ゼロの使い魔 〜しんりゅう(神竜)となった男〜 第十六話「式典終了、そして事件」 |
歓迎式典は以前“春の使い魔召喚”が行われた広場で行われている。
その最初のカリキュラムである使い魔披露が、順調に進み、今最後の生徒、タバサの使い魔であるシルフィードの出し物が始まろうとしていた。
「・・・・・・・・・・・・ちっ」
それを憎々しげに見ていたヴィリエは、周りに聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で舌打ちをすると、皆が優雅に飛びまわるシルフィードを見ているうちに、広場を後にする。
タバサやキュルケの実力は、嫌々ながら認めているが、他の生徒たちは自分よりも劣る存在だと自負しているヴィリエにとって、自分の使い魔がオスマンに選ばれなかった屈辱や、シェンが自分の使い魔ではなく、モンモランシーの使い魔として召喚されたため、彼女に対する逆恨みで頭の中はいっぱいだった。
その感情を制御できなかったヴィリエは、この後とんでもないことをしでかしてまうが、この時の彼は自分があんなことをするなんて知る由もなかった。
*****
「殿下。いかがでしたかな?」
「そうですね。どの使い魔もすばらしかったですわ。オールド・オスマン」
アンリエッタは壇上で整列している生徒たちと、その使い魔たちに対して((賛辞|さんじ))を((呈|てい))した。
その言葉に微笑んだオスマンは、『きっと皆、喜ぶことでしょうな』と言ってコルベールに合図を送った。
「アンリエッタ姫殿下に礼!」
コルベールは合図を受けて壇上にいる生徒たち及び、周りの生徒たちに号令をかける。
生徒一同が礼を行った後、次のカリキュラムが始まった。
それから歓迎式典は滞りなく進んでいく。
「なるほど。これは・・・・・・」
「どうかしたの? ((枢機卿|すうききょう))」
それを微笑みながら眺めていたアンリエッタだったが、傍に控えていたマザリーニの呟きが耳にはいって横目で見つめると、彼は羊皮紙を広げていた。
彼女が羊皮紙に視線を向けながら訊ねるが、彼は『いえ、殿下のお耳に入れることではありませぬ』と口をつぐんだ。
彼女は眉をひそめるが、人前であるためすぐに表情を戻し、視線を催しものに視線を向けつつ彼に言った。
「枢機卿。それは使い魔の一覧ね? ということはそれに関してのことだと思いますが、どうですか?」
「・・・・・・ご((慧眼|けいがん))痛み入ります。これは伝え聞いたことですが、モンモランシ家のご息女が、使い魔召喚の儀で、蛙と未だかつて誰も見たこともない竜の二匹を召喚されたというのです」
「まぁ。それは本当なのですか?」
「オスマン氏からいただいた生徒と、その使い魔の一覧には、対象生徒の召喚した使い魔は確かに蛙と竜となっています。ですが、竜の名は“ライバーン”とのこと。ですので、誰も見たことのない竜というのは大げさかと存じます」
「・・・・・・そうね。私は実際には見たことないけど、文献には乗っていたから姿形は分かるわ。でも、どうしてそのような噂が?」
「衛兵どもの噂話だったので、聞き流しておりました。ですが、断片的につなぎ合わせると、この話は城へ香水などを((卸|おろ))しているミセス・パフュームなる商人から訊いたらしいのです。ですから、おそらくはそのミセス・パフュームが知らなかったのでは?」
「そうね。民たちはライバーンという竜を知ることはできないものね。枢機卿。多分、この噂話を訊いた貴族の方々が、あなたに会いにくるでしょうから、適当にお相手してちょうだい。あと、それは後で見ますので、そのつもりで」
「御意に」
(これは危ないとこじゃったのう・・・・・・)
二人の会話を訊いていたオスマンは、マザリーニがシェンについて話しだした時には、内心ひやひやしていたが、少し((捏造|ねつぞう))したおかげで事無きを得たため安堵していた。[注1]
「これでアンリエッタ姫殿下、歓迎式典を終了いたします。殿下。ご拝見くださいましてありがとうございました」
オスマンの心情をよそに、歓迎式典は進んでいった。
そして、コルベールの最後の言葉で、生徒たちは一斉に杖を掲げて式典はお開きとなった。
それに答えるかのようにアンリエッタは立ち上がって微笑み、優雅に手を振ってマザリーニとともに本塔に向かおうと、“レビテーション”の呪文を唱えた。
『『『『『きゃぁああああっ!?』』』』』
その時、杖を掲げていた生徒たちから悲鳴があがった。
アンリエッタとマザリーニは何事かと振り向くと、言葉を失ってしまう。
また、オスマンは眉間にしわを寄せて睨む。
三人の視線の先には、正門前で繋がっているはずの一頭の馬が、興奮状態で暴れて生徒たちを襲っていた。
その馬を必死に馬車従者と衛兵たちが押さえようとしていたが、振り払えて頭を打ち、気絶してしまった。
逃げまどう生徒の中、キュルケが魔法で止めようとしたが、杖を振る前に馬に蹴られそうになったため“レビテーション”で離脱。
また、タバサが代わりに魔法で止めようとしたが、アンリエッタの馬を傷つけることを怖れたギトーら教師三名に止められてしまった。
コルベールもまた、パニック状態の生徒たちで手一杯だったため、馬を止めることができないでいた。
ちなみに、経験豊富な魔法衛士隊はというと、アンリエッタを守ることを重視していたため、馬を止めるために行動する者などいなかった。
「きゃぁああああっ!?」
そんな中、ある生徒が逃げ遅れて一人取り残されてしまった。
その生徒の名は、モンモランシー。
目を血走らせた馬は、彼女を視界にとらえた瞬間、突進の方向を変えた。
コルベールが向かおうとしたが、パニック状態の生徒たちが邪魔で、思うように身動きが取れないでいた。
キュルケ、タバサ、そしてサイトもまた身動きが取れず、モンモランシーが襲われるのを黙って見ていることしかできずにいた。
「助けて!! シェン!!」
馬がモンモランシーに迫った時、モンモランシーは自分の使い魔の名を叫んだ。
誰もがやられると思った時、突然モンモランシーの身体がフワッと浮かび上がって馬の突進を回避した。
そして同時に、心地良い風がモンモランシーを中心に吹き出した。
すると興奮状態だった馬が、落ち着きを取り戻し、血走った目も元通りに戻っていった。
**********
式典が終わった直後、悲鳴があがったから何だろうと思ったら、一頭の馬が目を血走らせて暴れていた。
(あら? 原作に書いてないことが起こったわね? というか前後で何も起きてないって思って安心してたところにこれなの〜? って、言ってる場合じゃないわね! さっさと逃げましょ!)
私は逃げようと判断し、パニックとなっている生徒たちの隙間を縫うように逃げていく。
これは朱の得意技の一つなんだけど、説明は後ね。[注2]
『きゃぁあああああっ!?』
アンリ嬢だけを守っている近衛隊の手前まで来た時、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
まさかと思って振り向くと、そこには尻餅をついて怯えているモンモンの姿があった。
(な、何してるのよあの子!?)
((驚愕|きょうがく))に目を見開いた私は、逃げてきた道を戻ろうとしたけど、慌ていたので、通り抜けるタイミングを逃し、生徒の流れに流されてしまい、モンモンとの距離が徐々に離れてしまった。
その間にも馬がモンモンに気付いてしまい、彼女の方へ向きを変えていた。
(っもう! 邪魔よ、あなた達!!)
心の中で文句を叫びながら木陰に隠れた私は、“モシャス”の呪文を解除し、最小サイズの神竜に戻った。
続けて俺は“レムオル”の呪文を唱えて姿を消し、サイズを五段階まで大きくしてモンモンのところへ向かった。
「助けて!! シェン!!」
「世話が焼ける主様だっ!」
素早く尾をモンモンに巻きつけ、持ちあげて馬の突進から助けた俺は、興奮状態の馬も助けるため“なだめる”を発動させた。
風の流れを強制的に代え、馬やパニック状態の生徒たちに心地良い風を送る。
その風により、目を血走らせていた馬は徐々に落ち着きを取り戻し、元の穏やかな状態に戻る。
「ふぅ。これで一先ずは大丈夫だ・・・・・・」
気絶から目覚めた従者が、落ち着きを取り戻した馬の手綱を握り、しきりに謝りだす。
俺はモンモンを降ろしつつ、様子を見守ることにした。
**********
馬車の従者が謝る中、オスマンが生徒の前に進んで振り返り、口を開いた。
「殿下。このような事態になって申し訳ない。だが、一先ずは皆無事で良かった。生徒諸君。今夜は殿下もご一緒にお食事をされる予定じゃ。ここはワシら教師に任せ、食堂に向かうのじゃ。もちろん。汚れた身体を綺麗にしてからじゃがな。・・・・・・これでよろしいですかな? 殿下」
「ええ。かまいません。皆さま。私にかまわず食堂へと向かってくださいませんか? 私も後から向かいますので」
アンリエッタの言葉で、何がどうなってるのか分からないという表情をしていた生徒たちは、彼女に挨拶をしてから学院に向かっていった。
腰が抜けて歩けないでいたモンモランシーもまたギーシュの肩をかりて起き上がると、アンリエッタに挨拶して学院に向かった。
その後、アンリエッタやマザリーニ、教師たちの立ち会いのもと、魔法衛士隊による実況見分が行われた。
「殿下。馬の((臀部|でんぶ))にこんなものが」
「これは針?」
「やや。これは・・・・・・!!」
衛士の一人が馬に蹴られないよう注意しつつ、お尻から針のようなものを引き抜いた。
それを見たコルベールが声を上げた。
「見覚えがあるようですね? ミスタ・コルベール」
「はい。これは“ミツユビハリネズミ”という動物の針だと思われます。ハリネズミと呼ばれておりますが、本来抜けないはずの針が抜けるということや、ヤマアラシと特色が似ていることを踏まえると、“ミツユビハリネズミ”はヤマアラシの仲間であると言えます。そしてその特徴は―――」[注3]
「これ、ミスタ・コルベール。そなたは話が長くていかん。結論を先に述べなさい。この針は“ミツユビハリネズミ”のもので間違いないのじゃな?」
「・・・・・・・・・・・・間違いありません。“ミツユビハリネズミ”の針です」
アンリエッタに訊ねられた以上に返答していくコルベールだったが、オスマンに止められたため衛士から針を受け取り、隅々まで見て沈鬱の表情を浮かべながら断定した。
「どうやらこの事件の犯人は、生徒の中にいるようですな」
「枢機卿!?」
マザリーニは、そのことと手もとの羊皮紙に書かれてある内容を照らし合わせ、そう断言した。
目を見開いて叫ぶシュヴルーズを皮切りに、ザワザワと騒ぎ出す教師たち。
コルベールは、より一層沈鬱な表情になってしまうが、自分からその生徒の名を口にすることはしなかった。
オスマンは、マザリーニを鋭い眼光で睨みながら教師たちを静め、そして目を閉じて深呼吸をすると、口を開いた。
「殿下?」
「・・・・・・なんでしょうか? オールド・オスマン」
「この件は我々に任せてもらえんかのう?」
「なりませぬ殿下。これは最早――」
「黙りなさい枢機卿」
アンリエッタはマザリーニの方を見ずに黙るよう命令する。
そして、衛士から針をもらい、それをオスマンに手渡した。
オスマンは針を丁寧に包んで懐にしまい、アンリエッタに杖をかかげた。
「オールド・オスマン。この件はあなた方に一任します。いいですね? 枢機卿」
「・・・・・・殿下の仰せのままに」
マザリーニは黙って頷き、持っていた羊皮紙をアンリエッタに手渡した。
それを受け取った彼女は、教師たちに処分が決まるまで他言無用と命令したオスマンと傍に控えるマザリーニを伴って学院の食堂へと向かった。
その夜、一人の生徒が学院から逃げ出すが、それは別の話。
**********
「やれやれ。大変なことになったな。まぁ、モンモンが無事だっただけでいいとするか。俺には関係ないしな。さて馬の様子でも見に行くか」
俺は、じじぃやアンリ嬢たちが全員消えたのを確認して姿を現した。
そして馬の様子を見るため、“ドラゴラム”を唱えてから厩舎に向かった。
誰もいないことを確認をして厩舎内に入った俺は、尻を庇いながら横になっている馬に近づく。
「だ、だれ?」
「俺か? 俺は神竜だ」
「え? 神竜さま? 鳥たちが言ってた、他の竜種とは一味違うという方ですか?」
「鳥たちがどのように言っているのか気になるが、まぁ、多分そうだろう。様子はどうだ?」
「ちょっとお尻に熱がこもってるみたいなんですけど」
「そうか。ちょっと待ってろ。今、調べる。〔ダモーレ〕」
俺は、馬との会話もそこそこに“ダモーレ”の呪文を唱えた。
【名前】 表示OFF(種族:ウマ)
【最大HP】表示OFF
【最大MP】表示OFF
【攻撃力】 表示OFF
【守備力】 表示OFF
【素早さ】 表示OFF
【賢さ】 表示OFF
【状態】 毒(軽度)
「・・・・・・ちょっと毒が中にはいってしまったようだ。今、取り除いてやるから動くなよ」
「ご迷惑をおかけします、竜さま」
「お前のせいではないのだから、気にするな。〔キアリー〕よし。これで大丈夫だろう。すぐに良くなると思うが、今日は安静にしておけ」
「はい。ありがとうございます」
俺は厩舎を後にすると、“レオムル”の呪文で姿を消し、“ドラゴラム”の呪文を解除して寝床に戻り、そのまま眠りはじめた。
**********
とある場所での、ある男と女の会話。
「結局は、神竜とやらを見ることはできなかったか・・・・・・、貴族と言っても、所詮は子どもか・・・・・・」
「ん? 何か言ったかしら?」
「いや。それよりも作戦は覚えたか? “土くれ”よ」
「大丈夫よ。心配性ねアナタは」
「慎重だと言ってもらおう。さて夜にでる。それまでは寝てろ」
「はいはい。じゃあ、おやすみ」
「・・・・・・必ずや成功してみせる。待ってて欲しい、僕のルイズ」
[注1]ライバーン
使い魔としては珍しい類に入るが、貴族たちには風竜や火竜よりは重宝されていない。
[注2]通り抜け
買い物のお使いで培った得意技で、人込みを人にぶつからずに進むことができる。ただし、身体が小さいためバーゲンセールでのおばさん達のパワーには敵わない。
[注3]ミツユビハリネズミ
世界最小のげっ歯目ヤマアラシ科ヤマアラシ属に分類されるげっ歯類。
ハリネズミという名だが、れっきとしたヤマアラシの仲間。身体を覆う針は極細で、非常に堅い。
非常に攻撃的である。
説明 | ||
死神のうっかりミスによって死亡した主人公。 その上司の死神からお詫びとして、『ゼロの使い魔』の世界に転生させてもらえることに・・・・・・。 第十六話、始まります。 |
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