銀の槍、驚愕する
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「うおおおおお!」

 

 戦いが始まると同時に、指名された鬼は将志に対して攻撃を仕掛けようと駆け寄ってくる。

 それに対して、将志は鬼をギリギリまで引きつけてから槍をスッと眼の前に突き出した。

 

「うおわっ!?」

 

 その場から微動だもせずに突きだされた槍を、鬼はかろうじて避ける。

 ただ目の前にあるだけでも、自分から突っ込んで行けばただでは済まない。

 鬼が体勢を立て直している間に、将志は距離を取って槍を構える。

 

「ぐっ……」

 

 その構えを見て、鬼は歯がみした。

 将志の構えはただ真っすぐに鬼に向けられているだけである。

 それだけのはずなのに、鬼には将志に隙が見つけられないのだ。

 

「……来ないなら行くぞ」

「うっ、ぐあっ!?」

 

 そう言った将志が顔に突きを放ってきたのを、鬼はとっさに防御しようとする。

 しかしその次の瞬間に延髄を柄で打ち据えられ、その場に倒れた。

 鬼が顔を覆ったのは一瞬だけ、まさに神速と呼べる動きだった。

 

「……悪いが人数が多いからな、早々に終わりにさせてもらった」

 

 将志は倒れた鬼に少し申し訳なさそうにそう言った。倒れた鬼は他の鬼によって場外に運ばれていく。

 それを確認すると、将志は次の鬼に槍を向けた。

 

「……次はお前だ」

「よし、行くぞ!」

 

 二人目の鬼は将志の前に立つと構えを取り、将志を油断なく見つめた。それを見て、将志は相手にゆっくりと歩いていく。

 そして鬼にある程度近づいた時、将志が動いた。

 

「……はっ」

「っ!」

 

 将志が上に高く飛びあがったのを受けて、鬼は迎撃しようと上を向いた。

 しかし、見上げたところには誰も居なかった。

 

「えっ、があああああああ!?」

 

 将志が目の前から消えたことによって鬼の思考に一瞬の空白が出来た。

 その空白の間に、鬼は脇腹を痛烈に殴打されて人垣に突っ込んで行った。

 

「おい、今の見えたか!?」

「い、いや、分からなかった!」

「すっげえ、あんな技見たことねえ!」

 

 周りの鬼は今の将志の技にざわめいた。

 周りの眼には将志が上に飛び上がったと思ったら、突然背後に現れて攻撃を仕掛けたように見えたのだ。

 将志の動きが目で追えないと言う事態に、鬼達は俄然将志と戦う意欲を増大させた。

 

「…………」

 

 将志は弾き飛ばした鬼の方を槍を構えたまま睨みつける。

 しばらくすると、頭上に×印を作った鬼が出て来て戦闘不能を伝えた。

 

「……次か」

 

 将志は次々に相手を指名していき、勝利していく。

 その放たれる凄まじい気迫に鬼達は沸きあがり、指名された者は嬉々として将志に掛っていく。

 

「……せいっ」

「ぐうっ!」

 

 今もまた、一人の鬼が石突を水月に喰らい倒れ込む。

 残っている無事な鬼達はそれを回収し、戦いの邪魔にならないように寝かせておく。

 鬼の円陣の外はもはや死屍累々と言った有り様で、倒れた鬼でいっぱいになっていた。

 それでも鬼達の闘志は消えることなく、むしろ更に燃え盛っていた。

 

「……流石は鬼だ。その果てのない闘争心には恐れ入る」

 

 将志は微笑を浮かべながら、爛々とした瞳を向ける鬼達にそう言った。

 そんな中、突然手を叩く音が辺りに響き渡った。

 

「はい、皆さん一度ここで戦いは終わりにしましょう。将志さんも予定があるでしょうし、あまり長い時間捕まえておくのは迷惑になってしまいますからね」

 

 手を叩いた人物、伊里耶はそう言って鬼達を静まらせた。

 

「えーっ、そりゃないぜかーちゃん!」

「こんな強い奴を前にして力比べしないなんて失礼だろ!」

 

 そんな伊里耶に、鬼達は明らかに不満の声を上げた。

 しかし、伊里耶は首を横に振る。

 

「いけませんよ。今まで見ていましたが、将志さんは明らかに今のあなた達に敵う存在ではありません。このまま行けば、貴方達全員そこで伸びることになるだけです。将志さんのためにも、もっと強くなってから挑むべきだと思いますよ?」

「……ちぇ、わかったよ……」

「仕方ないか……」

 

 穏やかに諭すような伊里耶の言葉に、鬼達は渋々と言った表情で輪を解いた。

 そんな鬼達に、将志は声をかける。

 

「……俺と勝負したくば、俺の社がある霊峰に来て己が力を示すが良い。俺はその頂で待っている」

「それって、戦って勝ち上がって来いって事?」

 

 身を乗り出して眼を輝かせる萃香の言葉に、将志は静かに頷いた。

 

「……そういうことだ。そして俺と戦う機会を自らの力で掴み取れ。……お前達と戦える日を楽しみにしているぞ」

「お、いいね、私はそう言うの好きだよ。よし、そんじゃ今度早速行ってみるかね!」

 

 将志の言葉を聞いて、勇儀は楽しそうに笑いながらそう言った。他の鬼達も嬉しそうに霊峰への殴り込みの算段を始めている。

 そんな中で伊里耶が将志に声をかけた。

 

「ありがとうございます。この子たちも満足できるでしょうし、良い修業の機会になります」

「……気にすることは無い。外からの刺激は更に己の技を磨く良い機会になるだろう。こちらとしても歓迎したいことだ」

「そうですね。……ところで、一つ良いですか?」

 

 将志がその声に伊里耶の方を向くと、伊里耶は微笑を浮かべていた。

 しかし、良く見ると伊里耶の顔は若干赤く染まっており、わずかではあるが息遣いが荒くなっている。

 将志は首を傾げつつ、伊里耶の言葉を聞くことにした。

 

「……どうした?」

「私はこの妖怪の山で鬼達をまとめています。ですので、他の子みたいにそう簡単にこの山を離れる訳にはいきません。そして、私は鬼子母神などと大層な名前で呼ばれていますが、それでもやっぱり鬼なんです」

 

 そう話す伊里耶の眼は、まるで恋い焦がれた相手を見るかのような、熱い眼差しであった。

 そしてその眼差しは将志をしっかりと捉えていた。

 

「……ふむ」

「将志さん、私とお手合わせ願えますか?」

 

 伊里耶の言葉に、将志は眼を閉じてふっと一息ついた。

 

「……やはり、お前もか」

「はい。実は、もう貴方が来たときからずっと戦いたくて体が疼いてるんです。それなのに、私だけ戦えないなんてひどい話はありませんよ。将志さん、お願いできますか?」

「……断る理由もない。それに、あの天魔に勝ったと言うお前との戦いには俺も興味がある。正直、このまま何も言われずに帰ることになったらどうしようかと思っていたところだ」

 

 将志は伊里耶の申し出にそう答え、軽く槍を振るった。

 表情には表れていないが、その行動から将志がやる気になっているのは見て取れた。

 それを見て、伊里耶も嬉しそうに笑い返す。

 

「ふふふっ、良かった。貴方も楽しみにしていてくれたんですね。では早速始めましょう……と、その前にやることがありますね」

 

 伊里耶がそう言うと、突然将志の体から熱と疲れが引いていった。

 自らの体に起きた変化に、将志は自分の体を見回した。

 

「……これは?」

「『あらゆるものを平等にする程度の能力』ですよ。これで貴方の体の熱と疲れを私に分けたんです。……凄いですね、あれだけ戦っても殆ど疲れていないんですね」

 

 伊里耶は将志に説明をしながら、自分の体に起こった変化に驚く。

 何故なら、将志は先程から何連戦もしているのにほとんど疲れを感じていないことが分かったからである。

 一方、能力の説明を聞いた将志は小さく頷いた。

 

「……戦うのならば同じ条件でと言う訳か。なるほど、勝ち負けに言い訳の効かない勝負になると言う訳だ」

「はい。人間には鬼の力も分けるんですけど、貴方には必要ありませんね。では準備も整ったことですし、改めて始めましょう」

 

 伊里耶はそう言うと将志を真正面から見据えた。一方の将志も、手にした銀の槍を伊里耶に向けて構えた。

 その瞬間、場の空気が一気に張りつめたものになる。

 二人ともその状態から動かない。が、戦いの場には両者の凄まじい気迫がぶつかり合い、それだけで周囲を圧倒するような戦いが既に始まっていることが感じられた。

 

「ねえ勇儀、本気の母さんいつぶりだっけ?」

「えーっと、最後に本気を出したのが天魔との喧嘩の時だから……百年くらい前じゃない?」

「……もう少し離れて見ないと危なかった気がするんだけど、どうだっけ?」

「……そう言えば、この距離は危ない距離だねえ」

 

 張りつめた空気の中、萃香と勇儀はそう言いあって後ろに下がる。

 他の鬼達も伊里耶の放つ気迫に危険を感じ、後ろに下がっていた。

 

「……行きます!」

 

 全ての鬼達が後ろに下がった瞬間、伊里耶は真っすぐに将志に突っ込んで行った。

 将志はそれに対して迎撃しようとするが、嫌な予感を感じてとっさに横に跳んだ。

 

「……ちっ」

「はあああああ!!」

 

 将志が横に跳んだ直後、伊里耶は踏み込むと同時に拳を前に突き出す。

 すると踏み込んだ地面が大きく揺れると同時に、拳から風を切る大きな音が聞こえてきた。

 それと同時に、将志の背後にあった岩が砕け散る。伊里耶が繰り出した拳の衝撃波が、岩を易々と砕く勢いで飛んで行ったのだ。

 将志が着地すると同時に伊里耶の足元を見てみると、そこはひびが入り、砕け散っていた。

 

「……流石は鬼の頭領だな。防御は通用しなさそうだ」

「貴方も素晴らしい速度ですね。追いつくのが大変そうです」

 

 将志は極めて冷静に相手の攻撃を分析し、伊里耶は将志の動作に笑みを浮かべる。

 今度は将志から伊里耶に攻撃を仕掛けていった。

 

「……はっ」

「たあっ!!」

 

 将志の突きを伊里耶は身体を捌きながら手で受け流し、将志に抜き手を入れようとする。

 それに対して将志は身体を回転させるようにして攻撃を躱し、そのまま槍を背中に叩きつける。

 

「っ、まだまだです!」

「……ふっ」

 

 その槍を伊里耶は腕で受け、振り返りざまに将志のわき腹を狙う。

 将志は伊里耶の腕に槍を押し付けるようにし、回転の勢いを利用して遠くに飛ぶ。

 

「せやあっ!」

「……くっ」

 

 距離を取ろうとする将志に、伊里耶は素早く追撃を掛ける。

 将志はその攻撃を真正面から受けず、受け流すようにして線を殺す。

 真正面から受けたわけではないが、それでも手が痺れそうなほどの衝撃が槍から将志の手に伝わる。

 もし真正面から受けていれば、衝撃に負けて防御を崩されることは間違いないだろう。

 将志はヒヤリとしたものを感じながら、相手の死角を突いて背後を取る。

 

「……せいっ」

「うっ!?」

 

 伊里耶は背後を取られたことに気付いて前に跳ぶ。少し遅れて、伊里耶のいた場所を銀色の線が一瞬走る。

 その一撃は大気を震わせることすらなく、静かに鋭く空を切った。

 

「……はっ」

 

 将志は前に跳んで体勢が崩れている伊里耶に対して最速の突きを放った。

 その突きはただひたすらにまっすぐ突き出された愚直なもの、だがそれ故に神速にまで至ったものであった。

 冷たく光る銀が、稲妻のように伊里耶に迫る。

 

「…………」

 

 体勢が崩れ重心が後ろにずれている伊里耶は、迫ってくる槍を見据えた。

 何を考えるでもなく伊里耶は手を前に差し出し、円を描くように素早く手を動かす。

 

「ふっ!」

「……なっ!?」

 

 そして伊里耶は、倒れこみながら手の動きに槍を巻き込み、掴んだ。

 将志の黒耀の眼が一瞬驚愕によって見開かれる。

 

「……ちっ!」

 

 将志は伊里耶が体勢を立て直す前に槍を振り上げ、伊里耶を地面に叩きつけようとする。

 対する伊里耶は振り上げられると同時に槍から手を離し、離れたところに着地した。

 両者は最初と同じように向かい合う。

 

「……ふむ……槍を掴まれたのは初めてだな。俺もまだまだ修行が足りんと見える」

 

 将志は眼を閉じ、静かにそう呟いた。

 その呟きは深いもので、何処と無く感慨深いものを感じることが出来る。

 

「正直危ないところでした……貴方の槍、その一突き一突きに怖いものを感じます。今のをもう一度やれと言われても、とても出来そうにありません」

 

 そんな将志に対して、伊里耶は大きく息を吐きながらそう返した。

 伊里耶からしてみれば、何故先程将志の槍を掴めたのか分からない。

 無想の境地に達した状態で、とっさに出た行動だったのだ。

 

「……礼を言うぞ、伊里耶。俺はまだまだ成長できるようだ。天魔と言いお前と言い、この山もなかなかに面白い」

 

 将志はそう言いながら再び槍を構えた。

 それと同時に、将志の周りには七本の妖力で編まれた銀の槍が現われた。

 

「くすっ、天魔さんもあのものぐさなところと慢心がなければもっと強くなるんですけどね。それに私も、貴方と戦えば強くなれそうな気がしますよ」

 

 伊里耶は微笑みながらそういうと、赤紫色の大きめの弾を生み出す。

 その弾は、鬼子母神が持つ吉祥果のような形をしていた。

 

「……では、続きと行こう。出し惜しみはせん、全てを見せてやる」

「ええ、私も全力で行かせてもらいます!」

 

 二つの影はそう言い合うと、勢い良く空へと飛び出して行った。

 

説明
宴の席で、次々と鬼を相手に戦う銀の槍。そんな彼を見て、鬼の頭領である鬼子母神が黙っているはずもなく。
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コメント
将志が萃香や勇儀と戦っていないのは、単純に当時の私が二人の戦いを書く自信がなかったからですね。伊里耶の体術描写は本当に苦労しました。(F1チェイサー)
…只管に研鑽を積んだ将志の槍の前には、屈強なる鬼の集団ですら雑兵と化す。…しかし、将志が相手を指名する方式とは言え、萃香や勇儀とは戦ってないんですね。これは、二人に無様な敗北はさせたくないと言う、作者さんなりの温情でしょうか?…それにしても、伊里耶の体術描写は、最早ドラゴンボールの領域にまで達してますね。(クラスター・ジャドウ)
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