魏エンドアフター〜絶望ノ絢爛〜
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桃香達が洛陽への突入準備を整えている同時刻、

一刀と霞は、月達を守りながら洛陽から外への抜け道へ向かっている途中で白装束達に遭遇していた。

晴れていた空は既に分厚い雲で覆われており、小粒の雨が降ってきている。

 

一刀「霞!大丈夫か!?」

 

霞「当たり前や!しぶとい言うても所詮は雑魚や!掠りもせんわ!」

 

霞の言うとおり、彼女はその実力から、自身には一太刀も浴びていない。

一刀も刀一本で戦っているものの、辛うじて無傷で居る。

二人に守られるように、その後ろをついていく月と詠。

一刀から預かった桜炎を両手で抱え、月を守るように詠が立っている。

先方を行く二人が襲いかかる白装束をひと通り切り伏せ、

二人で月達を守るように立ちふさがり、得物を構える。

 

一刀「はぁ、はぁ……!数が減らないぞ!」

 

霞「……おかしいで、こんな町中じゃ精々1個小隊が限界のはずや。

  せやのにこいつらまるで軍隊でも率いてるんやないかって数やで」

 

一刀「……やっぱりか」

 

霞「何か思い当たることあるんか」

 

一刀「俺たちは一度こいつらに奇襲されたことがある。

   その時のこいつらは数百万という軍隊だったんだ。

   だけど……国に来るまで、誰もこいつらのことを見た者はいなかったんだ」

 

霞「……突然現れた言うんかい」

 

一刀「ああ……何もない場所に突然、な」

 

霞「……冗談キツいでホンマ」

 

ちらりと後ろを確認する。

まだ月達には危険は及んでいないものの、これ以上増え、自分たちだけでは対処しきれなくなった時、

彼女達が危険にさらされてしまう。

やり過ごそうにも、もうこれ以上この街に留まる事はできない。

月や詠の体力の問題もあるが、すでにこの街には連合軍が来ている。

いつどこで連合軍が攻めて来てもおかしくないのだ。

降っている雨もどんどん強くなり、視界も悪くなりつつある。

もう隙を伺っている時間はない、強行突破しか方法は残されていない。

 

霞「ふぅー……もう少し行けば街の外へ出る隠し通路がある。

  恋がいつも使っとった穴や。

  そこまで全力で突っ走る。

  前の敵だけに集中すんで」

 

一刀「……了解」

 

後方の二人に目をやると、今の話を聞いていたのか、ふたりとも頷いた。

そして先方に目を戻すと、どこからともなく白装束が群がって来ていた。

 

霞「もう体力の温存なんてせえへん!

  全力で!最後まで!突っ走るでえええーーーー!!」

 

一刀「行くぞおおおーーーッ!!」

 

霞と一刀の捨て身の吶喊。

目の前にいる分厚い壁のように行く手を阻む白装束を、二人で一点突破する。

その二人が切り開く道を月達が走る。

自分たちの望む未来を掴むために、ひたすら走る。

 

 

 

 

 

月「あっ──!」

 

しかし二人の切り開く道を走っている途中、月が雨により泥濘んだ地面に脚を取られてしまう。

その一瞬の隙を狙うように、数人の白装束が襲いかかる。

 

詠「月ッ!!」

 

前方を一直線に進んでいる二人はその状況に気づくのが一歩遅れてしまった。

 

霞「ンの……!だらあああああ!!!」

 

一刀「ッらあああ!!!」

 

二人で庇うように得物を振るうも、一人の白装束がその攻撃を免れ、そのまま月達に襲いかかった。

 

詠「こんのおおおーーーー!!!」

 

月に斬りかかる白装束に向かい、一刀から預かった桜炎を抜き我武者羅に振り回した。

剣術を微塵も身につけていない彼女は、

自分でもこの攻撃は良くても相手に一瞬の隙を作る程度だと思っていた。

しかし

 

詠「──へ?」

 

我武者羅に振るい、その隙に月を助け起こすつもりだったが、桜炎は白装束の首を安々と切断していた。

 

一刀「大丈夫か!」

 

霞「さっさと行くで!」

 

二人に腕を引っ張られ、起き上がる月をよそに、予想外の出来事に戸惑う詠。

 

詠「こ、これ!これ凄い!」

 

一刀の前に桜炎を差し出し、思わず子供のような表現が出てしまう程に彼女はその刀に驚いた。

 

一刀「ああ!だろ!?

   でも今は急ごうな!」

 

前方に目を向けると、二人がこじ開けた道を塞ぐようにわらわらと白装束が集まってくる。

 

詠「そ、そうね!月、手を握って!」

 

月「うん、ごめんね。ありがとう」

 

しっかりとお互いの手を握り、再び走り出す。

 

 

 

 

 

そしてついに目的の場所にたどり着こうとした時──

 

「困りますねぇ。このままでは私の計画が台無しになってしまいますよ」

 

霞「ッ!?」

 

一刀「な、何だ!?」

 

どこからか聞きなれない声が聞こえたと思った瞬間、その抜け穴への道を埋め尽くすように、

これまでの道のりとは比較にならない程の白装束が溢れかえった。

道の前後を塞がれ、進むことも戻ることも出来ない。

こんな数の人間が一体どこに潜んでいたのか。

いや、そもそもこいつらは本当に人間なのか。

 

「いやぁ、天も我らを応援してくれているのでしょうか。

 暗雲が立ち込めて、悲劇を彩るには最高の天候ではありませんか」

 

その白装束の後方、多分この男が指揮を取っているのだろう。

 

霞「お前は誰や」

 

于吉「失礼しました。我が名は于吉と申します。

   先程、そこにいる彼のお仲間とも会ってきましたよ」

 

一刀「な──」

 

于吉「ふふふ、心配ですか?ですが彼女達の心配をする前に、

   今の自分達の状況を把握したほうがよろしいのでは?」

 

その男の言うとおり、その間も白装束は増え続け、

もう自分達の居る場所以外はすべて白で覆い尽くされてしまった。

 

一刀「何故この子達を狙う。お前らの狙いは俺じゃないのか」

 

于吉「そうですねぇ、同じことを説明するのは好きではないのですが……

   一言で簡単に言ってしまいましょう。

   ──楽しいからですよ」

 

一刀「────」

 

男の発した言葉を、すぐには理解できなかった。

 

楽しいから……?

それだけの理由でこの子達をこんなに苦しめているのか……?

 

于吉「その表情、素晴らしいですよ。

   ですがまだまだ、もっと素晴らしい、美しい表情が出来るはず」

 

霞「この──!」

 

あまりにもその男への怒りが強かったのか、霞が一瞬とも言える瞬間で間合いを詰め、切り裂く。

しかし

 

于吉「乱暴なお方だ。私でなければ死んでいましたよ」

 

何事もなかったかのように、切り裂かれた部位が、まるで時間が巻き戻るかのように再生していく。

 

于吉「さぁここからが本番です。

   果たして貴方は、皆を守る事ができるのでしょうか?」

 

心底楽しそうな口調で、両手を広げる。

厚い雲で覆われ、次第に強くなる雨を浴び、空を仰ぎ見る。

 

于吉「ここを突破することが出来なければ、貴方を待っているのはひたすらな地獄だ。

   目の前で守るべき人間が次々に殺されていく未来が待っている。

   そうならないように、必死に、死ぬ気で、もがいて、足掻いて……楽しませてくださいね」

 

そう言うと同時に、白装束の軍団が一斉に襲いかかってくる。

まるで雪崩でも起きているかのように、地響きを鳴らし、4人へ向かい突進してくる。

 

一刀「霞ッ!」

 

霞「応ッ!」

 

月と詠を二人の間に挟むよう前後に陣取り、なだれ込んでくる敵を見据える。

 

一刀「絶対!絶対生きて帰る!絶対に死なせない!」

 

霞「当たり前や!こんなくだらん事で死んでたまるかい!」

 

互いの士気を高めるように、二人は双方になだれ込んでくる白装束へ吶喊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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星「おのれこやつら……!」

 

鈴々「うー……こいつらしつこいのだ!」

 

一刀達が于吉と名乗る男と出会う少し前、こちらでも既に戦闘が始まっていた。

しかし、こちらは少数精鋭の部隊を編成し、街中でギリギリ戦える程度まで人数を抑えている。

翻って白装束たちは人数こそこちらとは大差ないものの、切っても切っても起き上がり、自分たちへ向かってくる。

その執念とも言える行動を目の当たりにし、いかに精鋭部隊と言えど、兵達は恐怖を覚え始めた。

まるで不死身の化け物を相手にしているかのように、自身の刃が届いている筈なのに、倒れない。

やっとの事で絶命したと思っても、その姿は霧のように掻き消え、新手がどこからともなくやってくる。

まるで無限に湧いてくるかのような白装束達に、兵達の心が折れそうになっている。

 

星「鈴々!凪!このままでは兵達の被害が増える一方だ!

  我らで一気に押し返すぞ!」

 

鈴々「了解なのだ!」

 

凪「はっ!」

 

三人が一箇所を集中突破しようと試みる、が──

 

凪「──ッ!?離れて!!」

 

星「ッ!!」

 

鈴々「にゃ!?」

 

凪の発した言葉を理解する前に、二人はその場から後ろへ飛び退いた。

その直後、二人の立っていた場所にこの集団を率いているであろう大男が降ってきた

それと同時に二人めがけて振り下ろした両拳が地面に激突し、

周りに居た白装束もろとも地面を抉りとった。

 

兀突骨「おいおい、せっかく二人揃って葬ってやろうとしたってのに

    邪魔してくれるんじゃねぇよ小娘」

 

地面にめり込んだ拳を引き抜き、悠然と三人へ向き直る。

自分の仲間であろう者たちを何の躊躇もなく殺し、それでも平然とした表情の男。

まるで当たり前かのように行われた仲間殺しに、星と鈴々は男の狂気を感じ取った。

 

星「なんという怪力……!

  これが無手の威力か……?」

 

鈴々「あ、危なかったのだ……」

 

地面に潰れている白装束を目にし、もう少し遅れていれば

あそこで潰れていたのは自分たちだったかもしれないという事に戦慄した。

 

兀突骨「ん〜、イマイチ気分が乗らねぇ。

    そもそも俺はこんな小娘共を相手にしに来たわけじゃあないんだが」

 

気怠そうに、心底面倒くさそうに三人の目の前で挑発とも取れる言葉を発した。

その言葉に星と鈴々は怒りを覚えたが、凪は疑問が浮かんだ。

自分たちを相手にしに来た訳ではないというのであれば、一体何の為にここにいるのか。

一刀を狙ったことと言い、今の自分たちへの発言といい、まるで最初から一刀だけが目的かのような行動。

 

星「おのれ貴様……!」

 

鈴々「なめるななのだ!!」

 

二人が揃って男へ突進する。

星による突きの連撃、鈴々による自分の持ちうる力を乗せた渾身のなぎ払い。

自分の武を示す為に、渾身の力を込めて二人で男に斬りかかる。

しかし──

 

兀突骨「ふんッ!!」

 

星「な──ぐああ!?」

 

鈴々「にゃあ!?」

 

男が腕を横薙ぎに振るった。

それだけで星の突きは中断され、鈴々のなぎ払いはいとも簡単に弾き返された。

 

兀突骨「呆けてる場合じゃねぇぞ?」

 

二人がその事実に驚愕していると、目の前に拳を振りかぶった男が居た。

先程の、白装束達をまとめて圧殺したその怪力を自分に振るわれ、一瞬動きが止まってしまった。

 

凪「はぁッ!!」

 

しかし振るわれた拳は二人に当たることは無く、横から飛んできた蹴りによって軌道が逸らされた。

そのまま回転し軸足を変え、回し蹴り、裏拳、上段蹴り、

そして最後に力を溜めた中段蹴りを兀突骨の腹目掛け繰り出す。

 

兀突骨「ぬぅッ──!」

 

二人の攻撃を弾き返した男だったが、凪の流れるような連撃を弾き返す事は出来ず、防御に徹した。

凪の中段蹴りによって兀突骨は間合いから飛ばされ、星と鈴々は距離を取った。

 

星「すまない、助かった……!」

 

鈴々「やっぱり凪は強いのだ!」

 

凪「この男は私が請け負います。

  お二人は隊の者の手助けをお願いします。

  白装束に対しての闘志が薄れてしまっています」

 

確かに凪の言うとおりだった。

いくら斬ろうが殴ろうが、すぐさま起き上がり斬りかかってくる白装束達を前に

趙雲隊、楽獅隊共に士気が低くなっていた。

目の前の男に自分の武を侮辱された事は許せないが、ここは凪に任せた方が良いと判断した。

 

星「……すまない、我らの力が及ばないばかりに」

 

鈴々「鈴々、もっともっと強くなるのだ!」

 

凪「……いいえ、貴女方は私達の心の支えとなってくれています。

  隊長もそう思っていますよ」

 

彼女は微笑み、二人にそう言った。

 

星「……解った、この男は任せるぞ」

 

まるで一刀の全てを理解しているような凪の言葉に、彼への情の深さを垣間見た気がした。

兀突骨と対峙している凪を除き、星と鈴々は自分達の隊を援護するため戦闘に加わった。

 

凪「……何故貴様が生きている。

  貴様は確かに死んだはずだ」

 

兀突骨「あ?あぁ確かに死んだな。

    いや、死にかけてたってのが正確だが」

 

男の言っている意味が分からずに困惑する。

 

兀突骨「お前らも経験したんじゃないのか?

    その外史でしか起こりえない事は、別の外史に行けば無かったことになる」

 

凪「…………!」

 

理解した。

この男は彼がそうしたように、外史を移動することで死を免れていた。

 

兀突骨「ま、死んじまったら外史を移動しようと意味はないが」

 

まるで、凪が別の外史から来たという事を知っているような口ぶりで話す。

困惑したが、白装束の目的を把握する事を優先した。

 

凪「……何が目的なんだ」

 

兀突骨「あ?」

 

凪の姿を双眼で見据え、苛立ちを覚えているような声を発した。

 

兀突骨「……お前も他の外史から渡ってきた口だろ」

 

凪「──ッ!」

 

男に突然、それも自分とは面識が無いにも関わらず言い当てられ、困惑は驚きに変わった。

当然だ。

凪は一刀が討ち取ったという男の死体を見て、男の顔を知っているだけだ。

兀突骨は凪の顔を見たことが無いはず、にも関わらず当ててみせたのだ。

 

兀突骨「お前だけここの人間と流れが違うからな、

    ……あの忌々しい小僧を追ってきたってとこか」

 

男の苛立ちの表情は怒りの表情へと変わり、血にまみれた拳を握り締める。

 

兀突骨「……目的はなんだと言ったか?そんなもん──」

 

握り締めた拳を自分の近くに居た白装束へぶつけ、全身で怒りを露わにする。

 

兀突骨「あの小僧を殺しに来たに決まってんだろうが」

 

凪「……!!」

 

やはり、という気持ちと、何故、という疑問が浮かぶ。

この男の目的が彼を殺す事ならば、自分を負かした彼に報復するという動機は容易に思いつく。

しかしそれ以外の行動は何なのか。

呂布を操った人間は誰なのか。

何故この街の人間は一人も居らず、董卓の兵を操っているのか。

 

兀突骨「まぁ、この筋書きは全部あの男が書いたものだがな」

 

凪「あの男……?」

 

この男以外にも、白装束を従えているような者がいるのか。

その男が呂布に術を掛け、この街を制圧したのだろうか。

 

兀突骨「なかなか愉快な事を考えつくもんだ。

    あいつの頭の中ではあの小僧が最も苦しむ方法とやらを既に描いている」

 

凪「なに……?」

 

兀突骨「不思議だったろう?何故直接ではなく、呂布を操ったのか。

    何故、この街の人間はひとり残らず居なくなり、董卓兵を操っているのか」

 

男の言うとおり、凪達には白装束達が作り上げたこの状況が理解出来なかった。

 

兀突骨「この反董卓連合の戦はまさにうってつけだった」

 

怒りの表情を見せていた男が一転、にやりと嫌な表情で笑う。

 

兀突骨「守る守ると狂ったように言ってるあのクソガキが、この状況を放って置くわけがねぇ」

 

凪「…………」

 

兀突骨「三国が平定した外史から飛んできたんだから尚更だ。

    あいつはそこに目をつけたってわけだ」

 

男の話を、凪は黙って聞いていた。

全ては白装束を率いているもうひとりの男の筋書きだった。

一刀の守るという信念を逆手に取り、この戦を仕組んだのだ。

 

兀突骨「自分の目の前で呂布や董卓たちが死んだら、あの小僧はどうなるんだろうなぁ」

 

舌なめずりをしながら、男は話を続ける。

 

兀突骨「守ると言った者を目の前で殺す!

    自分のせいで巻き込まれたと奴は自分を責める、追い込む。

    心を徹底的に潰し、へし折り、廃人になるまで追い詰めて──」

 

そこまで言うと、言葉を区切り

 

兀突骨「最後に俺が、この手で葬り去ってやる」

 

腕を広げ、空を仰ぎ、心底嬉しそうに、楽しそうにこの戦の筋書きを話す。

 

「相変わらず口が軽いですねぇ貴方は。

 いい加減にしないと貴方も殺してしまいますよ」

 

空を仰いでいた男の後ろ、何も無い空間から突然男が現れた。

 

兀突骨「……あ?」

 

良い気分だったのを邪魔されたことにイラついたのか、顔を空に向けながら睨むように視線だけをその男に向ける。

その横を、兀突骨の視線を意に介す事も無く、凪の前へ出る。

 

「お初にお目にかかります、楽進殿」

 

凪の偽名ではなく、”楽進”という名で彼女を呼ぶ。

 

于吉「自己紹介をしましょうか。私の名は于吉と申します」

 

仰々しい動作で凪に一例する。

 

于吉「まぁ、今しがたこの愚か者が話したように、北郷一刀の命は貰い受けます。

   彼は少々目立ちすぎた。

   我々の使命を尽く邪魔し、外史の法則を塗り替えてしまっている。

   ……我々管理者にとって、それは存在意義を否定されているようなものなのですよ。

   あちらの外史では邪魔をされてしまいましたからね」

 

丁寧な口調と礼儀正しい動作で、淡々と彼を殺すという意思表示をする。

 

于吉「ここを選んだのにもちゃんと理由はあるのですよ?

   あちらでは白兵戦で負けてしまいましたが、

   ここならば、貴女方の軍も大勢では入ってくることが出来ない。

   嫌でも小隊を組む事になる。

   翻ってこちらはたとえ倒れたとしても私がいくらでも駒を生み出すことができますから」

 

そこで言葉を区切り、

 

于吉「まぁ……私の個人的趣味でもあるのですが」

 

それまで微笑を浮かべていた男が、口角を釣り上げ、表情を崩した。

 

于吉「人間の負の感情は素晴らしいと思いませんか?

   呂布然り、あの村の娘然り、その母親然り。

   絶望を味わった時、人間は最も美しく、そして醜くなる。

   その絶望を映した表情が、私にたまらなく快楽を与えてくれるのですよ」

 

興奮した様子で、呼吸を荒くしながら狂ったような表情でまくし立てる。

 

于吉「呂布の件もちょっとした伏線でしてね。

   彼が呂布を救うという選択をすることはわかっていた。

   もちろんあの場で彼を殺してくれても良かったのですが、結果は見ての通りです。

   しかし彼の取った行動を見たものはどう思うのでしょう?

   敵を命がけで救ってしまった彼を、連合軍はどう見るのでしょう?」

 

凪「…………」

 

于吉「例え我々が直接手を下さずとも、ほんの少し足止めをしてやれば董卓達は捕縛され、

   見せしめという形で連合軍に首を落とされるでしょう。

   ……世界が違うとはいえ、あの中には彼の愛した女性もいましたねぇ。

   その時、北郷一刀はどんな表情を見せてくれるのでしょうか。

   目の前で彼女達の首が飛ぶ瞬間、彼の心はどのような音を立てて壊れていくのでしょうか。

   目の前で自分の愛した者の首が飛ぶ瞬間、彼はどうなってしまうのでしょうか。

   ふふふ……わくわくしませんか?」

 

狂気を撒き散らし、己の欲求を満たすために施した幾重もの罠。

董卓達が逃げないように足止めをし、彼を呼び寄せ、

そして彼が連合軍を選んだ場合、そのまま連合軍に董卓は殺される。

彼が董卓達を救う選択をした場合、白装束達が直々に追い詰め、彼の目の前で董卓達を殺す。

わざわざ張遼と夏侯惇を接触させなかったのも、この状況を作り上げるためだった。

呂布を救った事による連合軍の審判は聞かずともわかる。

彼の居る劉備軍を、総勢力で打ち滅ぼしに来るだろう。

この男は彼の想いを知り、それを手玉に取り、どこまでも苦しめる策を施した。

 

于吉「では私はやらなければならないことがあるので、これで失礼致しますよ」

 

そう言葉を残し、于吉と名乗った男の姿は消えるように霧散した。

 

兀突骨「ふん、相変わらず薄気味悪い野郎だ」

 

愕然とした。

 

兀突骨「まぁそういう事だ。

    お前ら雑魚に構っている暇はない。

    俺は一刻も早くあの小僧が絶望する姿を見てぇんだよ」

 

言葉にならなかった。

ここまで……ここまで下衆な心を持った者が存在するのか。

あの人が必死になって守ろうとして、それでも守れなくて。

華琳様の前で慟哭したと聞いた。

自分の非力を嘆いて、目の前にある親子の幸せを守れなくて。

明花とその母の為に、涙を流したと。

それからのあの人は本当に、見てる者が辛くなってしまうくらいに自分を犠牲にしてきた。

襲撃してきた白装束から、瀕死の重傷を負いながらも星様を守り、明花を守り。

そして雪蓮様と冥琳様が離れることのないように、死を与える程の病をその身に請け負った。

今回の呂布の時だってそうだ。

自分の身を顧みず、彼女を救った。

そして今、董卓達を救うために、必死で戦っているのだろう。

桃香様達に迷惑を掛けてしまう事に心を痛めて、

それでも死ぬべきではない彼女達を救おうと、必死に道を切り開いているのだろう。

最悪、桃香様のもとを離れ、自分一人だけが裏切り者になる覚悟もあるのだろう。

そんな……そんな優しいあの人を、この下衆共はまるで遊びのような感覚で弄ぶ。

いや、実際遊び半分なのかもしれない。

先程言っていた管理者がどうこうという話よりも、その後の話をしている時の方が本音に見えた。

この世界で起きている反董卓連合の戦をあの男が仕組んだという話を聞いたと同時に、

明花が母を失う事も、あの男の考えた筋書きだったのだと理解出来た。

 

人の絶望が────楽しい。

 

凪「…………」

 

雨が降ってきた。

しかし気にする余地が無い。

周りで起きているはずの激しい戦闘の音も耳に入らない。

目の前にいる男の言っている言葉も理解できない。

降りしきる雨が髪を濡らし、身体を濡らし、地面に伝っていく。

まるで全身の血が止まってしまったかのように、自分の身体が冷たく感じる。

これは怒りなのか、それとも別の何かなのか。

 

冷えていく。

 

脚が冷えていく。

 

腕が冷えていく。

 

胸が冷えていく。

 

頭が冷えていく。

 

思考が冷えていく。

 

今まで感じた経験のない感覚が、全身を覆っていく。

 

兀突骨「────」

 

男が何かを言っている。

でも私の脳はその言葉を理解しない。

 

何かを叫びながら、目の前の男が自分に向かって拳を振りかぶっている。

それを冷静に、只冷静に眺めている。

 

そして、男の拳が、そのまま無防備に立っている凪に振るわれた──

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とりあえずここまでです。
続きはまだ半分ほどしか書けておりません。
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コメント
確かにクズ野郎ですよね。ここまで執拗に追ってくるとは・・・。しかも一番苦しむ方法で見て楽しむとは、流石に理解は出来ませんが。(YYT-ZU)
真性のゲスとはこういうヤツをいうんだろうな もしこの話を元の魏で聞かせたらどれほどの激情が生まれる事やら(悠なるかな)
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