真恋姫無双幻夢伝 第八話 |
真恋姫無双 幻夢伝 第八話
「どうしてあのようなことをなさるのですか?!将軍!!」
あの戦いから1ヶ月。李民が怪我をしてから動きが鈍ったと見えて、反乱軍の抵抗は散発的になっていた。李民はちょくちょく戦いを挑んできたが、数でかなわず、こちら側の勝利が続いた。そのうち奴は姿を消した。本拠地も落とし、反乱軍の全面鎮圧も時間の問題だった。しかし
「どうして民まで殺す必要があるの!まさか汝南ごと消すおつもりですか?!」
鎮圧状況が酷かった。降伏してきた反乱軍の兵士は全員斬首に処した。それだけでも異常だ。だがそれだけに止まらず、戦いに参加しなかった民までも反乱の罪を背負わされた。袁軍や中央から来た軍隊が通った地域は悲惨そのもので、壊滅していない村は存在しなかった。地面には内臓が飛び出した男が転がり、手足が足らない女が息絶えていた。
その光景は、戦場と言うより“屠殺場”であったわ。
見るに堪えず、秋蘭は寝込んでしまった。あの楽天的な春蘭もふさぎ込みがちになってしまった。私も頭痛が絶えない日々を過ごしている。もう見て見ぬふりはできない。私の体がそう叫んでいた。
皇甫嵩将軍はため息をつき、机上に指を組んだ腕を乗せた。そして私に言うのだった。
「その通りだ、曹操」
「っ!」
「汝南は恨みを買い過ぎた。十常侍や袁の老臣たちは怒り心頭だ。これ以上自分たちの意向に沿わぬ者を出さないために、汝南すべてを天下の見せしめにするつもりじゃ」
あくまで冷静な将軍の態度に無性に腹が立ってしょうがなかったことを覚えている。私は詰め寄った。
「そこまで分かっているなら、なぜ?!」
「無駄じゃよ。何も知らない袁の姫君たちはすでに帰国した。ここに残っているのは儂の命令を聞かない権力者のおもちゃだ。十常侍と袁の老臣が送り込んだ“兵器”と可哀そうな“家畜”だけだ」
もう少し理性を失っていたなら、将軍に掴みかかっていただろう。私はグッと堪え、それでも自分の立場を忘れて叫んだ。
「止めましょう!!力づくでも!今ならまだ間に合います!おかしいではありませんか、何の罪のない民を殺して回るなんて!」
「黙れ、曹操!そんなことをしたら、今度はこちらが反逆者になるだけだ」
「で、でも…」
「それに今回止めたとしても、また新たな軍隊が送り込まれるだけじゃ。儂らの力ではどうすることも出来ん」
「………」
「堪えよ。そなたは賢い。じきに朝廷を動かせる地位に登れるだろう。その時を待つのじゃ」
将軍は絞り出すように声を出した。とても辛そうに皺を歪めていた。天下に名高い名将であった彼でもどうすることもできないことに、私は絶望した。
あの時の彼の言葉は正しい。自分で行動を起こすよりも既存の制度に頼った方が楽に決まっている。そういう風にあの時も思ったし、今でもその思いに変わりはない。
でもそれは何年後?何十年後?いつまで耐えればいいの?“いつまで私は私を裏切り続ければいいの?”
もうここに居ても仕方がない。私は最後に悔し紛れの言葉を残した。
「皇甫嵩将軍。私が出世する頃にはこの世に汝南の民は消え失せているでしょう」
「………」
「失礼しました」
本陣の天幕を出ると、外は雨模様だった。真っ黒になった空。地面には水たまりが無数にできていた。まるで
「まるで血だまりのよう…でしょ」
突然の声にバッと振り向く。天幕の近くにその声の主はいた。孫策だ。すっかり濡れ鼠になった彼女は微笑みながら、私に話しかけてきた。
「すごい剣幕だったわね。外にも響いて来たわ」
「………」
私の近くに立った彼女は、その笑みを絶やすことなくこう言った。
「私はあの殺戮を指揮した一人よ」
「……!」
「いいわねぇ、その表情。私が憎い?軽蔑する?いいわよ、いくらでもどうぞ。なんなら私を殴ってもいいわよ。ほら、この頬に目がけて。それでも足りないっていうなら、この腕を斬り落としてもいいわよ。確かあなたの武器は鎌だったわね。さあ、お好きにどうぞ!」
髪の毛からしたたり落ちる滴は、彼女の言葉を聞き続ける私の頭に冷静さを取り戻してくれる。違和感を感じる。よく見ると笑顔を張り付けた彼女の顔の目もとには、その表情とは似つかわしくない真っ黒な隈が出来ていた。
その表情を見た私は気付く。
「あなたも…つらいのね…」
私がそう言うと、彼女はいたずらっ子のような笑みをまるで鬼のような表情に変えた。
「あんたに…あんたに、何が分かるっていうのよ!!」
前髪から水を振りほどきながら、声を荒げた。私の胸ぐらをつかみ、その怒りや憎しみ、悲しみも少し入り混じった目で睨みつけてきた。そして彼女は私に叫んだ。
「この手で何百と無辜の民を殺してきたわ。何百とよ!昨日も殺してきたわ。一つの村を皆殺し。娘を守って震えていた父親をその娘ごと殺し、もう足腰も立たない老婆の胸を貫いた。そのたびに母様から貰った剣は穢れて、どろどろに穢れて、血にまみれた鎧の滲みは何度拭いても消えない!もう可哀そうとも思わなくなったわ。感情を失った、自分の意志とは関係なく飛んでいく矢のごとく。そうよ、自分では殺す相手さえ選べないのよ。貴族出身のあなたとは違って!!」
良く見ると、彼女の眼には雨とは違った水が混じっているのが分かった。矢の気持ちは弓の持ち手には分からない。でも矢には血が付く。その眼を見た途端、私の脳裏にそんなことが思い浮かんだ。
孫家は先代が亡くなってから袁家の言いなりになっていると聞く。確かに私とはかなり違う境遇だわ。私が怒りを感じたのは、胸ぐらをつかむ孫策に対してではなく、相手の気持ちを察しえない私に対してだった。
「……ごめん…なさい」
「………」
孫策は乱暴に私から手を放す。そして後ろを向くと、落ち着いた様子で話し始めた。
「…私は雨の日が好きだったのよ。鍛練やお酒を飲んだ後、火照った体を冷やしてくれるから。でも今は嫌い。水たまりを見ているとね…吐き気すら覚えてくるわ」
「…同じね。私もよ」
「お酒を飲んでも全然酔えなくってねえ……困っちゃうわね…」
彼女は振り向き、とても悲しそうな微笑みを見せた。私も笑ったような気がするわ。とても悲しい気持ちで。
「正悪区別無 其決者在無(正悪の区別は無く 其れを決める者も在らぬ)」
突然、彼女は歌いだした。何の感性もない酷い歌。これを誰かに聞かれたら彼女はただでは済まないだろう。でも私も歌ってみた。
「日西出東沈 皆天踏地望(日は西から出で東に沈む 皆天を踏み地に望む)」
ほんの一月前、李民の本拠地に攻め込んだ。そのうらぶれた城の中、壁にみすぼらしい筆跡で書かれていたのがこの歌。きっと李民が詠んだ歌ね。すぐに将軍が消してしまったけど、何となく、いや、はっきりと覚えてしまった。
「頭がおかしくなりそうな歌。狂った犯罪者が詠みそうな歌よね、曹操」
「…でも、本当に狂っているのは私たちの方よ」
「……そうね…」
無数の雨粒が私に当たる。もう二人とも濡れていないところは無かった。孫策はふと空を見上げる。私もつられて同じ方向を見上げた。けれど、厚い雲が覆っている黒い空が広がっているだけだった。
「ふふっ」
「?」
「私ね、いいこと思いついちゃった」
孫策は唐突に口角を上げる。悪戯っぽい笑み。けれどその濡れた前髪の向こうに、煌めくほど鋭い目が見えた。
「私、天下を取るわ」
思わずこう聞いてしまう。
「…本気?」
「本気も本気、大本気よ!そして私の好きなようにこの世を変えてみせるわ。誰もが好きなように生きられる世に。誰もが自由に人生を決められる世に!」
孫策はそう言うと、こちらに意味ありげに目線を送ってきた。ふふっ。今度はこちらの番ってことね。私は自分の中の鬱屈した気分を吹き飛ばすぐらい大声で宣言した。
「私が天下を取るわ!」
「あら〜?ほんき〜?」
私を試すような声で聞いてきた。なんか癪ね。周りを見てみると、雨はさっきまでの勢いを失い、水たまりはしっかりと空を写し始めていた。私の口は私も知らない夢を語り始めていた。
「私はこの国を作りかえるわ!皆が納得できる制度を作り、正しい政治を行う。そして民を輝かしい未来へと導こうぞ!」
孫策は笑った。私も笑った。そしてまだ微笑みを頬に残したまま、彼女は剣を抜き、私は絶を持った。
この先の道のりはとても険しく、とても遠いだろう。でも私たちは決意した。その道に一歩踏み出すことを。もう視界がぼやけることはない。雨は上がったのだ。
「私の真名は雪蓮。あなたは?」
「華琳よ。覚えておきなさい」
いつか彼女とは戦うのだろう。でも見ている方向は同じ。これから始まる挑戦の日々に、私たちは挨拶をする。
「勝負よ!華琳!」
「勝負ね!雪蓮!」
互いの武器を交わし、キンッと音が鳴る。まだ黄巾族も誕生していなかった頃、ここに“大悪人”が二人登場した。
あの時、雲間から光が差したのは、きっと、偶然ではない。
「以上よ。これが、私が李民を評価し、そして今の道を進むことになった理由」
蝋燭が一つ消えていた。けれど、誰もそれを気にする者はいなかった。ある者はじっと華琳の目を見つめ、ある者はうつむきがちになり、ある者は口を押えて驚愕の表情を浮かべていた。
桂花は抑えた口から言葉をこぼした。
「…私が聞いた話とは全然違う……」
「そうね。世間的には『李民が汝南の民を先導した結果、官軍は鎮圧のために全員殺すしかなかった』と伝わっているわ。でも本当はこういうことよ。さすがにやり過ぎたと判断したのでしょう。十常侍は全責任を皇甫嵩将軍に押し付け、作戦に関わった者には緘口令を敷いた」
「そして民衆には『悪いのは李民』と宣伝した…と、いうことでしたか」
秋蘭は懐かしむような口調で言った。しかしその表情は苦渋に満ちていた。春蘭も普段の威勢を失った、捨てられた犬のような目をしていた。
華琳は様々な反応を示している部下を一通り見渡し、そして目の前にいる二人に目を移した。季衣と流琉は口を開くことなく、華琳の目を見つめている。
「…その目線は辛いわね」
華琳はボソッとこぼして下を向いた。しかし意を決したように、また二人の目線を受ける。そしてこう言うのだった。
「許緒、典韋。私はあなたたちの全てを奪った一人よ」
「………」
「あなたたちには私を罰する権利があるわ。好きなようにしなさい」
秋蘭がか細い声で呼ぶ。
「華琳さま…」
「三人とも、手出しは無用よ。この二人がどんなことをしても、怒ったりしては駄目よ。曹操の名に懸けて、罪には問わないし、まして復讐などしない。良いわね、これは命令よ」
そして華琳は静かに目を瞑るのだった。
一方で華琳に命令された三人。桂花は小さく唇をかみ、春蘭はぐっと武器を持つ手に力を込める。秋蘭は見透かすように二人を見つめる。華琳の命令とはいえ、どのような行動に出るか自分でも分からなかった。
華琳と三人は、季衣と流琉の“答え”を待った。誰も身動きしない部屋の中。音を出すのは、風に押されてガタガタと鳴る窓だけだった。雨雲を吹き飛ばした風は、他の雨雲を呼び寄せつつあった。
「曹操さま」
華琳はゆっくりと目を開けた。流琉がその可愛げな様相とは似つかない真剣なまなざしを向けていた。
「曹操さまが天下を取ったら、汝南のようなことは起きませんか?もう誰もあんな死に方をしなくて済みますか?」
「…約束するわ。必ず、あのようなことは起こさせない」
それを聞いた流琉と季衣は互いを見た。そしてしっかりと頷き、華琳に頭を下げる。
「「わたし(ボク)たちにも手伝わせて下さい!!」」
「あなたたち?!」
「ボク、もう、目の前で助けられないのはいやだ!」
「わたしも力が欲しい!好きな人と笑っていられる、そんな日々を守れる力を!」
頭を下げる二人。華琳はというと普段の彼女とは似つかわず目を真ん丸に見開き、感情を露わにしていた。思わずこう聞いてしまう。
「本当に…いいの…?」
「曹操さまはボクたちの痛みを分かってくれる。それだけで十分です!」
流琉ははっきりと伝える。その明確なメッセージに、華琳は静かに息を吸った。そして吐く。自分に課せられた使命は重い。それを実感したのだ。
彼女は二人を交互に見て、その思いに応える。
「私の真名は華琳よ。そう呼びなさい」
「「はい!!」」
二人はしっかりと地面を足で掴み、前を向く。これから彼女たちも長い長い旅に出るのだ。その最初の一歩を、今、踏み出す。
「姓は許、名は緒、真名は季衣!」
「姓は典、名は韋、真名は流琉!」
「「以後、華琳さまを命惜しまず、お助けいたします!!」」
しばらくして、ここは宮中の内部。花香る庭。穏やかな日差しに色とりどりの花々は揺れる。見事に咲いた花はただ宮中の中心にいる皇帝、たった一人のため。
しかし彼はこの光景を知らない。皮肉なものだ。
この庭の中、この空間を独占している少女がいた。赤い髪。前髪には、触角に似たのがぴょこぴょこ跳ねていた。しゃがむ彼女の前には子犬が一匹、寝転がりながら彼女の手にじゃれついていた。子犬を見る彼女の眼は優しい。とても天下一の武勇の持ち主とは思えない。
一瞬、風が少し強く吹いた。彼女は気付く。自分に近づいて来る人がいることを。
振り向くと、すでに彼女の近くまで来ていた。表情は柔らかく、武器は携帯していない。つい手に掴んだ武器を話す。しかし一体、いつの間に来たのだろう?
彼女は観察を始めた。人の美醜に興味が無い彼女でも、好感が持てると分かるほどの容姿。そして彼女をすっぽり隠すほど大きな影を作る体。見たことが無い青年だった。
彼女は首をかしげ、質問する。
「だれ…?」
美しい衣服。きれいに整えられた髪。どこかの名家の御曹司だろうか? 何も知らない人ならばそう思うかもしれない。
右腕に傷を秘めた青年は優しく微笑んだ。
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過去編最後&第一部終了です。次回から新展開に突入します。 | ||
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