は「どれも事実確認できていない。だから何も言えないが、良くない事態になりつつある」とだけ言った。

 テロから丸一日が経過して、背後関係の情報が報じられるようになる。

 どういうわけか女王陛下逝去の報告以降、情報開示はすべて連邦政府筋によるもので、本来ならアザディスタン政府が会見を開くべきところだが、まったく情報が流れてこない。

 それもそのはず、連邦政府は早々と調査チームをアザディスタンに派遣し、現場を掌握していたのだ。

 調査チームのレポートによると、テロ実行犯は民間軍事会社(PMC)の社員、いわゆる傭兵であった。傭兵を軍に編成することは珍しいことではない。問題なのは、テロ実行犯のパイロットが反政府組織と繋がっていた事にあった。

 この頃から軍関係の情報が慌しくなる。外務省は中東への渡航規制を勧告する。

 連邦政府は今回のテロをクーデターと位置づけたのだ。

 私が現地に到着した頃には、アザディスタン王国との国境は連邦軍によって封鎖されていた。

 空爆の2日前のことである。

 

<添付ファイル・取材用素材No.341>

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<取材用素材No.341>

 

国際治安支援部隊、中東方面特殊機械化艦隊

旗艦、アドミラル・ラディオン艦内プレスセンター

レギュラー・アップデート#013

 

 報道関係者らを前に、演台に立つのは本作戦で将官に昇格し、作戦総司令を勤めるアーバ・リント准将だ。マスコミ向け定時報告会は本来、広報武官の仕切りであるが、大規模な作戦発動当初は総司令が演壇に立つのが通例だ。

 報告を始める前に、彼は静かに頭を下げた。

「ご報告の前に、志半ばにして凶弾に倒れたマリナ・イスマイール皇女殿下に、哀悼の意を表します」

 しばし黙祷。

「皇女殿下暗殺に端を発した反政府組織の暴挙は、先般のシェナーゼでの旧クルジス人虐殺事件という惨劇を引き起こすまでとなりました。それまで再三の調停交渉を続けてまいりましたが、その努力も虚しく、我々は武力介入を決断せざるをえない状況となりました」

 一区切りして、姿勢を正す。

「多くの血が流されるであろう苦渋の決断は、だがしかし皇女殿下の無念を慮れば……そう、世界の恒久平和を望む気高い意思を引き継ごうとするならば、我々は厳粛に事にあたらなくてはならないのです」

 背後のスクリーンにアザディスタン王国を中心とした周辺地図が表示される。

 さらにアラビア海に展開した海軍艦船がマークされ、それらはペルシャ湾を迂回して紅海を中心に配置されている。

 この報告会を実施している本作戦の旗艦、アドミラル・ラディオンも紅海内のエジプト寄りに投錨している。

 スクリーン上に、作戦参加艦船、部隊、日程などの情報がレイヤー表示された後、本作戦の通称が大きなロゴで表示される。

「Operation Bright-Spear。初期アプローチとして、アザディスタン随一の軍港であるブーシェフルへの空爆を実施しました。我軍が誇るGN粒子レーダーによって粒子誘導された粒子ミサイルが精密爆撃を行い、軍事施設のみをピンポイントで破壊しました」

 さらに准将は、「民間への被害はゼロです」と続ける。

「明朝よりモビルスーツ部隊と陸上機械化歩兵大隊による解放作戦を展開します。詳細は事前に配布したグランドスケジュールをご参照ください」

 スクリーンのロゴが消えて、日程表が表示される。

 縦軸に主要部隊名と横の時間軸、マイルストンとして主要軍事基地名が記されており、186日後に首都マシュファドに至る。

「尚、一部の作戦により進捗が変更される可能性がありますのでご了承ください」

 准将の台詞からしばし沈黙、何人かの記者が挙手。

 定例のアップデートであるから、報告は簡潔に、そして質疑応答への流れはもはや暗黙のルールとなっている。

 准将に指名された記者が起立する。

「1つの国への紛争介入にしては、186日間とは長すぎるのではないでしょうか? 第二次大戦以降、国連軍が初めて軍事介入を行った湾岸戦争ですら、開戦から二ヶ月足らずで休戦協定が締結されました。総司令は、現時点で戦闘が泥沼化するとお考えでしょうか?」

 応じるアーバ・リント准将は落ち着いた態度だ。

「むしろ逆の考えを持っています」

 さながら予定された質問に応じている様ですらある。

「彼我の戦力をもってすれば、首都進駐は数日で実現するでしょう。それは貴方がおっしゃるとおりです。そしてそれら、過去の事例を研究した結果、一部の反政府勢力等では、介入時に戦力を温存し駐留中の部隊へのゲリラ攻撃を主軸にする傾向があることが分かりました」

 ゲリラに『勝てないハイテク軍隊』という図式は、遡れば20世紀末の湾岸戦争や1970年代のベトナム戦争の頃から変わっていない。またそれを黙殺してきたのは軍需産業という不況知らずの鉄板マーケットを擁護する力学があったためだ。

「停戦後の相次ぐテロ攻撃による泥沼化は、太陽光紛争、またはそれ以前の介入事案において、そのように分析されており、性急な介入行為は周辺の反対勢力を取りこぼし、潜伏させ、新たな火種を生む結果となっていたのです」

 過去の国連軍は、進駐後の補給任務を民間企業に委託した時期があり、実際は戦場同然の補給線で民間被害が続発した苦い経験があった。

「これらの分析結果をふまえ、我々は各拠点の武装解除だけでなく、都市機能の復旧や治安の回復など、民間活動を正常化するための、ケアも含めた総合的な介入活動を推進します。――、我々はこれを"解放作戦"と呼んでいます。186日間の、長期にわたる作戦展開はそのためです」

 本会見や、以降の連邦政府筋の報道でも一貫して"第一皇女殿下"と呼称されていることを付記しておく。

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 夜空が白く明滅する。遅れて低い地鳴りが聞こえる。

 ブーシェフルへの空爆は、対岸のクウェートからでもはっきり見えた。

 空爆が開始された時点で、連邦軍の陸上部隊は、エジプト入りして陸路による進行準備を整えていた。

 それすらも、我々は撮影どころか、近づくことすら許可されなかった。今作戦の報道規制は異常だ。

 大手メディアの中でも、政府寄りの数社しか取材は許されず、我々フリーランスなどは逆に行動規制されかねない状態だ。

 フリーといえど単独で入国する事はまずありえない。スポンサーやバックアップを準備するのは当たり前であるし、トラブルに巻き込まれようものなら、そう、たとえばゲリラの人質にされ身代金を要求されたりすれば、身内にも迷惑をかけてしまう。それはつまり、無謀でしかないのだ。

 なので、同業者で集まって一番眺めのいいビル屋上を占拠して、空爆の様子を仕方なく見物している。

 紅海上に展開する連邦軍の艦隊。そこからサウジをまたいで計16発のMRBM――、準中距離弾道ミサイルが発射されたという。

「輝ける先槍」作戦――、地球連邦軍が発足後、初めてとなる「公式な」軍事行動である。

 独立治安維持部隊アロウズが主導する今回の作戦は明らかに強行であり、それを批判する声も上がってる。

 女王暗殺から一週間たらずの軍事介入だ。調停交渉はされたというが、お決まりの経済制裁もなく一足飛びでミサイルが打ち込まれるのだから、連邦加盟国ですら疑問視するのは当然だろう。

 

<添付ファイル・取材用素材No.601>

 英国首相は政府声明として、連邦軍の武力行使を支持し、共に参戦すると表明。参戦の際の声明では、かつてウィンストン・チャーチル元首相が発した「陸海空から」という文言が用いられた。

 オーストラリアは空軍の戦闘攻撃機、海軍のフリゲート、特殊部隊を派遣。

 韓国は臨時閣議で、600人以内の建設工兵支援団と100人以内の医療支援団を派遣することを決定。だがその後、議会で反対に遭い、与党の分裂などもあって派遣が実現するかどうかは不透明化した。国会での演説で、大統領は再び派兵の承認を議会に要請。

 アメリカ国内では非常用品、更に拳銃・ライフル・散弾銃の売り上げがなぜか増加した。

 イスラエルは開戦を強く支持。アザディスタンからのミサイル攻撃に対して即時報復の構え。国内では非常事態体制に入り、ガスマスクの携帯を勧めた。開戦直前に、外相が開戦反対のフランスを連邦議会常任理事国にふさわしいかどうか疑問だと非難した。

<添付ファイル・取材用素材No.601 ここまで>

 

 地球連邦といっても一枚岩ではなく、それぞれの思惑もあれば、今回の"戦争"が非難されるのもしかたない。

 だが、ネットやメディアが連日のように、死体の横で笑顔を浮かべてポーズをとる少年兵や、頭を後ろから撃ち抜かれた十数人分のきれいに整列された死体や、爆弾ベスト姿の青年が聖戦を語るビデオ、女性を暴行して自爆テロに仕立て上げる噂などが流され続ければ、そのような非難は消沈するものだ。

 連邦軍側の情報ばかりが拡散している様子は、ジャーナリストの立場として公平性に疑問がないでもない。

 報道関係者を規制したのも、おそらくここらに意図があってのことだろう。

 そしてまた、アザディスタンからの情報があまりにも少ない点が気になる。

 ネットが浸透し、誰もが情報発信できる時代に完全な情報統制などありえない、と思われるかもしれないが実は案外、容易かったりもする。

 局所的な紛争地帯などであれば、情報通信設備を完全に潰し、人とモノの流れを統制してしまう事で情報のエアポケットを簡単に作り出せるのだ。衛星だって完璧ではないし、今回の状況に言及するなら、衛星の情報とて公平ではない。

 これほどまでに、現場の情報が偏重している中で、唯一の情報発信として反政府組織の首謀者と目される人物の記録をリンクしておく。

 日本の中堅SNSが出所であるが、連邦政府は内容の削除を要求し、SNS側はそれを拒否し係争中である。

 余談であるが、今回の件で日本の動きが妙だ。経済特区とはいえ連邦政府寄りの日和見行政が常であるというのに、今回は中立的な立場を維持している。

 

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<添付ファイル・取材用素材No.021>

 

 マシュファドの会場は捜索が終了してから半月以上経過しているが、以降、まったく手をつけていない。

 であるのに、まだこうして戦い続けていられるのが自分でも不思議に思うこともある。

 しかし、それも結局、まだこの国があるからだ。

 あのとき、彼女が名づけた新しい国が。

 

 新生アザディスタン王国。

 

 連邦政府がどのように情報操作しようと、民族紛争を煽ろうと、いかに世論が非難の矛先を向けようと、私は、この国が存在する以上、守らねばならないし、その責任を放棄して死ぬわけにもいかない。

 狂信者のたわごとに聞こえるのだろうか。

 叛乱の首謀者である私、シーリン・バフティヤール少佐がこのような事を言って信じてもらえるのだろうか。

 一度たりとも軍属したことなどないというのに、「少佐」とは笑えない冗談だ。

 たしかに反連邦組織に所属していた経歴は、捏造にちょうどよい材料だった。

 だが、当然ながらカタロンは軍隊ではなかったし、私がカタロンに組したのは、事実を隠蔽し手前勝手の良いように歪曲する勢力の存在を否定、対抗したかったからである。

 それは今も変わっていない。

 もちろん、ここに至る経緯のなかで第三国経由による穏便な処置も講じようとした。連邦政府に直接交渉も具申した。しかし、徹底抗戦するしかない結果は残念としかいいようがない。

 

 おそらくこのブログもすぐに削除されるだろう。

 刹那・F・セイエイ。

 願わくばこの記録を君が見ていることを祈る。

 

<添付ファイル・取材用素材No.021 ここまで>

 

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<添付ファイル・取材用素材No.844 連邦軍提供素材>

 

 予定どおり、地上部隊によるアザディスタン進攻が開始された。

 地球連邦軍は、ブーシェフル海軍港から10キロほど南下した海岸線に、揚陸部隊を展開させた。

 何十艘もの上陸用舟艇が直に接岸する。タラップを下ろし、上陸部隊の歩兵たちが砂浜に散開していく。

 前衛が砂まみれになって周囲の安全を確保し、後続の本隊が、防水処置を解除し上陸の準備にかかる。

 全てが訓練されたとおりに事を運んでいく。

 しかし、この戦場に敵はいない。否、戦場ですらないかもしれない。

 その理由の一つは、遠方に見えるブーシェフル海軍港だ。

 近傍唯一の軍事基地は、昨夜の空爆ですでに黒煙の底に没している。

 元より、軍港と称するに充分な戦力が存在したかも明確ではなく、あったかも分からない戦力が、もはや確認する術がないほどに完膚ない。

 この空爆で、地上からの攻撃は皆無となっていた。

 もう一つの理由は、上陸兵たちの頭上を疾駆するモビルスーツの姿だ。

 制空権は連邦軍に掌握されていた。実行制圧力としてモビルスーツ部隊や空軍機のみならず、ドローンによる広域索敵網の展開と、かように上陸部隊への掩護は徹底している。

 それでも上陸兵たちが進攻手順に準拠して動いているのは、むしろ軍隊として各個が訓練どおりに機能しているという意味で優秀な軍隊であるといえた。

 これほどに慎重さが求められるのは、特に上陸作戦において、どれほど錬度を上げようとも部隊運用が鈍重にならざるえない理由があるためだ。

 その隙を突かれれば部隊は壊滅すらしてしまう。

 洋上装備から、陸上のそれに換装するためのタイムラグが、大きな理由である。

 歩兵はもちろんのこと、接岸を開始した揚陸艦から陸揚げされる戦車などの重車両。これらは全て上陸してすぐに運用できるわけではない。

 たとえば揚陸艦が海上で航行不能になった場合、あるいは攻撃されたとき、それらを想定した装備から、陸路を行軍し会敵、戦闘を行うべく装備へと換装する必要がある。

 換装中はほぼ丸腰となる。ゆえに周囲の安全確保は絶対なのだ。

 一昔前の戦場であれば、換装の手間すら許されなかった。陸戦装備のまま上陸用舟艇に詰め込まれ前線へ放り込まれたのだ。

 それら部隊運用の手順を根底から覆したのがモビルスーツだ。

 揚陸艦の脇に着水し、ヒザまで海水に浸かりながらジンクスVが砂浜に上がってくる。当然ながらその間、武装の伴う周辺警戒も充分である。

 モビルスーツの汎用性をもってすれば揚陸時のタイムラグはゼロになる。優れた艦船でも強力な重火器車両でも成しえなかった事だ。

 さらにGNドライブの量産化で航空性能を獲得する。

 もはや飛行ユニットや、変形機構を装備する必要もなくなった。陸海空、すべての分野において1固体で火器を運用できるのがモビルスーツなのだ。

 この圧倒的な汎用性は地球連邦軍において、うってつけであった。

 旧国連軍がそうであったように、連邦軍においても、地球全土への派兵の可能性が常にあり、使用する装備の必須条件として、あらゆる地形、気候において安定した兵器運用、つまり汎用性の高さが望まれたのである。

 地球連邦軍発足当初から配備されているジンクスシリーズは、汎用化の追求の歴史であった。

 連続稼働時間の延長、航空航続距離の長距離化、全天候対応兵器であるモビルスーツは、従来であれば航空機による制空、海上移動、陸戦部隊による制圧といった工程をオールインワンで実現するのだ。

 

<添付ファイル・取材用素材No.844 ここまで>

 

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 開戦から15日が経過し、当初不透明であった部分――、アザディスタン王国内の民族紛争にいたる経緯も、ほぼつまびらかになった。

 大概の見解としてはこうだ。

 アザディスタン王国は保守派と改革派による政権抗争とは別に、太陽光紛争の際、隣国クルジス共和国を侵攻併合した経緯から深刻な民族問題を抱えている。併合に反対するクルジスの部族組織と、少数民族の排斥を掲げるアザディスタン側の極端な国粋主義組織との対立構造だ。

 反連邦組織カタロンに属する国際的テロリスト、とされるシーリン・バフティヤール少佐は、これら国内のレイシストと結託し、クーデターを企てた。

 実際のところ無血クーデターとはいかず、王国内全土において内戦状態に突入した。

 今回の女王暗殺はカタロンに所属していたころのコネクションを仲介して雇った傭兵による反政府テロであったのだ。

 というのが定説だ。

 現場取材から締め出された文屋は、これら周辺情報の収集にやっきになった。結果としてそれらの裏付け情報は豊富だ。どうでもよいモノも含めて。

 実行犯の氏名、来歴、キャリアはもちろんのこと、請け負ったPMCの社名や、仲介したカタロンの支局はハノイにあるだとか、実際に取引のやりとりを記録した公衆回線の通話ログや、報酬が振り込まれた口座情報までもだ。

 もろもろの物証とともに、それは確たる事実とされていた。

 

 だが、私はここに断言する。これは事実ではない。

 理由は簡単だ。反連邦組織カタロンの支局の中に、ハノイ支局は存在しない。

 テロ実行犯がスカウトされたとされる時期より半年以上前に、ハノイ支局は閉鎖されて活動を休止している。世界的な経済不況により活動資金が低下したカタロンは、規模縮小を余儀なくされたのだ。

 厳密に言えば支局は存在したことになってしまうのだが、この微妙な状況が事実を誤認する原因である。

 大事なことなのでもう一度言う。テロ実行犯がスカウトされたという時期に、カタロンのハノイ支局は存在していない。

 スカウトする立場の人間が居なかった以上、交渉もないし、カネも動かない。経緯の根本が虚偽なのだ。

 だとすれば、もろもろの物証は捏造ということになり、それらを仕組んだ者がいたということになる。もちろん、これほど大規模な捏造が個人レベルで出来るはずもない。

 では、アザディスタン王国を内戦に陥らせたのは誰か。名も無き傭兵をオズワルドに仕立て上げたのは誰か。

 周囲の連中はすでに第七次中東戦争とも代弁される今回の戦争の先行きにご執心のようだが、私は開戦のきっかけとなった女王陛下暗殺事件を、再検証することにした。

 一度日本へ戻り、現地でのアポイントやスタッフと連絡をとり、実行犯が所属していたというPMCがある、ベトナムへ向かう。

 東南アジア圏の経済成長は今世紀初頭からずっと右肩上がりである。南太平洋上の軌道エレベーター「天柱」と大陸間の橋渡しで地力を蓄え、その運用に成功している。

 外国直接投資は半期ごとに倍増し、外資系企業の誘致も積極的で、市街では外国人ビジネスマンの姿を多く見かける。

 砂漠焼けした私でも、ヒゲを手入れしてスーツを着るだけで、そこらの日系企業の営業くらいに見間違えられるほどだ。

 今回の首謀者が、私の想定する相手ならば、取材の取り組みとして高い匿名性を意識する必要があった。

 取材を開始して3日目、すぐに分かったのが女王暗殺事件当時の物証がことごとく紛失していることだった。

 通信ログは、アーカイブ業務を外部委託している下請け会社が、孫請けを何社も経由しているうちに所在不明となっていた。銀行口座などは解約者の守秘義務だかで取引記録は焼却処分されたという。

 そもそも実行犯が所属していたというPMCすら名義登録が不透明で、実在していたのかすら怪しい。

 物証を「紛失」することは、事実確認ができなくなると同時に捏造を糾弾する裏付けも取れなくなることを意味する。ただ、事件の経緯だけが記録され、捏造が事実として定着するのだ。

 

 女王暗殺を画策したのが、私が想像する相手であれば隠ぺい処置などは当然とも推察できる。

 

 化石燃料に代替することで逼迫したエネルギー事情を解決したアザディスタン王国は、困窮する世界経済の中で一人勝ちしている。

 太陽光発電に固執した世相を逆手にとった方策として利点はいくつもあった。

 一世代前、そもそも世界のエネルギー事情を一手に賄っていた石油であるから、代替燃料として復活させるのは難しくない。

 採油、輸送、電力への変換手段、これらのインフラはすでに存在するし、ゆえに設備投資がほぼ不要、短期的視点で市場経済にテコ入れしたいという意味で即効性は充分効果的である。世界経済は、エネルギーシフトによる恩恵の味をすでにを知っている。それは化石燃料から太陽光発電へのシフトで味わっていることだった。今にしてみれば皮肉なことであるが。

 このように、おおよそにおいてアザディスタン王国は世界に歓迎された。

 そのなかで、唯一実害をこうむるのが、太陽光発電事業だ。

 そして、太陽エネルギーに課税という形で連邦政府がかかわっている。ここに利権が生まれる。

 財界の動きがこのようにあって、一方、政治的側面で、アザディスタン王国はアラブ圏との軋轢が知られる。

 そもそも政・財ともに困窮していたアザディスタン王国を後押ししたのが、連邦政府である。その背景には、混迷する中東を支配下に置こうという思惑があったのだが、それに同調したのがアラブ圏の復権を望む動きである。

 彼らは彼らでアザディスタン王国を、というよりマリナ・イスマイールを祀り上げることで、彼女と個人的に繋がりがあると思われるソレスタルビーイングという影で、連邦政府を牽制したい思惑もあったようである。

 しかし、その後のアザディスタン王国の隆盛から分かるように、両者の傀儡国家として、いささか逸脱しすぎた影響力を持ちはじめてしまったのである。

 このようにして、誰にも望まれずして、世界の敵が作り出される事になるのだ。

 

 私は一度出国手続きを済ませ、タイから陸路で"再度"入国した。取材を諦めた、という体裁をとるためだ。

 それからの私は、事件に関する事実関係を一件一件、丹念に裏づけ調査を行った。短期間であったが、それら全てにおいて満足のいく結果にたどり着けたのはサポートや助言してくれたスタッフに感謝したい。特にミスタ・マハル、ミスタ・グラード、ミス・アーデには謝辞をおくりたい。

 結果として、組織的隠ぺい工作の背景に、とある企業の関与がほぼ確実となった。

 欧州系財閥と華僑の資産家系の合資による総合商社というのが表向きである。

 

 本件とは別に個人的に入手した資料がある。

 5年前、その存在をつまびらかにしたソレスタルビーイング。それと同時にソレスタルビーイングへの専属取材を慣行したジャーナリストがいた。

 絹江・クロスロード。

 JNNの記者である彼女は、ソレスタルビーイングの主導者と目されるイオリア・シュヘンベルクに着目し、その経歴、足取りから、ソレスタルビーイングとその周辺について肉迫している。

 残念ながら彼女はすでに存命していない。この件に関しては場を改めて精査したいと思う。ともあれ、この資料は彼女の成果のひとつだ。

 私が中東にいたころ、彼女の親類である人物と偶然出会った。

 彼にとって持て余す内容であったし、本来の意味を持った、有るべき形に成るのであればと、彼は私に託してくれたのだ。

 その資料――、便宜上、クロスロード・メモと呼称するそれは、イオリア・シュヘンベルクとソレスタルビーイングに関わる人脈とカネの流れを記したものであった。

 もちろんクロスロード・メモ以外に、そのような記録は見たことがない。未だソレスタルビーイングに纏わる情報はほとんど明確になっていないのが現状だ。

 驚くべきことに、クロスロード・メモにはリニアトレイン公社の役員、国際経済団の重鎮が名を連ねていた。

 ただ、有力な資料としての裏づけが甘い。まだまだ推測が多く、この資料そのものが未だ取材半ばであったことが偲ばれる。

 

 そしてまた、別に入手したリストがある。

 これは一時期メディアでも話題となった、いわゆる「キワモノ」といってもいい。

 4年前、ソレスタルビーイングが唐突にその活動を止め、存在そのものが霧散してしまった直後、このリストが流出した。

 THE WATCHER――。日本語では「監視者」とすべきなのだろうか。

 いわゆる秘密結社であるが、カルトなどとは違う。フリーメイスンやコーサ・ノストラ、ゼーレに近いだろう。設立は200年前と、この手のギルドや結社の中ではまだ若い組織である。

 創始者であるイオリア・シュヘンベルクの思想に基づいてソレスタルビーイングが運用されているか監督監視を使命とした組織で、当時の財界や政界で有力な人物が出資して運営されていた。

 つまりソレスタルビーイングをサポートし、その行動を監視する組織だった。

 流出したのはまさしく「監視者」たちの名簿だ。

 4年前、ソレスタルビーイングが唐突に武力介入活動を停止した。地球連邦軍の前身ともいえる国連軍による「ガンダム殲滅作戦」の実施がまことしやかに噂され、その際、混乱に乗じて流出したのだとされている。

 出所不詳、事実確認もできない、はなはだ信憑性が疑問視される資料であるが、先のクロスロード・メモと唯一共通する人物がいる。

 ここで話を戻す。

 つまり、件の人物とは、隠ぺい工作に加担したとされる商社のCEOでもあったのだ。

 

 アレハンドロ・コーナー氏は公人だ。

 やり手の外交官で国連大使でもある。アザディスタン王国に太陽光送電施設を提供したこともあり、浅からぬ縁もある。つまりは現連邦政府要人である。

 そしてまた、リニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイ氏とも交友があったという。

 ともかく、コーナー氏への取材を依頼した。名目はとりあえず外交官としての現在の中東情勢について。

 ダメもとだったのだが、驚いたことに依頼が承諾された。

 あいにく初回からアレハンドロ・コーナー氏と直接面談というわけにはいかないようだが、次回のレポートでは新たな進展を期待したい。

 今回はコーナー氏の代理人、リボンズ・アルマーク氏との面談予定だ。

-12ページ-

 アザディスタン王国を進攻する連邦軍は、国内を走る3本の主要幹線道路沿いに東進する。

 それぞれを北部戦線、中央戦線、南部戦線と呼称したルート上の、主だった都市・軍事拠点を"解放"していく。

 

 炎天の太陽が、砂と岩だけの一面を照らしつける。

 見下ろせば、中央に白い線がまっすぐ走る。主要幹線道路の一つだ。

 舗装された道路は、表層に起伏をつけることで砂漠化の進む大地に埋もれることなく在り続けている。

 道路わきに、横転して黒煙をあげるSUVがあった。車体側面に塗装された赤十字が、黒い煤で汚れて見えない。

 少し離れた位置に3体のジンクスVが待機している。どれもデザートパターンに迷彩された連邦軍の機体だ。

 足元にモビルスーツパイロット姿が3人と、彼らに囲まれるように整列させられている人影が5つ。こちらの衣装には統一性がない。

 彼ら5名は、目の前に放り出された銃器――、サブマシンガンやらアサルトライフルやらをして、途方にくれている。

「オラ、とっとと銃持てつってんだろうが、撃ち殺すぞテメェ」

 そんな彼らをパイロットスーツ姿のうち一人が威嚇する。

 言葉だけでなく、腰だめに構えた自動小銃のAKをちらつかせて脅すのは、傭兵として連邦軍と契約中のアリー・アル・サーシェスだ。

 すでにイノベイターの私兵である彼だが、今回の仕事も、イノベイターの知るところではない。あくまで個人的に請け負った仕事なのだった。

 目の前の5人は困惑したまま、なかなか彼の命令に従わない。

 じれたようにサーシェスは現地語で同じ台詞を口にする。

 彼はこの地域での案件に携わった経験もあって、現地の会話も流暢なものであった。

 そして――

「ってか、どっちみち撃ち殺すけどナァ?」

 などと言いつつ、ようやく銃を構えた5人を、AKで一掃射してガハハと笑う。

「てなわけで、強くてカッチョイイ連邦軍に逆らってやられた、弱くてバカ愚かなテロリストの一丁あがり」

 残る二人のパイロットスーツに顎で指示するサーシェス。AEUの外人部隊の頃から知る傭兵仲間であるから、口調もくだけたものである。

「つか、アロウズさんもえげつないことするもんだな」

 残作業を二人にまかせ、サーシェスは他人事のように言う。

 遺体から、本来の所属がわかるような所持品を剥がし、移動させる。

 パイロットスーツの一人がサーシェスに応じる。

「進攻は順調なんでしょ? こんな小細工が必要なんですかね?」

 遺体の服装を砂で汚しながら、そんな事を言う。とても軽い口調である。サーシェスは乾いた笑い声で応じた。

「硝煙で半分燻製になってるキミの脳みそでも分かるように説明してあげよう」

 言いながら、遺体の配置を――、銃殺された体裁ではなく、だれかと撃ち合ったと思わせる配置に、指示しながら続ける。

「たとえばだ、ウチの前のボス……、カティなんちゃらの場合だとだな――」

 言って、空を見上げる。乾燥帯独特の無風、ただひたすらに青い空が広がる。

 そこから一気に3万5千キロ上空の静止衛星軌道。

 

「我々はオンリー・ワンの軍隊なのです。アザディスタン王国国防軍の戦力評価も完了しているし、他地域の紛争やテロの脅威もない。いわば全戦力を投入して事態を沈静化できる――。ならばそうすればいい。早期に解決できるのであれば、やればいいのです。あえてそうしないのは、無能以外の何者でもない」

 メメントモリ最終防衛ラインにて投錨中の航宙巡洋艦、居住施設内の士官専用私室にて、私用電話中のカティ・マネキン大佐であった。

「――恐縮です。しかし、わざわざこんな僻地に私の粗雑な論説でもないでしょう。かといってご子息の様子を気にされているというワケでもなさそうです」

 インカムからの応答に耳をかたむけるマネキンは、微妙に眉根を寄せた。

「ソレスタル・ビーイング、ですか」

 通話の向こう側の人物は、最近のソレスタルビーイングの動向について情報を求めていて、その人物は『私は自分の目で確かめなければ納得しないが、あなたなら信用できる』と付け加えた。

 

「カティなんちゃらは戦争を理解している。で、アーバなんちゃらは戦争を分かっている。この違いが分かるか?」

 サーシェスの問いにパイロットスーツが首をかしげる。

「本気出せばソッコーで終わっちまうんだよ、こんな戦争は。単純戦力比率――、よーするに兵隊やら飛行機やらモビルスーツの数を比率にした公式資料なんかだと、現状の敵との比率は1.7:1ってことになってるが、ありゃあ嘘だ」

 ひととおり作業の終わりを見て取ったサーシェスは、改めてAKを構えなおす。

 フレームに増設された計器を操作すると、スコープに連動したカメラが撮影をはじめる。

「実際は4:1くらいいってるだろう。テキトー言ってるんじゃねーぜ。こんなもん、過去の公式資料を遡ればすぐ分かるっつーの。なにせ戦争おっぱじまる前は連邦が、この国に武器を供給してたんだからな」

 増設されたカメラ類は兵士の状態をモニタリングするシステムの一つであるが、当然音声入力は切られている。

「ニンゲンてのはな、他人と自分を比べて成長する。組織のニンゲンならそれは出世だ。企業なら売上げだろうな。国内なら政治だ」

 姿勢を低くすると、銃を構えたまま鮮やかなスニーキングで遺体に接近してみせる。

「そして国家なら戦争だ。戦争はスゲーぞ、飛躍的に科学技術を向上させる。文字通り必死だからな。ソレスタルなんちゃらのせいで、地上から戦争が無くなっちまった。これは由々しき事態なんだぜ? 誰も必死にならねぇってこたぁ、みんなバカになっちまってユトリで溢れちまう。ラブ&ピースじゃ食ってけねぇんだ」

 遺体を確認するような素振りで銃身を左右に振って、上体を起こす。

「だから、だ。貴重な戦争をダラダラやって、有意義な戦争にしようってワケだ。戦争を分かっているってのは、そういうこった。こーゆー地味な工作も、戦争を続ける下地づくりなんだよ」

 と、終始饒舌だったサーシェスの動きが止まる。

 顎をあげ、地平線の向こうを見つめている。

「え、なんです?」

 戦場において、アリー・アル・サーシェスという男は卓越した能力を発揮する。

 誰もが気づけないレベルで敵の気配を察知する。単に勘が鋭いなどというレベルではなく周囲の者は当然理解できない。

「流れが変わる。バフティ……なんとか、つったよな女少佐。アレが黙ってるタマかよ」

 優れた直観力と洞察力で、戦場という極限状態に速やかに適応する。彼はそういう人種である。

「ケツのでかいメガネにゃロクなヤツがいねーんだよ」

「は?」

 周囲の人間は彼を理解することができないが、それでもサーシェスの判断は常に適切であった事を知っている。

「撤収だ。ほとぼりが冷めるまで前線から離れる」

 待機中のモビルスーツへ向かって歩き出すサーシェスに、まったく理解できないままパイロット二人はつき従う。

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 執務室の椅子で眠ることが、すでに当たり前になってしまっているシーリン・バフティヤールが跳ね起きたのは、早朝の事であった。

 上体を中途半端に起こした姿勢でしばし停止する。

 肩口まで伸びた髪は手入れされておらず、よれよれのブラウスも胸元がだらしなくはだけられ、開戦から一ヶ月間の激務ですっかり疲れた有様に、それまでの毅然とした彼女の姿はどこにもない。

 ぼーっとした視線を机上にめぐらせる。

 机の上には、電源が入りっぱなしの端末、キーボード、何枚も並んだホロスクリーン、何枚も重なった記憶媒体、ぬるいコーヒーが残るマグカップ、書類の山。

 伸ばされた腕が書類の山の上に置かれたメガネの横にある銃を手にした。

 クラウスが護身用に渡した自動拳銃だ。

 トリガーにかけた指が感じる冷たさを、そのままこめかみにも感じる。

 己に銃口をむけ、しばし停止する。

 今、彼女が居を構えるのは、アザディスタン王国首都マシュファドのほぼ中心地に位置する庁舎街である。

 戴冠式の惨劇をネットの中継で見てすぐ、クラウスとともに帰国した彼女は、ここに入り浸って女王代理として全てを取り仕切ってきた。

 鈍い思考をめぐらせる。大きく一つ、ため息をつく。

「あーもー、死にたい」

 などとぼやく彼女の肌は死者のように青白い。開戦より、そのほとんどの時間をこの部屋で過ごしていたのだから当然かもしれない。

 親指で安全装置を解除する。

「ホント、なんだってこんな事になってるのかしら、冗談じゃないってーのまったく。だいたい、なんで二人とも勝手に逝っちゃってるんだか。生者に一切合財、全部丸投げってどういうことなのよ。責任とれってのホント。あー、マジで死にたい。アタシもそっち逝って三人で朝まで飲んでるほうがどれだけ楽しいかしらって思うわ」

 食事も睡眠もロクに摂れていない。土気色の肌に乾いた髪。しかし唇だけが妙に紅い。それがきゅっと歪む。

「そうよ、この計画書をクラウスに転送しちゃえば、もういいんじゃないかしら? 敵はご大層に半年先のスケジュールまで教えてくれちゃってるし、行動予測なんてちょろいもんだわ。懸案だったパキスタンとの密約も成立したんだし、アタシってばもう用済みじゃないかしら? もう楽になっちゃっていいんじゃないかしら? ねぇ? そう思わない?」

 顔を上げて、虚空に問いかけてみる。

 しばらく何かを見つめて、すっと脱力したシーリンは、トリガーから指を離して銃口も下げる。

「はいはい――、分かってますって」

 外務省庁舎を指令本部としたのは、防衛力より情報収集を優先したためだ。

 国内はとっくの昔に非常事態宣言が発令され、すべては国防軍が統括している。各地に駐屯する軍への指令を的確に行えることを前提にすれば、実は国防省より外務省の設備のほうが使い勝手が良いという結論になった。

 即席の指令本部は、外務省庁舎内で最も広い会議室をあてがった。

 その大扉が盛大に開け放たれる。

「おはよう、諸君」

 とりあえず身づくろいを整えた、といっても髪を適当にまとめ、ブラウスとスカートを新しい物に変えた程度であるが――、シーリンが軽快な足取りで入室してそのまま中央の会議卓に両手をついて身を乗り出す。

「クラウスの小隊は?」

 シーリンの問いかけに、「こちらです」とヘッドセットを差し出しながら一人が応える。

「さあ、はじめるわよ。撤退戦をね」

 

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 アザディスタン王国領内、中央平原。

 それを囲むように連なる山岳地帯を西に進む機影がある。

『完了した。各機、情報を展開する。確認してくれ』

 無線の声はクラウス・グラードだ。低空飛行する4体の機影の1つから発信されている。コールサインはアルファ・ゼロ。

 4体の機影は連邦軍から支給されたジンクスUである。が、納入当初と比べてシルエットが大きく異なる。

 特徴的な両肩のパイロンは撤去され、部分的だが装甲類も排除されて"痩せた"風に見える。

 その代わりだろうか、長距離飛行を想定した予備燃料のプロペラント・タンクが合計4本、背後に装着されている。

『本作戦が新生アザディスタン王国国防軍、最初の作戦となる。本作戦で君たちが編成された理由はブリーフィングでも言ったとおりだが――』

 クラウスに応じるように、通信の音声グラフが上下した。アルファ1の表示。

 スピーカーからの声は女性のものだ。チェーンスモークで擦れている。

『ああ、とっくにご承知さ。"クラウス隊長殿のハーレム小隊"って言えば軍宿舎のバーのマスターだって知っている事実さ』

 言って、ケラケラと笑う。

 隊長を含め4人で編成される小隊で、クラウス以外が女性という編成は、ゴシップを好む傭兵たちの間で瞬く間に話題となった。

 クラウスもあえてそのままにしておいた。

「君ら傭兵がまず最初に、この国を見限ると思っていたがね」

 

 アザディスタン王国が国防軍を創設したのは連邦軍の侵攻以前である。連邦軍との戦力比など比較するべくもない状況で当時、国防軍を離脱する者は少なくなかった。

『それでは次の仕事がもらえなくなるのですよ。信用を欠いたらやっていけなくなるのはどの業界も同じ。報酬に見合った仕事はしますよ』

 アルファ2からの通信。粗暴な印象のアルファ1とは真逆の丁寧な口調である。だが、クラウスは彼女が最も危険な人物であると予想している。

 カタロンやマジリフ・インベストメントなどで中間管理職を歴任したクラウスであればこその、人材先見眼であった。

「3回の演習で、戦略コンセプトを最初に理解したのが君たちだったからだ」

『部隊配置の勘に頼りすぎだな。だが、諜報屋の考えにしては上等だ』

 最後にアルファ3の落ち着いた声が聞こえた。

 小隊に編成した3人は、同業者として知り合いの関係にあるそうだ。

 そして、時に共同戦線を張り、あるいは反目しあいつつも立場を拮抗させている実力者である。アルファ1と2は実働要員であるのに対し、アルファ3は数十名の要員を抱える指揮官の経歴がある。

 3人の実戦経験は、期間も密度もクラウスと比較にならない。

 それを理解しているクラウスは役割が隊長でありつつも、実戦ではバックアップの立場をわきまえている。

「レーダーに捕捉された。同時にこちらも相手本隊を捕捉」

 メインスクリーンの片隅にレーダーの図形が投影される。

 3隻のギアナ級地上戦艦を主体とした部隊で、次の目的地まで進軍中。護衛機とされるジンクスVが6体ほど確認できる。

 事前に予想された、中央戦線の斥候部隊であろうとの情報と一致する。

 手元のコンソールを操作して、空になったプロペラントタンクを切り離したクラウスは、機体をほぼ垂直に上昇加速させる。他の3体もそれにならう。

 さらにアルファ3は、上昇中に護衛機の狙撃までやってのける。

 クラウスの小隊が行おうとしているのは、典型的な奇襲作戦だ。

 だが、索敵能力が追求された現代の戦争において奇襲は成立しないとされる。特に制空権を握られている状況では、火力が届く前に捕捉されてしまう。完全なる不意打ちは不可能だ。

 早期警戒網とはそういう機能である。迫る敵機に対し抗戦体制を整える時間的余裕を生み出す機能である。

 しかし、クラウスの小隊はそれを覆す。

 早期警戒網に探知されながらも、邀撃機が離陸する前に撃破する。

 もちろん護衛機は長距離狙撃によって処理済みだ。

 接敵できてしまえば、どれもが無防備な標的だ。

『カモ撃ちより楽だろコレ』

 アルファ1の調子の上がった声が聞こえる。

 軽口を叩きながらも、両手に構える2丁のGNビームライフルで確実に標的を仕留めていく。2つの火器管制を全く独立して制御できる彼女の才能は非凡であるし、そもそも会敵直後の護衛機を撃墜したアルファ3の長距離狙撃能力にしても彼女らの傭兵としての性能は秀逸であったといえよう。

 地上では、予想以上に速い敵機の接近に混乱しているだろう。

 装甲を犠牲にして機体を軽量化したことと、航空性能に出力を集中するように調整したことでクラウスの小隊のジンクスUは、1.75倍の航空性能を獲得している。

 通常の3倍とまではいかないが、早期警戒網から本隊への到達予測を裏切るには十分な数値だった。

 このようなチューニングを可能にしたのは、ジンクスのポテンシャルの高さであった。

 元々、全天候型・汎用性の高さを追求した仕様からさまざまな装備・機能が追加されて、それが逆に全体のポテンシャルを低下させる足かせとなっている。

 それらすべてを削ぎ落とすことで獲得した高い航空性能だった。

 

 しかしながら、というよりも、たった4体のモビルスーツによる小隊が旅団の一翼とはいえ大隊規模の部隊を相手にできるはずもない。

 主だった攻撃は本職の3名に任せ、バックアップに徹していたクラウスがレーダーの光点を確認して、通信を開く。

『邀撃機が上がったな』

 呼応するように3体のジンクスUが転進し、敵部隊から離れる。

 迷いのない撤退軌道。

 邀撃機となる連邦軍のジンクスVが追撃を開始する。

 クラウスの小隊の攻撃が奇襲であることは、連邦軍もすでに周知している。完全に先手を取られた後に実施される追撃戦で求められる結果は2つだ。

 一つは奇襲で受けた損失の穴埋め、いわゆる報復である。もう一つは、奇襲部隊の痕跡から出撃拠点を特定することである。

 一つ目は、奇襲部隊がスムースに撤退してしまえば成果は期待できない。重要なのは二つ目である。次の奇襲を防ぐのだ。

 だから、クラウスの小隊を追う連邦軍のモビルスーツは無理をしない。ただ見失わなければいいのだ。

 次の瞬間、僚機のジンクスVが撃墜される。レーダーにはもちろん、上空の早期警戒機にも探知されない距離からの攻撃。僚機の被弾状況から攻撃地点を計算し、応射する。

 しかし、間髪を置かず別の僚機が撃墜される。出鱈目や勘で応射しているわけではない。直撃ではないにしろ被害を被ってもいるだろう。だというのに、今、成されている攻撃には、躊躇が感じられない。

 まもなく、レーダーに攻撃機の光点が示される。奇襲部隊を逃げ切らせるための待ち伏せは予想していた。

 今度は確実に仕留める。

 アザディスタン国防軍に配備されたジンクスUは所詮、型落ち機種であり、最新機種であるジンクスVの武装をもってすれば駆逐は容易である。

 しかし、そのような理論はあっさりと瓦解し、追撃部隊は状況を理解する間もなく壊滅した。

 

 サーミャ・ナーセル・マシュウールが構築したアザディスタン王国の国防システムがこれである。

 GNドライブとモビルスーツによって構築された、全天候型かつ汎用性に富んだ戦力運用システムが、現在の連邦軍のそれである。

 1個体の兵器であらゆる局面に対応しようとすることは、逆に特定の局面において平均的な性能しか発揮できない事になる。

 これを弱点と捉えた戦術である。

 優れた航空性能、または対空火力に特化された機体を効果的に配置することで対抗させる。

 クラウスの小隊の出撃により、戦術モデルを確立させたアザディスタン国防軍は北部・中央・南部の各戦線で抗戦を開始する。

 連邦軍のアザディスタン侵攻は進捗を鈍化させることとなった。

 

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 連邦軍がアザディスタン王国に侵攻して30日が経過した。

 国防軍の断続的な抗戦とその応酬。戦場はそこに確かにあるのだが、単調な事象の繰り返しは世相の関心を急速に失っていく。

 すでに報道は日々の死傷者を、数値として報告するだけになっていた。

 

 リボンズ・アルマーク氏は物静かな青年だった。

 もっと年配の人物をイメージしていたが、ずいぶんと若い。

 アレハンドロ・コーナー国連大使の代理人という肩書きであるが、実質は後継者ということらしい。

 というのも、コーナー氏は5年前から消息不明なのだという。

「職務や事業一切合財を放り出して、突然居なくなるのですから、困ったものです」と苦笑交じりにアルマーク氏は言う。

 公式な国連大使の消息不明が、よくも公にならなかったと驚かされるが、ともかく業務を滞らせるわけにもいかず、コーナー氏の秘書であったアルマーク氏が急遽、引き継いだのだという。

 コーナー家といえば、欧州に基盤をもつ資産家である。アレハンドロ・コーナー氏も国連業務以外にさまざまな事業を手がけていて、アルマーク氏はそれも引き継いだ。

 もちろん暫定処置であったから正式な大使が決まって国連業務は交代したが、コーナー家の事業については継続中だ。彼にはもともと商才があったらしく、その業績が本家で評価され現在も経営者として辣腕を振るう。

 ひととおりの挨拶を済ませ、テキトウに話題を探っているとアルマーク氏から切り出してきた。

「初期コンセプトは、GNドライブを携帯電話のバッテリーにしよう、というものでした」

 GNドライブについては、いまさら説明など必要ないだろう。ソレスタルビーイングのガンダムに搭載された先進エネルギー技術だ。今や連邦軍のモビルスーツにも搭載されている。

 アルマーク氏が言う携帯電話のバッテリーとは、まだまだ誇張でしかないが、小型化の研究は進められている。

 容量あたりのエネルギー創出量が従来の外燃機関とは桁違いに高効率なGNドライブであるから、民生化が進めば昨今のエネルギー事情を解決する手段にもなるだろう。

 だが、構造の単純化による量産体制がようやく確立できた段階である。製品開発のプロセスでいえば、低コスト化が進み、小型化はその次の段階であるから、アルマーク氏の考えはまだ少し先の展望とも言える。

「ドライブ本体の小型化が困難と分かり、我々は着眼点を変えました」

 つまりはこういうことだ。

 どこのウマのホネとも知れないフリーのジャーナリストを簡単に招きいれたのは宣伝を兼ねていたからだ。

 アルマーク氏は新事業について熱く語る。

 こちらとしても、こういったバーターは普通だし、引き換えに取材できるのならば歓迎だ。

 そういう事情を差し置いても、興味引かれる話題であった。

「それは、GN粒子のパッケージングです」

 最初に氏が言ったようなGNドライブの小型化は、ドライブの量産ラインに民間企業が参入している段階でアイデアとして新鮮なものではない。

 だが、GN粒子に着目するというのはあまり例を見ない。

 GNドライブの駆動時に発散されるGN粒子。

 その正体は変異ニュートリノということらしいが、専門外なので詳細は説明できない。

 だがこれもほとんど説明不要だろう。圧縮照射すれば火器にもなるし、粒子特性にジャミングがあり電子戦兵器としても流用が可能。装甲に付与することで物理的防御にも優れた万能素材である。

 アルマーク氏が着目したのは、多様性に優れた防御特性だ。

 抽出したGN粒子を建築物へ継続的に供給できるようにして防犯装置として利用しようというのだ。

 試作品の実演も見た。瞬間的であれば至近距離の爆発にも耐える。破片もかすらなければ、熱すら伝導させないのだ。

 といった風に、取材のほとんどは商品開発の話と宣伝だった。

 まぁ、じっくり付き合うとしよう、次のアポも取れただけで上等だ。

 などと思っていた矢先であった。

 永らく沈黙していた情報源、それもメジャーどころであるNSAやらFSBやら外事3課などが元ネタとなる情報が流れ込んでくる。

 サーミャ・ナーセル・マシュウールがイスラエル情報局、モサドの要員であること、それもツォメトであること。アザディスタン王国再興の当初よりその監視下にあったこと。

 また直近では米国の民間軍事会社が王国内に駐屯する連邦軍の構成比率を高めていること、AEUの大手ITベンダーが王国内のセキュアな部分へのシステム導入を進めていること。

 また、国防軍内部においても連邦政府の横槍によるスタッフの入れ替えが進められていた。

 挙句の果てに、暗殺事件直後、アザディスタン王国に投入された準軍事作戦の実働部隊が記録した作戦報告書のコピーまでもが易々と入手できた。

 これは偶然だろうか。

 

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 開戦から50日目となるより数時間前。

 連邦軍の3つの進攻ルートの中、最も首都マシュファドに近いとされる南部ルートの前線で、前触れもなくそれは起こった。

 

 カタロンの陸上部隊と交戦中であった、連邦軍のモビルスーツ部隊2個小隊全機が"斬り伏せられた"。

 黒煙をあげながら頓挫する数体のジンクスVの中心に赤いモビルスーツの姿があった。

「4年前、少年と相まみえたあの日より修羅の道を歩むと決意した。だが、それでも私は捨て去ることができなかったようだ」

 赤いモビルスーツのコクピットで仮面の男は、天を仰ぎ見る。

「忠義という言葉の意味をな!」

 決然と言い切るとミスター・ブシドーは高笑いをあげた。

 それは軍用無線を通じて、周辺部隊に伝播していた。突然の味方機の沈黙と、怪電波の内容に動揺せざるえない状況下でなお、その笑い声の主は続ける。

「権謀術策、情報操作、これは戦争である。ゆえにいかような手段を講じようと、それを非難する気は無い。だがこの有様はなんだ? 潤沢な兵力を持て余し牛歩のごとく進攻を滞らせ、これはもはや戦いの体裁になっていないではないか」

『ミスター・ブシドー! 反乱軍に加担されるおつもりか!?』

「反乱軍とは笑止。バフティヤールとかいう女が陛下のご意思をどう汲み取るかは知らぬ。あえて斟酌するならば、このような"作戦"も分からなくもない。だが――あえて言おう」

 赤いモビルスーツは飛翔する。

「私こそが、女王陛下唯一の従者であると!」

 指令本部の通信担当官は、このやり取りに愕然とした。

 他の部隊からの報告を総合しても、ミスター・ブシドーの発言は裏付けられていた。

 まがりなりにも地球連邦軍の実戦部隊が、正規軍が、そう思うと担当官の思考は混乱した。

 現状を簡潔に整理した言葉が思い浮かばなかったのだ。

 実際の時間にして数秒であったが、本人にとってどれほどの逡巡を重ねたであろうか、その結論として、担当官は背後の指令席に鎮座する、本作戦総司令であるアーバ・リント准将に報告する。現状に即したきわめて簡潔な言葉でまとめた。

「ミスター・ブシドーが暴走!」

 この報告に同席する他の通信担当官が困惑の表情を向ける。他部署のクルーも同様だった。

 しかし、アーバ・リント准将は違った。面白くなさそうに鼻で笑ってみせる。

「あのような不確定要素を放置するほど軍隊は甘くありません」

 言うやいなや、傍らに立つ副官へ指示を出す。応答する副官も、予定されていたかのようなスムーズさで対応する。

 さらにリント准将は追加指示を出す。

「物量でもって封じ込めよ。無理はさせるな、数で圧倒し被害は出すな」

 応じて副官が各部署へ指示を連携すると、司令室正面のモニターに状況がリアルタイムで表示される。

 ミスター・ブシドーの機体を示すマークを中心に、連邦軍部隊の光点が移動をはじめ、またたくまに光点が集約し、集約しすぎて帯状となった光点が円陣となって包囲する。

 いかにミスター・ブシドーの戦闘力が高かろうと、結局は単体性能でしかない。10体のモビルスーツで敵わないなら、100体で、それでも敵わないとなれば1000体をぶつければいいのだ。

「周辺部隊へも伝達。弾幕を厚くして反撃をゆるすな、調子付かせなければいい」

 結果、数分を経過することなく、中心の光点が消えた。

 リント准将は口元を吊り上げて満足げな笑みを浮かべる。

「戦略が戦術に負けてたまるものですか」

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 ミスター・ブシドーが沈黙するタイミングを見計らったように、別の通信担当官が声を上げる。

「第一宇宙軍より伝達、所属不明機の大気圏降下を確認!」

 第一宇宙軍とは、ソレスタルビーイングを捜索中のリー・ジェジャン中佐の戦団である。アロウズの虎の子とされる精鋭が集められている。

 20時間前にソレスタルビーイングとの追撃戦を終了し、補給のため軌道エレベータに集結していた。

 リント准将は眉根を寄せた。

「想定より早いですね」

 ブリッジ正面のスクリーンには、目標の降下地点がアザディスタン王国内であることがグラフィック表示されている。

「確認します。対象は"2個付き"なのですね?」

 オペレータは首肯すると、サブスクリーンに軌道エレベータから地球面を撮影した映像を表示した。

 青緑色のGN粒子を飛散させながら小さな光点が地球面に吸い込まれていく。光点を光学解析した結果がワイプされる。

 粗い画像ではあるが、特徴的なツイン・ドライブのシルエットは、連邦軍が"2個付き"と俗称するソレスタルビーイングのダブルオー・ガンダムに間違いなかった。

「ならば、大佐に連絡を」

 

 高濃度のGN粒子を機体周囲に拡散することで大気圏突入シークェンスを難なくクリアしたダブルオー・ガンダムは、何度かスラスターで軌道調整しつつも、基本的に自由落下に任せてアザディスタン王国領空に飛来した。

 この間を利用して、突入後の機体チェック中の刹那・F・セイエイと、機体背面に合体しているオーライザーのパイロットである沙慈・クロスロードであったが、突然響いたアラートサインに手を止める。

 刹那は火器管制のロックを解除し、沙慈は索敵範囲を広げる。アラートサインは味方機以外のモビルスーツの接近を示していた。

 外部カメラが受像した、ぼやけた映像を光学補正しシルエットが明確になった画像を見た刹那は困惑の表情を浮かべる。

「なんだ……?」

 機体はジンクスVだ。アロウズではなく、正規軍仕様の塗装で真新しい装備も見受けられない。

 ただ、唯一装備している火器であるGNライフルの銃口を側面に向けている。

 さらに機体の一部の整備用ハッチを開放して、低速で飛行している。

 モビルスーツパイロットの間では一般的な、戦意は無いというジェスチャーだ。

 そこへ沙慈・クロスロードからの内線が飛び込む。

『あのモビルスーツからレーザー通信だよ、刹那』

 相手の意図が分からなければ対応もできない。GN粒子の散布によりレーダーや通信が無力化されているが、散布濃度が薄くレーザー出力が高ければ通信は可能だ。

「繋いでくれ」

 すぐに、年配男性らしき落ち着いた声が響いた。

『自分は、国際治安支援部隊所属のセルゲイ・スミルノフ大佐だ』

 スミルノフ大佐は、刹那の応答を待たずに続ける。

『元は人類革新連盟の特務部隊・頂武に所属し、マリー・パーファシーを知っている』

 アレルヤ・ハプティズムに関連したマリー・パーファシーの情報は刹那も概要を把握している。

 彼は機体をジンクスVと同じ高度まで降下させる。

「了解した。要件を聞こう」

 

『一つだけ聞きたい事があるのだ、ガンダムのパイロット。君はここへ、いったい何を行いに来たのだ』

「成すべきは、唯一つ。武力介入による紛争根絶だ」

『奇遇だな、ガンダムのパイロット。我々も今まさに、アザディスタン王国内の民族紛争を平和裏に収めるべく介入中だ。残念なことに武力行使もやむ終えない事態ではあるがな』

「そのような詭弁が通用すると思っているのか。それこそアロウズのやり口だ。情報統制と規制でアザディスタン王国を世界の敵に仕立て上げたのだろう」

 正規軍のパイロットスーツに身を包んだセルゲイ・スミルノフ大佐は、緊張した身体を少し弛緩させた。操縦桿を握る拳が緩む。

 しかし表情は硬く渋いままで、大佐は「浅はかな」と口の中で小さくつぶやいた。

「ならば君に問いたい。君が詭弁だとするその理由を聞かせてもらいたい」

 少し間をおいてスミルノフ大佐は、応答に窮する刹那を待たずに再び口を開く。

「現実を疑うのは間違いではない。だが、納得のいく根拠もなく、ただ己の思い込みで動くのは、もはや子供でしかない。君ほどに、世界へ影響力を持つ人間がそのような有様でどうするのだ。失望させてくれるなよ、ガンダムのパイロット」

 穏やかな口調のスミルノフ大佐であったが、少しばかり感情の色が混じる。

 両拳に力が入り、操縦桿が軋む。

「仮にだ。仮定の話として私に娘がいて、それを思い込みで周りの見えていない男に嫁がせたとしたら、どのような思いでいるか分かるか?」

 セルゲイ・スミルノフは怒っていた。

「それも、長い付き合いがあってのものではない。ある日唐突に娘に紹介されて、そのまま連れ去るように行ってしまったのだ。たしかに、そのような横暴ともとれる行いを許したのは私だ。それを納得したのは娘の熱意であったし、男の真摯さであったのは確かだ」

 アロウズが、平和維持軍を称してアザディスタン王国へ侵攻した理由を、もちろん彼は知っている。軍内部でスミルノフ大佐を信奉する軍人は多い。それに情報機関系上級将校の友人もいる。

 そのような経緯を踏まえて、彼はソレスタルビーイングに怒っていた。

「だがしかし考えてもみたまえ。付き合い始めに娘から紹介されて、若干忸怩たる思いをいだきつつも、息子などから『父さんの気持ちも分かるけど本人の幸せを考えてあげなよ』などと窘められて、思い切って男とサシで酒を飲みに連れて行ったりして親交を深めるような工程もいっさいないままに、娘を手放さなければならなくなった父親の気持ちが分かるか!?」

 しばらく沈黙していた通信から刹那の困惑の声が流れた。

『……いったい何を言っているのだ』

「仮の話だといっているだろう」

 即応で切り捨てるスミルノフ大佐であるが、正直、仮定の話ではまったくなかった。

「それでも二人の仲を認めたのは、互いが相手を護ろうとする強い絆を目の当たりにしたからだ。それがどうだ、このようにただの先入観だけで行動するような連中の仲間だと知ってしまえば、あの時の私の決心が全て否定されてしまうのだ」

 セルゲイ・スミルノフ個人として、もはや冗談ではなかった。

 ソーマ・ピーリスが別れ際に述べた言葉は、そのまま彼の本心であっただろう。

 最愛の妻を亡くし、愛する者が去っていく苦しみをこれほどに知る彼であれば、その苦しみを知っていてなお、愛娘を送り出す決意はどれほどのものであったろう。

「分かってもらえるか、ガンダムのパイロット」

 刹那・F・セイエイにセルゲイの心情が分かるはずもない。彼にしてみれば自身の行動理念を揺るがされ、スミルノフ大佐の心中を推し量る余裕がない。

「ならば、この私を納得させる事だ。でなければここを通すわけにはいかない!」

 唯一この場で客観視できるのが、沙慈・クロスロードであったし、刹那が絡め取られている事も理解できていたがしかし、彼は刹那への助言をためらった。

 沙慈・クロスロードもセルゲイ・スミルノフの心情を理解できる事情があったからだ。

 状況はこう着状態となった。

 

 

 

 

 

説明
『連邦政府筋によりますと、新生アザディスタン王国のマリナ・イスマイール女王陛下が逝去されました』シリアス路線。5話構成。
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