すみません。こいつの兄です。30
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 奈良から大阪に向かう道路は渋滞していた。

 バスはノロノロと進む。額に脂汗が浮かぶ。握り締めた手のひらがぬるぬるする。

「二宮、大丈夫?」

話しかけんな、三島。

「背中、さすってあげようか?」

やめろ。余計なことすんな。

 バスは渋滞にハマっている。

 俺は、便意に耐えている。

 ぎゅるるるるるる。

 音までしてきた。奥歯をかみ締める。腸の運動って意志の力で逆転できないのか。トイレ。トイレに行かせてくれ。なんでこのバス、トイレ付いてないんだ。高速バスとかついてるだろ。トイレ。ケチってんのか。

 尻に力をこめる。これを緩めたら終わる。

 くくく。栓とかしたら大丈夫なのかな。栓って、どのくらいの大きさのがはまるんだろうね。人間の肛門って。

 原因は、やつらだ。殺意がわく。殺意わくわく。

 ありうる事かなと思っていた。だから、用心はしたんだ。裏をかいたんだよ。俺の大勝利なんだよ。しかし、なんて辛い勝利なんだ。ぎゃー。漏れるー。きたきたきたきた山が来た。バス!早く!早く目的地の新大阪駅に着いて!早く進め。やばい!やばい!

 そう。やつらが仕掛けたことに違いない。真奈美さんにおねしょの濡れ衣を着せようとしたアホどもだ。女子ってやつらは、お通じのクスリとかピンクの小粒とか言って、下剤を持ち歩いてるからな。カマトトぶってんじゃねぇ。お通じじゃない。ウンコだ。ピンクの小粒じゃない。下剤だ、それは!

 やつら、俺たち三人が叱られている間に、真奈美さんの朝食の味噌汁かなにかに持ってた下剤を入れていやがった。嫌な予感に気づいて真奈美さんと食事を入れ替えたから良かったようなものの…いや、よくねぇ!漏れる!あ、お、来た!ああああ。お、俺の括約筋!耐えろ!耐えろおおおおぉお。

「に、二宮、顔色ひどいよ…脂汗も出てるし…」

黙ってろ三島。ってか隣に座っていないでくれぇ。決壊したときに、隣が三島なんて死ぬ。いや、三島でなくても死ぬ。

 ぎりぎりぎりぎり。奥歯が噛み砕かれそうだ。でも、力を緩めたら終わる。社会的に死ぬ。

「二宮!お前なら大丈夫だ」

なにが大丈夫なんだ上野!アホか!てめぇ、代わってみろ。お前の貧弱な括約筋じゃとっくに終わってるぞ。

「大丈夫だ二宮!」

ハッピーてめぇ。人の気も知らないで。あああう。ぐああぁう。漏れる。漏れる。

 渋滞がすこし解消して、バスの速度が上がる。

 そぉおだ!その調子だ。もっと飛ばせ!漏れる!飛ばせ!急いでぇー。

「二宮、大丈夫だ。お前なら漏らしてもギャグになる!」

ふざけんな、上野。漏らすときはお前のカバンの中にする。決めた。

「そうだ二宮。お前の犠牲で市瀬さんは救われたんだ!女の子が漏らしたら終わりだが、お前ならネタとしておいしいぞ!」

おいしいなら、お前に食わせてやる。橋本。俺の本気の睨みで橋本の表情が引きつる。俺のリアルな状況が伝わった。

 バスが、料金所を通過する。急げ。急げぇ…。ぐああっ!赤信号なんかで律儀に止まってんじゃねぇ。尻の赤信号が限界なんだ。

 あぐあああ、窓の外にコンビニが見えるな。止めてくれ!あのコンビニでトイレ借りてくる。そっちのガソリンスタンドでもいい。トイレ!トイレに行かせてくれぇ!

 

 もう駄目だ。

 

「上野!お前のバッグよこせッ!限界だ!」

「まて、二宮!俺のバッグになにをする気だ。中の荷物を出すな」

「中の荷物を出さないでしていいのか!」

「するな!我慢しろ!あと十分くらいだから!」

「その我慢の限界だといっているのだぁっぁぁっひぐっ」

うおおお…。席に座って、腰の部分を曲げていられん。席で背筋を全力で伸ばして、まっすぐな一本の棒になって耐える。

 神よぉおおーっ。ヘルプぅー。

 あと少し、あと少し我慢すれば駅のトイレがある。

 だめか。もう間に合わないのか?

 神よ!なにとぞお力添えを!ごっどぉおおお。

 もう腹筋を使った呼吸とか無理。浅い呼吸で耐える。

 バスが、駅前のロータリーに近づく。きたぁ。目的地!

 なにぃ!?

 前を行く一組のバスが曲がりきれなくて切り返している。へたくっそぉーっ!

 だ、駄目だ!

「すみません!と!トイレ行きたいんで!お、降ろしてください!」

「二宮、もう到着してるから、もう少し我慢してろ!」

その少しが、無理だから言っている。

「ドアぁ!開けてくれぇ!」

俺の迫力に押された運転手さんがドアを開けてくれる。

 飛び降りる。

 駅前のロータリーを駆け抜ける。駅のトイレに行くより、駅前のコンビニの方が早い!コンビニに駆け込む。

 ぴろりーん。ぴろりーん。コンビニのチャイムの音。

「いらっしゃいま…」

「トイレ!借ります!」

コンビニの奥に疾走する。

 がしゃん。

 ジャージのズボンとパンツを同時に下げながらしゃがむ!

 

 ま、間に合った…。

 トイレに向かって痛快なほどのお通じを噴射。安堵した。

 

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 もう安心だ。広島まで新幹線だ。新幹線にはトイレがついている。

「二宮、たいへんだったわね」

隣に座っている三島が同情してくれる。もう大丈夫だ。すっきりだ。

 それにしてもトイレのついた乗り物というのは、なんと安心できる乗り物なんだろう。これからは移動手段を選ぶときに、トイレがついているかどうかを最優先で考えるようにしよう。トイレのついていないロールスロイスより、トイレのついた高速バスだ。

「上野に聞いたんだけど…。市瀬さんと朝食をすりかえたの?」

「ああ。危ないところだった」

「それで、あんなことに?」

「たぶんな」

「一組の市瀬さんのグループ。ペットボトルのお茶を布団にこぼしてたみたいなのよね」

「知ってた」

「朝のもひょっとして、朝まで市瀬さんを連れ出しておけば、市瀬さんが誤解をさせられずに済むって作戦だった?」

「真奈美さんは、ゲームが好きなんだ。ゾーマを一人で倒すくらいに」

「そう…まぁ、いいけど…。二宮…さ。その…」

「なんだよ」

「…なんでも、ないわ」

なんでもないとは思えない余韻を残して、三島は窓の方へ顔を背けてしまう。なんだかヴェロキラプトルの癖に横顔が寂しそうで、気になるじゃないか。髪をみつあみにしていないからか…。

「三島」

「な、なに?」

「みつあみ、やめたのか?」

「…や、やめてないけど…な、なんとなくだけど…」

三島は、珍しく歯切れのわるい返答をして、また窓の方を向いてしまう。

「…二宮は」

「ん、なんだ?」

「みつあみと、下ろしてるのと、どっちがいいと思う?」

「…さぁ?どっちも変わらないんじゃないか」

くるっ。

 三島がこっちに向きなおる。つい殴られるんじゃないかと思って身構えた俺のチキンっぷりよ。

「…髪、下ろしたほうがセクシーとか言ってなかったっけ…」

殴るどころか、むしろ女の子みたいな表情でそんなことを言う。そういえば、一日目の夜にそんなことを言った気もする。まずいな。なにか上手にごまかさないと殴られる。

「えっと…だな。浴衣には、そっちのほうが似合うってことだ」

上手いことごまかした。…と思う。

「…あ、ああ。そうね。制服のときは、みつあみがいいかしらね」

空気が変だ。

 ちょっと居心地が悪くなって、席を立つ。

 この車両は、事実上うちの学校の貸切だ。通路をとことこ歩きながら真奈美さんを探す。いた。窓際の席で、外を見ている…んだと思う。あいかわらず荷物を抱きしめたままだ。修学旅行、楽しめているかな?あんなに頑張って来ているんだから、もっとエンジョイすればいいのに。

 まぁ、とりあえずトラブってたりはしないみたいだ。

 携帯が震えた。

 

件名:☆☆今だけ!Dカップ美少女が激ヤバ!☆☆

 

また迷惑メールだ。妹からだ。

 

本文:美沙っち激ヤバ!Dカップ美少女の危険なまでのラブグルーヴで精神ビビらせろ!今世紀最高の直電レコメン!激ヤバ!!

 

本当に意味がわからない。美沙ちゃんに電話したけど、出てもくれなかったじゃないか。一体あいつは俺になにをさせたいんだ…。修学旅行でしばらく相手をしてやっていないから俺に嫌がらせしてるのか。きっとそうだ。それが一番納得の行く説明だ。

 なぜ同じ時代の同じ日本人同士のメールのやり取りで、解読が必要になるのだ。バベルの塔でも作って、神の怒りをかってしまったのだろうか…。あとで、佐々木先生に「うちの妹の日本語が激ヤバなんですけど」と相談してみよう。あいつの日本語は、そろそろ何とかしておかないと激ヤバだ。

 

 バカな日本語がうつった。いけない。

 

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 新幹線は速い。時速三百キロとかあっさり言ってるけど、時速三百キロと言ったらスーパーカーみたいなスピードだ。そんな速度で大阪から広島まで飛ばしたらあっという間に到着して当然だ。おまわりさんも捕まえない。

 

 最初の見学コースは、原爆ドーム。

 

 普段は騒がしいクラスの連中も意外と静かだ。さすがに、沢山の人が死んだところだと思うと騒ぐ気にもならないのは俺だけじゃないらしい。そんなことを言ったら、普段住んでいる町だって戦争のときは空襲にあっているのだが、やっぱりこうやって破壊の跡が残っていると感じ方が違う。俺は、ぐにゃぐにゃに曲がった鉄骨やボロボロになった建物を見て、真上で核爆弾が炸裂したにしては意外と形が残っているじゃないかと思ったりもする。人間が助かるような気もしないけれども…。そんなことを言ったらガス爆発だって死んじゃうし、残業のし過ぎで死ぬ人もいる。借金で自殺する人もいるよな。そんなことと一緒にするなと言われるかもしれないけれど、学校で辛い目にあうのは真奈美さんにとっては原爆と同じくらい恐ろしいことなんじゃないかと思う。つまり死ぬほど怖い。

 死んじゃうのは同じだ。死んだ人の前には、核分裂もいじめも病気も等しい。

 三島が顔を覗き込んできて、たずねる。

「なにを考えているの?二宮」

「死ぬほど怖いこと」

平和公園で原爆を体験したというおじいさんの話を聞く。本当に申し訳ないが、怖さがいまひとつ伝わってこなかった。

「さっきのおじいさんの話さー」

「あんま、こわくなかった」

八代さんと上野も同じように感じていたらしい。

「話し方が、あまり上手じゃなかったと思うわ。表現する言葉というのは大切よね」

三島もけっこうドライなことを言う。だけど正しい。表現力がなければ伝わらない。リアルな体験だけではだめなのだ。

 そんなドライなことを言いながらも、平和公園の犠牲者の碑の前で手を合わせる。「俺たちは運がよかったです」と想う。祈るには、なにを祈ったらいいかわからないから。

 

 その後は、自由時間なのだが希望者はバスに乗って呉の大和ミュージアムに行くこともできる。

 

「原爆ドームのあと、大和ミュージアムってどうよ?」

橋本が誰もがひっそりと思っていた疑問を口にする。

「戦争反対なんだが、大和かっけーなんだかわからないよねー」

八代さんもそう思ってたらしい。

「でも、大和かっけー」

「ゼロ戦もあるらしい」

戦争は良くない。だが、戦艦大和はかっこいい。ゼロ戦もかっこいい。まとめるとそういうことだ。平和の象徴がとても大きな東雲さんだけが、ほわほわとした笑みを浮かべている。

「武器は人を殺さないわ。人が人を殺すのよ」

それだ!

 三島がいいことを言った。

 

 俺たちのグループは大和ミュージアム行きのバスに乗った。

 

 バスの中では、すっかり巨大兵器万歳な空気が熟成された。広島平和公園で感じたことを忘れたわけじゃない。『危険な武器などない。あるのは危険な人間だけだ』という素敵な名言を三島が言い放って、万事オッケーな空気が出来た。

「大和ミュージアムのあとは、海上自衛隊の資料館も行こう!」

「潜水艦だ。近代兵器だな」

「いいな」

上野と橋本は危険な人間じゃないだろうか?そういえば、俺にジャンピングドロップキックを見舞う人間ミサイル三島由香里は危険な気がする。実は三島は改造人間の人間兵器だったりしないだろうか。運動能力がヒューマンにしては高すぎる。

 そう思って三島のほうを見ると、三つ編みを編んでいるところだった。口に輪ゴムを咥えている。…輪ゴムを咥えた女の子ってちょっとエロいよね。片側だけ半分三つ編みが完成しているのもエロい気がする。ちょっといいな。

「……はひ、ひっほみひぇるひょひょ」

『なに、じっと見てるのよ』とか言いたいのだろうが、ゴムを咥えたまましゃべるな。エロさがエロゲ級だ。

「ゴム、持っててやろうか?」

三島がうなずく。咥えたままのゴムをつまんで受け取る。

「ん、ありがと」

編みあがった髪の端を押さえたまま、もう片方の手でゴムを一つ取り器用にしばる。

「そういえば、髪を短くする前は、うちの妹もみつあみにするの手伝わされたりしたな」

「へー。じゃあ、二宮くん、三つ編みできるの?」

東雲さんが身を乗り出して食いついてくる。橋本と上野が兵器の話ばかりしていて、男子力高すぎるから暇だったみたいだ。四十六センチ砲滑空砲弾の話は女子にはついていけなかろう。

「三つ編みはあれだろ。三本にして、外を真ん中、反対を真ん中ってくるくるするんだろ」

「じゃあ由香里、二宮君にやってもらうといいよ。チャンスチャンス」

「ああ、やろうか?」

「ちょ…っ。ば、ばばっばば、バカなこと言ってんじゃないわよ!」

なぜ罵倒されなければいけないのか…。

「で…でも、に、二宮を使うのもお、面白いかも…や、やってくれる?」

罵倒したくせに、使役するとは本当に暴君だなこいつ。まぁ、いいけどね。三つ編みくらい。

「んじゃ、ゴム持ってろ」

三島にゴムを渡すと、三島の使ってたブラシを取り上げて髪を漉くところから始める。

「…−−−−っ」

三島がものすごく変な顔をしてる。無視無視。こいつの謎行動はいちいち反応してられない。そのまま髪を三等分して、左、中、右、中、と編んでいく。懐かしいな、妹の髪を最後に編んでやったのっていつだっけ?今でも、それなりに肩くらいまでの長さはあるんだけど、三つ編みをするにはもっと長くないと出来ないからな。たまに反対側の編みこみ済みの三つ編みを見て、同じくらいの固さになるように調整する。

「ほらできたぞ。最後、留めるのは自分でやれ」

「…う、うん。あ、ああ、ありがと…う」

三つ編みが完成するのとほぼ同時に、バスが大和ミュージアムに到着した。

 うつむき気味に早足でバスを降りた三島の後姿を見て気がついた。

 なるほど。

 大和ミュージアムに制服で来るなら、女学生は三つ編みの方が雰囲気出る。TPOにあわせたイイおしゃれだ。三島、ちょっといいぞ。お前。

 

 

(つづく)

説明
今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。30話目。ウンコ我慢の回。女の子とのいちゃいちゃは次回にまわして、今回はつなぎの回です。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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コメント
コメントありがとー。姉か妹のいる男の子って、意外と三つ編みできたりしますよね。(びりおんみくろん (ALU))
お疲れ様でした。二宮くんの女子力が振り切ってる。(sekai258)
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小説 ラブコメ うんこ我慢 

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