アキバレンジャー二次創作 第5.5話 耐えがたき二号ロボへの憧れと痛みによって燃える愛(前半)
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第5.5話 耐えがたき二号ロボへの憧れと痛みによって燃える愛(前半)

 

 妄想の街、秋葉原。そこに、痛さは強さと信じて妄想の世界で戦う三人の戦士がいた。彼等こそ、非公認戦隊アキバレンジャー!

 

「二号ロボが欲しい」

 神妙な顔で、赤木信夫はそう言った。これをカウンター越しに聞いた葉加瀬博世は、「はい?」と首を捻る。

 彼等のいる戦隊カフェ「ひみつきち」では今、超新星フラッシュマンのオープニング曲が流れていた。スーパー戦隊ファン向けカフェというニッチ過ぎる店のテーマのせいか、今この場には店長である葉加瀬と店員のこずこず、そして信夫を含む三人の客しかいない。

 信夫の着ている赤いジャケットは、彼の勤める佐々木ポンポコデリバリーの制服だ。背中には、信楽焼の狸をあしらったロゴがでかでかとプリントされている。しかし、彼の着こなしを見れば、私物のようにも思う人間も多いだろう。

 首に巻かれた白いスカーフ、軍手の上からはめられた指ぬきグローブ。これでジャケットが赤いのだから、完全に七十年代から八十年代の特撮ヒーローものの主人公、それも戦隊もののレッドを連想させる出で立ちなのだ。事実、彼はそのつもりでそういう恰好をしている。

 二十九歳の戦隊ヒーローオタクとして、自分に正直に生きる男の溌剌とした笑顔を葉加瀬に向けて彼は更にこう言った。

「二号ロボだよ二号ロボ!公認戦隊にもいるだろー、フラッシュマンのタイタンボーイを始めとする、番組後半で活躍する頼もしいロボが!俺達にもイタッシャーロボだけじゃなくて、新しいロボが出てきてくれてもいいと思わねーか?」

 勢いのある馴れ馴れしい口ぶりで語る信夫の目は、何やら肯定的な反応を期待しているものだ。葉加瀬は気圧されながらも「んー」と首を捻った。

「でも、チェンジマンまでは同じロボが一年通して活躍したのよ?別にあなた達もそうであっていいんじゃない?」

 戦隊カフェ「ひみつきち」の店長である葉加瀬は、年季の入ったオタクである信夫にも引けを取らないほど戦隊の知識について明るい。彼女が今着ている白衣も、正義の味方側の長官や開発班の人間を来客に連想させるためのものなのだ。つまりはオタクに寛容であり、理解のある人間でもある。

 ちなみに、信夫の言うイタッシャーロボとは、彼女の所有する人気アニメ「にじよめ学園ズキューン葵」の痛車が変形してできるロボットの事だ。

「まあそうだけどさー、イタッシャーはともかく、イタッシャーロボは俺達の妄想だろー?だったらさー、俺の希望である二号ロボとか、スーパー合体とかがあっても……」

 言いながら、信夫の目は店の棚に並ぶ戦隊の超合金ロボ達に向けられた。ドラゴンシーサーやダイタンケン、轟雷旋風神……。どれもが信夫の言う二号ロボや、二体のロボがスーパー合体してできるものだ。

「でも、巨大化する敵なんて妄想世界にはいないでおじゃるよ?」

 信夫の隣に座る萌木ゆめりあが、そんな事を言って話に割り込んだ。信夫が緩んでいた頬をひきつらせて彼女を見る。

 その日その日で違う衣装を着る習慣がある彼女はコスプレイヤーであり、今は白い直衣を着、頭には烏帽子を被っていた。つまりは平安貴族の恰好なのだが、童顔の彼女が着るとひな祭りの催し物のようにも見える。彼女の口ぶりは気付いた事をそのまま言う、あっけらかんとしたものだった。

 ゆめりあの発言に賛同するように、彼女の隣に座っていた青柳美月も口を開いた。

「そうですよ。そもそも、ロボットがいる必要ってあるんですか?」

 オタク文化に明るくない美月にとって、信夫の話は関心の湧かないものだった。きちんと着こなされたブレザーの制服や肩にかかる程度に切りそろえられた髪を見れば、彼女が品行方正な人間である事が分かるだろう。彼女がズキューン葵の大ファンである事を除けば、この場にいるのが場違いなくらいである。

 露骨に怪訝な顔をする彼女に、信夫はムキになって声を張った。

「馬鹿だなぁ美月、俺はスーパー戦隊の伝統を語って……」

「必要のないもの用意しても意味ないじゃないですか」

 美月の口ぶりは意地の悪いもので、信夫は理解の無いこの発言に苛立ちを覚えた。スーパー戦隊にさほど関心のない彼女は時折戦隊オタクである信夫を馬鹿にしている節があり、その為信夫と衝突しそうになる事も多々ある。

「まあ、そうよねぇ」 

「は、葉加瀬までぇ!?」

 信夫はこの件では唯一の理解者と思っていた葉加瀬にまで賛同を得られなかった事に驚き、大きく目を見開いて彼女を見た。

「ステマ乙の係長が巨大化した例はないんだし、いらないと言えばいらないのよねぇ、巨大ロボ。あなた達の妄想力を高めるための指標にはなっても、実際に役に立つ機会は少ないんじゃないかしら」

「そ、そんなぁ……」

 落胆を露わにする信夫。しかし葉加瀬の言うように、かつて彼は自分の乗っていたイタッシャーロボに逃げられた事があった。これは信夫達三人の妄想力が足りなかったからで、それを思い出すと反論はできない。

「それじゃあ、何か?一号ロボのイタッシャーロボもまともに動かせなけりゃ……」

「二号なんて夢のまた夢、ね」

 信夫はこの言葉に慄き、やがて大きく肩を落としてうな垂れた。

 この様子を見ていた美月が、ゆめりあに尋ねる。

「そんなに重要なんですか?」

「戦隊もののお約束には違いないでおじゃるよ」

 ゆめりあはうんうんと感慨深げに頷いてみせたが、美月は納得しかね首を捻った。

 

 赤木信夫は佐々木ポンポコデリバリーに勤める宅配員である。彼がひみつきちに寄るのは、大抵が秋葉原近辺を自転車で回っている時と決まっている。なので、ひみつきちを出た彼は今、自転車を次の配達先へと走らせながら「はーあ」とため息をついていた。

「駄目かなー、二号ロボ。まあ確かに、出てくるにはまだ早すぎるしなー」

 言いながら、彼はこれまで自分達アキバレンジャーが相手にしてきた邪団法人ステマ乙の係長の面子を振り返っていた。渋谷セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ、渋谷コウゾリナヒゲナガアブラムシ、歌舞伎町メスグロヒョウモンチョウ、門前仲町ハシビロコウ。以上の四体だ。歌舞伎町メスグロヒョウモンチョウと二度目の対戦を果たしたのがつい最近の事で、延べでも五体しかいない。

「公認戦隊でも、二号ロボが出るまでに十人くらいとは戦うもんなー。もっともっと妄想して、ステマ乙の係長を倒さないとな」

 彼がそう言っていつもの調子を取り戻した矢先、彼は通りすがりに目にしたものに驚いてブレーキをかけた。キッと短く鳴って停まった自転車の上で、彼は背後を振り返る。

「何ぃ!?」

 自転車を降りて先ほど見たものに近づき、目を皿のようにしてそれに顔を近づけた。

 それはビルの壁面に貼られていたポスターだった。ひみつきちに寄る前には、近所に新装開店するメイド喫茶の開店チラシだったはずのものである。にこやかな笑顔を浮かべた細身のメイドが三人並んだ構図で、右隅には「葵タンコスもあるよ!」という煽り文句と共に、出来も顔もいいズキューン葵のコスプレの写真も載っていた。真ん中のメイドが、信夫がかねてから好意を寄せていたマドンナ、彼が仕事回りでよく立ち寄るナインワット出版に勤める本位田さやかに似ていた為、そのポスターは彼の記憶に一際強く残っていた。

 しかし、今そのポスターはかつてのものと大きくかけ離れていた。構図は同じ、メイドコスも、葵のコスプレも変わらない。変わったのは写真に写るモデルの顔ぶれである。

「めめめ、メイドさんも葵タンも、全員がマッチョマンにぃぃー!?」

 そこに写っていたのは、にこやかにマッスルポーズを決める筋肉質な男達だったのである。筋肉によってメイド服も葵の衣装もはちきれんばかりに張りつめており、過ぎる程に男らしいボディーラインを惜しげもなく披露してみせている。白い歯をむき出して向けられる笑顔は、信夫のような秋葉原の住民達の望むものではない。特に葵コスの男の一際いかつい笑顔は、信夫にとって強烈なショックを与えた。

「ななななな、何だこれー!?」

 動転した彼は、慌てて自転車へ戻り店の場所へと突っ走った。その店は彼のよく使う配達ルート上にあるので、彼が道に迷う事はなかった。

 たどり着いた先で彼は自転車を降り、店内へと駆け込んだ。白を基調とした洋風な建物、ニスの塗られた曲線的な欧風デザインの机や椅子と、店内のインテリアやレイアウトは上品なものである。しかし広告に偽りなし、店内を歩くメイドや葵コス、果ては来ている客に至るまで全員が筋肉質な男達なのである。しかもこの異様な有様に、信夫を除く全ての人々がまるで疑問を抱いていない。

「ご主人様、何をお書きいたしましょう?」

「うーん、やっぱりぃー、ハートかなー」

 弾んだ声でのそんなやり取りが筋骨隆々な男達の間でされているのだから、信夫にとっては悪夢のようである。目の前で繰り広げられる惨状に慄く彼の後ろに、さらに別の客が入ってきて店内の様子に驚いた。信夫がその客の驚き様にあああ、と驚いていると、彼の前にすっと一人の男が滑り込んできた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 野太い声で明るく挨拶をかましたのは、他のどのメイドよりも一際大きな体躯をした葵コスの大男だった。信夫は自分よりも頭一つ分大きなその男に見下ろされ、ただただ圧倒される。歓迎の意を示したつもりか、その男はわずかに身をかがめ、曲げた両腕に力を込めた。ボディービルダーのポーズの一つ、モストマスキュラーだ。葵の衣装が筋肉で張りつめ、男の唇が大きく開かれて白い歯が露わになる。

 その歯が一際強く光った。不自然な程にまばゆいその光が閃光だと気付いた時、信夫は咄嗟に横に跳んだ。信夫の代わりに、先ほど来たばかりの客が真っ向から光を浴びて身を竦ませる。

 光が晴れ、信夫は恐る恐る光を浴びてしまった客を見た。その姿を見て、信夫は驚く。少し前に見た時は、チェックシャツを着た線の細い男だった。しかし今、彼は筋肉で膨れ上がった肉体の持ち主となっていたのだ。当人は変わり果てた自分の姿に大いに驚いたが、すぎもまんざらでもない顔になって腕に力こぶを作り始めた。葵コスの男がそれを見、満足げに笑う。

「ふふん、また一人、肉体美の良さに気付いたか」

 先ほどの現象と男のその態度から、信夫は自分の目にしているものが妄想だと確信した。彼は険しい目になって立ち上がり、男を睨んだ。

「貴様、ステマ乙の係長だな!」

 信夫が男を指差す。男は動じた様子も見せず、口の端を吊り上げた。

「その通り。ぬぅん!」

 葵コスの男が片手でもう片方の手首を握る、サイドチェストのポーズを取った。男の全身が霞のようにぼやけ、その色と形とを変えていく。再びその姿が鮮明になった時、男はもはや人間とは呼べないものとなっていた。狒々を思わせる顔は赤や青、黄色といった派手な色で彩られており、金色の毛皮が筋肉質な体を覆っている。怪人と呼ぶにふさわしいそれは、ふうぅ、と深く息を吐きながらポーズを解いた。

「俺は日暮里マンドリル。秋葉原を俺達のような男の園に変えるのが使命よ」

 開いた両手の指をぱきぱきと鳴らし、怪物は自信に満ちた声でそう言った。これに怯む信夫ではない。 

「冗談じゃねえ!」

 信夫がモエモエズキューンを取り出す。傍目には人気アニメの主人公、ズキューン葵のフィギュアにしか見えないが、これこそが信夫の武器だ。相手が妄想の世界に存在する、邪団法人ステマ乙の係長ならこの展開は彼にとってはむしろ望むところだ。

「秋葉原の街を筋肉なんかに染めさせてたまるか!」

 フィギュアを持つ手を斜め下に降ろし、その後一気にその手を肩の横へ引き上げる。空いた手をフィギュアに添え、信夫は高らかに叫んだ。

「重妄想!」

 フィギュアを前に突き出し、フィギュアの後頭部から生えた長い髷を両手で握った。その付け根にある、銃の引き金を引く。銃の音に似た電子音の後、アニメと同じ葵の声が響いた。

『ずっきゅーん!』

 ニーソックスを履いたフィギュアの足がまっすぐに伸び、頭部から生えた四枚の鈍色の翼が畳まれる。翼はフィギュアの曲線的な肢体を完全に覆い隠し、その形を拳銃へと変えた。直後、内蔵されたスイッチが入り、信夫に変化を与える。

 彼の足元に、非公認戦隊である事を示す「非」と、アキバレンジャーの頭文字「A」とを組み合わせたシンボルマークが浮かび上がり、その印の中心から煙のように光が昇る。光は信夫の全身を包みながらゆっくりと上へ上がり、彼の姿を足元から違う姿へと変えていった。彼の腿が、腰が、腹から胸が、ついには顔や頭までもが硬質的なものに覆われる。信夫の全身が変わり終えた直後、彼の足元に現れたマークと同じものがその胸に刻まれた。

 瞬く間に起こったこの出来事で、赤木信夫はアキバレッドへの変身を果たした。

 シルエットだけなら、戦隊ヒーローというよりはむしろ、少年漫画の主人公を思わせるものだ。逆立った短髪を思わせる左右非対称な鋭い突起が生えたメット、子供にとっての描き易さよりも実際の防御力を優先したスポーツウェアを思わせるスーツ、ヒロイックな印象を際立たせる白いマフラー。赤と黒とを基調にした全身のカラーリングは、戦隊のリーダーである事を雄弁に語っていた。

 これこそが彼が妄想の世界で戦い、活躍するための姿なのだ。

 彼が変身を果たすと同時に、彼と日暮里マンドリルのいる場所もメイド喫茶、もとい筋肉喫茶ではなくなった。彼等が妄想の世界へ完全にシフトした今、舞台を現実世界に合わせる必要はないのだ。信夫の妄想によって、彼等の今いる場所は公認戦隊の撮影でもしばしば使われる、さいたまスーパーアリーナへと移っていた。入退場ゲートの前には今、アキバレッドと日暮里マンドリル以外に周りには誰もいない。

「よっしゃあ!行くぜ!」

 アキバレッドは両腕を一度強く振るうと、日暮里マンドリルへと突っ走った。日暮里マンドリルはこれを見、強く自身の胸を叩くとこれに真っ向から迎えうつ。違いに距離を詰め、間合いに入った所でアキバレッドが固めた拳で相手の顔に殴りかかるが、日暮里マンドリルはこれを屈んで避ける。互いに勢いのまま相手とすれ違い、そのまま振り返る。アキバレッドが拳を引くのと、日暮里マンドリルが胸を張るのはほぼ同時だ。

「すぅりゃりゃっ!」

 一、二、三発と立て続けに拳が胸に叩きこまれる。本来ならここで勢い付く所だが、硬い筋肉の手ごたえと鈍い音にアキバレッドは思わず拳に目を落とした。日暮里マンドリルを見ると、ダメージを感じた様子はない。怯む彼に、日暮里マンドリルがふふん、と鼻で笑いながら胸を撫でてみせた。

「痒いな」

 耳を疑うアキバレッドの横っ面に、日暮里マンドリルの裏拳がぶち当てられた。ぞんざいな挙動に似合わぬ重い打撃に、アキバレッドの体が横に転がる。気が飛びそうになりながらも、彼は転がりながら膝をつき顔を上げた。そこで、上空から飛びかかる相手の影に気付く。彼は急いで飛びのき、相手の着地地点から距離を離した。のしかかりに失敗した日暮里マンドリルは両手足で着地し、這いつくばった姿勢のままアキバレッドに不敵な笑みを向けた。

「っ!にゃろう!」

 アキバレッドが立ち上がり、大きく片足を上げた。日暮里マンドリルの脳天に踵を振り下ろそうとするが、日暮里マンドリルは両腕で地面を押して大きく後退した。アキバレッドは空ぶった足を地に降ろし、構えを直す。両腕を垂らした姿勢で腰を落とす日暮里マンドリルに、動じた様子はまるでない。首の腱を伸ばすように首を小刻みに傾けてみせる様は、相手を小馬鹿にしているようだった。

「ぬぬ、なめんなよ!」

 アキバレッドは銃となったモエモエズキューンを取り出し、銃口を日暮里マンドリルに向けて引き金を引いた。

「通常攻撃(仮)!」

 立て続けに弾丸が日暮里マンドリルが放たれるが、銃弾は一発も命中しない。日暮里マンドリルは巨体に似合わぬ素早さで、跳弾の音と火花が地面で上がる中、地面の上を這うよう八方に跳び回ったのだ。素早過ぎる反復横跳びのようなこの動きに、アキバレッドは銃撃をやめる。

「は、速えぇ!」

 日暮里マンドリルは猿のように座った姿勢のまま、ほひ、ほひ、と相手を馬鹿にしたように笑った。

 アキバレッドが打つ手に窮していると、そこへ二人の人物が走ってきた。

「おじさん!」

「助けに来たぞよ」

 そう言って駆けつけたのは、青柳美月と萌黄ゆめりあだ。しかし今、二人の姿は普段とは大きく異なる。

 二人の全身を包むスーツとマスクは、アキバレッドと同じ非公認戦隊のものだ。美月は青、ゆめりあは黄。つまり今の二人はアキバブル―と、アキバイエローだ。しかし男である信夫のものとは違い、胸部のふくらみや腰に巻かれたスカート、露出した肌を思わせるスーツの白い塗り分け部分など、着ている者の女性的な体格を一層強調しているデザインである。さらにメットにはそれぞれ差異となる飾りがあり、美月のものは後頭部に、ゆめりあのものは両側にそれぞれ縛った髪を思わせるものがついていた。それぞれが俗にポニーテール、ツインテールと呼ばれる髪型を連想させるものだ。シルエットだけを見れば、戦隊ヒーローではなくアニメキャラのそれである。

 信夫は思わぬ援軍に感嘆の声を上げた。

「おお、二人とも来たか!あれが今日の係長だ!」

 三人の注目を受け、日暮里マンドリルは顎の裏を掻きながらふん、と彼等を鼻で笑った。

「女が二人増えた所で、何が出来る」

「愚問だな。全員集合は反撃フラグだ!」

 アキバレッドは銃を仕舞い、腕を大きく振り上げた。

「筋肉なら、マジグリーン推し!アキバ、レッド!」

 上に拳を向けて両腕に力瘤を溜め、その後両腕を胸の上で組んでから右、左と素早く前へ突き出すお馴染みのポーズを決めた。

 ちなみに、マジグリーンとは公認戦隊の一つである魔法戦隊マジレンジャーの一員であり、自身の魔法によって隆々たる筋肉の持ち主となる事ができる。本編で二回しか使われなかったが、その姿は当時の多くの視聴者に衝撃を与えた。

 この名乗りを受け、アキバブル―が続く。

「アキバブルー……」

 彼女は気のない声で言って、申し訳程度にファイティングポーズを取ってみせた。オタクではない彼女にとって、戦隊ものの流儀である名乗りはどうしても気乗りのしないものなのである。

 次いで、アキバイエロー。

「萌えるシチュ 星の数ほど あるけれど……」

 変身前が平安貴族だったからか、彼女は短歌を詠みだした。無いはずの書簡を握り、そこに指先で文字をしたためる。

「我が胸打つは やはり鬼畜ぜ……」

「痛さは、強さーーーーー!」

 付き合い切れん、とばかりにアキバレッドが強引に割り込み、声を張り上げた。打ち切られるのもお約束となり、イエローも慣れた様子で歌を詠むのをやめた。

「はいっ!」

 アキバレッドの掛け声で、三人は片足で両方の手のひらをぱぱん、と叩く。その後その場でくるりと一回転し、両腕と片足を大きく横に伸ばした格好でぴたりと止まる。

「非公認戦隊!」

 三人揃って声を上げ、そしてレッドが胸の前で両手を組む。

「アキバ、レンジャー!」

 口を揃えて名乗り、三人それぞれが決めのポーズを取った。センターであるレッドは両手をやや上に向けての大の字、実際に格闘技をたしなむブルーは拳法の構え、コスプレイヤーであるイエローはカメラ小僧に向けるようなサービスポーズだ。

 シルエットに大きな差異があり、そしてこのまとまりのない名乗りとポージング。これを見れば、彼等が非公認戦隊である事が誰でも容易に理解できるだろう。

 更にしまらないのは、この後の爆発である。戦隊シリーズの名乗りのお約束に、名乗りの直後背後で爆発が起こり、メンバーそれぞれのカラーのついた煙が噴き上がるというものがある。この不思議な現象は妄想世界でもきっちり再現されているのだが、なぜか彼等の場合は大抵がおかしな形で起こる。今回、起こるべくして起こったその爆発は、彼等の前方で起こった。盛大な破裂音に三人はひゃあ、と驚いて跳び上がり、噴き上がる色付きの煙に呑まれて慌てふためいた。

「うわっぷ、何も見えねぇ!」

「もー、何なんですかこれ!?」

「ごほっ、ごほっ、いとわろし!」

 むせて咳き込む三人は風下にいた。なので、風上にいた日暮里マンドリルには何の実害もなく、三人が自滅、というよりは茶番をやっているようにしか見えなかった。

「……何だこいつ等、馬鹿か?」

「うるさーい!こっからが本番だ!」

 ようやく晴れた煙の中から、アキバレッドが全身であらん限りの抗議を表した。まだ咳き込んでいた二人も、ようやく調子を取り戻す。二人を見、アキバレッドは言う。

「気を付けろ二人共、あいつ硬いし、素早いぞ!」

 連携を強く意識した、戦隊ならではの台詞だ。これを受けて美月、つまりアキバブル―が息巻く。

「だったら!」

 彼女が突っ走り、日暮里マンドリルへと向かっていった。レッドとイエローは、彼女に考えがあるのかとこれを追う。日暮里マンドリルは近づく敵に動じた様子も見せず、大きく肩を回してこれに対峙した。

 アキバブル―の正拳が日暮里マンドリルの顔面に飛ぶが、これは軽くいなされる。すれ違った彼女へ反撃に転じようとする日暮里マンドリルだが、今度はブルーを追ったレッドの、跳ね上げられた足に気付いてこれを肘で防いだ。一歩引いたレッドと入れ替わるようにイエローが日暮里マンドリルと距離を詰め、跳び蹴りを放った。日暮里マンドリルは間髪入れずに繰り出されたこの攻撃を、身を捻ってどうにか避ける。これらの連撃によって、三人は日暮里マンドリルを囲む事に成功した。背後に回ったブルーが、相手に振り向かれるよりも早く跳びかかり、その太い首に片腕を回した。

「ぬっ!?」

 日暮里マンドリルが異変に気付くが、瞬時にブルーは相手の首に巻き付けた腕をもう片方の腕の肘にかけ、空いた方の手を日暮里マンドリルの後頭部に押し付けた。相手の首を締め上げにかかると同時に、振り落とされないよう片足を相手の腿にかけ相手と密着する。瞬く間に極められた背後からの絞め技に、日暮里マンドリルから余裕が消えた。

「なっ、貴様!」

「こうやって組みついちゃえばいいんです!」

 アキバブル―が更に腕に力を込めた。思った事がそのまま体現させられる妄想世界での戦いは、現役の格闘少女である彼女にとっては望むところなのだ。

 逆転劇を前に、アキバレッドが納得したようにぽんと手を叩いた。

「おお、流石ブルー!」

「まっこと見事なものなり!」

 レッドと、今も貴族キャラを引っ張っているイエローが感心して羨望の眼差しをブルーに向ける。ブルーは更に力を込め、日暮里マンドリルを締め落としにかかった。息を詰まらせる日暮里マンドリル。

「がっ、ぐ……っ」

 日暮里マンドリルは呼吸も血流も止められ、次第に意識を混濁させる。腕を掴んで剥がそうにも指が太いせいで首に回されたブルーの腕を掴めず、背中に密着されたせいで振り放す事もできない。完全に気絶するのも時間の問題だった。

 ここで勝ち誇るようなブルーではない。早く勝負を決めようと、のしかかるようにして更に力を入れる。

 もし時間がもう少しでもあれば完全に勝利していただろう。

 しかしそれは、予期せぬ乱入者によって阻まれた。

 観戦していたレッドとイエローの頭上を飛び越え、影が現れた。二人が影の通り過ぎたのに気付くより早く、それは上空から日暮里マンドリルを締め上げるアキバブル―へと迫り、その側頭部を蹴りつけた。完全な不意打ちに、彼女の頭に芯に響く衝撃が残る。彼女の腕の力が緩み、しめたとばかりに日暮里マンドリルが彼女の腕を掴んだ。こうなれば、後は腕力がものを言う。

 片腕で引きはがされたアキバブル―は朦朧としたまま日暮里マンドリルに振り回され、勢いを付けられて投げ飛ばされた。倒れまいとたたらを踏んでいたブルーだったが、腕力に負けて地面を転がる。

「ブルー!」

 レッドとイエローが倒れた彼女に駆け寄る。彼女はどうにか自力で起きるが、未だぐらつく頭の芯に惑い、頭を押さえて呻いていた。

「おのれ、誰ぞ!」

 イエローが日暮里マンドリルの足元でうずくまる乱入者の背を睨みつけて問いただす。それはゆっくりと立ち上がり、その顔をアキバレンジャーへと向けた。派手な色で彩られた狒々の顔、金色の毛皮に包まれた隆々たる筋肉。日暮里マンドリルによく似ていたが、やや小柄で、左の頬には大きく「西」と書かれている。

「日暮里、いや、西日暮里マンドリルか!」

 レッドの言葉に、西日暮里マンドリルが血走った眼を向けた。怒りの形相は獣同然の顔付きのせいで一層凄みのあるものになっている。ぐるる、と唸り続けていたが、やがて西日暮里マンドリルはゆっくりと口を開き、ブルーをねめつけてこう言い放った。

「アニキに組み付いていいのは、俺だけだ!」

「ハァ!?」 

 発言の意味に、三人は裏返った声を上げた。

 いきり立つ西日暮里マンドリルの肩に、日暮里マンドリルの手が乗せられる。

「あ、アニキ……」

「馬鹿だなあ、お前は。あんな奴に妬いていたのか?」

 日暮里マンドリルが西日暮里マンドリルに囁く。台詞こそ相手を諌めるものだが、響きが完全に睦事のそれだ。指で西日暮里マンドリルの顎を上げさせ、日暮里マンドリルはさらに続ける。

「俺が女なんかになびく訳ないだろ。でも、助けに来てくれたのは嬉しかったぜ」

「アニキィ……!」

 西日暮里マンドリルが感激に悶える。目の前で繰り広げられる二人の世界に、アキバレンジャーの三人は揃って身震いした。

「こ、こいつ等そういう関係かよぉぉお!」

 アキバレッドが全身に立った鳥肌をさすりながら、心底嫌そうに声を上げた。ブルーも、そしてイエローも同様だった。

「ん、あれ?イエローお前、腐ってなかった?」

 レッドはゆめりあが現役の腐女子なのを思い出して尋ねる。

「い、いや、マッチョはちょっと……」

 そう言って、彼女は両手を軽く振って拒否の意を示した。

 そこで、女の笑い声が響く。

 ふほほほほ、と高らかだが、どこか喉が笑い方に追い付いていないように感じさせるその笑い声は、アキバレンジャーにとっては何度も聞いたものだ。声の出所に、三人の目が集中する。さいたまスーパーアリーナのガラス張りのドアを押し、笑い声の主である女はその姿を現した。

 かぶる帽子やジャケットは軍用のものを思わせるが、その下に来ているのは水着のような衣装だ。豊満な胸の谷間や太ももが露わになっており、全身を包む黒いエナメルの光沢が彼女自身のプロポーションと相まって妖艶な印象を与えている。ウェーブのかかった薄紫色の長い髪が、彼女が非現実の存在である事を強調していた。

「マルシーナ!」

 アキバレッドがその名を呼ぶ。マルシーナと呼ばれたその女は、妄想の世界で秋葉原を侵略しようと企む、邪団法人ステマ乙の再開発部長だ。係長である日暮里、西日暮里マンドリルよりも肩書は上であり、戦隊もののお約束に当てはめて言えば、係長は怪人、そして彼女はセクシーな女幹部となる。

 三人の様子に微笑み、マルシーナは腰に手を当てて余裕を見せた。

「良いザマね、アキバレンジャー」

 彼女を挟むように二匹のマンドリルがその両隣に立つ。並ぶとマルシーナの細さと、そしてマンドリル達のたくましさが一層と強調される。アキバレンジャーの三人にはこれから戦う相手が一層強大に見えてしまい、焦燥と緊迫感を覚えてしまう。

 そこでふと、アキバレッドが「ああ!?」と何かに気付いたように声を上げた。何事かとブルーとイエローが彼を見る。

「しまったぁー、これは、公認戦隊でも時々出てくる、コンビで戦う怪人パターンか!」

 その声は完全に、自分の置かれた状況が危機的で不可避なものだと分かった時のものだった。つまり、敗北フラグである。妄想の世界では、作劇で良く見られるようなお約束は不変の法則なのだ。

 言いながら、彼は公認戦隊が戦ったかつての強敵怪人コンビの顔ぶれを思い出していた。ギンガマンのタグレドーとトルバドー、ゲキレンジャーのブトカとワガタク、ボウケンジャーのザルドとギラド……。

 上の空になるレッドの襟首を、イエローが必至で引っ張り何度もゆすった。

「信殿、逆転フラグ!何か逆転フラグに覚えはなかんや!?」

 貴族キャラのまま必死に尋ねる彼女の声に、レッドはようやく我に返った。

「お、おおそうか!えーっと……」

 レッドは思い出した強敵を戦隊がどう倒したか、順に振り返ってみた。

 星獣戦隊ギンガマンのタグレドー、トルバドーのコンビはその回で初登場した巨大ロボ、ギンガイオーに倒された。

 獣拳戦隊ゲキレンジャーのブトカ、ワガタクのコンビはその回で初お披露目となったパワーアップフォーム、スーパーゲキレンジャーによって破壊された。

 轟轟戦隊ボウケンジャーのザルド、ギラドのコンビはその回で初合体を果たしたスーパーダイボウケンによって敗れた。

 以上の共通項はただ一つ。

「そうだ、パワーアップだ!」

 アキバレッドはモエモエズキューンを展開し、現れた葵のフィギュアの頭を叩いて通信機の機能をONにした。これで現実世界にいる葉加瀬と連絡が取れる。

「葉加瀬、何かないか?パワーアップだよ、銀河の光とか、スーパーゲキクローとかそういうの!」

 ひみつきちの店内で、ヘッドホンから聞こえた信夫のその言葉に葉加瀬はええ、と困ったように声を上げた。彼女からすれば無茶ブリもいい所だ。

「そ、そんなの急に言われても用意できないわよ!」

「えぇえー!?」

 戸惑う彼の様子を見て、マルシーナはマンドリル達に命じた。

「やっておしまい、日暮里マンドリル、西!」

「おうよ!」

「に、西!?」

 西日暮里マンドリルがぞんざいな呼ばれ方に目を剥くが、日暮里マンドリルに再び肩を叩かれて諌められる。二体のマンドリルが、窮地に立たされた三人へと殺到した。

「おじさん、来ますよ!」

「然り!」

 ブルーとイエローが身構え、そしてマンドリルへと立ち向かう。レッドも遅れて、モエモエズキューンを銃に戻して二人を追った。

 西日暮里マンドリルが日暮里マンドリルよりも前に出て、女二人に迫る。

 日暮里マンドリルが地を蹴り、前に出た西日暮里マンドリルの肩を踏んで更に高く跳躍した。巨体がブルーとイエローを飛び越え、アキバレッドに上空から掴みかかる。完全に虚を突かれたレッドはまんまと両肩を掴まれ、そのまま地面に倒され日暮里マンドリル共々石畳の上に転がされた。援護に入ろうとする二人だったが、すぐに西日暮里マンドリルが二人の肩を掴み、自分の側へと引き寄せた。片手でやったとは思えない程の怪力で、二人の体が反転する。すぐさま、西日暮里マンドリルの手が二人の首元に滑り込み、彼女等の細い首を掴んだ。

 二人の首が締め上げられ、その足がゆっくりと上がる。片手でのネックハンギングで、西日暮里マンドリルは二人の首を持ち上げ始めたのだ。

「かっ……!」

「あぐっ……!」

 握力と自重とで二人の息が詰まる。

「ブルー!イエロー!」

 二人の異変にアキバレッドが這い出そうとするが、日暮里マンドリルはなおもレッドの腰にしがみつき、立つ事を許さない。レッドは振りほどこうと身をよじるが、日暮里マンドリルの腕はびくともしなかった。胴を締め上げようとするように、その両腕の作る径が更に狭まっていく。

「あだだだだ、にゃろう!」

 アキバレッドが肘を振り上げる。日暮里マンドリルの脳天に二度、三度と肘鉄が入るが、日暮里マンドリルに怯んだ様子は微塵もなかった。むしろ、その頭の硬さのせいで打ち込んだアキバレッドの方が肘を痛める結果となった。

 意識をもうろうとさせるブルーとイエローに、西日暮里マンドリルが余裕の笑みを浮かべる。油断の生じたその瞬間、しめたと二人は勢いよく足先を跳ね上げた。二人のつま先が西日暮里マンドリルのあばらを打ち、西日暮里マンドリルがたまらず手を離す。着地した二人は呼吸を整えながら相手から下がり、そしてアキバレッドへと駆け寄った。

「おじさん!」

「信殿!」

 二人が同時にアキバレッドにのしかかっている日暮里マンドリルに迫る。日暮里マンドリルは二人を見て、アキバレッドの上から高く跳び上がった。高い跳躍力で二人の頭上を飛び越える間際、その両足で二人の側頭を踏みつける。よろめく女二人をよそに、着地した日暮里マンドリルは西日暮里の前へと降り立った。

「しっかりしろ西」

「アニキ、すまねえ!」

 あばらを押さえ、西日暮里マンドリルはふらつきながら日暮里マンドリルの肩にもたれかかった。

 ようやく立ち上がったアキバレッドが、頭を押さえながらも踏みとどまる二人の間を抜けて地を蹴り、マンドリル達へと足を伸ばした。渾身の跳び蹴りだったが、日暮里マンドリルが臆した様子も見せずに片手で掴み、その勢いを利用してアキバレッドの体を大きく振り回した。冗談のような怪力で振り回されたレッドにとってはたまったものではない。

「のおおぉお!?」

 強い遠心力に巻き込まれたアキバレッドが悲鳴を上げる。日暮里マンドリルは大きく身をしならせ、勢いのままに手にしたアキバレッドを放り投げた。

「のわああああぁ!」

 宙を飛ぶアキバレッド。そのまま彼は放物線を描いてブルーとイエローの足元に転がった。

 事もないと言わんばかりに日暮里マンドリルと、西日暮里マンドリルが不敵に笑う。自分達の不利を察し、アキバブル―がイエローと共にレッドを起こしながら彼に言った。

「おじさん、撤退しよう!」

「いや、駄目だ!」

 立ち上がりながらレッドが提案を拒否する。

「カクレンジャーのシュテンドウジ兄弟は、レッドの奮闘と機転で逆転して倒されたんだ!こいつ等だって、倒せない相手じゃない!」

「ならば我等のコンビネーションを見せてやろう!やるぞ西!」

「おうアニキ!」

 言うや否や、西日暮里マンドリルの姿がかき消えた。アキバレンジャー三人が高速で動くその巨体をかろうじて目で追うと、西日暮里マンドリルは三人の背後、ちょうど日暮里マンドリルと共に三人を挟む位置で止まった。挟み撃ちの格好となり、三人が戸惑いと、不穏な予感に互いに背を寄せる。

 これこそ、二体の思うツボだった。

「滾れ血流!」

「漲れ筋肉ゥ!」

 二体のマンドリルが拳を作り、両腕に力を込めた。張りつめた腕の筋肉が倍以上に大きく膨らみ、毛皮の下から浮かんだ血管がどくどくと波打つ様を見せる。元から太かった腕は今や丸太も同然となり、その腕が大きく振りかぶられた。

「いと危うき気配!」

「同感だよ畜生!」

 イエローに、やけっぱちになったレッドが声を荒げた。じゃ、とマンドリル達の片足が軽く引かれる。

 二体のマンドリルが、地を蹴った。日暮里マンドリルが両腕を広げ、西日暮里マンドリルが大きく上へと両腕を振り上げる。迫る二体の腕がアキバレンジャーの左右と、頭上とを囲む。完全に逃げ場がなくなったアキバレンジャー達に、剛腕が迫る。

「うわああああぁぁ!」

 レッドの悲鳴はやがて腕と腕とが叩きつけられる音で掻き消された。

 

 

 背筋が意図せず跳ね上がる感覚に、信夫は我に返った。彼の眼前に日暮里マンドリルの姿はなく、場所もさいたまスーパーアリーナではない。取り立てて異常のない、いつもの秋葉原の街並みが広がっていた。

「お、おお、戻ったか。葉加瀬のおかげだな」

 信夫は妄想世界から現実に戻ったのだと気付き、隣に転がっていた仕事用の自転車を慌てて起こした。彼にとって、これは初めての経験ではない。

 アキバレンジャーとなる信夫達は三つのモエモエズキューンによって重妄想、つまり自分達の妄想を重ねる事で妄想世界へと没頭する事ができる。アキバレンジャーのスーツデザインも、戦隊オタクの信夫と格闘少女の美月、コスプレイヤーのゆめりあの妄想が重ねられた結果と言ってもいい。妄想に入った状態を解除するには、妄想世界に現れたステマ乙の係長を倒すか、あるいはモエモエズキューンの元々の持ち主である葉加瀬博世が手元にある妄想解除装置のスイッチを入れるかのどちらかだ。

 絶体絶命だったのを思い出し、信夫は背筋を震わせた。あのままでは強い妄想力が裏目に出、どんな影響が出るか未だに分からないのである。

「こりゃあ、マジでどうにかしねぇとな……」

 真剣な顔になって、信夫はそう一人ごちた。

 ちなみに彼が妄想世界でマンドリル達と戦っている間、現実では彼は往来の中でただ一人、見えぬ敵に向かってシャドーボクシングならぬシャドーファイトを行っていた。そして思い込みの強い彼は、最後まで自分を遠巻きに見る通行人達の好奇の視線に気付く事はなかった。

 

 一方、ひみつきちで我に返った美月とゆめりあは窮地を逃れた事に深く安堵していた。

「た、助かった……」

「葉加瀬殿、いたく感謝いたす」

 ゆめりあが葉加瀬に対し、烏帽子をかぶった頭を軽く下げた。

「いいのよ。それより、今回は本当に強敵みたいね」

「はい。マルシーナの言う通り、二人で来られて敵わないなんて悔しいです」

 美月がほぞを噛む。

「葉加瀬殿、何か案はなからんや?」

「うーん、こういう場合、定石としては分断して各個撃破、なーんて言うんでしょうけど……」

「西日暮里の性格からして、そんな事態はちと望めぬ」

 西日暮里マンドリルの、日暮里マンドリルへの執着を思い出してゆめりあは渋面を作った。

「なのよねぇ……」

 葉加瀬もため息を付き、どうしたものかと思索を巡らす。

「……パワーアップアイテム、ないと駄目かしら」

 

(ででんでっでん、アキバ、レンジャー)

説明
アキバレンジャー痛が現行放送中ですが、1期の二次創作がしたくてたまらなくなり書きました。需要は問題ではありません。
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