ジョジョの奇妙な冒険HCFF 第1話「ブラック・モーニング」 |
キンとするような冷たい空気が町を支配している。朝焼けの光が満ちた、近年成長目覚ましいこの都市の昔ながらの古風な雰囲気が残るこの場所では、活気はまだ、多くない。
杜王町――M県S市に位置し、古くは戦国時代からの別荘地帯と観光、そしてなにより『壁の目』という、町東部の沿岸に突如現れた、海から来るなにかから町を守るような壁を特色とするこの町の西部に、町の中心である杜王駅が位置している。
そして、杜王駅からさらに少し西に進むと、田舎の香りを残す田園地帯になっている。そこを、一組の男女が南に向けて走っていた。
「はあっ……、はあっ……」
正確に言えば、先行する女性は明らかに男性から逃走を図っている。女性――私立ぶどうが丘高校の制服に身を包んだ少女は、すらりとした手足と長身、そしてくっきりとした目鼻立ちとなによりも金糸のように輝くセミロングの髪が特徴的であり、それらがまた深い黒色の瞳を引き立たせていた。
「どーして、私が追われてるのよッ!」
彼女の名は、汐華汐梨(しおばな‐しおり)。そして恨み言と荒い息とともに彼女がそう叫んで振り返った先の男は、汐梨の意外な健脚に驚きを隠せないでいるようだった。
「待ちやがれッ!」
男は、黒い短髪を整髪料でオールバックに撫でつけ、スーツを着込んだ中肉中背の体躯から少し危ない雰囲気をかもしている。顔には深い切り傷のような筋がいくつか見受けられ、言葉の端からも一般人とは思えない色が滲んでいた。たとえるならばそうヤクザ――だがあえてこう表現しよう、ギャングだ。
「嫌よ変態ッ! 帰れッ!」
女子高生がギャング風の男に追いかけられる――ここ杜王町には似合わない光景は、十分ほど前から続いていた。
「ふぃ……、落ち着く」
早朝の杜王町、駅近くのアパートの一室で、汐梨はニュースをなにげなしに眺めつつカップについだ紅茶を片手にくつろいでいた。ぶどうが丘高校の制服を軽く着崩し、カーテンから漏れる朝日に煌く金髪を丁寧にセットし、薄く化粧を施した彼女の、学校前のくつろぎの日課である。
正直、政治とかどーでもいいのよね……。
テーブルに肘をついてため息をつき、汐梨が適当にチャンネルを変えていくと、今話題の『健康になれるイタリアン』を紹介するコーナーにたどり着いた。カメラ潜入NGとあるテロップと、店から飛び出してきたレポーターが興奮気味に感想を語っている。
「へぇ……? 涙が滝のように出てくるお水、肩が熱くなって肩こりが治るサラダ……? うさんくさ、っていうかそれイタリアンじゃあないと思うんだけど」
くすりと微笑んだ汐梨の、その金色の髪は生来のものであった。それはイタリア人である彼女の父親からの遺伝であり、逆に黒々とした瞳は日本人の母のそれである。生まれも育ちもイタリアの彼女が、中学一年生の時に単身で日本――母の故郷、杜王町に移ったのは、母の病死と父との確執が原因であった。
「全然懐かしくもないけどさァ……、……いやいや、もうあの国は私とは関係ないし」
んー、と伸びをして、汐梨は目を閉じる。そう、彼女の身の上は今の彼女には関係のないことだ。
汐梨は自由を手に入れ、今に至る。
「って、杜王町なの? マジ?」
最後にこのイタリア料理店『トリサディー』の住所が掲載されると、汐梨はガタンと立ち上がった。なんとここ杜王町の西部、彼女の通学路から少し外れたところにあるというではないか。
「ふぅん……、ちょっと面白そうね。よし子と貴子もこれ見てるかな……」
気の合う学友たちの顔を思い浮かべながら、軽く放課後のプランを立ててみると、汐梨はなんだか言い知れないほどの幸福を感じた。
『続いて、本日未明に起きた飛行機事故の続報をお伝えします。本日早朝M県S市の空港に着陸予定だったイタリア、ヴェネツィア発の航空機が空中で爆発したとい――』
彼女が新天地に求めたもの――それを手にしているんだと、彼女はそんな感慨を噛み締めて、くすりと微笑み、テレビを消して立ち上がる。そろそろ家を出る時刻だった。
「ふー、メイクよしスカートよしブラウスよし、髪型アクセも全部よし、パンツもブラも白ベース! 完璧!」
カップに残った紅茶をぐいっと飲み干し、腕時計をつけ、姿見の前でくるくるとして微笑んでみると、汐梨は学生鞄を手にして家を出た。
その直後の出来事である。
アパートの裏手から天を衝くような爆発音が上がった。三階建てのアパートを越えて、その火柱から発せられた光が彼女に陰を落とす。
「な、何事ッ?」
一階に住む彼女はすぐさま裏手に回った。そこは売地になっていて、誰も入ることはできない。それに爆発物が置いてあろうものなら発見も早いはずだ。
……って、あれェ?
「なにも……ない?」
十平方メートル弱ほどの、短い草に覆われた空き地はいつもと変わらぬ風景だった。土がえぐれた様子も、草が焦げた痕も、驚いて飛び出してくる住民の姿もない。爆発物なども見つからなければ、人が侵入した痕跡もなかった。ここではなかったのかと辺りを見渡しても、そんな模様はどこにも見つからなかった。ただし、空気が焦げるたしかな臭気は、あたりに蔓延していた。
「んん……? おっかしいなァー……。たしかにここで――」
「――爆発があった、と言うんじゃあないだろうなァ?」
「ひッ?」
顎に手を当て、唸るように汐梨がそう呟くと、背後から不意に男の声が彼女の台詞の先を奪う。汐梨は軽く飛びのいて、そして男の風貌を確認する。
「そうなんですよ! でもなんだかそんなことなかったみたいで……」
男の身長は百七十センチほど、汐梨とはほとんど同じ身長で、これまた同じように少し癖のある日本語だった。ただし髪の色も瞳の色も肌の色もそれは純粋な日本人のそれで、漆黒のスーツに身を包んだ彼は会社員のようにも見える。頬に走る刀傷からなんとなしに立ちのぼる雰囲気を除けば、であるが。
ちょっと怖い人……、初めて見る顔だし。
「……あの、やっぱり聞こえましたよね、ドカーンって」
「ああ……聞こえた聞こえた、よーく聞こえたぜェ……」
少し警戒しながら汐梨が尋ねると、男は目を閉じてうんうんと頷きながらそう答えた。その含みのある言い方にかすかに違和感を覚え、彼女は足を一歩引く。彼の言葉の端から、触れたら爆発しそうな非日常の爆薬を彼女はとっさに垣間見た。
「ほお……、一歩引いたな? いいー勘をしているなァ、シオリ・シオバナ」
「ッ! なにそれッ!」
男が、にやりと微笑む。ぐしゃりと歪んだ、悪魔のような表情。
こいつ、私の名前を……?
「なら、〈こいつ〉も見えるんだろォ?」
チンピラのように背中を丸め、汐梨を見上げるようにしながら男が背後を指さす。いつの間にかそこには、なにかが立っていた。なにとも形容できない、なにか。
「な、なによあんた……、なによそれッ!」
それは人の形をしていた。周囲の空気がゆらめいているようなオーラをまとって男の後方に佇む、その像は男よりも少し小柄で、体中には毒々しいまだら模様が入っている。服を着ているとも思えないその像の各所には刺々しい装飾が生えており、顔には狂気を感じさせる笑みを浮かべていた。
「ふん、まあいい……」
だが、男はすいと身を引いて汐梨に背中を向けると、そう言い捨てて彼女から離れていく。それに随行するように、像は名残惜しそうに体から順に方向を変えると、完全に振り向くと同時に消えてしまう。
「…………なに、あれ」
そう呟いた汐梨の中にどろりと渦巻いた感覚。それは恐怖であり、困惑である。しかしそれはあの男への恐怖ではなく、あの像への困惑ではなかった。
一歩一歩遠ざかる男の背中に視線は釘付けになりながら、汐梨の心は――自分自身の深くの海へと、暗闇の荒野へと沈潜していた。
……なによ、どうして今なのよ。もういいじゃない!
「ああ、そうだ……」
視線の先の男がぴたりと立ち止まる。汐梨との距離は、五メートル弱といったところ。
「俺の名前は竹部譲。イタリア育ちのギャングだぜ」
「……ぐッ?」
振り返り、男がそう名乗り凶悪な笑みを再び彼女に見せつけた時、汐梨は背後から思い切り頭を殴打された。なんの気配もなく、一瞬で意識が遠くなるようなパワーで。
「ボスの命で、お前を連れていく」
汐梨の体は二メートルほど前方まで転がっていった。鞄の中身が辺りに散乱し、その衝撃を物語る。それでもかろうじて意識を繋いでいた汐梨は、目の前に立った竹部という男の元に自分の背後からさっきの像が帰っていったのをはっきりと見た。
「く……ぅ」
「……加減しすぎたか。小娘にしてはよく耐えているとも言うが」
この男は何者か。ギャングだ、それは自分で言っていた。でもそういうことではない。目的はなんなのか、なぜ自分を殴ったのか。そもそも自分を殴ったこの像はなんなのか。なぜこの男に小娘呼ばわりされなければならないのか、なぜこの男はイタリア帰りであることを明かしたのか、なぜ同じ国なのか。
彼女は、その理由を知っている。
汐梨は身動きするのをやめた。殴られた痛みが頭の中でギャンギャン反響しているような感覚があり、余計な力を使うのは躊躇われたからだ。
なんで、どうして……。
その理由を認めないだけで。
身動きをやめたということは、抵抗することをやめたわけではない。ただ彼女は迷う。一般人であるはずの自分がギャングに対して抵抗してみせることは、彼女のなにかを破壊してしまいそうな行為に感じられたからだ。だが。
どうして、こんな……、こんな……ッ!
「さて、さっさと……」
竹部が彼女の鞄を拾いあげ、次いで彼女の首に手をかける。完全に汐梨が気を失ったと思い込んでいるのか、その動きは緩慢だった。
「はあッ!」
「なにッ?」
汐梨の拳が竹部の足首を打つ。その手には、砕けた手鏡の欠片が握られていた。
「こ、こいつ……!」
「誘拐の『ゆ』の字も知らないでなにがギャングよこの変態!」
すぐさま立ち上がり、両手でどんと竹部を押しのけた汐梨は、血のついた破片を投げつけるとびしっと人差し指で竹部を指す。
「あんたなんか知らないわよこのスカタン! 警察に届けてやるわこのタコ!」
抗うということは、求めてやまないものを守るということは、生きるということだ。
汐華汐梨――星の形をした運命の歯車は、再び彼女を捉えた。
くぅー、やっぱりこっちに来るんじゃあなかった! 交番がない!
杜王駅西部はまだまだ広い土地が残る田園地帯だ。運が悪いと人の姿はなかなか見当たらない。一目散に逃げ出した汐梨は、あたりをきょろきょろと見ながらずっと南下している。その後ろ、十メートルほど離れたところを竹部譲が彼女を追って走っていた。
でも住宅地に逃げるんじゃあみんなに迷惑かかるし……、もう! どーして携帯壊れちゃったのよッ!
汐梨は電源のつかない携帯電話を恨めしげに睨みつけながら後方を振り返った。身体能力にはそれなりの自信がある汐梨が全力疾走なら表情からうかがう限り竹部も全力疾走であり、もう少し走れば駅東部へと移れる踏切がある。
「ちッ! なんであの女こんなに!」
「……はあ、はあ、うっさいわよバーカ!」
しかし着実に距離は詰まっている。体力に余裕はあるとはいえ、それには限界があった。事実息は上がっている。このままのペースでは、あの像が出現する五メートルという距離に近づくのに二、三分といったところか。彼女が目指す交番は踏切を渡り、さらに東へまっすぐ五百メートル行ったところにある。もちろんその道程上には多くの民家があり、竹部はうかつに派手な行動は起こせないはずだが、不可視のあの像に捉えられることは避けなければならない。
呼吸が苦しくなる。後頭部の傷はまだ痛む。転んだ拍子に打撲したらしい腕や足が悲鳴を上げる。すりむいた額からの血と汗で度々目を開けなくなる。
…………! 化粧が落ちちゃったらどうしてくれるのよッ!
それは少し意外なきっかけだった。これまで、「一般人であろう」という意思と「一般人を巻き込めない」という感情に板挟みになっていた彼女に決断を促したのは、本来ならばギャングに追われるなどあってはならない身の上であろうとする意思。
竹部の周囲にあの像は見えない。もちろんその事実が彼女の決断の最大の理由ではあろう。それが意味することは二つ。あの像は遠くまで行くことができないということ。そして、
「あの像は、目立たなくっちゃあならないってことよねッ!」
彼女の制服の胸ポケットにはヘアピンが差し込んであった。真赤な蝶を模したその金属製のピンは学校で使うには少し大きくて重すぎたためにブローチとしていつもそこにあったのだが、彼女はそれをかすかにためらいながら握りしめると後ろに目を遣る。竹部は、さっきよりも近づいているように見えた。
「……仕方ないか」
踏切はもうすぐそこだ。彼女は腕時計を外すと蝶のヘアピンを時計盤にほど近いところのベルトに差し、バックルを留めて円にする。
「待てィ! このままだとケガをさせることになるぞッ!」
竹部の声が近い。五メートル以内まで、時間がない。
「いきなり後ろから殴っといてなによ! ギャングだかなんだか知らないけど、一介の女子高生に逃げられて――」
ヒュイン、という異質な音が汐梨の台詞に混じった。振り返るまでもなく、彼女の脳裏にはあの猟奇的な表情の像が手を伸ばしてくる様が浮かぶ。彼女は一度言葉を切るとぐっと息を飲み、一瞬ふわりという歩調に変えた。
「エッ?」
同時に体を折って上体を低くする。竹部の像が繰り出した手は空を切り、汐梨は自分よりも前にその像を見ながら、くるりと一回転しつつ、
「――恥でもかくのが似合ってるのよッ!」
腕時計とヘアピンのブーメランを投擲した。重さが一点に集中したそれは汐梨自身の回転も伴って高速で回転し、勢いよく竹部に迫る。
だが、
「知るかァ! こんなちゃちなチャクラムでこの俺が、怯むと思っているのかッ!」
さすがはギャングを名乗るだけあり、たしかに卓越した反射神経と呼べるだろう。竹部は少しの減速も見せずにそれを弾くと、道路脇でガシャンと砕けた時計盤を一笑に付し汐梨を睨みつけ――
「だから恥知らずっていうのよこのマヌケ! 調子乗るから!」
真正面から飛来した汐梨の携帯電話と眉間をクリーンヒットさせ、軽く体を浮かせてのけぞり、悶絶した。
「ぐげェーッ!」
「やった!」
汐梨は竹部が背中から道路に倒れ込むのを見届ける前に身を翻し、わき目も振らずに駆けだす。踏切を越え、まっすぐ交番へと続く道から逸れて住宅街の路地に入った時、彼女の視界には竹部の姿はなかった。
や、やった……、なんとかまいた……。ここなら、あの変態も……。
民家の石壁に背中を預けて大きく息を吸い込むと、安堵感と脱力感がのど元を通過して全身の力を奪っていくような錯覚があった。ぺたんと座り込み、呼吸を整えていくうちに、その安堵はじとりとした恐怖感に変わって彼女の手足を包み込む。
「行かなきゃ……、ここはまだ、安全じゃあない……」
そう思っても、足に力が入らない。竹部譲という男、そしてあの像に共通する危ない笑顔が足の裏に貼り付いて地面と接着しているように。
「もう……、なんなのよ、ホント。どーして……」
しばらく時間が経った。汗は引いた。血も止まった。全身にかすかな痛みが残っていた。とりわけヘアピンと腕時計と携帯電話を投げ捨てたその右手が、なにかに引っぱられるようにずきずきと痛んでいる、ような気がした。
「ホント……、最悪。ついてないわ……」
汐梨は再び立ち上がる。いくぶん心は落ち着いていた。足に力が入らないのは、激しい運動をした疲れからだろうと推測できた。
「とにかく警察……、って、学校にどう連絡すればいいんだろ……?」
彼女は学校がある方向の空を見上げ、朝日に目を細めると、そうぽつりと呟く。
すると、直後、
「学校にはよォー、連絡を入れる必要はねーぜェ……」
「!」
不意に耳元で声がして、汐梨の全身に電流が走った。全神経が張りつめ、全筋肉が緊張する。この路地は入り組んでいた。いつの間にか、竹部が彼女のすぐ後ろまで迫っている。
「くっ――」
「おおっとォ!」
咄嗟に距離を離そうとした汐梨だが、左腕を捉えられるとすさまじい力で持ち上げられ竹部のすぐ後ろに振り落とされた。落下の際にスカートがふわりと広がり、脚も開いていたものだから、彼女の視界からスカートがフェードアウトした代わりは、竹部の、下品な表情だった。
「このッ!」
汐梨の表情は一気に朱に染まり、その激情に任せて自由な右手でネクタイをほどくと、彼女は竹部の目めがけて振るう。だが、それは竹部の例の像の拳によって容易に切断された。
「ふゥーむ、なんだお前は、さすがと言うべきなのだろうか? なかなかの戦闘センスと言いたい。閃きも、運動神経も、抜群じゃあないか……」
素直に感心したように頷きながら、竹部はそう言うとちらりと汐梨の表情をうかがう。握られたままの左腕と自分の顔とを憎々しげに交互に睨む彼女の毅然とした表情。それをしばらく見るうちに、竹部の視線はネクタイをほどいたことで緩んだ制服の胸元へと移っていった。
「それにしても、……白とはなぁ、ええ? いい色じゃあないか、普通の女子高生っぽくて。ふふふ……、ははは、くはははははは……」
「この野郎ッ!」
声を殺し、口元を歪めて笑う竹部に、汐梨の感情は一気に昂った。右手が拳を作り、左手を引きよせてそれを掴む竹部の右腕肘関節を狙い澄まして放たれる。
「残念だったなぁ、シオリ・シオバナ」
「離せ、このド変た――」
しかし、その拳は像にはっしと掴まれて止められた。逆に左腕を思い切りひねり上げられ、声が途中で途切れる。そしてふと思い出したように竹部が汐梨の口をふさぎ、彼女の体に馬乗りになった。
「さて……、予想外に手間がかかったが、まあ予想外の収穫もあった。これで眠れ」
宙に浮かぶ像が汐梨の両手と口を押さえる。竹部は左手を、汐梨のみぞおちにそっと乗せた。まるで、右の拳をこれからそこに叩き込むぞというマーキングをするように。
……ダメだ、このままではッ!
意識が遠のく。像に踏み抜かれている右腕からくる激痛もさることながら、人間よりも厚い手の平が口の上に置かれているために口と鼻の両方からの呼吸が難しくなっていたからだ。まだ、全力疾走の反動から呼吸は復帰していない。
……仕方、ないッ!
汐梨は目を瞑った。集中する。自分の心臓に、心に。精神に。呼び起こす。精神力の像を。ヒュイン、という異質な、甲高い音がする。
「ぼがァーッ!」
彼女の体から、ちょうど胸のあたりから一本の腕が伸びて、竹部の像を思い切り殴り飛ばした。そのパワーによって像が吹き飛ぶと、竹部もそんな情けない声を上げて吹き飛び、路地の奥の、舗装された壁に激突する。
「これだけは……、これだけは使いたくなかったのに……」
汐梨はゆっくりと立ち上がり、悔しげに唇を噛み締めながらそう一人ごちた。その後方には、竹部の像と同じように、ゆらぎのようなオーラをまとった像が浮かんでいた。
「これに頼ることはあの人に頼ることだと……、そういうことだと思っていたのにッ!」
背が高い。百六十九センチの汐梨の体より頭一つ大きな体が、宙に浮いているおかげで地面に這いつくばっている竹部にはことさら大きく見える。やはり人間のような姿をしたその像は、たしかなふくらみとくびれを持つ女性的なシルエットをしていた。
「それをあんたは……、許さないッ!」
汐梨は、異常なくらいに怒っていた。その激情に呼応するように、像はその波のような模様がある体を折り曲げると一気に大の字になってびりびりと空気を揺らす。すらりとしながらもたしかな爆発力を秘めていそうなパワフルさを感じさせるボディと、サングラスのような黒い装飾の奥からのぞく瞳がギラギラとしたすご味をしたたらせていた。
「そ、それがお前のスタンドか、シオリ・シオバナ……」
「もう絶対に! 警察に突き出してやるッ! このド変態ッ!」
この大音声に、できれば付近の住民は気づいてほしくないな、と汐梨は冷静に思った。
「できるか? いいや、できねぇな。この状況……、それに……、俺たちが日本の警察程度を恐れると思っているのか? シオリ・シオバナ」
なぜなら――彼女の運命が、杜王町から遠いところの歯車のものへと変質してしまったからだった。杜王町という、平和で平穏な町の歯車が一つ、刺々しい異常な歯車にすげかえられた瞬間だった。
「……汐華汐梨よ」
「くだらんなァ……、お前も知っているだろう? スタンドの力の前に一般人は、たとえ警察とて無力だということにな」
「日本人なら日本人らしく日本人の名前を呼びなさい」
極めて冷やかに、汐梨は語る。対して竹部からは、焦りからくる動揺が見てとれた。
「ぐ……、……シオリ・シオバナ。日本人らしく、しっかりファーストネームから呼んでいるじゃあないか、ええ?」
「スタンド……、それがあの像の名前なのね。ところであんた、背伸びた?」
彼女の背後に立っていた像――「側に立つもの」から名前を取って――スタンドが、すっと宙を滑って彼女の前に身を立てる。顔の前で拳を作ると、その指関節がパキキ……と音を立てた。
「そう、……俺のスタンドは〈ボマー・ウイルス〉という。拳銃なんかちゃちな豆鉄砲に過ぎないねェ」
竹部も、己のスタンド〈ボマー・ウイルス〉を前面に押し出して立ち上がる。こうして両者を比べてみると、〈ボマー・ウイルス〉の悪人面と汐梨のスタンドの清廉で精悍な顔つきが際立っていた。
「ウイルス……、なるほど、道理で危険な見た目してるわけね」
両者の距離、四メートル弱。汐梨の低く落とした声が細い路地に数回響いて竹部に届く。さきほどからぴくりぴくりと動いていた彼のこめかみの動脈が、一気に姿を見せた。
「言ってくれるじゃあないか。こう見えても俺の〈ボマー・ウイルス〉、素早いんだぜェ!」
竹部が一歩踏み出す。と同時に、〈ボマー・ウイルス〉が短い牙の生えた口をいっぱいに開いて接近した。拳を握り、腕を引き溜めて。
「ゴラァ!」
「はあッ!」
その拳が汐梨のスタンドに迫る。竹部の咆哮がそこに重なる。そして、同時に、汐梨のスタンドの拳と汐梨の裂帛の気合が乗った。
「な……ッ!」
「ええそうね、私はもう警察には頼らないわ。私があんたをブッ倒すから。その後の処理は任せるけど、拳銃じゃああんまり望み薄だし、そもそも撃ってくれなそうだし。まあ直々にブン殴るのが一番シンプルよ」
勝負を分けたのは、両者の行動。拳のスピードやパワーこそ互角だったものの、静止していた状態の汐梨のスタンドに対して接近しつつ拳を打った〈ボマー・ウイルス〉と、一瞬で動に転じかすかに前進しつつ迎撃するようにパンチを放った汐梨のスタンドでは、両者の顔面を捉えた際の深さが違った。
再び、竹部の体は宙を舞って壁に激突した。今度のパンチは腕だけで放ったものではない。荒れ狂う波が岩壁にぶつかるような一撃。ひびの入っていたコンクリートは完全に砕け、竹部はその下敷きとなる。いつの間にか〈ボマー・ウイルス〉の姿はなくなっていた。
「……ふぅー、って、やば! 人が来る!」
スタンドを精神の海に再び戻し、崩壊音を聞いた住民がやってくる前に汐梨はそそくさとそこを立ち去ろうとする。顔と腹に殴打痕を持つ男と一緒にいる所を見られるのは避けたかった。本当は警察に突き出してやりたいのだが、今の始終を目撃して声をかけてくる住民がいないだけで幸運であった。
まあ、文句はなしってやつ? せいぜい病院で事情聴取でもされてろ、バーカ!
心の中でそう恨み言を言い、汐梨は安心した気分と、そして自分の心のうちの真っ黒い荒野がじわりと版図を広げたような言い知れない不快感を抱えて立ち去った。
汐梨がスタンドを発現させたのは中学一年生の時、母が亡くなった時だった。日本人の母は生来病弱ではあったが、汐梨の前ではいつも気丈に振る舞う強い女性だった。仕事柄父よりも父の部下の方が頻繁に顔を合わせるという状態の中、汐梨が外出するときはいつも父の部下が監視を続けた中、わずかな不快感も見せず、さらにその優しさで汐梨を包み汐梨自身にも不快感を与えないような、聖女のような人だった。料理の腕も達者だったが、中でも母の作る手巻き寿司は、イタリアという国で母親が一番に目立つという意味でも最高の料理だった。
その母が逝った。病死。症状は主に高熱、そして呼吸障害。汐梨は病気の詳細を知らされていなかったが、少なくとも隔離病棟行きの感染病の類ではないだろうというのは明白だった。毎日面会に行く汐梨に反して時折しか同行しなかった父親が『内臓の病ならば……』とぼやくのを聞いていた汐梨は、なにか代えがきかない部位の疾病ではないかと疑ったが、彼女にはそれ以上分からないことだった。ただ母の痩せ細った腕に、鋭い刃物で傷つけられたようなあざがあったことは覚えている。その手で頭を撫でられると、胸が矢じりかなにかで突かれているようなかすかな痛みがあったことも覚えている。
母が息を引き取ったのは、入院から五十日ほど経った夏の日だった。イタリアの夏は暑くない。けれども病室は気味が悪いほどに冷房が効いていたように思われた。動かなくなった母の隣で、汐梨はしばらく呆然としていた。
日が暮れる頃になり、父が医者から説明を受けている間病室で母の遺体にすがりついて泣きじゃくっていると、すぐそばに彼女が立っていた。母が見せたような優しい瞳がサングラスのような飾りの奥にあった。穏やかで、凪いだ海のように静かな彼女は、汐梨よりも少し大きな体つきで、すらりとした手足が母に似ていた。
『マン、マ……?』
ぽつりと汐梨が呟く。横たわっている母にではなく、その宙に浮いた像に向けてだった。ぞの像が首をかすかに横に振るのと同時に病室の外から足音がして、瞬間目を離した隙にその像は姿を消していた。
彼女の世界は暗黒に閉ざされた。父は変わらず家にいない。心が砕けそうになった。汐梨は母に似ず男勝りな性格であったが、さらにその感情に波がつくようになった。ふとしたことでカッとなり、家に帰って自省し塞ぎこむ。部屋で落ち込んでいる時、決まって像が彼女の後ろにいて見守っていた。
ある時汐梨が珍しく部屋で暴れると、勉強机の教科書類が散らばった。像がその雪崩に巻き込まれ、そしてなにもなかったようにそこに立っていた。初めてその時汐梨はその像の瞳が荒々しい海のように爛々としていたように感じられた。なんだか怖くなり、床の上に散らばった教科書に視線を落とすと、一番上になっていた地図帳が母の祖国日本のページを開いていた。
もちろん、その頃彼女の名前は汐華汐梨などではなかった。だが、彼女はそれを契機に単身日本へ――母の故郷杜王町へ渡ることを決め、汐華汐梨を名乗ることにした。また、像が現れたのはそれ以来で、自らの意思で呼び出したのは初めてだった。
そう、祖国からの野蛮な使者が現れたこの時、汐梨はこの像を初めて使役し、そしてスタンドという名前を知った。ただ、彼女の潜在能力や能力に関してはなぜか心に流れ込むように頭の中に入っていた。
「まさかあんたも大きくなってたとはねぇ……」
遅刻もやむなしと観念した汐梨は、自宅近くに散らばっているであろう荷物を求めてのほほんと町を北上していた。入り組んだ道だったが、彼女はこのあたりの道順をある程度把握していたので問題はなかった。
汐梨はスタンドを呼び出していない。精神が祖国へ引っ張られるような気がするのだ。さっきもやむなく呼び出しただけであって、また、呼び出さざるを得ない状況に追い込まれたからこそ汐梨はあそこまで激怒したのだった。
だが、竹部という男はもう倒した。次がないとは断言できないが、少なくとも今は平和だ。少しのびのびとした気分で歩いていると、汗がつーっと頬をつたっていく。
「あ、そうだった……」
汗と血をハンカチをぬぐい、髪と化粧のチェックをしようと手鏡を探したところで手の平に鏡の破片を握った時にできたらしい切り傷を見つけ、そして手首に腕時計がないことに気づくと、汐梨はふと足を止める。
もうホント最悪……、はあ……。
彼女が腕時計とヘアピン、携帯電話を武器として失った場所は線路を渡った反対側、しかも後方へかなりと行ってしまっていた。
またしてもピクピクしそうなこめかみを少し揉み、髪を毎朝の感覚を頼りに手ぐしで整えると、汐梨は踵を返した。一度家に戻ってまた来るよりは生産的だと判断したからだ。
「ったく、もう金輪際――」
――関わってほしくない。その言葉は、爆発音でかき消された。彼女の目の前の道路が突如として爆発し、コンクリートの破片が飛び散る。なにが起きたのかの判断は咄嗟にはできなかったが、誰による事態なのかは容易に判断できた。だから、飛んでくるコンクリートをスタンドを使って叩き落とすのにも躊躇わなかった。
「あーんーたーはーッ!」
「俺の〈ボマー・ウイルス〉が……」
爆炎の向こうに、竹部譲と〈ボマー・ウイルス〉の姿があった。
「単なる格闘しかできねェとでも思ったかッ!」
黒煙の向こうの〈ボマー・ウイルス〉は、人差し指と親指を使ってピストルのようにした右手を前方に突き出していた。そこからなにかを射出したのだろう。それが〈ボマー・ウイルス〉の能力だろうか。
「ホントにうっざいわね! 私はもう関係ないッ!」
汐梨はずんずんと歩みを進める。汐梨のスタンドはあまり距離を置かずに静かにその前を進んでいるが、瞳には鋭い殺気を孕んでいた。
竹部の負傷は大きいと判断できた。顔面から血を流し、脇腹を押さえながら壁に体を預け、足を引きずって歩いてくる様は鬼気迫るものがある。周囲からの反応を気にすらせず〈ボマー・ウイルス〉の攻撃をしかけてきたのも、すでに竹部の状態がギリギリだからだろう。よく見れば、〈ボマー・ウイルス〉にも本体と同じような負傷が見てとれた。
「もう周囲に配慮なんてトロいことはしてらんねェ……、シオリ・シオバナ! 力づくで黙らせてやるッ!」
〈ボマー・ウイルス〉がぐーんと竹部の元を離れた。おそらくは最大射程の五メートルまで。汐梨の側をぴたりと離れない汐梨のスタンドとの距離はさらに十メートルほど。汐梨は足を止めずにそれを確認していた。
竹部はそんな汐梨の様子を鼻で笑い、スタンドを構える。
「この〈ボマー・ウイルス〉、射程はそこまでじゃねェ!」
「! なにッ!」
〈ボマー・ウイルス〉の手の甲がぐじゅり、と蠢く。危険。そう汐梨の脳が判断するよりも早く、それが固まりとなって飛んできた。人差し指の背が凹み、レールのようになっている。
汐梨はそれをギリギリのところで回避した。粘性の強い液体が力で押し固められたようなそれが後方へ飛んでいき、電信柱でぺしゃんと音を立てる。その瞬間。
ドッガーンという爆音がして、電信柱が根元から折れた。いや、根元が粉々に砕けて崩れ落ちた。
「なんてことを……ッ!」
「気が逸れたなァッ! ええ?」
「しまっ――」
背後に気を取られた隙に、竹部が距離を詰めてきていた。距離は約四メートル、そこから〈ボマー・ウイルス〉が迫る。
「く……」
〈ボマー・ウイルス〉の両拳のラッシュをスタンドでガードする汐梨だが、やはりスタンドの扱いには慣れがものを言うのだろうか、一撃、その蹴りが汐梨のスタンドの脇腹を直撃する。
「ぐぅぁッ!」
ガードが崩れた。その隙に胸へ、そしてさらに後頭部へのパンチを受け、汐梨とそのスタンドはその場にうつぶせに崩れ落ちる。
「フン……、さっきは不意を突かれた上に能力を使うわけにはいかなかったが、しょせんはスタンドで戦ったことのない素人。この俺にはかなうまい」
汐梨の背中に竹部の靴が落ちる。それはもう誘拐犯とその対象という状況ではなかった。誘拐とは人質を得ることだ。その人質に対して、これでは躊躇がなさすぎる。
倒れた時にまぶたと唇が切れ、視界が赤くなり口腔が汚染される。脇腹への蹴りは骨まで達したかと思えるほど痛く、胸への一撃と背中の圧迫で呼吸が苦しい。そして、彼女と感覚を共有するスタンドは、〈ボマー・ウイルス〉によって拘束されていた。掴まれた腕がぎしぎしと軋んでいる。
「声も出せまい?」
「…………く」
「いや、俺はマジにお前はすげェと思うよ。戦闘のセンスはなかなかと言ったが、スマンありゃ認めたくなかっただけだ。素直に認めよう、お前は天才的な戦士だ」
竹部の声にはどこか嘲笑うような調子があった。汐梨にははっきりと分かる。こうやって、自分が勝った相手を持ち上げることで相対的に自分の価値を上げようとする自己満足だ。
「クズが……」
「あァん? なんか言ったか? ええ?」
身じろぎひとつできない。それでも頭は動かせる。なんとかすれば口も動く。
「クズって言ったんだ。……あんたみたいな、鬱陶しい下衆が私は大嫌いなんだ……ッ!」
こんな野郎に、こんな野郎に……ッ! 私が掴み取ったものが壊されてちゃ、たまらないんだけど……。
血の混じった唾を吐き、首を向けて竹部の顔を見上げた。その表情は、最初とやはり変わらない猟奇的な笑み。
「いい精神力をしている。さぞや強力なスタンドなのだろう……。だが、残念だったなァ。経験で俺が一歩上回っていたばっかりに」
「経験……、スタンドバトル……」
「そうさ、スタンド使いの戦いさ、スタンドの扱いに長けた方が強いに決まってる」
にやりと口元を歪めた竹部に、ついに、汐梨の怒りは頂点に達した。彼女のスタンドが唸る。瞳の中の激流が、さらに光を増した。
「……私の、スタンドは」
ぽつりと汐梨は呟く。努めて平静に。去来するこの五年間の平穏と、優しくておよそ争いに無関係だった母の記憶を噛み締めるように。
「ああ?」
「私の! スタンドッ! 〈ブラック・モーニング〉ッ!」
彼女にとっての、負の部分の具現化。閉ざされた日々を想起させる存在。スタンド。〈ブラック・モーニング〉が、ぐっと拳を握る。
「能力は――」
両腕は固定されていて動かない。ただ拳を作っただけだ。だが、〈ブラック・モーニング〉にとって大切なのは、その拳。竹部では、そこを看破できない。
「能力は?」
〈ブラック・モーニング〉が拳を軽く縦に振る。その直後――およそ三百四十分の一秒後――のこと。
ギュィィィィィィイイイイイイイイイン!
「ぐああああああああッ?」
爆音が広がった。口からではなく、その拳から。〈ブラック・モーニング〉が握りしめた、その拳から。膨大な、音の波。
「〈ブラック・モーニング〉の能力。拳で触れたものを波立たせること。たとえばほら、空気に音として波を作った。あんたの鼓膜に向けてね」
耳を押さえ、地面に転がる竹部。指向性を持たせることのできる波は彼の右の鼓膜しか破っていないはずだから、この声もかろうじて聞こえているはずだった。ゆらりと立ち上がった汐梨は、そんな竹部に背中を向けて立つと言葉を継ぐ。
「ところでさ、体が波打つ感覚って、あんた知ってる?」
その台詞とともに、〈ブラック・モーニング〉が吼えた。びりりと空気を揺らし、左右の拳を〈ボマー・ウイルス〉に叩き込んでいく。
「殺しはしないわ……。罪悪感は感じないけど、もう戻れなくなりそうだから」
ラッシュは三秒と続かなかった。最後に左の上腕部にとびきりの一撃を加えると、竹部は〈ボマー・ウイルス〉もろとも吹っ飛んでいく。
「一撃だけ、一撃だけ能力を込めたわ。骨と筋肉が波打ってズタボロに崩壊していく感覚、あんたが人類史上最初で最後に味わうことになるんだけど、どう?」
「ぐ…………ゥ」
電信柱の残骸の中で呻くことしかできない竹部にそう言い捨てると、汐梨は髪を整えながらそこからゆっくりと、堂々と立ち去った。もうすでに、周囲からの目は気にしない。二人とものスタンドが爆音をまき散らしたのだから、気づかないはずがないのだ。
もうどうにでもなれって感じ……、シラ切り通せばなんとかなる、と思っておくしかないかなー。
だが、事態はここで終わるはずもない。
ドシュンドシュンと連続で〈ボマー・ウイルス〉のウイルスが発射された音がして、彼女の足下を包囲するように着弾した。いうなれば、地雷による包囲網だ。
……この、ホントにッ!
「動……く、な……。それ、は、……俺の意思で、自由に起爆させら……れる。抵抗をやめろ……」
弱々しい声だった。もうすでに戦意は感じられない。ただ、やはりギャングを名乗るにふさわしい任務への忠実さだけが彼を動かしているらしい。
「お前、は……、我がボスが、必要としている……。ここ、に……」
「あんたねッ! しつこいのよ! 分からないッ? 私に人質としての価値はないって!」
こんな場所で一人で戦わされて、護衛の一人もなく――その言葉は、汐梨自身が否定した。それこそが、彼女の意思を破壊する言葉だった。
「この汐華汐梨には夢がある! あんたたちみたいなギャングと関わらない、スタンドなんか呼ばなくていい、平和で自由な日常を望んでいる! なんで私なんだ、なぜ今なんだ! 私はここで平和に生きたい! 今ここにある平坦な日々を! もう放っておけッ!」
〈ブラック・モーニング〉が、彼女の足下に拳を振り下ろす。コンクリートの道路が、さながら水面に石を落とした時のように同心円状に波立ち、彼女の周囲に打ち込まれた〈ボマー・ウイルス〉の発火性の液体をすべて炸裂させた。
「ひ、ひぃ……」
竹部は、彼女の雄叫びにそう短く声を発した。心が折れていた。任務への忠誠心を、十七歳の少女の心からの一喝でへし折られていた。
次の瞬間に、竹部は彼女に背を向けて走り出した。惨めな背中だった。
ドン、と曲がり角から出てきた男にぶつかる。
そして、殴り飛ばされた。その男に。
その男はすらりと背が高く、金髪で、碧眼の異邦人だった。
そしてその腕は、三本だった。
その三本目がゆらぎを持って竹部を殴り飛ばした。
汐梨の視界が暗くなる。しかしこれは物理的に――背後から目隠しを受けたためだった。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああッ!」
竹部の絶叫。というよりは、断末魔。
「間に合った、見せちゃアウトだったよねぇ、あれ」
「まあ、そうだな……」
女の声と男の声。汐梨は、諦観に近い怒りを覚えた。
ブラック・モーニング 本体:汐華汐梨
破壊力 B スピード C 射程距離 E
持続力 B 精密動作性C 成長性 A
ボマー・ウイルス 本体:竹部譲
破壊力 B スピード C 射程距離 C
持続力 A 精密動作性B 成長性 D
説明 | ||
ジョジョの奇妙な冒険のSS。既存キャラの登場は今のところなし。舞台背景はあえて伏せてありますが・・・。 次は早くても三か月はかかります、あしからず。ご意見・感想など気軽にコメントもどうぞ。 追記:何か所か行頭のスペース入ってないところがありますが見逃してください。ワードに書いてる時はちゃんと入ってたんですが・・・、少し数が多くて直すのが手間なので。ごめんなさい。 |
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