【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『シイナと綾の大航海』 |
1. お風呂場がたいへん!
綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。
街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。
綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。
今日は土曜日。
綾とシイナは、朝ごはんを食べ終わったところです。
「おいしかった〜、ごちそうさま!」
シイナが笑顔で綾に言います。
綾はその言葉を聞くと、いつも嬉しくなるのでした。
綾は、朝ごはんの片付けをすませると、洗濯を始めました。
洗濯機の中に洗濯物と洗剤を入れ、スイッチをオンにします。
ゴトンゴトンと洗濯機が音を立てて洗濯を始めます。
洗濯の後は、庭の花や草木に水をやります。
シイナも手伝って、ホースやじょうろで水をふりかけます。
「さて、 次は…お風呂の掃除をしようかしら」
綾はそう思い、お風呂場に行きました。
カラカラ、と音を立ててお風呂場の扉を開けました。
「あれれ?」
綾は思わず大きな声を上げてしまいました。
扉の向こう、お風呂があるはずの部屋に、不思議な光景が現れていました。
綾の足元にあるのは、真っ白な砂浜。
綾の目の前には、青い海が見渡す限りどこまでも広がっていました。
いつもの見慣れたお風呂はどこにもありません。
お風呂場が、砂浜と大海原に変わっていたのです。
青い海は、太陽の光に照らされて輝いています。
潮風が海の香りを運んできます。
波打ち際には、ザプン、ザプンと波が打ち寄せています。
砂浜を小さなカニがちょこちょこと歩いていました。
「いったい、どういうこと?」
綾はすっかり困惑してしまいました。
「どうしたの? 綾ちゃん」
シイナが綾の後ろから声をかけました。
「あ、シイナ。 見て、これ」
綾はシイナにお風呂場を見せました。
「うわっ! なにこれ!?」
シイナはびっくりして大きな声を上げました。
「えーっ!? えーっ!? どうなってるのー!?」
シイナは大騒ぎしながら、砂浜を駆け回ってあたりを眺め回しました。
シイナは靴下を脱いで海に入り、足で波打ち際をばしゃばしゃかき回しました。
「うわ〜、どう見ても本物だよ、これ」
シイナが感心したように言いました。
綾は砂浜の砂を手ですくってみました。
さらさらと指の間からこぼれる砂は、本物にしか見えませんでした。
「さっぱりわけがわからないわ。 お風呂はどこにいったの?
ここはどこなのかしら?」
綾は困り顏でつぶやきました。
そのときです。
『ハッハッハ! ハーッハッハ!』
どこからともなく、不思議な笑い声が聞こえてきました。
『アーッハッハッハ! ハッハッハ!』
笑い声は、青空に響きわたりました。
綾とシイナはあたりを見回してみました。
しかし、声の主の姿は見えません。
綾はちょっと気味がわるくなってきました。
「シイナ、何が起こってるの?」
綾はシイナに聞きました。
「うーん、何か不思議な魔法が働いてるみたい」
シイナは首を傾げながら言いました。
シイナはしばらくうつむいて考えこんでいましたが、急にぱっと顔を上げると、
「よし、魔法学園の先生に聞きに行こう!」
と言いました。
二人は魔法学園まで歩いて行くことにしました。
シイナがいつも通っている魔法学園は、央野駅からしばらく歩いたところにあります。
「綾ちゃん、こっちこっち」
シイナが綾の手を引いて歩いて行きます。
綾は初めて、シイナの通う魔法学園の校門をくぐりました。
少しくすんだ白い石造りの建物がいくつもならんでいます。
シイナは真ん中にそびえる、一番大きくて立派な建物に綾を誘いました。
『これが魔法学園かあ…』
綾は歴史を感じさせる建物の、落ち着いた雰囲気が好きになりました。
綾は入口で、入館許可証に名前を記入して提出しました。
これで中に入れます。
シイナは受付で学生証を見せて中に入りました。
「こっちだよ」
シイナは古びた廊下の奥へ綾を誘いました。
二人は廊下の一番奥の、黒檀でできた立派な扉の前にやってきました。
コンコン、とシイナが扉をノックすると、
「お入り」
と、中から声がしました。
シイナが扉を引くと、ギギギィーと軋んだ音がしました。
部屋は埃っぽい匂いに包まれていて、壁の本棚には見るからに古そうな本がぎっしり詰まっています。
机の上も床も部屋一面、古い書類や本が積み重なっています。
シイナが部屋の真ん中に積まれた本の山をひょいとどかすと、その奥から真っ白な長い髭のおじいさんが顔を覗かせました。
「こんにちは、先生」
シイナが挨拶しました。
「はじめまして」
ぺこりと頭を下げて、綾も挨拶しました。
「こんにちは、お嬢さん」
老人は綾に言いました。
「シイナ、勉強嫌いのお前さんが休みの日に学園に来るとは珍しいのう」
老人はシイナに言いました。
「今日は特別です。 先生に伺いたいことがあって参りました」
シイナが丁寧な口調で言いました。
「ほう、どんなことかな。 言ってごらん」
老人は言いました。
シイナは、今朝お風呂場で起こったことを先生に話しました。
「なるほどのう」
シイナの説明を聞き終わると、先生は白いあごひげを撫でながら言いました。
「どうやら、いたずら好きの妖精のしわざのようじゃの」
先生はそう言いました。
「いたずら好きの妖精?」
シイナと綾は聞き返しました。
「そうじゃ。 人間の世界にやって来ては、いたずらをして人が困っているのを見て喜ぶ妖精がいると、魔法の古文書に書かれておる」
先生は言いました。
「むぅ。 なんて迷惑な妖精なの」
シイナは文句を言いました。
「まあ、いたずらの内容はかわいいもんじゃて。 ほうっておけばいずれどこかへ行ってしまうじゃろう」
先生は言いました。
「お風呂場はいつ元に戻るんでしょうか?」
綾が先生に聞きました。
「さあのう。 明日にも元に戻るかも知れんし、一ヶ月後かも知れんし、一年後かも知れん」
先生は髭を撫でながら言いました。
「そんなぁ! 一年もお風呂場が使えないんじゃ困ります!」
シイナが悲鳴を上げました。
「どうしよう」
綾は困ってしまいました。
「どうにかならないんですか、先生」
シイナが言いました。
「ふぅむ。 なんとかしたいなら、いたずら好きの妖精の居所を探しあてることじゃな。
人間に見つかると、奴さんは妖精の世界へ逃げ帰るからのう」
先生は言いました。
「先生、いたずら好きの妖精はどこにいるんでしょうか?」
シイナは先生に聞きました。
「ふむ」
先生はしばらく古い本のページをめくって、いろいろ調べていました。
しばらくして、先生は本をパタンと閉じると、
「おそらく、風呂場にできた大海原の果てに隠れておるのじゃろう」
と言いました。
先生は立ち上がって、戸棚の中をゴソゴソとかき回しました。
「おお、あったあった」
先生はそう言って、シイナの前に手を差し出しました。
先生の手のひらの上には、一つの古ぼけたコンパスが乗っていました。
「これは?」
シイナが先生に聞きました。
「妖精のいる方角を教えてくれる魔法のコンパスじゃ。 コンパスの方向に従って海を渡れば、妖精のいる所に行けるじゃろうて」
先生は言いました。
「ありがとうございます、先生!」
シイナはお礼を言いました。
「どうやら、お風呂場を元に戻すには、あの海を渡って、妖精を見つけ出さないといけないみたいだね」
シイナは綾に言いました。
「大丈夫なの? シイナ」
綾は心配になってシイナに聞きました。
「平気、平気! この魔法使いシイナにお任せあれ!」
シイナは明るく言いました。
シイナと綾はあらためて先生にお礼を言って、部屋を出ました。
二人は魔法学園の門を出て、家に戻ってきました。
2. 大航海へ出発!
「大海原に船出する前に、ごはんの用意をしなきゃね」
シイナが言いました。
シイナと綾はサンドイッチをたくさん作って、大きなバスケットの中に詰め込みました。
ポットにお茶の用意もしました。
ごはんの用意が終わると、シイナは戸棚から、小さな船のおもちゃを取り出しました。
「よーし、準備はOK!」
シイナは元気よく言いました。
綾は、『どうなるのかしら?』と思いましたが、だまってシイナのやることを見ていました。
シイナはお風呂場の扉を開けて入っていきました。
綾はバスケットを持って、そのあとに続きました。
お風呂場は今朝のとおり、大海原が広がっています。
シイナは波打ち際に歩いていきました。
「シイナ、どうするの?」
綾がシイナに聞きました。
「ふふふ。 見てて、綾ちゃん」
シイナが言いました。
ちゃぷん、と音を立てて、シイナはおもちゃの船を水面に浮かべました。
シイナは両腕を大きく広げて、魔法の言葉を唱えました。
「ルルル・ルララ・ルゥ! 船よ、大きくなあれ!」
すると、おもちゃの船はむくむくと大きく膨らみ始めました。
綾の目の前で、おもちゃの船はオールの付いた二人乗りのボートに変わりました。
綾はびっくりしながらボートを見つめました。
「さ、乗って、綾ちゃん。 大海原に船出するよ!」
シイナが言いました。
シイナと綾はボートに乗りこみました。
シイナは魔法のコンパスを見て、行き先を見定めます。
「しゅっぱーつ!」
シイナがオールを漕ぎ始めます。
ギイコ、ギイコ
ザプン、ザプン
オールを漕ぐたびに音が鳴ります。
空にはカモメの群れが飛んでいます。
ボートはゆっくりと海を進んでいきます。
潮風が二人のまわりを吹き抜けます。
海の中から、一匹の亀が水面に浮かび上がってきました。
亀はボートに寄り添うように、悠々と泳いでいます。
「おおっ、よーし、競争だ!」
シイナは面白がって亀と並んで船を漕ぎます。
しばらくの間、ボートは亀と競争していました。
亀を追い越して進むと、波間には透明なくらげや、海草がゆらゆらと揺らめいてただよっているのが見えました。
綾は太陽の光が反射してきらきら輝く海面を、飽きずに眺めていました。
絶えず形を変えて輝く透き通った波は、まるで生きている宝石のようでした。
「はぁ〜、疲れてきちゃった。手も痛いよ〜」
1時間くらい漕ぎ続けて、シイナが言いました。
「シイナ、交代して私が漕ごうか?」
綾はそう言いながらも、
『こんな調子で妖精のいる海の果てまで行けるのかしら?』
と、心配になりました。
「いいよ、いいよ。 綾ちゃんは座ってて」
シイナはそう言うと、立ち上がって魔法の言葉を唱えました。
「ルルル・ルララ・ルゥ! 船よ、もっと大きくなあれ!」
すると、船はまたムクムクと大きくなり、全長5メートルほどのヨットに変わりました。
帆が風を受けて、ヨットはぐんぐん進みます。
「わあ。風が気持ちいいわ」
綾が言いました。
「このままどんどん進むよ〜!」
シイナはヨットの帆を操作しながら言いました。
青い海面をヨットは滑るように進みます。
綾の髪が潮風を受けて激しくはためきます。
「すごいスピードね!」
綾が興奮ぎみに言いました。
「ふふふ!」
シイナは得意そうに笑いました。
ヨットのまわりの海面を、トビウオがぴょんぴょん飛び跳ねます。
勢いがつきすぎてヨットの帆にぶつかったり、ヨットのデッキに落ちてくるトビウオもいます。
「あらあら」
綾はヨットの上に落ちたトビウオたちを海に帰してやりました。
そうして、しばらくヨットで海を順調に進んでいました。
1時間くらい経つと、大きな波が押し寄せるようになりました。
1メートル以上の大波がヨットの横腹にぶつかり、船体がぐらぐら揺れてひっくり返りそうになります。
波しぶきが頭からかかって、海の水が目に沁みます。
「うわっ、こりゃ大変だ」
シイナが言いました。
「シイナ、どうにかならないの?」
綾が言いました。
「大丈夫! まかせて、綾ちゃん!」
シイナは綾に言いました。
シイナは腕を大きく広げて、魔法の言葉を唱えました。
「ルルル・ルララ・ルゥ! 船よ! もっともーっと大きくなあれ!」
魔法の力でヨットはぐん!ぐん!と大きくなります。
デッキが高く持ち上がり、海面がはるか遠くなっていきます。
ヨットの帆が大きくなっていきます。
さらに、デッキからもう2本、大きな帆がにょきにょきと生えてきました。
ついに、シイナと綾が乗っている船は、3本マストの大きくて立派な帆船に変わりました。
「うわぁ、すごい! 大きいわね!」
綾が言いました。
「さあ、海の果てを目指してどんどん行くよ〜! 帆を上げろ〜!」
シイナがはしゃいで言いました。
帆が風をいっぱいに受けて、ふくらんで張りつめます。
「進路よーし。 さあ進めー!」
魔法のコンパスを見ながら、シイナが言います。
帆船は波を蹴立てて勢いよく進んでいきます。
白い軌跡を後ろに引きながら、帆船は海を滑るように進みます。
いつの間にか太陽が真上に来ていました。そろそろお昼です。
「お腹すいた〜。 綾ちゃん、サンドイッチ食べよう!」
シイナが言いました。
綾はデッキにナプキンを敷き、バスケットからサンドイッチを取り出して並べました。
ハムとレタスのサンド、チーズのサンド、タマゴサンド、カツサンド、エビのカツサンド、トマトとキュウリのサンド、チキンサンド、それから、パンそのものの味が楽しめるバターと胡椒だけのサンド。
さまざまなサンドイッチが並びます。
「いただきまーす!」
二人はサンドイッチを食べ始めました。
「海を眺めながら食べるごはんって最高!」
シイナが言いました。
「そうね、とってもおいしいわ」
綾が言いました。
二人はお昼ごはんを楽しくいだだきました。
「あっ、見て、綾ちゃん」
シイナが言いました。
シイナの指差す方向には、クジラの親子が泳いでいました。
「わあ、大きい!」
綾は興奮して言いました。
クジラが潮を吹くとブシュー!と大きな音がして、海水が霧吹きのように飛び散ります。
親クジラの潮吹きは大きくて、子クジラの潮吹きは小さいです。
キラキラと小さな虹が空に浮かびます。
さらに船が進むと、イルカの群れに出会いました。
ジャポン、ジャポンと波しぶきを上げてイルカがジャンプします。
「すごい、すごい!」
二人は喜んで叫びます。
いつの間にか、船のまわりは魚たちが群れになってひしめいていました。
シイナは調子に乗って歌を歌い始めました。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
海は魚でいっぱいだ
海面は波でいっぱいだ
空は潮風でいっぱいだ
風よ吹け吹けもっと吹け
帆の中は風でいっぱいだ
船は進むよどこまでも
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
シイナの歌に応えるように、気持ちのよい追い風が吹いて、船は水平線をまっすぐ進みます。
まわりいっぱいに広がる海の透き通った青さに、綾もシイナも見入って、いつの間にか航海を心から楽しんでいました。
そんなふうに船で海を渡っている内に、だんだん日が傾いて、空が少しずつオレンジ色に染まってきました。
「晩ごはんも持ってくればよかったかなあ」
シイナがつぶやきました。
「いつ、海の果てにつくのかしら」
綾が言いました。
そのとき、遠くにカモメが飛んでいるのを、二人は見つけました。
「海鳥がいるってことは、近くに陸地があるかも!」
シイナが言いました。
「よーし! ルルル・ルララ・ルゥ! 風よ、吹けー!」
シイナが魔法の言葉を唱えると、ゴオッ!と激しい追い風が吹きつけました。
船はびゅーんと、すごいスピードで進みます。
どんどん進んでいくと、水平線のかなたから、白い砂浜がせり上がってきました。
砂浜は見渡す限り広がっていて、そこで海は完全にとぎれています。
「もしかして、ここが海の果て?」
綾が言いました。
「上陸してみよう!」
シイナが言いました。
二人は、帆船に積んであったボートに乗りこんで、海面まで降りました。
二人はボートを漕いで、砂浜に上陸しました。
3. 妖精をつかまえろ!
「ここが海の果てなら、どこかに妖精がいるはずだよ!」
シイナが言いました。
『アッハッハ! アーッハッハ!』
二人が耳をすますと、例の笑い声が聞こえてきました。
「あっちだ! 行ってみよう、綾ちゃん!」
二人は声のする方へ歩いていきました。
だんだん声が近づいてきて、声の主の姿が遠くに小さく見えてきました。
声の主は、背丈が80cmくらいの小男で、大きな声で笑いながら、ばかみたいにはしゃぎ回っていました。
「あれがいたずら好きの妖精ね」
シイナが言いました。
妖精がはしゃいで腕を振り回すたび、妖精の足元に置いてある壺から、大量の海水がじゃあじゃあと湧き出していました。
壺から湧き出した海水は、そのまま海へ流れ込んでいました。
「ああやって海を広げてたのね。 むぅ」
シイナが怒った声で言いました。
「よーし、捕まえてやる! 容赦しないぞー!」
シイナが右手をひらめかすと、ポン!と音を立てて手の中に虫取り網が現れました。
シイナと綾は、夢中ではしゃいでいる妖精に気付かれないように、静かに近づいていきました。
「それっ!」
シイナが妖精に向かって虫取り網を振り下ろしました。
バサッ!!
虫取り網は見事に妖精の上にかぶさりました。
「ヒャア! ヒャーッヒャッヒャッ!」
妖精は大あわてで叫びながら暴れます。
「おっ、おっとっと。 逃がすもんか〜!」
シイナは暴れまわる虫取り網を必死に押さえます。
「えいっ!」
シイナは網の根元をつかんで持ち上げ、妖精を宙ぶらりんにします。
「ヒャハ! ヒャー、ヒャー!」
妖精は悲鳴を上げて網の中でじたばたと暴れますが、もう逃げられません。
「いたずらものの妖精めっ! お風呂場を元に戻しなさい!」
シイナはわざと恐い顔をして妖精に言いました。
「フーン、フンフフーン」
妖精はそっぽを向いて知らんぷりをします。
「むぅ〜、ばかにして! 言うことを聞かないと、魔法でお前を食パンに変えて、バターをつけて食べちゃうぞぉ〜!!」
シイナは虫取り網を縦横にぶんぶん振り回しておどかします。
「ヒャー、ヒー、ヒー!」
振り回されて目を回した妖精は、まいった、といったふうに頭をぺこぺこ下げました。
「よーし。 言うことを聞く気になったら、お風呂場にかけた魔法をときなさい」
シイナは言いました。
「ホヒ! ホイ!」
妖精がパチンと手を叩きました。
すると、一瞬の間に砂浜も海も消えて、シイナと綾と妖精の3人はお風呂場の真ん中に立っていました。
急に風景が変わって、綾はちょっと目がくらくらしました。
「もう、いたずらしないと誓いなさい。そうしたら放してあげる」
シイナは網の中の妖精に言いました。
「ホヒ、ホヒ」
妖精は何度もうなずきました。
その言葉を聞くと、シイナは網の口を広げて妖精を開放してやりました。
「ホホイ! ヒャッホーーイ!」
妖精は自由になると、すごい勢いで宙を飛びまわり、キラキラ輝く光の粒を残してどこかへ消えてしまいました。
「行っちゃったみたいだね」
シイナが言いました。
「あの妖精さん、ちゃんと反省したのかしら?」
綾がつぶやきました。
「さあねえ。 なにしろ大昔の古文書に載ってるくらいに、昔からのいたずら者だからなあ」
シイナが言いました。
「でも、お風呂場が元に戻って良かったわ。 今はこれで良しとしなきゃね。 ありがとう、シイナ」
「なんの、なんの。 あっ、お風呂場の掃除は私がやるから、綾ちゃんは晩ごはんを作って。 そろそろ綾ちゃんのお父さんとお母さんがお仕事から帰ってきちゃうよ!」
シイナは言いました。
「そうね。 じゃあお願いするわ、シイナ」
綾が言いました。
シイナはお風呂場に行って掃除を始めました。
綾は急いで晩ごはんの支度を始めました。
シイナがお風呂場の床をごしごし磨いていると、お風呂場の片隅に、小さな光るものが見つかりました。
「ん? 何だろ」
シイナはそれを拾いあげてみました。
それは、ピンク色の小さな桜貝でした。
シイナは、お風呂場の掃除が終わった後で、綾にその桜貝を見せました。
「これは、きっとあの妖精の忘れ物ね」
綾が言いました。
「あの妖精、ずいぶんあわてて魔法を解いたからなあ。 これだけうっかり元に戻し忘れたんだね」
シイナが笑って言いました。
シイナは、桜貝を戸棚の上に飾っておきました。
綾が晩ごはんを作り終える頃、綾のお父さんとお母さんが仕事から帰ってきました。
『よかった、晩ごはんの用意は間に合ったわ』
綾は思いました。
シイナと綾、お父さんとお母さんの4人で、一緒に晩ごはんを食べました。
「一時はどうなるかと思ったけど、無事に済んでよかったね」
シイナが綾にこっそりと、そう言いました。
「うん、シイナのおかげよ。 ありがとう」
綾はシイナにお礼を言いました。
「いやぁ〜、てへへ」
シイナは照れて笑みを浮かべました。
お父さんは晩ごはんを食べ終えると、お風呂に入りました。
お母さんはテレビを見ています。
綾はお皿やお茶碗を片付けて洗います。
シイナも綾を手伝います。
お父さんがお風呂から出てきて言いました。
「今日のお風呂はなんだか気持ちがよかったなあ。 湯舟に浸かっていると、まるで大海原の波に揺られているような気分になったよ。 潮風の匂いもしたなあ。 どうしてだろう?」
お父さんは首をかしげて不思議がっていました。
シイナと綾は、びっくりして顔を見合わせました。
「ほんのちょっとだけ、魔法が残ってたみたい。 あとでもう一度、お風呂掃除しなきゃ」
シイナが綾にこっそり言いました。
「本当に大変な一日だったわね、今日は」
綾がシイナに言いました。
「やれやれ」
シイナは戸棚の上の桜貝をひょいとつまんで、眺めました。
桜貝は、何事もなかったかのように、電灯の光を反射してキラキラと光っていました。
―END―
説明 | ||
普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。 何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもやきもき。 でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。 |
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