とある科学の超電磁砲 本気or仕事?
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本気or仕事?

 

 

 わたくし上条当麻は今日をもって死ぬかも知れません。

 そんな予感を今強く強く痛感しております。

 今までの16年という短い人生の中でも何度も何度も死に掛けてまいりました。

 腕の良いお医者様や応急処置の得意な方々やらの助けがなければ既に死んでいたのは間違いない重傷を負ったことも何度もあります。

 でも、あの時と今は明らかに違います。

 過去のわたくしは敵を怖いと心から感じたことはありませんでした。

 大切な人を傷付けようとする相手を怖いとは思いませんでした。

 でも、今は違います。

 わたくしの心は目の前に立つ怒り狂った少女に対する恐怖でいっぱいです。

 彼女に無慈悲に殺されるのかと思うと死が怖くて仕方がありません。

 

 

「お姉さまがとても大事な話があるからと電話でおっしゃるのでわざわざ外へ、しかも夕日の川原に呼び出すから何事かと思えば……何故その類人猿と一緒なんですの?」

 

 少女、白井黒子は怒り100%のヤバい表情で俺を見ている。

 逝っちゃってる表情を更に悪化させたバージョンだ。

 こんな逝っちゃってる表情、しかも俺だけに向けられた敵意と殺意を感じるのは初めてのことだった。

 

「しかも何故その類人猿と腕を組んでらっしゃいますの?」

 

 そう。白井の言う通りに俺の隣には御坂…いや、美琴が立っている。しかも何と俺と腕を組んだ状態で。

 俺達がそんな状態でいるもんだから白井はマジでプチ切れている。

 今にも俺を殺さんとツインテールをメデューサのようにニョロニョロ動かしている。

 一触即発、というか絶体絶命の危機。

 そんな状況を変えようと先に動いてくれたのは美琴だった。

 

「あのね。黒子にちゃんと聞いて欲しい話があるの」

 

 大事な後輩でルームメイトに必死に、そして切なげに訴え掛ける美琴。

 だがそんな彼女の必死な願いは届かない。

 

「そこの類人猿の遺言を、ですか?」

「ひぃっ!?」

 

 初めて戦った時の一方通行よりも逝っちゃった瞳をした白井に美琴が驚きの声を上げる。

 その声と共に美琴の全身が俺により密着して引っ付いて来た。

 そんなに引っ付かれたら胸の感触がっ!

 ……って、あれ? ほとんど感じない?

 …………まだ中学2年生ですもんね。俺も何を夢見ていたんだか。フッ。

 

「何故わたくしが本気で怒っていますのに貴方はそんな何かに失望し諦めた表情をしてますの?」

「世の無情をかみ締めているだけさ」

 

 白井は瞳を細めて俺を胡散臭く見ていたが再び美琴へと視線を戻した。

 

「それでお姉さま。わたくしに是非お話したいというのは一体何ですの?」

「そ、それはね……」

 

 美琴が俯いて言おうか言うまいか躊躇している。コイツこういう話切り出すの苦手だからな。だから俺はそんな美琴の頭を右手で軽く撫でた。

 

「白井は美琴の大事な後輩なんだろ? だったらちゃんと言ってあげないとな」

 

 言ったら俺は殺されるかも知れないが。という後半部分は伏せたまま頭を撫で続ける。

 

「うん。分かった」

 

 美琴は頷いて白井へと顔を向け直した。

 

「あのね。よく聞いて欲しいの」

「ええ」

 

 真剣に話を切り出そうとする美琴。一方で白井は右目で俺の首を、左目で俺の股間をロックオンするという器用な注目の向け方をしている。

 白井は100%美琴が何の為に呼び出したのかを理解している。そしてその告白がスタートの合図となるのであろう。俺の人生に終焉をもたらすであろう惨劇の始まりの。

 

「私ね、その、あの……」

 

 顔を横に背けながら恥ずかしがる美琴。この動作自体は動画永久保存したいぐらいに可愛いらしい。だが今の俺は白井から放たれる混じりッ気なしの殺意の波動に超夢中だ。

 

「私っ、今日から当麻とっ!!」

 

 美琴が声を振り絞る。

 いよいよ、その時が訪れる。

 美琴を1人遺して旅立ってしまうかしまわないかの、彼女の未来の笑顔を掛けた最強最悪のバトルの瞬間が。

 

「私、上条当麻と付き合うことになったからっ! 私、当麻の彼女になったから〜〜っ!!」

 

 美琴の必死の告白。

 恋愛絡みでは重度に恥ずかしがり屋である美琴にとってはそれこそ死ぬような覚悟の告白だったに違いない。

 そしてその告白は……予想通りの惨劇のスタートとなった。

 

「そう、ですの」

 

 白井は目を瞑り、とても澄んだ声で美琴の話に頷いてみせた。

 

「両生類にしか興味を持たなかったお姉さまがようやく恋愛に真剣に向き合うようになられた。それはとても素晴らしいことだと思いますの」

 

 白井は優しく穏やかな表情で美琴に微笑んでみせた。

 

「そ、それじゃあ黒子は私たちのことを認めてくれるのっ?」

 

 美琴が期待に満ちたキラキラした瞳で白井を見る。すごく感動している表情。

 そんな美琴を見ながら俺は、やっぱりコイツってお嬢様なんだなあとしみじみ思ってしまった。根がとても素直というか騙され易過ぎるというか。

 でも美琴のその純真さはどんな宝石よりも輝く美徳でもあるわけで。コイツのピュアな心は俺が守ってやろうと改めて思う。俺が生きて美琴を守ってやれればの話だが。

 

「お姉さま」

 

 白井は天使を連想させる神々しい笑顔で美琴を見ながら頷いてみせる。それから俺へと目線を動かした。

 

「上条当麻さま。うふふふふ」

 

 白井は美琴に述べたのと同じ表情、同じ声色で俺の名を呼んだ。

 そして──

 

「悪・即・斬っ! ですのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 

 一瞬にして獲物を狩りに掛かった狼の瞳に変わると壬生の狼の如き信念を叫びながら俺へと襲い掛かって来た。

 テレポートも何も使わないただ己の足を使った直進。手にする武器はツインテールの房のみ。その房を刀の代わりとし正面から必殺の刺突を加えんと全速力で駆けて来る。

 今まで俺が相対して来た魔術サイドや科学サイドの強敵と比べればあまりにも原始的な攻撃方法。

 けれど俺にとってはその誰よりも、俺への怒りを攻撃方法に純粋に転化させた白井の攻撃が恐ろしかった。

 

「えっ? 黒子っ? 私達の仲……認めてくれたんじゃないの?」

 

 美琴が戸惑いの声を上げながら狼狽している。そんな慌てふためく美琴を見ていると……ほんの少しだけど俺の覚悟も定まった。

 

「大丈夫だから。今度の戦いだって絶対に生き残ってみせるからさ」

 

 美琴の頭のてっぺんをポンポンと叩いて安心させる。

 

「でも……」

「俺を信じろ。お前の世界でたった1人の恋人をな」

「…………うん」

 

 美琴はまだ何か言いたそうだったがそれでも頷いて理解してくれた。

 白井へと再び顔を向け直す。後は白井の全力と俺の全力の勝負だった。

 

「俺の美琴を想う気持ちと白井の美琴を想う気持ち。どっちが上か勝負だっ!」

 

 白井に向かって大声で叫び上げる。

 今までの戦いと違って叫んでも怖くて仕方ない。

 でも、美琴の為にも俺の為にもここを退くわけにはいかなかった。

 

「お前の全てを……否定してやるぅうううううううぅっ!!」

 

 迫り来る白井。

 目を瞑りながら白井の攻撃に備える俺。

 左腕に絡めている両腕の力を更に篭めて俺に無言のエールを送ってくれる美琴。

 

「俺と美琴の愛を認められない? だったら俺がそのふざけた幻想をぶち殺してやるよ、白井黒子っ!!」

 

 今まで戦って来たどんな敵よりも強烈なプレッシャーが俺を襲っている。敵を目の前にしてこんなにも逃げ出したいと思ったのは初めてだ。

 でも、退く訳にはいかなかった。俺のすぐ後ろには美琴がいてくれるのだから。

 

 

 それはさておいて何故こんな事態になったのか?

 俺はこの1週間ほどの間のことを少し思い返してみることにした。

 

 

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「カミやん。この学園都市の230万人の命を救うアルバイトをしないかにゃ〜?」

 

 月曜日の昼時の教室、土御門の奴は突然意味不明なバイト話を持ち掛けて来た。

 

「学園都市230万人の命を救うバイト? 水道工事のバイトか何かか?」

 

 どんなに科学が発展しようとライフラインを断たれれば人間は生きていけない。だから土御門は水道か電気工事のバイトのことを大げさに言っているのだろうと思った。

 ところが土御門は首を横に振って俺の意見を拒否した。

 

「うんにゃ。今週の土曜日に超巨大隕石がこの学園都市に落ちて来る。カミやんにそれを空中で迎撃して破壊してもらうという簡単なお仕事なんだにゃ〜」

「そんなこと一介の高校生に出来るかってのっ! どこが簡単なお仕事だっ!!」

 

 陽気に笑う土御門の脳天にチョップを炸裂させる。

 

「今週末、遥か遠い宇宙の彼方に住む恐怖の大王の放った隕石がこの学園都市に飛来するんだにゃ〜。カミやんが落下を阻止しなければ230万の命が瞬時に失われてしまうんだにゃ〜」

 

 大げさに身振り手振りを加えながら嘆いてみせる土御門。

 それまで俺達の話に興味を示していたクラスメイト達も恐怖の大王とか言い出した時点でそれぞれの活動に戻った。もはや誰もこの金髪グラサン男の話は聞いていない。

 そんな孤独な人となった土御門に俺は顔を近付けてこっそり確かめてみることにした。

 

「で、今の話。どこまでが本当なんだ?」

「はっはっはっは。俺の話は全部本当のことなんだにゃ〜」

 

 土御門はとても愉快に笑っている。

 

「なるほど。全部本当のことなんだな」

「だからそうだってさっきから言ってるんだにゃ〜」

 

 コイツは悪い話ほど冗談めかして言う癖がある。この悪ノリ、話は真実に違いなかった。

 

「ちなみに恐怖の大王ってのは……」

「その話は後でで良い。問題はどうして隕石を破壊する役目が俺なんだ?」

 

 土御門をジロッと睨む。

 

「学園都市だったらどうせアニメに出て来そうな宇宙迎撃システムとかミサイルやらレーザー兵器があるだろ。俺に破壊しろと頼むのはどう考えてもおかしい」

「カミやんも頭を使うようになったんだにゃ〜」

 

 感心して首を何度も縦に振る土御門。思い切り馬鹿にされている気がしてならない。

 

「その答えは落ちて来る隕石が恐怖の大王の放ったものなんだからだぜよ」

「それだとどうして?」

「隕石ではあるけれど強大な魔力の塊でもある。学園都市の科学兵器では破壊することは出来ないんだにゃ。そこでカミやんの出番ってわけよ」

「つまり俺の右腕を期待していると」

「そういうこと」

 

 右腕をジッと見る。

 

「けど、どうやって空中で隕石を破壊しろってんだ? 戦闘機の上にでも立てってか?」

「それについては常盤台のあのお嬢さんに力を貸してもらわないとミッションは完遂出来ないんだにゃ〜」

「常盤台のあのお嬢さん?」

 

 常盤台のお嬢さんと言われて考える。

 俺や土御門が知っている常盤台の生徒でこの緊急事態に力になってくれそうな子と言えば…………あっ!

 

「そっか。御坂だなっ!」

「へっ?」

 

 手をポンと打って頷いてみせる。

 

「御坂のレールガンを利用して何かと一緒に上空へと打ち上げてもらい隕石を迎撃する。そういうことなんだな?」

「えっ? いや、その、俺はジャッジメントのテレポーターの子に頼んで…………まあ、カミやんがレールガンのお嬢ちゃんと仕事をしたいのならそれも構わないんだにゃあ」

 

 土御門は冷や汗を垂らして挙動不審だが俺の答えを支持してくれた。

 

「……しかし幾ら何でもレールガンで空に上がるってのは無茶だと思うんだぎゃ。けどせっかくカミやんが女の子と組むのに積極的になっているのを邪魔するのも悪いんだにゃぁ」

 

 土御門はまだブツブツ何かを呟いていた。

 

「そういやさっきバイトだって言っていたけれど、隕石を壊したら何かくれるのか?」

 

 学園都市の230万人の命が掛かっているのだから別に無報酬でも構わない。むしろお金と命を秤にかけるつもりはない。

 とはいえ万年金欠苦学生の上条さんとしては貰える物があるのなら頂きたいのも事実。

 お金がなければうちの居候のホワイト・オオグライ(♀)や俺が餓死しかねないのだから。

 

「ああ。とっておきの報酬を用意しているぜよ」

 

 土御門は歯をニヤッとむき出しながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「男女ペアで行く2泊3日の高級温泉旅館宿泊旅行チケットなんだにゃ〜」

 

 土御門は胸ポケットから取り出した2枚のチケットを俺に向かって見せ付けた。

 何か知らないがやたらと興奮している。

 でも俺はその報酬を見せられても素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 

「俺としては現金か食べ物の方が良かったんだけどなあ」

 

 上条さん的にはユッキーとか米10キロとか缶詰30個の方が嬉しかったりする。

 

「何を馬鹿ちんなことを言ってるんだにゃ〜〜っ!」

「ぶぼおわっほぉっ!?!?」

 

 土御門に涙を流しながら殴られた。一体何故?

 

「いいか、カミやん。これは男女で行く温泉旅行のチケットなんだぞっ!」

「いやいや、そんな胸倉掴んで泣きながら訴えるようなことでもないだろ」

「しかもただの温泉宿じゃない。部屋ごとに個別の露天風呂が付いている超高級旅館。彼女と2人きりの混浴タイムがいつでも楽しめる人類の夢を叶える温泉旅なんだにゃ〜〜っ!」

 

 土御門の奴は本気で涙を流しまくっている。面倒くせぇ。

 

「カミやんもレールガンのお嬢ちゃんを誘って行くんだろ? 当然行くに決まってるんだにゃ〜」

「何で俺が御坂を誘う前提になってるんだよ?」

 

 御坂と2人で温泉旅行だなんて……しかも混浴だなんて……。

 

『はっ、恥ずかしいからあんまりこっちを見ないでよ。私今タオル巻いてないんだし。当麻の……エッチ』

 

 って、今一瞬何を考えた俺っ!?

 相手はまだ中学生なんだぞ! 反抗期抜けてないんだぞ!

 そんな子供相手に何を不埒なことを考えているんだ、俺は〜〜っ!?!?

 

『わっ、私はもう子供じゃないんだからね。と、当麻と恋人にだってなれる1人の女の子なんだからね。……当麻が望むなら…何でもしてあげられる大人の女になるんだもん』

 

 って、だからまたまた何を妙な妄想ばっかりしてるんだ、俺はっ!?

 相手はまだ14歳っ!

 いや……14歳って俺と2歳しか違わないんだよな。

 御坂って黙ってれば大人びて見えるし。俺より年上に見られることもあるし。

 もう大人と見做しても何の問題もな……って、だから何を考えているんだ、俺は〜〜っ!?

 

「蜜月の温泉旅行を経て大人になった2人は互いを生涯の伴侶と認め合う。バイトに成功すれば可愛いお嫁さんを得られる。その価値はプライスレス。米や缶詰なんて目じゃないんだにゃ〜」

 

 土御門は両手を合わせて自分の説明に酔っている。今日休みの青髪ピアスの奴がいたらもっとうるさいことになっていたに違いない。

 

「まあ、いざとなったら温泉チケットは換金すれば良いか」

 

 青髪なら今の土御門風に語って見せれば高値で買い取ってくれるだろう。

 

「じゃあ報酬の件も納得した所で、レールガンのお嬢ちゃんへの説明と参加要請はカミやんの方からよろしくお願いするんだにゃ〜」

「ええっ? そっちでしてくれないのかよ?」

 

 土御門の説明に面食らう。

 

「舞踏会のダンスよろしくパートナーへの申し込みは男がするもんなんだにゃ〜。それが礼儀であり作戦の成功率アップの秘訣なんだぜよ」

「そんなもんか?」

 

 出会い頭にいきなり電撃がデフォの御坂が果たして俺の話を聞くだろうか?

 しかも、恐怖の大王の放った隕石が学園都市に落ちて来るから一緒に迎撃してくれって。

 御坂の頭がよほど柔らかくなければこんな話を信じはしないだろう。

 ていうか、こんな話をあっさり信じる奴は将来が不安だ。

つまり俺の将来は不安か!?

 

「まっ、レールガンのお嬢ちゃんもカミやんに真剣にお誘いされれば断る筈がないんだにゃ〜」

「そんなもんかねえ?」

 

 土御門の話を全部信じたわけではない。が、これ以上話をしても俺が御坂を誘うという構図に変化はなさそうだった。

 

「さて、あのビリビリお嬢様に何て言って誘えば良いかね〜?」

 

 頭を捻る。と、そこで大事なことを思い出した。

 

「そもそも御坂とどうやって連絡を取れば良いんだ?」

 

 初歩的にして大きな問題が俺を待ち構えていた。

 

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 御坂の携帯電話の番号が分からない。

 そんなごく単純な問題が放課後を迎えた俺を苦しめていた。

 

「携帯はホワイト・クイダオーレ(♀)の胃袋の中だしなあ」

 

 我が家の居候様は先日寝ぼけたまま携帯を食らい尽くすという快挙を成し遂げてくれた。

 俺に噛み付くことで鍛えたアイツの歯の硬さは伊達ではなかった。

 そんなこんなで俺は携帯に登録していた全ての連絡先を喪失していた。

 メモ帳とかに別に保存してないので御坂の電話番号を知る手掛かりは全くなし。

 俺から御坂に電話を掛けることもないので全く記憶していない。

 打つ手はなかった。

 

「仕方ねえ。不審者扱いされるのを覚悟で常盤台中学の方に行ってみるか」

 

 電話で会えないのなら直接会いに行くしかない。

 幸いにして常盤台中学の場所なら訪れたことがあるので知っている。

 その幸運に感謝しながら俺は常盤台中学から最寄の駅へと電車に乗って向かってみた。

 

「申し訳ありませんが、許可証または紹介状のない方はこの先の区域にお入りになることは出来ません」

「へっ?」

 

 で、電車を降りて改札を出る段階にして既に接近することを断られた。

 

「えっと、俺、以前常盤台中学に行ったことがあるんですが?」

「公開日のみ関係者以外の方もこのブロックの中にお入りになることが出来ます」

「ああ、そうですか……」

 

 応対した駅の職員のお姉さんはとても笑顔だったが交渉の余地はなかった。

 俺は諦めて電車に乗り直して自宅に帰るしかなかった。

 

 

 翌日火曜日の放課後、方針を変えた俺は御坂とよく出会う公園の中をうろつきながら待つことにした。

 

「そういや俺から御坂のことを積極的に探すのって初めてのことだよなあ」

 

 気が付けばいつも御坂に絡まれていた。

 それが俺とアイツの関係。

 会いたくないタイミングでばかり遭遇する。しかも電撃がデフォ。

 俺としては御坂に会う時は勘弁してくださいという時が大部分だった。

 けど、けどだ。

 

「会おうと思うと……なかなか会えないもんだよなあ」

 

 公園内を1時間ほど歩き回ったが待ち人は現れず。学園都市に7名しかいないらしいレベル5の第3位様は現れて欲しい時には姿を見せてくれない。

 疲れたのでベンチに座ってぼぉ〜と空を眺める。

 

「アイツも本来なら俺になんか構っている暇のないすげぇ立派な奴なんだよなあ」

 

 能力者としてではなく頭の良さも凄いアイツは14歳にして色々な学会や研究所から引く手数多だという。

 そんな凄い奴が俺との鬼ごっこやガキっぽい口喧嘩に時間を割いている理由はよく分からない。

 でも、そんな子供な遊びに飽きれば……俺と御坂は二度と会うことはなくなるだろう。

 

「御坂と二度と会えない、か。…………何か、すっげぇ面白くねえな」

 

 御坂とはいずれ会えなくなる。

 未来に待っているであろうその事実を考えると凄く腹が立ってきた。

 何に対して腹を立てているのか自分でもよく分からない。

いや、分かりたくないというか確かめたくないというか。

 とにかく、御坂に会えないでいる現状が、もう御坂に会えなくなるであろう未来が堪らなく不愉快だった。

 目を瞑ってジッと時が過ぎていくのを待つ。

 

 気が付けば陽はどっぷりと暮れ……やがて空に星が瞬き始めた。

 

「結局待ち人来たらず……か」

 

 時計を見ればそろそろ7時。

 これ以上遅くなると我が家のお腹を空かせた居候様が今度は何を貪るか分かったものではない。

 

「仕方ねえ。今日は帰るか」

 

 家の中で台風を起こす訳にもいかないので今日の所は退散することにした。

 

 

 で、水曜日の昼。

 

「カミやん。もしかしてまだレールガンのお嬢ちゃんに協力を要請できていないのかにゃ〜?」

「巡り合わせが悪くてまだ会えてないだけだ。今日、明日中には何とかしてみせるさ」

 

 土御門に詰め寄られて何とも寂しい回答を返す俺。

 

「頼むだにゃ。これは単なるデートのお誘いじゃない。学園都市230万人の命が掛かっているってことを忘れないで欲しいんだにゃ」

「分かってる。仕事だって割り切ればスムーズに誘える筈だ」

 

 声が低く鋭くなった土御門に対して大丈夫であることを強調してみせる。

 けれど仕事という単語を強調しながらそんな自分にとても大きな違和感を感じている。

 

「期限は明日の夜までなんだにゃ〜。もしそれを過ぎるようならジャッジメントのテレポーターの嬢ちゃんに俺の方から事情を話して協力をお願いするんだにゃ〜」

「白井にか? えっ、でも、それって、魔術サイドの情報の流出になってまずいんじゃねえのか?」

「確かにマズいんだにゃ〜。でもカミやんは情報流出と学園都市230万人の命。どちらが大事なんだ?」

 

 土御門の質問は答えるまでもなかった。

 

「分かった。必ず明日までには御坂を誘ってみる。230万の命が失われるような事態も情報流出が元でここが再び戦火に見舞われる様な事態も両方起こさせない」

「さすがはカミやん。真のヒーローなんだにゃ〜」

 

 土御門は俺の元から去っていった。

 

「これでますます御坂をお誘いしなきゃいけなくなったな」

 

 目標はより明確になった。木曜日までに御坂を誘い、土曜日に共に隕石を破壊する。それは至上命題。でも、それは何だか……。

 

「俺は仕事ってことで御坂を誘えば……それで良いのか?」

 

 俺は今の状況、というかこれから成すべきことに対して納得していない節がある。

 

 

「上やん。そんな難しい顔して何か悩みでも抱えているんでっか?」

 

 土御門に代わり俺の前にやって来たのは青髪ピアスだった。

 

「まあ、ちょっと、女の子をどうやって誘おうか決めあぐねていてな」

 

 頭をポリポリと掻く。

 

「上やんが女の子をデートに誘う為に頭を悩ますとは珍しい事態やな〜」

 

 首を縦に何度も振りながらうんうんと頷いてみせる青髪。でも俺はコイツみたいに落ち着いてはいられなかった。

 

「で、デ〜〜〜ト〜〜〜〜っ!?!?」

 

 その単語の響きの強烈さに思わず大声を上げてしまう。

 

「「デートっ!?」」

 

 俺の声がうるさかったのか吹寄と姫神の2人が怒りの形相をこちらに向けてきた。

 

「だって、上やんは女の子と2人きりで出掛けるつもりなんでっしゃろ?」

「まあ、そのつもりなんだが」

 

 隕石の破壊なんてヤバい仕事に多くの人間を巻き込むわけにはいかない。御坂の手を借りないといけないことさえ申し訳なく思っているのに。

 

「で、相手の子は何歳なんや? まさかおばあさんってことはあらへんのやろ?」

「中2。14歳、だと思う」

「「中学生っ!? 14歳っ!!」」

 

 何故か吹寄と姫神が椅子から勢い付けて立ち上がった。やっぱり怒っている。俺はそんなにうるさい声を出しているだろうか?

 

「今までボクは上やんが年上好みとばっかり思うてたけど……年下もいけてたんやなあ。ストライクゾーンが広がるのはええことやでぇ」

 

 青髪は俺の肩をポンッと叩いた。

 

「あの、俺の誘いってデートの誘いになるのか、な?」

「上やんにその女の子ともっと親しくなりたい気持ちがあるのなら……それは立派なデートやでぇ〜♪」

「そう、なのか」

「少なくとも相手のお嬢さんは男子高校生の上やんに2人でお出掛けしようと誘われれば意識せずにはおれん筈やでっ!!」

 

 青髪はドーンと指を俺に向かって突き刺した。

 

「秋沙。行くぞ」

「うん……コードネームはSATSUGAI」

 

 吹寄と姫神は仲良く並んで教室を出て行った。トイレだろうか?

 

「けど、俺がその子を誘うのはどうしても頼まなきゃいけない仕事があるからで……」

「仕事があるから女の子と2人でいてもデートにはならん? そんな消極的な考え方じゃあきまへんのや〜〜っ!」

 

 青髪は大声で叫ぶ。

 

「戦場で花咲く恋もあるぅ〜。仕事があろうがなかろうが、恋は生じるもんなんやっ!」

「まあ、そうかも知れないけどさあ……」

「上やんがその子ともっと親しくなりたい思うておるんなら……その子のことを好いておるんなら……仕事の有無なんて関係なくそれはデートになるんやでぇ〜っ!!」

「そうだったのかぁ〜!」

 

 青髪の言葉に気分が晴れる想いだった。

 

「俺は……御坂をデートに誘おうとしていることになるんだな」

 

 拳を強く握り締めながら青髪の話を聞いて至った結論を語ってみる。

 俺が御坂のことを異性として好きなのかは自分でもよく分からない。

 でも、御坂ともっと親しくなりたいと思っているのは事実だった。

 親しくなりたいという気持ちを抱いて男女が2人で出掛けることをデートと言うのなら、俺が御坂を誘うのはデートに違いなかった。

 

「そ〜やでそ〜やで〜。今までは上やんのことをありえへんぐらいのラッキースケベの甲斐性なしと思うっておったさかい。エラい進歩を遂げたもんやなあ〜」

「何気にすっごい馬鹿にしてるよな、その言い草」

 

 口では怒ってみせるが内心はすっきりしていた。

 そうか。俺は御坂にデートに誘おうとしてそれが上手くいっていなかったから苛立っていたわけなのか。

 

「さあ、上やん。ラッキースケベなラノベ主人公から大人の男に脱皮する瞬間が今訪れたんやで〜〜っ」

 

 青髪が肩を組みながら左手を窓の外の太陽に向かって突き上げる。そんな青髪の態度に俺の気分も最高潮に盛り上がる。

 

「ああ。俺は……今日こそ御坂をデートに誘ってみせるっ!!」

「「そんなの私が許さない」」

「「へっ?」」

 

 少女達のとても重たい声が聞こえた。その声に合わせて振り返るのと頭に強烈な衝撃を受けたのはほぼ同時だった。

 何が起きたのか理解する間もなく床に倒れ伏す。

 

「上条……高校生が中学生に手を出すのは……ロリコンの所業」

「まったく、ここにいつでも手を出して構わない美少女が2人もいるというのに……中学生に色目を使おうとは無礼千万だな」

 

 犯人は何か理不尽なことを嘆いている。

 最後の気力を振り絞って犯人の気力を確かめようとする。

 だが完璧過ぎる不意打ちを食らった俺にはそれすらも不可能だった。

 結局何故襲われたのか、誰に襲われたのか分からないまま俺は意識を失ったのだった。

 

 

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「上条ちゃん。大丈夫なのですか?」

 

 俺の名前を呼ぶ声がした。

 この舌ったらずというか、大人なのに小学生みたいな声を出す女性の声の持ち主は……小萌先生に間違いなかった。

 

「えっと。小萌先生、おはよっす…………?」

 

 横を見れば小萌先生が丸椅子に座っている。小さい先生なので足が床につかなくてプラプラさせている。

 子供が病院にお見舞いに来ているようなそんな錯覚さえも覚える。

 

「って、あれっ? ここ、病院?」

 

 気が付けばいつもの病院のベッドに俺は寝ていた。

 

「何で俺、こんな所に?」

 

 眠りに就くことになった原因のことがよく思い出せない。

 御坂を誘うことはデートのお誘いなんだって気がついて、それから……。

 さっぱり思い出せない。

 

「吹寄ちゃんと姫神ちゃんのお話によると、上条ちゃんと青髪ちゃんは突然教室に現れた正体不明の悪漢に鈍器の様な物で殴られたのです。だけど吹寄ちゃん達の必死の反撃により悪漢は逃亡。そして姫神ちゃん達の懸命な看護により上条ちゃんは一命を取り留めてこの病院に搬送されたのです」

「へぇ〜。後で2人にはちゃんとお礼を言っておかないとな」

 

 不意打ちとはいえ、男2人を瞬時に戦闘不能に追いやった犯人を撃退するとは吹寄も姫神もやるもんだな。

 

「今の話を疑問の余地なく受け入れてしまう所が上条ちゃんの凄い所なのですよ」

 

 小萌先生は大きく息を吐きながら嘆いた。

 

「俺なんか変なことを言ったかな?」

「いいえ。何でもないのです。ただ上条ちゃんには根が素直で裏表のない女の子と結ばれて欲しいと思っただけなのです」

「寝が素直で裏表のない女の子と結ばれて欲しい……ねえ」

 

 急に御坂の顔が脳裏に浮かび上がった。

 確かにアイツは俺の前で天邪鬼な態度をよく取るが曲がったことはしない。

 嘘をつくのも凄く下手で裏表のない子であることは間違いない。

 これは小萌先生が俺と御坂の仲を応援してくれていると受け取っても良いのだろうか?

 って、そうだっ!

 一刻も御坂を誘わないと!

 

「小萌先生、今何時なんだ?」

 

 時間によってはもう水曜日中に声を掛けることが出来ねえかも知れない。

 

「今は木曜日の午後5時ですよ〜。上条ちゃんったら、丸1日眠っていたんですよ〜」

「木曜日の午後5時〜〜っ!?」

 

 心底驚いた。

 寝ている間にタイムリミットギリギリなっていたとは。

 こうしちゃいられねえっ!

 

「小萌先生っ!!」

「何でしょうか?」

「退院の手続きと我が家の居候の世話をよろしくお願いしますっ!」

 

 ベッドから降り立ち、病院着の上に学ランだけ羽織る。

 そしてそのまま昨日…いや、一昨日の公園に向かってダッシュを敢行する。

 

「ちょっと、上条ちゃんっ!? 今日は安静にして寝てないと駄目ですよ〜〜っ! シスターちゃんなら昨夜の内に現れて我が家の食料を食い尽くして尚潜伏中ですけど〜〜っ!」

「さすがはインデックス。食い物のこととなるとフットワークの軽さは天下一品だな!」

 

 後顧の憂いがなくなった所で俺は公園へと全力でダッシュを続けたのだった。

 

「明日退院する時にシスターちゃんも一緒に連れて帰って欲しかったのに〜〜っ!」

「今月も財政がかなりピンチなので後1週間ほどお願いしま〜〜すっ!!」

 

 教師って生徒の我が侭も聞かないといけないから大変だなって思った。

 

 

 

 しばらく疾走してようやく公園に到着する。

 もうだいぶ陽も短くなっているので薄暗くなっていた。

 

「御坂は、いてくれる、のか?」

 

 今日御坂を誘うことに失敗すれば、土御門は白井に助力を請うと言っていた。

 それはつまり……御坂とデートする機会を失ってしまう。

 

「そんなのは……絶対に嫌だぞっ!!」

 

 御坂とデート出来ないという目前に迫った現実に俺は苛立ちを感じていた。

 必死になって御坂を探す。

 すると……いた。いてくれた。

 

 御坂はいつもアイツが蹴り壊す自販機の付近にカソックを着た金髪の西洋人の男と立っていた。

 

「何だアイツ? あの金髪と一体何を喋ってるんだ?」

 

 御坂がいてくれたことにホッとした。

 けれど、その御坂が俺じゃない他の男と一緒にいるという事実がどうしようもなく苛立ちを感じさせた。

 自分でもちょっとヤバいと思うぐらいに苛立った雰囲気を纏いながらゆっくりと2人へと近付いていく。

 

「アーチボルト家9代目頭首ロード・エルメロイがここにつかまつる」

「はぁっ? アンタ、一体何を言っているの? アーチボルト家って言われても知らないし」

「魔術の名門も知らぬとは、さすがは極東の地。まあ良い。して、女よ。貴様、JSか?」

「科学万能の時代に魔術の名門とか何訳が分かんないことを言ってるのよ? 大体JSって何なのよ?」

 

 御坂が男と楽しそうに喋っているのを聞いていると無性に腹が立つ。拳を硬く握り締めながら2人へと音を立てずに近付いていく。

 

「極東の島国ではこんな簡単な英語も分からんとは。文化果つる場所とはまさにここのことだな。JSとはJoshi Syougakusei。即ち、女子小学生に決まっているであろう」

「いや、それ……どう考えても英語じゃないし」

「そんな些細なことはどうでも良い。それで女よ。貴様はJSなのか?」

「どこをどう見たら私が小学生に見えるってのよ? 私は中学生。14歳だっての!」

「胸がまるでないからてっきりJSかと思ったのだが。まさかJCだったとは。このケイネス・アーチボルトの眼力も衰えたのかも知れんな」

 

 御坂が俺以外の男と楽しそうに喋っているという事実が……俺にはどうしても許せない。

 俺以外の男と……喋ってんじゃねえ。

 気軽に俺の御坂に声掛けてるんじゃねえ!

 

「JSかと思って声を掛けてみれば、胸が小さいだけのJCのBBAだったとはな。とんだ食わせ者であったな」

「誰が胸の小さいババアだってのよっ! もう、頭っ来たっ! ぶっ飛ばす!」

「ほぉ。この私とやり合うつもりか? ロリ娘のスマイル以外にこの私を倒せるものなどこの世界には存在しないというのに愚かなBBAだな」

 

 ようやく、2人の元へ辿り着いた。

 この西洋人の顔を見ていると無性に腹が立つ。

 その原因ならもう十分に理解している。

 だから、今回は……。

 

「おい、そこのアンタ」

「何だ? 私はBBAの相手をするので今忙しいのだ。サインなら後にしろ」

「えっ? アンタ……?」

 

 首だけ振り返った男の肩を荒々しく掴む。

 病み上がりでいまだ夢心地だからだろうか。普段なら絶対に出ない言葉がすんなりと口から出て来た。

 

「俺の女に気安く声を掛けてんじゃねえよ」

「えっ? ちょっ!? 俺の女って、一体何を言ってるのよっ!?」

 

 御坂が何か言っているが今は無視。

 

「なるほど。貴様がこのJCの騎士というわけか」

 

 男は俺の顔を見ながら笑い、そして体を俺の正面に向け直しながら怒りの表情を見せた。

 

「だが、この英国貴族の肩を無遠慮に鷲掴みにするとは万死に値する。苦しみながら死ぬが良い。スカルプッ!!」

 

 男が呪文のようなものを唱えた瞬間、水銀の塊のような物体が奴の体を包み込んだ。どうやら何かの魔術を発動した防御壁らしい。

 だが、俺にはそんなこと関係なかった。

 

「この防御壁がある限り貴様の攻撃は当たらぬ。一方で私は攻撃し放題。肺と心臓だけを治癒で再生しながら、爪先からじっくり切り刻んでやる。悔やみながら、苦しみながら、絶望しながら死んでいけ」

「ああ、そうかい」

 

 俺は右拳を大きく振り上げ

 

「俺の女にちょっかい出したその罪……痛みと共に永遠に記憶しておけっ!!」

 

 怒りと共に振り下ろした。

 

「馬鹿め。そんな魔力も込められていないただのパンチが効く筈が……な、何故私の魔術結界が勝手に解除され……うわらばぁあああああああああぁっ!!」

 

 男は何か叫んでいたが、幻想殺しの前には無力だった。

 殺すというのなら、その水銀を使って俺を速攻で背後から襲えばそれで終わったものを。

 だが先手必勝の原則を守らず慢心しきっていた男は大きく吹き飛んで地面にお寝んねしている。

 こうして俺の私闘は終わりを告げた。

 ナンパ男にムカついたという個人的な理由しかない戦いは終わった。

 

「アンタ……」

 

 俺を胡散臭そうな瞳で睨む御坂。

 本当に厄介なのはこれからだった。

 

-5ページ-

 

「私、こんなことは頼んでないわよ」

 

 御坂は腕を組んで片側の眉を吊り上げながらふて腐れた表情を見せている。

 

「頼んでないとは?」

「彼氏のフリしてあの男を追っ払ってなんて、頼んでないんだからね」

「彼氏のフリ? ……ああ」

 

 夏休みの終わり、コイツが海原から逃げ回る為に彼氏のフリをお願いして来た時のことを思い出す。

 なるほど。御坂は俺の行動がその時とダブるものだと考えている訳か。

 

「アンタの手助けなんかなくったって、あんなロリコン男ぐらい1人で倒せたんだからね」

 

 御坂としては自分が懲らしめてやろうと思っていた獲物を俺に横取りされてしまった。

 そういう構図に見えている訳か。だから礼を述べるどころか腹を立てている。

 なるほど……ちょっと頭が冷えた。

 

「そうか。そりゃあ悪いことしたな」

 

 御坂はまだ反抗期も抜けてない子供。

 今週そう評したのは俺であるのに何を1人で盛り上がってんだか。

 急に気力が消え失せていく。

 

「まったく、えらい迷惑よ」

 

 御坂は頬を膨らませて不機嫌なポーズを解かない。

 

「だから悪かったって」

「………………アンタに俺の女扱いされて私がどれだけ嬉しかったかなんてどうせ全然理解してないんでしょ」

 

 御坂はまだ何かブツブツ言っている。

 そんな不機嫌そうな表情ばかり見せられていると俺の気分もどうしても萎えていく。

 あの金髪男をぶっ飛ばした時みたいな威勢の良さは完全に消し飛んでしまった。

 心に何か白々としたものが広がっていく。

 

「ていうか、アンタさ。何か私に用があってここに来たんじゃないの? アンタがこの時間にこの公園を意味もなくうろついていたとも思えないし」

 

 御坂の勘は存外に鋭かった。

 さて、どうやって切り返そうか?

 御坂の冷たい視線のおかげで萎えてしまいデートという単語を使うことには凄く抵抗が生じていた。

 けれど、仕事という単語を前面に押し出したくもなかった。

 となると……。

 

「御坂。今度の土曜日ってもう予定入っているか?」

 

 目的を曖昧にしながら話を切り出すしかなかった。

 

「えっ? あの、午後だったら空いているけれど……」

 

 御坂は目をまん丸くしながら驚きの表情を見せている。

 けれど、いきなり拒絶ということはなかった。

 おかげで話を続けられる。

 

「じゃあさ、その、俺と付き合ってくれないか?」

 

 ニュートラル、ニュートラルにと心の中で何度も呟く。デートでも仕事でもなく。それを心掛けながら語り掛ける。

 

「つ、つつ、付き合うって一体どういう意味よっ!?」

 

 御坂は2歩後退するというあまり乗り気でないことを示す動作を見せてくれた。

 顔も真っ赤。

 総じて旗色は悪い。

 普段の俺ならここで交渉を打ち切っているかも知れない。

 でも、今回は学園都市230万人の命が掛かっているので絶対に引けない。

 こうなったら最後の手段として仕事のことは当日まで曖昧にしながら約束だけ取り付けることにしよう。

 御坂の性格上、とにかく約束さえしてしまえば絶対に来てくれる筈だ。

 

「そんなの言葉通りの意味に決まってるだろ。で、俺と付き合ってくれるのか?」

 

 具体的な説明は全てそぎ落とす。雑音を入れないで俺と御坂の絆の強さだけを担保に信じて訴えてみる。

 期待半分、不安半分で御坂の返事を待つ。

 御坂が答えをくれるまでには約1分の時を要した。

 

「……………………………分かったわよ。付き合って……やるわよ」

 

 御坂は諦めるように溜め息を吐き出した。

 コイツにとって俺と付き合うのはただ義理の領域の話なのかも知れない。

 でも、だけど……。

 御坂が了承してくれた瞬間、突然目の前が光に満ち溢れ花が咲き誇った。

 そしてそんな感情のジェットコースターを体験をして気付いた。いや、気付かざるを得なかった。

 

「……そっか……俺は御坂のことが……好き……なんだ……」

 

 俺は御坂美琴を異性として好いている。

 それに気付いてしまった。

 中学生は子供だ。御坂はまだ反抗期も抜けていないガキだ。散々自分でそう言っておきながらその子供に俺は恋をした。

 俺は御坂美琴に確かに恋をしてしまっていたのだ。

 

「……あ〜あ、分かりましたよ。上条さんは学校内で甘んじてロリコンの汚名をかぶってやりますよ」

 

 高校内で蔓延している女子中学生に目を向ける男子はロリコンという女子の冷たい視線。その否定的な認識を恐れて多くの男子生徒が年下少女への恋を放棄した。

 でも俺は敢えてその風潮に逆らおうと思う。

 恋愛にさえも逆境が渦巻く俺は確かに不幸なのだろう。

 でも、不幸を恐れて目の前のコイツを諦められるほど俺の想いは小さくも薄くもないようだった。

 

「アンタさっきから何をブツブツ言ってるの?」

 

 御坂が再び俺を胡散臭げな瞳で見ている。

 今はまだ愛を告げるべき時ではない。

 でも、今度の土曜日のデートを通じて俺は……俺は……っ!!

 

「それじゃあ、土曜日の午後2時にいつもの公園のベンチの所でな〜」

 

 用件を告げ終えて俺は走り出していた。

 体中に流れているとても熱くなった血が、この場でジッとしていることを俺に許さなかった。

 

「ちょっとっ! 用件だけ告げたらいきなり走り去るっておかしいでしょ!? ねえっ!」

 

 御坂の声が段々小さくなっていく。

 

「…………今のって、デートに誘われたって思っていいのかな? 当麻からデートに誘われ……やったぁ〜〜っ!」

 

 後ろから歓声のようなものが聞こえた気がした。

 でも俺はその声に振り返っている余裕がなかった。

 ただひたすら本能のままに陽が完全に沈んだ街を走り続けたのだった。

 

 

-6ページ-

 

「え〜と、突然だが……俺は常盤台中学に通う子と今度の週末にデートすることになったんだ。だが俺はデートをしたことがない。そこでみんなに知恵を貸して欲しいんだ」

 

 金曜日の放課後、俺は教壇に立って残っていたクラスメイト達に向かって助力を求めた。

 デートしたことがない俺が1人で考えても良いアイディアが出る筈がない。でも、三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。

 みんなに考えてもらえば明日の御坂とのデートもきっと上手くいくに違いなかった。

 

「カミやんっ! 遂にレールガンのお嬢さんを攻略することに成功したんだにゃ。喜ばしいんだにゃ〜」

「名門お嬢様学校に通うお嬢様とデートだなんて……羨まし過ぎるでぇっ!」

「まったく……15歳以下は最高だぜっ!」

 

 御坂とのデートについて大きく公表したせいか男子生徒からの反応は良い。一部不穏当なことをほざく奴もいるが。

 

「上条……中学生相手は……ロリコン」

「中学生なんて青臭い子供ではなく、この胸のように大人の色香も漂う高校生を相手にしてはどうだ?」

「上条くんは……土御門くんか青髪ピアスくんと結ばれると思っていたのに超ショック〜っ!!」

 

 反対に女子生徒からの反応は悪い。

 特に吹寄と姫神の反応がすこぶる悪い。

 予想していたとはいえ難しい事態だった。

 だが、女子の支援がなくても情報収集を続けなくては。

 何せ相手は手癖は悪いが常盤台中学に通う本物のお嬢様。中途半端なデート力では決して納得してくれないに違いない。

 

「ではまず最初の質問だ。俺は明日、どんな服装でデートに臨めば良いだろうか?」

 

 俺の質問に対して最初に手を挙げたのは土御門だった。

 

「デートで男が女に見せるべきなのはそのワイルドさにゃ〜。デート時の服装と言えば、下はスネ毛丸見えのハーフパンツ。上は裸にサラシを撒いてアロハシャツを着るに限るんだぜ」

 

 言いながら土御門は普段自分が着ている常夏ファッションを俺に押し付けてきた。

 

「あ〜。え〜と。俺は肌が意外と白いから…これは厳しいな。他に案のある奴は?」

「はいっ、やで!」

 

 手を挙げたのは青髪。

 

「デートなんやから、重要なのは女の子が喜ぶ服装をしていくことや。そして世の全ての女の子が喜ぶもんなんて3つしかないんや」

「3つ? それは一体?」

「そんなんは、執事と騎士とホモに決まっとるでぇ〜〜〜〜っ!!」

 

 青髪は拳を天に向かって力強く突き上げた。

 

「そんな訳で、ボクがいつか来たるべきデート用に持ち合わせているこの執事服と西洋甲冑を貸したるさかい。好きな方を選んでくれて構へんよ」

 

 青髪は俺に執事服と甲冑を押し付けてきた。

 

「って、この甲冑、重た過ぎないか!?」

「50キロはある本物やさかいなあ。でも、その本物ってこだわりが女の子のハートをときめかすんやでぇ。最近は歴史好きな歴女って子も多いさかい」

「俺はそんなに体力に自信ねえっての!」

 

 甲冑を壁に立て掛けながら女子生徒達へと向き直ってみる。

 

「女子の意見も聞きたいんだが?」

 

 姫神と吹寄はとても冷たい瞳で俺を見ている。

 

「上条は……全裸で走り回ってれば良い」

「裸エプロンで男達を誘惑していたらどうだ? 女の子は皆ホモが好きなのだろう?」

「上条くんが裸エプロンで土御門くんや青髪くんを誘惑……オー・イエスッ!!」

 

 女子の方の反応は散々だった。

 だが今までの話を総合すると俺は明日この執事服を着ていくのが御坂受けする為には良いらしい。

 私服の持ち合わせもほとんどないのだし、この執事服で行こう。

 

 

「じゃあ次に、デート中ってどこで何をしたら良いんだ?」

 

 俺の質問に教室に残っていた大半の生徒達は俯いた。

 どうやらこのクラス、デート経験のある者は少ないらしい。俺もだが。

 

「俺が舞夏とデートする時はだにゃ〜、まず……」

「家族はデートとは認めない。それが俺のポリシーだ」

 

 土御門の野郎、義理の妹だからって調子に乗りやがって。

 

「上条は……約束時間に遅れて振られれば良い」

「もしくは12時間前から待っていて、それを相手に知られて引かれて振られればデートコースで迷う必要はないぞ」

 

 姫神と吹寄はまだ怒っている。

 今日の彼女達に期待するのは間違いのようだ。

 

「まあ、ボクが今まで幾つもクリアして来たギャルゲーに基づきますとやね」

「他の奴らから実体験に基づく話が出て来ない以上ギャルゲーは参考材料と認めよう」

 

 悔しそうに俯くクラスメイト達。

 仲良しクラスであるが交際力弱いな、俺のクラスは。

 

「鉄板なのは遊園地、映画、水族館、ボーリング、ゲーセン、ショッピング、食い倒れツアー、同人誌即売会、公園でまったりなんかかいな〜」

 

 今日だけは二次元を落とすことに命を張っている青髪がとても眩しく見えた。

 

「だが、ここで1つ追加条件を出さなくてはならない。俺は……凄くビンボーだ。そして相手はホットドック1つに2千円を平然と支払う本物のお嬢様だ」

 

 何人かの男子生徒から涙をすする音が聞こえて来た。

 その涙はそんなお金の掛かるお嬢様とは絶対に付き合えないという経済難に喘ぐ低能力者たちの悲しみを代弁しているようだった。

 

「じゃあ、金が掛かりそうな場所は除外すると……遊園地、ショッピング、食い倒れツアーは却下やなあ」

「同人誌即売会も却下だ」

 

 薄い本に500円も支払うことは上条さんの財政的に不可能。何より精神衛生的に良くない。

 

「上やんの場合、デートの雰囲気に慣れるまでは動き回れる場所の方が緊張せずに済むやろな。つーわけで水族館かボーリングにしときいや。慣れて来たらじっくり座って話し合える所にでも行くのが良いんやないか?」

「なるほど。今日の青髪はすげぇ冴えてるな。見直したぜ」

「伊達にギャルゲー100本クリアしてないで〜」

 

 

 こうしてデートに関しては色々なことが決まっていった。

 皆の協力のおかげだった。

 けれど、俺のデートに最後まで良い顔をしなかったのが姫神と吹寄だった。

 

「中学生とデートは……ロリコン」

「どうだろう? 上条が条例に引っ掛からないように、ここはこの私が我慢して上条とデートしてやっても良いぞ」

 

 2人の態度は頑なだった。他の女子も消極的だが、姫神達は積極的に反対を表明している。

 やっぱり吹寄達は俺のことをロリコンと軽蔑しているのかも知れない。

 でも、だったら、だからこそ2人には俺の真剣な想いを知って理解してもらいたい。

 だって吹寄と姫神は俺の大切な仲間なのだから。

 

「その、姫神と吹寄が俺のことを否定したい気持ちも分かるんだ。俺も実際につい最近までは高校生が中学生と付き合うのは変なことだと思ってた」

 

 2人の顔を見つめながら述べる。俺の真心が伝わるように。

 

「でも俺は、気付いたんだ。御坂を好きって気付いてさ。相手が中学生だからどうとかじゃなくて。俺の気持ちが大事なんだって。俺が御坂を好きだという気持ちが大事なんだって気付いたんだ」

「でもそれは……上条がロリコンでないことを示してはいない」

「確かに姫神の言う通り、お前らの基準から言えば俺はロリコンなのかも知れない。その汚名は受け入れるさ。でもな、俺は例えロリコンの汚名を着ようと御坂を諦めることは出来ない。俺は御坂に真剣なんだ。真剣に好きなんだ」

「上条……」

 

 姫神が俯いた。

 

「そして俺は御坂がまだ成熟していない少女だから好きになったんじゃない。俺はアイツの生き様に惚れたんだ。魂に惚れたんだ。それを、それだけはお前らに……俺の大切な仲間であるお前達に分かって欲しいんだっ!!」

 

 熱い迸りを姫神と吹寄にぶつける。俺のこの想いが2人に届くように心を燃やしながら。

 

「制理……行こう」 

「そうだな」

 

 2人は俺に背を向けてゆっくりと歩き出した。

 ……俺の想いは届かなかったのか。畜生……っ。

 

「上条の気持ちは良く分かった。……もうロリコンとは言わない」

「ほっ、本当かっ!?」

 

 顔をパッと上げる。姫神と吹寄がようやく俺のことを認めてくれた。

 それは本当に嬉しいことだった。

 

「でも上条は……全然私達の気持ちが……分かってない」

「へっ?」

 

 姫神はムッとした表情で首だけ振り返った。

 

「精々その御坂という子に振られない様に気を付けろよ、鈍感男」

「いや、俺が鈍感男ってどういうことだよ!? ちゃんと説明しろよ」

「「何で私達はこんな男を……ハァ〜」」

 

 姫神と吹寄は大きな溜め息を吐きながら出て行った。

 

「カミやんの鈍さは俺らの予想以上だったんだにゃ〜」

「こら、ほんま、デート相手のお嬢さんも苦労することになるでぇ」

 

 教室中からの溜め息が一斉に俺を襲ったのだった。

 

「一体俺の何が鈍感だって言うんだぁああああああああぁっ!?!?」

 

 俺の嘆きは開かれた窓から空へと吸い込まれていった。

-7ページ-

 

 そんなこんなで皆の協力を取り付けてようやく漕ぎ付けた御坂とのデートだったが……。

 

『何でアンタは執事の格好でやって来るのよっ!?』

 

『アンタは水族館にすら行ったことないんかい!』

 

『あのねえ、アンタが誘ったんだから下調べぐらいしておけっての』

 

『アンタ、自分で誘っておきながら何でそんなビジョンがないのよ?』

 

 何と言うか、駄目出しと誤解のオンパレードだった。

 けれども俺と御坂の長い間の腐れ縁関係というか気取らずに済む関係のおかげというか。それなりに2人で行動することを楽しんでいた。

 そんな俺達の関係を急変させたのは……超巨大隕石の落下によってだった。

 

『畜生っ! 本当に隕石がこの学園都市に落ちてくるとはな。土御門の言った通りだったぜ』

 

 土御門の情報に嘘偽りはなかった。

 学園都市に多くの死をもたらすそれを見た瞬間に俺の頭は切り替わっていた。

 即ち、みんなの幸せを打ち砕こうとする敵を破壊する戦士のモードに。

 

『あの巨大隕石は恐怖の大王が作っただけあって魔術的な物質らしいんだ。だったら……俺のこの右腕で粉砕することが可能だ』

 

 俺のその段階になって今回のデートにもう一つの目的があったことを御坂に打ち明けた。

 

『だから……御坂のレールガンの力がどうしても必要なんだよ』

『私のレールガンが?』

 

『ああ。レールガンを応用して俺を空に向かって打ち上げて欲しい。そうすれば空中高くであのでかいのを迎撃できる』

『確かに紐か何かでアンタと結び付けた状態でその辺の銅像でもぶっ放せば千メートル以上は打ち上げられるとは思うけれど……』

 

 けれどこの段階での告白は御坂に俺に対する大きな疑念と不審を招来したのだった。

 その不審の内の1つが俺の隕石の破壊方法、いや、破壊後の脱出についてだった。

 

『それで仮に隕石を破壊できたとしてさ。アンタは一体どうやって地上に戻ってくるつもりなのよ?』

 

 俺のことをよく理解している御坂は気付いていた。俺が片道切符で空へ飛ぼうとしていることを。

 

『俺の着地のことは……まあ何とかするさ』

『…………やっぱり』

 

 俺の回答を聞いて御坂は凄く腹を立てていた。

 でも、御坂が本当に苛立ちを見せたのは他のことだった。

 それは……。

 

『今日当麻がさ、私のことをデートに誘ってくれたのはあの隕石を破壊する為なの?』

 

 御坂に震える声でその質問をされた時、俺は心底自分を呪った。

 俺はこの1週間自分が何をしないといけないのかだけを考えて来た。俺の行動に対して御坂がどう感じるかをまるで考えていなかった。

 完全に一方通行だった。

 俺は、俺が思う以上に大馬鹿野郎だった。

 

『…………確かにそれがきっかけだったのは確かだ』

『…………やっぱりね』

 

 肯定した際に見せた御坂の失望した悲しげな表情。

 俺は命に代えても守ると決めた少女を自分で傷付けてしまった。

 そんな自分が許せなかった。

 けど、俺が御坂を呼んだのは仕事の為だけじゃない。

 俺が御坂とデートしたかったから。

 それをどうしても分かって欲しかった。

 勝手なのは分かっているけれどどうしても分かって欲しかった。

 御坂にだけは分かって欲しかった。

 

「でもな、違うんだ」

「何が違うって言うのよっ!」

 

 御坂は泣いていた。

 泣かせたのは俺だった。

 かつてない強い後悔が俺を包み込む。

 でも、そんな後悔なんかに呆けている場合じゃなかった。

 俺には御坂の笑顔を取り戻すという何に換えても達成しなければならない使命があった。

 そしてそれは俺が何より願いたい望みでもあった。

 

「俺は途中から御坂と出掛けることを楽しみにしてたんだよ。俺は今日お前と2人で過ごしたかったんだっ!」

 

 萎縮しようとする自分を心の中で殴り飛ばしながら必死に述べる。

 

「何で私と2人で過ごしたいと思ったの? どうしてっ!?」

 

 けれどこの程度の言葉じゃまだ御坂には伝わらない。

 やはり伝えなければならない。

 俺の御坂への想いを直接。

 

「それは俺が御坂のことを……」

「私のことを、何?」

 

 日常と化した強敵との戦闘中に相手を怖いと思うことはない。

 命の危険を感じてもだ。

 でも、今の俺の心は恐怖で一杯だった。

 女の子にたった一言気持ちを告げることの恐ろしさに潰されてしまいそうだった。

 拒絶されたらと考えると怖くて仕方がない。

 でも、それでも伝えなくちゃいけない。

 いや、伝えたい。

 俺が御坂のことをどう想っているのかを。

 だから、震える身体で必死に勇気を振り絞った。

 

「……………………好き…………だから」

 

 俺の最大限の勇気を振り絞った割にはとても小さな声だった。

 戦闘中にでさえ大声で説教をかます俺の言葉とは思えない程にか細い声だった。

 

「声が小さいっ!!」

 

 御坂にはその声の小ささを指摘されてしまった。

 やはり聞こえなかったのか?

 そんな更なる後悔が俺を包み込んでいく。

 けれど、御坂の表情を見ているとそうじゃないことがすぐに分かった。

 

「声が小さくて聞こえなかったわよ! もっと堂々と言いなさいっての!」

「聞こえなかったって……お前、顔が真っ赤になってるじゃないか」

 

 御坂の表情は真っ赤に茹で上がっていた。

 俺の告白は確かに御坂に届いていたのだ。

 その上で御坂はもう1度チャンスをくれている。

 

「1度口にするのも2度するのも同じでしょっ! ちゃんともう一度言ってみろっての!」

 

 御坂の気持ちが嬉しかった。

 御坂が俺を後押ししてくれている。

 それが俺の心にとっては何よりの支えになっている。

 告白する前よりも心が軽く、そして高鳴っている。

 

「じゃあ、改めて言うぞ。御坂……」

 

 御坂の両肩を掴む。

 御坂の綺麗な顔が間近にあった。

 その顔はとても緊張して見えた。必死にポーカーフェイスを作ろうとして失敗している。

 そんな可愛らしい天邪鬼な様子が可愛いと俺の胸は更に高鳴った。

 そして御坂はそんな状況でも俺に注文を付けるのを忘れなかった。

 

「…………美琴」

 

 御坂……いや、美琴が何を言おうとしているのかは言われた瞬間に分かった。

“お前”“ビリビリ”“御坂”“アンタ”

 俺達は互いに何と呼ぶかでずっと苦心して来たのだから。

 

「じゃあ、三度目の正直だ。美琴」

 

 美琴の肩を強く抱き直しながら誓う。

 今度こそハッキリと想いを伝えると。

 

「俺はお前のことが……」

「…………うん」

 

 息を大きく吸い込み、この胸を占めているこの想いを、美琴への愛を一気に吐き出した。

 

「俺は美琴のことが大好きなんだっ!」

 

 俺の告白が美琴にもたらしたもの。それは彼女の脱力であり笑顔だった。

 

「まったく……何ヶ月待たせるのよ。ばか当麻」

 

 それだけ言うと美琴は寄り掛かって来た。俺の胸に顔を埋めながら背中に腕を回して来た。安らいだ表情。

 それは世間一般的な愛の告白に対する答えとは違うのかも知れない。

 でも、俺にはこれで十分だった。

 美琴が俺を特別な存在と認めてくれている。

 その事実が何より嬉しい。

 俺はしばらく間この体勢のまま美琴を支え続けた。

 

 

 

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 俺は美琴とずっと抱き合っていたかった。

 けれど迫り来る隕石はそれを許してくれなかった。

 

『さて、そろそろあのデッカイのをやっつけに行かないとな』

 

 俺は美琴の身体を離し、再び隕石との対峙に心を固めた。

 美琴を危険な目に遭わせないように俺は1人で戦いに赴くつもりだった。

 でも、そんな俺の考えは美琴にはお見通しで。彼女はそれを良しとはしなかった。

 

『なら私も一緒に行く。それなら当麻を必ず生きて帰って来させられるもの』

 

 美琴は俺と一緒に行くと宣言した。

 勿論俺は反対した。

 けれども美琴の意志は固く、熱く、そして切実だった。

 

『1人で死んで、私に一生消えない負い目を負わせて結婚もせず恋人も作らず孤独に人生を過ごさせたいっての?』

『誰もそんなこと望んでねえよ』

『じゃあ……これからの私の人生をずっと涙で暮れて欲しくないなら私も一緒に行かせてってのっ!』

 

 知ってはいたつもりだったが……美琴はやっぱり凄い女の子だった。

 

『俺はほんと、すげぇ格好良い女の子を好きになっちまったんだな。お姫様の位置に留まってくれやしねえ』

『私の格好良さに今になって気付くなんて……当麻ってば本当に鈍感なんだから』

 

 俺は美琴のことを好きになって本当に良かった。

 心からそう思えた。

 

 こうして俺は美琴と共に隕石退治に乗り出すことになった。

 意気揚々、心弾ませながら。

 美琴と軽口を叩き合う余裕さえ見せながら。

 

『だってさ。隕石を破壊して無事に地上に降りたら私、当麻に告白の返事をしなくちゃいけないじゃない?』

『それの何が怖いんだ?』

『そうしたらさ、きっと私も当麻も黒子の逆鱗に触れると思うのよね。それこそ生きてられないぐらいに』

『確かにそうだな。美琴の告白の返事が俺の期待した通りのものなら……空から降って来る恐怖の大王より地上にますます恐怖の大王の方がよっぽどおっかないな』

『期待以上の返事をしたりしたら尚更ね』

 

 2人同時に笑いが巻き起こる。

 

 そして今現在、俺はその地上の恐怖の大王と正面から対峙する状況を迎えていたのだった。

 

 

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『私はね……私はずっと前から当麻のことが好きだったのっ! ずっとずっと大好きだったのっ!!』

 

 隕石破壊に成功した後の美琴からの告白の返事。

 彼女は俺のことを好きだと言ってくれた。

 

『それじゃあ俺達……今から恋人同士、だな』

『はっ、はい。ふつつか者ですが……末永くよろしくお願いします』

 

 こうして俺と美琴は恋人同士になった。

 ここで終われば、ここで終わっていれば良い話で終わることも可能だった。

 けれども、ここで終わらないのが俺達のストーリーだった。

 どうやら天はラブストーリーよりもコメストーリーを俺達に演じさせたくて堪らないようだった。

 

 

「お前の全てを……否定してやるぅうううううううぅっ!!」

「俺と美琴の愛を認められない? だったら俺がそのふざけた幻想をぶち殺してやるよ、白井黒子っ!!』

 

 ツインテールを刃と変えて白井は俺に突撃を仕掛けて来た。一心不乱という言葉がよく当て嵌まる全てを篭めた攻撃。

 捨て身とも言えるその粉砕にのみ特化した攻撃に対し俺は……。

 

「何故、避けませんの?」

 

 一切の防御も回避も取らなかった。

 

「じゃあ、俺からも訊くぞ。何故俺への攻撃を当てなかった?」

 

 白井の刺撃は俺の喉元直前、紙1枚の所で止まっていた。

 

「質問に質問で返すとは……無粋な殿方ですわね」

 

 白井は髪の房を握るのを止めて元の位置に戻した。

 

「上条当麻さま」

 

 白井は姿勢を正して俺を僅かに見上げた。

 

「貴方が本日巨大隕石を破壊してこの学園都市の230万人の命を救ったことは存じております。学園都市の住民の1人として心よりお礼申し上げますわ」

 

 白井は深々と頭を下げた。

 

「そんな風に改まってお礼を言われると何か照れるな」

 

 お礼を言われるとは思っていなかったので背中が無性に痒い。

 

「上条さんはご自身の成した功績に対して無頓着過ぎますわね」

 

 白井は笑った。こんな風に無邪気な白井を見るのは初めてのことだった。

 

「では、何故わたくしの攻撃を避けなかったのか。そろそろその理由を教えて下さいませんか?」

「それはだな……」

 

 美琴へと顔を向ける。

 

「へっ? 私?」

 

 美琴はきょとんとした表情で俺を見ている。そんな彼女に頷いて返す。

 

「俺はさ、前に誓ったんだよ。美琴とその周囲の世界を絶対に守ってみせるって」

「あっ」

「それとわたくしの攻撃を避けないことにどんな関係が?」

 

 白井の頭に右手をそっと乗せる。

 

「だって、白井は美琴にとってとても大切な後輩だろ? なら、俺が守るべき存在だ」

「えっ? わたくしが守るべき存在?」

「俺が白井の攻撃を避けたり反撃したりしたらお前の心はもっと傷付くだろ。だから、だよ」

 

 白井は大きく目を見開き、そして顔を伏せた。

 

「なるほど。両生類にしか興味がない恋愛指数幼稚園児以下のお姉さまがコロッといくわけですわね。納得ですわ」

「誰が恋愛指数幼稚園児以下だってのよっ!」

 

 地団駄踏んで怒っている美琴を尻目に白井は俺に笑ってみせた。

 

「このように子供っぽさの抜けないお姉さまですが、末永くお願いしますわね」

「ああ。任されたよ」

 

 白井に力強く頷いてみせた。新しい誓いの成立。

 白井はもう1度楽しそうに微笑むと美琴へと振り返った。

 

「そうそう。それから上条さんとお付き合いされた記念に黒子からお姉さまにプレゼントがありますの」

「えっ? プレゼント? 一体何?」

 

 美琴がパッと顔を輝かせた。

 怒ってみたり喜んでみたり忙しい奴だ。

 まあ、美琴にしても俺達の仲を白井に認めてもらえるとは考えていなかっただろうから余計に嬉しいのだろう。

 

「プレゼントというのは……」

 

 言いながら白井はつま先立ちになって俺の頬に両手を添えた。

 そして──

 

「お姉さまに上条当麻さまを完膚なきまでに叩き潰すラスボスの役割をプレゼント致しますわ」

 

 白井は俺に……キスを、した?

 へっ?

 

 

「あぁあああああああああああああああああああぁっ!!」

 

 初めて味わう女の子の柔らかい唇の感触に頭を麻痺させていると横から悲鳴が上がった。

 

「わっ、わっ、私だってまだキスしたことないのに……何やってくれてんのよ、アンタ達はぁああああああああああああああああぁっ!?!?」

 

 美琴の怒りの叫び声だった。

 そんな怒声を聞きながら白井は優雅にキスを続けたっぷりと時間が経ってからようやく俺の唇を解放してくれた。

 

「ちなみに今のがわたくしのファーストキスですの。いざとなるとやっぱり照れ臭いものですわね」

 

 頬を赤く染めて照れ顔を見せる白井がとても可愛かった。

 って、違うっ!!

 

「俺だって今のが……初キスだったんだぞ」

 

 混乱する頭の中で特筆すべき事実を述べる。

 

「と、当麻のファーストキスの相手が黒子だなんて……」

「まあ。それでは初めてのキスを交わした者同士、これはもうわたくし達は生涯結ばれるしかありませんわね。これからは妻としてよろしくお願いしますわね上条当麻さま。うふふふふ」

 

 そして混乱から冷めていくと共に気付く。

 俺は今まさに死への船出に向かおうとしていることに。

 白井に嵌められたことに。

 

「ひゃっひゃっひゃっひゃ。上条さんの初キッスの相手はお姉さまではありません。この黒子ですのっ!」

 

 白井は絶好調だ。

 そして──

 

「人の彼氏の大切な唇を奪ったビッチな後輩。隙だらけで私の前で見せ付けるようにキスしてくれたハーレム王な彼氏。どっちも望み通りに……殺し尽くしてあげるわっ!!」

 

 真の真のラスボスが覚醒を遂げた。

 

「それでは命を賭して守るべきお姉さまに思う存分殺されて下さいまし。わたくしはテレポートでこの場を離脱しますので」

「ちょっと待て〜〜ぇっ! あの状態の美琴を相手にするのは絶対に無理だ。絶対殺される。俺も一緒にテレポートで連れて行ってくれぇ〜〜っ!」

「命を賭した痴話げんか。頑張ってくださいね、世界でただ1人のお姉さまの彼氏さん。ヨガ・テレポート♪」

 

 俺が掴む前に白井は空間転移して姿を消してしまった。

 後に残ったのは俺だけ。

 即ち、美琴の怒りは全て俺にぶつけられることを意味していた。

 

「交際初日から彼女の目の前で見せ付けるように浮気とは良い度胸してるわね。学園都市を救ったヒーローさん」

 

 美琴からかつてない程に強大な力が溢れ出ている。

 真真ラスボスの名に恥じない怖過ぎる波動だった。

 

「大丈夫。毎日泣いて過ごしてあげるから……今は安心して地獄に落ちなさい」

 

 美琴は5枚のコインを一気に空中へとトスした。

 って、5連発のレールガンっ!?

 そんなこと可能なのかよっ!?

 だが、美琴がそんな人智を超えた所業を可能なのかどうか検証している暇はなかった。

 逃げなければ、射程外に移動しなければ本気で死んでしまう。

 

「このぉ……浮気者ぉおおおおおおおぉっ!! 原子分解して吹き飛べぇえええええぇっ!!」

「あれは白井が勝手にやったことなのに……ふっ、不幸だぁああああああああぁっ!!」

 

 こうして俺と美琴の交際はその初日から波乱万丈の幕を開けたのだった。

 

 了

 

 

 

説明
この間の物語の上条さんバージョン

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
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http://www.tinami.com/view/454921 その5
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水着回
http://www.tinami.com/view/463613 美琴「ていうか、一山超えたら水着回とか安くない?」
http://www.tinami.com/view/470293 美琴「ていうか、一山超えたら水着回とか安くない?」♪♪

上条×美琴
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本気or冗談?


Fate/Zero
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