真剣で私たちに恋しなさい! EP.23 葉桜清楚の章(1) |
声が聞こえた。内側から語りかける、穏やかな声。もう一人の自分であり、本来の『葉桜清楚』の声だ。
(あんまり乱暴なことしちゃダメだよ)
彼女――表に出ている方の清楚はつまらなそうに鼻で笑い、胸ぐらを掴んでいた男を解放する。男はすでに意識を失っており、どさりと崩れるようにその場に倒れた。
「先に喧嘩を仕掛けてきたのは、こいつの方だ。この俺に楯突くなど、なかなか骨のある奴だが実力が伴わなければ蛮勇でしかないな」
仲間が数名いたようだが、すでに逃げてしまったようだ。追いかける気にもならず、清楚は踵を返して歩き出した。
彼女は当てもなく彷徨いながら、落ち着ける場所を求めて川神学園にたどり着いたのである。ライフラインは生きていて、食堂の冷蔵庫も無事だった。料理が出来ないので、とりあえず果物などそのまま食べられるものから手を付けていた。
(強者の気配が残っているせいか、餓鬼どもが近寄って来ないのは楽だが、代わりにバカがやってくるのは面倒だな)
保健室のベッドに寝転がり、リンゴをかじる。隣のベッドには、京極がぼんやりと座っていた。
(これからどうするつもり?)
「うーん、何か大事な事があった気がするんだが……思い出せない」
(私もね、何か感じるの。果たすべき目的があったなって。それは以前の私が果たせなかった未練みたいなもの)
「ああ、俺も感じている」
清楚の胸の奥で、小さな灯火が揺れていた。正体のわからぬそれに、彼女は苛立ちを感じながら目を閉じた。
自分が頻繁に訪れる場所ではなかったが、九鬼にとっては縁のある場所である。揚羽は周囲に注意を払いながら、川神学園の校門をくぐった。
「――!」
その瞬間、地面を這うように衝撃波が砂を巻き上げて襲いかかってきた。揚羽は咄嗟に腕で顔をかばい、正面からそれを受け止めたのである。
踏みしめた両足が地面を滑り、三メートルほど後方まで押し戻された。様子見の攻撃だったのだろう、揚羽にダメージはない。しかしこれが普通の者であったなら、軽く骨折くらいはする威力があった。
「アタリのようだな」
「九鬼揚羽か……」
学園にあった矛のレプリカを持ち、葉桜清楚が悠然と立ち塞がった。
「よく我が来ることがわかったな?」
「ん? そんなもの、気配でわかるだろ」
当然のように言う清楚の言葉に、揚羽はわずかに眉を寄せた。
(我は結界の中に入ってから、どうも気配がわかりにくいが、皆がそうではないようだな。彼女が特別なのか、あるいは別の理由か……)
内心の思いを悟られぬよう、揚羽は話題を変えるように声を掛ける。
「結界の中にいたのは、幸運というべきだろうな」
「……ふん」
「お前が覚醒し、逃亡した事はまだ一部の者にしか知られていない。この中にいるならば、今以上の問題は起こらないだろうからな。正体が知れれば、混乱も大きいだろう」
揚羽の言葉を黙って聞いていた清楚は、何やら反応を示し問いかける。
「お前は、我が何のクローンなのか知っているのか?」
「ん? どういうことだ? 覚醒しているのではないのか?」
「中途半端なのだ。記憶がはっきりしない。力が溢れてくるが、自分の本当の名前は思い出せない」
「ほほう……」
驚いたように改めて清楚を見た揚羽は、悪戯っぽくニッと笑う。
「ならば、我を倒せたら教えてやろう」
「んはっ! それなら簡単だ」
「あまり、嘗めるなよ」
揚羽は拳を、清楚は矛を構える。一瞬のうちに電流が流れるように空気がピリピリと殺気を含み、緊張感で張り詰めた。
(さすがに迫るものがあるな)
揚羽は、仕事とはわかっていても、わくわくする気持ちを抑えきれなかった。最近は打ち合わせがメインで、血が滾るような戦いはほとんどない。
(しかも加減をする必要のない戦いなど、久しぶりだ……)
闘気を叩きつけても、清楚は余裕の笑みで立っている。揚羽は静かな闘志を燃やし、地面を踏みしめた。間合いを詰めるのは、一瞬。
「ハッ!」
空気をかき分けるように、拳がうねった。間近に迫る清楚の顔面に向けて放たれた一撃は、矛の柄で遮られる。
「ぬるいぞ!」
清楚が吠える。
揚羽は攻撃の手を緩めない。右から左から、手を休めることなく一つ一つが必殺の威力を持つ攻撃を繰り返した。
「んはっ! 心地よい刺激だ!」
すべてを受け止めつつ、清楚は笑った。それは馬鹿にするような笑みではなく、戦いを心から楽しんでいる笑みだった。
「お前も我と同じか!」
隠しきれないバトルマニアの血が騒ぐ。体重を乗せた最高の一撃が、揚羽の拳から放たれる。
「ハアアアッ――!」
「――ッ!」
衝撃が広がった。清楚は矛で受け止め、巨大な塊が激突したかのように押し戻された。その瞬間、レプリカでは耐えきれずに清楚の持っていた矛が二つに折れた。
「チッ、意外と脆いな。やはり偽物ではダメだ」
顔をしかめ、清楚は折れた矛を放り投げた。
「残念だったな。だが、これで仕留められないなら、今回は我の負けだ」
「消化不良だが、こっちも気が萎えた」
「約束通り、お前の正体を教えてやろう」
揚羽がそう言うと、戦いの時以上に緊張した表情で清楚が頷く。
「お前の正体……お前は、西楚の覇王・項羽のクローンだ」
厳かな神託のように、清楚の心に揚羽の言葉が響いた。
武田小十郎は揚羽と離れ、結界の外にいた。むろん、勝手にそうしているわけではない。
(揚羽様からのお役目この小十郎、しっかりと果たしております!)
路地に身を潜めながら、小十郎は拳を握る。
揚羽が結界内に入ると聞いたとき、当然、自分も付き従うつもりだった。ところが、直々にある役目を言い渡されたのである。
「小十郎、お前は今回、私とは別行動だ」
「なぜですか、揚羽様! この私はもう用なしということですか?」
「そうではない。実は頼みたいことがあるのだ――」
そうして言い渡されたのが、今回の任務だった。
(む、動き始めたようだな)
見張っていたビルから、黒服の男たちが出てくる。人数は五人だ。全員が剃髪で、異様な雰囲気を纏っている。
(どこに行くつもりだろう)
一定の距離を置きながら、小十郎はその男たちの後を追った。男たちは特に会話もなく、人通りの少ない裏道を進んで行く。
やがて、大きな池がある公園に入っていった。自然が多く、ランニングをする人の姿がチラホラとある。男たちはそこが目的地であるかのように、大きな木が何本も並んだ公衆トイレの横に姿を消した。
小十郎は慌てて、見失わないように走って男たちの消えたトイレ横を曲がった。とたん、強烈な一撃が顔面を襲いかかった。
「くっ!」
頭がぐらりと揺れ、小十郎はその場に倒れた。意識が朦朧とする中で、視界に先ほどの男たちの姿があった。冷たい目で、小十郎を見下ろしている。
「九鬼の者だな、小賢しい」
「命は助けてやる。代わりに、お前の雇い主に伝えろ。我ら鬼道衆こそが、この世界を動かすのだとな」
その言葉を最後に、小十郎の意識は途絶えた。
説明 | ||
真剣で私に恋しなさい!の無印、Sを伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。 最初は清楚の正体を明かさない予定でしたが、Aシリーズの発売に際し、公式でも公開されているので大丈夫かなあと思い解禁にしました。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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