ハバネロ |
「西野、おはよう! で、何食ってんの?」
学校の教室で、隣の席の主、岩谷堅一に声をかけられた。
今日は珍しく寝坊してしまい朝ごはんを食べ損ねてしまったわたしは、持参していたお菓子を食べていたのだった。
「ん?ハバネロチップスだよ」
わたしは、手にしていた袋のパッケージが相手に見えるように持ち直した。凶悪な顔をした唐辛子みたいなキャラクターが目を引く。辛さを前面に押し出していることがはっきりと伝わってくるデザインだ。相手にも伝わったのか堅一は苦笑いを浮かべた。
「うわ、よくそんなん朝から食えるなあ」
「案外食べてみれば大丈夫だよ。はい」
わたしは、袋の開いた口を堅一の方へと差し出した。断るのが苦手な堅一は、
「うぅっ、男・堅一頑張ります!」
と、声を張り上げると真っ赤な色をしたハバネロチップスを多量に口に放り込んだ。その勢いの良さに思わず、わたしは「おぉ〜!」と歓声を上げる。直後に堅一は目に涙を浮かべ咳き込んだ。
「かはっ、かっ辛〜!!みっ水!」
堅一が、右腕を上方へと震わせながら伸ばし、左手を口にあて、水を求めるオーバーなリアクションをしていると、いつの間に教室に入ってきていたのか、1時間目の担当教師がバンッと出席簿で教卓を叩いた。
「授業、始めますよ」
「……はい」
恥ずかしそうにおとなしく自分の席に着く姿が可愛いと思わず口元を綻ばせてしまう。
――そう。実は、少しおちゃらけたところもあるけれどノリのいい堅一に、わたしは惹かれていたのだった。
☆
放課後、下駄箱で堅一が来るのを待っていた。どうしても渡したいものがあったのだ。
せっかくラッキーなことに隣の席なのだから、教室で渡せば良かったものを勇気が出ず、ずるずると放課後になってしまったのだった。後悔と共に、今朝の楽しかった堅一とのやり取りを思い出す。
(ハバネロチップスはあんなに簡単に渡せたのになー……)
「あ」
少し驚いたような声に顔を上げると、そこには堅一が立っていた。
「西野じゃん、帰らんの?」
「う、うん……まだ……」
わたしは思わず、堅一とは関係ないことでこの場にいるのだ、というように取り繕ってしまった。しかし、目はじっと堅一を見つめてしまう。わたしの視線の強さに堅一は困ったように眉根を寄せる。
「何? どうかした?」
わたしは心を決めて堅一に尋ねた。「ね…ねぇ、まだ口の中、辛い?」
「口?あー…」堅一は最初なんのことだかわからないという表情をしていたが、わたしの手元に一瞬視線を落とすと、「辛いよ、超辛い!」と、いつものオーバーなリアクションを繰り出した。私はその返しに気をよくして、堅一に手にしていたものを差し出した。
「じゃ、じゃあ口直しに食べれば?……はい!」
――手渡したのは昨夜苦心して綺麗にラッピングしたギフトボックス。折しも今日は2月14日。バレンタインデー。
「……ありがとう!」
堅一は驚いた顔をしながらも、爽やかな笑顔を見せて受け取ってくれた。受け取ってくれたことに舞い上がってそれ以上のことは告げられなかった。
「じゃ…じゃあね!朝は悪かったわ」
「おう!じゃあなー」
(返事まで元気、とか。バカじゃないの。バーカバーカ)
わたしは自分が不甲斐ないくせに八つ当たりをして、うっすら涙を浮かべる。しかし、下駄箱に背を向けて歩き出そうとすると、堅一に呼び止められた。
「……西野!」
「……え?」
まだ何かあるのかと振り返る。
「あー……うーん、えっと……良かったら一緒に帰ろうぜ?」
堅一は、微かに声を震わせていて、どことなく頬も紅潮していた。わたしは、その一言、その表情で天にも登りたい気持ちになった。わたしは満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
?
堅一と二人で通学路を歩く。なんて幸せなんだろう。寒さなんて感じられないくらいだ。
「あとでコンビニに寄って行ってもいい?」
「何か欲しいもんでもあるの?」
「ハバネロ」わたしは自分で口にしながら思わず笑ってしまった。
「うげー、まだ食べんの?」
今朝のことを思い出したのか苦い顔になっている堅一に微笑む。
「だって、人生に刺激は必要だもん」
「確かに」
そう言って笑った堅一は、優しく私の手を握った。
嬉しくて、あったかくて、ドキドキが止まらない。
だけど、私はもっと貪欲になってしまったみたいだ。
「……これぐらいじゃ、ハバネロには敵わないわ」
わたしは、空いていた方の手で堅一の首元を引き寄せると、頬に唇を寄せた。
ちゅっ
「ど?」照れ隠しに強気なフリをする。
「確かにこれぐらいじゃなきゃ勝てねーわ!」堅一は嬉しそうに笑う。
そして、お互いの握る手の力が強くなった。
END
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