銀の槍、教壇に立つ |
槍ヶ岳 将志は守護神であり、戦いの神である。
この神を祭った社は数多くあり、様々な場所に見受けられる。
人々は家内安全などの願いを込め、礼拝をする。
また、彼を語る上で忘れてはいけないのが、彼は料理の神でもあるという事実だ。
つまり、将志は食材さえ用意すればその腕をふるう。人も妖怪も果ては神さえも将志の作る料理を求めて、食材を差し出すのだ。
将志の料理の味に惹かれて頼みに来るものは後を絶たない。
だが、将志としては自分の作る料理をそう簡単に食べさせるわけには行かないのだ。
何故ならそれはただの施しであって、ご利益を参拝者にもたらしているわけではないからである。
本当にご利益を得ようとするならば、自分で料理をしなければならないのだ。
しかしながら、主に人間を主食としている妖怪達はもちろん、そうでない者も料理など普通に生活していればあまりしない。
「……では、始めるとしようか」
そういう訳で、将志は定期的に本社の本殿で料理教室を開いているのだ。
内容は幅広く、包丁の使い方、食材の知識、調理の際の注意事項、さらには飾り切り等の高等な技術まで教えている。
しかしここで最も重要としていることは、食料を無駄にしないことである。
ありふれた食材を無駄なく、どこまでいい物に出来るか。それが将志の料理教室の目指すところである。
その料理教室に配下の妖怪はもちろんのこと、暇をもてあました外部の妖怪や神が料理教室に参加するのだ。
「……ところで、一つ訊きたいのだが良いだろうか?」
将志の一言に、生徒である妖怪達は一斉に将志の居る教壇に眼を向けた。
目の前にズラッと並んだ妖怪達を将志は眺める。
「……食材で人間を連れてきたものは居ないか? 俺も神としての体裁がある、この場で人間を殺すのは控えたいのだが……」
将志がそういった瞬間、妖怪達の一部から不満の声が上がる。この妖怪達はどうやら外部聴講生らしく、人間を連れてきていた。
騒がしくなった本殿に、将志は手を叩いて黙らせる。
「……まあ、少し落ち着いて欲しい。確かに、妖怪の中には人間を食す事が存在意義の者も居るだろう。だが、ここではそれは少し置いておこう。どうしても人間で実践したいものはここで技術を盗み、その上で自分で試してみるのがいいだろう。それから、人間の諸君にはこの場での命の保障をさせてもらう。だが、外に出てからどうするかは自分で考えろ。助けを求めるばかりのものに手を差し伸べるほど、神も甘くは無い。生き延びたくば考えるべきだ」
将志の言葉に、妖怪達は再び静まった。それを確認すると、将志は話を続けた。
「……さて、全員常日頃様々なものを様々な形で食しているとは思うが、ここに居るということは全員少なからず自分の食生活に不満があるのだろう。普段の味に飽きたり、味を改善したり、何らかの解決策を探しにここに来た者も居るだろう。また、自らの腕に磨きをかけたいものも居るはずだ……そういう者は、この場では全て俺が面倒を見る。分からないことがあれば訊いてくれ」
将志はそういうと、調理場に立つ。
将志が調理場に立つと、妖怪達は将志の手元が見えるような位置までつめて行った。
調理台のまな板の上には、大きなスイカが置かれていた。
「……今日の包丁技は少し面白いものを見せるとしよう」
将志はそう言うと、包丁でスイカを切っていく。するとまな板の上には厚めの輪切りにされたスイカが並んだ。
将志はそのうちの一つを手に取った。
「……ふっ」
将志はスイカの皮と身の間に包丁を入れ、転がすように素早く輪切りのスイカを動かした。
皮を沿うように包丁が滑り、スイカの身と皮が分断された。
その後将志は切り出したスイカの身を一口大に切り分け、円形に残ったスイカの皮の中に放り込む。
これで、見た目も綺麗なスイカの器が出来上がった。
「……これは大車輪切りと言う技で、円または球形の食材に使える技だ。このように皮の硬いスイカなどの食材で行えば、残った皮を器にも使えて見た目も良くなることがある。覚えておくと面白いかもしれないな」
「へえ、そういう使い方もあるのね」
将志が包丁を握っているすぐ隣の空間が裂け、興味津々と言った表情を浮かべた少女が現われる。
少女は紫を基調としたドレスを身にまとい、一風変わった帽子をかぶっていた。
「……来ていたのか、紫」
「ええ、来てたわよ。結構盛況してるわね、これ」
紫はそこに集まっている聴講生を見ながら、切り分けられたスイカに手を伸ばした。
将志はそれを見て、紫に楊枝を手渡す。
「……手が汚れると後が面倒だ。これを使え」
「あら、気が利くわね」
紫はそれを笑顔で受け取ると、一口大に切られたスイカを口に運んだ。
その様子を、将志はジッと眺めていた。
それに気付き、紫は将志に笑いかけた。
「どうかしたの? 私の顔に何かついてるのかしら?」
「……せっかくだ、お前も挑戦してみるか?」
「え?」
突然の将志の一言に、紫は思わず呆けた表情を浮かべた。
それに構わず、将志は紫に包丁を手渡す。
「ちょっと待って……挑戦って、何に?」
「……大車輪切りだ。紫もさっき見ていただろう?」
「私、包丁なんて今まで持ったこと無いのだけど?」
「……今持っているだろう?」
困惑する紫に、将志は真顔でそう言った。
そのあまりに見当違いの発言に、紫は思わずこめかみを押さえた。
「……いえ、手にしたことがあるかどうかではなくて、使ったことが無いってことよ?」
「……心配しなくても、ここに居る者のほとんどが今の技を初めて見る者で、更にその中には料理自体初めてという者も少なくない。失敗して当たり前だ。……だが、やってみないことには何も始まらん。物は試しだ、やってみるがいい」
将志はそう言って紫の肩を叩いた。
紫の手には先ほど将志が使っていた包丁が握られていて、目の前には輪切りにされたスイカがある。
自らの置かれている状況に、紫は頭を抱えたくなった。
「ねえ、せめてもっと簡単なことを覚えてからの方が良いと思うのだけど……」
「……そうか……確かにただやれと言われても難しいか……では、一回で成功させたものには俺が直々に腕をふるって注文の品を作ろう。……これならどうだ?」
将志の発言に、それを聞いた聴講生達は色めき立った。
身内以外の者にとって、将志の料理は滅多に食べられないご馳走なのだ。
しかも注文されたとおりのものを作るとなれば、やる気も出るというものであった。
聴講生達から上がる熱気に、紫は思わず感心した。
「流石ねえ。貴方が腕を振るうってだけで、ここまで反響があるのね」
「……一応料理の神でもあるからな。腕にはそれなりに自信がある」
「それで、本当に出来たら一品作ってもらえるのかしら?」
「……ああ、約束しよう」
将志の言葉を聞いて、紫は輪切りのスイカに眼を向けた。
そのうちの一つを手に取り、包丁を皮と身の間に差し込む。
そして、ゆっくりと包丁を動かし始めた。
「……他にも挑戦したい奴は手を上げろ。用意した食材に限りがある、選ばれなくても恨まない事だぞ?」
将志は手を上げた聴講生の中から数人を選び、前で大車輪切りに挑戦させた。
やはり初めてでは勝手が分からないのか、上手くできたものはほぼ居なかった。
「……出来なくても気を落とすことは無い。俺も最初から出来たわけではないからな。この手のものは何度も練習し、失敗して初めて身につくものだ」
将志はそう言って出来なかった聴講生達を励ました。
そしてそう言いおわると、将志は隣を見た。
「……ところで、紫はいつまでそれをやっているのだ?」
「あら、貴方はこれを終わらせるのに制限時間なんて設けなかったでしょう?」
将志の横では、紫が未だに大車輪切りに挑戦していた。
軽口を叩いてはいるものの、その表情は真剣そのものだった。
手つきは拙く、極端なまでに慎重に包丁を動かしていた。
「……確かに設けてはいないが、一応講習の終了時間があるのだが……」
「……ちょっと待ちなさい、あと少しなんだから……出来たわ」
紫はそういうと、将志の前に切り分けたスイカを置いた。
時間は多分に費やしたが、確かに大車輪切りは出来ていた。
「……若干時間が掛かりすぎではあるが、及第点としよう」
将志が若干ため息混じりでそういうと、紫はほっとため息をついた後、笑みを浮かべた。
「……ふふふ、約束は覚えてるわね?」
「……ああ、覚えている。……何を所望だ?」
将志がそう問うと、紫は笑みを深くして言った。
「幻想郷を一つ」
「……注文は料理に限らせてもらおう」
「あら残念」
額に手を当ててため息をつく将志を見て、紫は楽しそうに笑った。
そんな紫に、将志は冷ややかな視線を向ける。
「……そういえば、何故紫がここに居る? まさか聴講にきたわけではあるまい?」
「ええ、もちろん。少し妖怪観察に来たのよ」
「……まだ協力者を探しているのか?」
「いいえ、今募集は休止中よ。私は貴方を観察しに来たの」
紫の言葉に、将志は首をかしげる。
「……俺を観察して何になるというのだ?」
「この霊峰を統括していて、将来協力者になってくれそうな妖怪なら観察するには十分よ」
紫はそう言いながら将志に近寄っていく。
そして妖艶な笑みを浮かべて将志の耳元に口を置いた。
「それに……私、貴方のことが気に入っているの。気に入った相手なら、その相手のことを知りたくなるものでしょう?」
囁くような紫の声に、将志は眼を閉じてため息をついた。
「……どうでも良いが、講習の途中だ。話は後にしてもらおう」
「つれないわね……ええ、それじゃあ後ろで待たせてもらうわ」
紫は笑みを浮かべたままそういうと、後ろに引っ込んだ。
それを確認すると、将志は講習を再開した。
「……では、今日の講習を終了する」
将志がそういうと、本殿から妖怪達がぞろぞろと出て行く。
それと同時に、後ろで見ていた紫が将志に近づいていく。
「お疲れ様。なかなかに堂に入った教え方をするのね」
「……もう幾度と無く講習を開いているからな。流石に慣れる」
将志は本殿の掃除をしながら紫に答え、紫はその様子をジッと眺める。
ふと、雑巾掛けをしていた将志がその手を止め、紫の方を向いた。
「……ふと思ったのだが、俺を観察してどうするつもりだ? どうにも目的が見えんのだが……」
「観察する理由はあるけど、目的なんて無いわ。しいて言うなら、ちょっとした趣味の範疇かしら?」
「……そうか」
紫の返答を聞くと、将志は興味をなくしたように掃除に戻った。
「あら? てっきり皮肉の一つや二つでも出ると思ったのだけど?」
「……別に見られて困るようなことをしている訳でもないし、紫が襲い掛かってくるわけでもない。気にする必要は全く無い」
「気にも留められないことを嘆くべきか、信頼されてることを喜ぶべきか分からないわね。でも、私が貴方を襲わない保障なんてどこも無いわよ?」
紫のその言葉を聞いて、将志はピクリと眉を動かした。
次の瞬間には、将志から僅かながらピリピリとした空気が流れ出した。
「……仮にお前が俺を襲う気だったとしても、今の紫には俺を殺すことなど出来ん」
将志は普段より少し低い声を出し、軽く牽制する。紫はそれを涼しい表情で受け流した。
「ええそうね。確かに今の私に貴方を殺せる力は無いわ。もっとも、殺すつもりもないけど」
紫のその言葉を聞いて、将志はため息と共に額を手で押さえた。
「……分からない奴だ。ならば、何故俺に疑念を抱かせるようなことを言う?」
「貴方と話をするのが楽しいから、では駄目かしら?」
将志の疑問に紫は妖しげな笑みを浮かべてそう答える。
その回答を聞いて、将志はゆっくりと首を横に振った。
「……本当にお前はよく分からん奴だ」
「私も貴方がよく分からないんだから、お互い様でしょう?」
ため息交じりの将志の言葉に、紫は表情を変えずにそう返す。
その間に将志は掃除を終え、掃除用具を片付けた。
「……それで、まだ何か用か?」
「そうね……ずっと話をしていたいのはやまやまだけど、そろそろお暇させてもらうわ」
紫はそういってスキマを開く。
が、何かを思い出したかのように立ち止まり、将志に詰め寄った。
「ああ、そうそう。私に付き合ってくれる時は遠慮なく言って頂戴。喜んで歓迎するわ」
「……そのためにも、さっさと俺が認めるほど成長するのだな」
紫が耳元でそう囁くと、将志は表情を崩さずに淡々と言葉を返した。
紫はそれに苦笑すると、将志から離れた。
「ええ、分かってるわ。それじゃ、また逢いましょう、将志」
紫はそういうとスキマの中へ入っていった。
それと入れ違うように、広間に赤い髪の小さな少女が入ってくる。
「お〜い、兄ちゃん! そろそろ飯の時間だぞ!!」
「……おっと」
アグナは将志を目掛けて駆け出し、胸に飛び込んだ。
将志はその勢いを上手く殺しながらアグナを受け止める。
「……今日は何を食いたい?」
「久々にチャーハンが食いたい!!」
「……了解した。ではいつもどおり頼むぞ、アグナ」
「おう! 任せろってんだ!!」
二人は手をつなぎながら、仲良く広間から出て行った。
説明 | ||
戦いの神であり、守り神であり、そして料理の神である銀の槍。彼は今日も真面目に職務をこなす。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
347 | 329 | 0 |
コメント | ||
銀の霊峰でも、受講者は多いですよ? 銀の霊峰に住む妖怪はそれなりの数が居ますので。でも、やっぱり洩矢神社の方が集客率は上です。(F1チェイサー) 守護神・建御守人の料理教室!…えっと、本社の本殿で料理教室を開いているとの事ですが、それって洩矢神社の傍に立てられた奴でしたっけ?銀の霊峰で開催しても受講者少ないじゃんと思ってたが、あそこは実質的な本拠地ではあるが、扱い上は分社でしたっけ?…どうにもややこしいですな。(クラスター・ジャドウ) |
||
タグ | ||
東方Project 銀の槍のつらぬく道 オリキャラ有 | ||
F1チェイサーさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |