弓腰姫、劉備に嫁ぐ? |
「政略結婚ッ?」
姉から告げられた話に蓮華は顔を真っ赤にして当惑した。
赤壁での大勝利から経て数日、戦後処理に大忙しの最中、いきなり呼びつけられての 姉の一言。
「いやー、だって、しょーがないじゃなーい?」
その姉――孫伯符こと雪蓮は言う。
「いくら曹操の軍をぎたんぎたんに やっつけたからってさー、残念無念 息の根を止めるまでには至らなかったし、であるからには蜀との同盟も これまで以上に強固にしていかなくちゃなんない……」
「だから政略結婚しろといゆッ…、った…」
「ホラ舌噛まないー、少しは落ち着きなさい蓮華」
何故 妹を慌てふためいているのだろう、と雪蓮は訝る。
まあ蓮華ぐらいの年頃なら『政略結婚』なんて言葉にマイナスイメージを持つのも仕方ないかもしれない。嫁入りといえば聞こえはいいが、その実体はこちらが裏切らないという保障を示すための人質、そこには花も恥らう乙女が憧れるような恋も愛もないのだ。
が、
今回の相手である蜀に限って言えば、それほど悲観的になる必要はないかもしれない。
なにせあの国のお国柄、信をもって人に和し、仁義・大徳をもって世の理とする、なんて今の戦国乱世からみれば大甘とも言えるような理想を掲げる国だもの。
「政略結婚で結ばれた相手だって、きっと大事にしてくれると思うけどなー?」
「お姉様は気軽に考えすぎなんです!送り込まれる方の身にもなってください!同盟国といえども故郷から離れた未見の異地、そんな場所で知人だっておらず、一人で生きていかなければならないのですよ!」
「うわー蓮華ったら、まるで自分の身になったように話すわね」
「それに、縁組の相手だって問題です!間諜から伝えられる話では、あそこの国主は自分の配下の女将に片っ端から手を出しているそうではないですか。天の御使いだかなんだか知りませんが、そっ、そんな節操なしに嫁入りしろだなんて……!」
「れ、蓮華?」
「孫呉の未来のためと仰るなら、この身喜んで蜀の土に埋めましょうが……、そんな、そんな……ッ!」
「盛り上がってるところ悪いけど、縁組みの相手、間違ってるわよ」
「へ?」
目をパチクリさせて黙り込む蓮華、肩透かしをくらって言うべき言葉を失ってしまった風だ。
「ああ なるほど、蓮華は自分が政略結婚の駒にされると思って憤慨していたわけ?残念ながら見当違いもいいところよ、アナタは私の事後を託す大事な子、余所にやるわけがないじゃない。あとついでに言うと、先方の相手もスケコマシで有名な天の御使い様ではありません」
「じゃあ、いったい誰と誰が?」
「決まってるじゃない、孫家の姉妹で私とアナタを除けば、残ってるのは一人―――」
孫と劉とを結ぶ政略結婚は、孫家の末娘・孫尚香と、蜀の王者・劉備玄徳とで行われる。
―――ところ変わって こちらは蜀。
「…孫呉から嫁入りの申し込み?」
朝一番の軍議で上がってきた議題に眉をひそめるのは俺こと北郷一刀。スケコマシではありません、節操なしでもありません。
「は、はいです、その目的は蜀漢と孫呉との絆をより深め、ともに曹操さんへと立ち向かう拠り所へしていこうと……、はわわ…」
おずおずと報告する朱里が言葉を詰まらせたのは理由がある。
軍議のために囲む机の向かい側、そこに座る愛紗の機嫌がとんでもなく悪いからだ。しかも愛紗の機嫌が悪くなったのは明らかにこの縁談話が出てきてから。
腕を組み、口をへの字に結び、鬼も逃げ出すような三白眼で前方を睨みつけているのだ。しかも貧乏ゆすりで机下からカタカタと音がする。
そんなのが真向かいに居てごらん、朱里じゃなくたってプレッシャーに言葉を詰まらせてしまうというものだ。
なんで愛紗は朝からこんなにお冠なの?俺今日はまだ何もしてないよ?
「……なんたる侮辱」
愛紗が地響きのように喉を鳴らす。
「孫呉は、我々を愚弄しているのでしょうか?このような申し込み、私は断固として認められません!」
ガンッ、と机を叩き、愛紗の美しい髪がフルフルと揺れる。
いったい何がご不満なのでしょうか、愛紗さまは?
「何を悠長なことを言っておられるのです ご主人様!この婚姻の相手をご覧になりませんでしたかッ?」
「婚姻の相手…?ええと…?」
「桃香様に、孫家の末子・孫尚香さんです」
資料をあさる俺に朱里がフォローを入れてくれる。
もっとも予想はできていたけど。赤壁の直後に孫家の姫君が劉備に嫁ぐのは三国志でも有名なエピソードだ。孫尚香――孫夫人は劉備とは三十歳近く年が離れていながらも仲睦まじい夫婦であったが、やがて荊州の帰属問題を巡って蜀呉同盟が決裂すると夫人は故国へ呼び戻され、劉備とは今生の別れとなる。つまりは悲恋だ。
そういうことを後世の人間として知っている俺には、この縁談話自体は驚くほどのことでもないが…。
「何を言っているのです ご主人様!つまり相手は孫呉の姫、呉主である孫策の妹ですぞ!」
「あ、愛紗、少し落ち着いて……」
「その妹と結婚すれば、桃香様は孫策の義妹ということになるではないですか!」
「……あー」
そういうことか。
「本来、蜀と呉の同盟は相互対等で結ばれたはず……、それを桃香様が孫策の義妹となれば立場は孫策が上、まるで蜀が呉の属国となってしまったようではないですか!」
そこまで聞いてやっと愛紗の荒れる理由が腑に落ちる。
「でも、そこまで神経質になることなのかな。ねえ桃香、……桃香?」
桃香へ話を振って、彼女の心が会議に向いてないことに気がつく。議題は今まさに桃香のことについて話し合われているというのに、何を ぽややんとしているのだろう この娘は。
「……あ、ご主人様」
やっとこっちへ戻ってきてくれた桃香が俺に接近。
「ねえ ご主人様も見て見て、この子すっっごい可愛いの〜!」
と桃香が俺に寄越してきたのは、一枚の姿絵だった。桃香はこれを見てトリップしていたらしい。
「もしかして、この絵に描いてある女の子が…?」
「孫尚香ちゃんだって!」
現代で言うところのお見合い写真みたいなものか。王家謹製だけあって高級な顔料で描かれたその絵には、小柄でいかにも闊達そうな女の子の微笑が写されている。
同盟申し込みの際に孫策や孫権と会ったことはあるが、この絵の女の子も姉二人の面影を強く含んでいる、さすがは姉妹ということか。
「……でも」
俺の意識は、それよりも別のことに引っかかった。
「女の子だよな、孫尚香って……?」
武将たち全員の性別が逆転したこの世界でも、孫尚香は女の子のままらしい。
「そーだよー、…あ、もしかして ご主人様、この子のこと可愛いとか思った?」
「いや、たしかに可愛いが、俺が言いたいのは………」
この世界では劉備だって女の子。
女の子が女の子と結婚するのか?なんと素晴らしい百合システム、いや違う!
「まーた ご主人様の悪い虫が出ちゃった。ダメだよう、尚香ちゃんは私のお嫁さんとして来てくれるんだから、いくらご主人様でも手を出したら国際問題なんだからね」
「君らはね、俺のことをなんだと思ってるの?」
「ん〜、噴水?」
「俺は壊れた蛇口かッ?何?ドコからナニを大放出するの俺は!……いや、そうじゃなくて……!」
「何をコソコソ話しているのですお二方!」
ガンッ!と再び机を叩いたのは愛紗様、怒りのまなざしが こちらへ向いている。
「お考え直しください桃香様、これは孫策の陰謀です、自身の妹を桃香様に嫁がせることで桃香様を義妹とし、自分の下に置こうとする姑息な計略なのです」
「う〜ん、ただ単に、これからも仲良くしていこーってことじゃないの?」
「いや、それより二人とも、性別が……」
「桃香様は人がよすぎる!…ご主人様からも何か言ってあげてください!」
「だから、どっちも女の子なのに……」
「朱里はどう思うッ!?」
「無視した!このコ自分から話 振っときながら無視したね!」
そして愛紗から発言を求められた諸葛孔明こと朱里は、顎に手を当て黙考沈思してから。
「……愛紗さんほど神経質になる必要はないと思います」
「し、朱里ッ?」
「過去、婚姻によって同盟を強めるという政策は何度も用いられてきたことですが、愛紗さんが心配するように、婚姻によって両国に上下関係が生まれたことは一度もありません。だからそう警戒する必要はないと思います」
「そうだよな、俺の世界の歴史でも、いくさで負かした国に あえて自分の娘を嫁がせて相手国を心服させた武将もいるぜ」
「そ、そうなのですか?」
「それよりも問題なのは、両方とも女の子という…!」
「ですが私は、桃香様に忠誠を捧げた者として、桃香様が孫策から妹呼ばわりされるのは我慢が……!」
「だからなんで この話題になると頑強なまでに無視するのさ!何?ワザとッ?」
「私は可愛いと思うけどな尚香ちゃん、……ねえ愛紗ちゃん、受けようよ この話、ダメ?」
桃香は潤んだ瞳で、愛紗のことを下から見上げるように覗き込む。
でも待って、その前に俺の話を聞いてよ!
「政略的にも蜀呉の絆は深まり、曹操さんへの対抗力が強くなると利点は多いです。逆に断れば角が立って その後の同盟関係は難しくなる。受けておく方が無難だと思います」
「だから!もう少し俺の話を聞いてよ!女同士じゃ普通結婚は無理でしょ!凹と凹だよ!何をツッ込めばいいのさ!え、何?ぶっちゃけすぎですか?はいどうも!すみませんね どうも!」
「お兄ちゃん お兄ちゃん」
「なんだい鈴々?」
「うるさいから黙るのだ」
「みんな嫌いだッ!」
俺は夕日に向かって走り出した。
そうして結局、呉からの婚姻の申し入れは受諾することで総意が一致した。
愛紗は最後まで反対したようだが それ以外の全員が賛成に回っては衆寡敵せず、蜀の武神も多数決における数の暴力には勝てなかった。
そうして二日過ぎ、三日過ぎ、一週間も経ってついに我々はその日を迎える。
長江をくだって花嫁を乗せた貴船が港に到着。
その出迎えに並ぶ、俺や朱里、星に鈴々に翠や紫苑、あとむっつり顔の愛紗。
だがこの隊列の中での主役は間違いなく桃香だ。遠方より旅してきた花嫁を迎える花婿役、…だから、桃香って女の子だよね、女の子で花婿、イヤもういいけど。
「んふふ、早く会ってみたいなあ、尚香ちゃんて どんな子かなあ」
桃香は目尻が垂れ下がるようなホクホク顔。
その後ろで隊列をなしている兵たちは矛を天に突き上げ歓迎の大呼を鳴らし、七色の紙吹雪は舞い散り、爆竹が地上で踊り狂う、非の打ちどころのない祝賀ムードだ。
そんなお祭り騒ぎの中、船は無事に着岸、と同時に船の縁からひとつの陰が飛翔、ダンと着地。
「なんだ?」
最初は船の上から何かが投げ込まれたと思った、が、すぐにそれは違うとわかった。
あれは人だ。
子供のように小柄だけれど、たしかにわかる人の影。
その人影は、3〜4メートルはあろうかという船の縁から飛び降りておいて まったく怪我した風もなく。そのままの勢いで素早く前進。
「!?」
その速さは獲物を襲う虎のようだ。その軌道は一直線、向かう先は…桃香?
「桃香様ッ!」
慌てて愛紗が青龍刀を構えるが、影の方がずっと早い。
その勢いのまま影は、桃香の、その豊満な胸に飛び込んだ。
「はーじめまっしてーッ!」
「きゃあッ!」
体当たりに近い抱擁を受けて、しかし桃香は何とか踏みとどまる。彼女の胸へ飛び込んだ影の正体は、髪を二つに束ね分け――ツインテール?――、それを輪っかのように結い纏めた元気溌剌な女の子。
「劉備さまッ、シャオとの結婚、受け入れてくれて とっても、とっても ありがとう!シャオのこと末永く幸せにしてね!」
「あはっ、アナタが孫尚香ちゃんね、絵とそっくり、ホントに可愛いー!」
あの少女こそ今回の婚姻の相手、呉の孫尚香だった。
この初対面の夫婦は、――夫婦は?――、お互いを目にしあった瞬間意気投合し、抱き合ったままその場でグルグルと回転。
きゃっきゃと歓声を上げる二人を眺めて、俺はとりあえず安堵する。
「どうやら上手くいきそうだな」
人の心配を余所に、当の新婚カップルは仲睦まじく、
「ねえねえ桃香さま、シャオたち夫婦なんだから、これから一緒に暮らすんだよね?」
「そうだよ小蓮ちゃん」
もう真名で呼び合っていらっしゃる。
「じゃあじゃあ、ゴハンも一緒?」
「もちろん、朝昼夕と全部同じだよ」
「お風呂も?」
「うんっ、二人で洗いっこしようね!」
「そしたら、寝るのもッ?」
「当たり前だよう、小蓮ちゃんはちっちゃいから、抱いて寝ると すんごい幸せそう…!」
などと語り合っている。
ああわかった、この二人相性は最高だ、際限なく子供から好かれる桃香と、天性の甘えんぼらしい尚香ちゃん、需要と供給が成立している、水魚の交わりとはこのことかも。
「ん〜、ふかふかのお胸〜、お姉ちゃんたちより大っきいかも〜」
「そ、それは、あはははははは……」
おっぱいに顔を埋めて至福に浸る尚香ちゃんに、桃香は返答に困って苦笑いしている。そこへ……、
「何をしている、小蓮ッ!」
接岸作業をやっと完了させて、設置された雲梯から降りてくる人物は。
「そ、孫権ッ?」
尚香ちゃんの姉である孫権仲謀、しかもその後ろには さらにその姉である孫策さんまで続いてくる。
「やほー、蜀の皆さん おひさー」
なんでこの二人まで蜀へ?
危なかった……、もしさっきの胸の会話で桃香が『孫策さんたちの小胸と一緒にされては困りますわ、おーほっほっほっほ!』なんて言っていたら即座に蜀呉同盟に亀裂が入るところだった。桃香の苦笑いナイス!
「こら小蓮、劉備殿から離れないか!」
と孫権は声を怒らせ みずからの妹を引き剥がしに掛かる。
「お前はいわば、孫呉の名代として蜀へ嫁すのだぞ。それが礼式や作法を無視して、いきなり飛び出すとは何事か!孫呉の威信を軽んじめる つもりか!」
「えーん旦那さまー、小姑がいじめるー!」
「誰が小姑かッ!」
船から下りるなり すぐさま姉妹喧嘩を始める二人に、桃香は困り顔。
「あああ、あの孫権さん?あんまり怒らないでくださいね?ホラ私たちも あんまり堅苦しいのは苦手ですから」
「そうよぉ蓮華、だいたい儒家のまどろっこしい礼儀作法なんて、袁術の下にいたときに充分辟易したじゃない。何でも陽気に楽しくするのが一番、それが私たち江南流でしょ?」
などと援護射撃をしてくれたのは孫策だ。立てるべき先方と尊敬する姉から同時に説かれ、引き下がるしかない孫権。
「ですけれど、孫策さんと孫権さんまでお越しになるとは意外でした、ビックリですよ私」
「あら、可愛い末っ子の慶事に駆けつけないわけにはいかないわ。劉備殿、小蓮のこと、互いの同盟とともに末永くお願いね」
「はい!お任せください!」
と豊満な胸を叩く桃香。ドンとか言わずにポニョンと揺れる。
やはり、孫策がここまでやってきたのは同盟強化の成果をこの目で確かめるのが目的なのだろう。肉親を外に出してまで強めようとする連携、これで効果がなければ立つ瀬がないというものだ。
「……それに、これから義妹になる子の顔も改めてよく見ておきたかったしね」
あ、
NGワード。
案の定、俺の隣からビキビキッ、と血管の浮き出る音がする。俺と一緒に並んでいる鈴々や星もその音を聞いたはずだ、が、誰一人として目を向けはしなかった。音だけでも怖いのに、わざわざ目で確かめて恐怖を増幅させる必要があるだろうか。
「劉備ちゃんも、これからは私と家族も同然なんだから、遠慮なんでしないでね。私のこと、義姉さん、て呼んでもいいのよ?」
ビキビキビキ!
「ああ、それより私も真名を預けた方がいいかしら?ホラ小蓮も蓮華も生意気だから、アナタみたいに可憐な妹ができたら……、ああもう、浮かれちゃうなあ…!」
ビキビキビキビキビキ……!
アナタが浮かれる傍らで俺たちは重いです孫策さん。桃香もその凍てつく空気を感じているのか、孫策の言葉に満足に返事もできず、あわあわと頷くのみ。
「孫策殿ッ!」
ついに愛紗が、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに重臣の列から躍り出た。
孫策や孫権は、何事かと眉をひそめて愛紗を眺める。
「何この子?」
「孫策殿にお尋ねする!我が主、劉備玄徳を義妹と呼ぶその真意、邪なるものに非ずか否かッ?」
「何言ってんの?」
愛紗の乱入によって、それまで朗らかだった孫策の顔から笑みが消える。
……イカン、孫策のキレやすさは三国一だ。祝賀ムードも一気に低迷し、かわりに対決の緊張感で場が張り詰める。
「…アナタ、たしか関羽っていったわよね?仮にも孫呉の主へどういう口の利き方?返答によっては首が飛ぶわよ」
「質問に答えていただこう、我が主・桃香様を義妹と呼ぶ真意、それは桃香様を己が下へ置くことにより、呉を蜀より上に立たせようという魂胆か?もしそうであれば この関雲長、黙ってはおかぬ!」
「よくわかんないけど、無礼討ちにするには充分な吠え様ね。いいわ、多少僭越だけど、大事な妹が嫁入りする国だもの、国主に代わって部下の躾をしておいてあげるわ」
孫策が愛刀・南海覇王を引き抜く。
ヤバイ、このまま放っておいたら血を見るまで止まらないぞ。
「やめろっ!」
「やめなさいっ!」
見かねた俺は二人を止めるために列から躍り出る。そして別方向からも勇躍し、二人に割って立ちはだかる者が…。
「ご主人様ッ?」
「蓮華ッ?」
愛紗も孫策も、自分の前に立ちはだかる人に寸でで刃を止める。
「いい加減にしろ愛紗ッ!お前は桃香の一番の臣だぞ、お前が了見のない行動をすれば それがそのまま桃香の名を下げるってのがわからないのかッ!」
「お姉様も、すぐに頭に血を上らせすぎです!人には千差万別の思考があるもの、それをすべて受け入れることこそが王者の懐深さではないですか!」
どうやら孫策の方を止めてくれているのは孫権らしい。血の気の多い二人は機先を崩されて消沈気味だ、この機を崩さず畳み掛ける。
「刀を納めろ愛紗、孫策たちにこちらを見下す気なんてないことは、見ればすぐにわかることだろ?」
「は…、はい」
叱られた子犬のようにシュンとなって、愛紗は青龍刀を下ろした。ウン、こういう素直さは愛紗のよいところだ。
振り向けば孫権も姉の説得に成功したのだろう、孫策は口を『3』の字にしながらも、しぶしぶ刀を鞘に収めているところだった。
「ありがとう孫権さん、俺一人じゃ とてもこの二人は止めきれなかった」
「こちらこそ、お恥ずかしいところを見せてしまった。我が姉の短慮は妹である私から詫びさせてもらう」
俺と孫権が交わした言葉によって、ようやく緊張が緩まる。
「…ふーんだ、蓮華ったら一人だけ いい子ぶっちゃってさー、……ん?」
俺と孫権は互いの同胞の無礼を謝し、次いでお互いの分別ある行動を賞賛しあっていた。
「………あれ、あれはまさか、いや………」
隣で孫策がなんかブツブツ言っている。それが少し怖い。
「よしっ……、ねえ関羽!」
果然、孫策が声を弾ませて愛紗に呼びかける。
「アナタの不満は、要するに劉備が私の義妹になって下に置かれるのがイヤってことよね?」
「だったらなんだ?」
いまだ憤懣やるかたないという愛紗は仏頂面で答えた。
っていうか孫策、折角丸く収まりかけたのに何 蒸し返してるんだこの人?
「なら、蜀と呉を対等の関係に戻す最高の秘策を思いついたわ!それはつまり!」
北郷一刀を蓮華に婿入りさせればいいのよ!
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ?」
一同揃ってナニイッテルンデスカと大絶叫。ホントに はァ?、はァ?だよ はァ?
「お姉様!いったい何をどう まかり間違ったらそういう結論になるんです!何故私が、蜀の天の使いと夫婦にならなければならないのですかッ?」
孫権は当然ながら耳まで真っ赤になって我が姉に抗議した。しかし孫策は柳に風で、
「だってさぁ、蓮華ってば さっきから北郷くんと いい雰囲気じゃないの。そういえば最初に小蓮の結婚話を持ち出したときも彼のこと意識しまくりだったし」
「そそ、そんなことはっ…!」
「ないって言うの?ところで北郷くんはどう?ウチの妹ってさ、一見完璧そーに見えるんだけど案外 重圧に弱くってねー、こないだもアレが重くて医者に掛かったりしたんだけど」
「お姉様ぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
いきなり何をカミングアウトしだすんだこの人は。
「北郷くんが蓮華のこと支えてくれたら、この子の精神面の負担も軽くなって、アレもちゃんと来るようになると思うのよ。それかいっそ、アレ止めちゃってもいいわよ?」
「どういう意味ですか、どうやったらアレが止まるって言うんですかッ?」
「聞きたい?つまりはねー…」
「わかった!なんとなく わかりましたから言わなくていいです!というか言うな!何かに引っかかりそうだから!」
孫権は大いに取り乱して姉に翻弄されていた。
そして一方愛紗の方も、
「ダメーッ!ダメッたらダメ!絶対ダメーッ!」
なんかかつてないほどの取り乱しようです。
「だいたい何でご主人様が孫呉に婿入りしなければならんのだ!ご主人様は蜀になくてはならない存在だぞ!おいそれと外に出せるわけがないじゃないか!」
「イヤだって、ウチからは小蓮を出したでしょ?で、そっちからは北郷くんを出してもらう、それで、ひふてぃーひふてぃー?」
何故そんな外来語を知っている孫策。
「なるかっ!第一 孫権は貴公の妹であろう!その妹を娶らせれば、ご主人様も貴公の義弟になるではないか!」
桃香も俺も孫策の義妹・義弟。全然対等な感じがしない。
「そーいえばそーか、困ったなー」
「…ただノリで言ってたな、お前」
「あ、そーだ」
今度は何を思いついた。孫策が手をポンと打つ。
「じゃあ、私は関羽と結婚しましょう」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!」
「お姉様、もうわけがわかりません!」
「ウン私も、孫策さんが何を考えてるのか想像つかない……」
孫権も桃香も もう完全に孫策の独創性についていけない。俺だってそうだ、彼女は結局蜀呉同盟をどうしたいのか?
「えー?だって、小蓮と結婚して劉備が私の義妹でしょ?で、たしか関羽って劉備と義姉妹の契りを交わしたんだから、その関羽と結婚すれば私も劉備の義妹、これで釣り合い取れたじゃない」
「ちょっと待て、私の意志はどこにある!私は貴公と結婚するなど一言も……!」
「大丈夫よー、私、冥琳相手に鍛えてあるから」
「何をッ?」
なんだか蛇がお互いの尻尾を食い合ってる絵が浮かんできた。この同盟が一気にただれた匂いを放ち始めたように思えるのは何故だろう。
「と、ゆーわけで蓮華と北郷くんが結婚するのも問題なし、と」
「なんでそーなるんですか!蜀呉が対等になるというなら その点は関係ないじゃないですか!こーなったら私を巻き込むのは止めてください!」
「そーだよ お姉ちゃんたちったら!」
「へっ?」「小蓮?」
振り向くと、そこには孫家三姉妹の末っ子・小蓮が頬をプウっと膨らませて立っていた。怒っている、怒ってらっしゃる。まあ姉たちにここまで好き勝手やられれば腹も立つだろうが……。
「もうっ、今日はシャオと桃香さまが主役の日だってのに、雪蓮お姉ちゃんも蓮華お姉ちゃんも目立とうとしてぇ、それならそれで、シャオにも考えがあるんだからね!」
「しゃ、小蓮…?」
「いったい何をする気…?」
「シャオも一刀のお嫁さんにしてもーらお!」
何ィィィィィィィィッ!!?
おもむろに俺の脇に抱きついてきた尚香ちゃんに、俺は頭が真っ白。
「ちょっと待っておくんなさい!君は、君は桃香さんのお嫁さんになるために ここへ来たんだよね!ダメだよそんな結婚初日から浮気に走ったら!無闇に最短記録の挑戦しないで!」
「あぁでも、私もご主人様のお嫁さんになるなら何も問題ないかも」
「桃香まで何を言い出すッ?」
ただれまくっている!もーどーすればいいんだ!この状況はどうすれば綺麗に纏まってくれるんだ!
「もう全員北郷くんのお嫁さんにするってことにしとけばいいんじゃない?」
「だから、孫策さんアンタが さっきから余計なこと余計なこと吹き込んできた積み重ねの結果がコレでしょうよ!いったいなんでこんなことになったんだよ!それならなあ、こっちだって言わせてもらうぞ!そもそも桃香と尚香ちゃんは、女同士……!」
「ご主人様!私を差し置いて孫呉の連中を娶るなんてヒドイです!」
やっぱり無視された!
縋りつく愛紗や尚香ちゃんや桃香や孫権にもみくちゃにされる俺、なんか意識が遠くなる。
「あらやだ、これじゃあ北郷くんの後宮ね」
「や、それウチではけっこう普通ですので……」
その様をケラケラ笑って眺める孫策と、合いの手を入れる星。
イカン、なんか意識が遠くなってきた。この物語はこのまま、グダグダのペースで終わってしまうのか……?
「そんなわけには、いかせないわ」
今度は誰ッ?
声のした方へ視線を向けると、そこに立っていたのは長い黒髪、呉人特有の黒い肌に、知性を感じさせるアンダーリムのメガネを掛けた魅力溢れた大人の美女。
美周朗こと周瑜公瑾。
「し、周瑜さんまで来てたんですか?」
蜀呉両陣の美少女たちにもみくちゃにされながら、俺は周瑜を見上げる。
「ええ、国外の港に寄港するわけだから、停泊許可とかの面倒な手続きを全部雪蓮に押し付けられて、やっと済まして降りてきたらこの騒ぎよ」
周瑜はにっこりとした笑顔をそのままに、ひたひたと盟友たる孫策へ歩み寄る。
ええとあの、
もしかして周瑜さん怒ってらっしゃいますか?
だって全身から噴き出す黒いオーラが、般若の形を象ってるんですけれど……!
「ねえ、雪蓮」
「あはははは、あのねえ、冥琳……」
「アナタは何を考えているのかしら?仮にも孫呉の王が、三国に聞こえた豪傑とはいえただの一将でしかない関羽と夫婦になるなんて、立場というものを弁えていないようねぇ?」
「いや〜、だってさ、その方が蜀との同盟も円滑に進みそうだし、それに面白そうだし…」
「動機の八割は後ろの理由でしょう!」
後はもはや問答無用、周瑜は孫策の肩をガシリと掴むと、有無を言わさず船へ向かってズルズルと引きずり歩く。
「あ〜ん!やだやだ、私まだ蜀にいるぅ、せっかく面白そうなこと目白押しなのにぃ!」
お願いです一刻も早く連れ帰ってください!
そんな俺の祈りが周瑜様に届いたのか、彼女はこちらへも振り返り一言。
「蓮華様、小蓮様、アナタたちも早く船に乗りなさい、帰りますよ!」
「あ、ははは、はい!」
「えぇ〜、なんでシャオも?シャオ、桃香さまのお嫁さんになったのに」
「こんなグチャグチャな状況で婚礼など進められますか!正式な嫁入りは次の機会です、それでは……」
周瑜は船に乗り込む一歩手前で、こちらへ振り返りニコリと一言。
「……蜀の皆様、いずれまた改めて」
そう言い残して呉の船は周瑜、孫策、孫権、孫尚香を収納し終えると、さっさと出向。風を掴んで瞬く間に下流の彼方へと消えていった。
残された俺たち蜀の文武百官。嵐が去った後のような漠々たる静寂に包まれる中を、一陣の風が吹き抜けていった。
「………ご主人様」
いち早く正気を取り戻した愛紗が、俺に尋ねる。
「いったい何だったのでしょうか?あの人たちは?」
「……さあ」
わからない、ただ俺が言えることは一つだけだった。
もう来ないでくれ、と。
説明 | ||
恋姫無双の中では触れられなかった劉備と孫尚香の結婚をテーマに書いてみました。 といっても内容はそれを主軸にした蜀呉のキャラのドタバタ劇です。 書き上げてみると物凄く長くなってしまいました、ゴメンナサイ。書くことまとめ切れなくてゴメンナサイ |
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コメント | ||
SSX様>一刀の属性は極カオスですw(のぼり銚子) カオスってるわw(SSX) gmailさま>フリーダム小覇王ですからw(のぼり銚子) 黒さま>無邪気ゆえに残酷、それが鈴々クオリティです(のぼり銚子) 孫策が堪らない(gmail) 鈴々wwwwwwwwwひでぇ(明夏羽) 一刀の不遇っぷりに涙しました。しかしとても面白かったです(cyber) 雪蓮の暴走ぶりがたまらない!(VISTA) おもしろかったです! 笑わせてもらいました!(京 司) 一刀のスルー度合がいいですねーw(FLAT) 爆笑しました。百合は良いモノです。(しおん) 孫策の思いつきに爆笑したw(マサん) まぁ…一刀よ強く生きろとしか言えない(笑(カツオ武士) なんなんですかこの爆笑カオスは・・・。とても笑えました(りばーす) |
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