魔法世界に降り立つ聖剣の主
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10:上司が年下の会社員ってどんな気分なんだろ?

 

 

 

 

 

複数の王族が治める国々によって構成されるベルカ王国。

その東方に位置するアウグストゥス領の丁度中心に位置する「王都ホワイトパレス」にて、とある催しが執り行われようとしていた。

 

 

新年を迎え、これからの政策指針を決定する会合だ。

そこへ招集された一団の中に抜きん出て人目を引く集団があった。

 

 

壮年の男が4人に老婆が一人、そしてまだまだ幼い少年が一人。

厳格な雰囲気と圧倒的な存在感を放つ男達は、高貴な者達が集うこの場の雰囲気を苦も無く受け止め、それどころか滲み出す威厳によってそれすらも掻き消してしまう。

 

 

同様に澄まし顔で男達に続く老婆もまた老いを感じさせない凄みを纏っており、とてもでは無いが老人とは思えない。

 

 

だが、対象的に少年は視線を泳がせながら若干縮こまっているようで、明らかに緊張の極地にいることが見て取れた。

 

 

いい加減な神によっていい加減に転生させられた不幸(?)な男、シオン・インサラウムは今日も肌に合わない空気に四苦八苦するばかりである。

 

 

 

「何を大袈裟に動じておる。騎士としてこの場に参じたならば凛とせぬか。」

 

「いやいやいや。俺ってこういう集まりとか初めてだからビビっても仕方ないでしょ普通。」

 

「とは言え若様。次期頭首たる身であるならばこうした催しにも早々に慣れておく必要が御座います。王都に足を運ぶ度に縮こまっていては一族の威厳に関わりますからな。」

 

「むぅ……分かっちゃいるんだけど、何か肌に合わないんだよ。こういう華やかな雰囲気ってさ。」

 

 

 

諭すように告げるアンブローンの言葉に反論の余地こそ無いものの、かと言って直ぐさま態度を改めて父達のように振る舞えるものでもない。

ジェラウドを除く大人勢はそんな現状に苦悩す少年の姿をみて苦笑する。

 

 

 

「やれやれ。若の貴族嫌いは今に始まったことではないが、この調子だと当主になっても治らんまま…などということもありえそうだな。」

 

「いやいやカイさん。俺は貴族が“嫌い”なんじゃなくて“苦手”なんだよ。そういう雰囲気の中にいると自分が酷く場違いに思えてさ。」

 

「何を仰るか。拙者の目から見ても若様は既に一人前の騎士の資質を十二分に有しておられる。そうご謙遜なさるな。」

 

 

 

シュバルの包み隠さぬ賞賛にシオンは照れ臭そうに頬を掻く。

 

 

良くも悪くも実直な男である為に、シュバルは世事も気休めも口にしない為、先程の言葉もまた揺るぎ無き本心によるもの。

 

 

自分などより遥かに多くの場数を踏み、経験を積んだ彼に褒め称えられるのはその人物を尊敬しているが故にどうしても喜びを隠し切れなくなってしまう。

 

 

 

「されども、決して慢心だけはなされぬよう御心掛け下され。理由は既に言うまでもありませんな?」

 

「分かってるよゼンガーさん。慢心は過信の種だ。そんでもって過信は身の破滅の原因になりかねないからねぇ。まぁ多分だけどノープロブレムさ。俺みたいな平凡ボーイが慢心出来るような余裕を身につけること自体が土台無理な話なんだっての。」

 

 

 

肩を竦めて自嘲気味に微笑を浮かべる末代の天才を前にゼンガーは思わず嘆息した。

 

 

この少年は未だに自覚出来ていないのだ。

己が持って生まれた力の強大さと身につけた実力に。

 

 

今の自分に満足して妥協すること無く、ひたすらに己を磨けるという意味ではそれはそれで良いのかもしれないが、同時に自分の才を頼れるだけの自信が無いというのは悩み所である。

 

 

規格外の人物に師事したことで加速度的に実力を伸ばしてはいるものの、いかんせん周囲にいる比較対象が強烈過ぎる為に自分の実力の変化を認識出来なくなっているのだ。

 

 

そんな息子を横目にジェラウドは思案に耽る。

 

 

 

(此奴の性根からして初陣までこのままということも……。せめて競い合う相手でもいれば話は違ってくるのだが……。)

 

 

 

その時、彼の脳裏に“とある人物”が横切る。

直ぐに目配せでシュバルを呼び寄せ、耳元で二人にしか聞こえないように囁く。

 

 

初めこそ突然の事に訝しんだが、黙って話を聞く内に合点がいったらしく頷きを返す。

 

 

そのやり取りを側で眺めていた他の四人は首を傾げる。

しかし、追求する前に一行は他のそれと比べれば明らかに大きな扉の前に差し掛かった。

 

 

 

「ここか?玉座の間って。」

 

 

 

こちらを見上げるシオンにジェラウドは無言で頷き、今一度身形を正し、それに倣うようにして着慣れない貴族正装の裾を整えて扉と向き合った。

 

 

程無くして扉は独りでに内側へと開き、一行を室内に誘った。

 

少しだけ間を入れてジェラウドが歩みだし、他の者も続いて歩を進める。

 

 

部屋の中には大勢の男女が整列し、聖王が通る玉座への道を開けるようにして列の中央に大きな間を開けて整列していた。

 

その列の中にインサラウム一行も加わる直前、シオンはさり気無く出席者を流し見た。

 

 

どの集団も頭首と思しき者が最前列に立ち、その横に親族、後ろに臣下と言った形で並んでいる。

 

 

 

(ていうか何だよこの人達。ガチで存在感が半端じゃないんですけど……(汗)改めてベルカ…もしくはアウグストゥスがどんだけなガチチート集団なのか思い知らされるよ。)

 

 

 

まさに壮観としか言い表し用の無い光景である。

 

どの人物もただ者ならぬ風格を纏い、老若男女問わず全ての頭首が恐らくこの王国に於いてもトップレベルの実力者であろうことが伺えた。

 

 

古来よりアウグストゥスの騎士一族は実力主義が基本理念であり、頭首たる者ならば必ず他を圧倒するだけの武力と、騎士としての崇高な意志を持っていなければ直系の血族であろうと家を次ぐことは出来ない。

 

 

そんな環境下を潜り抜けて来たのならばこの人外軍団の誕生も頷ける。

 

 

 

(とはいえ過剰戦力もいいところじゃねぇか。ガチで連邦と帝国の方々お気の毒だな。)

 

 

 

いつかの連邦との戦いに同行した日が思い出された。

 

次々に薙ぎ払われて行く兵士達と、その只中で猛威を振るう三人の男。

 

 

あの様な一方的殲滅戦が別の場所でも繰り広げられていると考えると、敵とは言えど連邦と帝国の兵士達には道場を禁じ得ない。

 

 

そんなどうでもいいことを考えていた時、どこからか視線を感じた。

 

 

気配が微弱なことから、自分と同じように、さり気なく周囲を観察している者がいたらしい。

 

悪戯半分で視線の方に顔を向けると、列の中にいた金髪の少女と目が合った。

 

 

頭首と思しき青年の傍に立っているのだから親族の人なのだろうと解釈し、何となく手をヒラヒラと振って見る。

 

それに対して相手は一瞬驚いた様に目を見開いた後、すぐにプイとそっぽを向いた。

 

 

気づかれたことに驚いたのだろうか?

確かに先程の視線には此方も同様に辺りを観察していなければ気づくことは出来なかっただろう。

 

ならば少しだけ驚くのも無理は無い。

というより、ほんの少し驚かしてやるつもりで勘付いていることを逢えて伝えたのだ。

それくらいの反応をとってもらわねばこちらとしても面白くない。

 

 

そんな具合に相手のリアクションを見て満足していた所で頭に走る衝撃。

思わず頭を抱えてその場にうずくまり、直後に親の仇を見るような目で当の父親を睨みつけた。

目元に涙が浮かんでいるせいで一切迫力は無いのはご愛嬌だが。

 

 

息子の非難の視線を受けても、当人は素知らぬ顔で前を向いたまま動かない。

この真面目な場面でヘラヘラしている方が悪いということなのだろう。

 

 

そんな態度に少しだけ腹が立つが、この厳かな空気で喚き散らす気にもなれず、渋々直立不動の体勢に戻り、未だ頭に残留する拳骨の痛みを堪えながら時を待つ。

 

そんな最中、王がどんな人物なのだろう?という疑問が浮かんだ。

 

 

話だけならば嫌という程聞かされて来たが、なんだかんだで自分は今まで一度も会ったことも、遠目に姿を見たことすら無い。

 

 

王族としてはそれで良いのか若干気になる所であるものの、今考えても仕方の無いことだとスッパリ割り切って思考の片隅に置いておく。

 

 

 

(仮にも親父が仕えてる人だしな。めっさ存在感だだ漏れで、おっかないツラしてて、顔中に傷があったりして……って、それじゃぁ王様っていうより「ヤ」のつく方々じゃねえかよ。)

 

 

 

脳裏に浮かんだ異常にむさ苦しい虚像を振り払って、シオンは聖王が本当にそんな人物でないことを密かに祈った。

 

 

 

(聖王がどんな人なのかはこの際気にしないでおこう。今の時点で勝手な空想膨らませても意味無いし。)

 

 

 

実のところ父親を従えられるだけの人物が想像出来なかっただけというのが本音である。

 

 

 

(まぁ、それはこれから分かることか。)

 

 

 

結局は実物を見ないことには始まらない。

 

そう結論づけた所で、玉座の間にファンファーレが鳴り響く。

 

 

 

(いよいよか……。そしてどこから音楽流れてんだよ?)

 

 

 

先程自分達が入って来た扉が開き、その向こうから二つの人影が現れる。

 

入室して来た二人を見た途端、シオンは怪訝そうに眉を寄せた。

 

 

 

(女?)

 

 

 

そう。

入って来たのは若い女性と少女の二人組だった。

 

そしてこの場面に於ける登場が意味していることは

 

 

 

(あの女の人が聖王だってのか?)

 

 

 

背中まで伸びた金髪に、聖王一族特有の赤と緑のオッドアイが印象的で、整った顔立ちに、スラっとした無駄の体系をしている。

 

 

街中を歩けば誰もが思わず振り返るような容姿の若き王の姿に、シオンの予想は大きく裏切られた。

 

 

これだけの騎士達を束ねる人物なのだから、父や師のような屈強な偉丈夫を想像していただけに何やら申し訳ない気分になる。

 

 

 

「シオン。よく見ておけ。あの方がこの地を統べる聖王であらせられる御方。アルティア・ルナ・アウグストゥス陛下。そしてお側におられる方が陛下のご息女。オリヴィエ・ミラ・アウグストゥス殿下。お前の主となる御方だ。」

 

「あの娘が……。」

 

 

 

小声で発した父の言葉を受け、シオンは未だ幼き未来の主を見つめた。

 

 

この出会いが彼にとってどんな意味を持つのか。

 

それは数年の時を経て明らかとなる。

 

 

 

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