天使と悪魔の代理戦争 第二話
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「はぁ……」

 両親が出張してから数日が経ったことで、家の中がかなり寂しくなった。父さんと母さんがいなくなって、水面の言葉数も少なくなった(水面は僕に対して滅多に雑談をしない)からだ。

「少しは気軽に接してくれてもいいのに」

 公園のベンチでため息を吐いていると、同じような寂しそうな表情をした女の子がブランコを漕いでいた。

(あの子、どうしたんだろう……)

 ちょっと気になったので、話しかけてみた。

「ねえ、どうしたの?」

「…………」

 無視された。

「……ヒック」

(女の子に無視されるのはそれなりに辛いなぁ……)

「あ、あのね! お父さんが事故でけがしちゃって、今入院してるの……」

 いきなり泣そうになった僕に気を使ったのか、勢いよく話し始めたが、内容が内容なだけに次第に尻すぼみになっていった。

「そっか……。僕もね、父さんと母さんが出張で遠くに行っちゃったんだ……」

「私たち、同じだね」

「そうだね」

 お互いにシンクロニシティーを覚えた。

「私、高町なのは」

(……高町なのは)

 その名前はどこかで聞いたことがあった。そう、この前ディナから……ということは。

(この子がこの世界の基になった『魔法少女リリカルなのは』の主人公……!)

「ねえ、君のお名前はなんて言うの?」

「あ、僕水無神弥雲」

「やくもくんだね。わたしのことはなのはって呼んでいいよ」

 初対面の女の子を呼び捨てかぁ……。

「うん。分かったよなのはちゃん」

「これでもう、わたしたち友だちだね」

「え?」

 友達ってそんな簡単になれるものだっけ?

「ねえ、やくもくん。遊ぼう?」

「うん。いいよ、なのはちゃん」

 

 なのはちゃんと遊び始めるてからしばらくすると、近くに住んでいる子供たちも集まって楽しく遊んでいたんだけど――

「オイ! テメエらなのはに近づくんじゃねえよ! どっか行きやがれ!」

 そう言ってやって来た真っ赤な髪と赤色と黄色で瞳の色が左右で違う男の子がみんなを追い払ってしまった。

「ひどいよ! なんでこんなことするの!」

 なのはちゃんがそう言って男の子に詰め寄った。しかし、その男の子はなのはちゃんを見るとニヤニヤと笑い始めた。

「よう、なのは!」

「……なんでなのはの名前を知ってるの?」

 二人は初対面らしい。ということは……。

(彼も、僕と同じ?)

「おい! 何見てんだよ!」

(わっ、こっち見た)

「テメー、もしかして……」

 彼も僕と同じ考えに至ったかと思った時だった。

「君、そこまでにしないか」

 声をした方を向くと、銀色の髪をオールバックにしたこちらもまた左右の瞳の色が紫色と橙色で違っている男の子がいた。

(もしかして、この人も?)

「ああん? なんだてめー」

「ふっ、野蛮だね」

 やけに気取った仕草をしている男の子の胸ぐらを赤い髪の男の子が掴んだ。

「その汚い手を離してくれないかな?」

「おい、テメー。どうやら痛い目を見なきゃ分からないようだな……!」

「やるかい?」

 にらみ合う二人が魔力を発し始めた。これで間違いない。この二人は僕の同類だ。

(今はそんな場合じゃない)

「なのはちゃん、今すぐここを離れよう」

 僕はなのはちゃんに小声で話しかける。

「え、だけどケンカは止めないと」

「だけど、そうしたらまたあの子に絡まれるよ。ここは今のうちに逃げよう」

「う、うん……」

 釈然としない様子のなのはちゃんの手を引いて、公園から静かに逃げ出した。

 

 

 

「あ痛っ!」

 公園を出てからしばらく走っていると、角を曲がるときに誰かにぶつかってしまった。

「あうう……」

「ご、ごめん!」

 ぶつかって倒れてしまった黒髪黒目の男の子に手を差し出した。

「あー、こっちも不注意だったからお互い様って事で」

 差し出された手を掴んで立ち上がった男の子が笑いながらそう言った。

「それじゃあ、俺は急いでるんで」

「いたー!」

 声がした方を向くと、そこには長い薄い茶色の髪の女の子がいた。

「ちっ、見つかったか」

 男の子は舌打ちしてから女の子から逃げるように走り出す。

「甘いわね、あなたの行動なんてお見通しよ」

 女の子が髪を払いながらそう言ったと同時に、走り出した男の子は彼の前に現れた数人の男の子に捕まった。

「離せよー」

 男の子はジタバタと暴れ始める。しかし、同体格の男の子に捕まっては抜け出せないようだった。

「さ、帰るわよ」

「あーれー」

 いまいち緊迫感のない叫びを上げて男の子は連れ去られていく。

「全く。IQ200の私から単純に逃げようなんて甘いのよ」

 IQ200って、天才って呼ばれるレベルじゃないかなそれ。

「知能の無駄遣いだなー」

 感心するような呆れるような言葉を言って、男の子はド○ド○を歌いながら連れ去られていった。

「な、なんだったの?」

「さぁ……」

 

 

 

「公園から出たのはいいけど、どこに行こうか……?」

「そうだ、わたしのおうちに行こうよ」

「え、いいの?」

 初対面の女の子の家に行くのはちょっと……。

「だ、だめなの?」

「うっ……」

 上目遣いの女の子の頼みを断れる訳もなく、僕は結局なのはちゃんの家に向かうことになった。

 

「あがってあがって!」

「待ってなのはちゃん、せめて家の人にあいさつしないと……」

 不審者と間違われたら困る。

「……今はだれもいないの。おかーさんもおにいちゃんもおねえちゃんもお店のおてつだいしてるから」

「お店?」

「うん。((喫茶翠屋|きっさみどりや))っていって、人気だからとってもいそがしいんだって」

 喫茶翠屋といえば美味しい洋菓子が自慢のお店だったはず。

「そっか。じゃあ家族の誰かが帰って来るまで一緒に遊ぼうか」

「うん!」

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「ただいまー。なのは、帰ったわよー」

 なのはの母、高町桃子が家に帰ってきて玄関でそう叫んだが、返事がなかった。

「変ねぇ。いつもならなのはがすぐに来るのに。まだ帰ってきてないのかしら?」

「いや。なのはは二階にいるよ。誰かと一緒に」

 なのはの兄である高町恭也がそう言った。

「恭ちゃん、どうして分かるの?」

「気配で分かる」

 なのはの姉であり恭也の妹である高町美由希がそう尋ねると、恭也は事も無げにそう返した。

「母さんと美由希はここで待ってて」

 恭也はそう言って((御神流|みかみりゅう))の獲物である小太刀と((鋼糸|こうし))を持ってなのはの部屋のある二階へ足音を登っていく。

 なのはの部屋の前まで行き、閉まっている扉に身を寄せて聞き耳を立てる。中からはなのはと、聞き覚えのない子供の笑い声がした。

 これを聞いて恭也の緊張は緩んだが、可愛い妹と男が一緒にいるのは別の意味で問題である。

(もしかしたら、なのはが悪い男に((唆|そそのか))されているのかもしれない)

 そうであってもなくても、相手を確認する必要はあるので、恭也は念のために小太刀をいつでも抜けるようにしてから部屋の扉をノックする。

「なのは?」

『あ、お兄ちゃんだ!』

 部屋の中からなのはの足音がして、すぐに部屋の扉が開けられる。

「お兄ちゃん、お帰りなさい」

「ただいまなのは。さっき玄関で声をかけたとき返事がなかったから心配したぞ」

 なのはに挨拶を返しながら、部屋の中に素早く目を配る。そこにいたのはなのはと同じくらいの少年で、その近くには先程までそれで遊んでいたのであろうゲーム機が置かれていた。

「あ、ごめんなさい……」

「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ところで、彼は?」

 落ち込んだなのはの頭を撫でながら尋ねると、なのはは顔をパッと明るくした。

「あ、この子はやくもくんって言って、今日公園で知り合ったの。やくもくん。この人はわたしのお兄ちゃんで、高町恭也っていうの」

「水無神弥雲です。こんにちは」

 弥雲は恭也に礼儀正しく一礼する。

「高町恭弥だ。よろしく」

(どうやら悪い子ではなさそうだ)

 恭也は御神流の剣士の端くれとして、その程度を見抜く眼力は持っている。

「お兄ちゃん、なんで刀なんて持ってるの?」

「あ、これは……」

 まさか強盗が入った場合の事を考えてとなのはに言えるはずもなく、回答に((窮|きゅう))していた恭也に、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。

「刀?」

「うん。お兄ちゃんは御神流っていう剣じゅつをお父さんから習ってるんだよ」

「そっか」

 恭也は矛先が自分から外れたことに安堵していると、なのはと弥雲がひそひそ話し始めた。

「ねえなのはちゃん、あの話のことなんだけど……」

「あ、そっか。お兄ちゃんなら……」

 恭也が二人の会話をよく聞こうとしたとき、なのはが恭也の目をまっすぐと見た。

「お兄ちゃん、お願いがあります」

「……なんだ?」

 なのはの普段よりも真剣な眼差しを見て、恭也も少し身を入れて話を聞こうとした。

「なのはに御神流を教えてください」

 このお願いに恭也は戸惑った。御神流はスポーツである『剣道』とは違い、より実践に則した、人を殺すための『剣術』である。

 兄としては内容も知らない妹にそれを教えるのはどうかと思ったし、剣士としては未熟である自分が師である父――今は昏睡状態であるが――の許可もなく勝手に教えていいとは思えなかった。

「理由を聞かせてくれないか?」

 教えるにしても教えないにしても、昨日までそんな素振りを一切見せなかったなのはが、なぜ急に剣術に興味を持ち始めたのかは聞かなければならない。

「あのね、今日公園でやくもくんと、その他にもいっぱいの子たちと遊んでたら、なんでかなのはのことを知ってる男の子がやって来てみんなをおいはらっちゃったの」

 それを聞いた恭也の警戒度が跳ね上がった。妹のことが知らない男に知られているというのは、兄として見過ごせることではない。

「それでね。その後にもう一人別の男の子が来て、けんかになっちゃったの」

「そんな事がまたあると危ないなーってさっきまで話してたんです」

「なるほどな」

 弥雲が締め括った話を聞いて、恭也はまともな理由であったことに満足し、その原因に対して危機感を抱いていた。

(もしまたそんな事があった時、なのはがそれに巻き込まれない保証はない。剣術とまではいかなくても、護身術程度なら教えておくべきか?)

「恭ちゃーん、なのはいたー?」

 階下からの美由希の呼び声で、恭也は自分が母と妹を待たせていたことを思い出した。

「とりあえず、母さんに顔を見せに行こうか」

「うん!」

 なのはの返事を聞いてから、恭也は弥雲に顔を向ける。

「君も降りてくれるか? 母さんたちになのはの友達を紹介したいから」

「あ、はい」

 

 

「弥雲くんだったわね? 今日はなのはと遊んでくれてありがとうね」

「いえ。僕も楽しかったですから」

 今の状況は、ここに至るまでの経緯をなのはちゃんの母親である桃子さんと姉である美由希さんに教えて、一緒に遊んでくれたことに対する感謝を言われたところである。

「よかったら、またなのはと遊んであげてね。私たちはお店が忙しくてあまりこの子にかまって上げられないから……」

 笑っているなのはちゃんの頭を撫でる桃子さんを見て、本当はもっと一緒にいたいのだという気持ちが伝わってきた。

「はい、僕で良かったらいつでも。僕も今は親が転勤して別れて暮らしているので、一緒に遊べる子がいるのは嬉しいです」

「そう。ところで、弥雲くんは今誰と一緒に住んでいるのかしら?」

 今親が一緒に暮らしていないと聞いて心配してくれたのだろう。優しい人だ。

「今は姉と妹と一緒に暮らしています」

「そう。それなら安心ね」

 桃子さんは一度話を区切って時計を見る。それに僕も釣られて見ると、午後五時を過ぎたところだった。

「あんまり遅くなるとお姉さんが心配するわね。家は遠いの? もしそうなら車で送るけど……」

「あ、大丈夫です。ここから結構近いですから」

 目と鼻の先というほどではないが、子供の足でも十分少々しかかからない。

 

「それでは、おじゃましました」

「やくもくんばいばい。また遊びに来てね」

「うん。また」

 なのはちゃんと玄関で別れの挨拶を交わして家を出たら、僕に続いて恭也さんも家から出て来た。

「どうかしましたか?」

「まだ日は出ているけど、もうすぐ沈む。送ろう」

「そんな、いいですよ」

 そう言って僕は遠慮するのだが、恭弥さんはウンともスンとも言わず、ただ僕の後ろを歩くのだった。

 

 帰りの道を半分ほど行った所で、今まで黙っていた恭也さんが話しかけてきた。

「今日は、ありがとう。なのはと遊んでくれて」

「遊んでもらったのは僕もですからおあいこですよ」

「……そうか」

 それきりまた黙り込み、自宅のあるマンションの目前で再び口を開いた。

「なのはのお願いのことだが――」

 それを聞いた僕は振り返る。

「教えるにしても教えないにしても、俺の一存では判断できない。けど、教えるとなったらそれなりに体力が必要になってくる」

 恭也さんの言葉に黙って耳を傾ける。

「最初は軽いが、次第に厳しくなってくる。その時、一緒にそれをしてくれる人がいるなら、長続きする――と思う」

 そこまで聞けば残りは分かる。

「じゃあ、僕もそれに付き合っていいですか?」

「……頼む」

「はい」

(それにしても、恭也さんって口下手なのかな?)

 言葉の間の間がやたら長かったし。

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「ただいまー」

 恭也さんとエントランス前で別れ、自分の家に帰ってきてただいまと言った瞬間、リビングの扉が勢いよく開け放たれた。

「主ー!」

 それを行ったのは当然ながら水面で、彼女はその綺麗な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら抱きついて来た。

「な、何水面!?」

「紗良から聞きました。主が寂しがっているとは露程思わず……ああ、これで融合機を名乗ろうとは片腹痛い!」

「水面、それ自分に使う表現じゃないよ。それに、紗良から聞いたってどういうこと?」

 その疑問には、リビングの扉の影からこちらを見ていた本人――人じゃないけど――が答えてくれた。

「私と弥雲。精神リンクしてる。だから、感情が分かる」

(あ、そういえばそうだったね)

 使い魔契約についてはディナから説明を聞いたのだが、難しくてよく覚えていない。頭の出来が平均的な僕では魔法を使うだけで精一杯なのだ。

「えーと、両親がいなくなったら寂しくなっただけで、別に水面のせいとかじゃないから。ね?」

(だから離れてほしいな。服が汚れていくから)

 決して口には出せない心の声である。

「うう、すみません……。あ、お風呂沸いてますから入ってください。服も汚れてしまいましたし」

 それを水面のせいとは言えなかった(より一層泣くので)。

 

説明
出会いは偶然である。
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