SAO〜菖蒲の瞳〜 第四十六話 |
第四十六話 〜 調査と鑑定 〜
【アヤメside】
エギルの店に向かうまで時間のある俺たちは、ロープを回収したあと一階に降りて入り口を塞いでもらっていたプレイヤーたちを解散させ、広場に集まるプレイヤーたち全員に届く大声で呼びかけた。
「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人がいたら話を聞かせてほしい!」
キリトの呼びかけに対し、数秒後、おずおずという感じで、人垣から一人の女性プレイヤーが進み出てきた。
俺やキリトを見てやや怯えたような顔をする女性。すると、タマモとイナリが駆け寄って顔をのぞき込むように女性を見上げて、気遣わしげな声で鳴いた。
それを見た女性が腰をかがめて二匹の頭をおっかなびっくり撫でると、二匹はモフモフの銀色の尻尾を振った。
柔らかくて暖かいものに触れて落ち着いたのか、タマモとイナリから手を離した女性は、さっきよりも少しだけ穏やかな表情を浮かべていた。
ナイスと心の中で呟くと、前に出たアスナが優しい口調で問いかけた。
「ごめんね、怖い思いをしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」
「あ……あの、私、《ヨルコ》っていいます」
落ち着いたとは言え、まだ恐怖心が残っているらしいか細い震え声。それを聞いたキリトが、何かに気付いたようで口を挟んだ。
「もしかして、さっきの……最初の悲鳴も、君が?」
「は、はい……」
濃紺色の緩いウェーブのかかった髪を揺らして、ヨルコは頷いた。外見からして年齢は十七か十八。俺と同い年くらいだろうか。
髪の毛と同じダークブルーの大きな瞳に、不意に薄い涙が浮かんだ。
「私……、私、さっき殺された人と、友達だったんです。今日は、一緒にご飯食べにきて……」
「………?」
ヨルコのセリフに、どこか違和感を感じた俺は小さく首を傾げる。
しかし、全員がヨルコの言葉に耳を傾けていたため、俺のこの行動には誰も気が付かなかった。
「でもこの広場ではぐれちゃって……それで……そしたら………」
それ以上は言葉にならないようで、溢れてくる涙をこらえるように口を噤む。
「落ちついてください。大丈夫ですよ」
「きゅる」
すると、シリカがきゅっとヨルコの手を握り、その上にピナが包み込むように被さると、二人は穏やかな笑みを浮かべた。
「………ありがとう」
その笑顔に勇気づけられたヨルコは、目尻の涙をそっと払い口を開く。
見せしめとしか思えないような惨い遣り口で友人が殺され、その一部始終を見ていたというのに、ヨルコは震えながらも言葉を続けた。
案外、気丈なのかもしれない。
「あの人……、名前は《カインズ》っていいます。昔、同じギルドにいたことがあって、今でも、たまにパーティ組んだり、食事したりしてたんですけど……それで、今日も、この街まで晩ご飯食べにきて……」
ぎゅっと目をつぶり、シリカの手を握り替えしてから、やや震える声で続ける。
「……でも、あまんまり人が多くて、広場で見失っちゃって……周りを見回してたら、いきなり教会の窓から、カインズが落ちてきて、宙吊りに……しかも、胸に槍が……」
「そのとき、誰かを見なかった?」
アスナの問いに、ヨルコは一瞬黙り込んでから、ゆっくりと首を縦に動かした。
「はい……一瞬、なんですが、カインズの後ろに、誰か立ってたような気が……しました……」
その言葉に、俺は脱力するように小さく息を吐き、無意識のうちに身構えていた。
こういった場合、《((見せ付けられた側|ヨルコ))》の視線は《((殺された人|カインズ))》に向かっている事が多いため、確証の無い曖昧な意見はあまり宛にならな
い。
それに、理解できない現象に対して、脳が納得できる状況を勝手に造り出しているだけかもしれない。寧ろ、その可能性の方が高い。
しかし、もし仮に、俺たちの知らないPK特化系統の武器やスキルがあったとしたら。それらに、アンチクリミナルコードを無効化するようなものがあったとしたら。
殺人犯はスキルの正体がバレないようにするため、俺たちを殺しに来るかもしれない。
脳裏に《((暗殺者|アサシン))》という単語が過り、左手が短剣の柄に触れそうになった。
「キリト、少し壁になってくれ。タマモとイナリはヨルコさんを頼む」
言いながら、俺はヨルコに気付かれないようにキリトを壁にする形で隠れた。
「アヤメ?」
「一応、安全確認したいんだが、ヨルコさんを下手に刺激するわけにはいかないからな」
背中越し投げかけられるキリトの訝しげな声に、トーンを抑えて答えながらキュイの目の前に手のひらを置くと、キュイはピョンと軽く飛んで手のひらに飛び移った。
「キュイ、《広域マップ》。続けて《プレイヤーサーチ》」
「キュィ」
俺の指示にキュイが素直に頷くと、キュイの瞳が虹色に揺らめき、それと一緒に長い耳が持ち上がった。
すると、即座に俺の視界に通常のものより三倍近い広さのマップが表示され、数秒遅れでプレイヤーを示すグリーンの点が無数に現れた。
地図を端から端まで一分の見逃しも無いように視線を巡らせ、その中にオレンジ色が無いのを確認した俺は安堵の息をついた。
隠れている可能性もあるが、俺には『キュイの《索敵》を誤魔化せるヤツなんて、このゲームには存在しない』という確信というか自負というか、そういった親バカ的な思いがあった。
実際、キュイ――《ピープラビット・シアレス》は、索敵に関してはそれを裏付け出来るだけの高いスペックを有している。《seeress》、つまり《見通す者》の名は伊達ではないのだ。
「……近くにオレンジはいないな。取り敢えず安心か。キュイ、お疲れさま」
「キュキュィ!」
キュイの頭を一撫でして労うと、キュイは嬉しそうに鳴き、俺の腕を伝ってもといた場所に戻った。
「アヤメ、《隠匿》で隠れてるってのは考えないのか?」
「俺のキュイが索敵を誤魔化されるわけがない」
「あぁ、そう……」
呆れた声で返された。
「――――そう。ありがとう、話してくれて」
アスナたちの方も、ヨルコの話を聞き終えたようだ。
「あの、もしよかったらですけど、フレンドになりませんか? もし、気になることができたら、連絡できると楽なので」
シリカの提案に、ヨルコは少し躊躇するような仕草を見せたあと首を縦に動かす。
シリカは直ぐにメニューを開いてヨルコにフレンド申請し、ヨルコはそれを承諾した。
それから、一人でもとの街に帰るのが怖いというヨルコを近くの宿屋まで護衛して送り届け、俺たちはエギルの店に向かった。
「相変わらず喧しい場所だな……」
「そうか?」
エギルの店に向かうため、第五十層主街区《アルゲード》のメインストリートを歩くなか、俺はほとんど無意識に呟いた。喧騒よりも平静を好む俺としては、この街は賑やか過ぎるのだ。
しかし、不思議そうな顔を俺に向けるキリトなんかは、この某電気街的な混沌とした雰囲気が気に入り、近々この街にプレイヤーホームを買うらしいのだが……その心理は理解できそうにないな。
「私はちょっと好きですよ、この街」
まともな食事を取っていないシリカが、露天で買ったナントカ肉を棒状にしたフランクフルトのようなものをかじりながら言った。
小さな口には納まりきらないくらいの太さのため、少しずつかじっていく様はどことなく小動物を連想させて可愛く見えた。
「私は少し苦手かな〜。こういう賑やかさは嫌いじゃないけど、少し道が狭い気がする」
それに続けてアスナが少し顔をしかめて言う。
そんな程度のくだらない話をしていると、あっという間にエギルの店まで到着した。
まだ少しフランクフルトもどきが余っていたシリカは、小さな口を限界まで大きく開いてパクっパクっと一気にかじって飲み込んだ。
そんなシリカの頬に付いていたケチャップ的なものをハンカチで拭っているとき、キリトがエギルの店に勝手知ったる人の家とずんずん入っていった。
「うーっす。来たぞー」
「……客じゃないヤツに《いらっしゃいませ》は言わん」
「お邪魔します、エギルさん」
「こんばんは」
「稼ぎ時だろうに、すまないな」
「アスナに、シリカとアヤメか、いらっしゃい」
「何その対応の差……」
不満を漏らすキリトを華麗にスルーしたエギルは、今日は閉店だという旨を店に来ていたプレイヤーたちに告げ、逞しい体をぺこぺこさせて謝罪してプレイヤーたちを外に出し店を閉店させた。
なんだか、純粋にアイテムの換金に来ていたプレイヤーたちに申し訳ない。
「これでよし」
戸締まりを確認したあと、エギルはその巨躯と魁偉な容貌に似合わない、どこか拗ねたような顔をしながらこちらに振り向いた。
「取り敢えず、二階に上がんな」
「で、何のようだ?」
二階に上がり、それぞれが適当なイスに腰掛けると、エギルは単刀直入にそう切り出した。
「アヤメ」
「大丈夫。少なくても、《聞き耳》有効範囲内にプレイヤーの姿はない」
キュイに頼んで予め発動させておいた《プレイヤーサーチ》を確認した俺は、胸ポケットから顔を出すキュイを撫でながらキリトにOKを出す。それから、キリトはアスナとシリカに目配せして、ぐっと頷きあってから口を開いた。
「実はな――――」
最初は面倒くさそうなエギルだったが、キリトの事細かな説明を聞くうちにその重大性に気付いたようで、自然と両眼を鋭く細めていった。
「圏内でHPがゼロになった、だとぉ? ――デュエルじゃない、というのは確かなのか」
「あの状況でだれもウィナー表示を見つけられないとは思えないし、上から見ていたアスナも見つからなかったんだから、今はそう考えるべきだと思う」
「それに、夕飯を食べにきた場所でデュエルの申し込みを受けるなんて有り得ない」
「直前まであの子……ヨルコさんと歩いてたなら、《睡眠PK》の線もないしね」
キリトと俺の意見に、マグカップを揺らすアスナが補足すした。
「第一、突発的なPKだとしたら遣り口が複雑過ぎる」
そして、最後にキリトが締めくくる。
エギルは唸り声を上げて難しい顔をすると、この場の誰よりも大きい手を催促するようにこちらに差し出した。
「さすが、分かってるな」
言いながらアイテムストレージからロープをオブジェクト化させ、タマモが膝の上にお行儀よくに座っているために立てない俺は、イナリ経由でエギルにロープを手渡す。
エギルはカインズの首を吊った輪を目の前にぶら下げ、嫌そうな顔で鼻を鳴らすと、太い指でタップした。
「……残念ながら、NPCショップで売ってる汎用品だ。ランクもそう高くない」
「そうですか……」
「まあ、そうだろうな」
残念そうなシリカの声に、イナリが持ってきたロープを仕舞いながら答える。
「それで、こっちが本命だ」
次に、キリトがストレージから例の短槍を取り出した。
俺の《アームスライサー》やキリトの《エリュシデータ》と比べるとランク的には大したこと無いだろうが、その槍は人の命を奪った《凶器》。それ故にか、黒く輝く短槍は、重々しい存在感を放っているように思えた。
キリトはどこかにぶつけないよう、慎重に槍をエギルに手渡した。
受け取ったエギルは、ロープのときとは比較にならないほど真剣な表情で、短槍をタップする。
「PCメイドだ」
瞬間、キリト、アスナ、シリカの三人は、同時にがばっと身を乗り出した。
「誰ですか、作成者は?」
「《グリムロック》……綴りは《Grimlock》。聞いたことねぇな」
商人のエギルが知らない鍛冶師を、戦闘職の俺らが知っているわけもなく、狭い部屋に短い沈黙が満ちた。
「でも、探し出すことはできますよね。このクラスの武器を作成できるようになるまで、ずっとソロを続けてるとは思えません。街で聞き込めば、その《グリムロック》さんを知ってる人が見つかると思います」
「確かにそうね」
「まあ、こいつらみたいなアホがそうそういるとは思えんしな」
シリカの声に、アスナとエギルが深く頷き、そのアホであるらしい俺とキリトを見た。
「言っておくが、俺にはキュイたちがいるからな。キリトと一緒にしないでくれ」
「キュィ!」
「「クォン!」」
「それズルくない!?」
俺の言葉に、使い魔ズが肯定の鳴き声を上げる。キリトが何か言ったようだが気にしない。
キリトを無視した俺は、足元で丸くなるイナリを抱き上げ、日ごろの感謝を込めて大切な三匹の使い魔をまとめて抱き締める。
その様子を見たキリトは、肩を竦めて諦めたような溜め息をつくと、エギルに最後の質問をした。
「手かがりにはならないと思うけど、いちおう武器の固有名を教えてくれ」
エギルは、再びウィンドウを見下ろした。
「えーっと……《ギルティソーン》となってるな。罪のイバラ、ってとこか」
「……罪の……イバラ……」
「ですか……」
声にうすら寒いもの含ませて呟くアスナとシリカ。
その呟きを聞いた俺は、無言のまま三匹を抱き締める腕に少しだけ力を込めた。
【あとがき】
以上、四十六話でした。皆さん如何でしたでしょうか。
今回、ほんのすこしだけ、ほんっっっの少しだけ使い魔ズが活躍しました。
皆さん、想像してくださいよ。自分の膝の高さよりも小さい子キツネが献身的にロープを持って来てくれるんですよ? 私なら身悶えてますよ(笑)
そして、ナチュラルにイチャつくアヤメ君とシリカちゃんです。
アヤメ君からしたら、妹に世話焼いてるだけなんでしょうけど。シリカちゃんファイト!
こう並べると、今回は意外とほのぼの回だったような気がしてきます。
次回は、実験です。まあ、原作と大きく違いますけどね。
それでは皆さんまた次回!
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四十六話目更新です。 集まったアヤメたちが、事件の調査を始めます。 コメントお待ちしています。 |
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本郷 刃 様へ うちのキリト君の扱いはこれがデフォですからwww(bambamboo) アヤメとエギルによるキリトへの扱いがヒデェwww(本郷 刃) |
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