インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#88
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模擬戦を終えた一夏と箒はピットでぐったりとしていた。

 

「まさか、千冬姉と空のコンビを相手にするなんて夢にも思わなかったぜ……」

 

「さっきも言ったけど、二人とも頑張ったよ。―――相手が相手だったからね。」

 

そう言う空のラファールの装甲が量子変換され、一夏たちからすれば見慣れたライトグレーの装甲が―――

 

「あッ!」

「薙風!?」

 

種明かしに思わず声を上げる一夏と箒。

 

二人が『ラファール・リヴァイヴ』だと思っていた機体はラファールの装甲に換装し、武装もそれに合わせた空の専用機『薙風』であった。

 

「そう言う事か……」

「授業の時の、ラファールとは何処か違うと思ったら…やっぱり………」

 

実際、フレーム依存の関節部などは別としても機体そのものは第二世代機相当のものだが、それでも専用機には変わりない。

機体と操縦者のマッチングがされているか否かは割と大きな要因である。

 

「流石に、まだ負けるわけにはいかないよ。」

 

その反応を見て空は『してやったり』と言わんばかりの笑みを浮かべながら薙風を待機状態に切り替える。

 

ISスーツ姿でなく、普通のスーツ姿になった処を見るとISスーツごと量子転送したらしい。

 

「それじゃ、僕は仕事に戻るよ。職員室にドリンク剤もあるから必要だったら言ってね。」

 

そう言い残してピットを出てゆく空を見送る二人。

 

 

ピットのドアが圧縮空気特有の音を立てて閉まる。

 

 

この後、ドリンク剤を貰いに行った二人が『タバネン』を渡され微妙な表情を浮かべる事になるのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 * * *

 

 

 

第一アリーナに併設された簡易整備施設。

 

 

そこはIS学園の第一アリーナを大規模大会に使用する事を前提にして用意された場所であり、学生どころか教職員すらまず立ち寄る事のない場所である。

そこで二人の女性が設置後以来一度も使われた事の無かった設備を使って一台のISの調整を行っていた。

 

「フンフンフンフンフ、フフーン、」

 

「…やけにご機嫌だな、束。」

 

カチャカチャとキーボードをたたく音に混じって聞こえる鼻歌は確かに機嫌がいいとしか思えない明るさがあった。

 

「フンフンフンフンフンフ、フーン――っと。それちーちゃんが言っちゃう?それ、『本日のお前が言うな』だよ。」

 

「…ふん。」

 

束の反撃に千冬は顔を逸らして調整中のISに視線を向ける。

 

そこにあるのは、『打鉄』。

 

そう、先刻の模擬戦で千冬が使った機体だった。

 

 

但し、その装甲は一部が剥がされそこに数本のケーブルが接続されている。

当然、そのケーブルの伸びる先は束が先ほどから鼻歌交じりに叩いていたノートパソコンに繋がっている。

 

「ねぇ、ちーちゃん。」

 

「…なんだ、束。」

 

「この子の乗り心地は、どうだった?」

 

唐突な束の問に千冬は少しばかり思案する。

 

 

「ふむ…そうだな………悪くは無い。訓練機特有の『作られたクセの無さ』も無ければ機体性能としてのクセもない――万人受けするいい機体だ。」

 

千冬の視線は調整台に固定されたISに向けられたままだが、束は意に介さないし今更そんな事を気にする間柄でもない。

 

「そっか。それじゃ、頑張った甲斐もあったかな。」

 

束は視線をノートパソコンに向けたまま微笑みを浮かべる。

 

それは純粋に『褒められた』という喜びの感情故に。

 

「……だが、何故態々打鉄に偽装してまでして私に使わせた?訓練機としての試験なら薙風に追加パッケージ扱いでインストールして行った方が効率的だろう?」

 

『理由を話せ』。

 

そう言外に言う千冬の視線が束に向けられた。

 

「この子の初期コンセプトは『何にでも対応できる素体』なんだよ。」

 

「………舞梅の様にか?」

 

「そこまで判れば、答えは出てるんじゃない?」

 

束の手が止まり、『かつーん』とエンターキーを叩く音が響く。

 

その音に少し遅れて『打鉄』の装甲が量子変換され、現れたのは淡い桜色の装甲。

基本的なシルエットは打鉄に近いがどこか白式や紅椿を彷彿とさせるそれは…千冬の思い出深い『あの機体』に酷似している。

 

そして、八月の終わりに千冬は束に『ある頼み』をしている。

 

そこから導き出される答えは、たった一つ。

 

「だが、―――あの機体とコアは…」

 

「打鉄の開発のために解体されて、倉持技研が保管していた…でしょ?」

 

「…して((いた|・・))?」

 

「そ。槇篠技研から倉持に連絡して機体ごと貰ってきたんだ。打鉄弐式のデータと代わりのコアのセットと引き換えだったけど。」

 

「…なら、この機体は………」

 

千冬の視線が『桜色のIS』に釘付けになり離せなくなる。

 

「そうだよ。」

 

「……そうか。そうだったのか。」

 

千冬の手が恐る恐る装甲に触れる。

 

冷たい、硬質な感触。

 

「―――暮桜。」

 

カシャン………

 

千冬がつぶやいた声に反応したのか、『桜色のIS』は整備状態から搭乗者を待つ状態に移行する。

 

「…おかえり、って。」

 

「先ほど、一戦やっているのだがな。」

 

「さっきまで((コアのフィッティングを切ってあった|ねてた))からね。この子からすれば今が再会の時なんだよ。」

 

「そうか。………ただいま、暮桜。」

 

装甲を優しく撫でる。

桜色のIS――暮桜は黙したままそこに在るだけだ。

 

だが、千冬の目には誇らしげにしているように見えた。

 

「さ、ちーちゃん。調整を始めるよ。」

 

 * * *

 

「これは………」

「信じられません………」

 

ナターシャと真耶は目前に広がる光景に己が目を疑っていた。

 

「ファイルスさん、山田先生!これより引き揚げ作業を開始します。自衛隊の((航空歩兵|IS))隊が来るまでの間の護衛、宜しくお願いします。」

 

同乗してきた海上保安庁の巡視船のクルーに声を掛けられてハッと、我に返った二人はそれぞれ用意してきたISに搭乗しセンサーをフル稼働させる。

 

「動体反応なし。熱源反応も…問題なし。」

 

「最寄りのISの反応はすぐ隣で、その次はIS学園の辺りですね。」

 

福音とラファールタイプ。

その二機が見守る中、撃破されて墜落したのであろう十三機のIS…その残骸の回収が始まる。

 

一番最初に引き揚げられたのは辛うじて原型を留めている程度という惨状の―――濃い青の機体だった。

説明
#88:咲くもの、散るもの


…ぶっちゃけ最後の『* * *』以下のために4kbも書いた回。

途中に出てくる鼻歌の曲名が解った人はコメントまで。
回答者が居たら次の更新の時に答え書きます。
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コメント
感想ありがとうございます。学祭編もあと少し、物語全体としても終盤に突入間近となりました。全体像も見えてきているかと思いますがもう少しお付き合いください。(高郷 葱)
やっぱり千冬の打鉄の中に暮桜がいましたかぁ。言葉なくとも意思を示してくれるのは良いですね。ゾイド然りリュー然り。ISも本来は積極的にこうあるべきだったと思わされました。裏では着々と物語が進行しつつ、打ち上げ会等がるのではないかと期待しております。(組合長)
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