中二病でもコミケに行きたい! NEXT
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中二病でもコミケに行きたい! NEXT

 

1 闇の邂逅

 

2012年12月31日午後0時 ビッグサイト西館1ホール『神聖黒猫騎士団(ブラックナイツ・ノヴァ)』スペース前

 

「初めまして。と言うべきかしら? それとも、2日ぶり。と言った方が正しいかしらね?」

 透き通った光沢を放つブロンドのツインテールを持つ少女を見上げながら”初めての”言葉を交わす。

 天然物の金髪碧眼とはまったく恐れ入る。これだけ見事に心惹かれる属性を持ちながらこの少女は何故こちら側の世界に入ってしまったのか? 

 いや、この容姿ゆえか。

 この国の”一般人”はこんな美の原石を自然に受け入れられる寛容さなど持ち合わせてはいない。寛容だと自惚れている錯誤甚だしい自己評価とは違って。

「挨拶なんてどうでも良いんじゃ、堕天聖黒猫」

 金色の輝きを持つ蒼き瞳の少女はこれまた見事な熊本弁で面倒臭そうに返事してみせた。

 この容姿で九州弁とはまた恐れ入る。本当に、会ったばかりなのに驚かされてばかりだ。

 1人の少女にこんなにも驚かされたのは桐乃との出会い以来かも知れない。

「名乗っておらぬのに何故我がレイシスだと分かったん? ゴスロリ少女ならそこらに幾らでもおるんに」

「貴方の身体の奥底から放たれるオーラが常人とはまるで違ったからよ」

 私には見える。少女の身体から髪の色よりも眩しい黄金の輝きが放たれていることが。

「クックックック。我の体内より放たれる闇の波動は同族を惹き付けずにはおられなんだか」

「そうね」

 否定しても仕方ないので適当に相槌を打っておく。

 この子はきっと家族や周囲の人間に大切に大切に守られてきたに違いない。この容姿の為にきっと苦労してきたのだろう。でも、その苦難さえも跳ね返す良い人生を送ってきたのではないか。この子の内側から放たれる眩しい黄金のオーラはそれを雄弁に物語っている。

 

「それで、レイシス卿」

 細かい自己紹介は省いて本題に入ることにする。

「うん」

 頷いたレイシスの綺麗なオッドアイの瞳が細くなった。

「遠い夜の地の守護である貴方がわざわざこのサバトにわざわざやって来たのは……」

 分かり切っているが一応答えを確かめてみる。

「無論。邪王真眼に何が起きたのか確かめる為じゃ」

 レイシスはキッパリとした口調で断言した。

「何かに患っておるようなら我の魔の波動で立ち直らせてやるんよ」

「フフ。優しいのね。レイシス卿は」

「ゆっ、悠久の探索の果てにようやく巡り合えた闇の同族じゃけん。ちょっと気になっておるだけじゃ」

 レイシスは頬を赤く染めながらそっぽを向いた。

「クックック。そういう堕天聖こそ魔通信で散々このサバトへの参加をちらつかせおって。邪王真眼を呼び出す為のエサであったことがミエミエなのじゃ」

 レイシスは表情を一転。ニヤッと唇の端を曲げると意地の悪い笑みを投げかけてきた。

「わっ、私は、究極にして至高な魔導書を1冊でも多く世に送り届ける為に努力を欠かさないだけよ。別に邪王真眼を呼び寄せたかった訳ではないわ」

 今度は私が赤くなってそっぽを向く番だった。

 私もレイシスも素直に”友達”を心配しているとはなかなか口に出せない人間だった。

 

「それで、邪王真眼はもうここに来たのけ?」

 レイシスが難しく眉をしかめた。

「いいえ。まだ現れてはいないわ」

 首を横に振って答える。

 私は邪王真眼を直接に見たことはない。けれど、レイシスを一目で見分けることができたのだから邪王真眼もすぐに判別できる。そう信じたい。

「現れるじゃろか?」

「必ず来るわ」

 レイシスに向かって力強く頷いてみせる。

「だってそれが魔界の眷属の絆、いえ、友達の絆というものでしょう」

「…………友達」

 レイシスは短く息を呑んだ。

「そうじゃな」

「そうよ」

 レイシスと顔を見合わせて小さく笑う。

 昔は友達なんて言葉、恥ずかしくて使えなかった。そんな存在もいなかったし。

 でも、桐乃や沙織、あやせ達に出会って私は変われたのだと思う。

 だから今では”友達”という単語も頑張れば使うことができる。

「後はここで待っていれば結果は自ずと付いて来るわよ」

「うん」

 元気良く頷いてみせるレイシス。チャットではひねくれ者キャラでいるけれど、本当はとても素直な子のようだった。

「さあ、持久戦じ…あっ!」

 気合いを入れようとしたレイシスのお腹が可愛らしく鳴った。

「フフフ。お弁当なら沢山作ってきたわ。レイシス卿も食べて行きなさい」

 色とりどりのサンドイッチ。唐揚げや卵焼き、ハンバーグなど定番のおかずを押さえた大きなお弁当箱を取り出してブロンド髪少女に見せる。

 お弁当箱を見た途端、レイシスは瞳を輝かせた。

「クックっクック。我に供物を捧げるとは良い心掛けじゃ。けど、どうして1人なのにこんなお弁当たくさん準備したん?」

「3人で食べることを想定して作ったのだから当然よ」

「3人?」

 レイシスは表情を引き締め、次いで微笑んでみせた。

「なら、邪王真眼の分は取っておかんとな」

「貴方が想定外の食いしん坊でなければ問題ないわ」

「うちは食いしん坊じゃなかっ!」

 ぷくっと膨れるレイシスはとても可愛らしかった。

 こうして私とレイシスはスペースで邪王真眼を待つことになった。

「ウチ……中学校の中じゃ小鳩姫なんて呼ばれて、みんなにからかわれてるんよ。ウチはひとりで静かに食事したいのに、いっつも誰かが邪魔するん」

「あらっ。それは羨ましい状況じゃないの。私なんて食事時はいつも1人よ。ぼっち飯のエキスパートだわ」

「ウチはそっちの方が良か。クラスメイトに喋りかけられるとあんちゃんが作ってくれた弁当をよう味わえん」

「一般人がウザいのは私も同意よ。でも……それでもたまには会話を交わしてみたくなる時もあるわ」

「ウチ……リア充とは上手く喋れへん」

「そうね。私もよ。つい、崇高なる真実を口にして相手をやり込めに走ってしまうわ」

 幸いにして不幸にも私のスペースにはお客が滅多に来ない。歓談しながら待つのに何の不都合もなかった。

 

 

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2 貴方は、1人じゃないから。だから、大丈夫

 

2012年12月31日午前11時30分 ビッグサイト参加者入場口前

 

「駅前からここまでは極寒の猛吹雪。で、到着した途端に冬とは思えない暑さって、一体ここは何なんだ〜〜っ!?」

「勇太くん、落ち着いて。大声出したら他のお客さんにご迷惑だよ」

 天をも荒ぶらせるコミケのことをよく知らずに大声で騒ぐ富樫くん。それを落ち着かせようと肩に手を乗せる小鳥遊さん。以前とは何だか逆の光景。

「で、でっ、凸守は人混みが苦手Deathわ。おえぇ〜〜」

 凸守は凍死上等の寒さと長時間の待ち、そして人混みによって死に掛けている。

 コミケには救護室も準備されているらしい。けれど、入場前のこの段階においては活用するのは難しい。

 私にできるのは凸を寄りかからせて飲み物を供給して体調管理を手伝うことだけだった。

「クックック。邪王真眼がその真価を発揮する時が今こそ来たんだよ〜」

 一方眼帯とゴスロリというかつての小鳥遊さん仕様のくみん先輩は一人やたら盛り上がっている。

 同人活動に興味があるようには見えないけれど、誰か知り合いでもいるのかしら?

 

「けど、このイベントは混み過ぎだろう。アニメじゃここまで酷い風景は描かれてないぞ」

 富樫くんは会場を目前にしながら俯いて肩を落としすっかり意気消沈している。

 手前勝手な理屈を付けて中二病を”卒業”しただけあって根性がない。まあ、私もその口なんだけど。

「現実と二次元の区別はちゃんと付けないとダメだよぉ」

 かつての小鳥遊さんからは考えられない言葉が口から出ている。

 家のこととか色々あって、彼女は苦しんでいる。

 なのにあのヘタレ男ときたら……ほんと、しょうがないわね。

「ほらっ、富樫くん。イジケてないでしゃんとしなさい」

 富樫くんの背中をいい音立てながら引っ叩く。

「今日はせっかくのコミケ参加なんだから」

「丹生谷は同人誌には興味ないんだろ? 何でそんなに燃えてるんだよ?」

「確かに、私は別に同人誌には興味ないわ。だけど……」

 小鳥遊さんの方へと顔を向けなおす。

「今この瞬間は中二病になってもいいんじゃないかと思ったりもするのよ。だって同じアホなら踊らりゃ損損でしょ」

 彼女の顔を見ながらパッと笑ってみせた。

「えっ?」

 小鳥遊さんは驚いた表情を見せた。

「私はね、コミケ行くのって、アイドルのコンサートでわ〜わ〜きゃ〜きゃ〜騒ぐのとそんなに変わらないんじゃないかなって思うのよ」

「えっ? えっ? ええっ?」

「楽しんだ者が勝ちでしょ。こういうイベントって。だから、中二病でもいいんじゃないかなって」

「あっ」

 小鳥遊さんは小さく息を飲んだ。

「私はね、中二病かそうでないかってあんまり重要じゃないのかもって最近は思うんだ」

「そ、それは……」

 彼女は辛そうに私から視線を逸らした。

「さあ、ビッグサイトの中に入るわよ」

 大きな声を出して会場入りを宣言する。

「おぇえええぇ。で、凸守のライフはもう0なのDeathわ」

「中二病時代の古傷が……い、痛い」

「クックック。闇の炎に抱かれて消えろ〜なんだよ〜♪」

「私は、どうしたら良いの?」

 チーム統制が取れないまま私たちはビッグサイトの建物中へと入っていった。

 

 

 ビッグサイトの建物内。そこで私たちを待っていたのはやはり人、人、人の長蛇の列だった。

「これじゃあさっきまでと何も変わらないじゃない」

 ちょっと凹む。

「ここから東館の会場までまだ20分以上掛かると思うのDeathわ」

「中に会場に到着するのは結局12時になるってことね」

 凸の話を聞いて更に大きなため息が漏れ出る。

 ハンドマイクを持った係員の人が走らないように連続して訴えかけている。

 緊急移動用なのか、通路には立ち入り禁止になっているスペースが結構ある。

 通路をいっぱいに使えば移動はよりスムーズになるだろう。でも、そうすると急病人等を運ぶ手立てがなくなってしまう。だから大人しく並ぶのが参加者のマナーというものだろう。

「僕はルールには縛られないんだブ〜」

 頭に赤いバンダナを巻いたキモデブオタメガネが列に並ばずに突如通路の空きスペースを走り出した。

「あっ!」

 ズルい。そう思った瞬間だった。パンパンっという乾いた銃声が2発鳴り響いた。

「ブヒッ!?」

 ブタ男は頭と心臓から汚い花火を飛び散らせ、その場に倒れて全く動かなくなった。

 すぐに迷彩服の清掃員がやってきてブタ男だった肉の塊を片付け始めた。手馴れているのかとても洗練された動き。

 

「富樫くんってさ、サバゲーはやってたの?」

 顔を青ざめさせているヘタレ男に尋ねてみる。

「…………まあ、かじるぐらいはな」

「人を撃ったりするの?」

 ブタ男は黒い袋に回収されてどこかに運び去られた。ここまで1分も掛かっていない。

 ピカピカ光る床はここで何があったのか全く感じさせない。もしかするとブタ男という存在は私の脳内想像物だったのかも知れないと思ってしまうほどだった。

「ルール違反者を警告なしで射殺して良いのはコミケだけだよ」

 富樫くんは半分引きつった表情で答えた。やはりブタ男はいたらしい。まあ、どうでも良いけど。

「富樫くんの場合は、銃担いでサバイバル術を駆使する俺カッコイイとか思ってたクチなんでしょ?」

「…………そうだよ。迷彩服着て銃を扱う自分に酔ってただけだ」

 ズーンと暗い表情を見せる富樫くん。そんな彼の肩にそっと手を置く。

「私のモリサマーも占い師の格好して自分に酔ってたから。似たようなものなんだけどね」

「過去に逆行できるなら、中学時代の自分を殺したいと思うほどには黒歴史だよ」

 富樫くんは大きく息を吐き出した。富樫くんは中二病時代の過去をやたら重く捉えている。

 過去を悔やむのが悪いとは言わない。でも、富樫くんの行為は……。

「私も同感。軽く死にたくなるわ。でもね」

 振り返って先程から暗い表情をしたままの小鳥遊さんへと顔を向ける。

「恥ずかしくなって正反対の道を辿ろうとばかりしても、結局は無理が祟って後悔することになるわよ」

 私が訴えかけたいのは彼女の方だった。

 小鳥遊さんは私の話を聞いてとても戸惑っている。

「でも、だけど……私は、不器用だから。一般人か、中二病か、どっちかしか選べないよ」

 泣きそうな声を出した。彼女は家族に不幸が遭ってからずっと苦しんできた。必死に必死にもがいてきた。

「大丈夫よ」

 小鳥遊さんの両肩に手を置く。

「小鳥遊さんは今までずっと頑張って自分を変えてきたじゃない。だから、大丈夫」

「でも……」

 小鳥遊さんは潤んだ瞳で私を見上げる。希望を見出したけれど不安を拭いきれない。そんな表情。

 だから、私は告げる。彼女の不安をぬぐい去れる一言を。

 

「だって、小鳥遊さんはひとりじゃない。私たちが……みんながついているじゃない」

 

 みんなの顔を順番に眺めながら小鳥遊さんに微笑む。

「あっ、ああっ」

「1人で抱え込むことなんて……何もないんだから」

 小鳥遊さんを力強く抱きしめる。

「貴方は、1人じゃないから。だから、大丈夫」

 熱く熱く抱きしめる。

 彼女の不安を溶かせるように。

 

「ブラボ〜〜っ!!」

 列の一角からメガネの男の声が鳴り響いた。その声と共に大きな拍手喝采が私たちに降り注いだ。

「あはは。思いっきり、目立っちゃったみたいね」

 小鳥遊さんの体を放しながら照れ笑いを浮かべる。

 周囲の人たちが私達のやり取りを本気と思ったのか、即興劇と思ったのかは知らない。

 でも、ともかく。

「ありがとう」

 小鳥遊さんが元気な顔を見せてくれたのは非常に良いことだった。

「どういたしまして」

 ちょっと誇らしく感じながら小鳥遊さんに応えて返す。

「だけど富樫くんは譲らないからね♪」

 イタズラチックに笑ってみせながら一言付け加えておく。

 実はさっきの言葉も、“みんな”ではなく“富樫くん”がついているにしても良かった。

 でも、そのセリフは私が小鳥遊さんにあのヘタレ男を譲ってしまうのと同義になる。

 幾ら元気づける為とはいえ、それは妥協できない点だった。私はサブヒロインに落ち着くつもりはない。

「うん。勇太…くんは、私が自分の力で落としてみせるから」

 顔を赤らめ俯きながら小鳥遊さんは小さく宣戦布告してくれた。

「なら、私も負けないから」

 私も小鳥遊さんの宣戦布告を正面から受けて返す。

「フフ」

「ハハハハ」

 顔を見合わせて笑う。

 明るい表情の彼女を見て、ここに来て良かったと思った。

「小鳥遊先輩を立ち直らせるのは凸守の役目だと思っていましたが……丹生谷先輩に先を越されてしまったのDeathわ」

「俺、何か全然良いところがなかったような。出汁に使われただけのような」

「もう……大丈夫、かな? う〜ん」

 3人はちょっと複雑そうながらも小鳥遊さんが明るくなったことを喜んでくれた。

「よっし。憂いもなくなった所で同人祭りを思いっきり楽しむわよっ!」

 同人誌に興味はあまりない。

 でも、どうせならこのイベント、思いっきり楽しみたくなった。

 

 

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3 丹生谷森夏のコミケ初陣

 

2012年12月31日正午 東館1ホール入口

 

「この空間には入場年齢制限を設ける必要があるわよね」

 コミケ3日目の東館の空間を見て、私は自分の認識が甘かったことを思い知らされた。

 エロい。

 一言でいえばそんなピンク色の空間が目の前に展開されている。

 裸の女の子キャラクターの大きなポスターがやたらと多い。

 しかも、そのポスターの数多くが……。

「うっ、うっ、うにゅぅ〜〜〜〜っ!?!?」

 小鳥遊さんそっくりの少女の裸だった。

 アホ毛が入った髪型から顔、眼帯を付けている所までそっくりだった。

 自分そっくりのキャラの裸イラスト、しかもエッチなことをされている最中の表紙まで見えたりして小鳥遊さんは大ダメージを受けている。

「ああ、そう言えば今季は『中二病でも変がしたい!』というアニメが大人気だったのでそのエロ同人誌が多いのDeathね」

 凸がしたり顔で説明を入れてくれた。

 よくよく見れば私や凸、そしてくみん先輩そっくりなエロ同人誌も多数売られている。

「私はこんなエロ同人のモデルになった覚えはないっての……」

 最悪な形での当事者関与になってしまった。

 反社会的で男女交際、エッチな体験とも無縁だった私たちにこの光景は手厳し過ぎた。平常心を保てるわけがない。

 

「わっ、私、ここから一刻も早く退避したい。うにゅぅ」

「私も、これは予想以上のボディーブローよ」

 私と小鳥遊さんは着いた早々に帰りたくなっていた。

「ゲッフッフッフ。富樫先輩は、凸守たちそっくりな美少女たちがエッチされる本が山のように存在している現場に狂喜乱舞しているのDeathわね?」

 反対に凸は顔をツヤツヤさせている。

 凸はもしかすると薄い本にも手を伸ばす系統の中二病なのかも知れない。

「ちっ、違うっ! 俺は、凸守も、六花も、丹生谷も、くみん先輩もそんなハレンチな瞳で見たりはしないぞ!」

「なら……何故両手一杯に凸守達そっくりな少女がイヤ〜ンなことになっている薄い本を持っているのDeathの!? 一番表の本では、裸の凸守のおデコに謎の白いネバネバが……」

「こっ、これは!? 孔明の、孔明の罠なんだぁ〜〜〜〜っ!」

 本能的に薄い本を買い集めまくっていた富樫くんが絶叫する。

 そんな富樫くんを見ながらくみん先輩が大きく首を捻った。

「どうしてわたしの胸がモリサマちゃんより小さく描かれてるのかな〜? 邪王真眼の継承者たるわたしは一番なんだよ〜クックっクック」

 みんな、みんな狂ってる。

 何で自分そっくりのエロ本作られて凸もくみん先輩も平気なのよ!?

 そして富樫くんは女子がいる前でそんなエロ同人誌を堂々と買い漁るなっての!

 なんか……もう疲れた。

「頭冷やしたいから私ちょっと別行動するわね。1時間後にそこの入口の所で会いましょう」

「エロ同人誌を買いに走るのDeathわね。分かるDea〜th。好みのエロ同人は一人でじっくり探したいのDeathね。凸守すごくよく分かるのDeathわ」

「そんなんじゃないわよ!」

 凸守に怒鳴ってからグループを抜ける。この連中と固まっていると、どんどんダメなペースに嵌ってしまいそうだった。

 

 

「あっ! あっちに女の子がたくさんいるエリアがあるわね」

 何列かのテーブルの塊を通り過ぎると明らかに客層が違う地帯が見えてきた。建物の端の方は男たちが大量なのに対して、真ん中の方は女性が多い。

 あちらなら私そっくりのキャラクターが陵辱される漫画を目にすることはないだろう。そう思って女の子たちが集う場所へと移動する。

「にしても、動きにくいわねえ。人多すぎでしょ」

 満員電車に乗っているかのような錯覚を覚えながら少しずつ少しずつ目的の地帯へと近づいていく。

 外壁に沿って移動しようやく女の子たちの園に到着したその時だった。

「きゃぁ〜〜っ! サークル『Go!産気』のチーフアシスタント詩音お姉さまよぉ〜〜♪」

「詩音お姉さま〜〜っ♪」

 鼓膜を破くんじゃないかと思う大音量の黄色い歓声が上がった。

 見るとシャッターの下のスペースから緑かかったロングヘアの少女がゆっくりと会場内に歩いてきた。

 年の頃は私と同じぐらい。身長は高く胸も大きい。ロングヘアを止めている黄色いリボンがアクセントで可愛い。明るくて柔らかそうな表情は見る人を和ませる。

 総じて言えば私クラスの美少女だった。

(#・3・)「下品で馬鹿で可愛らしさの欠片もないあの女がおじさんの妹だなんて信じられないよっ!」

 詩音と呼ばれた少女と姿形がそっくりで顔だけ(・3・)な少女が大声で妬みを発している。

 本人弁に拠ればあの詩音という女の子と(・3・)は姉妹であるらしい。

「お姉が喋ると二酸化炭素が排出されて地球環境に悪影響を及ぼします」

 詩音は肉厚のナイフを(・3・)に向かって投げた。

(・3・)「ぶっひゃぁ〜〜〜〜」

 ナイフは(・3・)の額に突き刺さり、(・3・)は地面に倒れて動かなくなった。

 コミケにおいては死とは日常茶飯事のものらしい。

 まあ、コミケ参加者が何人死んでも世間は眉一つ動かさないだろうけど。

 

「……パチパチパチ。相変わらず見事なナイフ捌きですね、園崎詩音さん」

 ゆっくりと拍手しながら羽を生やしたコスプレ天使少女が詩音の元へと歩いてきた。

 頭の上には金色に光る輪っか。大きな胸が強調される胸当てがついた青い服を身に纏った、ピンク髪のショートカットのあの無表情娘は一体?

「きゃぁ〜〜っ!! サークル『シナプス』代表イカ☆ロス先生よぉ〜〜っ♪」

「イカ☆ロス先生と詩音お姉さま。BL界の二大巨頭がそろい踏みよ〜〜っ!」

 きゃあきゃあと騒ぐ女の子たち。

 よくは分からないけれど、あの2人はホモ漫画界の大先生らしい。

 ホモ好きが持て囃されるって……うん。本当によく分からない世界。

「イカ☆ロス先生がここにいるということは、もう新刊を完売されたのですね?」

 腕を組みながら詩音が尋ねた。

「……はい。今回の新刊は1万5千部ほどしか刷りませんでした。3人で売ったので2時間と少しで完売しました。これ、今回の新刊です」

 イカ☆ロスは詩音に薄い本を渡した。

 髪の毛ボサボサのやんちゃそうな少年がメガネ男に背後から腰を抑えられ白濁塗れになっている表紙の本。

 どう見てもホモ本、しかも年齢制限あり本だった。

「ありがとうございます。相変わらず人間離れした売却速度ですよね。うちなんかまだたくさん残っているので交替で休憩入れていますよ」

 詩音は自分が歩いてきたシャッタースペースへと顔を向けた。そこには長蛇の女性の列が出来ている。そしてその女性客を捌いているのは、黒尽くめのダンディーな初老の男、それと巫女装束の黒髪ロング小学生少女。

 何とも奇妙な2人組だけど、あれが詩音の仲間のようだった。

「これ、お返しのうちの新刊です」

 今度は詩音がイカ☆ロスに薄い本を渡した。

 その本には3人の男が描かれている。

 中央にいるのは金髪ショートの優しそうな少年。いつもむぅ〜とか言いながら困っていそうな顔。

 その金髪少年は、やんちゃな雰囲気の少年の腰を背後から掴んでいる。そして金髪少年もやんちゃ少年も全裸。下半身は描かれていないけれどどう見てもホモ行為の真っ最中。

 更に金髪少年の腰を後ろから掴んでいるのは……私に後ろ姿を見せながら本を売っている黒尽くめの男に違いなかった。

 あの人は……自分をモデルにしてホモ漫画を描いているのだろうか? しかも3P?

 なんなの、この世界?

 

「イカ☆ロス先生は……今回もまた智樹総受け本なんですね」

 目を大きく見開き食い入るようにして本を読み終えた詩音は軽く瞳を閉じた。

「……私にはマスターが男たちに無残に過激に陵辱される本しか描くことができませんから」

 イカ☆ロスもまた目を瞑りながら静かに答えた。

「……詩音さんの作品では今回も悟史さんは攻めと受けとリバーシブルな活躍を見せていますね」

「私は悟史きゅんがS気に目覚めて欲望のままに圭ちゃんを犯す姿も、M属性を発揮して泣いて許しを乞いているのに葛西に滅茶苦茶に犯されて絶望する姿を見るのも大好きですから」

 2人は同時にため息を吐いた。

 2人の間に何か良くない雰囲気が渦巻いている。

 でも、私には2人の間で何が葛藤になっているのかまるで分からない。分かりたくない。

(・3・)「どっちも現実味のない妄想を垂れ流しただけのただのホモ本じゃん。何の違いがあるって言うのさ?」

 額にナイフを突き刺したまま(・3・)が生き返って空気嫁なことを言った。それはまさに私が考えている通りのことだった。

(・3・)「ぶっひゃぁ〜〜〜〜」

 (・3・)は詩音のスタンガンとイカ☆ロスの正体不明の爆弾を食らって再び沈黙した。

 

「ホモが嫌いな女の子なんていませんという点で私とイカ☆ロス先生は考えが一致しています」

「……この世の真理ですから。ホモが嫌いだとすれば、その人は女に似た別の何かです」

 2人の意見を聞く限り、私は女に似た別の何からしい。

 この2人、前提からしておかしい。

 だけど、そんな2人を囲んでいる多数の女の子たちは盛んに首を縦に振って同意を示している。

 この建物の中では私が16年間培ってきた常識は通じないらしい。

「世の中がホモ好きな女性だらけだからこそ、どんな種類のホモかが重要なのだと思います」

「……同意です」

 私は同意できない。

「私は、大好きな男の子が他の男を荒々しく貪り食ったり、他の男の子に無茶苦茶に汚されたりして多様な姿を見せてくれる物語を描き続けています」

「……私は、大好きなマスターが総受けの物語を描き続けています」

 再び立ち込める重い空気。だから何故そこで空気が重くなるの?

(・3・)「お前ら2人とも、好きな男に相手にされてない現実に目を向けたら? ホモ本ばっかり描いていたらますます遠ざかるだけだっての。ぶっひゃっひゃっひゃ」

 (・3・)は再び私の気持ちを代弁してくれた。

(・3・)「ぶっひゃぁ〜〜〜〜」

 そして3度散った。

「どうやら私たちの間には決して埋まることのない深い溝があるようですね」

「……そのようです」

 2人の対立の意味が分からない。

 私には2人ともホモ好き少女という全く同類の存在に見えるのだけど?

 

「では、イカ☆ロス先生ならあそこのだるそうな目をした男性にはどんなエッチが似合いだと思いますか?」

 詩音が指差した方向にはやたら眠たそうな目をした高校生ぐらいの少年がいた。そしてその隣にはやや背が高い好奇心旺盛そうな目がパッチリした綺麗な少女がいた。好きな言葉は省エネと答えそうな少年と前髪を切り揃えた豊かな黒髪をなびかせる少女はカップルのようだった。

「折木さんっ! 折木さんが詩音先生とイカ☆ロス先生にご指名されていますよ」

「落ち着け、千反田っ! 早くこの場から去るんだ。でないと、半年前の悪夢がまた蘇るぅっ!! またお尻を掘られるぅ〜〜っ!!」

 折木と呼ばれた少年が上体を仰け反らした。嫌なトラウマがあるらしい。

「……相手は、誰ですか?」

 イカ☆ロスが折木を真剣な表情で眺めている。先程までの無表情が嘘のようだ。

「摩耶花〜っ! こっちの方で人が集まって何か面白そうなことをしているぞ」

「福ちゃん。待ってよぉ〜」

 詩音たちの前に、折木と同世代の背が低めのお調子者そうな男が出てきた。更に続いて、どことなく同人少女を思わせる縮れ毛の少女が付いてきた。

「馬鹿、里志っ! このタイミングで俺の前に出てくるんじゃないっての」

 折木が焦った声を出す。きっと身の危険を感じてのことに違いない。そしてその悪い予感は正しかった。

「あの折木という方のお相手は福ちゃんにしましょう。イカロス先生は、折木さんが攻めだと思いますか? 受けだと思いますか? リバーシブルな関係だと思いますか?」

「私も折木さんが攻めなのか受けなのか両方なのか超が付くほど気になりますっ!!」

 詩音の質問に千反田という少女が瞳をピッカピカに輝かせて反応した。

「ちょっと待て、千反田っ! お前は俺が里志と絡み合っても平気なのかっ!?」

「私、気にしませんっ!」

「しろよっ!」

「むしろ千反田えるという存在は最初からいなかったものとして、心ゆくまで福部さんと愛し合ってください。今すぐこの場で!」

「おかしいだろ、それっ!?」

「それで愛が成就できるのなら……私は空気となってお二人を見守りますっ!」

 千反田の躊躇のない宣言に周囲の少女たちから大きな拍手が巻き起こる。

「やっぱり、自分という存在を無にしてこそのBL道よね」

「男同士の恋を成就させるために自らは身を引く。BL的には最も尊い行為よね〜」

 少女たちは口々に千反田を褒めていく。

(・3・)「お前ら、バッカじゃないの?」

 (・3・)は3度私の気持ちを代弁してくれた。

 そして……永遠に散った。

(・3・)「ぶっひゃぁ〜〜〜〜おじさんのLPはもう0さ〜〜」

 少女たちの集中攻撃を食らった(・3・)は細胞一つ残らずにこの世から完璧に消滅した。

 私の気持ちを代弁してくれる存在はいなくなってしまった。

 まあ、どうでも良いけど。

「それで折木さんは福部さんを攻めるんですか? 攻められるんですか? はっきりさせてください!」

 千反田が瞳をランランに輝かせながら問い詰める。

「だから俺には男と絡み合う趣味はないと言っているだろうが!」

「そんな表面的な理性の話を聞いているのではなく、折木さんの隠された獣欲についです! 福部さんを相手にその全てを解き放ってください! この、BL漫画のようにっ!!」

「だから俺は女の子が好きなんだぁ〜〜っ!!」

「……仕方ありません」

 イカ☆ロスはアンテナ的な何かを折木と福ちゃんの頭に乗せた。

「……折木さんが攻めか、受けか、リバーシブルかはここで実演していただき、投票で決めましょう」

 イカ☆ロスは如何にもなレバーがついたリモコンを操作して2人の男を操り出した。

「止めろぉ〜〜っ! これじゃあ、半年前の二の前になるぅ〜〜っ」

「奉太郎っ!? 僕の体が自分の意思で全く動かせないんだけどぉ〜〜っ!?」

 2人の男は正面から立ったまま重なり合っていく。

「じゃあ、まずは折木さんが攻めのバージョンからいってみましょう」

 詩音がゴーサインを出す。

「私、折木さんがどうやって福部さんを荒々しく攻め立てるのか、超最大級に気になりますっ!!」

「「嫌ぁああああああああああああああぁっ!!」」

 2人の男の悲痛な叫び声が聞こえる。

 これ以上悲鳴を聞くのは忍びないので背を向けて立ち去る。

 やっぱり、私にホモはよく分からない。

 どうして、男同士の恋愛にあそこまで熱を上げられるのだろう?

「「ゆっ、ゆゆ、ユニバ〜〜〜スっ!?!?!?」」

 2人の男の断末魔の叫びを聞きながら私は別の場所を探索することにした。

 エロさ無限大の男たちが群がる空間。

 ホモに心躍らせる女たちが群がる空間。

 コミケというのは、私のような存在が居場所を確保するのが難しいイベントであることは間違いなかった。

 

 

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4 新垣あやせの憂鬱と火照り

 

2012年12月31日午後12時30分 東館2ホール『ラブリーエンジェル』スペース前

 

「本、売れませんね……」

 思わずため息が漏れ出てしまいます。

 でも、それも仕方のないことだと思います。

 甘い期待、幻想。そう言ったものが積まれた同人誌の束の前に崩れてしまったのですから。

「いや、初参加の午前中だけで5冊も売れたのだから結構すごいと思うぞ」

「そうでしょうか?」

 隣に座るお兄さんの言葉を素直に受取れません。

「黒猫だって売る側に回ったばかりの頃は、1日通じて2、3冊しか売れないこともよくあったって言うし」

「そうなんですか? 黒猫さん、あんなに絵もお話も上手なのに」

「アイツの漫画は……マニア過ぎるんだよ」

 お兄さんは大きくため息を吐きました。

「とにかく、即売会初参加で1冊も売れないなんて事例はたくさんあるらしい。それに比べればあやせは午前中で5冊も売れたのだから堂々とした成績だよ。オリジナルの健全本でさ」

「そう、ですかね」

 お兄さんにそう説明されると少し気分が上向いてきます。

「それにあやせがコミケで知り合った友達、御坂さん、だっけ? 彼女もお友達を連れて来てくれたじゃないか」

「そうですね。夏コミで1度会っただけなのに、御坂さんはちゃんとわたしのことを覚えてくれていて、しかもここまで来てくれました」

 

 学園都市の女子校に通っているという御坂美琴さんとは半年前の夏コミの会場で知り合いました。

 オタクや同人文化をあまり理解できていない御坂さんとわたしはすぐに打ち解け合い、すぐに友達になりました。

 そして彼女は当時わたしが書いた小説本を初めて買ってくれた大切なお客様でもあります。

 その彼女は今回友達を引き連れて本を買ってくれたのでした。

『やっほぉ〜。あやせさん、半年ぶりだね』

『御坂さん、お久しぶりです』

 半年ぶりの再会をわたしたちは喜び合いました。

「お、お姉さまっ!? こちらの超ド級の美少女は一体どちらのどなた様ですの?」

「わ〜、本当に綺麗な人だぁ〜。お姉さん、パンツ見せてもらっていいですか?」

「さ、佐天さんっ!? 何を初対面の人に血迷ったことを聞いているんですか!?」

「お姉さまに自分から友達を作る甲斐性があったとは驚きです。と、ミサカは友達料が仲介しているのではないかと疑いを抱きます」

 御坂さんと一緒に来ていたお友達もとても愉快な子たちでした。

 そして彼女たちは1冊ずつ、合計5冊わたしのオリジナル恋愛漫画を買ってくれたのです。

 

「考えてみると……1団体に5冊売れたんですよね。言い換えると、わたしの本を取ってくれたのって知り合いしかいない……」

 再びちょっとガクっとします。

 わたしの本を買う、またはもらってくれたのはお兄さん、イカ☆ロス先生、黒猫さん、御坂さんとそのお友達です。

 ご挨拶ということで周辺サークルにも何冊か配りましたが、とにかくわたしの本を自主的に手に取ってくれたのはみんな知り合いです。

 今回、オフセ本を50部刷ったというのにこの調子だと何冊余ってしまうでしょうか?

 ううう。やっぱり憂鬱です。

「御坂さん以外にも同人友達がいれば、本もいっぱい読んでもらえるんですけどねえ」

「それだっ!」

 突然お兄さんが大きく手を叩きました。

「そうだ。外交努力だよ! 友達募集だよ!」

「へっ?」

「同人仲間を50人作れば、50部刷っても必ず全部人手に渡らせることができるじゃないか!」

「いや、理屈的にはそうなんですが……」

 それって、身内しか本を取ってくれないってことと同義なのでは?

 

「あやせは黒猫やイカ☆ロスさんの影響で同人を始めたんだろ?」

「はい。そうなりますね」

 あの2人がいなければわたしが今この地に売る側で参加することはなかったと思います。

「だからやっぱり仲間は重要なんだよ。自分の本を待っていてくれる具体的な友達は大切なんだよ!」

「確かに……お兄さんの言うとおりですね。わたしもイカ☆ロス先生と黒猫さんに本を取ってもらえてすごく嬉しかったですし」

 イカロス先生に褒めてもらえたあの言葉が今も耳に残っています。やっぱり知っている方から進歩を褒められると凄く嬉しいです。

「だろっ。その仲間をもっと増やせばあやせはもっといいもの作りたいという想いが強くなる。本の出来が良くなれば一般のお客にも売れる。いいこと尽くしじゃないか」

 お兄さんは盛り上がった感じで訴えかけます。

「お兄さんの言うことは間違ってないと思います。でも、どうやって友達を作りましょうか?」

「そりゃあ、あやせお得意の挨拶回りだろうよ」

 お兄さんは自信満々に述べます。

「偏見と先入観をもって言えば、オリジナル創作をやっている連中は一匹狼的意識が強い。となると、同人仲間が欲しいけれど、自分からは声が掛けられないコミュ力不足連中は大勢いるはず。意外と狙い目だと思うぞ」

「凄い偏見ですよね」

 周りのサークルさんを怒らせていないか冷や汗ものです。でも、お兄さんは構わずに話を続けます。

「そこで、俺が世界一の美少女と認めるあやせたんが笑顔で声を掛ける。天使の降臨に瞬時に虜になってお友達が急増というわけだ。簡単だろ?」

「それで友達になれるのなら……わたし、もっと友達多いと思うんですけど?」

 自慢じゃありませんが、わたしは友達が少ないです。

 仕事柄、挨拶することは割と得意です。第一印象で好かれる方法も独自開発して洗練してきたつもりです。

 でも、わたしには友達を作る為の気迫と言いますか、関係をより親しい方向に傾ける努力が欠けているのです。

 一緒に遊びに出かけるとかこまめに連絡を取るとか、そういうマメさに欠けています。友達は少なくても良いと考えている節があるので。

「あやせ。同人仲間は半分営業のつもりで確保するんだ! 同人誌を買ってくれる貴重な顧客でもあるしな」

「一気に話が世知辛くなった気がします」

 とても打算的な関係みたいで……。

「ちなみに男には声を掛けちゃダメだぞ。良からぬ下心を持った接近と見て120%間違いないからな。お父さんは絶対に許しませんよ」

「わたしのサポーターって大半が男性なんですけど……」

 わたしのモデルはその多くがティーンズ女子向けのファッション雑誌です。でも、熱心に支持してくれるのは大半が男性です。

 女子小学生ストーカーに追われていたこともありますが。

 

「そんな訳であやせはじゃんじゃん友達を作るんだ。特に美少女のな」

 美少女という部分でお兄さんがヘラっと笑った気がします。

「お兄さんまさか……わたしを通じて可愛い子とお近づきになりたいと思ってるんじゃ?」

「そ、そんな破廉恥なことをお、俺が考えるわけがないだろう……」

 お兄さんはとても挙動不審に目を逸らしました。

「そう言えばさっきも御坂さんたちを見ながらとてもデレデレしてましたよね?」

 女子中学生に囲まれてお兄さんはとても幸せそうにしていました。

「お兄さんは若い女の子が好きですもんね。御坂さんたち……わたしよりも若いし」

 御坂さんは中学2年生。そのお友達は中学1年生ということでした。

 その彼女を見ているお兄さんの瞳は……。

「お兄さん、もしかしてわたしのことを密かにもうBBAとか思っていませんか?」

「そ、そんなことあるわけないだろ! 俺は、黒猫に年下の女にやたらお節介と断定されてしまった、妹限定世話焼きお兄さんなだけだぜ」

 親指をグっと立ててみせる様が白々しいです。

「で、その世話を焼いた妹をあわよくばパクッとしたい、なんて考えているんじゃないですか?」

「いやいやいや。黒猫やあやせはともかく、他の子までそんな関係になりたいなんて望んでないって。精々あの御坂って娘は桐乃とちょっと雰囲気似てて可愛いなあとか、佐天さんって娘は中1なのに胸が大きくて将来楽しみだなあとか思うぐらいで」

「その言葉のどこにも安心材料が見えないのですが?」

 これだけ親しくしているのにわたしは黒猫さんと同位置。

 しかもわたしよりも年下の御坂さんやそのお友達に性的なものを感じている。

 この男……ほんと、女の敵です。ロリコンめが!

「お兄さんはもっと大人の女性にも興味を寄せるべきなんです」

 髪を払いながらお兄さんに注意を呼びかけます。

 わたしもいつまでも妹系キャラではいられません。高校生になったら、大学生のお兄さんと並び立てられるアダルトな女になろうと思います。

「麻奈実も春から大学生になるからなあ。確かに見方を変えるべき時期なんだよなあ」

「そっちかい!」

 どうしてこの男は2人でサークル参加しているのに他の女へ関心を向けますかね?

「お兄さんはもっと近くにいる女性に関心を寄せるべきなんです。少女から大人へと変わりつつある輝きを放った女の子に」

 お兄さんはわたしと2人で過ごせる幸せをもっと噛み締めるべきです。

そりゃあ、わたしには年末一緒に出かけてくれる男性は他にいませんけど。でも、こういう時は男性が嬉しがるものだと思いおます。

「大人っぽい……じゃあ、あの子みたいにか?」

「へっ?」

 お兄さんが顔を島中通路側へと向けました。

 そこにはわたしより1、2歳年上っぽい、茶が入った髪をサイドポニーテールで括った少女がいました。

 背が高めでスタイルも良く、目鼻立ちもぱっちりと整っていて同業者の人かなと見た瞬間に思いました。

「うんっ?」

 女性もわたしに気付いたみたいです。目と目が合いました。

 

「へぇ〜。彼氏さんと同人参加してるんだ」

 その女性の第一声はとても唐突なものでした。

「えっ? えええぇっ!?」

 いきなり硬直してしまいました。

 御坂さんたちにも同じようなことをからかわれました。でも、こちらの女性はよりストレートです。しかも全く面識がないのに……。

「だって、この同人誌のモデルって……貴方と彼氏さん、でしょ?」

 女性は同人誌の表紙とわたしたちを交互に見比べながら言いました。

 その指摘は確かに事実でした。

 わたしの初の漫画同人誌はわたしとお兄さんをモデルにした恋物語です。

 こうなれば良いなあという願望を形にしたものです。

 鈍感なお兄さん以外はみんなそのことに当然気付いていたはずです。でも、それを直接指摘するような真似はしませんでした。

 けれど、こうして初対面の方にストレートに指摘されてしまうと凄く恥ずかしいです。

 改めて考えてみると、自分を題材にしたその妄想話を漫画にして売る。わたしはなんてチャレンジャーなことをしているのでしょうか?

「面白そうだから、ちょっと見せてね」

「はい、どうぞ」

 動揺しているわたしに代わってお兄さんが答えました。

「どれどれ……」

 女性はわたしの本を手に取って読み始めます。

 どう思うのかドキドキします。

 でもそれ以上にページを捲る度にわたしたちの顔をチラチラ見て笑うのが余計気になります。ていうかこれは完璧に羞恥プレイです。

 そして最後のページまでゆっくりと時間を取った末に女性は本を閉じたのでした。

「面白いから買うわ、これ」

 女性は笑みを零しました。

「ほっ、本当ですかっ!?」

 女性の嬉しい申し出に思わず立ち上がってしまいました。

「内容も面白いし、これを描いたのが貴方たちだっていうのが二度面白いわね」

 女性はニヤニヤしています。

「貴方たちって、こんな感じの青春しているのね。素敵な彼氏さんがいて羨ましいわ」

「で、ですからそれは……」

 肯定するわけにもいかず、実体験を参考にした部分も多いので否定するわけにもいかず。

 何よりお兄さんとこうなりたいという願望を描いたものなので否定したくもなく。

 何も答えることができないわたしは再びフリーズしてしまいました。

「この本、幾ら?」

「300円です」

 動揺していない、というか鈍感で気付いていないお兄さんが会計を済ませていきます。

「こういう本があるんだったら、このイベントも結構面白いかも。他に、びっくりさせてくれるような本を出している所があったら教えてくれませんか?」

「だったら……西館1ホールの神聖黒猫騎士団のスペースに行ってみるといいんじゃないか? アクの強い子がアクの強い本を売ってるよ」

「西館?」

「現在地がここだろ。で、ここからこう行った所が西館ホール。2時頃に2人で向こうに行く予定だから、良かったら一緒に来るか?」

「それじゃあありがたく同伴させてもらいますね。友達を連れて」

「そうしてくれるとアイツの売上にも貢献できるから嬉しいな。じゃあ、1時45分ごろにここへ」

「分かりました。それじゃあお二人ともお幸せに」

 そしてわたしが何も言い出せないままに女性は立ち去っていきました。

「やったぞ! 遂に知り合い以外の人にも本を買ってもらえたぞ。しかも面白いって褒めてもらえた。良かったな」

 顔をパッと輝かせるお兄さん。すごく嬉しそうです。

「わたしは……かなり恥ずかしいです」

 これから、知らない人に本を取ってもらう度に先ほどと同じことが起きるのかと思うと顔の火照りが止まりそうにありませんでした。

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5 柏崎星奈とママと嫁

 

2012年12月31日午後1時30分 西館行き連絡通路内

 

「ちょっと小鷹っ! 絶対にこの腕を放すんじゃないわよ。あたし、迷子になっちゃうんだからね!」

「お前がしっかりと抱きついているんだから離れようはないだろうが」

 あたしは今、小鳩ちゃんと合流すべく小鷹と2人で西館の神聖黒猫騎士団というサークルへと向かっている。

 何で2人きりなのかと言うと、幸村が外の寒さに耐えられずダウンしたから。

 幸村は人混みが苦手な夜空たちと共にのんびり東京見物へと回ることになった。

 そして腕を組んでいるのは人が多いから仕方なくなの、仕方なく。

 だから決して役得というわけではない。そうよ。役得だとすれば小鷹の方なのよ。世界一の美少女であるあたしとこうして腕を組んで回れるのだから♪ ほんと、幸せ者よね♪

「アイツら……我らの聖地でイチャつきおって」

「ラブラブは他所でやれっての」

 周囲から妬みの声が聞こえてくる。

「なあ、いいのか? 周囲の奴らに妙な誤解を受けているぞ」

「好きにさせればいいわ」

 小鷹の肩に頭を乗せて密着度を上げる。

「お、おい」

「いっそ誤解させておいた方が面倒な説明を省けて良いでしょ」

 小鷹の体温を頬に感じながら素っ気ないフリをして答える。

いつかあたしは小鷹とこうして寄り添って歩くのが当たり前になる日が来るのかしら?

 そんな日が……早く来て欲しい。

 

「にしても、小鳩が携帯をホテルに置いてきたのは痛いよな」

「RPGのクエストみたいになっているものね」

 小鷹のボヤきに同調する。

 小鳩ちゃんは今朝ホテルに携帯を置いてきてしまった。

 そのせいで小鳩ちゃんの現在地は僅かな情報を頼りに手繰り寄せるしかない状況に陥っている。

 今は今朝小鳩ちゃんを救ってくれたあやせという子の情報を元に西館へと向かっている。

 小鳩ちゃんを探してもう既に結構な距離を移動している。でも、小鳩ちゃんと巡り会えるまでは小鷹と2人きり。それを考えれば悪い道中ではなかった。

「それにしても小鳩ちゃんはどうして冬コミに来たがったのかしらね?」

 小鷹に冬コミ行きをプッシュしたのは小鳩ちゃんだった。

 言うなれば、今回の隣人部の合宿は小鳩ちゃんの発案による。

 けれど何故冬コミに強い関心を示したのかその理由は不明。

「小鳩が同人誌に興味あるという話は聞いたことがないからなあ」

 小鷹は大きく首を捻る。

「じゃあ、やっぱり。この冬コミで会いたい人がいるってことかしらね?」

「そう、なんだろうなあ。アイツの交流はオンライン上が多いしなあ」

 小鷹が頷いた。

「さっきのあやせさんたちの話を聞く限り、小鳩は黒猫って子に会いに来たっぽいな」

「小鷹は黒猫って子を知っているの?」

「うんにゃ、全然」

 小鷹はあっさりと首を横に降ってみせた。

「多分小鳩も直接には会ったことないんじゃないかな?」

「ネット上の友達ってやつね」

 あたしはネット上での交流には消極的。というか何度も炎上したのでコリゴリ。

 それに比べると小鳩ちゃんの方が遥かに現代っ子なのかも知れない。

「まあ、行ってみれば分かるだろ」

「そうね。小鳩ちゃんに合流して早くペロペロ(^ω^)したいわ」

「妹にペロペロは止めろ」

「じゃあ、小鷹がペロペロしてもらいたいの? ふふふ」

「そ、そういうことを言うのは止めろよな」

 小鷹の顔が真っ赤になった。

「冗談よ」

 小鷹の肩に更に体重を寄り掛からせる。

「……小鷹にペロペロされちゃうのはあたしの方だもんね」

 いずれ、恋人同士になれたらそんな関係になるのかも知れない。

 わたしの全てを委ねられる関係に……。

 

「おや、レイシス氏。急に育ちましたな。フォームチェンジですかな?」

「へっ!?」

 突如背後から話し掛けられてビクッと全身が震えた。

 恥ずかしいことを考えていた最中だったので心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 ドキドキしながら振り返るとそこには──

「こんなデカいシリカがいるかっての!」

 180cmを超えていそうなジャンボシリカが立っていた。

 SAO屈指のロリキャラをボンキュッボンの大女、しかもグルグルメガネがコスプレしている。

 神に対する冒涜か、それとも反逆かと思った。

「おや、よく見ると身長から何から全部ステータスアップしておりますな。もしかして、レイシス氏のお母君ですかな?」

「何であたしが小鳩ちゃんのママなのよ!」

 大シリカに大声で文句を述べる。

 以前の遊園地でも勘違いされたけど、あたしは小鳩ちゃんの母親じゃない。そんな年齢じゃないっての!

「それでは、レイシス氏の姉上君でござるか?」

「そ、それは……」

 あたしは答えに窮してしまった。

 もし仮に、万が一あたしが小鷹と結婚した場合、小鳩ちゃんはあたしの義妹になる。

 つまりこの質問は将来的には嘘でなくなる可能性がある。

 

「そんなことよりもアンタに聞きたいことがあるんだ」

「そんなこととは何よ! あたしたちの将来にとって大事な問題でしょ」

 無神経なことを言うヘタレヤンキーにムカッときた。

「何度も言っているが、小鳩は俺の妹なんだからな。星奈にはやらんぞ」

「小鳩ちゃんは将来あたしの妹になるかも知れないでしょうが」

「どうして?」

「それぐらい、自分で考えなさいよ……馬鹿っ!」

 小鷹の鈍感無神経ぶりに腹が立つ。

「痴話喧嘩でござるな。ニヤニヤでござる」

 大シリカがあたしたちを見ながら口に出してニヤニヤしている。

「そんなんじゃねえって」

 そんなんでしょうがどう見ても。と、心の中で反論する。

「アンタはレイシス、妹を知ってるんだろ? どこで見たんだ?」

「貴殿の義妹君でしたら、正午頃に黒猫氏のサークルへと向かわれたはずですぞ」

 気のせいか小鷹と大シリカで“妹”に対する使い方が違う気がする。

「そうか。情報通りだな。サンキュー」

 小鷹はあたしを引っ張るようにしてツカツカと歩き始める。興奮したようでかなり早歩きだ。

「ちょっと待ってよ、小鷹」

 腕を組んでいるあたしとしては転ばないように一生懸命付いて歩くしかない。

「お気を付けて〜。拙者はお二人の幸せを陰ながら祈っておりますゆえ」

 最後まで勘違いしたままの大シリカに見送られながらあたしたちは小鳩ちゃんの元へと再び向かい始めた。

 

 

 大シリカと別れてから5分ほど。あたしたちはようやく神聖黒猫騎士団のスペースに到着した。

「ごきげんよう。ほら、レイシス卿。ご両親がお迎えに来たみたいよ」

 出迎えてくれたのは小鳩ちゃんそっくりな黒髪ゴスロリ少女だった。

その少女、おそらく黒猫はその隣で一心不乱にこのサークルの同人誌を読んで無反応な小鳩ちゃんとあたしを交互に見比べてから上記の挨拶を述べたのだった。

「両親じゃないわよ」

 大シリカと同じ勘違いをされて訂正を求める。

 中学生の小鳩ちゃんのママということは、少なくともあたしは30歳ぐらいということになる。

 聖クロニカ学園一の美少女JKであるあたしにとってその誤解は決して許されない。

「レイシス卿。お姉さん夫婦がお迎えに来たみたいよ」

 黒猫はあたしの抗議を受けて言い直した。

「………………っ」

「って、否定しないのかよ!」

 横から小鷹がツッコミを入れてきた。

 全く、細かい誤差にイチイチうるさい男だわね。

「黒猫さん、だよな? 妹が世話になっている」

 もう1人の小鳩ちゃんとでも言うべき少女を見て硬直していた小鷹がようやく復活した。

 多分年下であろう少女に対してきちんと頭を下げている。こういう所、小鷹はちゃんとお兄ちゃんをやっている。

「彼女は友人として好意からここを訪ねてくれた。私は別に世話など焼いた覚えはないわ」

 澄ました顔で返答する黒猫。

 でも、あたしには分かる。

 黒猫はひた隠しにしてもその内側は喜びにうち震えているのだと。人前で友達の話ができることをとても誇らしく感じているのだと。

 即ち、言い換えればこの子もあたしと同じで友達が少ないに違いない。

 なるほど。ぼっちの痛可愛い子がぼっちの痛可愛い子を呼び寄せたという構図のようだ。

 心温まるような、なんか切なくなる出会い。

 

「ほらっ。レイシス卿もご家族が迎えに来てくれたのだから、いい加減顔を上げなさい」

 黒猫が小鳩ちゃんの肩をさすった。

「うん? おやつの時間け?」

 食いしん坊キャラみたいなことを言いながら小鳩ちゃんが顔を上げた。

 顔を上げたことで小鳩ちゃんのオッドアイとあたしたちの視線が交差する。

「あっ」

「小鳩っ」

「小鳩ちゃん……っ」

 小鳩ちゃんとの数時間ぶりの再会。

 あたしは小鷹と組んでいた両腕を離して小鳩ちゃんを抱きしめる体勢を取る。

 さあ、お義姉ちゃんの大きな胸に飛び込んできてっ! そうしたらいっぱいペロペロしてあげるから。

 小鳩ちゃんはそんなあたしの気持ちの高ぶりに応えるようにテーブルをくぐり抜け……

「あんちゃ〜〜〜〜んっ!!」

 小鷹に抱きついた。

 ……まあ、そうよね。そうに決まっているわよね。

 あたし、小鳩ちゃんに好かれているとは言い難いしね。うん。

 ちょっと泣きたくなった。

「貴方……妹に好かれてないのね。姉たる者、妹に好かれなくては駄目よ」

 黒猫が諭すようにドヤ顔混じりであたしの肩に手を置いた。

 どうやら黒猫は姉らしい。しかも妹から好かれているらしい。

「いずれ好かれてやるわよ。時間は……たっぷり作るんだから」

 小声で黒猫に答えて返す。小鳩ちゃんと姉妹になるという小さな意思表示だった。

 

「それで小鳩の用事は終わったのか?」

 小鳩ちゃんにキツく抱きしめられた小鷹が尋ねる。

 小鳩ちゃんが羨ましい。じゃなくて、小鷹が羨ましい。

 まあ、この際どっちでもいいのだけど。

「まだウチの用事は終わってへん」

 小鳩ちゃんは首を激しく横に振った。

「うん? 小鳩の用事って黒猫さんと会うことじゃないのか?」

「それもあるけんど、他にまだ大切な用があるんよ」

「大切な用って何なの、小鳩ちゃん?」

「それは……」

 小鳩ちゃんは俯いて黙ってしまう。

 黙られるとあたしたちには全く手掛かりがない。途方に暮れかけたその時だった。

「ようやく現れたみたいね」

 黒猫さんが目を瞑りながら小さな声で告げた。

「現れたって?」

 何の話か疑問に思いながら黒猫さんが目を閉じる直前まで見ていた方向を振り向く。

 すると男2人、女5人の集団がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 高校生らしき男2人は小鷹並に人は良さそうだけど頼りなさそうな顔をしている。

 同じく高校生らしき女5人はあたしには劣るけれどいずれも美少女揃い。

 その中には小鳩ちゃんを助けてくれたあやせって子と高坂という男の姿もあった。

「あの人たちが何なんだ?」

 小鷹は首をかしげている。けれど、あたしには何となく予想が付いた。

 少女の内の1人が小鳩ちゃんや黒猫と同じように黒いゴスロリ衣装に身を包んでいるから。

「待ち人来るってことなのかしら?」

「そうね」

 黒猫は目を開き、ショートカットに眼帯を付けた少女を眺めて瞳を細めた。

「どうやらまだひと波乱決定のようね」

「それってどういうこと?」

 黒猫は何も応えない。

 その間にグループはあたしたちの元へとやって来た。

 そして先頭に出てきたゴスロリ眼帯少女は特撮戦隊のポーズみたいな構えを取りながら名乗りを挙げたのだった。

「クックック。我こそは〜邪王真眼の継承者〜〜五月七日くみんなんだよぉ〜〜」

 天然が無理して役を作っているような微妙な響きを含んだ紹介だった。

「はぁ〜。どうやら思ったよりも深刻な事態みたいよ」

 黒猫はため息を吐きながら瞳を更に細めた。

「うちは邪王真眼の問題を解決する為にここに来た。難問にぶつかるんは覚悟の内なんよ」

 小鳩ちゃんも邪王真眼を名乗った少女を見ながら瞳を細めた。

「あっ、ああ。それじゃあ、あの子たちが……レイシスと黒猫、なんだ」

 グループの最後尾にいるショートカットに立派なアホ毛が伸びた少女が小鳩ちゃんたちを見ながら震えていた。

 

 

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6 邪王真眼

 

2012年12月31日午後2時 西館1ホール『神聖黒猫騎士団(ブラックナイツ・ノヴァ)』スペース前

 

「あっ、ああ。それじゃあ、あの人たちが……レイシスと黒猫、なんだ」

 小鳥遊六花の目の前にいる2人のゴスロリ少女。

 長い間インターネットを通じて交流を温めてきたレイシスと黒猫は六花にとってずっと会ってみたい人物だった。少なくとも学園祭にて母と間接的に再開を果たすその時までは。

 けれど今、六花は2人との出会いを素直に喜ぶことができないでいた。それどころか自分が邪王真眼であることを名乗ることもできない。

 何故なら六花は邪王真眼を五月七日くみんに継承してしまったから。黒猫たちとの交流の場である会員制チャットのIDとパスワードもくみんに譲渡してしまった。

 それらは一般人として生きる為の六花なりのけじめだった。けれどそのけじめは六花の心に暗い影を落とすことにもなった。

 

「フッフッフッフ〜。わたしが〜じゃなくて、我が邪王真眼2代目なんだよぉ〜〜」

 JOJO立ちするくみんがテーブルを挟んでレイシスと黒猫の前に立つ。

「金髪ツインテールがレイシスちゃんで〜黒髪サラサラヘアが黒猫ちゃんだよね〜♪ 2人ともすっごく可愛いよぉ〜〜♪ まるでお人形さんみたい〜〜♪」

 2人のゴスロリ少女を見ながら満面の笑みを浮かべるくみん。

 そんな彼女を見ながら六花は心の中で『違う!』と叫ぶ。

 くみんの態度は邪王真眼のものではないと。

 けれど、邪王真眼を自ら放棄し、黒猫たちとの通信も一方的に打ち切ってしまった六花にそれを指摘することはできない。その資格はないのだと悲しげに目を伏せる。

「お褒めの言葉ありがとうだわ。邪王真眼、貴方は想像していたよりもずっと明るいのね」

「明るいというより天然じゃあ」

 黒猫とレイシスはくみんを見ながら引いている。

 それは当然のことに違いなかった。11月初めまでの邪王真眼、即ち六花のキャラと今のくみんのキャラは違い過ぎるのだから。

 六花の握りしめる両手の拳が赤くなった。

 

「ねえ、富樫くん。あのゴスロリの2人って……」

 丹生谷森夏が富樫勇太の肘をつつきながら小声で囁いている。

「どう見ても六花の知り合いなんだろうな」

 勇太が小声で返す。けれどその小声は俯いている六花の耳に届いてしまっている。

「どうして小鳥遊さんの友達をくみん先輩が相手しているの?」

「そんなこと俺が知るか」 

 2人は小声で囁き合いながら戸惑っていることが見て取れた。

「この事態がどうなっているのか分かるのは、くみん先輩と……」

「小鳥遊さん、だけよね」

 俯いていても2人の視線が自分に向くのが分かった。

 けれど六花には何の反応も示すことができない。ただ俯き続けるのみだった。

 

「俺は黒猫のサークルに今日知り合ったばかりのお客さんを引き連れてきた筈。なのに、何であの眼帯の子は黒猫と小鳩ちゃんのことを知っているんだ?」

「わたしに聞かれても困ります。ゴスロリ愛好チャットとかで知り合ったとかでは?」

 六花たちをここまで案内した高坂京介と新垣あやせもまた目の前で展開されているやり取りに戸惑っていた。

 六花は京介から行き先が神聖黒猫騎士団だと聞かされ、それが黒猫の主催するサークルであることはすぐに気付いていた。

 けれど、反応ひとつ示すことができないまま付いてきた。その結果が現在だった。

 せっかく仲間に会えたのに、歯がゆい気持ちだけが六花の心を占めている。

 圧迫感に耐えながら前を向く。

 

「なあ、あのちょっと天然入った人が小鳩が会いたかった人なのか?」

 レイシスの父親と思しき男が耳打ちしながら尋ねている。

「そうじゃ。ウチが探してたんは、邪王真眼なんよ」

 レイシスは頷いた。けれどその次の瞬間には首を横に振って険しい表情を見せた。

「けど、違うんよ!」

 レイシスは悔しそうに歯を食いしばった。

「アイツは、ウチが探している、ウチと堕天聖黒猫の友達の邪王真眼とは違うんよっ!」

 小鳩の瞳には涙が浮かんでいる。

「私もレイシス卿に同意するわ」

 黒猫がレイシスの肩に手を置いて言葉を引き継いだ。

「より正確には、11月の初めまで私とレイシス卿は邪王真眼と心を通わせていた。けれど、ある日を堺に邪王真眼はまるで違う存在になってしまったわ。まるで人が変わったかのように」

 黒猫の言葉が六花の胸に突き刺さる。

「え〜? わたしは何も変わってなんかいないよ〜。邪王真眼は超最強なんだよ〜♪」

 ビシッとポーズを取ってみせるくみん。けれど声が間延びし過ぎて少しも決まらない。

「まあ、貴方たちを見て、どういうカラクリなのかは大体見当がついたのだけど」

 黒猫はくみんを見て、それから六花を見た。

 真っ赤なカラーコンタクトの瞳が六花を見据えた瞬間、彼女の体は大きく震えた。

「ウッ!?」

 黒猫に責められているようだった。

「やっぱり、分からないわね。言の葉の力を示してもらわないと大いなる理解への扉は開かれないわ」

 黒猫は小さく息を吐き出すと目を閉じた。

 

「ちょっと小鷹。今のどういうこと?」

「俺に分かるわけないだろ」

 レイシスの両親はチンプンカンプンといった表情。他の者も似たり寄ったり。

 黒猫の言葉を理解している者は六花以外にいなかったようだった。

 逆に言えば、六花に向けられた言葉であることは明白だった。少なくとも六花本人にとっては。

「…………っ」

 けれど、六花は答えられない。

 体が震えて口を動かすこともできない。

 黒猫の瞳が自分を責めているように、裏切りを咎められているように思えて仕方なかった。

 告白すれば黒猫とレイシスに本気で嫌われてしまいそうで怖くて仕方がない。

 六花は動けないでいた。

 

 動けない六花。

 そんな彼女の背中に凸守早苗はそっと額を寄せた。

「小鳥遊先輩」

 静かな声だった。

「凸守にはここで牛乳を吐き出して笑わせることしかできませんDeath。でも、マスターにはマスターにならできる、マスターにしかできないことがあるはずなのDeath」

 凸守は六花をマスターと呼びながらそっと手を回して抱きしめた。

「でも、私……」

 ようやく発することができた声はか細く震えていた。

「大丈夫Deathよ」

 凸守の声は優しく、その腕に込められる力は強く。

「一目見た瞬間に分かりました。あの2人はマスターのことを本気で大切に思っているって。大切な友達だと思っているって。だから……何の心配も要りません」

「………………うん」

 六花は小さく頷いた。

 

 一方、くみんは場の雰囲気がおかしくなっていることを自分なりに解決しようと努力を重ねていた。

「レイシスちゃんも〜黒猫ちゃんも〜どうやったらわたしが本物の邪王真眼だって理解してくれるのかな〜? こうなったらあれしかないね〜」

 くみんは顔の前で両腕をX字に交差させてポーズを取る。

「爆ぜろリアル〜弾けろシナプス〜ヴァニッシュメント……」

「ちょっと待ってっ!!」

 六花は気が付けばくみんの前方へと躍り出て彼女の言葉を遮っていた。

「何故貴方が邪王真眼の行動を止めるのかしら?」

「関係ないモンは引っ込んでおるんじゃ」

 黒猫とレイシスから厳しい視線が六花に注がれる。けれど引かなかった。

「関係なら、あるっ!」

「名前も知らない貴方が私たちとどう関係あると言うのかしら?」

 六花は大きく息を吸い込み、黒猫とレイシスに向かって熱く吐き出した。

 

「私が、私こそが……邪王真眼の使い手小鳥遊六花だからっ!!」

 

 六花は2人の少女に自分の正体を打ち明けた。

「えっ!? ええ〜〜っ!?!? そ、そうだったのけ!? 全然気が付かなかったんよ」

 レイシスは瞳を丸くして驚いている。レイシスの両親に至っては大きく目を見開いているばかり。眼前で展開されていることの意味がまるで分からない様子だった。

「で、貴方が本物の邪王真眼だとすると、あっちのノリノリ天然女は一体何なの?」

 黒猫はあごでくみんを指差した。

「くみん先輩は……色々あって先月初めに邪王真眼を継承してもらった二代目邪王真眼」

「じゃあ、先月から魔界通信に入っていたのは?」

「私のIDとパスワードも……邪王真眼の称号と共にくみん先輩に譲渡した」

 喋っている最中に六花の声が段々と小さくなる。

 やはり2人に悪いことをしたという想いが声と反比例に大きくなる。

「それは貴方個人が私たちと縁を切りたいという意思表示かしら?」

 黒猫の言葉が六花に突き刺さる。うずくまってしまいそうになるのを必死に耐える。

「……………………違う」

 六花は小さく首を横に振った。

「私は……お母さんやお姉ちゃんに迷惑を掛けないように一般人になろうと思った。その為には中二病だった要素とみんなお別れしようと思った」

 秋から今までのことを思い出しながら語る。それは六花にとってとても辛い選択だった。けれど、絶対に必要だと思った選択だった。自分が不器用であることを知っていたから。

「それでくみん先輩に邪王真眼を継承してもらった。一般人になったら家族やクラスメイトとの日常がとても滑らかになった。それは嬉しい。でも……」

 俯く。

「でも私は邪王真眼が好きで、邪王真眼を通じて得たものも大好きで、でも、もうこれ以上お母さんたちに迷惑掛けられなくて。だから、だからあ……」

 六花の声は震えていた。全身も震えていた。

 

「なるほど。貴方はとても優しい子なのね」

 黒猫とレイシスがテーブルを抜けて六花の前に立つ。

「なら、最後のもう1つだけ質問。貴方は私たちのことをまだ友だちと思ってくれているの?」

「ウチらのこと、好き?」

 2人の少女は六花の顔を覗き込む。

 

「うん。私にとって黒猫とレイシスはとても大切な友達で……大好き、だよ」

 

 六花は黒猫とレイシスの手を握りながら声を震わせて答えた。

「なら、私たちの関係は2ヶ月前と同じ。ううん、こうして一堂に会したのだから今まで以上に良好になったわけだわ」

「クックック。我ら3名、魔貴族の仲間じゃけん」

「うんっ! うんっ! そうだよ。私は……レイシスと黒猫のお友達、だよ」

 涙を流しながら答える。

六花、黒猫、レイシスはそれからすぐに打ち解けていった。

 

「邪王真眼を六花ちゃんに返す時が来たみたいだね」

 くみんは3人を見ながら眼帯を外した。綺麗な黒い瞳が眼帯の下から現れた。

「くみん先輩っ」

 六花たちがくみんの元へと寄ってくる。

「六花ちゃんに邪王真眼をお返しするね。初代復活、ううん、ニュー邪王真眼の誕生だね」

 くみんは六花の手に眼帯を握らせた。

「私、先輩にとても厄介なこと押し付けて……」

「わたしはこの2ヶ月間、邪王真眼として過ごせてとっても楽しかったよ」

 くみんは笑ってみせた。

「チャットでの貴方の発言は酷かったわ。けれど、貴方がいてくれたおかげで邪王真眼と私たちはこうして再び繋がることができた。それに関しては礼を述べておくわ」

「お前がおかしなことばかり言うんで、ウチもここに来たんよ。でも、邪王真眼に会えて、良かった」

 黒猫とレイシスはくみんにも笑顔を向けた。

 

「小鷹、これってどういうことなの?」

 話から完全に置き去りにされている星奈が小鷹の脇をつつく。

「よく分からないけれど、感動の友情話なんだろうなあ」

「そうよね。小鳩ちゃんあんなに嬉しそうな表情しているんですもの。いい話に決まっているわよね」

 星奈と小鷹は眩しそうに小鳩たちを見ている。

「小鳩ちゃん、いいなあ。あたしもあんな風に大切に思える友達欲しいなあ」

「俺もだよ」

 2人がため息を吐いていると小鳩たちが近寄ってきた。

 六花は小鷹たちに向かって頭を下げた。

「初めまして、レイシスのお父さん、お母さん。私は彼女の友達の小鳥遊六花です」

「私は小鳩ちゃんのママじゃな〜〜いっ!」

 黒猫に受けたのと同じ誤解に星奈が絶叫する。

 六花は小鳩と星奈の顔を改めて見比べた。

「レイシスのお姉さんとその旦那さん」

「………………っ」

「って、だからそこも否定しろってのぉ〜〜っ!!」

 今度は小鷹が絶叫する番だった。

 

「凸ってば、小鳥遊さんを勇気づけるなんてちょっといい所あるじゃん」

 森夏は凸守の頭に手を乗せた。

「マスターを立ち直らせるのは本来凸守の役割だったのDeathわ。それを丹生谷先輩に取られてしまったので、今度こそ凸守がきちんと役目を果たしたのDeath。凸守は……マスターのサーヴァントDeathから」

「ふふ」

 森夏は凸守の頭を撫でた。

「さあ、小鳥遊さんも復活したことだし、ここからのバトルは本気でいくわよ」

「ゲッフッフッフ。今回何も活躍していないあのヘタレゴミ虫男は凸守がいただくのDeathわ。お金の力は偉大なのDeath」

「勇太くんはね〜わたし専用の抱き枕にするから絶対に譲らないよ〜」

 3人の少女たちに今戦いの炎が吹き上げ始めた。

 

「え〜と、高坂さん。せっかくサークルまで連れてきて頂いたのにうちの六花やくみん先輩たちがお騒がせしちゃって」

「いやいや。凄くいいものを見せてもらったさ」

 頭を下げる勇太に京介は首を横に振ってみせた。

「そちらの彼女さんにもご迷惑をおかけしました」

 勇太はあやせへと顔を向ける。

「えっ? わたしがお兄さんの……彼女? わたしが……彼女」

 あやせの顔が急激に赤く染まっていく。

「わ、わわ、わたしはお兄さんの……」

「ちょっと待ちなさい、そこの京介並にヘタレな顔をした貴方っ!」

 あやせの言葉を遮って黒猫が3人の前へと現れる。

「彼女新垣あやせは、高坂京介の恋人ではないわ」

 黒猫は自分の右手を胸に当てて済まし顔を作ってみせた。

「何故なら、私の人間界での名前は高坂瑠璃。そこにいる高坂京介の妻だからよ」

 言い終えた黒猫はドヤ顔を作ってみせた。

「何を訳の分からないことを……」

 京介は呆れた表情でため息を吐いた。しかし……。

「そっ、そうだったのけ!? 堕天聖黒猫が既に結婚しておったなんて知らんかったんよ」

「黒猫は人間の齢だと16歳だと聞いていた。それなら確かに結婚できる!」

「人妻だと知られると距離を置かれてしまうかもと思って言い出せなかったのよ。ごめんなさいね」

 黒猫は申し訳なさそうに頭を下げた。

「神妙な態度でとんでもない嘘をつくんじゃないっ!」

 黒猫人妻説は本人が言い出したこともあり、レイシスたちに受け入れられてしまっていた。

 そして──

「お兄さんが黒猫さんともう結婚しているなら……」

「いや、あやせ。分かっているだろうがあれはみんな黒猫の冗談だからな」

「お兄さんを殺すしか、平和的解決の方法がないじゃないですかっ!」

「俺が死んだら少しも平和じゃな〜〜いっ!」

 スタンガンを取り出して追いかけるあやせ。必死に逃げ回る京介。

 そんな2人を取り巻く六花たちには笑顔が溢れていた。

 

「京介殿、黒猫氏、あやせ氏…………拙者も友達、でござるよね?」

 

 楽しげで賑やかな一行を見ながら大シリカこと槙島沙織がグルグルメガネにそっと涙を貯めていた。

 

 

 了

 

 

 

 

説明
六花、黒猫、小鳩の友情の行方は……。


過去作リンク集
http://www.tinami.com/view/543943

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