肢天峰 カラタチ1 |
カラタチ
1。神童接触。
カラタチ。
カラタチは覚えている。
カラタチがカラタチの名を得た瞬間を。
酷く曖昧で、酷く緩慢な
ゆっくりとした絶望の入り口を。
「カギ。なにをしている」
「んー?」
カラタチは手元の巻物の上に盛大に落ちてきた『髪』を払いのけた。
「勉強?」
「疑問符を付けず勉強するなら勉強するで真面目にやれ」
言っても無駄な事だとは分かって居るものの、義務的にカラタチは諭す。
「だってさー。ユイハナに借りた教本全然わかんねーんだよ」
カラタチは低い天井の部屋に渡された梁に足だけでぶら下がった尖った耳の青髪長髪の少年、カジサシに墨のついた筆を伸ばした。
「そういうことは理解する努力をしてから言え」
「にしし。俺は実戦で覚えるタイプなのよ」
体を捻って筆を避け、ひらりと梁から飛び降りるとカギサシは八重歯を覗かせて笑う。
ふざけてはいるが彼の言っていることは事実だ。
彼は筆記の成績は限りなく〇点に近いが、術式再現の成績はすこぶる良い。
「おまえが羨ましいよ。カギ」
カラタチは巻物をくるりとまき直すと、一つ溜息をついた。
ここは肢天峰第1267執務室。
芦辺の神の遙か膝元である。
カラタチは座布団から立ち上がりカギサシを無視して棚から糸綴りの本を取り出した。
ユイハナが赴任してきたときにカラタチが作った物だ。
「懐かしいな。何が書いてあるんだ?」
カギサシが覗き込む。
カラタチはカギサシに構わずページを開いた。
この世には「肢天峰」という建造物がある。
峰とは言うが山ではない。
雲を突くほど高い塔。岩と木と建築物がねじれ、縄のように結われているその外観は塔というのも憚られるものだ。
天まで伸びたゴミの大量に混ざった太い綱。それが一番近いかも知れない。
その塔の天井は知れず。常に雲に隠されている。
また、この世には「守海洞」という建造物がある。
これは肢天峰と対であり、その実洞窟ではありはしない。
湖に沈んだ螺旋階段が一番表現としては近いかも知れない。
その床は知れず。どこまでもどこまでも階段は続いている。
二つとも外観からして人工物であり、それぞれの主が作ったのとは思われるが実際にどうやって生み出されたのかは一切分かっていない。
建造物にはそれぞれ主がいる。
それが芦辺の神と呼ばれる存在だ。
神とは何であるか。
この世を産み出した存在?
超常的災厄?
少なくとも、それを神と言うのならば芦辺の神々は正しく神なのかも知れない。
2つの柱はもう数百年塔と洞の奥深くに篭もっている。
しかし、記録にある中で最も新しい800年前に二柱がぶつかった際に一つの命も奪わず神無と神室の間に大渓谷を築く結果となったという。
眉唾であるというものもいるが、現地には多くの資料と記録として目撃証言が残っている。
奇跡の御伎を知るものは大抵信じているだろう。
この世には5種の生き物が居る。
人、獣、獣人、龍、そして神。
細かい分類をすればきりがないが、この種族別は数万年前から変わらない。
人は獣から進化し、知恵を付け、喋り、作り、紡ぐ。
獣は大地に根ざし、野を駆け、海を渡り、この世を満たす。
獣人は人とも獣とも相容れず、言葉を使い、野を駆け、命を繋ぐ。
龍は力持つ種族だが、多種を嫌い、しかし愛し、距離を置いて観測することを趣とする。
そして、神。
神は人でも獣でも獣人でも龍でもある。しかしそのどれでもない。
肢天峰の頂上に、神は居るという。守海洞の地下に、神は在るという。
しかし、彼等は互いに衝突することはあれど、基本的に他の生物への積極的な干渉は嫌う。
それを慈悲と呼ぶ物も居れば、興味を持っていないだけと笑う者も居る。
そもそも彼等は篭もっているのに何故語られるのか。
答えは簡単だ。
肢天峰・守海洞は柱神以外にも『神』を擁する。
随神、猥神、雑神、神もどきなどと言われる彼等は他の4種の中に生まれつく。
彼等に共通することは神通力を操り、世の法則をねじ曲げる。
産まれたばかりの神の子を多くのものは『神童』、かむわらわ、と呼ぶ。
天才ではない、飽くまで『神の子』という意味だ。
肢天峰・守海洞は神国同盟国9国の、そのどれにも所在しない。しかしどこにも所在する。
巫山戯ているわけではない。この二つはゆらぐ神域なのだ。
二つの神域は常に一定の居場所を持たず、霧や湖に隠れ移動する。
周期的な物ではなく、ある日突然神室の片隅に現れたと思えば次の日には消えて神楽の都市に隣接していたりする。
肢天峰が多く出現する国は神楽・神室・神総・神代
守海洞が多く出現する国は神去・神月・神威・神生
不思議なことに神無にはどちらも出現したことはない。
それ故か神無は神への信仰を持たないし他同盟国との国交も殆ど無い。
神童を排出することは地域によって多少異なるが概ね、多くの集落にとって名誉なこととされる。
肢天峰・守海洞から謝礼と加護が与えられるのも大きい。
ある集落では神童送り出すのに祭りを行うほどだ。
神童は基本的に同じ神童に見つけられる場合が多い。
彼達は多くの場合互いがそれであることを本能で察する。探知系に特化していなくとも、何故か分かる。
彼達自身も理由などは分からないがこの特性が彼等出自の全く異なる者を仲間たらしめている部分も多かろう。
カラタチを見つけたのも神童だった。
今の直属の上司であるシオンだ。
金の髪に青の目を持つ派手派手しい神童。
忍んで村を訪れ、座り込んでいた彼を無理矢理部屋から引きずり出した。
「君は特別な物をもっているね」
村の外れでそう言われた。そして、攫われた。
今も覚えている。
忘れた事など無い。
カラタチは一つ息をついて本を閉じた。
これから来る、後任の監視役の為に今までの記録を整理しておかねばならない。
可能な限り、カラタチの知る全てをまとめて。
説明 | ||
サイトより先行公開で話をうpしたいと思います。特に中身は変わりません。どうやって更新していくか検討中なので毎回このスタイルになるかは未定です。来週くらいには同内容をサイトの方に掲載します。他話などはこちら→どこかのだれかのhttp://dokodare.suichu-ka.com/gal/s/shitenhou.html | ||
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