すみません。こいつの兄です。28
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 修学旅行二日目。

 予定では、京都から奈良へ移動しつつ神社だの寺院だのの見学ツアーだ。朝食を食べて、全員でバスに乗り込む。正直、寝不足だ。PS2のせいじゃない。あの後、意外と全員早く寝たのだ。遠回りな理由で言うと、三島のせいだ。三島の貸してくれた「タイムライン」とかいう小説がおもしろすぎて、やめるタイミングを失った。結局、部屋の隅でみんなの邪魔にならないように携帯のライト機能をつけっぱなしにして、上下巻読みきってしまった。

 朝食のときに、三島に本を返す。

「三島、返すわ。ありがとな」

「…一晩で全部読んだの?」

「わかるか?」

「目の下のクマがすごいわよ」

「次は、もう少し薄いか途中で寝れる本にしてくれ」

「おっけー。わかったわ」

にっこり。めずらしく三島が笑顔を見せる。意外とかわいい。今朝は髪をみつあみにしていないのだけど、これでみつあみにしていたら文学少女だという三島の主張も通りそうなくらいにはかわいい。

 視線を感じて振り返ると、少し離れた席から真奈美さんの魔眼光線が出ていた。

 んー。真奈美さんも目の下にクマが出来てるかな。まぁ、安眠はできないだろうな…。バスの中はまた佐々木先生の隣だろうし、睡眠時間を取り返してくれ。

 バスに詰め込まれて、送られる先は清水寺だ。修学旅行の定番。もちろん、例の清水の舞台に行く。

「なー。これって、築千年ってこと?崩れねーの?」

ビビりー上野だ。そういいつつ、俺も思った以上の高さにビビってる。臆病者だからね。

「ちがうよー。上野くんー。江戸時代に再建されたんだよー」

昨日から微妙にぺたぺた上野について回る八代さんが訂正する。

「上野。それでも、築三百年だぞ。やべーぞ」

「だよな。やべーよ」

「やべー」

「そんなわけないでしょ。何度も補修をしてるのよ」

やべー、やべーと頭の悪さ丸出しの俺たちに、三島がため息をつきながら突っ込みを入れる。本気で馬鹿にした突込みだ。くそ。くやしい。携帯電話の時計を見ると、ちょうど学校なら休み時間のタイミングだ。妹に電話する。

『わー。なにっすかー。にーくん。私の声を聞きたくなったっすかー』

「お前さー、清水の舞台からの飛び降りの件数って覚えてる?」

『あー。二百三十四件で生存率八十五パーセントっすよ』

「さんきゅー」

相変わらず、わけのわからん記憶力だ。昔、一緒になにかのクイズ番組を妹と一緒に見てて出ていたのだけ覚えていた。妹は完全に暗記してるだろうなという期待があった。

「三島、清水の舞台からのダイブの生存率は八十五パーセントだ」

「……」

三島は無反応だ。というより、目が「なに言ってんのこいつ」という目だ。くそぉ。超くやしい。

「…そうか。意外と大丈夫なんだな」

「ハッピーやるか?」

「…十五パーセントも死んでんじゃねーか。やらねー」

0パーセントでもやったら勇者だ。それにしても死亡率十五パーセントと思うと、相当に高い確率だ。死ぬとか言われたら、一パーセントでもやらない。たとえ、残り九十九パーセントで百万円もらえると言われてもやらない。

 そんな数字を知っているのは俺たちだけだと思うが、それでもほとんどの生徒がこわごわと下を覗き込んでる。男子は八割くらいの感想が「こえー」。女子は「きゃーむりー」だ。

 あ。

 真奈美さんだ。

 とことこと舞台の端まで歩いていって、普通に覗き込んだ。まったく動じてない。真奈美さんは怖いものが普通とずれてる。今度スカイツリーの下がガラスになっている場所に連れて行ってみよう。絶対、途中の電車のほうを怖がると思う。

 

 清水寺が終わると、今度は金閣寺だ。

 

 キンキラだ。こう言っちゃそれまでだが、普通に写真の通りだ。バスの中で北山文化だの足利義満だの、いろいろと説明があった気がするがキンキラの威力の前に吹き飛んだ。実際に見た感想は足利義満ってDQNじゃねーの?だ。DQNはキラキラするものが好きだ。

「武士ってさー。公家から見たらやっぱりDQNだったのかな」

上野も同じことを思ってたらしい。

「足利氏はまぁ、まだいいけどー」

八代さんが返す。

「戦国武将とかなると、完全にDQNだよね。足軽とかの子分の背中に『俺の考えたかっこいい言葉』のノボリつけさせて喧嘩させて全国制覇とか言っちゃってるもんー」

いわゆる暴走族というやつだ。なるほど、やつらは戦国時代の生き残りだったのか。

「そう思うと、信長ヤバいな」

「自分の判子に『天下布武』だもんな」

「気に入らない子分には即座にビンタだしな」

「『くひひひ。おめー今日から猿な。さーるさーる。ぎゃははは』って子分をいじめてる信長が容易に想像できる」

「高校生のころから酒飲んで、スクーター乗って補導される系だ。尾張高校のバカ番長だ」

「信長の子孫っていうフィギュアスケートのなんとかっての、そのパターンで捕まってなかったか?」

「つかまってた。そういや信長っぽい」

「信長っぽいー」

一気に、信長が身近になった。修学旅行の目的、みたいな建前に『歴史を体験を通じて感じる』って書いてあった気がする。うん。修学旅行で歴史が一気に身近になった。

「ところで二宮。金閣寺には、さっきみたいな変なトリビアないの?」

三島がトリビアを要求する。妹は授業中の時間だから聞けないし、金閣寺はないと思う。

「ないな。クイズ番組で出なかったし…」

「なにそれ?」

「うちの妹は、テレビで見たり聞いたりしたこととか、本で読んだことを丸暗記してるんだ」

「なにそれ?サヴァン?」

「…かもしれないな。あいつ、大丈夫かな。正直、少しおかしいし…」

あらためて他人に指摘されると、心配になってくる。

「あ、そうだ。せっかくだから記念写真、と、と、撮らない?史子、シャッター押して」

三島が東雲さんにデジカメを渡す。わざわざデジカメ持って来てたのか。携帯あるのに。

「おー。どうせなら、みんなで撮ろうぜ」

「み、みみみ、みんなで立ち止まったら迷惑でしょ。ほら、史子、ととと、とっとと撮っちゃって!」

それなら、わざわざ金閣寺なんていう撮りにくいところじゃなくて、別のところで撮ればいいのに…。

「二宮くん。もっと由香里に近づかないと入んないよ」

東雲さんが指示を出す。しかたない。ちょっとかがみ気味なって三島に半歩近づく。

「じゃあ撮るよー。はーい」

ぱしゃ。

「さんきゅー。東雲さんは?」

「私は、あとでいいよ。ここ、混んでるしー」

東雲さんが周りの流れを止めないようにゆっくりと歩きながら言う。空気の読める子だ。その後ろを三島がデジカメのモニターを確認しながらついてくる。

「由香里、やったじゃん」

東雲さんが三島に、そんなことを言う。

「なにが?」

「なんでもありませーん」

東雲さん、くすくす笑い。可愛いな。ハッピー橋本がひそかに萌えもだえてるぞ。俺にはわかる。

「ほらー。みんな急げー。バスに乗れー」

ゾッド宮元の呼び声が聞こえる。今回の修学旅行は意外と弾丸旅行だ。

「金閣寺三十分しか時間ないじゃないか」

「この後、昼飯はバスの中だぞ」

「無茶すぎる。だれだ、こんな無茶な計画立てたの」

「俺だ。文句あるか」

ゾッドだったか。

「ありませーん」

ドカドカとバスに駆け込む。こんなときもちゃんと土産物屋で食い物を買ってきている男子高校生の食欲はえらい。そろそろ昼時だからな。

 

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 バスは京都を離れて、奈良に向かう。意外と京都と奈良は近い。

 

 昼過ぎに東大寺に到着。ここで午後一時から午後六時まではグループごとに解散しての見学となる。あとでレポートを書かされるから、それなりに修学旅行らしいところに行かなくてはいけない。そのまま東大寺でお茶を濁すグループ。法隆寺とか他の神社仏閣をラリーするグループなどさまざまだ。

 だが、俺の心は決まっていた。出発前から珍しく三島とも意見とも一致していた。八代さんと東雲さんは「由香里ちゃんに任せるよー」とのことだった。橋本と上野は俺の情熱で言いくるめた。

 解散の声を聞くと同時に、でかい仏像に背を向けてつかつかと早足で駅へ直行する。大仏の鼻の穴とかくぐってる場合じゃない。大阪行きの電車に乗り、大阪で特急に乗り換える。なぜ奈良から奈良に移動するのに大阪に行かないとならんのだと文句を言いながら特急から特急を乗り継ぐ。五時間しかないのだ。特別に急ぐ。特急。

 一時間半かけて、たどり着くは近鉄吉野線飛鳥駅。

 駅前でレンタサイクルで電動アシストつき自転車を借りる。

「奈良時代とか、最近すぎてロマンを感じないわ!本気の歴史ロマン行くわよ!」

三島のテンションが高い。俺のテンションも上がり気味なのは認めざるを得ない。

「おい。二宮、こっち高松塚古墳って書いてあるぞ!見なくていいのか?」

途中で橋本が寄り道をしようとする。だまってついて来い。そんなものを見ている場合ではないのだ。

「そんな最近のものに興味ないわ!」

六世紀の遺跡を最近のものと一蹴して、三島ロケットが電動パワーアシストを得てぐいぐい坂道を登って目的地にたどり着く。

「おおおお」

「おおおお」

三島と並んで、感嘆の声をあげる。

 目の前に見えてきた巨大な遺跡は日本のストーンヘンジ、飛鳥の石舞台古墳だ。やべえ、ハンパない。これマジ巨石文明だ。

 たまらん。鼻血出そう。

 今は仏教伝来の蘇我馬子の墓とか、そんな教科書の知識は捨てておこう。実物に触れるのが修学旅行なのだ。

「すごいわ。これに比べたら法隆寺なんて、つい最近の近代建築よ」

「すげぇ。日本書紀の時代にすでに伝説だったものが丸ごと本物だ」

俺と三島だけテンションがオクターブ高い。

「…由香里ちゃん…気が合ってよかったね」

「うんっ!」

三島の目が金閣寺よりキラキラだ。しかもこの巨石文明遺跡、中に入れるんだぜ。ストーンヘンジだって周りから見るだけなのに…。だめだ、興奮して心臓バクバクしてきた。

「はぁっはぁっ。み、三島…も、もう、中に入っていいかな?」

「ま、待ちなさいよ。ま、まだだめよ。焦らないで…もうちょっと、まわりを…」

「エロい」

「エッチくさい…」

上野と八代さんがなんか言っているが、俺の耳には入らない。

 石舞台古墳こんなすごい遺跡なのに、なんで人がいないんだ。ありえないだろう。ホントにすげえ。でかい。横に寝せたモアイくらいあるんじゃないか?石の数はそんなに多くないけど、一つの石の大きさは圧倒的だ。

「はぁはぁ…に、二宮…すごい…大きい…」

「み、三島。もういいだろ、な、中…」

「わ、わかったわ。いいよ。一緒に…」

三島と並んで、玄室に入る。

「ふぁああー。す、すごい」

三島の声が石壁に響く。

 入ってしまえば、大したことのない空間だが、周りを囲む巨石。これはいつ誰によってどうやって作られたかもわからない太古の謎の遺跡の本物なのだ。この石がリアルに一日一日と時間を積み重ねて遥か昔から、神話の時代から今にいたるまで一日を積み重ねてここにある本物なのだ。千五百年以上昔の人々が、ここにどのようにしてかここに運び、積み重ねたのだ。じわじわと感動がやってくる。

「二宮…私、二宮と一緒に来れてよかった…」

三島がちょっと涙ぐんでる。気持ちは分かる。俺も、ちょっと感動で泣きそうだ。

 

 そのまま二人で黙ってしまう。

 

 玄室から出ると、橋本、上野、東雲さん、八代さんの四人が引いていた。

「…よ、よう。た、堪能したか?」

「ゆ、由香里ちゃん。よかったね?」

「…二宮。こう言っちゃなんだが、ちょっと引いた」

「…う、うん。ちょっとエッチなくらいだったよ」

すまない。ちょっと興奮しすぎた。やっぱ興奮するだろ。しない?普通?え?

「ご、ごめんなさい。ちょっと我を失っちゃったわ」

三島も反省してた。うん、グループ行動を乱しちゃいけないよね。

 

 でも、もう一箇所いいかな?

 

 残り四人が巨石にあまり興奮できないと知って、やや罪悪感を感じながらも予定を変えるつもりはない。山を下り、次の山を目指す。これが電動アシスト付きでなかったら、ツール・ド・フランス山岳コースになってしまうところだった。

 向かう先は、石舞台古墳から北へ二キロほど行った山の中だ。

「オーパーツきたぁーっ」

三島がガンガンに飛ばしてる。興奮がさっきの反省を吹き飛ばしてる。東雲さんと八代さんも心配しはじめてる。

「由香里ちゃん…」

「由香里ちゃん飛ばしすぎだよね。二宮くん…引いてない?」

空気の読める東雲さんが聞いてくれる。

「大丈夫だ!問題ない!」

俺も飛ばしてるからね。興奮しない方がおかしい。酒船石だぞ。オーパーツだぞ。

 石の大きさは石舞台に比べたら大したことがない。それでも十分な大きさがあるけど。それより驚くべきは別のところにある。

「ほら見て!千五百年も経っているのに、彫りこんだ溝がこんなにシャープよ!どうなってんの?」

「この円も直線も、完璧な図形だしな!ろくな道具もない古代人がどうやって作ったのか、完全に謎だよな!」

「ああ、こっちの割れた先になにが刻まれていたのか気になるわ」

「ってか、これ謎のテクノロジーで作られてんじゃないか?本物だぞ。これ」

「そうよね。こんなに無造作に山の中に埋もれてていいものなの?神々の遺産じゃないの?」

三島が両手を酒船石について、目をキラキラさせる。ちょっと興奮しすぎて、頬が紅潮してる。

「…に、二宮。記念写真撮っておいてやるよ」

「おお。橋本、たのむわ」

「え。記念写真。に、二宮と?」

三島と撮るとは言ってないんだけどな。まぁ、いいや。

 巨石大好きのよしみで、並んでツーショットを撮ってもらう。高校生活の一ページ・フィーチャリング謎の巨石文明だ。

「やったじゃんー。由香里ー。古代文明遺跡も入ってるし、由香里の好きなものだらけの写真だよー」

三島はオーパーツ酒船石が見れて、本当に嬉しいらしい。ものすごいニコニコしてる。

 

「じゃあ、帰るか!」

 

 そう、五時間しか自由時間がないのに片道一時間半かけて移動しているのだ。ぐずぐずしている余裕はない。自転車をすっ飛ばして、駅に戻る。電車に飛び乗る。時間内に戻ってこいといわれた宿まで最短コースを取る。

「ってか、結局、見たの二箇所だけだったんだけど、レポート大丈夫かな。ってか酒船石とか、どうやってレポートにすりゃいいんだ。ただの石だし」

上野がもっともな心配事を口にする。

「楽勝でしょ」

三島が、断言する。

「私なら三十枚は書けるわ」

オーパーツとか書くなよ。電波扱いされるぞ。

「そもそも、石舞台が墓だっていう証拠はないのよ。蘇我馬子の時代にはすでにあったかもしれないし、だいたいアレは竜脈の上に作られてるの」

書く気だこいつ。

 

 いいや。放っておこう。俺は、普通に蘇我馬子がなんとかって書くよ。そういえば、俺、蘇我馬子より物部守屋の方が好きなんだよな。

 

 指定の宿に到着したのは五時五十七分だった。

 

(つづく)

 

説明
今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。28話目。修学旅行2日目。今回は三島由香里ちゃん回。ちょっと中休み的な回。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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コメント
sekai258さん、コメントありがとうございます。ぼくも二宮直人うらやましいです。いつか爆発させるかもしれません。(びりおんみくろん (ALU))
ニヤニヤさせていただきますた(笑)しかし、二宮兄うらやましすぎるぞ!!(sekai258)
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