fate/zero ~君と行く道~
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16:約束、そして出陣

 

 

 

人は人を殺めることに躊躇する

だが人は人ならざる者を殺めることを躊躇わない

故に人は残酷である

 

 

 

 

日も傾き始めた冬木市の一画に建つ間桐邸にて、勇希の昔語りも終盤に差し掛かっていた。

桜は予想だにしない事実に終始沈黙を貫いたままだ。

ヒーローのように思っていた人物が語ったのは想像を絶するような過去だったのだ、驚くのも無理は無い。

 

 

「それでな。皆と相談して他の人達にも秘密を教えることにしたんだ。最初はもの凄く怖がられたけど、先頭に立って頑張ってく内に少しずつ受け入れられて行って、そんで皆と一緒に今までよりもずっと頑張ってたら漸く怪獣を一匹残らず退治出来たんだ。」

 

「じゃぁ、みんなしあわせになれたの?」

 

 

そう問いかける桜に勇希は笑って頷き、また遠い場所を見つめるような目をして続きを語る。

 

 

「皆やっと怪獣を怖がらなくてよくなったから、本当に嬉しそうにしてた。」

 

「ゆーきもうれしかった?」

 

「勿論。好きなだけ皆と馬鹿騒ぎ出来るようになったことだしな。そりゃもう盛大に楽しんだよ。でもな……」

 

「?」

 

 

歯切れの悪い言い方に首を傾げる。振り向けば、勇希は笑っているのに泣いているような複雑な顔をしていた。

 

 

「色々あってさ。皆と…お別れしなきゃならなくなったんだ。」

 

「え…どうして?」

 

 

突然の宣告に思わず息を呑む。

仲間達と幸せに暮らしたいから戦っていたというのに何故全てが終わって…否。これから始まるという矢先に家族と離別しなければならないのか?

 

考えが及ばず、疑問符を浮かべる少女の頭に手を置いてそっと髪を梳く。

その手はいつもの温もりが少しだけ薄れているように思えて、それが勇希の気持ちを直に表しているかのようだった。

 

 

「確かに怪獣は退治したけど、代わりに一匹、“化け物”が出来上がっちまったんだよ。」

 

 

その”化け物”とやらが誰の事を指すのか、今更語る必要も無い。

 

夢の為に怪物を喰らい続けた末に、怪物以上の怪物となってしまった彼が、世界から弾き出されたのは必定と言えた。

それに元より、この結末は彼が生まれた瞬間から定められていたのだ。

そしてそれを一番理解していたのは他でもない勇希本人。

 

元々、半分怪物の身の自分が人間の世界に溶け込むことなど不可能だったのだ。

すぐ側に自分を愛してくれる者達がいたとしても、周囲の者達は自分の存在を認めはしない。

このことも含めて、藍沢勇希という男の末路は始めからニ通りに限られていた。

 

 

志半ばで力尽き、一人寂しく朽ち果てるか

 

世界を救い、その直後に最後の怪物として世界に殺されるか

 

 

第三者の視点から見れば何とあんまりな顛末だろうか。

幼子の時より疎まれ、憎まれ、恐れられて育ち、幼少の頃より孤独な戦いを強いらた。

やっとのことで他人との繋がりを得て周囲の者達と力を合わせて全てに蹴りをつけてみれば世界から弾かれて潰される。

 

もし彼が未だに人であったのならば結末は変わっていたであろう。

だが、救世を成した時には既に、その身は人ではなくなっていた。

故に彼が認められることなどありはしなかったのだ。

 

確かに勇希は世界を救った救世主であったが、世界に崇め祀られるのは彼ではない。

怪物が英雄であってはならないのだから。

 

それでも彼が世界を救う為には、必然的に弱々しい人間の身を捨てる必要があった。

躊躇わずにそれを実行したが故に目論見は成功した。

だが彼は「英雄という名の人間」ではなく、「救世主という名の化け物」になってしまったのだ。

 

 

「で、周りの皆にも迷惑かけたくなかったからお別れすることにしたんだ。」

 

「でも、それじゃぁほかのみんなは?ゆーきとおわかれするのいやじゃなかったの?」

 

「いんや。俺だって普通に嫌だったし家族にも辛そうな顔されたよ。それはちょっと心残りだったな。」

 

最後の最後で「家族の為に家族を悲しませる」という結果になったのは皮肉な話だが、自分が側にいればそれこそ家族に火の粉がふりかかることになる。背に腹はかえられない。

そう判断したからこそ彼は別れ際にこう言い放ったのだ

 

 

俺の分まで幸せになってくれ

 

 

月並みな言葉ではあるが、同時に切実な願いでもあった。

それだけ言い残し、勇希は地球上から姿を消した。

自分の心臓(コア)に身体を封じ込めることで彗星のように星空の彼方へ旅立って行ったのだ。

 

終わることの無い孤独の旅。それは堪らなく恐ろしく辛いもの。

それでも勇希に後悔は無かった。

 

自分はやるだけやった。そして成し切ったのだから何を悔いることがあろうか?

自分はアラガミを根絶やしにすることで人々の未来を、家族が幸せに暮らせる世界を作った。

そして自分はそこでこれまでに無いくらいに幸せな時を過ごせたのだ。

 

結果的に孤独になってしまったが、それでも彼は満たされていた。大切な人々との思い出があったから。

そして永劫に続くであろう旅路の最中、彼はこの世界に呼び出されたのだ。

 

 

 

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「ま、こんなもんだな。俺の身の上話は。」

 

 

いつもの軽い調子で締め括った勇希に桜は少しだけ不満気な顔を向ける。

 

 

「でも…やっぱりゆーきがかわいそうだよ。ゆーきはずっとがんばってたのに……」

 

 

言いかけて顔を伏せる。どうしても納得出来なかった。

それは勇希の境遇にせよ、世界の理不尽にせよ、今さっき彼が語った過去は桜にとって「はいそうですか」と容易に受け入れられないものだった。

そんな心境を知ってか知らずか、勇希は桜の髪を撫でる。

 

 

「桜は優しいな。」

 

「え…?」

 

「だってさ。今の話聞いて俺のこと怖がったりもしないでそんな風に不満とかも言ってくれたじゃん?他人の不幸を嘆くことが出来るのは心が優しい証拠だよ。」

 

「そう…かな?」

 

 

面と向かって優しいなどとストレートに言われることに慣れていないせいか顔を赤くして俯いてしまうが、その表情は満更でもないという気持ちがはっきりと浮かび上がっていた。

 

そんなに恥ずかしがらないでもいいのにと勇希が苦笑した時、突然空気が重くなるのを感じた。

 

不穏な気配に勇希が表情を引き締めて出処を探る。

桜も突然の表情の変化に驚きつつ、何かあったのだと解釈して邪魔にならないように膝の上から降りる。

その間、勇希は分体を飛ばして標的を探索する。

 

暫くして脳裏に分体の一つからの映像が送られて来た。

 

それは不気味な霧が冬木を二つに分ける未遠川を覆っている光景だった。

辺り一面に充満している肌に纏わり付くような不快感には覚えがある。

 

 

「キャスターか……」

 

 

つい数日前に対峙し、みすみすのがしてしまった外道。

あの夜の後も懲りずに狼藉に走り続けていたようだが、ここに来てまたよからぬことをしでかそうとしているらしい。

 

 

「桜。今日は晩御飯遅くなっちまいそうだ。」

 

 

唐突な切り出しに、桜は事の次第を悟り、眉をハの字にする。

先程の話を聞いたせいか、勇希を一人で戦わせることに不条理な抵抗を覚えていまう。

例え無事に帰って来ても、その実、何かを失っているのではないのかという不安が拭えない。

 

そんな様子を見兼ねて、勇希は足を屈めて目線を桜と合わせると、徐に小指を突き出した。

桜は目を丸くして、目の前に差し出された配線のような模様を作る痣の走った手に視線を固定したまま固まってしまう。

 

 

「ちゃんと帰って来る。俺は大丈夫だから。それでも心配ならコレだ。」

 

 

小指を差し出して約束事、所謂指切りだ。

その意味を理解して、今度はすぐそこにある勇希の顔に視線を移す。

 

いつもと同じヘラっとした表情をしているのに、その黒い目はとても強く優しい輝きを放っていて、見ているだけで吸い込まれそうになる錯覚を覚える。

そしてこの目を見ていると何故か「彼は約束を守ってくれる」と疑いなくそう思えてしまうのだ。

 

 

「ぜったい…ぜったいに、かえってきてね?けがとかしないでね?わたし、まってるから。」

 

「ああ。約束だ。そんじゃぁ……」

 

「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った。」」

 

長さも太さも大きく異なる指はきっちりと噛み合ってはいなかったが、それを通して結ばれた約束はちょっとやそっとの事では覆らない強固さを持っていた。

 

 

「そんじゃ、行って来る。」

 

「うん。いってらっしゃい。」

 

 

笑顔でそう告げる桜を背に、勇希は間桐邸を後にする。

向かう先は未遠川。倒すべき敵はキャスターただ一人。

 

 

「さぁて。今日も元気に殺ってきますか!」

 

両手で頬をバチンと叩いて気合いを入れると、勇希は翼を広げて飛び立って行った。

 

 

 

 

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