IS(インフィニット・ストラトス)―皇軍兵士よ気高くあれ― |
第06話 目覚めと接触
ピッピッという、秒を刻むような、規則正しい音で意識が蘇った。
(ここは………)
鼻腔をかすかな薬品臭が刺激する。
目を開けると、白く霞んでいた視界が晴れていき、次第に物の形が見えてくる。
ただの白濁かと思っていたのは、まっさらな白い天井だった。
(…………医務室、か?)
最初はそう思った。
しかし、基地内の医務室は、ストーブの煤で黒ずんで、これほど白くはない。第一、敵の空襲の激化に伴い、医務室も地下壕の中に移転したはずである。
ならば、どこか近くの病院にでも搬送されたのだろうか。そこまで考えたところで、春樹はふとあることを思い出した。
(あぁ、そうだった。ここは俺の住んでいた世界ではないんだったな)
そう思い至ったところで、まるで思い出したかのように頭を鈍い痛みが襲う。
それとともに、意識を失う前の情景が少しずつ、そして急速に蘇ってきた。
正体不明の飛行鎧に追い掛け回されたこと、それの先導でどこかの軍事基地に着陸したこと、警備小隊の一員と思しき白人に向かって発砲したこと、直後に後ろから“何か”で殴り飛ばされたこと。
そして、春樹はふと思い出す。
かけがえのない相棒を、ともに空を駆け、戦場を駆けた唯一無二の戦友の姿を。
「っ!! そうだ零戦っ!! あいつはどこだっ!?」
確かめるべく、春樹は慌てて身を起こそうとする。
だが――――――
「はい、ストップ」
突如、横合いから伸びてきた手が、起き上がろうとしていた春樹を押さえつける。
何事かと視線を巡らせてみると、春樹の寝かされている寝台の脇に、白い制服姿の女性が立っていた。
「…………あんたは?」
「私? 私はあなたの担当看護師よ。制服見て分かんない?」
言いながら、女性は自らが着ている制服を指差した。
「は? 看護“師”? 看護“婦”ではなく?」
「随分懐かしい呼び方するわね。その名称って随分前に廃れてるはずなんだけど」
まぁ間違っちゃいないけどね。と続け、女性は苦笑する。
そんな女性の態度に、春樹はただただ戸惑うばかりだったが、零戦のことを思い出すと、春樹は再度身を起こそうとする。
だが、いくら起き上がろうとしても、何かに動きを阻害され、起き上がることができない。それどころか、満足に動くこともままならない。
(何だ?)
不審に思い、春樹は目線を下方に移す。
そこで初めて、春樹は両手両足をベルトのようなもので拘束されていることに気付いた。
「これは………」
「ん? あぁそれ? 必要措置ってやつよ」
思わず声を漏らした春樹に対し、自称看護師の女性があっけらかんと言う。
それに対し、春樹は女性の方をキッと睨み付けるが、女性はそれに臆するどころか、逆に半眼で睨み返してきた。
「縛られる心当たりがないとでも?」
女性がジト目でそう言うと、春樹は「うっ」と言葉を詰まらせた。
考えてみれば、確かにそうだ。
何せ領空侵犯した挙句、誰も負傷しなかったとはいえ、軍事基地で銃を乱射したのだ。これで警戒しない方がどうかしているし、いくら警戒してもし過ぎるということはあるまい。
むしろ、春樹がしでかしたことの重さを考えれば、今のこの状況はそれなりにマシな待遇とも言えるだろう。
それを理解したからこそ、春樹はそのことについて何も言わない。何も言えない。
ただただ、バツの悪そうな表情で沈黙を貫くしかできないのである。
「うん。素直でよろしい」
沈黙した春樹に対し、女性は満足げに頷く。
その態度に、春樹は若干複雑な思いを抱くが、それを表に出すようなことはしなかった。
「その調子でおとなしくしててね。今先生呼んでくるから」
そう言い、女性は足早に部屋を出て行く。
それを見送ると、春樹は思わず長い溜め息をついた。
間もなくすると、扉の開く気配とともに、数人分の足音が部屋に入ってきた。
(………来たか)
目の端に五人の男たちの姿が見える。
五人のうち、二人は白衣ならぬ緑色の診療服を着た医師のようだが、残り三人は軍服。それも内二人は明らかに米兵、もう一人も日本人のような顔をしているが、着ている軍服は米兵のものとよく似ていた。
(………案の定、予想通りか)
米兵の姿を認めた瞬間、春樹の目が途端に鋭利なものに変わる。
警備小隊に米兵が混ざっていたことから、この基地に米兵がいるのは知っていたし、この先必ず顔をつきあわせることになるだろうということも覚悟していた。
しかし、実際に米兵が目の前に現れると、やはりというか憎悪と殺意が思考を埋め尽くし、冷静でいられなくなる。
もしも、両手両足が拘束されていなければ、春樹はすぐにでも米兵に飛び掛っていたことだろう。
「……………」
部屋に入ってきた五人の男たちを、春樹は射殺すような鋭い目つきで睨み付ける。
もし視線だけで人が殺せたなら、男たちは部屋に入ってすぐに死んでいただろう。それほどまでに、春樹の放つ殺気と眼光は鋭かった。
事実、男たちは、自分たちに向けられる視線のあまりの鋭さに、若干身を硬くし、僅かに足が鈍る。
だが、そんな状況でも、構わず春樹のもとへ近付いてくる人物が一人いた。
「はいはい。気が立ってるからって年齢不相応な殺気を周囲に向けない。仕事の妨げになるでしょうが」
先程の女性が呆れ顔で言う。
それに対し、春樹は僅かに眉を顰めた。
「おいコラ。君今「またか、この女」って思ったでしょ。私はあなたの担当なんだから何度だって現れるっての」
言いながら、春樹の額をぺちぺちと叩く。
それによって、春樹が顔をしかめると、同時に彼の放っていた殺気が消える。
すると、女性は背後を振り返った。
「先生、診察。ってか、いつまでビビッてんですか」
「あ、あぁ」
言われ、緑色の診療服を着た医師二人が、若干気後れしながら前に出てくる。
ちなみにこの時、この場にいた五人の男たち全員が「なんでお前は平気なんだよ」的な表情を浮かべていたが、当の女性がそれに気付いた様子はなかった。
「では、診察を始めますよ」
医師と思われる緑衣の男二人が、寝台の左右にある椅子に座って、春樹の診察を始める。
ちなみに、他の軍服組はその後ろに佇んで、様子を見守っているようだった。
「気分はどうですか?」
少し年長らしい四十年配の医師が脈を取りながら訊いた。
「あまり、よくありません。むしろクソ米兵を視界に入れたせいで胸糞悪くなってきてます」
そう答えると、途端に質問した医師と軍服組の表情が引き攣った。
「そ、そうですか。では頭の方はどうですか? まだ痛みますか?」
「はい。まだ少し、痛みます」
言った直後、反対側に座っていた医師が、ボードに挟んだ用紙に何かを記入する。どうやらカルテを作成しているらしい。
「自分は、あの飛行鎧に殴られたのでありますか?」
「飛行鎧? あぁ、ISのことですか」
「あいえす?」
ISとは何か、そのことを聞こうとして、春樹は口を開く。
が、彼が何かを言う前に、後ろに控えていた米兵が何か言った。もちろん英語である。
(何だ? 何て言ってる?)
米兵を睨みながら、春樹は思考する。
春樹は基礎教育で、少し英語をやっていたが、それだけでは何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
「あなたの名前は何と言いますか?」
日本人のような顔をした軍服の男が、春樹に問い掛ける。どうやら米兵の言葉を日本語に訳したようだった。
「……………」
だが、春樹はその問いに答えない。
まるで、答える気はないと言わんばかりに口を硬く閉ざし、沈黙を守っている。
「あなたの名前は何と言いますか?」
軍服の男が、今度は若干声を大きくして、再び言う。
すると、春樹は露骨に顔をしかめ、軍服の男を睨み付けた。
「そんな大きな声出さなくても、ちゃんと聞こえていますよ」
「だったら――――――」
「鬼畜米英なんぞに名乗る名前なんかないって言っているんですよ」
言いながら、春樹は軍服の男に殺気を飛ばす。
対する男は、自分に向けられた殺気の濃度にたじろぎながらも、一歩も引くことなく春樹を見据える。
「「……………」」
両者の視線が交錯し、僅かに空気が重くなる。
そんな一触即発の状況を打ち破ったのは、またしてもこの人物だった。
「てい」
ズドムッ!!
「――――ッ!!」
看護師の女性が振り下ろした拳が春樹の股間に炸裂し、春樹は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「はいはい。話が先に進まないから、質問にはちゃっちゃと答える。っつか殺気飛ばすなってさっき言ったばかりでしょうが」
呆れ顔で女性が言うと、春樹は痛みをこらえて女性の方を睨んだ。
しかし、いくら睨もうが、女性はそんなものどこ吹く風といった様子で、全く動じた様子がない。
それどころか、女性はニヤニヤと笑いながら、もう一度拳を掲げていた。
真面目に答えなければ、もう一発いく。口には出さずとも、彼女の目がそう語っていた。
「……桐島です。桐島春樹。広葉樹の『桐』に列島の『島』、そして『春』の『樹』と書いて春樹といいます」
女性の脅しに屈する形となり、春樹は憮然とした表情でそう答える。
それに対し、軍服の男は複雑な表情で苦笑していた。
「住所は?」
「……失礼ですが、まずあなたの名前を教えてくれませんか?」
苦笑する男の表情が癇に障り、春樹は反発するように言った。
もっとも、そんな態度をとっても、男の表情から苦笑が消えることはなかったが。
「あ、これは申し遅れました。私は日本国航空自衛隊、広報の田中弘幸三佐です」
そう男――田中三佐――が名乗ると、春樹は驚きのあまり目を見開いた。
「日本? 今日本って仰いましたか?」
「? えぇ、まぁ」
「ということは、ここは日本なんですか?」
「?? はい、そうですが」
何故そんなことを訊くのか、という顔で田中三佐が答える。
それには構わず、春樹は安堵から一つ息をついた。
(そうか。俺は知らないうちに、祖国に帰還していたんだな)
だが、そうなるとここに来るまでに見てきた光景が気になる。
あの街並みや軍事基地は春樹のいた日本にはなかったものだし、他にも航空自衛隊という組織がなんなのかもわかっていないのだから。
「まぁ、こちらも色々質問したいことはありますし、そちらにも訊きたいことはあるかと思いますがが、今日はとりあえず、基本的なことだけ教えてください」
そこで、春樹は田中三佐の質問に答えていないことを思い出し、慌てて口を開いた。
「住所は○○県××村です」
春樹がそう答えると、田中三佐は米兵に英語で何事かを伝えた。
「ご自宅の電話番号は?」
「電話? あるわけないでしょう」
「えっ、ないのですか?」
田中三佐は不思議そうに言った。
あって当然という言い方だ。都市部ならまだしも田舎じゃほとんど普及もしていないというのに。
「生年月日を教えてください」
「昭和五年八月十五日です」
春樹がそう答えると、田中三佐は笑った。
「ははは、真面目に答えてください」
「どういう意味ですか。こっちは真面目にk――――――」
「そいや」
ズドムッ!!
「―――――――っ!!」
またもや股間に衝撃が走り、春樹は再び声にならない悲鳴をあげた。
「はいはい。寝言は寝てから言おうね。次ふざけたら私も容赦しないよ?」
もう十分過ぎるほど容赦してないと思うのだが、そのことについては触れないでおいた。さすがにこれ以上男の急所を攻撃されるのは勘弁願いたい。
「ちょっ、ま、待ってください。ちゃんと真面目に答えているじゃないですか」
「いや、しかし………」
当惑げに苦笑して、田中三佐は米兵の方を振り返る。
肩を竦め、今のやり取りを通訳すると、米兵は「オーマイゴッド」と笑いだした。
(どういうことだ?)
春樹は混乱した。
そこには、先程までの安堵感は無く、言いようのない不安ばかりが胸の中に蓄積されていた。
はっきり言って、ここが本当に日本なのかどうかすら分からなくなっている始末だ。
「………あの」
「ん? 何?」
笑い合っている田中三佐たちを放置し、春樹は看護師の女性に声を掛ける。
「………ここは、本当に日本なのですか?」
春樹が問うと、女性は「またか」と嘆息した。
「君ねぇ、いい加減にしないと「ふざけてなんかない。いいから真面目に答えろ」……………」
女性の言葉を遮り、春樹は鋭い目つきで睨みながら、言った。
すると、女性はじっと春樹を見据え、やがて大きく息をついた。
「……本当よ。ここは日本の神奈川県にある厚木航空基地、その敷地内にある米軍用クリニックよ」
嘆息しながら、女性が言う。
そして、春樹はその言葉を聞いて、一つの仮説に辿り着いた。
「………あの」
「今度は何?」
女性が迷惑そうに返すが、今の春樹には気にしている余裕などなかった。
「今は……何年、なんですか?」
見慣れない風景。見慣れない服装。そして、日本の基地内を自由に動いている米兵たち。
何から何まで様変わりし過ぎている。
(まさか、いや、そんな…………)
自身の立てた仮説を否定しようとするが、否定できる材料が見当たらない。
そして、次に女性が放った言葉は、春樹の仮説の正しさを証明していた。
「今? 2025年に決まってるじゃない」
心底不思議そうな顔で、女性が言う。
女性にとってはなんてことないただの数字。しかし、春樹にとってそれは残酷な意味を持つ数字だった。
「そん……な………」
頭の中が真っ白になり、春樹は呆然と呟いた。
そして、同時に理解する。
自分が飛ばされたこの世界。その正体が、自分の死から八十年経過した未来の世界なのだということに。
説明 | ||
帝国海軍航空隊『特務零戦隊』に所属する桐島春樹は、祖国を、そして大切なものを守るため、命を賭して戦い、戦場にその命を散らした。だが、彼は唐突に現れた女神(自称)により、新たな世界に転生させられることとなる。そして彼は新たな世界でもう一度戦場を駆け抜ける。そう、全ては大切なものを守るために。 ※オリ主・オリ設定ものです。その手の作品が苦手な方、またオリ主の設定に対して「不謹慎だ!」と思われる方は戻ることを推奨します。基本は原作に沿って話を進めていきますが、所々で原作ブレイク上等という場面があるかもしれませんし、所々でおかしな点が見受けられるかもしれません。それでも構わないという方は本編へどうぞ。 | ||
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