魏エンドアフター〜守ルモノ〜 |
陽に照らされ、その眩しさに目を覚ます。
段々と意識が覚醒していく中でまず最初に思うことはと言えば──
……痛い。
凄く痛い。
どれくらい痛いかって?そうだなぁ。
引越しのバイトをしている時に、誤って冷蔵庫が足に落下してきた事がある。
それよりも痛いのは確かだ。
何か血出てるし、身体動かすとすんげぇ軋むし。
寝台の上で身じろぎをすると、顔の上にコテンと何かが倒れてきた。
……何これ。
何か枕元に宝慧が置いてある。
風の頭に乗っている訳ではないのに喋り出しそうだ。
……単品で見ると相当不気味だなこれ。
呪われたら嫌なので丁寧に戻して、と。
というか血で布やら包帯やらが身体に張り付いていて気持ち悪い。
巻き直そう。
痛いけど──ふんぬ!
一刀「いってててて……ぉぉぉ、結構血出てる」
巻いてあった包帯にまで滲んでいた血を拭き取り、
巻き直すために近くに置いてあった新しい包帯を取ろうと──
ガシャァン!
したところで間近で何かの割れる音。
ええ何!?何事!?
おぉぉぉ……ちょ……痛いんだからあんまり……びっくりさせないで……。
身体の痛みに思わず蹲ってしまうものの、
何とか視線を上げると、侍女が驚愕の表情でこちらを見ている。
というか今まで居る事に気がつかなかった。
どんだけ気が抜けてるんだ俺は。
一刀「……どうも」
……なんだし。
そんな驚かれるような事はしてないはずだ。
「か──」
か?
「華陀さまぁぁぁぁ!!」
うお足はやっ。
侍女なのに。
……いや、侍女だからか?
毎日このでかい城の掃除やらなにやらしてるわけだし。
いやいやそんな事はどうでもいい。
それよりこの半壊している部屋はどうしたんだろうか。
あれ?そもそも何で俺怪我してんの?
寝起きのボケた頭をフル回転させながら状況を把握しようとしたところに──
『北郷!』
『隊長!』
勢いよく扉が開かれた──というか勢い良すぎて扉が吹っ飛んだ。
一部粉々に砕け散った扉の破片が顔にバチバチと当たる。
いてぇよ。
春蘭を筆頭に扉の向こうには全員の顔が揃っていた。
『…………』
しかし誰一人言葉を発しようとしない──というかびっくりした顔をしてる。
いや……何だよ。
一刀「えーっと、……おはよう」
とりあえず挨拶をしてみる。
状況が把握できていない俺の頭では他に起こすアクションが見当たらなかった。
『…………』
反応が帰ってこない。
え、何本当にどうしたらいいのこの状況。
華陀「お、北郷、ようやく目覚めたようだな。
予定より大分早いが治りが早いに越した事はないからな」
混乱している俺に向かって爽やか笑顔を向けてくる青年が一人。
一刀「あぁ華陀か。
うん、まだちょっと痛いけど大分良いみたいだ、ありがとう。
……というか俺何で怪我してんの?」
華陀「ん、何だ覚えてないのか?
城に攻め込んできた白装束の将を討ち取ったのは北郷じゃないか」
……あ、思い出した。
──って!!
一刀「せ、星は!?大怪我してたと思うんだけど……どうなってる?」
華陀「趙雲なら君の隣にいるだろう」
一刀「え?……あ」
皆が入ってきた扉とは反対の、外に繋がる窓から入ろうとしている所で固まっていた。
……何で窓。
いやそんなことより……はぁぁ、よかった。
あれだけ動けるという事は元気なのだろう。
そしてそろそろこの時間の止まった空間をどうにかしなくてはいけないと思う。
……誰か喋って!
どうしていいか分からずに戻した宝慧を再び手に取り膝に乗せる。
この一連の動作に何の意味があるのかは俺にもわからない。
むしろこの誰も動かない空間に不気味な人形が召喚された事によって
更に混沌とした状況になった気がする。
「兄ちゃん(さま)!!!」
混沌と化した部屋に響く元気な二つの声。
一刀「季衣、流琉。おはよう」
季衣・流琉『……っ!』
挨拶をした途端に目に涙を溜め始める二人。
……え、あれ、俺挨拶しただけ──
『うぁぁあああああああああん!!』
え、ちょ、ま、マジ泣きですか!?
宝慧か!?宝慧のせいなのか!?
一刀「お、おい二人ともどうし──」
『うあぁあぁぁぁああぁあぁん!!!』
ドボォォ!!
一刀「ぅゲホォッ」
泣きながらタックルをかまして来た二人に成す術も無く後方へ吹き飛ばされる。
……痛い。
怪我人はもう少し丁寧に……ね……。
華陀「あ」
目覚めてから数分。
俺の意識は暗闇に飲み込まれた。
次に目を覚ました時には既に辺りは暗かった。
……さっきよりも痛みが増した気がする。
しかし出血はしていないので華陀が何かしら手当てをしてくれたのだろう。
さすがにもうタックルは御免なのでこっそりと部屋を抜け出す。
所々壁や床に損傷がみられるが、最低限の修復はされている。
……というか結構直されてる。
俺どんだけ寝てたんだろう。
少なくとも1日や2日でできるような修繕ではない。
となれば数日間寝てたのだろうか。
トイレとかどうしてたんだろう。
…………
……
か、考えるのはよそう。
想像したら相当恥ずかしい。
恥ずかしさで顔が熱くなり──というか全身が熱くなったので外に出てで冷やす事にした。
外に出ればなんともナイスな気温と風。
あ〜外ってすばらしい。
ずっと寝ていたせいか、身体のあちこちが硬くなっているような気がする。
それに全身がだるい。
伸びをして全身に激痛が走ったのは余談として、
皆はまだ仕事が残ってるのかな。
いつもは騒がしい城内も今日は静かだ。
特にやる事もないので芝生に腰を下ろす。
さっきの皆を見る限り、誰かが大怪我をしたという事は無さそうだった。
星も普通に動けていたようだし、日常生活に支障をきたすような事にはなっていないみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
あの時、あと少し王間にたどり着くのが遅れていたら……
そう思うと背筋が凍った。
つくづく俺はダメだと思った。
あの筋肉妖怪に、白装束の狙いが明花であると聞かされたのに。
街で出会ったあの男が、明花を狙っていることは明らかだったのに。
俺は何の対策もせずに、だらだらと日常を過ごしているだけだった。
悔やんでしまう。
俺ごときが何をと言われるかもしれないが、悔やんでしまうのだ。
もっと早く対応できたのではないか、
もっと犠牲を減らす事ができたのではないか、
……大切な人に傷を負わせることなどなかったのではないか。
天の御使いなんて、大それた名を持っているくせに──と。
つくづく自分が平凡であることに嫌気がさす。
皆は俺が相当な力をつけて帰ってきたと思っているだろう。
俺もそう思っていた。
でもそうじゃなかった。
俺はなんて弱いんだろう。
結果的に星を救う事はできた。
それでも悩まずにはいられなかった。
俺が皆を守るなんて、自惚れでしかないのだろうか。
無責任な言葉でしかないのだろうか。
……あぁもう。
駄目だ。
どうしても悪い方向へ考えてしまう。
俺は皆を守ると決めたんだ。
その為に、もっともっと、俺が強くなればいいだけの話なんだ。
もちろん霞や星に言われた様に、皆を頼りにする事だってある。
それでも俺は、強くなるんだ。
風「…………」
……びっくりした。
いつの間にか風が隣に座っていた。
……耳から脳味噌飛び出そうになったわ。
風「ん」
ずいっと頭を差し出してくる。
……なんだろう、何かが足りない気がする。
…………。
あ。
宝慧乗ってないじゃん。
慌ててポケットから宝慧を──
…………。
え?
何で俺宝慧持ってんの?
確かに気を失う前は宝慧を弄ってた気がするけどポケットになんて入れてない。
というかこれポケットに入る大きさじゃないだろ。
どうなってんだよ。
こ、こええ……!
マジで呪いでもかかってるんじゃないだろうか。
捨てても捨てても持ち主のもとへ戻ってくる的な──
風「あ、それは風が入れておきました」
一刀「おいいい!!」
マジでびびっただろ!
どうやってこんなもんポケットにねじ込んだんだよ!
風「それにしてもお兄さんが真剣な表情で考え事とは珍しいですねー。
あれですか?風の事をどう調教しようか悩んでいたのですか?」
悩んでねぇわ。
まだ頭を引っ込めないのでとりあえず宝慧を乗せる。
……これ本当に乗ってるだけなんだな。
よく落ちないね。
呪いの装備なの?
着けたらもう外せないの?
風「まぁ今はそんな事どうでもいいのです。
後で一緒に考えましょう」
一刀「考えねぇわ」
風「まぁまぁ。風も一緒に黄昏てあげますから」
しばらく二人並んでぼけーっと座っている。
傍から見れば奇妙な光景に違いない。
……風はいつも通りか。
風「失礼ですね、お兄さん」
一刀「こ、心を読むのはやめましょう」
びっくりするから。
風「ところでお兄さん」
こちらに顔を向けずに、正面を向いたまま話しかける。
風「お兄さんの”氣”。
今後一切使用禁止です」
……え?
一刀「なんですと?」
風「というより使いたくても使えない、とのことです。
今、全身が妙な脱力感に見舞われてませんか?」
確かにさっきからずっと身体がだるい。
でもこれはずっと寝てたからじゃ──
風「氣とは生命の源、というのは凪ちゃんから聞いたことがありますよね」
確かにそう言っていた。
だから生きる全てのものに氣は存在する、と。
風「今のお兄さんの氣ですが──風の半分にも満たないそうです」
一刀「ぬぇ?」
意味がわからなかった。
意味が分からなすぎて鳴き声みたいなものが出た。
風は氣の扱いに長けているという訳ではない。
一般人と同じだったはず。
それ以下ということは──
一刀「……俺、今役立たず?」
風はわずかに身じろいだ後、こちらに顔を向け
風「子孫を残せない種馬のようなものですねー」
俺は心に傷を負った。
風「まぁ自業自得ですよ。
あんな無茶な氣の使い方をすれば」
……気のせいか、風の声に少し怒気を感じる
一応表情を伺ってみる事に。
…………
……
見なかった事にしよう。
風「というのは冗談です。
風はお兄さんに感謝しているのですよ」
地面に視線を向けたまま、風は言葉を発する。
風「星ちゃんを助けて頂いた事、本当に感謝しています。
風の大事なお友達ですから」
怒りたいけど感謝もしている、という何とももどかしい気持ちのようで。
風「知っていますか?
お兄さんが運ばれた後、すぐに治療を始めたのです。
しかしあまりにも無茶な氣の使い方をしたせいか、
お兄さんの氣は常に外に放出されている状態だったのです。
それがいかに危険な事か、風にだって分かります。
自分の命を急速に燃やし続けているという事ですから。
だから出血も思うように止まらず、もうどうしようもない状態でした」
その時の事を思い出しているのか、風の表情に陰りが見える。
風「氣の扱いに長けている人が居たのが不幸中の幸いでしょうか。
華佗さんがお兄さんから放出され続ける氣をずっと抑え続けて、
その間にお医者様が治療をしました。
おかげで華佗さんもしばらくは氣を使えないみたいです。
あれほど長時間、神経を張り詰めて氣を使い続けたんですから当然と言えば当然ですねー」
なるほど……悪い事したなぁ。
……後でちゃんと謝っておこう。
風「初めてです」
不意に、風がそう口にする。
何がとは思ったが、先を催促するのは躊躇われた。
黙って次の言葉を待つ。
風「初めてですよ、自分自身が──憎いと思ったのは」
それは風の口から出たとは思えない言葉。
風「風が、武官でないことを呪ったのは」
初めて聞く、風の──「弱音」。
風「あまり無茶をされると困りますねー」
いつもの口調で、泣き笑いのような表情を浮かべて、笑いかけてくる。
この子は優しい。
俺が言う事では無いかもしれないが、
この子はこの時代を生きるには優しすぎるのではないだろうか。
文官として、軍師として生きるには優しすぎるのではないだろうか。
悩んでいるのは俺だけじゃない。
風もこうして自分に憤りを感じている。
しばらく二人並んで芝生で座り込んでいる。
何て声をかけてあげればいいのか、何を言ってあげればいいのか。
風「さて」
この話題は終わり、とでも言うように風が声を張り上げる(いつもと変わらないが)
風「そろそろ皆さんが来る頃でしょうか」
一刀「ん?何だ、俺に何か用事があったのか?」
それならそうと早く──
風「いえいえ。
お兄さんの様子を見に行ったら寝台がもぬけの殻だったので
皆さん真っ青になってしまいまして」
一刀「はい?」
風「言い忘れていましたが、お兄さんは今絶対安静を言い渡されている身でして。
皆さん血相変えて探し回っているので、ここにもそろそろ来るんじゃないかなーと」
一刀「え?」
風「ちなみに季衣ちゃんと琉流ちゃんは縛り付けてあるので安心していいですよ」
一刀「いや、ちょ」
そして間もなく到着した皆様に捕縛され、部屋へ連行された。
翌日、目が覚めると同時に寝台の横に気配を感じた。
相変わらず身体はだるいままなので顔だけを横に向ける。
流石にもう宝慧はなかったが──
寝台の横に椅子をつけ、手足を組みながらこちらを不機嫌そうな顔で見ている少女が一人。
華琳「おはよう」
一刀「……おはようございます」
な、なんで寝起き一発目から不機嫌なんだ?
俺は今まで寝てたんだから俺のせいってわけじゃないだろうけど……
華琳「昨日はその身体に鞭打ってまで風とお楽しみだったようね」
はい、俺のせいですね。
一刀「いやいやいやあれはですね、
外の空気を吸いたくなってて表に出たところ、
なんとまぁいいタイミングで風が召喚されまして」
華琳「…………」
あ、眉が更に釣りあがった。
俺死ぬかも。
あっさりと死を覚悟した俺に向けられたのは──
華琳「……まぁいいわ。
具合は?傷は痛む?気怠さは抜けた?」
……意外な反応。
華琳「……起きられる?食事は取らなきゃ駄目よ。
体力をつけないと治るものも治らないわ」
椅子から立ち上がり、寝台の隅に腰掛けゆっくりと俺の上半身を起こし、
置いてあったお粥をレンゲで掬い、冷ましてから口元へ運んでくれる。
な、何だこの状況は。
あまりの出来事に何をしていいか分からず、とりあえず口元に運ばれた食事をパクつく。
……うん、美味い。
華琳の食事を口に運ぶ作業は皿が空になるまで続けられた。
その間、無言。
空になった食器を片付け、華琳は元居た椅子へ座る。
一刀「…………」
…………
……
一刀「えっと……か、華琳、仕事は──」
華琳「桂花と風に任せたわ」
間髪いれずに返答が来る。
まさかの丸投げ発言。
一刀「あ、あのー、俺なら大丈夫だぞ?
特に痛むところはないし……」
華琳「大丈夫かどうかは医者が決める事よ」
はい、まったくその通りであります。
いやしかしそう椅子に座って無言で見つめられ続ける俺の身にもなってほしい。
とりあえず目を瞑る事にした。
これはもう気合で寝るしかない。
寝る時に気合を入れるなんて経験をした人間は多分俺が初めてだろう。
しかし寝ようと思えば思うほど、眠れなくなるのは果たして俺だけだろうか。
何度も唸りながら寝返りを打っていると、不意に額に冷たい物が触れた。
そっと目を開けると華琳が見た事もないような心配した顔で俺の額に手を添えていた。
華琳「……眠れないの?」
……まぁ華琳が見ているから眠れないと言う事は伏せておこう。
一刀「いや、今までずっと寝てたからさ。
あまり眠くないというかむしろ目が冴えちゃってて」
これは本当。
眠れない原因は何も華琳に見つめられているからだけではない。
華琳「そう」
少し思案するような仕草をし、やがて
華琳「じゃあ、散歩にでも行きましょうか」
そう言って俺の手を取った。
特に会話をすることも無く、城の周りを二人で歩く。
んー……何か調子狂うなぁ。
いや別に嬉しくないわけではない。
むしろ普段あまり時間が取れないせいか少し気持ちも昂る。
でも……華琳の表情が暗いのが頂けない。
……どうしたものか。
聞いて素直に答えてくれるような子じゃないしなぁ。
そうこう考えながら歩いていると、向こうから華陀が歩いてくるのが見えた。
華陀「おう、北郷。もう大分身体も回復したようだな」
相変わらず爽やか且暑苦しい満面の笑みで話しかけてくるね。
一刀「うん、おかげさまで。本当にありがとう」
華陀「あぁいやいいんだ。
患者を救うのは医者の役目!使命!天命!神が俺に与えた──」
あれ?いつそんな話に?
しかもちょっとテンション高い……まぁいつも高いけど。
華陀「そんなわけだから北郷。少し俺に付き合ってくれないか」
え、あやべ、全然聞いてなかった。
つか医者の使命だか天命だかの件からなぜ俺が付き合う話に?
一刀「えと……華琳、少しいいかな?」
華琳「ええ。医者の言う事を聞いておいて損は無いわ」
そう言うと華琳は来た道を引き返す。
うー……なんでそんなテンション低いんだよぉ……気になるじゃないか。
華陀「二人の時間を邪魔して悪いな。
しかしこれは北郷には聞いてもらいたいんだ。
いや、北郷は知っておかなければならない」
さっきまでの暑苦しい笑顔は何処へやら。
急に顔を引き締め辺りを確認する。
華陀「すまん、少し場所を変えてもいいか?
あまり人の耳には入れたくない話だと思うんだ」
だと思うって……気になる言い回しだな。
一刀「わかった」
森の中を進み、人気の無いところまで移動する。
華陀「まぁ、この辺りでいいだろう」
そう言って適当な岩に腰掛け、
俺も座るようにと目で促されたので華陀の向かい側に座る。
華陀「北郷」
そして静かに口を開いた。
華陀「君の身体の事だが──もう、次は無いと思ってくれ」
一刀「……どう言う事?」
「次は無い」それはどういうことなのか。
大体の予想は付くが敢えて聞き返した。
華陀「次、今回のような無茶な戦い方、
身体を内側から破壊するような氣の使用をすれば──」
静かに、冷静に彼は俺を睨むかのように見つめ
華陀「君は五感の何かを失う。
最悪、死ぬ事になるだろう」
一刀「…………」
華陀「それに五感の何かひとつ、と決まっているわけじゃない。
その全てを一気に失う事にもなりかねない」
それはもう……”生きている”とは言えないんじゃないだろうか。
華陀「この事を話したのは北郷と曹操だけだ。
他の者には伝えないほうがいいだろう。
余計な心配を掛けてしまうからな」
……華琳の元気が無かったのはこの事が原因か。
華陀「北郷、君の想いは素晴らしいと思う。
尊敬するし俺の目指しているものと何処か似ている。
だが──」
そう口にする華陀の表情は厳しい。
怒りを覚えているように見える。
華陀「その想いが強すぎて、周りが見えていない。
もしも彼女達を守れたとしても、君が傷を負ったり、
死んでしまえばそれは只の自己満足でしかない」
一刀「…………」
華陀「今回の事も、奇跡と呼んでいいだろう。
もし治療が少しでも遅れていたら、君はもうこの世の住人ではない」
…………。
華陀「もう一度、”守る”という事はどういう事か、考え直してくれ。
今の君は只、自分の気持ちを彼女達に無理やり押し付けているだけだ」
そう言い残し、華陀はその場を後にする。
”守る”と言う事はどう言う事か──か。
俺は……どうすればいいんだろうか。
どうすれば皆をずっと守っていけるのだろうか。
一刀「はぁぁぁぁぁ……」
今世紀最大と思われるため息が、静かな森の中に響いた。
華陀「少し言い方がキツかったか?」
貂蝉「いいえ、そんな事ないわよ。
あれくらいキツく言わないとまた無茶をするに決まってるわ」
「あれでもまだ足りぬと見えるな。
あれほど頑固な性格の持ち主もそうそういるものではない」
華陀「曹操は今、北郷に恐怖を抱いている。
また彼が自分のもとから消えてしまうんじゃないか。
……そんな恐怖を抱いている」
「愛した女子(おなご)であるなら、心も守ってやらねばな」
貂蝉「そうね……」
次の日、俺の部屋には朝からの訪問者。
雪蓮「おっはよー♪」
愛紗「おはようございます、北郷殿」
…………。
一刀「あの、お二人はなぜここに?」
雪蓮「一刀が重傷だって聞いたから飛んできてあげたんじゃない。
どう?健気でしょ?惚れた?」
愛紗「星の件について、少しお話を伺いたく思いまして。
桃香さまもお待ちしております」
ああ……何かもうすごい怒られそう。
それこそ俺の命の危機だ。
雪蓮「まぁとりあえず、朝食をいただきましょう。私まだ何も食べてないのよねー」
愛紗「そうですね、北郷殿も起き掛けでは流石にお嫌でしょう。
朝食を摂った後、もう一度お伺いさせてもらってもよろしいですか?」
う……いやしかし仕方の無い事だとは思う。
自分の国の、しかも大切な仲間が他国で重傷を負ったのだから。
一刀「わかった、とりあえず食堂に行こう。
皆も集まってると思うし」
そう言って寝台から足を下ろし、立ち上がろうと──
どさっ
したが足に力が入らず、寝台に座り込んでしまう。
一刀「……あれ?」
雪蓮「……?どうしたの?」
一刀「え……あぁいや、うん。
なんでもない、いこう」
もう一度力を入れる。
すると普通に立ち上がることが出来た。
……なんだったんだ今のは。
もしかして「氣」に何か関係があるのかな。
そういえば風に今の俺の氣は常人の半分以下だって言われたな……そのせいかもしれない。
……あれ?氣って元に戻せるのかな?
戻らなかったらどうしよう。
そんな事を思いながら二人を引き連れて食堂へ向かった。
はっはっは!さぁーてと、怒られるとしますかなぁー!……はぁ。
食事を済ませた後、待っていましたと言わんばかりに関羽さんが出口で待ち構えていた。
愛紗「では北郷殿、すぐにお伺いしますので」
関羽さんは礼儀正しい。
しかし今はその礼儀正しさが返って俺の恐怖心を煽る。
身を縮み上がらせながら劉備さん達が来るのを待つ。
愛紗「失礼致します」
まるでチワワのように震える俺。
お、俺が劉備さん達を訪ねたほうが謝罪の時に誠意が伝わったのでは……?
何故か問答無用であちらが俺に訪ねてくる形になっていたが。
しつこいようだけど怖いものは怖いんだ。
だってここに来る前だってさ
『隊長……どうかご無事で!!』
とか言ってあいつら綺麗に敬礼なんてしやがって。
後で凪にしばき倒してもらおう。
ああ、この扉が開かれた瞬間、俺は短い生涯を終えることになるかもしれない。
だって、だってさ?
あの大会の時の関羽さん見ました?
「おらぁぁぁぁぁぁぁ」とか言って馬鹿でかい刃物振り回してたよ?
鬼?いや鬼だって逃げ出すだろうあれは。
まだ鬼に追い回されたほうが数倍マシ──
あ、ダメだ。
考えれば考えるだけ恐怖が湧いてくる。
この話が終わった時、俺の首はちゃんとついてるのだろうか。
マイナス思考全開なまま関羽さんが扉を開ける。
それと同時に俺は──
一刀「申し訳ありませんでしたあああーーーー!!」
スライディング土下座。
情けなくたっていいんだ。
俺は自分がかわいいんだ!
俺の謝罪という名の雄叫びが室内に響き渡ったものの、なんの反応も返ってこない。
怖い。
怖いが恐る恐る顔を上げてみる。
桃香「……はぇ?」
一刀「……え?」
星「……?」
愛紗「……あの、北郷殿?」
あ、あれ?俺をしばき倒す為に来たんだよね?
でもあの劉備さんの顔は怒っているようには見えない。
というよりも俺の行動が理解できなくて困っているように見える。
見えるというかそうなんだろう。
そして星もいる。
星も訳が分からんといった表情で俺を見ている。
あれぇ?
星「あっはっはっはっはっはっはっはっは」
大爆笑している星。
俺の行動の訳を話したらこうなった。
愛紗「むぅ……」
不満顔の関羽さん。
俺の行動の訳を話したらこうなった。
桃香「あ、あはは……」
困り顔の劉備さん。
俺の行動の(ry
星「ふぅ。しかし一刀。
私は私の意志で勝手にこの国へ留まっているのですぞ。
むしろ迷惑をかけているのは私のほう。
それなのに私が怪我をしたからと言って、一刀が怒られるわけがないでしょう」
やっと笑いが落ち着いたのか、目じりを擦りながら星が言う。
星「逆に貴方は命を賭けて私を救ってくださった。
礼を言われる事はあっても文句を言われる筋合いはないでしょう」
一刀「いやぁだって……ねぇ?
自分の仲間が他国の事に巻き込まれて重傷負ったら普通は怒らない?」
星「それはそうかもしれませんが、今回は明花が関係しているのです。
あのような幼い子が狙われているというのに放って置ける訳がありませぬ」
愛紗「それに我々は魏の皆の助けがあってこそ今の命があるのです。
ですから今日北郷殿を訪ねたのは星の命を救ってくださった礼を言うためです。
……得物を振り回しに来たのではありません」
はい、ごめんなさい。
関羽さんはどうやら結構繊細な心の持ち主のようだ。
……あの大会を見てる人なら想像できないだろうけど。
愛紗「……失礼な念を感じます」
……ここの人たちって人の心読みすぎじゃないか。
桃香「な、何はともあれ私達は星ちゃんの命を救ってくださった貴方に感謝してます。
ちゃんとお礼を言わせてください」
そう言うと劉備さんは姿勢を整え、深く頭を下げ
桃香「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
おおおちょ、これはまずいんじゃないのか!?
一国の王たるものがそう容易く頭を下げてはいけない──とは華琳の言葉。
しかも俺みたいな張りぼての御使いなんかに。
一刀「い、いや劉備さん!?か、顔を!顔を上げてください!」
桃香「いいえ、私達の大切な仲間を救ってくださったのですからこれくらい当然です」
劉備さんがそう言葉を続けると隣にいた関羽さんまでもが頭を下げる。
俺は何て恐れ多い事を!?
人様に頭を下げられるような事なんてしてないのに!
星「ふふふ」
俺がおどおどしているのを見て笑っている輩が一人。
星も笑ってないで何とかいいなさいよ!
一刀「お、おい星──」
焦ったように星に呼びかけると、俺の耳元に顔を近づけ
星「いいではありませんか。
一刀がどう思おうとも私が命を救われたのは事実。
私も貴方には感謝してもしきれない」
そう言って少し顔を離し
星「ふふふ、これは恩を返すまではずっと一刀の傍を離れるわけにはいきませんな。
この趙子龍、受けた恩は必ず倍以上にして返しますぞ」
嬉しそうな顔でそう言った。
一刀「……わかったよ。貴方達のお礼の気持ちは素直に受け取ります」
すると劉備さんたちは顔を上げる。
それと同時に
一刀「でも貴方達の大切な仲間を傷つけるような事になってしまった事をお詫びさせてください」
彼女達が顔を上げるのと同時に頭を下げる。
一刀「謝って済む問題ではありませんが、本当に申し訳ありませんでした」
桃香「え!?あ、あの私達はそんなつもりで──」
一刀「俺も貴方達の気持ちを受け取ったんだから、俺の気持ちも受け取ってくれよ。な?」
これで御相子だ、というように彼女達に言うと
桃香「……はい。
北郷さんの気持ち、確かに受け取りました」
そう、眩しいくらいの笑顔で答えてくれた。
星「ふふ、貴方はどこまでも私を心酔させてくれますな。一刀」
一刀「ん?何か言った?」
星「いいえ、何も」
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