真恋姫無双幻夢伝 第十話 |
真恋姫無双 幻夢伝 第十話
風が一層冷たくなった。地面に敷かれた石たちは人を寄せ付けぬ硬直さを強調し始め、野山からは豊かな緑色が消え去った。あれほど空を飛び交っていた鳥の数も少なくなったように見える。大麦が発芽する冬の入り口。雲は高く、手の届かない場所にある。
風の向こう側を見てみると、遠くに黒い塊が動いているのが見える。昨日よりもより大きくなったようだ。怪物みたい、と月が以前言っていたことを、詠は思い出した。
一人階段を駆け上ってくる。その女性は息も切らさずに詠の傍に立つと、先ほど来た情報を伝えた。
「どうやら新しく来たのは劉備らしいで」
「劉備?ああ、徐州だったかしら」
詠は霞にご苦労様と言うと、再び遠くを見る。霞も太陽の光を片手で遮りながら、うごめく“怪物”の様子を見始めた。一方は眉間に皺を寄せ、もう一方は対照的に笑みをこぼしていた。
「これで八万ってとこやな。くぅ〜。腕が鳴るで!」
「早く始めたいってところね。駄目よ。作戦通りにしなさい」
「分かっとる。しかしなあ、どうも兵糧攻めっていうのは好かんというか…」
「はっきり嫌いって言えば?でも“あの男”がわざわざ用意してくれた策よ。これに乗らない手は無いわ」
この作戦では、こちらは単純に城に籠っていれば良い。後はあちらが“自滅”してくれるだけだ。裏があったとしても、こっちが不利益を被る心配もなかった。安全な作戦だ。
しかしあの男は資金援助もしてくれた。いくらなんでも“あの条件”では釣り合わない。一体私たちに何を期待しているのかしらと、詠はアキラという男に対して警戒を強める。もしアキラがただのお人好しだとしたら、あのような力は持ちえないだろう。性格が良い権力者の存在を許すほど今は甘くない。人徳を育てる儒教は今では政治の道具にもならなくなった。
そうかぁ、と不満げに霞はこぼした。霞にはアキラは協力者としか話していない。その得体のしれない存在に振り回されることに対しても彼女は不服なのだろう。でもそれで良いのだ。彼女は単純な構図を好む。詠は長い付き合いの友人の性格をしっかり認識していた。
(もっとこの世が平和になったら、全て話してあげよう)
でも世界の秘密でさえも、彼女にとっては酒のつまみにしかならないだろうけど。詠はそう思うと、くすっと霞に隠れて笑った。故郷に帰る楽しみがまた一つ増えた。ああ、今涼州はどんな表情をしているだろう。
感傷に浸る詠を霞は現実に引き戻した。
「ところで、あれはほっといてええのか?」
「別にいいわよ。どうだって」
はあ、と色々な気持ちを込めてため息をつく。霞はその様子に少し察したようだったが、それでも構わずに自分の懸念を示した。今、この水関を監察しに来ている朝廷の役人のことだ。
「朝廷のお偉いさんかて、いや、だからこそどこで敵と繋がっているかも分からへんのに、陣の隅々まで見させるのはどうもなあ」
「大丈夫よ。そう見えて実は重要な部分を見せないようにしているわよ」
「なるほどな。さすがは相国の参謀様や!と言うけど、一応は顔見せた方がええで」
「むう」
「私もそう思いますよ」
詠と霞がバッと振り向くと、役人姿の男が音もなく立っていた。長身で整った面立ち。宮仕えらしく、顔に張り付けたような笑みを浮かべていた。
誰だ?
詠は一歩下がり、霞が庇うようにその前に出た。下段に構えた偃月刀は静かに相手の首元を狙っている。
男は慌てた様子もなく、ゆっくりとお辞儀をした。
「お久し振りです。賈駆様」
久しぶりと言う言葉に違和感を持ち、彼の顔を良く見る。詠はすぐさま声を上げた。
「な「なんでここにおるねん!」…え?」
詠よりも先に声を上げた(声の大きさで詠のセリフをかき消したようであったが)のは、霞だった。霞はその男に詰め寄る。
「洛陽で助けてやった商人やろ?!」
「……ああ、そうでしたね。いつぞやはありがとうございました」
「ほほう。完全に忘れとったみたいやな」
軽く目を逸らした男に対して、睨むように顔を見つめる霞。しかし急に笑顔になると、彼女は男の腕を掴んで歩き出した。
「ほな!行くで!」
「えーと、どこにでしょうか?」
「決まっとるやんか!訓練場。勝負まだして無かったやん」
腕を引っ張られてずるずると連れられる男は、詠に必死に目くばせする。詠はため息交じりに、喜び勇む霞を引き留めた。
「霞!それはボクの客だよ」
「え〜、そんなん後でええやん」
「ダ・メ!」
詠は男を引き戻すと、霞に紹介する。
「この男がさっき言っていた『アキラ』よ」
ほっと息をつくアキラの横で、霞は首をかしげた。
「うん?だって商人やないで」
「……ボクもそう思うよ」
答えを求めるように二人はアキラを見た。それを十分に察した彼は、淡々と『今の』素性について語り始めた。
「光禄勲右郎中を務めております李靖と申します。この度は朝廷より御貸し申し上げた馬の状態を確認しに参上した次第で」
「ぼくたちが聞きたいのはそういうことではないことは気付いているわよね?何でそういう格好して、何で朝廷の官職に就いているのかってこと!」
「さあ?」
ムッとして詰め寄る詠を、霞は「まあまあ」と言いつつ押しとどめた。
「せっかく支援してもらってるんや。他のことはほっといたろう」
「でも!」
「支援打ち切られんように、な」
まだ憤然としている詠に、霞はウインクを投げた。不承不承としながらも詠は素早く感情を消して、状況の確認に努めた。
「李靖殿」
「アキラで結構でございます」
「じゃあアキラ。あなたの計略は順調に進んでいるわけ?」
「ええ。手はず通り」
アキラは遠い敵陣に目を向けた。ちょうど砂塵がその姿を隠していた。
「手持ちの食料はもって数日。もうすぐ彼らは干上がる頃でしょう」
「お見事ね。上手くいったらだけど」
詠の憎み口に、アキラは微笑みを返す。その時、ビュウっと風が砂を運んできた。三人は手で目を守った。そして晴れた先には、敵の姿が鮮明に見えていた。
(彼らはこちらをどう思っているのかしら)
答えの出ない疑問は、砂と共に風に運ばれていくのだった。
「食料が無い!?」
旅装を解いたばかりの一刀は、愛紗の報告に目を丸くした。薄茶色の布に覆われた天幕の中、周囲を見回ってきた愛紗はその言葉を少し訂正した。
「あ、いえ、正確には『もうすぐ食料が尽きるかも』ということです」
「それは、どういうことなの?」
桃香も疑問を呈した。だが愛紗はその答えを持っていなかった。
「正直分かりません。しかし兵士には薄々感づかれているようで。ほら…」
愛紗の視線に促されるままに、皆は天幕の外に目を向けた。うつろな目をした兵士どもが巡回している所だった。
「聞きに行くしかないでしょうね」
朱里がそう言うと、全員立ち上がって袁紹本陣へと立ち上がった。
天幕を出たところで、一刀はふと人数が足らないことに気付いた。戻って中をのぞくと、鈴々が死んだ魚のような目をして地面に転がっていた。食料が無いことが彼女にはこたえたらしい。
「だから、知らないのじゃ!」
一刀たちが本陣までやってくると、中から怒号のような声が聞こえてきた。
恐る恐る様子を見ると、麗羽や華琳が美羽に対して怒っていた。彼女らしく敬語を使いながら怒る麗羽と、冷静に理路整然と責め立てる華琳。その二人に挟まれる形で美羽が涙目になりながら立たされていた。
「なぜ食料の配給が滞っているのかしら!美羽さん!」
「食料の配給はあなたの役目よね」
「だから、妾は何にも知らないのじゃ!」
「あの〜、お二方とも。そのぐらいで…」
「「三下は黙ってなさい!!」」
「ひい」と後ずさる美羽の配下の七乃。その役に立たない姿を美羽は恨めしそうに見つめていた。
(ああ!にらむお姿も可愛らしい!)
とこの状況で思ってしまう七乃は、もはや末期であろう。その可愛らしい姿を見ながら、天幕の外に行こうとした時、一刀たちに呼び止められた。
「あの〜、ちょっといいですか?」
「はい?えーと、どちらさまですか?」
少しムッとした一行であったが、とりあえず自己紹介をすると、彼女はようやく分かってくれたようだった。
「ああ!徐州の弱しょ…ごほん。黄巾族討伐の英雄である劉備さまたちですね。ご着陣ご苦労さまです」
ぺこりと頭を下げる七乃。色々と言いたいことはあるが、桃香はさっさと本題に移った。
「あの〜、何かあったのですか?」
「とっても言いにくいのですが…実は酒保商人が来ないのですよ」
この時代、物資の調達は困難だ。現地調達には限度があるし、領国から送るには補給路が未発達だった。治安が悪かったのもあったろう。特に保存の問題がある食料の調達には難航を極めた。
そこで軍が用いたのが酒保商人であった。彼らは自ら物資を持ち寄って、戦場で軍隊に売る。軍隊は彼らからほとんどの物資を調達するのだ。例えば正史では、諸葛孔明が五丈原で戦った際食料に困ったが、それは酒保商人があまり来ることが出来ない山奥で戦ったからである。
そんな例もあるが、中原で戦っている今、彼らが来ないことは“異常”だった。
「もうイヤじゃ!!妾に全部押し付けるでない!」
そう叫んだ美羽は泣きべそをかきながら天幕から飛び出して、どこかへ駆け出して行った。「ああ、待ってください!みうさま〜!」と七乃はその後を追って行った。
後に残された一刀たちは、とりあえず天幕に入って行った。
中ではまだ怒っている麗羽と、ぶつぶつとつぶやく華琳がいた。
「まったく!こんな仕事さえ出来ないなんて!」
「…でもこれはおかしいわ。たとえ袁術が集めずとも、勝手に集まってくるのが商人だもの。もしや敵の策略?……うん?誰?!」
一刀たちの姿に気付いた華琳は、とっさに鎌を持った。一刀は慌てて叫ぶ。
「ま、待ってくれ!怪しいやつではない!」
「じゃあ、何者?!」
反応する間も無く、華琳の鎌の先は真っ直ぐ一刀の首に向いていた。その正確に向けられた殺意は、愛紗や鈴々も介入することが出来ないほどだ。身動きできない二人に代わって桃香が助けようと声をかけた。
「そ、曹操さん!」
「…確か、冀州で」
「はい!黄巾族討伐に参加した劉備玄徳です」
黄巾の乱の最中、一度一緒に戦ったことを思い出してくれたようだ。華琳の顔から険が消え、鎌が下ろされる。一刀はホッと息をつきながら後ろによろめき、愛紗に支えられていた。
「あら。ではあなたが天の御遣いかしら?」
「そうだよ。北郷一刀だ」
ぶっきらぼうに麗羽に返事をする一刀。麗羽はムッとしたが、その感情を表に出すことは無い。下品な輩は無視するに限る。
彼女は劉備の方を向き、総大将として言葉をかけた。
「従軍、感謝いたしますわ。少数とはいえ、遠路はるばる駆けつけるその忠誠心は見上げたものですわ。ご安心なさい!董卓軍強しとはいえ、わたくしが指揮する限り、あなたたちを敗軍にさせることはありませんわ。何せわたくしは漢朝に代々仕える、名家袁k「先ほどは見苦しいところを見せたわね」
早々に麗羽の言葉を打ち切り、華琳は桃香に声をかける。さすがに麗羽は怒った。
「ちょっと!曹操さん!わたくしまだ話して「何かあったのですか?」
桃香も見た目とは似つかぬ中々の図太さを持ち合わせていたようで、麗羽の言葉を見事に打ち切った。
「こら!ちょっ「酒保商人が来ないために食料がすでに不足しているのよ」あなたたt「でも、どうして?」聞きなさ「袁術の失敗にしても不可解すぎるわ。原因はともかく、すでに前方の孫策軍は危機的状況よ」無視しないd「そうなると、長期戦は…」総大将はわたk「無理ね。早急に目の前の水関を抜かないと」なんd「ど、どうしましょう〜?!」
可哀そうなほど無視され続ける麗羽を後目に、華琳と桃香は現状を確認していた。一刀の傍では、鈴々が「なんであんなに無視されるのだ?」と愛紗に聞くと、「そういう運命なのだ」と返していた。一刀と朱里はこんなのが総大将で良いのかと、目で会話していた。
それから少しして麗羽がとうとう諦めて椅子に深く腰掛けた頃、桃香と華琳も黙り込んで、う〜むと考え込み始めた。一刀たちもぼそぼそと相談している。
さて、どうするか。
そんな時、今まであまり発言しなかった朱里が、小さく手を挙げた。
「あの〜」
「なに?朱里ちゃん?」
皆の注目が集まり「はわわ」と声を上げつつも、朱里は勇気を振り絞って発言した。
「い、良い策を思いついたのですけど…」
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お久し振りです。ようやく董卓討伐の場面です。 | ||
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