ブルーアースより。二章(1)
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二章

 

 

 

 

 

 

 内側から、サインの身体(ボディ)、下着、手足に総勢百キログラム/シュトア単位のおもし=『一気圧の者』(ワンアトムス)の枷、ワイシャツ、学ラン=下だけ。

 中学生という見た目(バディ)。眠たげな瞳(キャラ)。

 くたびれたローファーをはいてアパートを出て鍵をかける。

 隣の部屋=第三王女と侍女の部屋からは物音なし=既に出かけた後のようだ。

 彼女たちが通う低級高等学校はザイロン市の西区にあるため、北区内に中学校のあるサインよりも朝早く出なければならない。

 それは、あまりにもおかしなことだ。

彼女は王族であり貴族であるのに。

 

 サインは階段を一階まで降りると、ドブ川とアパートの間にあるわずかな空き地を抜ける。

見上げるとベランダ=キョウコいわくテラス。

そのベランダの影と、狭いドブ川の向こう側にある似たようなアパートが巨大で濃厚な影を作っているために、空き地には通年日が差さず、足元の土は苔むして生臭く湿っている。舗装するなりして欲しいのは山々なのだが、それ以上に解決しなければならない問題が、低級集合住宅には多すぎる=雨漏り、ひび割れ、漏電その他エトセトラ。

 空き地と言ってもほとんど空いている空間はない。所狭しと並べられた自転車が空き地を占領しており、サインはそれを横目に裏口から通りに出た。

 ザイロン王国に来たばかりの頃=二年前の春、通学のために買った自転車はとっくにスクラップになっている。もう少し考えて物を買えばよかったと今でも後悔=中学生にとっては高い授業料だ。

 なぜか。

『一気圧の者』(ワンアトムス)は、法律でその身体能力に応じて段階分けされたおもしの装着が義務付けられている。中には許可をとって枷を付けなくていい者もいるし、サインも仕事に従事するときには外している。

 つまり、それを付けてザイロン王国で造られた自転車に乗ると、壊れてしまうのだ。

 もともと身軽で非力なザイロン人のために造られた自転車に合わせるためにはサインも身体(バディ)を削れればいいのだが、無論そんなことはできない。ザイロン人に力を合わせるためにはおもしを付けるほかなく、そうするとますます自転車などを利用できなくなる。

 だから、サインはエレベーターもエスカレーターも極力乗らないようにしている。

 太っていないのに太っている人間のごとく気を使わなくてはいけないことには常々不満を感じていた。

 

 道路を渡って歩いて学校へ向かう。

 道すがら、甘いパンの香りを漂わせる販売車=購入。

齧りながら歩いてゆく=道中に漂う生臭さ=低級市民街の常。

辟易としながら歩き続ける。要は慣れだ。

 携帯電話を開いてスケジュールを確認する。

起動の遅さ、折りたたみ式のヒンジの弱さ、無骨さにも顔をしかめたいけれど、それももう慣れた。

ここは地球とは違う。

 ここは技術の遅れた国=時代差あり、劣星シュトアはザイロン王国だ。

 優星と違って、街に雨も降るし地下街はないし空気も水もろくに管理されてはいない。

 ロゥノイドもAIもアンドロイドも浸透してはいないし、低級の一般家庭においてはパソコンすらろくに普及していない。従って、ネットワークも発達していない。

 民度は低く、文明はアナログ依存しており、いちいち雰囲気がナンセンス。

 その技術の遅れは軍隊などにも影響していて、ではなぜそんな貧弱な国=星が占領されないのかというと、あまりに場所が悪すぎて誰も利用する気さえ起きないからだ。

 もう少し経済的に成長すれば周囲の星に目をとめてもらえるのかもしれないけれど、それはもう少し先の話だろう。サインが大人になるころに間に合うかどうか、だ。

 間に合わないだろうなあ、とため息。

 そんなため息が出る時点で、この星がそこまで嫌いではないのだと再確認。

 多分、母星地球という一等優星からド田舎の劣星にきても、サインには失うものがなかったから、だからそんなに楽観視できるのだろう。

 

 

 失ったことがあるから、失わない方法も知っている。

 そんなサインは、ザイロン北区にある北第一低級中学校においてはちょっとした顔だった。

 正門をくぐる前から景色は大胆にも無法地帯だ。

転がる吸い殻、転がる空き缶、飛び散る汚言にセンス皆無な蛍光毛髪。

その、彼らの醜態(バディ)には、溢れる馬鹿さ(キャラ)が表出していた。

 学ランを着ている者がいないのは夏だから許されるとしても、ちゃらちゃらと小物をぶら下げて歩くそれは当然校則で許されてはいないし、原付登校などもってのほかだ。

 そもそも十五歳以下が原付を運転していい法律はない。

 それら全てを一望できるのが、サインが通う北第一中学校だった。

 よくもこんなところに放り込んでくれたものだ、と紫苑に一言申したくなる気分も、二年半経った今では雲の彼方だ。

 それでも随分大人しくなったなあ、とサインはむしろ薄く笑顔を浮かべる。

 サインが来る前までは、自衛軍沙汰が後を耐えなかったらしい。

 そんな猿山のような中学校に、『一気圧の者』(ワンアトムス)ことサインがやってきてから、荒れていた校内は少しずつ落ち着きを取り戻しているのだった。

 おかげで別に荒れているわけでも反社会的意識を訴えたいわけでもなかった普通の低級市民な生徒たちの登校数が劇的に増加した、と教師に喜ばれたこともある。

 サインが校門をくぐった瞬間、いつもどおり、風が走るような周囲の表情変化。

 誰もがサインを見た瞬間顔色を変えて、別に必要もないのに会釈する。サインのおかげで助かった生徒たちや、サインに喧嘩をふっかけて見事に敗北した者たちだ。

 別にサインは好戦的でもなんでもないため、ただ降ってくる拳を避けていただけだ。

 緊急避難として手足の枷を外すことは許可されているため、怪我をしたくないサインは暴力沙汰になりそうなときには躊躇わず枷を外してきた。

 そのおかげで=そのせいで、サインは北第一中のトップにのし上がってしまった。

「おはようございます来島先輩!」正直その少年はサインよりもよほど見た目が恐い。眉剃ってるしピアスいっぱい付いてるし。

「あ、うんおはよう」

「おはよう来島くん」同級生の女子生徒は、教師いわく随分明るくなったらしい。

「あ、おはようございます」

「おはよう来島」担任の教師。安そうな自転車に乗っている。サインはそれを見て少しうらやましくなった。若い男性教師で、この学校に勤めることが決まった時点で自殺を考えたらしいが、いざ来てみるとサインのおかげでほぼ校内は鎮圧されており生き延びて良かったと泣いて喜んだ過去がある。

 サインは逃げていただけなのだが。

 それだけで落ち着いてしまうところを見ると、実は田舎惑星の不良って結構良い奴なんじゃないか、とかサインは考えてしまうのだ。

 時々、地球のワルどもをこの田舎者たちに見せてやりたいと思ってしまう。

 小学生の分際で、教師のデジタルアカウントを乗っ取って風俗にしけこんだ母星地球時代の同級生が懐かしい。名前も顔も覚えてないけど。

「あ、おはようございます」

「おい、来島、北高受けるんだって?」

「はあ、まあそのつもりですけど」自分の意志ではなく上司の命令=勅命で。

「来島、実はな、俺、お前に大事な話があるんだ」

「なんでしょうか」

「俺のために、留年してくれないか」

「嫌です」

 きっぱりと。

すまして立ち去ろうとすると、別れ話をきり出した妻に泣きつくように教師はサインの袖を掴む。

「頼むよおおお。お前がいなくなったらまた荒れるかもしれないだろおおおお」

「転勤すればいいじゃないですか」

「できるならしてるよお前は嫁さんと子供二人を抱える低級市民成人男性の苦労を知らないからそんなことが言えるんだああああ」

「成人男性の苦労を緩和するためになんで人生を棒に振らなきゃいけないんですか!」

 ただでさえ宇宙的に何のキャリアにもならない劣星の低級学校に通っているというのに、なんでその上留年だなんて汚名をかぶらなければならないのか。

「お願いだからあああ」

「その口調からしてどう見ても成人男性に見えないからやめてください!」

 自転車を駐輪場(サインが来るまでは格好のムカつく奴呼び出し場所だった校舎裏)に置いたあともしつこく擦り寄ってくる教師をなんとか振り払って教室へ行き、予算のせいで直されていない割れた窓ガラスの向こうに広がる夏の青空を見ながら着席した。

 もくもくと煙が上がっているのは北第二区の方向で、今日も工場はフル稼働しているようだ。

 

 二年半前の春、この学校のトップがサインに喧嘩をふっかけ、振りかぶった拳を見事に空振りして、サインが出していた片足に蹴躓いて勢い余ってずっこけて脳震盪を起こし、三十分後に目を覚まして来島サインにトップを譲ることをこれまで負かしてきた生徒全員に言い渡した瞬間から、サインの要望はほぼ学校内の隅々まで行き渡るようになってしまった。

 それほどまでに、あほらしいほどの素直さと馬鹿さとあほらしさが、低級市民の通う学校には満ちている。バカバカしすぎて理解しがたいヒエラルキーだが、利用するものは利用するのがサインのモットーだった。

「校内喧嘩禁止。むかつく奴がいても暴力禁止。授業中は私語禁止。嫌なら来るな」

 言い渡したのはそれだけだ。

 それだけで、あっけないほどに学校は綺麗になってしまった。

 その後も我はと喧嘩をふっかけてきた輩はいたけれど、一介の男子中学生が『一気圧の者』(ワンアトムス)に勝てるわけはない。

 真面目だった一部の低級市民の生徒たちからは大絶賛だった。

綺麗になるのが速すぎて、正直不良ぶってた奴らも根は真面目で素直だったのではなかろうかと、このとき心底思った。

 きっと教育が行き届いていないせいなんだろうなあ、と毎日サインは学校に通う度に思う。

 きっとこの学校を始めとした低級市民の方々は、政治家や貴族が私腹を肥やすために作った法案も、それを覆すために真面目な上級市民が頑張っていることも、それが無駄な努力であることも、王族が惰眠を貪っていることも、それに憤怒した第三王女が身を粉にして働いていることも、全く知らないのだろうなあ、と。

 中には、ときどき暴力を抑え切れない奴が現れたりもしたけれど、真面目な人間がマジョリティとなった北第一中に、そういう奴の居場所はなかった。そういう意味で、最後の「嫌なら来るな」はお互いにとっての救いになっていた。

 

 

 

 王族は腐敗している。

 何もしなくても、貴族が「隆盛」を献上してくれるからだ。

 貴族=星造時代にシュトアに乗り込んできて国を造ることに貢献した当時の著名人たちの末裔。

彼らは自分たちの私腹(バディ)を永久に肥やし続ける方法として、自分たちが政治の中枢を握ってしまうシステムを匠に組み上げた。

 議会は貴族院と市民院に分かれてはいるが、市民院に入れるのは教育の行き届いた上級市民だけで、上級市民は必然的に貴族との交流が発生するため、貴族有利な政治体系が出来上がる。唯一そこに物を申せる王族は、建国直後から懐柔されている。

 こうして、第三王女紫苑いわく、腐った国家(キャラクター)が出来上がった。

 紫苑はそんな腐った王族の一員でいることに嫌気がさして、城を出た。

 侍女の煌華園キョウコの父親は貴族でありながらいわゆる「良識派」として狭い肩身を存分に議会で振るうたちだったので、その協力も受けて紫苑は低級市民の暮らす北第二区にて独立した。

 あくまで低級市民の家、低級市民の学校にこだわったのは、

「低級市民の賛同を得るため。低級市民の側に立つため」

 と本人はのたまってはいるが、サインが思うに、甘い蜜だけを吸っている兄たちの姿に嫌気が差して、自らを追い込むことで血の繋がりを否定したかったのではないかと読んでいる。

 サインは、紫苑が持つ数少ない手足(バディ)の一つだった。

 紫苑は国内でほぼ孤立しており、サインという実働部、キョウコや煌華園家というバックアップがいなければ、明日にでも野垂れ死ぬだろう。

 しかし、サインは紫苑を信用している。

 少なくとも、今こうしてサインや紫苑が日々研鑽を積んでいる間、城で酒でも飲みながら議会を右から左へ聞き流している王族よりは、紫苑のほうがよほど国を背負って立つに値すると思うし、その資格も実力も備えているとサインは思う。

 いつの日か、きっと、紫苑はこの国を変えるだろう。

 きっと、その希望こそが、魅力なのだと思う。

 サインが、「まあいいか」と日々をやりすごせる理由なのだと、思う。

 

 

 

 何かが、破裂するような音が響いた。

 気のせいだろうか、とサインは重たい瞼と格闘し続けていた。

 サインがいるのは三年五組の教室で、数学の授業中だった。

はっきり言って、優星で学んでいたサインにとって、その内容は数学ではなく算数だったので、特別授業の上手いわけでもない教師の話を聞く必要性も感じず、また教師もそれを分かっているためサインには特に注意もせず、という退屈な時間だった。

 サインの机の上には一応教科書とノートが置いてあり、その律儀さがまた教師の好意をふくらませていたのだが、その上には読みかけの文庫本が置いてあった。

 優星諸国では圧倒的に電子書籍が普及しているため、紙媒体が出回っている点も、劣星の魅力だとサインは思っている。決してザイロン王国の製紙技術は高くないが、そのアナクロさが嫌いじゃない。

 しかし眠い。

 そんなときだった。

 けたたましいサイレン音が鳴り響き、全員の視界に赤い光が差した。

 見上げると、教室の天井に備え付けられていた警報ランプが点滅していた。

 ぶつん、とスピーカーから音が聞こえて「校内に不審者が侵入しました。落ち着いて、先生の指示に従って避難してください」という声が繰り返し流れた。続いて、不審者は一階の職員室付近で暴れていること、そこを避けて避難を誘導するよう指示が流れた。

「さっきの、銃声じゃね?」

 誰かが呟いた。

 そこから広がる不安定なざわめきを沈めるのに、数学教師は大分苦労した。

 ずきりと、肩と脚を穿たれた傷が痛む。

 サインは、鞄から国内産の携帯電話を取り出すと、紫苑に電話をかけた。

「もしもし」

「なんですか、いま授業中ですよ」

「電話なんか出ていいのかよ」

「いいんです。私は学年トップの成績ですから」

「そういうもんか?」

「そういうものです」

 速読速記が可能で、十歳までに高等学校までの基礎課程を終わらせる貴族に低級市民の学力試験が敵うわけがない。

「それで、なんの用ですか?」

「こっちの校内に不審者が侵入したらしい。銃声のような音も聞こえた。制限解除の許可が欲しい」

「許可します」

 あっさりと許可がおりた、が、おりることはわかっていたのでサインは既に両手足の枷を外していた。合成樹脂の繊維で編まれたベルト状のそれを鞄にしまうと、通話を切ってサインは手を上げる。

 校内の暴力と違い、現行犯がいる場合には自衛軍の方で書類に記録が残るため、許可をとっておいたほうが後々面倒くさいことになりにくい。

「先生、自衛軍本部から出動許可が出ました。現場に急行します」

「あー、あー、……怪我、せんようにな」

 サインは廊下に飛び出し、階段目指して走りだした。

 

 王女が城を出て街に出ていることも、サインが王女直属の兵士であることも、世間的には非公表で、当然教師たちも知らないことだ。

 なので、表向きはサインはその『一気圧の者』(ワンアトムス)の力をかわれて自衛軍にボランティアとして参加し、緊急時に出動できる予備隊員、という設定で動いている。

 従って、枷を外して戦闘することについては隠す必要はないが、拳銃や軍刀などの装備を扱うことはできない。それらは正式な自衛軍の兵士が持つものだからだ。

 教師が迷ったのは、児童の保護と自衛軍命令のどちらを優先すべきかという非常に難しい点だ。が、この学校内でサインに頭が上がらないのは教師もまた同じであった。

 

 破裂音。

 間違いなく、銃声だ。

 だがその音よりも衝撃的なものが、サインの視界に映った。

 ちょうど、サインがいた三階から二階に降りようとしたときだ。二階と三階の間=踊り場から二階を見下ろしたサインは、二階の廊下で一人の男性教師が撃ち殺されたのを目撃した。

 少なくとも、二発以上。

 そこにたどり着くまでに聞こえた発砲音の数は、そんなものではなかったが。

 男性教師だったものは、腹部と頭部からおびただしい濃さの赤を振りまいていた。

 それが男性教師だと分かったのは、上下ジャージ姿で、そのジャージはいつもある体育教師が着ているものだからだ。だから、教師だと判断しただけで、頭がないその人の形をした赤い何かが実際のところ誰であるのかは、サインにはわからなかった。

 のっそりと、階下から姿を表した者がいた。

 少女。

 そのセーラー服姿(バディ)は、紛れもない同校生(キャラクター)だった。

「ああ、来島センパイ」

 サインは彼女の顔を知らない。

 しかし少女はサインを知っているようだった。

 当然、サインを知らない者は校内にいない。

 その少女は、ひとつの拳銃を握っていた。

 少女は振り向きざま、無邪気に髪を振り乱して、サインに微笑みかけてきた。

 拳銃は大ぶりで、今地層から掘り出してきたばかりの恐竜の牙のように、黒々と輝いていた。

 少女はその切っ先をサインに向けた。

「そういえばセンパイ、自衛軍に参加しているんでしたね」

「ああ、そうだね」

「ということは、政府の味方ってことですよね」

「そうかもしれないな」

「じゃあ、ロゥノイドの味方なんですね?」

 息を飲む。

 パン、パン。二回の銃声。全く躊躇がない。

サインは素早く飛んだ。銃ではなく、それを握る少女の手を見て、撃ってくる瞬間を読んだ。サインは驚いた。

 拳銃が、銃口が、ほとんど跳ね上がらなかったからだ。少女の腕は細い。しかし、耳にしっかりと聞こえた銃声に比して、拳銃の跳ね上がりが恐ろしく少ない。

 どこかで見た光景だ、と思った。

 昨日も銃を見たからだろうか、それも大量に。

 少女は再び発砲した。

 

 サインは、人を殴るのが好きじゃない。自分を悪者にしたくないから。

 けれど、発砲があったとなれば話は別だ。

 法律のもと、自衛軍に所属しているサインは違法な発砲者に対して暴力を振るえる=自分は暴力を振るっても「悪」にならない。

「来島大尉は、あまりそうは見えませんが、実はなかなか性格が悪いですね」頭の中で、昔紫苑に言われた言葉を思い出す。

 ああ、そうだ。

「僕は、性格が悪いんだ。だから、」

 サインが力を込めて壁を蹴る。天井を蹴る。少女はそれを目で追うが、重たい拳銃を振り回して素早いサイン(ワンアトムス)を狙うには、少女の腕は細すぎた。

「だから僕は、女も殴る」

 左腕を広げて、少女の腹部(バディ)に軽くラリアットを食らわせる。『一気圧の者』(ワンアトムス)は重力の関係で高く飛べるだけであり、身体能力そのものは、少し運動神経がいいザイロン人とさして変わらない。だから、腕の力などはそこまで驚異的ではない。

 それでも、サインにとって、ザイロン人の少女は人形のようなものだ。

 いくらでも、壊しかたはある。

 少女の拳銃=オートマチックのスライドを上から握り締める=発砲不可。

 少女の身体を壁に押し付ける。勢い良く=『一気圧の者』(ワンアトムス)の加速。

 そして、少女の、拳銃を握りしめた手を、思い切り壁に殴りつけた。

 少女の顔が歪む。拳銃を奪う。それを床に転がし片足で踏みつけ、もう片足を床に転ばせた少女に乗せる=思い切り踏みつける。空いた両手で少女の腕を抑え、脚の腕に乗る=うつ伏せの少女は脚が動かせない。

 少女を踏みつけていた脚を今度は少女の首にあて、顔面を床に押し付けさせる=床を舐めさせる。

「確保」

 廊下は血の海だった。

 少女の白いセーラー服(バディ)に、赤い血が染みこむ。

 少女が唸るが、腕を締めると静かになった。

「あ、……気絶させるか縛れば良かった。これ、応援くるまでずっとこの態勢か……」

 キョウコさんかクラスの男子あたりならご褒美だとかいいそうだけれど、あいにくとサインのハート(キャラ)は愛くるしくて頭のいい三つ下の妹に捧げて二年半が経つ。

「スマートアイ付ければよかったな……」

 スマートアイならばハンズフリーで通話できるが、今は教室だ。

 避難を呼びかける放送、滴る血液、校内のざわざわという音が遠くから聞こえてくる。

「で、なぜこんなことを」

 足元の少女に尋ねる=足蹴を少し緩めて。

 こんなこと=発砲事件。

「ロゥノイドなんて、死ねばいい」

 吐き捨てるような少女の声。

「物騒だね」

「あんな奴ら、人間に命令されなきゃ何もできないくせに」

「質問を変えよう。拳銃はどうやって手に入れた」

 ザイロン王国内では、許可なくして銃火器を購入することはできない。

 その思想(キャラ)と制服(バディ)で、許可が降りるとは思えない。

「ロウリリア」

「は?」

 少女はもう一度だけ、呟いた。

「ロウリリアに出逢ったら、くれたのよ」

 拳銃を見下ろす。

 そのスライドに刻まれた文字。

 

『L.O.U.lillia』

 

説明
十五歳の少年、来島サインは『一気圧の者<ワンアトムス>』の体<バディ>を持っている。 西暦二十四世紀、宇宙暦ニ四六年。人々はテラフォーミング技術を発展させた『星造技術<スターメイク>』を駆使して宇宙に散らばり、巨大な生存ネットワークを形成していた。 そんな中、母星地球を中心とした優星帯域から遠く離れたド田舎惑星、劣星シュトアでは、時代差により優星帯域から少し遅れて「ロゥノイド移民法案反対勢力の活発化」が起きていた。 劣星シュトアを統一するザイロン王国第三王女、紫苑の直属兵士である来島サインは、勅命により反対勢力と戦わなくてはならなくなるが……。 「正直言って、めんどくせえ」 星間政府、時代差、ロゥノイド……そして"魔法器官"が目を覚ます。 存在<バディ>と思想<キャラクター>が交錯する、新感覚スペースアクション……になったらいいかなあ、と。 http://ncode.syosetu.com/n9212bj/こちらでメインで投稿しております。
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