ISとエンジェロイド
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 第一三話 臨海学校初日 夜

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、現在七時半。大広間三つを繋げた大宴会場で、俺達は夕食を取っていた。

 

 

 「美味しい。昼と夜に刺身が出るとは豪勢だな」

 

 「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」

 

 

 そう言って頷いたのは俺の右隣に座っているシャル。

 

 今は全員が浴衣姿だ。なんでも、この旅館の決まりで『お食事中は浴衣着用』となっている。普通は禁止、或いは逆なのでは?

 

 ずらりと並んだ一学年の生徒は座敷とテーブル席に分かれている。

 

 メニューはカワハギの刺身と小鍋に山菜の和え物が二種類、赤出汁の味噌汁とお新香だ。

 

 

 「この山葵、本わさだ。普通、高校生の食事に出すものじゃないのに」

 

 「本わさ?」

 

 「ああ、シャルは知らないか。本物の山葵を卸したのを本わさって言うんだ」

 

 「えっ? じゃあ、学園の刺身定食で付いているものって……」

 

 「あれは練りわさじゃないのか。俺は普段、定食は食べないからわからないけど」

 

 「ふぅん。じゃあこれが本当の山葵なんだ?」

 

 「そう。ただ、これは少量を刺身に乗せて醤油に浸けて食べるんだ」

 

 「そうなんだ。それじゃあ、はむ」

 

 

 俺の言った通りに食べるシャル。

 

 

 「うん、風味があっておいしいね」

 

 

 ここに来ても優等生ぶりを発揮するんだ……。

 

 因みに、俺とシャルはテーブル席で前にラウラとセシリアも座っている。

 

 その後、鍋の下味について考えながら夕食を済ませた。

 

 

 

 

 

 風呂上がりに部屋に戻り、イカロス達を連れて一夏の部屋に訪れた。

 

 

 「? 一夏だけか」

 

 「おう。航達はいつも一緒だな」

 

 「ああ、用心に越したことはないからな」

 

 

 一夏と話していると部屋の襖が開いた。

 

 

 「なんだお前達だけか? 織斑、女の一人も連れ込まんとは詰まらん奴だな」

 

 「だから……はあ、もういいよ。それは」

 

 

 この部屋は『織斑』の部屋だから織斑先生が居てもおかしくないな。

 

 

 「なあ、千冬姉」

 

 

 一夏の頭にチョップが落ちた。

 

 

 「織斑先生と呼べ」

 

 「まあ、それはいいじゃん。航達が居るけど、久しぶりに――」

 

 

 

 

 

 セシリアは、航の部屋に遊びに行こうとしたが、場所がわからないので織斑先生に聞こうと部屋に向かう。

 

 ――ところが。

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 部屋の前、その入り口のドアに張り付いている女子が二名。

 

 

 「鈴さん? それに箒さんまで。一体そこで何を――」

 

 「シッ!!」

 

 

 鈴がそう言うなりセシリアの口を塞ぐ。

 

 状況が解らずにもがいていると、ふとドアの向こうから声が聞こえた。

 

 

 『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

 

 『そんな訳あるか、馬鹿者。――んっ! す、少しは加減をしろ……』

 

 『マスター、気持ちいいですか?』

 

 『いいぞ、イカロス。ニンフは俺の上に乗るな』

 

 

 …………。

 

 

 「こ、こ、これは、一体、何ですの……?」

 

 

 口元を震わせ、引きつった笑みを浮かべながら尋ねるセシリア。しかし、返ってきたのは沈黙だけだった。

 

 

 『じゃあ次は――』

 

 『一夏、少し待て』

 

 

 部屋の中からの声が途切れ、不思議に思いドアにぴたっり耳を寄せた三人が――

 

 

 バンッ!!

 

 

 『へぶっ!!』

 

 

 思いっきり、ドアに殴られた。

 

 

 「何をしているか、馬鹿者どもが」

 

 「は、はは……」

 

 「こ、こんばんは、織斑先生……」

 

 「さ……さようなら、織斑先生っ!!」

 

 

 脱兎の如く逃走を開始するが、すぐに捕まった。箒と鈴は首根っこを取られ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて終了。

 

 

 「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

 

 『えっ?』

 

 

 予想外の言葉に目を丸くする三人。

 

 

 「ああ、そうだ。他の二人――デュノアとボーデヴィッヒも呼んでこい」

 

 「は、はいっ!」

 

 

 開放された鈴とセシリアは駆け足で二人を呼びに行く。

 

 

 「箒、遅かったじゃないか。じゃあ始めようぜ」

 

 

 ベットを叩いて箒を呼ぶ一夏。

 

 

 「なっ、航や織斑先生も居るのだが……」

 

 「? 別にいいじゃないか。俺も体が温まってるし、早く始めよう」

 

 「いや、こういうのは、もっと雰囲気が……」

 

 「……?」

 

 

 いまいち箒の言葉の意図が掴めない一夏は不思議そうな顔をするだけで、またベットを叩いて開始を促す。

 

 困ってる箒に航が助け舟を出す。

 

 

 「何してるんだ。早く横になって、マッサージしてもらえ」

 

 「……えっ!? ま、マッサージ……?」

 

 「そうだけど。一夏から聞いてない?」

 

 

 箒は頷き、一夏を睨む。航の方では、イカロスにマッサージされながら、ISのディスプレイを呼び出して気になる箇所を調整している。

 

 

 「え……きゃあああっ!?」

 

 

 箒の悲鳴が聞こえても無視してディスプレイから目を離さない航。

 

 

 「せ、せっ、先生! 離して下さい!」

 

 

 真っ赤になって叫ぶと、思いの外あっさりと千冬は退いた。

 

 

 「やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、十五歳」

 

 「い、いっ、インコっ……!?」

 

 「冗談だ。――おい、聞き耳を立ててる四人。そろそろ入ってこい」

 

 『………………』

 

 

 沈黙が僅かに数秒あって、それからドアがゆっくりと開いた。

 

 立っていたのはシャルロットにセシリアにラウラに鈴。全員が旅館の浴衣姿である。

 

 

 「一夏、マッサージはもういいだろう。ほれ、全員好きなところに座れ」

 

 

 手招きをされて、四人はおずおずと部屋に入る。言われた通り、各人が好きな場所に座った。

 

 

 「イカロスももういいぞ。アストレアとニンフも外を眺めてないで、好きな場所に座って」

 

 

 航に促されてイカロス達も座った。

 

 

 「ふー。流石に二人連続ですると汗掻くな」

 

 「手を抜かないからだ。少しは要領良くやればいい」

 

 「いや、そりゃ折角時間を割いてくれてる相手に失礼だって」

 

 「愚直だな」

 

 「千冬姉、偶には褒めてくれても罰は当たらないって」

 

 「どうだがな」

 

 楽しそうに会話をする二人を見て、航とエンジェロイド以外の全員がやっと状況を飲み込む。つまり、今しがた盗み聞きしていた箒の声も、その前の千冬の声も、マッサージをしていただけだということに。

 

 

 「お、おほほ……はぁ」

 

 「ま、まぁ、あたしはわかってたけどね」

 

 

 脱力するセシリアと、妙な強がりを見せる鈴。

 

 

 『………………』

 

 

 そして、何か色々『具体的な』想像をしていたらしいシャルロットとラウラは、真っ赤になって俯いた。

 

 

 「まあ、お前は航ともう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

 

 「ん。そうする」

 

 「はいはい、邪魔者は出て行きますよ」

 

 

 千冬の言葉に頷いた一夏は、タオルと着替えを持って、航は悪口を叩きながら部屋を出る。

 

 

 『………………』

 

 

 どうしていいのかわからない女子が五人、言われたまま座ったところで止まってしまっている。

 

 

 「おいおい、葬式か通夜か?いつものバカ騒ぎはどうした」

 

 「い、いえ、その……」

 

 「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと……」

 

 「は、初めてですし……」

 

 「全く、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 

 いきなり名前を呼ばれて、箒は肩を竦ませる。言葉がすぐに出てこず、困ってしまった。

 

 そうこうしていると千冬は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を八人分取り出していく。

 

 

 「ほれ。オレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいいやつは各人で交換しろ」

 

 

 そう言われたものの、箒達は渡されたもので満足だった為、交換会はエンジェロイドの間だけで開かれた。

 

 

 『い、いただきます』

 

 

 イカロスとニンフ以外の全員が同じ言葉を口にして、次に飲み物を口にする。

 

 女子の喉が動いたのを見て、千冬は笑った。

 

 

 「飲んだな?」

 

 「は、はい?」

 

 「そ、そりゃ、飲みましたけど……」

 

 「な、何か入っていましたの!?」

 

 「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ」

 

 

 そう言って千冬は新たに冷蔵庫から缶ビールを取り出し、蓋を開けて飲み始めた。

 

 

 『………………』

 

 

 全員が唖然としている中、千冬は上機嫌な様子でベットにかける。

 

 

 「ふむ。本当なら一夏か航に一品作らせるところなんだが……イカロス、何か作ってくれないか?」

 

 「わかりました」

 

 

 千冬に何か作るように頼まれたイカロスは部屋を後にする。

 

 いつもの規則と規律に正しく、全面厳戒態勢の『織斑先生』と目の前の人物とが一致せず、女子全員がまたしてもぽかんとしている。

 

 

 「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

 

 「い、いえ、そういうわけでは……」

 

 「ないですけど……」

 

 「でもその、今は……」

 

 「仕事中なんじゃ……?」

 

 

 ラウラは言葉が出ない代わりに、コーヒーを嚥下する。

 

 

 「堅いことを言うな。それに口止め料はもう払ったぞ」

 

 「じゃあ、私はまだ開けてないからマスターに報告しに行こっ」

 

 「それは困るな。なので、暫く拘束させてもらう」

 

 

 ニンフが立ち上がるとすぐに千冬が取り押さえた。何処からか縄を取り出し、簀巻きにする。

 

 

 「さて、前座はこのくらいでいいだろう。そろそろ肝心の話をするか」

 

 

 二本目のビールをラウラに言って取らせ、また景気のいい音を響かせて千冬が続ける。

 

 

 「お前等、一夏や航の何処がいいんだ?」

 

 「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

 

 と、箒はスポーツドリンクを傾けながら。

 

 

 「あたしは、腐れ縁なだけだし……」

 

 

 スポーツドリンクの縁をなぞりながら、もごもごと言う鈴。

 

 

 「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」

 

 

 しれっとそんなことを言う千冬に、二人は一斉に詰め寄った。

 

 

 『言わなくていいです!』

 

 

 その様子を笑い声で一蹴して、千冬はまた缶ビールを傾ける。

 

 

 「わ、わたくしは諭されて……」

 

 

 セシリアはどこか思い浸りながら。

 

 

 「僕――私は……優しいところ、です……」

 

 

 ぽつりとそう言ったのはシャルロットで、声の小ささとは裏腹に真摯な響きがあった。

 

 

 「ほう。しかしなあ、航は誰にでも優しいぞ」

 

 「そ、そうですね……。そこがちょっと、悔しいかなぁ」

 

 

 照れ笑いをしながら、熱くなった頬を扇ぐシャルロット。

 

 

 「で、お前は?」

 

 

 先程から一言も発していないラウラに、千冬が話を振る。ラウラは身を竦ませながらも言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 「つ、強いところが、でしょうか……」

 

 「ふむ、確かに航は強いな。ISの模擬戦に関しては、お前等よりも頭一つずば抜けている」

 

 

 そう言って千冬は、二本目のビールを空ける。

 

 

 「まあ、強いかは別にしてだ。一夏と航は役に立つぞ。家事や料理はなかなかだし、一夏はマッサージも巧く、航は色々と器用だからな」

 

 

 千冬が一夏と航のことを自慢気に言う。

 

 

 「というわけで、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

 

 

 全員が顔を上げて尋ねる。

 

 

 『く、くれるんですか?』

 

 「やるかバカ」

 

 『ええ〜』

 

 

 口に出して突っ込む女子一同。

 

 

 「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども。あと、航については勝手にしろ」

 

 

 イカロスが一品作って戻ったところで三本目のビールを口にする千冬は、楽しそうな表情でそう言った。

 

 

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