fate/zero ~君と行く道~ |
17:決着と合流と
勇希が間桐邸を後にする前、未遠川ではキャスターが大規模な魔術を発動させていた。
水面に立っていたキャスターの足下から、あの醜悪な悪魔と同じような皮膚を持った肉塊が出現し、キャスターをその体内に飲み込んで行く。
そして、薄紫色の霧で包まれた川に巨大な異形が鎌首を上げた。
それは何とも形容し難い姿をした怪物だった。
支柱の様に直立した胴体の下部からはタコの足のようなものが何本も生えており、その他にも体表からはイソギンチャクのような触手が数えきれない程伸びている。
この世のモノではない怪物を前に、普段着である黒スーツ姿のセイバーと、仮初めのマスターのアイリスフィールは思わず冷や汗を流した。
以前現れたあのヒトデのような個体とは次元が異なる規模の相手はグロテスクな全身を揺らめかせて二人を見つめ返すように佇んでいる。
すると、そこへ雷鳴と共に一つの影が飛来した。
視線を移せばチャリオットに乗ってウェイバーと共に現れたライダーがいつもの調子で片手を挙げて挨拶を入れる。
対するセイバーは鋭い眼光で陽気な敵を射抜いた。
あからさまに警戒心を露わにする相手の態度にライダーは両手で待ったをかけながら困ったような表情を浮かべる。
「待て待て。そうのっけから殺気立つでない。今は一時休戦だ。あんな化け物が街のド真ん中にいてはオチオチ殺し合いも出来ゃせんわい。さっきからそう呼びかけとるのだ。ランサーは承諾した。時期に追いついて来る筈だ。イーターは……まぁこんなバカ騒ぎなのだ。もうこっちに向かっとる頃だろう。」
海魔を横目に告げるライダーの言葉に、セイバーも納得したのか、醸し出す殺気を緩める。
「承知した。征服王、暫しの間共に忠を誓おう。」
セイバーの返答の後、ウェイバーがチャリオットから身を乗り出す。
「アインツベルン。アンタ達に策は?さっきランサーから聞いたが、一応キャスターの手の内は知ってるんだろう?」
「詳細を知っている訳ではないけど、とにかく速攻で倒すしかないわ。あの怪物は今はまだキャスターからの魔力供給で現界を保っているんだろうけど、あれが独自に糧を得て自給自足を始めたらもう手に負えない。そうなる前にキャスターを止めなくては!」
キャスターの宝具によって呼び出された悪魔は一度何かを捕食すれば、どれだけ倒されても残った血肉を媒介にして復活する。
それは目の前で佇む海魔にしても例外ではなく、もしもこれ程の規模の怪物が冬木の街に放たれれば間違いなく住民は全滅するだろう。
千里眼越しにとは言えその恐ろしさを見ていたアイリスフィールの必死の訴えにライダー顎に指を当てて考え込む。
「なるほどのう。奴が岸に上がって食事をおっぱじめる前に蹴りをつけねばならんわけだ。しかし、当のキャスターはあの分厚い肉の奥底と来た。さぁてどうする?」
「引きずり出す。それしかあるまい。」
突然響いた声に皆が振り向くと、そこには霊体化を解いて歩み寄るランサーの姿があった。
「奴の宝具さえ剥き出しに出来れば、俺の破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)を持ってして奴の術式を一撃で破壊出来る。」
そう言ってランサーは右手に持った長槍を差し出してみせる。
確かにランサーの槍による効果は既に実証済み。前回の戦闘に於いてもその一撃が決定打となった。
海魔がキャスターの宝具によって限界している以上、ありとあらゆる魔術を無力化するランサーの槍の効力からは逃れられないだろう。
しかしそれにも問題があった。つかさずセイバーが追求する。
「だが、例え敵を補足出来たとして、その槍の投撃で奴の宝具を狙えるか?」
岸から海魔までにはそれなりの距離がある上に、標的は少し大きめな程度の本一冊。
それを投げ槍で貫くなどそうそう出来たものではない。
しかしランサーは余裕の表情で答えるのだった。
「獲物さえ見えてしまえばどうということはない。必ずや仕留めてみせよう。」
その言葉には一切の嘘偽りは無く、確固たる自信が見て取れた。
心配は無用と判断し、セイバーは話を進める。
「ならば、先鋒は私とライダーが務める。良いな征服王。」
「構わんが、余の戦車に道は言わぬから良いとして…セイバー、貴様は川の中の敵をどう攻める気だ?」
尤もな意見である。
標的は今現在川の中央に位置している。
飛行宝具を持ったライダーには関係の無い話だろうが、そんなモノは有していないセイバーにとっては大きな問題だ。
しかし、当人は重々承知の上と言った不敵な笑みを浮かべる。
「この身は湖の乙女より加護を授かっている。何尋の水であろうとも、我が歩みを阻む事はない。」
「おお!それはまた稀有な奴!益々我が幕下に加えたくなったわい!」
「……その高慢な台詞のツケは何れ払ってもらう。今はまずあの化け物の腑からキャスターを暴き出すのが先決だ。」
まだ懲りていなかったライダー若干呆れながらも、セイバーは軽く受け流す。
「然り!ならば、一番槍は頂くぞ!」
若干冷めた態度に機嫌を損ねる事も無く、ライダーは鞭をしならせてチャリオットを前進させる。
突然の急発進にマスターは悲鳴を挙げていたがその場にいた者達は大して気にも留めずに飛び立って行く影を見送った。
続いてセイバーも魔力で編んだ鎧を纏い、川に飛び出す。
水面に足がつくと、セイバーの体はそのまま沈みはせず、ピチャピチャと水溜りを踏み抜くような音を立てながら川を疾走する。
同時に、高速で迫るセイバーを迎え撃つようにして海魔の触手が鎌首をもたげた。
それを前に、セイバーは恐れる事無く剣を構え、水面を蹴って跳躍する。
「決着をつけるぞ!キャスター!」
凛とした一声を境に、英霊達と狂人との決戦は幕を開けた。
一方その頃、未遠川に向かって飛翔していた勇希もキャスターの呼び出した海魔を目にして思わず息を飲んでいた。
あれ程の怪物を街の真ん中で解き放つなど正気の沙汰ではない。
否、元より相手は正常な思考などとうの昔に捨て去った外道だ。今更こんな事をしても何ら驚く事ではない。
とはいえ、もしもあの怪物が以前に戦った個体をそのまま大きくしたような相手だとすれば相当厄介だ。
あの巨体に加えてどれだけ切り刻もうが叩き潰そうが復活する再生能力があったとすれば、殺し切るのは難しい。
もしも街中に繰り出したりでもすれば冬木は一瞬にして地獄に変わることだろう。
「聖杯戦争そのものを潰す気なのか?あの野郎は。」
このまま海魔の進行を許せば間違い無く来るであろう未来を思い浮かべ、勇希は歯軋りする。
化け物が無差別に人々を喰って行くその情景は、奇しくも前の世界でよく見たシチュエーションとよく似ていた。
こんな事態になる前にキャスターを仕留められなかった手前、最悪の結末は何としても避けねばならない。
何よりこの街には桜もいるのだ。あんな化け物の好きにさせるわけにはいかない。
そう意気込んだ所で、視界の端に二つの影を見た。
並外れた視力でそれが二機の戦闘機だという事を確認すると、大急ぎで上昇し、雲の中に潜る。
川の真ん中に怪獣が現れた時点で自分一人見つかった所でそこまで気にする事もないだろうと一瞬思ったが、聖杯戦争の参加者としてここは姿を見られない方が良い。
『冬木市にて謎の怪獣及び人型浮遊生物現る!!』などというニュースが流れたりしたら堪ったものではない。まぁそうなる前に協会か手を打つだろうが。
そんな事を考えている内に戦闘機の内、一機が高度を下げて霧の中に入って行った。
同時に、霧の上に浮遊する奇妙な物体を視認する。
金色の外装に緑色の羽らしき物を持ったそれの上には二つの人影があった。
望遠鏡レベルの視力でそれらが誰なのか確認する。
「やはりアーチャーか。それと……遠坂時臣。」
始めて実際に見た桜の父親。
気品溢れる佇まいと凛とした雰囲気こそ「常に余裕を持って優雅たれ」という遠坂家の家訓に沿ったモノだが、勇希の目にはその姿が酷く浅ましく映った。
やはり桜を地獄に落とした張本人なのだからどうしてもマイナスな印象を受ける。
本当なら一発殴ってやりたい所だが、今はそんなことをしている場合ではない。先程降下して行った戦闘機も気になる。
気持ちを切り替えて、勇希はきりもみ回転しながら真っ逆さまに霧の中へ向かって急降下した。
風を切る音を響かせながら未遠川上空に差し掛かった時、衝撃的な光景を目にした。
それは機体の至る所に触手が絡みついた戦闘機が海魔の口と思しき部位に頭から飲み込まれて行くという場面だった。
「クソが!」
殆ど無意識の内に勇希は身体ごと海魔の口の中に突っ込んだ。
当然の如く触手が伸びて来るが、そんなモノは羽の先の爪で切り裂いて行く。
そして、今も尚吸い込まれて行く戦闘機のすぐ後ろで停止して、機体の後部を鷲掴みにする。
人外の握力で握られた装甲に指先は容易く突き刺さり、ガッチリと機体を固定したそれを勇希は思い切り引っ張る。
その動作に並行して羽の先にある手が、その掌からジェット噴射の如く赤々と光る炎を吐き出し、驚異的な推進力によって戦闘機は機体を絡め取っていた触手が引き千切れる歪な音を立てながら海魔の口内から逃れた。
そして、辛うじて原型を保っている戦闘機を頭上に持ち上げながら岸に向かうが、それを阻むように大量の触手が殺到する。
両手で持ち上げている状態の為に対応出来ず一瞬顔を顰めるが、触手はこちらに触れる前に真っ二つに両断された。
それが誰の仕業であるのか確認するまでもなく、勇希は視界の端に不可視の剣を手にした金髪の少女を捉えていた。
互いに無言で頷き、真っ直ぐに岸へと向かう。
その間、セイバーはタコの足のような太い触手を足場にして何度も跳躍しては群がる触手を断ち切って行く。
更にはそこにライダーも加わったことで、勇希は妨害を受ける事無く岸に辿り着く事が出来た。
着地するや否や、戦闘機を慎重に地面に降ろしてコックピットに向かって走る。
そこへ、待機していたランサーとアイリスフィールも走り寄って行った。
「イーター!パイロットは!?」
そう尋ねるアイリスフィールに、コックピットの中を覗いた勇希は俯いて首を左右に降るのみ。それが何を意味しているのか、二人もすぐに理解した。
自分達の戦いで関係の無い人間を死なせてしまった。
助け用が無かったのは事実だが、なまじ責任感が強い二人は悔しそうに目を伏せる。
そんな時、勇希は戦闘の音に紛れたエンジン音を耳にする。
振り向くと、もう一機の戦闘機が海魔にむかって突撃して来るのが見えた。
「チッ…!さっきの二の舞になりたいのかよ!」
舌打ちして大急ぎで飛翔する。
海魔と戦闘機の間に割って入ろうとするが、ふと戦闘機の上に目線が映る。
「なっ!あれは…!」
視線の先にいたのはバーサーカーだった。
戦闘機の上に四つん這いになってへばりつく黒騎士は突然背中から伸びたワイヤーのようなモノを機体の至る所に突き立てる。
すると瞬く間に機体は黒く染まり、赤い筋がそこかしこに走る。バーサーカーの能力で宝具化したのだろう。
「触ったモノなら何だって宝具になるってのかよ。反則臭い真似しやがる…!」
悪態をつきながらも両腕をガトリングガンに変異させて臨戦体勢を取る。
だが、バーサーカーはこちらのことなど眼中に無いかのように空中で旋回し、そのままアーチャーの乗る飛行物体に向かって行く。
対してアーチャーは近くのビルにマスターを降ろすと、接近して来るバーサーカーに数発の宝具放つ。
それら全てを回避して、バーサーカーの操る戦闘機はミサイルを発射するが、それらも軽々と避けられ、更に呼び出した宝具によって撃墜される。
そのまま二つの機影は雲の上へと上がって行き、やがて見えなくなった。
とりあえずこの場に於ける不確定要素がいなくなったのは素直に安心する所だ。
そして念の為にとマスターの降りたビルに視線を向けた時、覚えのある人影を見つけた。
「ありゃぁ……間桐雁夜か?」
時臣と対峙するフードを被った男。
それは臓硯の記憶にもあった間桐雁夜その人だった。
途端に嫌な汗が全身から噴き出す。
奴は何をしようとしているのか?
臓硯の記憶では、雁夜は現在間桐の蟲を扱えるようになる為の地獄の授業の中で精神に若干の異常をきたしてしまっている。
それと同時に遠坂時臣に対して並々ならぬ憎悪と殺意を抱いていた。
そんな男が今まさに恨みの対象と向き合って何をするのか?想像に難くはない。
だが、それは自殺行為に等しかった。
付け焼き刃の魔導師である雁夜と一流の魔導師である時臣。正面から戦えばどんな結末を招くかなど見え透いている。
「コイツはさっさと行って止めないと…って、うお!?」
すぐに雁夜の下へ向かおうとするが、その直前に海魔の触手が大量に伸びて来る。
それらを空中をジグザグに飛び回ることで回避しながらガトリングガンで撃ち抜いて行くが、一向に数が減らない。
「クソが!これじゃぁ助けに行けねぇ!」
忌々しげに表情を歪めながらも、ひとまず迎撃行動に思考をシフトする。
「接近してるのは左右よりタコ足が二本に下方からイソギンチャクが大量。普通に弾幕で対処出来るレベルだな。」
冷静に状況を分析し、両手の砲口を標的に向け、上昇しつつ足下から迫ってくる細長い触手を先に撃ち抜く。
数こそ多くとも耐久性は皆無に等しい触手は、勇希が放つ砲撃の中でも一番威力に乏しい連射弾でも容易く蒸発して行き、数秒と経たずに全滅する。
更に今度は両腕を大型砲に変異させ、挟み込むようにして迫るタコの足に向けて左右からそれぞれ三発、合計六発の砲弾を発射した。
ボウリング球程のサイズの光の塊は標的に着弾した瞬間に大爆発を起こし、大の大人も容易に飲み込める太さの足を挽き肉に変える。
とりあえず敵の第一波を凌ぎ、警戒は緩めずに一息つく。
(この化け物はどうやら簡単にこっちを通す気は無いらしい。だからっていつまでもモタモタしてたら雁夜が危ない。さぁどうする…?)
至高の海に浸かっていると再び触手が伸びてくる。
それらを一つ残らず銃撃で蜂の巣にしながらとりあえずは強行突破を図るという結論に落ち着いた。
次々と迫る触手をガトリングガンで撃ち落とし、足の方は大型砲で対応する。
しかし、どれだけ撃ち抜いても爆散させても次から次へと再生し、再び襲い掛かって来るそれらにとうとう焦れったくなり、次なる手を打った。
右が大型砲、左がガトリングガンに変異していた腕を一端元に戻し、次に右腕だけを変異させる。
肘から先に掛けて長大な銃身が形成され、程無くして角張った無骨なシルエットの長銃身砲が完成した。
1メートル前後の銃身を左手で支え、照準を海魔に向ける。
一呼吸置き、触手や足が迫って来る瞬間に発砲した。
銃口から飛び出たのは赤い光線。
高速で飛来するそれは触手も足も一瞬で吹き飛ばして海魔の胴体に突き刺さる。
それによって海魔の中央には派手に風穴が空いた。
しかし、やはりと言うべきか、それすらも再生によって元通りに修復されてしまう。
「アラガミにもこんなニョキニョキと肉が内側から湧いて来る奴はいなかったぞ?全くもって厄介なもんだ。」
通常の攻撃では効果は薄い。このままでは堂々巡りは目に見えている。
だがこのまま時間をかけていては雁夜を助けに行くことが出来ない。
時臣の手で殺されるにせよ体内の蟲に内側から食い殺されるにせよ、手遅れになってしまうだろう。
「こうなりゃ……多少の無理は承知で突っ込むとしますか。」
腕を再び元の形に戻すと、左右の羽の先端部を後方に向ける。
すると先程のように掌が炎を噴き出し、驚異的な急加速で風を切りながら前進する。
その間大量の触手が迫るが、一つ一つを最小限の動きで回避して速度を落とすこと無く突っ切っていく。
そして、遂に障害を全て突破して戦域を離脱する。
視線の先では大量の蟲を放つ雁夜とそれを空中に浮かんだ魔法陣で阻む時臣の姿。
雁夜は魔力を精製する為に体内の蟲に内側から身体を食わせた事で見るからに満身創痍、全身の至る所から血飛沫を上げている。
このままでは遠からず力尽きるだろう。
そうなる前に二人の間に割って入るようにして着地する。
突然の来週者にその場にいた全員は目を見開くが、そんな事はお構い無しに勇希は雁夜に走り寄り、その身を担ぎ上げる。
「うわっ!貴様何を…!?」
「黙ってろ。騒ぐと身体に響くぞ半死人。桜の所に連れてってやるからじっとしてろ。」
バタバタと暴れる雁夜に耳元で囁く。
それを聞いた途端に雁夜は信じられない事を聞いたような顔をしたが、やがて抵抗を止めて大人しくなった。
既に精根尽き果てていたのだろう。その身体は次第に力を失い、ずっしりと重みを増す。
「ったく、無茶しやがって。文字通り出血大サービスで殺しにかかってたみたいだが、何もかも絞り尽くしちまったら元も子もないだろうに。」
飛び散った血が作った赤い水溜りに視線を落としながら嘆息し、もう一人の男に向き合う。
「タイマン勝負に水を刺して悪いけど、コイツを死なせるわけにはいかないんでね。ちょっくら邪魔させてもらうぜ?」
「解せないな。一度はその男のサーヴァントに襲われた身でありながら、何故それを手助ける?もしや君のマスターは間桐の家に所縁のある者なのかな?」
「さぁ?どっちにしたって敵のアンタにそれを教える義務があるとでも思うのかい?」
「いや。元より素直に答えてもらえるとも思ってはいない。ただ一つハッキリしたのは、イーター陣営とバーサーカー陣営は協力関係を築いていた、あるいはたった今そうなったかということだ。」
「まぁそう判断出来なくもないわな。しかし随分と余裕じゃないの?一応お前さんは敵対してるサーヴァントと真っ向から向き合ってるわけなんだけど。ここで俺がお前さんを殺そうと思えば一捻りに出来るんだぜ?否、そうなる前に令呪でアーチャーを呼び寄せれば自分の身は守れるかな?」
そう。令呪はただ命令を聞かせるだけの代物ではない。
その気になればサーヴァントの能力や行動を補助することも出来るのだ。
魔力を補充しろと言われれば失った魔力を一瞬にして充填出来、この場に駆けつけろと言えば文字通り対象を瞬間移動させることすら出来る。
だが、それは時臣の望むところではなかった。
元々初戦の港町で一画消費してしまった令呪を補充する為にこのキャスター討伐を協会の協力者に持ちかけたというのに、その過程で令呪を消費してしまっては本末転倒だ。
「ま、この場でお前さんを始末するより先にコイツの手当をしなきゃなんねぇから。この場は引いといてやるよ。」
雁夜は既に限界だ。すぐに治療を施さなければすぐに死んでしまうだろう。
それに加えてこの遠坂時臣は腐っても桜の父親。
確かに桜を地獄に落とした張本人であるが、彼女が嘗てのように家族と暮らす為にもこの手で殺すことは出来ない。
もしも勇希が時臣を殺せば、それは同時に“桜のサーヴァント”が時臣を殺したという事実を残してしまう。
そうなれば桜の母である遠坂葵と姉の凛は桜を受け入れるわけにはいかなくなる。家族同士で憎み合う構図など冗談ではない。
「ま、精々身内に感謝するこった。」
「何だと?君は一体何を言って「それじゃな。また来週〜。」なっ!?待ちたまえ!」
静止の声も振り切って夜空に飛び去って行く。
向かう先は間桐邸。空気抵抗や加速Gで雁夜の身体に負荷をかけないように程々の速度で飛んで行く。
雁夜は弱々しい呼吸を繰り返しながら苦しげな表情を浮かべており、相当弱っているのが丸分かりだ。
「チッ!家との距離がえらく遠くに感じるぜ…!」
早く着けと脳裏で連呼して高度を下げて行き、間桐邸の庭に着地する。
すぐさま雁夜を地面に寝かせ、両手を胸の辺りに重ねた。
直後に体内の状態をくまなく解析し、どれ程の損傷があるのか調べた時、思わず歯軋りした。
「コイツは酷いな。冗談抜きで死ぬ一歩手前じゃねえか。」
筋肉、骨、内臓に至るまでボロボロだ。そして体内には夥しい量の蟲が蠢いている。こんな状態で良く魔術など行使出来たものだ。
だが呑気に感心している場合でもない。
桜の時と同じ用法で体内にオラクル細胞を侵入させ、欠如した体組織を補強しつつ全身の蟲を分解する。
「うっ……ぐ……っ!」
体内で繰り広げられる破壊と再生の連鎖で全身に激痛が走り、雁夜の表情が歪んだ。
桜の時とは違い急速に身体の大部分を再生させる必要があり、それによる苦痛は想像を絶するものだろう。
しかし、その苦しみに比例して齎される効果も絶大だ。
血管が内側から破裂したことによって身体中についた傷はみるみるうちに癒えて行き、血色も悪く死人のように干からびて固まった皮膚は生気を取り戻して行く。
「とりあえず峠は越えた。一安心一安心。」
一仕事終えて立ち上がり、数体の分体を呼び寄せる。
そして庭の木の陰からいつかの犬型の分体が姿を現し、雁夜の裾の辺りを加えて屋敷の中に引きずって行く。
「なるべく丁寧に運べよ〜。」
つい先程まで生死の境を彷徨っていた人物に対して些か乱暴な運び方のようにも思えるが、気にしていない所を見る限り多少手荒なことも容認出来る程に回復したということか。
疲れた身体を解す為に大きく伸びをして、勇希は今もキャスターがいる方角に目を向けた。
未だに紫色の霧がかかっているということはキャスターは健在。
同時に各地の分体から送られて来る映像から見て未遠川から相手は出ておらず、現在も戦闘中だ。
だがそんな時、突然のライダーとセイバーが川岸に引き返し始めた。恐らくこのままでは時間の無駄と判断して作戦を練るつもりなのだろう。
密かに分体に話の内容を盗聴させながら、勇希は戦場へと飛んだ。
飛行中に送られて来た話の内容は至極簡単。
ライダーが以前見せた固有結界でキャスターの海魔を一時的に封じ込めて、その間に何か勝機を見出すというものだ。
行動方針を決めるや否やライダーは海魔に単騎で突撃し、眩い光を放つと共にキャスターを巻き込んで姿を消す。
一部始終を見聞きしていた勇希は更に速度を上げ、未遠川に急いだ。
恐らくライダーがキャスターを押し留めていられる時間はごく僅か。それまでには現場に辿り着かねばならない。
とはいえ、到着しても自分に出来る事がどれだけあるのかは謎であるが。
そんな時、川の上空で動きがあった。
アーチャーと戦闘中だったバーサーカーが突然標的を変え、セイバーに向けて機関銃を浴びせていたのだ。
持ち前の身のこなしの前に宝具の力を帯びた銃弾は空を切り水面に飛び込んで行くが、当のセイバーは空中の敵を攻撃する手段などない為に逃げ回ることしか出来ない。
その光景の中で、勇希の目により一層焼きつく物があった。
セイバーの“左手”に握られた黄金の長剣だ。
いつものように風の膜で覆われてはおらず、以前にランサーの槍によって姿を露わにした時の現実味のしない神々しさを纏ったそれを見て、勇希は状況を的確に整理する。
(バーサーカーが暴れてるのはこの際どうでもいいとして、問題はセイバーだな…。奴の左手はランサーにつけられた傷のせいで使い物にならない筈、それが何故剣をちゃんと握れる程に回復しているのか……。)
視線を巡らせた先に佇んむランサーの様子を観察すると、あることに気がつく。
それが疑問を解くのに必要なピースとなり、勇希の脳裏に一つの予測を導き出した。
(ランサーの手元に短槍が無い。恐らくセイバーの左手を機能させる為に自分でへし折ったんだろう。そしてそこまでするということはつまり、セイバーの剣にはキャスターを倒し得るだけの威力があるかもしれないということ。ならばやるべきことは一つだ。)
目尻を鋭く細め、右手を長銃身砲に変異させる。
そして空中で一端静止すると、照準をバーサーカーの乗る戦闘機に定める。
「狙い撃つZE☆」
真剣な雰囲気が台無しになるおちゃらけたセリフと共に光線を発射する。
音を置き去りにして飛来するそれは赤い脈の走った機体の中央を正確に撃ち抜き空中分解させる。
だが、その直前にバーサーカーは背中から伸びたワイヤーで機体に内蔵されていた機関銃を引き摺り出して脇に抱えて構えた。
「チッ!まだやる気満々ですってか?大した執念だねぇ…!」
もう一発撃ち込みたい所だがこの長銃身砲は弾速と射程距離に重きを置いた武器であり、連射性に乏しいという欠点がある。
本来ならばこの場で更に別の火器で攻撃する所なのだが、生憎とガトリングガンでは射程距離が足りず、大型砲砲では下手をすると外した後に流れ弾が街に着弾する恐れがある。
どうするべきか思考を巡らせていると、突然空気が大きく振動した。
ライダーの固有結界が綻び始めているのだと理解し、歯軋りする。
「時間も無いこの忙しい時に邪魔してくれちゃってよぉ!雁夜もちゃんと躾けとけっての!」
そして次弾のチャージが終わる直前、バーサーカーに空中から発光する物体が飛来した。
それらはバーサーカーと、その腕に抱えられていた機関銃に次々と命中し、空中で大きく体勢を崩させる。
直後に、真っ二つにされた機関銃が大爆発を引き起こし、内部から四方に弾けた銃弾と共にバーサーカーは水中に姿を消す。
攻撃が飛んで来た方向を見上げれば、金色の飛行物体に腰掛けたアーチャーの姿があった。
その顔は見るからに面白くなさそうで、敵を仕留めた事に対する感情など一切持ち合わせていないように思えた。
「まぁサシで勝負してる所でシカトされて他の相手と殺り合い出したらイラっとするよな。アイツのキャラ的に。それはそうと、問題のセイバーはっと。」
川の方に振り返るとセイバーと目が合った。とりあえず片手を上げて微笑を浮かべると、セイバーも笑みで返す。
その時、川の中腹当たりで何かが弾ける音が響き、空中に光の玉が浮かび上がった。
「信号弾?ということは……。」
勇希の呟きに応えるかのように空中に強い光が突如として瞬き、その中からあの巨体が落下して来た。
「成る程、固有結界から奴を指定した位置に落としたのか。宝具の射線を確保する為に。」
今現在、セイバーと海魔は丁度一直線上に立つように位置している。
そこから先は大海原が広がっており、これならば確かにどれだけ強力な宝具を使っても街を巻き込まずに済む配置だ。
「さて、お前さんのお手並み拝見だぜ?騎士王さんよぉ。星の聖剣とやらの力、見せてもらおうか。」
そう独りごちると、辺り一帯に光が浮かび上がり始めた。
大地から湧き上がる蛍火のような光は次第にその数と力を増して行き、同じ輝きを放つ剣に流れ込んで行く。
“幻想的”としか言い表せない光景だった。
それもその筈。今から放たれるのは人の夢そのものと言えるのだから。
それは嘗て戦場に散った者達が今際の際に見た夢幻
過去と今と未来に渡る人々の願いが形を成した奇跡
理想の体現者が振り下ろす劔の名は………
「((約束された勝利の剣|エクスカリバー))!!!」
決着の行方は…最早語るまでも無い。
あとがき
やっとここまでこれた……
大体これでストーリー的には半分まで来ましたかね?色々と用事があって更新遅れた上に結局原作と変わらないシチュエーションですいません。
今回の話って雁夜と合流したりソラウ誘拐、ケイネス令呪ゲット、キレーパパ死亡、ギルガメッシュ惚れるなどなどこれからの話には必要な要素がかなり詰まってるから下手に原作乖離させられなかったんですよ。
まぁこんなグダグダな駄文ですけど完結目指して頑張りますんで応援していただけたら感謝感激です。
あとアンケートにたくさん答えていただいてありがとうございます。まだまだ投票受け付けますので続々コメントお願いします。
説明 | ||
一話に納め切れなかったので連続投稿します。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
2923 | 2750 | 2 |
コメント | ||
とりあえず勇希が元の世界に戻る事はありません。ぶっちゃけ戻っても自分のコアの中で冬眠しながらの孤独な宇宙漂流が待ってますし。(駿亮) できれば、最後は桜が悲しまないように主人公を元の世界に帰んないようにしてほしい!(soul) |
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