午後のまどろみ |
私が目を覚ますと、すでに旦那の姿はなく、どうやら仕事へと向かったようだ。寝ぼけ眼で時計を見ると、もう一二時を過ぎていた。一度大きく伸びと欠伸をし、リビングへと向かう。
ああ、今日も見送りが出来なかった。私の体が弱いこともあるが、朝の見送りくらいはせめてやってあげたいと思う。三日に一回出来るかどうかでは、さすがに愛想を尽かされてしまうだろう。
眠い目をこすりながら、適当に朝食を済ませる。いつも私の分まで用意してもらっていると思うと、ますます面目が立たない。せめてお返しに何かしてあげたいのだけれど、いかんせん私は不器用で、何かをすると必ず裏目に出てしまう。食器を割ってしまったり、花壇をひっくり返してしまったりと。しょっちゅうドジだなと言われ頭を撫でられるが、恥ずかしさでついつっけんどんな態度をとってしまう。
感謝の気持ちは確かなものなのだが、態度で示すことがなかなか出来ない。こういった所も不器用なのだ。本当はずっとくっついていたいのに、同じ空間にいるだけで満足です、というように素直になれないのだ。
一緒に暮らすようになって、最初のうちは私がうんざりするぐらい旦那がべったりだったのに、今となっては落ち着いたのか、以前に比べて少し距離が空いた気がする。最近は一緒に寝てもくれない。まあ、私が寝ぼけて蹴ったりしてしまうのが原因なのだろう。こればっかりは気を付けていてもどうしようもない。これも全て私のせいなのだろうが、何とか気持ちを伝えて、素直になれないものだろうか。
こうしてゆっくりと私の一日が始まる、といってももう午後なのだが。
さて、どうしたものかな。特段これといってやることもないので、お気に入りの窓際でごろんと横になる。窓の外を見ると、今日は生憎の曇天で、いつもの日当たりは期待できなかった。ほんの少し肌寒くも感じた。
旦那は今どうしているだろうか。いつだって、私の思う事は旦那の事ばかりだ。旦那は営業職だからよく外に出ている。今日は寒いからあったかい格好をしているだろうか、この空模様だと雨にでも降られたりしないだろうか。ゴロゴロと転がりながらも旦那の心配ばかりしている。行動がともなっていないが、私は彼なしでは外にも行けない。いや、彼がいたとしても、なかなか外にはいけないか。
そんなことを考えながらゴロゴロと過ごしていると、外では雨が降り出した。旦那が営業のついでで、近くに寄ったら傘を取りに来るかも知れない。そう思って、私は玄関先へと素早く移動した。
案の定、玄関先にはいつもの位置に傘が置いてあったので、旦那は傘を持っていないようだ。帰って来たらすぐに渡してあげよう、そう思って私は目の前に傘を用意し、旦那が帰ってくるのを待った。犬がしっぽを振って、主人の帰りを待つ気持ちが何となく分かった気がした。
しかし、どれだけ待っても玄関の扉が開くことはなかった。今思えば、旦那が帰ってくる保障はどこにもないのだ。遠い所に行っているのかも知れないし、相手先の人と何か話を進めているのかも知れない。私の思い違いだったか。そうは思ったが、好きな旦那に会えると期待していた分、反動で何だかさびしくなってしまった。しょんぼりとしながら、リビングへと戻る。ふと時計を見ると、時刻は既に一五時をすぎたあたりだった。
窓の外は相変わらずの雨模様で、私の孤独感をより増長させる。窓に体を預けると、外気と似てひんやりと冷たく、どことなく旦那のぬくもりを思い出す。彼の暖かい胸の中、彼の匂い、優しい声、そんなものを思い出してよりしゅんとする。無意識に体は寝室へと動いていく。セミダブルベッドに飛び乗り、毛布に包まる。鼻腔に、彼の匂いが広がる。こうしていると、あったかくて、彼に抱かれているような気持ちになる。悩ましいため息をついて、そのまま彼の枕に突っ伏する。やっぱり旦那の事が大好きなんだなあと実感する。彼の匂いを嗅ぐと、どうしてこんなに落ち着くのだろう。何とも言えない安心感で、すっかり心が落ち着いた私は、そのまままどろんでいつの間にか眠ってしまった。
「ただいまー」
俺が仕事から帰ると、玄関先に珍しくマイの姿はなく、代わりに傘が無造作に置かれていた。今日は午後から雨だったから、マイが用意してくれたのだろうか。いや、まさかな。自嘲気味に笑いながらリビングへと向かう。ネクタイを外しながら辺りを見回すが、リビングにもマイの姿はなかった。
「おーいマイー、帰ったぞー」
返事はなく、リビングは静寂に包まれた。
おかしい。いつもはすぐに出てきて抱き着いてくるくせに、今日はいたずらでもしてくるつもりなんだろうか。そんなことを思いながら、寝室のドアが開いていることに気付いた。
さては、そこに隠れて脅かすつもりだったな。どれ、逆に驚かせてやるか。
ゆっくりと忍び足で寝室に入る。電気もついていないので、まずは電気をつけようと思ったが、ベッドで寝ているマイの姿を見つけて軽く息を吐く。
「全く、姿が見えないと思ったら寝てたのかよ」
気持ちよさそうに眠っているマイの頭を優しくなでる。それに気が付いたのかマイはゆっくりと起きた。あら、起こしてしまったか。
頭を撫でられた感触に目を覚ますと、私の目の前には旦那がいた。眠る前に待ち望んでいただけあって、私は彼の胸へと勢いよく飛び込んだ。
「おっとと」
彼は私をしっかりと胸で受けとめてくれた。この温もり、ああ、やっぱり落ち着くわ。
「朝お寝坊なのに、また寝てたのかお前は」
苦笑気味な彼の声も私には心地よく響く。こんなに近くで彼を感じることが出来るなんて、幸せだ。旦那の胸に頭をこすりつけ、思いっきり甘える。
「何だ、そんなにさびしかったのか。だったら毎朝ちゃんと見送ってくれよ」
本当にその通りだ。明日からはちゃんと早起きしよう。だってそうすれば、朝から彼を今みたいに感じることが出来るのだから。
優しく頭を撫でられていると、どうしてこんなに気持ちが良いのだろうか。素直になれないなんて気持ちはベッドに置き忘れてきたのだろう。旦那の腕の中で私は満足気に甘い声で「にゃ〜ん」と鳴いた。
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すこしばかりオチにこだわってみました。お昼寝って気持ちいいですよね。 | ||
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